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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
18/93

新しい出会い

 明けて翌日。

 リオン達は旅の準備を始める。昼には一度エフェメルが通信を行う事にしているが、その連絡がつき次第南へ向かうつもりなのだ。

 食堂で朝食を摂る。昨晩の事はマスターも知っていたが、敢えて何も言わなかった。自分が出した条件でリオンが泣いてしまった事に反省していたし、一方でエフェメルがリオンをとても大事に慕ってくれていることも知ったからだ。サーシェスも同じで、二人をそっと見守ってくれていた。

 そんな中、リオンの食欲は旺盛だった。通常の3人前を軽く食べてしまう傍らで、パァムとポォムもいつもより多く食べている。何でもリオンを見習って、いっぱい食べて大きくなりたいらしいのだが、まだまだ愛らしい体型は続く訳である。

 一方でマッチョや肥満体型になった双子など見たくないエフェメルは

「しっかり噛んで食べましょうね」

とあまり多く食べられない方法を勧める。


 そんな朝の和やかな時間、宿屋に一組の男女が現れた。

 男は背が高く金髪だ。がっしりした体格は戦士であることを語り、腰には2本のロングソード、そして背中にはバトルアックスを納めている。だが、緑色の瞳は黒ずんだ感じで、精悍な顔つきの割りには生気を感じない様子だ。

 一方の女性はリオンとそう変わらない背丈に明るい色の服を着ている。そして頭には毛糸のニット帽を深く被り、髪の毛はオレンジ色だ。何より特徴的なのは手と足が体に似合わず大き目である。顔には頬と額に赤い三角を模した模様があった。ぱっちりした目に低い鼻。男とは対照的に明るい性格らしく、ニコニコした顔でカウンターに座った。

「ねぇねぇマスター、食べ物欲しいニャン。」

 猫なで声と言う言葉が似合う声。 その女性の向こうに男が座った。こちらは予想通りに何も話さない。そんな二人にマスターが問う。

「朝食プレートなら一人3コイルだが、それでいいか?」

 すると女性は懐から6コイルを取りだしてマスターに渡す。ヒト懐っこい笑顔にマスターは微笑み返すと、奥の厨房へ注文を取りつけた。

 そんな二人を見てエフェメルがこそっとリオンに言った。

「気付いてますかリオン君。結構強いですよぉ、あの二人。」

 そう言われて頷く。その通りでさっきから隙が伺えない。特に男の剣や大斧はかなり使い込まれた様子だ。

 すると女性の方がこちらに視線を向けた後、振り向く。目が合うと人懐っこい笑顔を見せた。その笑顔にエフェメルは微笑み返し、リオンは頬を赤くして俯いた。

「綺麗にゃお姉さんニャン。あれ~?すっごく可愛い子たちがいるニャン!」

 輝いた瞳でパァムとポォムに目を向ける。それに対して双子は笑顔で手を振り、再びトーストにカジカジと齧り付いていた。

「ねぇねぇトーマスゥ、あれあれ、あの二人可愛いニャン!」

 隣に座る男に呼びかけるが、『トーマス』と呼ばれた男は視線を一瞬向けた後は再び真っ直ぐ見ていた。

「も~、相変わらず朴念仁だニャ~。ちょっとは興味を持つべきだニャ。」

 そう怒ってみせる女性たちにプレートが置かれる。それを見て両手を合わせて感激する女性に対し、トーマスは早くもフォークを持ってハムに齧りついていた。

「頂きますニャン。」

 そう言って女性はスプーンを持ちポタージュスープを掬う。そして数回「フーフー」っと冷ませてから口に含んだ。

「あちゅい!ニャ~、もうちょっと冷ましてから頂くにゃ~。」

 舌を出して苦手そうにした後、トーストを少し千切りながら摘まんでいった。

「やっぱり猫舌なんですねぇ。」

 エフェメルが呟く。その言葉にリオンが不思議そうに見ると、エフェメルは微笑みながら説明した。

「彼女は『キャッティア』という種族の娘です。ピニュの様な獣人系で、彼女たち色んなヒトに懐きやすい性格ですから、さっきから色んな表情をするでしょ~?」

 言われてなるほどと思う。一応ドゥルークからは聞いているが、獣人系は動物の特性を持った種族で、基本的身体能力は高い。多分深くかぶったニット帽の下には喋り方から猫の耳があるんだろうと推測できる。

