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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
21/93

生き残る者の務め


 少ししてトーマスは目を覚ました。

 すっかり感情は元の不明確な状態になっており、ゆっくりと上体を起こして左右を見渡す。

「あ、起きたニャンか?」

 傍で座っていたミムジアナが気付いて声をかける。トーマスは返事せず暫く周囲を見渡し、それから立ち上がりながら問いかけた。

「戦闘は?」

 いつもの事なのであまり気にも留めず、ため息交じりにミムジアナは応える。

「終わったニャン。全く…、暴走しニャいとか言いニャがら、結局手間かけてるニャン。」

「そうか。」

 トーマスはそうれだけ言うと剣を元に戻す。そしてバトルアックスを探したが、

「もうこれは駄目ニャン。」

 先にミムジアナが持ってきていた。それを引き摺りながらトーマスに渡すと、彼はひょいっと簡単に右手で持ち上げた。

 ミムジアナが言うとおり、その刃の部分が大きく欠け、無数のヒビも入っている。

 黒鎧を叩きつけた際だろう。強度的には二倍くらい硬い材質『デモナカイト』で作られていたのを力任せに叩きつけたのだ。当然鋼鉄で作った斧が割れても仕方ないのである。

 トーマスは少しの間その欠けた刃を見つめた後、一度頷いて地面に置いた。その様子はこれまでの感謝と別れを込めたみたいだが、表情に変化は見られない。

 そしてトーマスは集落の奥へと歩き始める。何か目的を持った行動に、ミムジアナは追いつき問いかける。

「暫くは斧ニャしで行くのかニャ?」

 だが、トーマスは答えず突然立ち止まる。そこは黒鎧を叩き割った場所。

 すでに黒鎧の体は黒い霧となって霧散していたが、奴の身に着けていたハルバートと盾は残されていた。鎧もあるが、断ち割られて鎧とは分かりにくい状態になっている。

 何をするのかと見つめるミムジアナの前で、相棒はハルバートを手にする。そして持ち上げると片手で振って見せた。

「ま、まさかそれを使う気ニャンか?」

 焦りを覚えるミムジアナ。その問いに応えずトーマスは使い勝手を確認する。

「亜人の使ってた武器ニャンて、気味が悪いニャン。」

 何とか思い留まらせようとするが、トーマスは一通り振って、納得した様子で言う。

「怪しい事は無い。それにバトルアックスより軽めで頑丈な作りだ。」

「だけど・・・。」

「あいつらもこっちの武具を使ってるんだ。使えるなら使わせて貰うさ。」

 言いかけた矢先でそう返されては、ミムジアナは説得を諦めるしかなかった。

 納得は出来ていない。しかし、トーマスの言う言葉は理解できる。

 ヒトが作った物が亜人に使われるのは何となく嫌な気持ちである。その意趣返しとするなら、決して否定はできない。

「う~、分かったニャ。でも、もしも皆に迷惑がかかる時は手ばニャすと約束するニャン。」

「わかった。」

 あっさりした返事だが、彼は不誠実ではない。ならばと諦めつつ、ミムジアナはトーマスと一緒に村長達の下へと向かった。


 トーマスが気を失っている間、リオンは周囲を索敵しながら西に向かっていた。

 目的は昨夜聞いたゴブリンの住む洞窟である。話しによると、中は広いが迷路にはなっていないらしく、中を少し調べてから洞窟を塞ぐつもりだった。

 そんな彼の近くにはベネッテがいる。そしてリオンの左肩にはサーシェスが乗っていた。

 ベネッテに関しては案内役としてお願いした。一方でサーシェスは自ら申し出て来たのだ。

 もちろん反対したが、旅人が何名か攫われていると聞いて、彼女は決心したみたいだ。気になることがあると察したリオンは、その真剣な表情から自分から離れない事を条件に許可した。

 因みにパァムとポォムは村長の孫娘サリアと今は眠っている。


 やがて薄暗い林を通り抜けると、岩山の麓に辿り着く。そこには2メートルほどの大きな穴がぽっかりと開いており、両端には松明が煌々と燃えている。その灯りの下、見張り役のゴブリン2匹が愉快気に笑っていた。

