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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
20/93

真夜中の攻防

 リーブルサイドを離れて12日目。リオン達は港町『エンプリオ』へ向けて馬車を走らせる。

 仲間になったミムジアナとトーマスを加えて進む中、ミムジアナは双子と早速仲良くなってしまった。キャッティアであるミムジアナの体は柔らかく、場所によっては毛がふさふさしている。その手触り良い体毛を撫でる事が、パァムとポォムのお気に入りであり日課となっていた。

「気持ちいいニャぁ~。」

 猫の様に丸くなって横たわるミムジアナ。その背中に覆いかぶさっている双子は、彼女の頭や腕を撫でる。その感触がよほど心地よいのだろう。両者とも満悦の様子で弛んでいた。

 一方のトーマスは馬車の後部で座り込み、後方を見ながらボォ~っとしている。時折小鳥たちが羽ばたくが、彼の瞳はそれを捉えることなく、過ぎ行く景色を映していた。

 そして操縦席ではリオンが手綱を持ち、そのすぐ後ろでサーシェスがリオンの背中に手を添えながら前方を覗いている。操縦についてはトーマスは無理だが、ミムジアナは手綱を扱うことが出来るため、交代で南への林の中を駆けている。そんな二人に気遣って、サーシェスは出来る限り索敵をしていたのだった。

 実を言えば、単純な索敵ならばリオンの目の方が広い範囲を確認できる。気配の察知もリオンの方が慣れているだけに感度が高い。そう分かっていても、エフェメルのいない現状で、リオンの負担を少しでも軽くしたいという思いから行動している。また、彼女自身、この一行において役割を持ちたかった。

 そんな思いを気付いて、リオンはサーシェスに周囲警戒をお願いしていた。


 やがて目的地まではあと少しと言う時、リオンはそれを察知した。

「この先で争いが起こっています!」

 緊急なことなので、サーシェスに悪いと思いながらも告げる。

 それを聞いてミムジアナが体を起こす。双子が落ちないよう四つ這いのまま、サーシェスの横にやって来た。そこでサーシェスが双子を抱きあげる。戦闘になった場合、ミムジアナの邪魔にならないようにすることを考えて…。

「ニャにが起こってるニャン?」

「襲われてる…?馬車が停まってて、周りにゴブリンがいる!!」

 それを聞いて背後の戦士が顔を向ける。

「ゴブリンがいるのか?」

 それを見てミムジアナが注意をする。

「トーマスは駄目ニャン。ヒトが襲われてるニャンから先にそのヒト達を助けるニャン。」

「心配ない。」

「心配ニャい事ニャいニャン!暴れたらヒトも傷つけちゃうニャン!」

「簡単に暴走はしない。」

「・・・、信用できニャいニャン。」

 そうやり取りしているうちに、現場が目視できる距離になった。2台の馬車が停まり、その周囲をゴブリンたちが囲む。

 すでに馬1頭が倒されており、ヒトの姿は少ない。何とか抵抗しているが、どうやら戦いには慣れていないようだ。

「ミムジー、ここで3人と馬車をお願い。トーマスさんは離れていて下さい。僕が救助に行きますから、救助後のゴブリンはお任せします。」

 そうリオンが言うと、手綱を引いて馬車を停めた。すかさずミムジアナと場所を交代して槍と盾を持ち降りる。それより早くトーマスが降車して駆けだしていた。が、リオンのスピードはすぐに追いついた。

「くれぐれもトーマスさん。」

 言いかけたリオンの言葉に、トーマスが重ねる。

「被害は出さん。」

 そう言って立ち止まる。丁度ヒト達には被害が出ない距離。それを見てリオンは一気にスピードを上げた。盾を構えてランスを突き出す。突進形態でゴブリンたちの中に突っ込んだ。


 リオンの速さによって、突然現れたと感じたゴブリン。慌てて迎撃しようとした瞬間、別の場所で仲間の悲鳴を聞く。リオンから少し離れた場所でバトルアックスが地面に振り下ろされていた。そして縦真っ二つに断たれたゴブリン。