「一方の男性は『エプティシア』ですが、不思議…と言うより信じられません。感情の精霊が一切見えませんね。」

 男は黙々と食事を摂る。そんな彼に何らかの表情は見られず、エフェメルの言うとおり「ただ栄養を摂っている」という作業的な動作に見える。

「エプティシアという事は戦闘人種。あの服の上からも分かるように鍛えられた体をしていますね。傭兵でしょうか?」

 隠密ギルドではそれなりの強者に関しては情報を集めている。しかし、エフェメルの記憶に当てはまるふたり組ではなかった。まぁ、リオンも特殊な例だったわけだが、新しく出現したと考える。実際「トーマス」と言う名前も記憶には無かった。

「ま、いいんじゃないかな。それより二人もごはんが終わったみたいだし、そろそろ部屋に戻りましょう。」

 視線を移すと満足げにミルクを飲み終わった二人が一斉に「ぷは~」っと息を吐く。その姿は酒を飲んだ戦士が行う態度と同じで、サーシェスが泣きそうな顔で注意する。

「も~、二人ともそんなはしたない態度はダメですよ。」

「「は~~~い。」」

 そんな姿を微笑ましく見てからリオン達は席を立った。そして近くの階段を上る時にキャッティアの女性が手を振っていたのを確認してからその場を去って行った。


「にゃんか変わったパーティーだニャ~。」

 キャッティアの娘『ミムジアナ』が言った。だが、隣の相棒トーマスは何も言わない。ただ黙々と食事を摂っていく。

「ム~ッ、可愛い相棒の話しぐらい聞いてもいいと思うニャ~。」

 憮然としてようやく冷めてきた食事にありつく。

「うわぁおぅ!こ、これは絶品ニャン!!」

 その味に慌てた様子で食べるミムジアナ。そんな二人の前にリオン達のテーブルを片付けていたマスターが戻る。

「初めて見る顔だな。旅人かい?」

「ングッ、そうだニャン。あたいはミムジアナ。ミムジーって呼んでほしいニャン。」

 ヒト懐っこい笑顔で言う。

「分かったよミムジー。してそちらは?」

 視線を受けてもトーマスは変わらない。それを知ってかミムジアナが先に言う。

「こっちは相方のトーマスだニャン。二人で『にょルズウェッド大陸』から来たんだニャン。」

「ほぉ~、そりゃあまた長旅だなぁ。で、こっちには何を求めて来たんだい?」

 グラスを磨きながら問うマスター。ミムジアナは食べる間もなく答える。

「特ににゃいニャン。世界を見てみたいって考えたニャン。」

 そしてスープを頬張る。

「そうかぁ。それにしても無口だねぇ彼。」

 全く他の動作を見せず食事するトーマス。代わりにミムジアナが口元を手で拭ってから、申し訳なさそうに言う。

「申し訳にゃいニャン。トーマスはちょっと感情が乏しいニャン。あたいが話しするからそっとしてあげて欲しいニャン。」

「おっとそれは失礼した。ヒトにはそれぞれ事情がある。こちらこそ無粋に聞いてすまなかったな。」

 するとミムジアナは笑顔を向けた。

「マスターは良いヒトにゃん。」

 それから少しの間食事に集中するミムジアナ。その間にトーマスは食べ終わり、再びボ~ッと正面を見ていた。

「ところでミムジー、これからどこに行くつもりだい?」

「マグマグ…ングッと、そうだニャ~。何でも大きい町があるって聞いてるから、そこに行こうと思ってるニャン。」

「イデアメルカートゥンかい?」

「そうニャン。確かそーゆー街だったニャン。」

 するとマスターは呟いた。

「リオン達と一緒かぁ。」

 その小さなつぶやきをキャッティアであるミムジアナは聞き逃さなかった。

「リオンて誰ニャン?」

 ハッとするマスター。滅多に会わない獣人系の客だけに、その聴覚の鋭さを忘れていた。

「ああ、すまないな。さっきそこにいた客だよ。彼らもイデアメルに行こうとしてるんだ。」

「ああ、あの綺麗なお姉さんや可愛い子供たちがいたパーティーかニャン。なんだか不思議なパーティーだったニャン。」

 獣人の中でも、キャッティアはエルフやダークエルフを憧れの対象にしている。エルフはプライド高くあまり良い印象を受けない仲間もいるが、比較的土の匂いがするダークエルフは好意を持っている。初めて会ったエフェメルだったが、ミムジアナは好印象を持っていた。