 近くの茂みに入った三人。早速ベネッテが弓矢を取り出すが、サーシェスが眠りの霧の呪文を唱える。

 指先が指し示した先で薄紅の霧が発生した。その霧に捕われ段々ゴブリンたちは言葉を無くし、最後にはその場に倒れ伏せた。

「眠らせました。今のうちに。」

 サーシェスに言われ、素早く近寄ったリオンとベネッテは、その喉元を刃で切断する。そしてそのまま洞窟へと入って行った。

 洞窟内はやや広めで、たいまつが所々に掲げられている。さほど暗い中は苦にならないリオンであるが、ゴブリン独特の異臭は流石に気分を害した。

 そして歩いて1分も経たない内に広い空洞へ出た。そこは居住スペースらしく様々な雑貨が散乱していた。旅人から強奪したらしい食品や道具の数々。だが、ゴブリンの姿は一切見かけない。

「もう少し奥にいるのかな?」

 リオンがそう語りかけた時、ベネッテが左奥の方を見て、小さく悲鳴をあげた。その視線を追うと、サーシェスは思わず視線を逸らし、リオンは見つめ、サーシェスの視線を隠すように盾を構える。

 そこにあったのは旅人の男が磔られ、無惨に切り刻まれている姿だ。体中に生々しい傷が残り、すっかり血は渇ききっている。死体と化したその顔は苦しみと憎悪を抱き、腹にはいくつかの刃物が突き刺さっている。

 リオンは近づくと、刺さったままの刃物を抜き取り、磔の結合部を破壊して死体を解放した。

「・・・、安らかに眠って下さい。」

 リオンが黙祷すると、サーシェスは盾の端から顔を出す。同じく黙祷して呟く。

「助けてあげられなくてごめんなさい。もう、こんな悲しい事は見たくないのに…。」

 そう呟くサーシェスの言葉に、リオンはかつて、ペルルークで亡くなった仲間たちの事を思い出していると思った。

 救えなかった同志たち。その時一緒にいた自分もまた、苦い記憶である。だからこそ、救えるヒトは救いたいと思うのだ。

 何も言葉が見つからない中、ベネッテの呼びかけに奥へと進む。

 冷たい岩肌の中、煌々と灯るたいまつだけが頼りだった。すると突然、先を歩いていたベネッテが足を止める。共に止まるリオン。その肩からベネッテに声が掛かる。

「何かあるのですか?」

「静かにっ!」

 息を潜めて耳を澄ます。すると、ゴブリンたちの声が聞こえる。何やら騒がしく、興奮しているように聞こえる。

「慎重に行こう。」

 リオンがそう言って先頭に立つ。サーシェスはリオンから降りてそのすぐ後ろを付いて行く。

 そしてゆっくりと前進する中、次第にその声が異様な物に聞こえた。忍び寄った奥の広間にて、3人はまたも目を覆いたくなった。

 女のヒトがいる。衣服は脱がされ、辺りのたいまつに裸体をさらけ出している。

 そんな体に数匹のゴブリンがまとわりついている。そして、その女性の体の至る個所を嬲っていた。

 ぐったりと成されるがままの状態で仰向けに横たわる女性。口に何かを詰められているらしく、時折聞こえるくぐもった唸るような声で生きていることを確認できた。

 その下半身では、ゴブリンが自らの腰を激しく女性の股座に叩き続けていた。

「こ、この外道どもめっ!」

 ベネッテが即座に弓矢を放つ。怒りのこもった矢は女性に腰を叩きつけるゴブリンの頭を貫いた。それが合図でそれまで女性を弄んでいた亜人たちが、一斉にリオン達へ目を向けた。それらに対してベネッテの矢が奴らの額を射抜いていく。

 そしてリオンもまた、ゴブリンたちをランスで貫いていく。数は20ほどとは言え、向こうはこちらの突然の出現に装備も付けていない状態だ。ましてや洞窟が広くとも、一斉に全部が掛かってくることは無い。だから殲滅は瞬く間に行われた。


