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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
17/93

星空の下で…(切なさ溢れて)

 一年ぶりのリーブルサイド。以前は一人で歩いては行ったことを思い出す。今回は仲間と一緒に馬車で門を潜り抜けた。

 リーブルサイドの門は常に開けられており、警備兵が立っている。冒険者などの行き来が激しいため、よほど怪しい様子が無ければ兵士に呼び止められることなくすんなり町へ入ることができる。

 門を抜けると、その周辺は馬車などの停留所となっている。ここで馬車を停車し、そこにいる荷物番に駄賃を渡して馬車の管理をしてもらうのだ。

 それからリオンを先頭に宿屋兼食堂の『川沿いの酔いどれ』屋へと向かう一行。

 すでに夜の時間だが、初夏に当たるサーリムの月は明るく、大小両方の月に照らされた周囲はたいまつなどの灯りを必要としないほどだ。

 リオンはパァムとポォムを両肩に置き、その後ろでエフェメルとサーシェスが手を繋いで歩く。流石に二人は身元を隠すようにフード付のマント深々と羽織って歩いている。その甲斐あって、一見母娘のように見えるので目立つことはない。

 しかし、きょろきょろと辺りを見回してははしゃぐ双子の姿に、すれ違う人々の視線は集まり、その隠れ蓑が意味の無いように思えていた。

「この町は大丈夫ですよ。皆いいヒトばかりです。」

 そう言ったリオンだったが、エフェメルは素直に聞き入れられなかった。

(この町は世界各地からヒトが集まる場所ですからね…)

 その考えからサーシェスの手を握っている。そのことはすでに彼女にも話していた。

 町の住人は良くても、旅人や冒険者が多い土地柄だけに、安心はできない。さっきも荷物番はいても、馬車の中にはきちんと結界を張って来ている。と言うのも、ここにはギルドの支社が無いのだ。

 隠密に限らず、全てのギルドはここにない。旅人や冒険者の町として昔からギルドの介入を断っている自治区で、今から向かう宿屋のマスター『ヘンリケット・ドノバン』が現在の統治者的存在である。

 彼はその道で有名であり、その情報網はギルドも一目置いているほどだ。流石にエフェメル自身もここに来るのは初めてであり、少々緊張していた。


 やがて町の中心部に着き、リオンがその扉を押し開いた。途端に内部からの喧騒が聞こえ、酒や食べ物の臭いが鼻を刺激した。特に問題が無ければ賑やかな場所である。

 一度後ろの二人に頷くと、リオンはカウンターへと向かう。それに遅れまいとエフェメルたちも続く。そしてリオンが向こうを向いてコップを拭く男に声をかけた。

「こんばんは、マスター。」

 その声にハッとした男が慌てて声の方に向く。そしてその顔を見て歓喜の表情になって大声を出した。

「リオンッ!」

 余りの声に店内の客たちがマスターを見る。そして次の瞬間、奥の厨房から大柄な女性が駆け出て来た。そしてリオンの顔を見るなり涙を溢れさせ、

「リオン~!元気だったかい?」

「あ、おばちゃん。久しぶり~。見ての通りだよ!」

 にっこり笑うリオンを抱き締めんばかりにカウンターから身を乗り出す。がその動きは止まり、エェバは難しそうな顔を見せた。

「ん?何だいその肩に乗ってるのは?」

 その迫力ある顔に見られて双子はリオンの頭を抱きながら震えた。そんな二人の頭に手を置きながらリオンがあやす。

「大丈夫だよ2人とも。この店のマスターと女将さんだよ。女将さんのご飯は凄くおいしいからね。ちゃんと挨拶しよう。」

 そう言われて二人はリオンの頭越しに顔を見合す。そして一斉に振り向くと、それぞれ片手をあげて笑顔を見せた。

「パァムだよぉ~。」

「僕はポォム~。」

 その余りのかわいらしさにエゥバが頬を染めて震え始めた。その横で後ろの二人に気付いたマスターが問いかける。

「そちらの方も連れかい?」

 するとリオンが頷き、それぞれフードを掃った。途端に周囲から甘いどよめきが起こる。そして先に小柄な美女が銀の長髪を美しく流しながらお辞儀した。

「初めまして。サーシェスと申します。そこにいるパァムとポォムと同じコロプクルの長をしております。今は縁あってリオンのお世話になっております。」

 初めて見る美しい女性に思わず頬を染めるマスター。つられて低頭した後、隣の青い肌の女性を見る。こちらも負けぬくらいの美人だが、マスターは一瞬眉を動かした。それを見逃さないエフェメルだったが、同じく低頭する。