 仲間がやられたことで怒りを見せるが、リオンのランスで轢かれた。そしてリオンは救助する為に奥へと向かう。

 すでにヒトの死体は見える。だけど馬車の陰で老婆が少女を抱きすくんでいた。それを守ろうと老人が木の棒でゴブリンを牽制し、老婆の背側で青年が木の盾と剣を持って戦っている。幾度も防いだため、その盾はもうズタズタになっている。

 そんな最中、馬車の上にゴブリンが飛び乗った。老人と青年の死角。ニタァ~っと笑ったゴブリンが眼下の老婆へと狙いを定めた。

「危ないっ!」

 リオンが叫ぶ。そしてランスを突き出して更なる突撃を試みた時だ。

 ゴブリンが動きを止めた。そしてそのまま力なく崩れ落ちる。

 見ると、その背に矢が刺さっていた。更にリオンの周辺に矢が飛来し、ゴブリンを倒していく。リオンは矢の斜角を追って見た。

 すると木の上で狙いを定めるヒトの姿があった。どうやら味方らしい。そう悟ったリオンは老人たちの下へ駆けつけ守るように盾を構えた。

「トーマスさん!」

 叫ぶや否や、今来た向こう側で暴風が巻き起こった。トーマスがバトルアックスを振り回す。その重そうな大斧を軽々と操り、近くのゴブリンは裂かれていく。 

 その中心でトーマスは笑みを浮かべる。憎き亜人を次々と殺すことによる快感と、戦うという行為による高揚。そして耳に入る仇たちの断末魔。

 彼が唯一欲する欲望と剥き出せる感情。そんな状態が彼を昂らせ、その狂気で最後に感情が暴走するのだ。が、その前にゴブリンたちは全滅した。

 馬車を襲いに来た20匹のゴブリンだったから、何とか暴走せずに済んだ。

 だが汗にまみれたトーマスは、激しく息をしながらバトルアックスに寄り掛かっている。その顔は未だ興奮冷めやらぬように笑みが保たれていた。

 そんな姿に、助かったはずの少女は未だに恐怖を感じ震えていた。


「お助けいただき、心より感謝します。」

 戦闘後に木の上でいたヒトが下りて来た。リオンより少し背が高い桜色の肌をした女性だ。桜色の肌に赤い瞳。手先の器用な『ニルハーマー』の女性である。

 どうやら襲われていたヒト達の知り合いらしく、老人たちが安心した様子でその人に笑顔を見せた。

「申し遅れました。私はこの先の集落で守衛をしている『ベネッテ』と申します。こちらの者は集落の住人で、この先のエンプリオで仕入れをして帰る所だったのです。そこをゴブリンに襲われて…。

 被害もありましたが、おかげでこうして助けることが出来ました。本当にありがとうございました。」

 そう言って頭を垂れる。その態度にリオンが笑顔を見せる。

「僕はリオン。南へ行くため、エンブリオへ向かっている所です。」

 そんなリオンの後ろに馬車が近づいてくる。既にトーマスは馬車に乗り込んでおり、ミムジアナがサーシェスを隣に座らせ、サーシェスの膝上には双子が手を振っていた。二人とも落ちないようにしっかり、サーシェスに抱きかかえられている。

「リオン~、お疲れ様だニャ。」

「リオン、ご苦労様です。」

 ミムジアナ、サーシェスの順に声をかけて来た。それを見てベネッテ達が驚き、尋ねた。

「!・・・リオン殿、そちらの方たちは?」

 その問いが人種的な事を指していると思った。

 このオルハノコス大陸はほぼ9割がヒト系ばかりである。残り1割も実際は9分方がそれに当たり、獣人系や精霊系を見た事がないヒトは多い。特にコロプクルのサーシェス達は限定された地域にしかいなかったため、知られていないのが当たり前である。 

 だからリオンは、

「はい。僕の旅の仲間です。」

 そう敢えて当たり前の言葉を発した。

 リオン自身特殊な出自だ。特別視されるのは気持ちの良い事ではない。

 それに彼にしたらサーシェスやミムジアナ、それにエフェメルは仲間であり、種族の違いなどさほど意識したくは無かった。

 そんなリオンの屈託のない笑顔にベネッテ達も追及しなかった。

「そうか。ところでリオン殿。迷惑ついでで申し訳ないが、集落まで付いて来ては頂けないだろうか?