 戦闘が終わり、ベネッテとサーシェスが女性の下に駆けて行く。ベネッテは周囲を見回して汚れたシーツを女性に羽織らせた。裸よりはまだ良いだろうが、一応リオンは子供と言っても男なので少し離れた場所で警戒している。

 女性はようやく状況を理解したらしいが、助かった事に感謝するよりも、自分を殺してほしいと願った。汚されたことによるショックと思ったが、女性は生きる希望の無さを訴えた。すでにその目は虚ろで、精神崩壊を起こしていた。

 無理もない。攫われ、助けも無いこの暗い洞窟内で延々とゴブリンの慰みにされていたのだから。

 でも、ここでサーシェスは生きてほしいと願った。

「せっかく解放され、助かった命なのです。どうか生きようとしてください。」

 そう話した途端、女性は発狂した。呻き、叫び、両手を添えた頭をしきりに左右へ振る。

「いやあぁぁ、あなたぁ、あなたぁー!」

 どうやら夫の事を気にしているようだった。

 そして3人は気付く。もしかしたら先ほど見た遺体がこの女性の主人なのではと…。

 サーシェスはひとまず落ち着かせようと呪文を唱える。精神に影響を与える『幻惑魔法』で、気持ちを落ち着かせる『クーダウ』の魔法を女性にかけた。

 効果は即効で、女性は手を下して俯く。でも、言葉は呟きに変わっただけで、未だに夫を呼びかけた。そして大粒の涙を流しながらすすり泣く。

「何にせよ、このままではどうしようもないわ。一旦外に出ましょう。」

 ベネッテが提案し女性を連れ出すため、その体に肩を貸そうとした。その時だ。

 女性はベネッテの脇に備えてあった短剣を抜き取ると、それを自分の喉元へと引き寄せていく。

 思いもよらない行動にベネッテは直ぐに動けない。その目の前で自ら命を断とうとする行い。

 唖然押して見守ってしまったベネッタは気付く。サーシェスがその短剣を持つ両手に向かって抱きついたのを。

「ダメぇーっ!」

 小さく力も弱いコロプクルだが、弱った女性の腕を抱き締めたことで何とか刃が刺さるのを防いだ。しかし、そのせいでサーシェスの細い右腕に切傷が出来てしまった。

 でも、サーシェスは女性の手を離さない。流れる血が女性の手を染め、女性は動きを止めた。

「辛くても生きなきゃダメでしょう!旦那様が、貴方が死ぬことを望みますか?」

 涙を眼に浮かべながら叫ぶサーシェス。その言葉のせいか、女性はハッとしてから力を抜く。

 そして落としそうになる短剣をベネッテが掻っ攫う様に奪った。そして空になった手を、サーシェスが包み込むように手を重ねる。

「お願いします。死のうとしないで下さい。辛くても、悲しくても、旦那様の為にも生きて下さい。お願いします。」

 最後は涙声だった。そして手に額を付ける。あふれる涙が手を濡らし、女性の手にも涙が伝わった。

 血と涙。ヒトの身体が与える熱を持った液体。生きていることを実感させる温もり。その温かさに女性もまた、涙を流す。

「・・・ごめんなさい。ごめんなさい~。」

 泣き崩れる二人。そんな姿にリオンは目頭を熱くさせた。

(仲間を失っても、頑張って生きようとするサーシェスさんだからこそ、伝えられるものがあるんだな)