「初めまして。エフェメルと申します。見ての通りダークエルフです。こちらのサーシェスとは旧知の中で、今回の旅に同行しております。」

 いつもと違うはきはきした喋りにリオンが驚いたが、その瞬間マスターとの間に不穏な空気が漂っているのに気付いた。するとマスターが微笑を浮かべて言う。

「なるほど。貴女が噂のエフェメル殿ですか。聞いた以上にお美しい方ですね。」

「ありがとうございます。私もヘンリケット殿のお噂はかねがね伺っております。」

 対するエフェメルもいつになく澄ました微笑を向けているが、どちらも緊張感を醸し出していた。

「ちょ、ちょっと二人とも何だか怖いよ。」

 リオンが言うとようやく空気は退き、二人してリオンに微笑を向けた。

「それでリオン、今日は泊まってくのか?」

「はい。5…4人部屋ですけど空いてますか?」

「ああ、大丈夫だ。それじゃあ先に部屋へ行ってくつろいでくれ。席が空いたら呼ぶよ。」

「ありがとうマスター。」

 そしてマスターが部屋に案内しようとしたところ、エゥバが小さな双子と楽しそうに遊んでいる状況に気付いた。さっきまで恐れていた二人はもう目の前の大きな女性と睨めっこしながら遊んでいる。

「エゥバ。今は仕事をしてくれ…。」

 ため息交じりに言うマスター。そして5人を部屋へと連れて行った。


 この宿は3階建てで、最上階にある大部屋に通された5人。早速パァムとポォムがベッドに上って弾んだ。それをサーシェスが止めようとする一方、リオンはマスターと会話する。そこにエフェメルが加わってきた。

「ここって高級な部屋ではありませんか?」

 そう聞いてきたのは、部屋の質に対して宿代が安いからだ。

「ああ、そうだがリオンには恩があるからね。この金額で問題は無い。」

「ありがとうマスター。」

「気にしないでくれ。…それより、ちょっと聞きたいんだが。」

 マスターがエフェメルに視線を向ける。その視線にエフェメルは微笑んで頷くと、先に言葉を発した。

「先ほどは失礼しました、改めてご挨拶を…。

 ご存知の通り、隠密ギルドのエフェメルです。」

「やはりそうでしたか。こちらも失礼しました。」

 すんなり正体をばらしたことで、マスターの空気は一変した。彼からすれば、エフェメルが正体を隠してリオンに接近していると思っていたからだ。

 だが、きちんとそれを明かしているとしたら、それ以上は特に勘ぐる必要は無かった。

「私がここに来たのはリオン君に勧められてのことです。ギルドとは特に関係ありませんので。」

 こう言われて鵜呑みにするわけにもいかないが、それなりに責任を持つ地位の人物が言っているのだ。リオンの顔を見ても分かるが、下手に事を荒げる必要は無いと思い、マスターは笑みを見せる。

「いやいや、そこまでおっしゃらなくても構いません。よろしければ情報交換もしたいです。まずはどうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さい。ではリオン。この部屋は風呂があるからさっぱりして食事に来ると良い。席はこちらで用意しておくよ。」

「うん。ありがとうマスター。」

 そしてマスターが部屋を出て行く。足音が消えてエフェメルもようやく一息つく。

「エフェメルさん、何だか別人みたいだったね。」

 その様子を見て話しかけるリオン。その不思議そうな顔に苦笑を浮かべながら、エフェメルはコートを脱いで装備を外し始める。

「そりゃそうですよリオン君。ここは完全自治の町。国はおろか、ギルドも全く関与していない町なんですぅ。そこへ私の様な者が来たら警戒されて当たり前ですよ~。」

 言われてみればと思い、リオンは椅子に腰を下ろした。話しは続く。

「仲の良いリオン君に言うのもどうかと思いますがぁ、昔彼は有名な戦士だったんです~。戦が起こっている各地で名を広め、『狂剣のドノバン』と言う二つ名で恐れられていたんです。」