 この度の礼をしたい。

 それとお願いになるのだが、この辺りにゴブリンの巣穴が出来たらしく、それからというもの集落付近はこのようにゴブリンがよく出現するのだ。

 もう少しの距離だが、私一人より君たちもいてくれると助かるのだ。

 もちろん辿り着いたらその分も踏まえてお礼はさせて頂く。集落もあと半時間程度なのでいかがだろうか?」

 明らかに年上だが、その言葉は礼儀に適った対応だった。

 その態度にリオンは好感を覚えた。急ぎかと言えば自分は問題ない。もう大好きな姉は待ってくれているのだ。だからサーシェス達に視線を向けると…、

「構いませんリオン。貴方が決めて下さい。」

「こっちもいいニャン。」

 それぞれ許可を得たためリオンは頷いた。それに感謝するベネッテ達は一先ず仲間をその場で埋葬し、殺された馬もそれに倣った。リオン達もそれを手伝うと、残った馬車とこちらの馬車で馬のいなくなった荷台をけん引した。

 速度は出ないが幸いゴブリンの気配はなく、ベネッテより告げられた通り20分弱でエンプリオ北の集落に辿り着いたのだった。


 その日はそのまま集落で一泊させてもらう事になった。

 お礼はいらないと辞退したのだが、せめて一晩泊まって疲れを癒してほしいと言われ、その言葉に甘えることにした。

 助けた老夫婦は集落の村長で、その孫娘が一緒だったらしい。その少女の父母、つまり村長の息子夫婦は少女が幼い時、父親がゴブリンに殺され、母親は心労のうちに病にかかって亡くなったらしい。それで今は祖父母が大事に育てている。 

 息子を殺されてから、ゴブリン対策として集落は守衛を雇って生活している。そんな村長の家は旅行者を泊める宿屋を営んでいるので、そこで世話になることになった。

「本当にありがとう、リオン殿。それに皆さんも。」

 長老が礼を述べた。

 夕食で一階の広いテーブルに長老家族とリオン達一行、それにベネッテが集まった。

「もっと早く着ければよかったのですが…。」

 サーシェスが返す。現場で亡くなったのは3名。皆が守衛の者達だった。

 出来れば集落近くに葬ってやりたかったが、遺体を積んで戻るだけの余裕がなかった。集落の人々は悲しんだが、日を改めてみんなで祈りを捧げに行くらしい。

「いや、我ら守衛士は村のヒト達を守ってこその存在。村長たちを守れたことが、彼らの誇りであり弔いにもなる。」

 そう語ったのはベネッテだ。軽装備を外した彼女はごく普通の村娘に見える。

「尊い犠牲の上で、我らは生きて行かねばならん。

 さて、暗い話はここまでにして、みなさん、長旅の疲れをささやかながら癒して下され。」

 そう言って皆が食事にありついた。香ばしい燻製肉を使った品々に、魚介たっぷりのクリームシチュー。他にも自家製梨を使ったデザートなど一行は堪能しながら時間は過ぎる。

 パァムとポォムは村長の孫娘『サリア』とすっかり仲良くなり、今は一緒に食事をしている。そんな3人の両側でサーシェスと村長の妻が甲斐甲斐しく世話をしていた。


 そして和やかな食事が終わり、子供たちは夢の世界へ向かおうとしている。そんな子供たちを女性たちが寝室へ運んでいく中、それまで黙っていたトーマスが、目の前にいるベネッテに尋ねた。

「ゴブリンの巣はこの近くなのか?」

 その問いかけに長老とベネッテはハッとする。

 リオンは出されたホットミルクを啜りながら様子を伺った。

「ああ、ここから三キロ西に行ったところじゃ。広めの洞窟があったんだが、そこが奴らの棲家になっている。

 以前は数も少なく気に留めてなかったんじゃが、今ではこの近くを通る旅人を襲っては強奪し、数も増えている。…正直儂らもこの地を離れることを考えねばならんだろう・・・。」