 そう感じながら、二人が落ち着くのを待ったのだった。



 やがて洞窟を抜けだした4人は集落へと向かう。

 あの後生存者を探すがその女性『エルミー』だけしかいなかった。そして彼女の夫である磔られていた遺体は、サーシェスによって氷の棺に閉じ込めた。

 閉じ込める前にエルミーは、涙ながらに夫へ詫びつつ、一生懸命生きることを誓った。

 サーシェスの傷は彼女の能力によって閉じられた。コロプクルならではで、傷を凍結させることで血を止め、傷を塞ぐ。集落に戻って薬を塗るまでの応急処置だった。

 そして洞窟を出た後、リオンはエルミーに告げたうえで、洞窟の入り口を爆発させて穴を埋めた。

 それらを終えて集落に戻ると、村長が待っていた。まだ夜中なので子供たちは寝ているが、トーマスとミムジアナは集落入口で見張りをしていた。

「お疲れだニャン。」

 優しい笑顔のミムジアナ。トーマスは相変わらず無表情だが、

「俺を連れて行けよな。」

と、ゴブリン退治できなかったことに拗ねていた。

「何言ってるニャン。勝手に暴走した罰ニャン!」

 ミムジアナが怒ったことで、その話はそこで終わりとなった。


 ベネッテとサーシェスが村の浴場にエルミーを連れて行くと、リオンが村長と話をする。エルミーの事は捕えられていたので助けて来たと伝えた。

 村長自身はそれがどういう事か見当をつけていた。だが折角助かったのだからと、本人の希望があれば自分たちが面倒を見ると言ってくれた。

 そして村長からは、エンプリオへの引っ越しを決断した事が告げられた。今回の件で今までの侵攻やこちらの想像をはるかに上回った亜人の登場に、皆が危機感を募らせたからだ。

 例えゴブリンのアジトを潰しても、この先また襲撃に来る恐れはある。それを考慮すれば、今まで一番反対してきたベネッテさえも、今回の襲撃で仲間を多く亡くし、自らの能力不足を痛感した結果から納得するしかなかった。

 一先ず亡くなった者たちを弔い、同時に集落を片付ける。疲れなどで意気消沈としていた。

 夜が明けてみんながまとまって朝食を摂り休む。そして一眠りしてから集落全体での引っ越しの準備にかかる。

 リオン達も手伝い、同じ場所だからと送って行く事にした。

 こうして一行は2日後、エンプリオの町へ辿り着いたのだった。



 エンプリオ近郊にて亜人の動きが活発になった原因として、亜人たちがイデアメルカートゥン城塞都市南部にある『シールゾルダーの祠』へと向かって進行していることが挙げられる。

 大挙として攻め寄せ、その祠に祀る封印を破壊することが目的だ。そうした亜人たちの機運が世界中へ伝染していたというワケである。

 もしも封印が破壊された場合、過去の例によって悪魔が姿を現すのは明白であり、その場合の被害想定は世界規模で甚大なものとなる。そのためにもヒトは亜人たちの侵攻を食い止め、その目的を阻止しなければならない。

 その目的から起ち上げられたグフトを総大将とする防衛軍は、現在のところ見事にその役目を果たしている。南西より押し寄せてきた魚型亜人たちは最初5,000の数だったが次第に集まり、最終的には10,000を超えた。しかしそれらの猛攻を戦士たちは防ぎ、ハンティングギルドの矢は次々と亜人を射殺した。

 一方でアルフェーサーの指示によって祠を囲んでいた剣術ギルドもまた、突然襲来したゴブリンたちを斬り伏せた。予想通りに北の森から現れた亜人たちであるが、その数は500。戦時中のゴブリンにしては少数部隊であるが、その中に10名ほど黒い鎧を纏った戦士がいた。リオン達の立ち寄った集落を襲った亜人と同類である。それによって剣術ギルドの精鋭数名が殺されてしまった。

 だが、それ以上の被害は出なかった。世界でも名高い剣聖であるコジュウロウの前で、その10体の黒い鎧は瞬く間に斬り倒されたのだ。

 その流れる様な剣舞は、力任せにハルバートを振る黒鎧の力を往なしつつ、実に滑らかな動きで斬り付けていく。そしてその刃は触れた部分を尽く両断した。それがたとえ盾であろうと、または分厚い胸部プレートであろうと、『触れた』と思った瞬間に斬り裂いている。これこそがコジュウロウの剣術であり、愛刀『十六夜』の力であった。

 残るゴブリンたちは他の物に全滅され、この戦いにおいては大きな被害無く30日ほどに及ぶ祠の防衛戦は無事に幕を下ろしたのだった。


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