 その二つ名を聞いて、いまいちピンとこないリオン。それを察してエフェメルが続ける。

「狂剣とは一度振り始めたら戦いが終わるまで止まらず、敵を襲い続けるという事で付いたみたいです。そんな彼がある時突然この町に留まりました。

 そしてその際、各国や各ギルドにこの町へ干渉させないようにして、国や派閥を気にせず冒険者たちが気楽に過ごせる場所にしてしまったんですぅ。だから凄いヒトなんですよ~。元々小さな旅人達の宿場が、ここまでの町に発展したんですから~。」

 初めて知ることに目を丸くする。

「あれ?知らなかったんですか~?」

 問われて頷くリオン。

「そうですか~。まぁ、そのような場所ですからねぇ。情報を扱うギルドのサブリーダーが堂々と乗り込んできたんですからぁ、警戒されて当たり前ですし、こちらもそれなりの態度が必要と言う訳ですよ~。」

 それを聞いてリオンがしょんぼりした。

「ごめんなさい。知らないで気軽に連れて来ちゃって。」

 そんな姿にエフェメルは手を振って否定する。

「謝らなくてもいいですよぉ。おかげで初めて町に入れましたしぃ、ヘンリケット殿にもお知り合いになれましたからぁ。

 さっき話したことで、必要以上の警戒は解かれたみたいですしね~。私としても良い経験をさせてもらってますよ~。」

 笑顔で言われて幾分リオンは気楽になった。そして部屋を見回す。

 前に泊まった部屋はこじんまりしていたが、ここは大部屋でも相当に広い。奥には言われたように風呂があるようだった。

「それじゃ、お風呂に入って食事に行きましょう。先にお二人からどうぞ。」

 そう勧めるとエフェメルが笑みを浮かべた。

「あら~?リオン君は一緒に入らないんですかぁ?」

「なっ、何を言ってるんですか!」

「何って、折角ですから入りましょって誘ってるんですよ~。」

「そんな訳にいかないでしょ!」

 顔を赤く染めて慌てるリオン。そんなやり取りにサーシェスが呆れながら言った。

「ほらほら、先に入りましょうエフィー。リオンが困ってるじゃないですか。」

「そう言う姉さんだって一緒に入りたいと思うでしょ~?」

「な、何を言ってるのよ。」

 狼狽えるサーシェス。だが、チラチラとリオンを見る様子は何だか期待を含んでいるようだった。

「ほら~、姉さんもちょっと興味あるみたいじゃないですか~。皆で一気に入った方が早く済みますし、ね~。」

 サーシェスは何も言わない。右手をぎゅっと握って口元を覆い、困った瞳をちらちらリオンに寄越している。このままでは何かまずいことになるとリオンは感じた。

「だ、ダメですよ僕は男ですし、それにお風呂は狭いじゃないですか。」

「そんなことありませんよ。ホラ~。」

 言われて向けた視線。するとすでに裸のパァムとポォムが扉の開いた中を見ている。その広さは全員が余裕で入れるスペースだった。

「ご覧の様に広々としてますよ~。さ、リオン君。一緒に入りましょ~。背中を流してあげますからぁ~。」

「で、でも・・・。」

 恥ずかしい気持ちを何とか伝えようとしたが、止めの言葉が来る。

「シーニャちゃんから聞いてますよぉ~。いつも一緒に入ってたってぇ。それでも嫌がるってことはぁ、私たちが嫌いなんですね~。」

「そ、そんなことありませんよ!」

「はい、じゃあ決定です~。」

 たちまち服を脱がされかかったリオンは、顔を赤らめながらそそくさと自分で服を脱いで風呂場へ避難して行った。


 風呂場で双子の体を洗うリオン。モルタネントで一緒に入っていたため、既に二人は順番に体を洗ってもらうのを待っている。小さな体だけにすぐに泡塗れになり、一気に泡を洗い流す。二人とも両手で顔を押さえて目に水が入らないようにしているが、呼吸は全く気にしていない。流石は氷の精霊に近いだけあり、水との相性は良い。目を抑えているのは泡が入って沁みるのを防ぐためだ。

「ハイ、二人とも終わったよ。」

「「ありがとー、兄ちゃ。」」

 そう言って二人が頭をフルフル降って水を弾く。

「わわっ、ちょっと二人ともぉ!」

 水しぶきが当たり注意するが、双子は楽しそうに笑うだけだった。そして二人をそれぞれ湯船に入れる。そこは深いが、二人は軽いためにぷかぁっと浮く。そして広い中をパシャパシャとはしゃいだ。