 村長が肩を落しながら言う。それを聞いてベネッテが言った。

「大丈夫です村長。私たちが守ります。それにいざとなれば部隊を編成してゴブリンを狩りに行ってきます。」

 今まで無事に難を逃れてきたことで、ベネッテは自信満々だった。でも村長はそんな態度を否定した。

「ならん。お前たちの身にもしもの事があったらどうするのじゃ?それにこれ以上勢力を大きくされては、我々は街にも行けん。良い機会じゃと思うぞ。」

 穏やかな村長の口調に、反論を試みる。

「ですが…。」

 だがその言葉は村長の突き出した掌によって遮られた。

「良いのじゃ。幼きよりここで育ったお前にも計り知れぬ思いがあるじゃろう。

 だがな、ヒトは生きていれば新たな経験を積める。思い出も作れる。

 ここでの日々はこれからの日々の役に立つ筈じゃよ。だから命だけは大切にするのじゃ。」

 すっかり意気消沈のベネッテ。肩を落して視線を下げる。

 そんな女性の頭を撫でる村長。その様子は小さな子供を宥める父親の様であった。

「あっと、申し訳ないお二人とも。つまらない話を聞かせてしまった。」

「いえ。」

 そう答えるリオン。横のトーマスはカップを飲み干すと、それをテーブルに置いて立ち上がった。

「寝る。」

 そう言って部屋へと向かっていく。それをリオンが「おやすみなさい」と言って見送った。

「何だか無口な方ですなぁ。」

 トーマスの姿が消えてから村長が呟く。

「そうですね。でも、トーマスさんは頼りになりますから。」

 リオンが笑顔で答えた。それを見て長老が微笑む。

「そうかい。頼れる仲間がいるという事はありがたい事じゃ。道中、気を付けて行きなされよ。」

 その言葉で締めくくって、リオンもまた部屋へと眠りに行った。



 夜中、突然目を開けるリオン。隣で寝ていたトーマスも同じく目を覚ましたようだ。

 そして二人は互いを確認すると、トーマスは窓の外を確認し、リオンは隣の部屋へ向かった。

 トーマスが見る先。村長の家の向こう側で戦闘が起こっていた。

 たいまつの燃え盛る中、剣と剣がぶつかり合って火花を散らしている。守衛士たちが横隊列で迎え撃つのは、ゴブリン達だった。それを知ってトーマスの目が鋭く光る。すぐさま部屋を出ると、リオンが声をかけて来た。

「トーマスさん?」

「ゴブリンだ。」

 それだけ言うと、馬車の方へと装備を取りに向かう。それを見送った後、リオンは女性たちに言った。

「ゴブリンが夜襲に来たみたいです。ミムジーは3人と長老たちをお願い。僕はトーマスさんと迎撃に向かいます。」

 それだけ言ってすぐに馬車へと走るリオン。そんなリオンにミムジアナが叫んだ。

「トーマスをお願いニャン!」

 心配した顔で、相棒が暴走しない事を願うミムジアナであった。


 集落は10軒が立ち並ぶ程度の広さで、周囲は畑や果樹園、牛を放す草原が広がっている。そして西側は街の入り口として開けられており、そこで戦闘が繰り広げられていた。

 守衛士は全部で20名。2名ずつが4方を見張っているが、西から現れたゴブリン達によって、そのほとんどが西側へと詰め寄っていた。

「前に出過ぎるなっ!二人一組で叩くんだ。」

 守衛長であるベネッテが号令を叫ぶ。彼女は集落の一番西側にある、守衛士たちの家の2階から矢を放ちつつ、周囲の状況を見ていた。後ろにはもう一人おり、他の方角を索敵している。

 見張りが号令を出すや否や、各自の行動はよく訓練されているために早かった。それためゴブリンは、守衛士たちによって集落へ侵入できていない。

「数は50。十分倒せるわ。」

 ベネッテはざっと見て敵の数を把握し、遠方に矢を射る。夜では視界は限られてしまうが、西から東へと向かってくる敵だけに、その速度さえ確認すれば、当てるのには問題なかった。そして守衛士たちはその名の通り『守備』に関しての専門家だ。敵の攻撃を手にした盾で防ぎ、また往なしながら相手の隙を突く。熟練されたメンバーにより、戦いはスムーズに終わろうとしていた。