「まぁそう思うだろうな。滅多に見ないメンバーが揃ったパーティーだからな。」

「見たことない小柄なヒトもいたニャン。それと、顔に凄い傷のある男の子もいたニャンね。としたら、あの中ではダークエルフのお姉さんが用心棒か何かかニャ?」

 この言葉に、マスターは笑って見せた。

「ははは、それは違うな。あの中ではあのリオンとダークエルフの女性が戦うって聞いてるよ。」

 それを聞いてミムジアナは驚いて見せる。

「あんな小さい少年が戦えるのかニャ!」

 このセリフにマスターが口を滑らせてしまう。本来であれば他人の情報を簡単に教えるモノではない。しかし、他人と思えなくなったリオンに関して、つい自慢してしまうような物言いになるのは、マスター自身がリオンを息子みたいに思ってしまっている所があるからだろう。

「もちろん、彼は凄腕の戦士だよ。何せリオンの師匠は、この世界で最強の存在だからなぁ。」

 その時、トーマスが僅かに反応を見せた。

「最強?」

 その声にマスターが頷き語る。

「ああそうだ。あいつは幼い時に漂流して、そして行き着いた先でとんでもない存在に育てられたんだからな。」

「壮絶な人生ニャンね…。それであの顔に凄い傷があるのかニャ?可愛い顔なのに勿体ないニャン。」

 リオンの境遇に関心を持つミムジアナ。先の師匠の正体については、トーマスの視線が続きを待っていた。それで、

「リオンの師とはあのレッドドラゴンだ。」

 それを聞いてトーマスは初めて驚きを見せた。またミムジアナも大きな声で。

「嘘ニャン!そんな話ある訳にゃいニャン。レッドドラゴン様は神様ニャン。神様に弟子がいるニャンておかしいニャン!!」

 獣人からすればドラゴンは至高の存在であり敬愛している者は多い。だから神様と崇めているミムジアナの言葉は信用できないでいる。だが、トーマスは違った。

「なら、あの男がいれば…。」

 そう呟いて俯き加減になる。そして人に聞こえないほどの声でぶつぶつと独り言を語りだした。

「うわあ~、また始まっちゃったニャン。」

 バツの悪そうに顔をしかめるミムジアナ。そして説明を求めるマスター。その視線を確認することなく答えは語られる。

「実は、トーマスは生まれ育った集落をとある亜人たちに滅ぼされたニャン。以来亜人を見れば手当たり次第殺していくんだニャン。

 あたいは戦わせたくはニャいんだけど、放っておく訳にはいかニャいニャ。

 で、トーマスは強い仲間がいれば、亜人を滅ぼせると思っているんだニャン。」

 その話にようやくこの青年が「壊れている」と理解するマスター。よほど酷い惨劇を目の当たりにしたのだろう。そのせいで己の精神が異常をきたし、後は戦い続ける中で次第に心が壊れて行ったのだろう。かつての仲間でも廃人になった者を何人も見て来た。

「こんな歳で早くも壊れたのか…。」

 何ともやりきれない思いがした。そして視線をミムジアナに向ける。

「そうだな。本当はもう戦わせない方がいいんだが、そうすれば逆に生き甲斐を失くしてしまう。いっそイデアメルで医療学院に行ってみると良い。」

「医療学院かニャ?」

「そうだ。世界中から人が集まり、医師になろうと日夜研究を重ねている世界最高の医療機関だ。もしかしたらだが、この青年を立ち直らせてくれるやもしれん。」

 それを聞いてミムジアナが目を輝かせた。

「ホントかニャン!それは是非とも行かねばにゃらにゃいニャン!」

「おっとぉ、あくまで可能性だからな。絶対に治るとは限らないぞ。」

「それでも良いニャン。何もしないよりはした方がトーマスにはいい筈だニャン!」

 その前向きな姿はマスターに好感を与えた。それに何かと物騒になり始めた南方だけに、リオンに戦える者のいる方が良いとマスターは思った。

「正直、リオンが一緒に亜人を滅ぼしに行ってくれるとは限らないが、旅路が同じなら街までは一緒に行くと良いだろうな。何なら声をかけてやるが…?」

「否、十分ニャン。これ以上甘えたらマスターに悪いニャン。後であたいから声をかけてみるニャン!」

 そう言ってミムジアナは残りを食べていく。その傍らで未だに思いつめたトーマス。マスターは複雑な思いを感じながら、この青年が少しは救われることを望んだ。


 階下でそのような話が行われているとも知らぬリオン。そんな彼らも問題が起きていた。

 連絡を取ったエフェメルに、目的の品がある報告と同時に、彼女へ緊急招集が掛かってしまったのだ。

 何とかリオン達と一緒に行こうとしたエフェメルだが、ギルドマスターから直接伝令が届いてしまった。何でもベルグシュタッド領南西にある『リベルトック』と言う町に巨人が進行し、その調査を補助してほしいという事なのだ。