「遊んじゃダメだよ2人とも。」

 そう言って体を洗い始めるリオン。早く出ようとしたのだが、無駄な努力だった。

「あらあらリオン君、体は私が洗ってあげますから駄目ですよぉ~。」

 入り口からの声。そ~っと視線をやると、真っ白な肌のサーシェスがタオルを胸元から当てて隠しているのに対し、エフェメルは一糸纏わず平然と入って来ていた。二人とも髪をあげているが、余計に体のラインがはっきりしており、思わず目を逸らして蹲る。

 そうしてるとサーシェスが双子に気付いた。

「ありがとうリオン。二人の面倒見てくれて。」

「いえ、気にしないで下さい。」

 いつも通りなサーシェスに対し、慌て口調のリオン。そんな彼の背中にエフェメルが忍び寄った。

「恥ずかしがらないでいいんですよぉリオン君。」

 そっと耳に吐息が掛かるほどの距離から囁かれ、ビクッとするリオン。そんな様子に笑みを浮かべながらエフェメルは手に石鹸を塗る。

「さ、背中を洗いますね。」

 そう言ってリオンの背中を手で擦り始めた。触れられてリオンがプルプル震える。その間にサーシェスは自分を洗う。

「思ったより広いですね~リオン君。肉付きもすてきですねぇ~。」

 率直な感想は驚いた口調で囁かれた。でも、リオンはひたすら恥辱に耐える様に俯いたままだ。そんな少年の姿にエフェメルは笑みを浮かべる。そして手を離すとその手で胸を泡塗れにし、そのままリオンの背中へ押し付けた。

 突然柔らかいモノが当たり、驚くリオン。それが上へ下へと移動する。同時に背後で大きな動きが感じられた。

「な、何ですかこの柔らかいモノは?」

 怖くて振り向けずリオンが叫ぶ。するとエフェメルは愉しげに、

「ウフフフ、私の持ってる柔らかいモノって言ったら分かりませんかぁ?」

「そそ、それってもしかして!」

 ハッとするリオンを前にエフェメルが応える。

「そうです。私の胸ですよぉ~。」

 リオンの顔が真っ赤に染まった。そして俯き、力いっぱい目を瞑っている。

「ダメです。やめて下さいエフェメルさん。」

「あら~?お嫌いですかぁ?私の胸は~。」

 そう言って離れるエフェメル。それによってリオンの体に緊張が抜ける。と、再び柔らかいモノが背中にくっついた。今度はさっきより小ぶりだが、柔らかさは上だ。

再びビクッとするリオンの背中から声がした。

「いつもありがとうリオン。」

 サーシェスだった。

「な、何でサーシェスさんが?!」

「だって、エフィーがこうしたらリオンの疲れが取れるっていうから。ンッ」

 甘い吐息が漏れる。更に高揚するリオンがエフェメルの名を叫ぶ。が、エフェメルは気にもせずに自分の体を洗っていた。

 時折聞こえる吐息。そして背中の柔らかい中に擦れる固い小粒二つ。リオンはもう頭が真っ白になりかけていた所、ようやく背中を解放された。

「背中は終わったからぁ、次は前を洗いましょうか~リオン君。」

 そう言われてリオンは泣きそうな声を上げた。

「もういいですよぉ。」

 その声を聞いて流石にやり過ぎたかと思ったエフェメルは、サーシェスに視線を送る。サーシェスも肌の白さは変わらないが、表情は艶やかになっていた。

「えっとぉ、ごめんリオン君。流石にやり過ぎたかな~・・・。じゃああとは自分でしてね~。姉さん、大丈夫ですかぁ?」

 少し疲れた様子のサーシェスが虚ろに頷く。風呂場であっただけにのぼせ気味らしい。だからエフェメルはさっと二人の身体の泡を落すと、

「それじゃあリオン君。私たちは先に上がるからぁ、ゆっくりしてきて下さいね~。」

 そう言って湯船から双子を抱き上げ、サーシェスと一緒に風呂を出て行った。

 一人ぼっちになったリオン。ようやく嘆息すると、じっと下腹部の下を見る。

「何でこんなになっちゃうんだろう?」

 自分の意思と関係なく膨張したそれを見て不安になる一方、見られなくてよかったと言う安心感を持ちながら、リオンはようやく体を洗い始めた。


 風呂を出て一息つけたリオン達は食堂へ向かった。上がってから注意しようと思ったが、風呂上りの美しさと先ほどの感触を思い出して、結局何も言えずに向かったリオンだった。