 しかし、戦場とは何が起きるか分からないモノである。北の方角からいくつかの大きな影が迫っていた。


「隊長っ!北より大きな影が迫っています。」

 そう言われてベネッテが目を向けた時だ。それまで見ていた先で悲鳴が上がった。その声に北を確認せず視線を戻す。

「何が起こったの?!」

 一瞬のうちに守衛士たちが4人も倒されていた。ついさっきまでは敵を防いでいた筈である。

 いつも通りに戦う彼らに落ち度など見られなかった。だからベネッテは我が目を疑ってしまう。

 そんな視界に更なる事態が起こった。

 ゴブリンの中でも一際体の大きな真っ黒の存在があった。真っ黒の全身を覆うフルプレートメイルを纏い、左手には盾、右手にハルバートを握っている。顔はフルフェイスで覆っているが、目は赤く光って見えた。

 そしてその右手が大きく振り上げられたと思ったら、左側にいた守衛士へと振り下ろされる。当然守衛士は盾で防ぐ。が、ハルバートの斧の部分が当たった瞬間に盾がへしゃげた。同時に守衛士の体をそのまま圧殺した。

 突然の夜襲と言っても、守衛士もそれなりの装備で対応する。見張り番が防ぐ間に装備を万全にする訓練をしてきた。おかげで鉄の鎧や兜、籠手などは全員装備している。そんな鉄で覆われた守衛士の体が、盾ごと潰されたのだ。有り得ない状況にベネッテの動きが止まる。

 その間にゴブリンが空いた隙間に侵入してきた。

「守れぇーっ!死守するんだぁ!」

 近くにいた守衛士が叫ぶ。そしてゴブリンに体当たりして侵入を防ごうとするが、その横合いから別のゴブリンが剣を叩き込んだ。それがその守衛士の脇腹を斬り、鮮血が飛ぶ。

 そこに別の守衛士がゴブリンに剣を突き刺して倒した。

 斬られた守衛士は痛みを我慢し、体当たりしたゴブリンに馬乗りして、その喉元に剣を突き刺した。

 ゴブリンの悍ましい断末魔。

 そして次だと視線を上げた途端、黒い鎧が守衛士の首を叩き斬った。同時に下にいたゴブリンの身体も断つが、すぐに黒い霧と消えた。

「通路まで下がって!そこで陣形を立て直してっ!!」

 ようやく我に返ったベネッテが指示する。しかしすでに混戦模様の前線。しかも数が減ったために押し切られるのは時間の問題であった。

「くそっ!」

 矢を射ろうとする。が後ろから声が掛けられて動きを止めた。

「北の影、バンデッドです!バンデッドゴブリンが3体。このままでは長老の家に被害が出ますっ!!」

 慌ててそちらに振り返る。闇夜に浮かぶ醜悪な顔。赤黒い肌で3メートルの体長は直ぐ足下にまで迫る高さだ。それが3体も出現。これにはもうベネッテの思考は止まってしまった。

「嘘…、何でこんな所に・・・。」

 今までここを襲ってきたのはゴブリンだけだ。だからゴブリンには何の心配も無く戦える。

 でもバンデッドゴブリンは違う。その怪力は鉄を簡単に引き千切ってしまうほどだ。それが3体。しかも西には得体のしれない黒い鎧と残る数十匹のゴブリン。今までとは全く違うレベルの戦闘状況に、ベネッテは考えがまとめられなくなってしまった。

「隊長っ、指示してください。」

 背後の見張りからそう言われるが、思いもよらない状況に彼女は言葉に詰まる。

 自分たちが行ってきた訓練と、それに対する実戦での結果。それはベネッテ自身に多大な自信を持たせてきた。だから集落は絶対に守れると思っていた。

 それが過信であったことに気付かされる。思いもよらない敵に対して対応できないのだ。そして散っていく仲間たち。

(逃げ出したい)