 ギルドに所属する以上命令は絶対。何より隠密ギルドのギルマス「ブリュム」こと『メリサ』は自分にとって、家族同然のとても大事な存在なのだ。確かにリオンやサーシェス達も大事だが、組織に加わる者としては仕方なかった。

「ごめんなさい姉さん、リオン君。どうしてもギルドに所属する以上は行かなければならないんです~。ですから先にイデアメルへ行って待ってて下さい。必ず後から合流して、姉さんたちをリュナエクラムまで連れて行きますからぁ!」

 その言葉にリオン達は寂しさを募らせながら、仕方なく頷いた。

 

 一足先に装備を整えたエフェメル。そして見送る為にリオン達は、店の前へ出る。そこでエフェメルが風の精霊を召還した。

「私一人なら、風に乗って素早く移動できますからぁ。姉さん、先に行っちゃったりしないで下さいね~。」

「当たり前です。そこに行くには貴女がいないと困るもの。待ってるから気を付けて行って来なさい。」

 そう言ってからサーシェスと握手し、足元の双子たちの頭を撫でる。

「二人とも、おねーさんはちょっとだけお出かけしてきます~。その間仲良くお利口さんでいて下さいね~。」

「姉ちゃ、行っちゃうの~?」

「いてほしぃ~よぉ~。」

 そう駄々をこねられ困るエフェメル。助け舟にとサーシェスが二人を抱き上げて言い聞かせる。

「ダメですよ2人とも。ちょっとだけエフィーは用事に行くのです。エフィーにも事情があるのだから行かせてあげなさい。でも、また会えるんですからね、こういう時は元気に行ってらっしゃいと言うんですよ。」

 すると二人は口をとがらせながらエフェメルを見る。

「姉ちゃ、帰ってくるの?」

「ええ。もちろん用事が終わったらすぐに帰ってきますよ~。」

 それを聞いて二人は顔を見せ合い、そして笑顔をエフェメルに向けた。

「わかったぁ~!じゃ、姉ちゃいってらっしゃ~い。」

「姉ちゃ、またまたまたね。」

 エフェメルはいつになく微笑みを向けて「行ってきますぅ」と答えた。そして、リオンには、

「シーニャちゃんと待ってて下さいねぇリオン君。イデアメルまではもう少しですがぁ、それまでは姉さんたちをよろしくお願いしますね~。」

「うん。分かったよ。でも、必ずイデアメルに来てくださいね。エフェ・・・、え~と、エフィーおねぇちゃん。」

 最後は頬を染めて照れた口調で言い直したリオン。昨晩シーニャと言葉を伝え合い、そして一緒に泣いてくれたヒトだ。リオンにとってはもう一人の姉と認識していた。 

 その言葉に感激したエフェメル。瞳に涙を滲ませてぎゅっとリオンを抱き締める。

「貴方もシーニャちゃんも私の大事なヒトですぅ。だから絶対もどりますから、元気にイデアメルで会いましょ~。」

 その言葉を告げると、リオンを離す。その際その額に口付けし、そのまま風に乗って駆けて行ってしまった。

 あっという間に見えなくなるエフェメル。

「行っちゃいましたね。」

「ええ。ほらパァムもポォムも、また会えるから悲しそうな顔をしないで。」

 そう言われても双子の円らな瞳は潤んでいる。

「それじゃあ僕たちも出かける用意をしましょう。」

 寂しさを感じながらも、何時までも居る訳にいかないリオン達は、旅立つ用意をしようと再び店内に向かう。

 その時、目の前に先ほど食堂で見かけた男女二人が現れた。足を止めるリオン達に、男はじっとそちらを見つめ、女性はニコニコした顔で下から覗き込むように腰を折っていた。

「え~と、貴方がリオンかニャン?」

 突然名前を呼ばれてピクッと眉を動かす。すると女性は体を起こして両手を見せた。猫らしく掌底部分には肉球が付いている。

「あわわっと、ごめんニャン!マスターにちょっとだけ聞いてたニャン。

 私はミムジアナで彼はトーマスニャン。二人してイデアメルに行こうと思ってたんだニャン。そしたら君たちもそこに向かうと聞いたから、もし良かったら一緒に行きたいニャ~っと思って声かけたんニャ。」