 階段を下りて、一斉に視線を浴びる。リオンを知ってる面々が最初は声をかけて来たが、それよりもサーシェスとエフェメルの二人に視線が向かったのだ。

 この町にも女性はやってくる。しかし二人のような美人は数年に一度くらいのものだ。しかもエフェメルは胸元の大きく開いた露出が多い服装である。自然と男たちの視線が吸い込まれていくのは仕方がなかった。

 予めマスターは周囲の目が入ってこない、植物で仕切られたテーブル席を用意してくれていた。おかげで視線に晒されずに食事を摂ることが出来た。

「おいしいっ!」

 口に含んでサーシェスとエフェメルが驚きのまま言った。食事内容はバタートーストに野菜サラダ。魚介類の混合スパイス風味スープに、特性チーズ入りハンバーグと相変わらず豪華な内容で、エゥバが腕を振るった逸品ばかりだった。双子には甘い蜜のかかったパンケーキにハンバーグ、ポテトサラダとクリームシチューに果汁入りミルクを用意してくれた。目を爛々と輝かせて二人は食べている。

「凄くおいしいですね。私、これ程おいしい物は初めてです。」

 サーシェスは一口食べては感動を感じていた。そしてリオンの隣ではエフェメルが口数を減らしていた。

「リオン君が奨めるのも分かりますぅ。これ程おいしい料理はなかなかありませんよ~。」

 そんな二人の意見を聞くまでも無く、リオンはいつも通りに絶え間なく食べ物を口に放りこんでいく。

 少しの間食事に夢中になっていたが、ようやく食べ終わって女性二人は余韻に浸っていた。

「ああ~、すっごくおいしかったですぅ。こんなおいしいのを知らなかったのは損した気分ですよ~。」

 エフェメルの言葉に微笑むサーシェス。彼女もグラスの水を飲みながら、

「そうね。何だか今まで食べた物と全く違う世界の物みたいね。」

 そんな両脇では双子が先割れスプーンを使って食べている。時折口を拭いてやるサーシェスが微笑ましい。だがリオンはすでに平らげているが、物欲しげに黙ったままだった。

「リオン君どうしたんですかぁ?何か不満でも~?」

 そう聞いた時、マスターが現れた。

「リオンはこれ位なきゃ不満なんだよ。」

 その手にはハンバーグが山の様に盛られ、トーストも3枚あった。その量に目を奪われる二人の先、リオンの前に置かれる。

「ほらリオン、エゥバからだ。どうせあれでは足りないだろうからって急きょ用意したみたいだ。」

「わ~い、ありがとうマスター。」

 喜び早速食べ始めるリオン。その姿はやはり子供だなって思うサーシェスだが、あっという間にトーストが一枚平らげられて、その食欲に唖然とした。そんな視線の先、料理のプレートが下げられ、代わりに爽やかな香りの飲み物が置かれた。エフェメルの前にも置かれると、二人は視線をマスターに向ける。