 そんな気持ちが生まれる。でも、自分が守衛士である誇りがある。たとえこの命が散ろうとも、集落のヒト達は救いたい。だから、

「村長たちを集めて南の方から逃げて。リオン殿に依頼して一緒にエンプリオまで逃げなさい。」

「隊長は?」

 見張り役の問いかけ。ハッとして少し言い淀み、改めて言葉を作る。

「私はここで足止めします。少しでも遠くに逃がすよう貴方が先導して。引き際にはみんなで逃げるから。」

 微笑を携えて伝えると、見張り役は「分かりました」と言って階下に向かった。それを見てベネッテは下に向かって叫んだ。

「南から別の敵が接近してる!私がそっちを牽制するから、皆は集落のみんなに被害が出ないよう、今一度踏ん張りなさいっ!」

 そう言って南へと向かう。

 正直仲間には悪いと思う。自分の無様な指揮のせいで命を無くすのだから。だからせめて自分もバンデッドゴブリン相手に精一杯抵抗しようと思った。


 戦いの流れは勝敗を決するのに大事な要素の一つである。一旦流れ出した優位は、勝利への機運を乗せて更に加速する。

 ゴブリン側に現れた黒い鎧の出現は、まさに追い風となっていた。

 すでに20体近くがやられはしたが、まだ数では上回っており、更には黒い鎧という力強い味方がいる。更に向こう側でバンデッドゴブリンも進行しているのだ。僅か50人にも満たないヒトの集落など、最早崩すのは時間の問題であった。

 これまで侵攻困難だった集落の守衛士をいとも簡単に撃破したことで、ゴブリン自身は調子づいた。

 黒い鎧が切り開いた突破口に乗り込むゴブリン。手前の家の扉を開ける。さっきから上で矢を放っていたヒトの雌がいるため、一斉に乗り込んでいく。

 また別の家を開こうとしたゴブリンたちは、奥の家へと逃げて行くヒトの姿を発見する。

(ヒトの雌だ!)

 そう思い逃げる姿に残虐な興奮を覚え、好都合とばかりに追いかけた。

 

ゴブリンはヒトよりも素早い。それは小さな体と常に体を動かしているおかげである。

 あっという間に追いつくゴブリンは、女の小麦色した長い髪を掴んだ。悲鳴をあげて女性は尻もちをつく。少し前を走っていた男が慌てて振り返るが、そこに別のゴブリンが襲い掛かる。

「あなたぁーっ!」

 ゴブリンに捕まった恐怖と、前を行く夫がゴブリンに襲われたことで、まだ結婚間もない若い女は涙ながらに叫ぶ。そこを下品たゴブリンの笑い声が覆い、女性の衣服が引き破られた。

 その向こう側では中年の男性が、鍬でゴブリンと鍔迫り合いしている。その隙に、別のゴブリンから脇を剣で突き刺された。血反吐が噴き出し倒れ伏す。遂に集落のヒトに被害が発生してしまったのだ。

 すぐに守衛士が駆け付けてゴブリンを倒す。しかし、脇腹を貫かれた男はすでに事切れていた。悔やむ気持ちを押し込め、向こうの女性救助へと向かおうとする。

 しかし、目の前に黒い鎧が見えた途端、腹部に痛みを感じた。目を落すと、ハルバートの矛先が、守衛士の腹を突き刺していたのだった。痛みと共に熱を感じる。 

 ここで倒れるのは容易い事であり、力が段々入らなくなっていくのは仕方ない事だ。しかし、守衛士は歯を食いしばって剣の柄の部分で、黒鎧の顔を叩きつけた。

 流石に怯む黒鎧。しかしそれと同時に矛先が抜けて、守衛士は崩れ落ちる。そこをハルバートの斧が真上から振り下ろされた。それを目の当たりにして守衛士は悔しげに観念する。

「ガシッ!!」

 激しい激突音と共に、その黒鎧の横合いへ跳び蹴りが入った。ハルバートが逸れ、守衛士の隣にいたゴブリンに被害が出た。

「そのまま伏せろ。」

 その声に守衛士は虚ろな瞳のまま、倒れる様に地に伏すと、その僅か上の空間を斬撃が走り抜けた。同時にゴブリンたちの悲鳴が響く。そしてその声の主は素早く周囲を駆け、その先々でゴブリンの泣き声が響き渡った。

 薄れ行く意識の先で守衛の瞳に映ったのは、大きなバトルアックスを振り回す狂気の笑みを浮かべた男の姿だった。その男は今日、村長たちを救ってくれた旅人の一人でトーマスと言う名の男だ。

 やたら無愛想と言うか、何を考えているか分からないような奴だと思っていたが、こんな顔が出来るのだと感心した。そんな男が顔を向けずに言った。

「おい、守衛士ならそこの村人を下がらせろっ。」

 トーマスによってゴブリンが薙ぎ払われた。それによって半裸状態の若妻は自由になり、倒れ伏せた夫に寄り添って、その体を揺すっている。酷い傷だが一命は取り留めているらしい。すでに事切れた者は仕方ないが、生き残っているならば護り救う。それが守衛士の志である。

 刺された脇腹を抑えながら、夫婦の下に向かい、二人を奥へと向かわせる。そして振り返った時、トーマスは黒鎧と打ち合っていた。

(すまないが頼む!)