 ミムジアナはヒト懐っこく笑ってみせる。そして自分たちの意見の応答を待つ。するとサーシェスが先に尋ねた。

「突然そうおっしゃられても、すぐに納得できるものではないでしょう。向こうに行く目的などを聞かせて頂けますか?」

 誘われても、相手がどのような人物か?何より信用できるかどうかを確認しないと一緒に旅するわけにはい。エフェメルがいなくなって、サーシェスは己に大人としての責任を負っていた。

 この一行のリーダーはリオンだ。だが彼もまだ子供である。戦闘では頼るしかないが、こうした話し合いでは自分がしっかりしないとと気を張っていた。

 それに対してミムジアナは屈託にない笑みを浮かべる。

「ニャ~ンだ。それなら簡単ニャン。あたいは好奇心から旅をしてるニャン。その途中でこっちのトーマスと会って、一緒に旅してるんニャ。イデアメルは大きニャ街だから一度見てみたいんだニャ。」

 余りに素直で拍子抜けするほどの返答だった。実際、キャッティアと言う種族は他の種族に対して従順なくらいに素直で嘘をつけない。変に気負いすぎる方がおかしく感じられるとサーシェスも感じたほどだった。

 しかし、片やトーマスは違う。先ほど食堂で見た彼は無気力な戦士に見えた。なのに、今の彼は異常なほどにリオンを注視している。彼女にとってはそのことが心配だったのだ。

 それに気づいたミムジアナが隣に非難の目を送る。そして、

「ちょっとトーマス、駄目ニャンそんな目で見ちゃ~。それよりちゃんと説明するニャンよ。」

 トーマスは何も言わない。それを肯定と取ったミムジアナは勝手に話し始める。

「ごめんニャン。実はトーマス、前に亜人たちに酷い事されて凄く憎んでるニャン。そこでさっきマスターから、リオンがドラゴンの弟子だって聞かされて、それからずっとこうニャッてるんだニャ。普段は朴念仁なくせに、強い者や亜人との戦闘では異常に興味を出すんだニャン。」

 そう聞いてリオンがトーマスの目を見る。かなり身長差があるが、決して見下すような視線ではない。逆にこちらを確かめようとしていることが分かった。

「ん~、え~とぉ、トーマスさんだっけ。良ければ素手で相手しようか?お互い傷は無しだけど、確かめてみたいんでしょ?」

 その言葉にサーシェスが反対する。だが、リオンは真剣な顔で言った。

「見た印象はともかく、悪いヒト達じゃなさそうです。それにエフェメルさんがいない分、この先の戦闘は厳しいモノになります。僕が出ても三人を守ってくれる人がいるなら安心ですから。」

「…リオンがそう言うならお任せします。でも、無理はしないで下さい。」

 まだ納得しきれていない様子だが、リオンの笑顔にそれ以上は黙った。

 するとトーマスの口元が緩やかに弧を画き、視線が一層強くなった。

「ミムジー、装備を頼む。」

 そう言って剣と大斧を外した。そして着ている鋼鉄製の鎧を外す。すると今にも千切れそうなシャツを着た物凄い筋肉が姿を現した。

「ちょっとトーマス!絶対興奮しちゃダメだニャン!!」

「分かっている。その時は止めてくれ。」

 ミムジアナが剣やバトルアックスを一か所に片付ける。そうしながら注意を送るが、既にトーマスは興奮したように顔が赤かった。

「駄目ニャン。こんな街中では絶対凶暴化は許さないニャン!」

「凶暴化?」

 二人を避ける様に近づいたサーシャスが尋ねた。すると、愛想笑いをしながらミムジアナが言う。

「…後で話すつもりだったニャン。さっき言った酷い事って言うのは、トーマスは生まれ育った町を亜人たちに滅ぼされちゃったニャン。それから感情が乏しくなり、戦う事だけに反応するようにニャったんだニャ。