「食後のドリンクだ。まだリオンが喰っているだろうから、その時間つぶしに飲んでみてくれ。この辺りで採れる果実を使った紅茶だ。」

 言われて一口含むと、さっきまで重い食べ物だった口の中が綺麗に流され、軽い口当たりがスッとお腹に流れ込んでいった。

「凄く飲みやすいですねぇ~。」

「おいしいですマスター。」

 二人の好印象に微笑み返すマスター。するとリオンに目を向ける。

「さてリオン、食べながらで良いが、お前の姉さんの情報は入ったのか?」

「モグモグ、うん。エフェメルさんが教えてくれたよ。」

 言葉通り食事から視線を外さず答えるリオンに変わり、エフェメルが言う。

「えぇ。彼女シーニャちゃんは私が保護してましたから~。それから今はイデアメルカートゥンにいることも伝えてます~。」

「そうだったか。まぁもし知らなくてもあんたなら情報は届いただろうね。で、実はこっちも先日分かってな。一応聞いてみたんだ。」

 その言葉にエフェメルが尋ねる。

「どのようなお話なのですぅ?」

「ああ、依然ここに旅の女性がやって来てな。名前はネビュルだった。」

「!ネビュル氏が来られたんですか?」

 驚くエフェメルにリオンが食べ物を頬張りながら尋ねる。

「誰?」

「シーニャちゃんを引き取った方ですよぉ。医療学院の教授でぇ世界有数の外科医さんです~。今はシーニャちゃんの義母ってことになりますねぇ。」

「じゃあ、おねーちゃんはその人と一緒だった?」

 勢いよく振り向くリオン。しかしマスターは首を振る。

「いや、その時は御付の若い男と一緒だった。でも帰ったら必ずお前の事を伝えるって言ってくれてたぞ。」

 言うとリオンがエフェメルを見る。ハッとしたエフェメルは力強く頷いた。

「ええ。信頼できる方です~。きっとシーニャちゃんも今、貴方に会えることを楽しみにしているはずですよ~。」

 リオンの動きが止まった。そして慌て始めるが、エフェメルがその手を握った。

「リオン君!焦ってはいけません。今は夜です。シーニャちゃんは街で待っててくれるんですから、今は少しずつ確実に向かいましょ~。」

 頷く。

 でも、気持ちは少し焦っているようだった。

 無理もない。会いたかった姉が自分の存在を知ってくれた。とすれば、自然と互いが会いたくなるのは当然のことだ。

「それはそうと、このままこのままイデアメルへ向かってるのかい?」

 マスターの質問。それはこの旅の終着点を聞いている。だからサーシェスがそれに応えた。

「ええ。実はこの旅は私たちのための旅なのです。最終的には更に南へ向かおうと思っています。」

「それはどういう事なんだい?」

 その問いかけにはエフェメルが応じた。

「この三人は町を離れなければならなくなったのですぅ。それで丁度そこにいた私とリオン君がぁ、一緒に『リュナエクラム』まで連れて行ってあげようとしてるんです~。それで南へ渡る際、イデアメルに寄ろうと思っているのです~。」

 ペルルークの事をサーシェスが気にしないようにと気遣った言葉だ。それはマスターにも十分通じたようで、話前半については詳しく聞こうとしなかった。

「ふむ。南に行くのか…。」

 だが、何か思いに更けこむ様子は不安を感じる。それで話を聞くと、

「うむ、気になることが二つ。一つは、南へ渡るのに最近『海賊』がよく出没しているらしい。それが妨げにならないかと思ってね。」

「あ~、海賊ですかぁ。確かに色々と聞きますねぇ。」

 エフェメルが考え込む。気まずさを感じながら、サーシェスが言葉を挟んだ。

「あのぉ、もう一つとは?」

「ああ、それはあんたたちの事だ。確かコロプクルは寒いところで暮らしていたはず。だとすれば熱い場所はどうなんだい?」

「え~と、大概は大丈夫かと…?」

 するとエフェメルが気付いたように顔を向けた。

「そうです!すみません、うっかりしてましたぁ。姉さん、南に行く時に『黄線』を通らなければなりません。その温度は軽く50度を超します。姉さんたちの身体には大変な負担がかかりますよぉ。」

「やっぱりな。普通のヒトでもあの暑さは耐え難いんだ。それを雪のようなアンタたちだと堪ったモノじゃないな。特にその二人は…。」

 それを聞いてサーシェスはすっかり落ち込んでしまった。エフェメルもしょげてしまう。それを聞いてリオンが言った。

「マスター、何か手は無いの?どっかに暑さを和らげるアイテムとかさ。」

 それを聞いてマスターが考える。同じくエフェメルも思い出そうとしたところ、両者が同じタイミングで声をそろえた。

「火鹿ですぅ~。」「火鹿だっ!」

 見事にはもって気まずそうに顔を見合す二人。するとリオンが言う。

「そう言えば師匠が『火鹿』は火を通さない皮を持ってるって言ってたなぁ。この辺りにいるの?」

 するとそこへエゥバが現れた。

「いるよリオン。南の火山の辺りさ。でも、あそこで狩りなんかしたらレッドドラゴンに殺されちまうけど、アンタなら別だろ?」

 それを聞いてリオンはハッとした。

 今、その火鹿は過去に乱獲された事で激減しており、その命を守るためにドゥルークが見張っているのだ。流石に狩りは許されないと思った。

「う~ん、もう絶滅しようとしてるから師匠が守ってるはずだよ。流石に許してくれないと思う…。」

 そうして困り果てた中、サーシェスが双子を見て、それから呟いた。

「ありがとうリオン、エフィーも。もしダメならどこか場所を見つけて過ごします。ここまで来れただけでも私たちは幸せですから…。」

 これ以上迷惑を掛けられないと言う思いだろう。吹っ切れたようなその表情だが、それをリオンは許さなかった。

「ダメですサーシェスさん。方法は必ず僕が見つけ出します。だから諦めないで下さい!」

「でも…。」

「そうです姉さん。もしかしたらイデアメルで良いアイテムを売っているかもしれません。それにそこまで向かう中で方法が見つかるかもしれません。絶対に諦めないで下さい。」