 そう願って守衛士は痛みに耐え、後方へと村人を連れて行った。


 トーマスがバトルアックスを袈裟切りする。

 それを黒鎧は盾で防ぐ。

 しかしトーマスの力は強く、そのまま黒鎧を後方へと弾く。

 防御姿勢のまま後方に引かされる黒鎧。しかしすぐさまハルバートで突く。

 それをトーマスは柄で往なし、盾の上へ更に蹴りを放つ。

 体制の整わない黒鎧は怯みながら後ずさった。

 そこにゴブリン数匹がトーマスに襲い掛かる。

 だが、トーマスは一層狂気の笑みを浮かべて力任せにバトルアックスを振った。

 横一線!

 ゴブリンたちの体が重なる一瞬を捉え、一気に死骸が増えた。

 そこにまた黒鎧のハルバートが襲い掛かる。薙ぎ払ったバトルアックスの軌道をそのままなぞる様に斬りつけて来た。

 それをトーマスは身を捻りながら右斜め後方へ跳ぶ。同時に左手で、腰のロングソードを僅かに抜く。

 「ガシンッ」と音がしてロングソードにハルバートが当たるが、捻りながら跳んでいるために、よりトーマスの体を回転させるだけで体にもソードにも傷は出来なかった。それどころかトーマスはその回転を持ってバトルアックスを振る。遠心力の加わった鈍重な刃は斜め下から斬り上げる軌道を取り、黒鎧の足下を捉えた。

 渾身で踏み込んでいた黒鎧。そこに死角と言える位置から大斧が襲い掛かり、重心を置いていた右太ももから左腰にかけて、そして盾を持つ左腕までもが切断された。

 宙に舞う黒鎧の上半身。

 そこにトーマスは追い打ちをかける。力任せにバトルアックスを上段に構えると、気合一閃に黒鎧の体を両断した。


 物凄い破砕音と同時に地面に突き刺さる大斧。同時に土飛沫が上がった。

「クククッ、あっはっはっははは・・・。」

 狂気の笑い声をあげるトーマス。その声にヒトは勿論、ゴブリンさえも恐怖を感じた。しかも、リーダー格である黒鎧がやられた。その現実にゴブリンが退却を始める。

 だが、トーマスは追撃に移る。突き立ったバトルアックスをそのままに置き、腰のロングソードを両手に装備した。そしてそのまま背を向けるゴブリンたちを斬り捨てていく。先ほどまでの豪胆な時と違い、軽やかで素早い。

 あっという間に集落の入り口まで来ると、残っていたゴブリンを切り刻んでいく。返り血を浴び、笑い声をあげながら…。

 その様子に守衛士たちが震えた。盾を構え、蹲った姿勢で。その間にゴブリンたちはトーマスによって駆逐された。


 何とか無事を感じた集落のヒト達。だがそこに危機感を募らせたネコミミの少女が駆けつける。

 ミムジアナだ。

 いつもの陽気な雰囲気は消え、緊張感によって鼻先が渇いてくる。

「駄目ニャ、トーマス!我に返るニャン!!」

 笑い声を聞いた時に彼女は気付いたのだ。相棒が暴走し始めた事に。

 彼の暴走は感情の爆発による。普段全く感情の動かないトーマスにとって、亜人に対する怒りと、戦闘による愉悦のみが感情を動かすきっかけである。

 そんな両方の感情が最高に高まる時、つまり先ほどの黒鎧の戦闘などは、彼にとって最高の気分を演出させる。

 そして倒したことによる満足感。それが次の獲物を求める欲求に繋がる。今の彼は斬る喜びを求めているのだ。

 案の定、見境つかなくなった彼は守衛士に視線を向けていた。動かない彼らにゆっくりと歩いて行く。そして右手を振り上げたその時、ミムジアナが跳び蹴りをトーマスに入れた。それによってトーマスの体が向こうへと飛ばされ、やがて宙返りをしながら着地した。