 そして戦いで興奮しすぎると、自分の意識が飛んで凶暴にニャるんだニャ。能力が底上げされて例え深手を負っても戦い続ける狂戦士とニャッちゃうんだニャ。そうなったら周りに迷惑をかけてしまうニャ~。」

「なんですって!」

 それを聞いてサーシェスは止めようとした。だけどもう遅い。少し離れた広間にてリオンに向かってトーマスが右拳を放った。怪我させないと言ったのに、当たれば致命傷間違いないほどの突きだ。だけどリオンはその突き側面を軽く左手で捌いていなす。

 即座に拳を引きながら逆の拳を突き出すトーマス。それもまた同じようにいなされた。そのまま3回ほど繰り返すと、再び繰り出して捌かれた右腕を、そのままバックブローで薙ぎだす。急激な変化だけに至近距離からの攻撃。リオンはその拳に目をやると、同じくいなした掌で受け止める。瞬間トーマスが左の肘を脇腹目掛けて放つ。

 リオンはそれを右手で抑えると、両手それぞれで受け止めた部分を掴み、トーマスの足を刈るように払った。そして相手の体を倒そうと試みるが、いち早く気付いていたトーマスは自ら宙返りを行い、その勢いを持ってリオンから剥がれ間合いを取った。僅かな間での攻防。見ていたサーシェスはあまりの事に驚くしかないが、ミムジアナは愉しそうにはしゃぐ。

「凄い凄い!凄いニャンリオンは!!今までトーマスの素手の攻撃を綺麗にしのいだヒトニャンていないニャン。」

 そしてその隣、サーシェスに抱かれた双子が興奮しながらリオンを応援している。

「「兄ちゃがんばれがんばれがんばれぇ~!」」

 そしていつの間にか、周囲にいた冒険者たちもその攻防に魅入っており、忽ち観客が出来てしまった。

「あちゃ~っ、やっぱりこうなっちまったか。」

 サーシェスが振り返ると店の入り口でマスターもいた。頭を掻きながら苦虫を噛み潰したような表情で見ている。

「あ、マスター。これはリオンから申し出た事ニャン。」

 何か悪いことをして怒られそうな雰囲気のミムジアナ。マスターがそれに応じる。

「別にトーマスが悪いとか言ってないぞ。もしかしたらこうなるかもとは思っていたが、まさかこんな早く、しかもうちの真ん前で始めるとは思っていなかった。

 だがまぁ大丈夫だろう。今の所お互いが相手を確かめているみたいだからな。」

 そう聞いて視線を戻すサーシェス。少し休憩しているかのように見合う二人は、互いに相手の出方を伺いながら言葉を作る。

「予想以上だ。」

「トーマスさん凄いや。さっきの投げ抜けなんて有り得ないもん。」

 そう言葉を交わすと、再び接近し合う。今度は先ほどより速い応酬が始まる。至近距離での拳の応酬だ。互いに捌き、躱し、隙あらば突く。単調な動作のようだが、その速度や間合い、何より相手の動きを読んだ攻防は高位の戦闘だった。

 だけど凄いのはやはりリオンだ。圧倒的なリーチの差ながら、素早いトーマスの攻撃を掻い潜って懐に迫る。そのためトーマスはその都度間合いを広げる。そう見ればリオンの攻撃を受けていないトーマスも大したものだった。そして数分後、二人の間が開いたところでマスターが止めた。

「双方!それまでだっ!!」

 その気合いを込めた声は二人の動きを止めるに十分だった。近くにいたサーシェスはその声に驚いてしまう。まるで時間が止まったようになり、その後でリオンが構えを解いた。

「強いですね、トーマスさん。」

「お前の方こそ予想以上だ。」

 双方が互いに称えることで勝負は終わったが、ミムジアナの目には汗をかいたトーマスに対し、全く息の乱れも無いリオンを見比べて自ずと結果づけた。

「さて、どうニャン?ついて行ってもいいかニャ?」

 その確認にリオンは頷く。

「サーシェスさん、同行して貰いましょう。」

「…リオンが構わないのならば、私たちに依存はありません。」

 肝を冷やしたサーシェス。そんな心配をよそにあっけらかんとするリオンの態度に、少しばかり文句も言いたくなったが、周囲の空気を読むサーシェスは大人としての対応を行うのだった。

 そしてリオン達が用意をする間、トーマスとミムジアナは食堂で待つ。

 準備の整ったリオン達は、マスターたち(もちろんエゥバは号泣)に見送られ、南へと向かうのだった。


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