 強い口調で言われ、サーシェスは黙る。そして少し涙をためると俯き呟いた。

「ありがとう…、二人とも…。」

 零れる涙。その姿にエェバが号泣した。

「うぉおおおーん、良い子たちだよお前さんっ!何とかしてやりなよぉ。あたしゃもうこの双子ちゃんが可愛そうで堪らないよぉ。」

 涙を流すエゥバ。そんな大きな女性に不思議そうな顔を向けるパァムとポォム。

やがてかなしそうなかおをすると、

「泣いちゃイヤイヤイヤぁ。」

「ダメダメダメ、泣いちゃダメだよぉ。」

とエゥバを労わる。その姿に更に涙が溢れそうなエゥバだが、それを堪えようと歯を食いしばり涙を堪える。その顔が凄まじい表情になり、思わずマスターたちは引いてしまうが、逆にパァムとポォムは面白がった。

「「きゃはははー、変な顔―。」」

「ちょっ、何言ってるの二人とも!」

「「きゃははははー。」」

 二人の笑みは止まらない。するとその笑顔にエゥバも笑顔を戻した。

「そうだよ、あんたたち子供は笑顔が一番だよ。だからあんたも希望を持って二人を守ってやるんだよ。」

 エゥバの力強い言葉。その言葉にサーシェスも「はい」と力強く頷いた。

 そんな中、エフェメルがマスターに言った。

「すみません、この町で一番高い場所ってどこですかぁ?」

 するとマスターはエゥバと顔を見合わせる。そして天井を指差す。

「この建物の屋上だよ。どうかしたかい?」

「そこで通信したいんですぅ。」

 それを聞いて不振がるマスター。その気持ちはエフェメルも察していた。

「高い所ならイデアメルに連絡が取れますからぁ。現状街に火鹿の装備、もしくは素材自体無いかを調べてもらいます~。それとぉ、」

 そう言ってリオンに目を向けた。

「向こうの仲間にシーニャちゃんの下へ走ってもらいますね~。そしてここにリオン君がいることを教えてあげたいんですよぉ。」

 それを聞いてリオンは仰天する。一方のマスターも驚きに目を開いた。実の所、もしかしたら仲間をここに呼ぶのではないかと疑ったが、どうやら彼女のリオンに対する行為は信用できる。それを悟ってマスターは一つ注文した。