 本来ならば反応して斬られるはずだが、殺気が無ければそれに対する反応は出来ない。つまり、これだけが今の彼に攻撃を当てる手段である。 

 ミムジアナは共にいる間にそれを知った。しかし、彼の暴走を止めるまでには至らない。とすれば、ここからはミムジアナが必死に避け続けてトーマスが動かなくなるまで待つしかない。かつてそれは一晩中に及んだこともあった。

「困ったニャ~。でもそうしニャいと被害者を出してしまうニャ。」

 覚悟を決めるミムジアナ。そんな時、突然トーマスの周囲に赤みがかった霧が発生した。それはトーマスに暫くまとわりつき、やがて霧散すると同時にトーマスが倒れ伏せた。

 何事かと思うミムジアナの横でため息が聞こえた。視線を向けると、そこには美しい小さな女性が右手を突き出した格好で安堵していた。

「サーシェスぅ!」

「眠りの魔法が効いたみたいですね。これで目が覚めて戻っていればいいのですが。」

「大丈夫ニャン。いつもは目が覚めれば元通りニャ。サーシェスがいてくれて助かったニャ。ありがとうニャン。」

 にっこり笑顔のミムジアナ。それにサーシェスも笑顔で返した。

 そして二人は周囲を見渡す。すでに黒い霧となってゴブリンの遺体は無い。代わりに守衛士の遺体は幾つか目についた。

「どうか、安らかに眠って下さい。」

 サーシェスはそう言って手を組み祈った。

「さて、もう一方は大丈夫かニャ?」

 ミムジアナがリオンの方を心配する。相手バンデッドゴブリン3体。数人の守衛士とベネッテがいるが、あの野蛮で凶暴な大型亜人は大変だと思う。

 でも、サーシェスは全く心配していなかった。

「大丈夫ですよ。リオンはミムジーが思っているよりも強いです。すぐに帰ってきますよ。」

 そこまで言い切るサーシェスを疑う訳ではないが、常識に考えて有り得ないと思った。と言うのも、かつてミムジアナも戦った経験がある。


 トーマスと出会う前、旅をしていた仲間たちと一緒にバンデッドゴブリン一体と遭遇してしまったのだ。キャッティアは肉弾戦を主にする『格闘家』が多い。ミムジアナを含めて5人のパーティーで挑み、その強靭な肉体を相手に犠牲者2名を出して勝てた苦い思い出だ。正直トーマスでも難しいと思う最中、サーシェスの表情は変わらない。

「もうすぐ帰ってくるはずですよ。・・・あっ、ほら。」

 そう言われて振り替える先。蒼銀の鎧を纏ったリオンが何食わぬ顔で戻って来ていた。


「お疲れ様ですリオン。」

 サーシェスが労う。それを笑顔で返すリオンが周囲を見渡す。

「こっちも片付いたんですね。あれ?トーマスさんは?」

 近くで倒れているトーマスの姿を見て驚くが、すぐに眠っているのを知って安堵して息を吐く。そして改めて状況を伺うと、その表情が陰りを見せた。

「どうやら大変な戦いだったみたいだね。」

 犠牲者数名を見て黙祷を捧げる。それに倣ってサーシェスも同じく黙祷した。その傍らでミムジアナが呆気にとられた顔を見せる。

「リオン、向こうのゴブリンは倒したのかニャ?」

 リオンは瞳を開けると、当然と言う顔で頷いた。そこにベネッテ達5名が戻ってきた。皆、リオンに目を向けているが、その思いは様々だろうと伺える。

 驚きがまずある。そして感謝もあるだろうが、それよりも畏れ…畏怖と言う感情が強い。それほど圧倒的な戦闘力だったのだろうと想像出来た。

「ま、何にせよゴブリンの巣は潰しておくべきだね。」

 リオンが呟く。危機が去った集落にヒト達が涙に暮れていた。

 恐怖を体験し、それから解放された安心感。

 それに死んだ仲間に対する悲しみ…。

 これまで積み上げてきた集落の破損。

 リオンはかつて姉と二人で泣いた時を思い出した。


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