「直接は無理だろうが、リオンを一緒に連れて行ってくれ。そして間接的でも、会話させてくれるなら構わない。」


 マスターに鍵を借りてエフェメルとリオンは建物の屋上へと上がる。

 サーシェス達は先に部屋に戻らせ、二人は4階の屋上への扉を開いた。その先は一面夜空の広がる世界。周囲を遮るものは無く、背の高い樹が所々で目立つくらいだ。

 エフェメルは星の位置を見て南西の方角を見る。距離は直線で450キロ。時差はほとんどない。エフェメルは瞳を閉じて向こうのギルドに精霊通信を行う。

 数秒で連絡が届き、二つの要件を伝えた。火鹿については翌日昼には分かり、もう一つについては数分待つこととなった。

 そして一旦連絡を絶ってリオンに笑顔を向ける。

「今、シーニャちゃんの所に向かってくれていますからぁ。少し待ってくださいね~。」

 そして二人は並んで腰を下ろした。

 満天の星空。

 吸い込まれるような輝きに魅入るエフェメルだが、リオンはなんだか落ち着かない。隣でそわそわしている。

「落ち着いてくださいリオン君。直接会う訳ではないですぅ。でもぉ、私がきちんと伝えますからね~。今から伝える事を考えておいてくださいね~。」

「うん。ありがとうエフェメルさん。」

 そう言って指を折りながら考え始めるリオン。その姿が微笑ましく、暫く見ていた時だった。

 突然耳に覚えのある声が聞こえた。

「エフィーさんっ、聞こえますか?エフィーさん!」

 びっくりしたエフェメル。

「えっ!シーニャちゃん?」

 声は優しく澄んだ美しさを感じる。何より懐かしさを含む。そう、シーニャ本人の声だった。

「あ、エフィーさんっ。シーニャです、お久しぶりです。」

「久しぶりって、どうしてシーニャちゃんが通信に?」

 アウロピネスという一般的なヒトの種族であるである彼女が精霊を使えるはずはない。なのにそれが出来ることに驚く。

「えっと、実はある薬のおかげなんです。一時的に精霊を見ることが出来る薬を作ってみたんですが、まだ試作品で…。でも、何とか話が出来て良かったです。」

 信じられない事だ。精霊を見ることは普通ではありえない事だ。それを熟すには相当の薬学及び魔法知識が必要である。一体どれほど学んできたのか?シーニャの才能にふと怖くなった。

「シーニャちゃん、その薬については秘密にしなきゃだめですよぉ。こっちも緘口令を出しますからぁ。」

「あ、はい。分かりました。それよりエフィーさん、聞いてください。リオンが生きてるんですよ。」

 喜びの声。それでようやく目的を思い出したエフェメルは視線をリオンに向けた。

「そうですね~。」

「あ、流石エフィーさん。もう情報は掴んだんですか?」

「ええ、それで貴女に連絡を取ったんですよぉ。どこにいるか知りたいのでしょ~?」

「はいっ!どこにいるんですか?」

 勢い良い声。今、シーニャにとって最も知りたいことだ。

 それに対してエフェメルはわざと聞えるように隣へ声をかけた。

「リオン君。シーニャちゃんがどこにいるの?って聞いてますよ~。」

「えっ?」

 戸惑うシーニャ。そしてすぐに状況を推測して彼女は問う。

「もしかして…、そこにいるんですか?」

 信じられない。もしかしたらまたエフェメルの悪戯かと思った。でも、

「そうですよ~。リオン君がおねーちゃん、会いたいって言ってますね~。」

「嘘…そんな…なんで?」

 わなわなと震えるシーニャ。そんな彼女に気付かずエフェメルは楽しそうに伝える。

「ちょっとした偶然ですね~。今は一緒にそっちに向かってるとこですよ~。え、何?リオン君。…おねーちゃんは元気かって聞いてますよぉ。」

「うん、うん元気だよ…。リオンは元気なの?」

 涙を含むシーニャの声。復唱されるエフェメルの向こうにリオンがいるのだ。

(会いたい。声が聴きたいよリオン!)

 募る思いが涙を溢れさせる。

「元気だよ、おねーちゃん。今、リーブルサイドにいるんだ。だって。え~とそれからぁ、あれからずっとおねーちゃんを探してたんだよ。色んなヒトに助けられて、やっとここまで来れたんだよ。と言ってますよ~。」

 その言葉がリオン本人でなくても、心の中でリオンが本当に聞いてくるよう思えた。そのため涙が止まらない。その悲しみがエフェメルへ嗚咽となって伝わる。

「泣いちゃダメですよシーニャちゃん。えっ?ええそうですリオン君。・・・シーニャちゃん、リオン君が泣かないでと言ってますよぉ。」

「クスン…、ええ、話には聞いてましたが、本当にリオンが生きてるって実感できたから…、何だか涙が止まらないんです…。そうだ!あとどれくらいでこっちに来るんですか?何でしたら私から向かいますよ。」

「あら、え~とリオン君、シーニャちゃんの方からこっちに来ようかって言ってますけど…。大丈夫って言ってますぅ。凄く会いたいけど、そっちに行く必要があるからって~。」

「?…何があるんですか?」

「実はですねぇ~・・・」

 エフェメルがざっと現状を話す。旅をしていてコロプクルを助けたことから彼女たちを南のリュナエクラムへ連れて行こうとしていること。そのために火鹿のアイテムが必要になっていることなどだ。

 それらを聞いて、シーニャは言った。

「それなら私も協力します。知り合いにも声をかけて、見つかったら確保しておきますね。」

「助かりますぅシーニャちゃん。リオン君もありがとうって言ってますよ~。」

 その言葉に嬉しさともどかしさを感じる。

 でも、今は仕方ない。もう少し我慢すれば会えるのだから。

「エフィーさん。もうすぐ薬が切れるので、最後に伝えて下さい。

 大事な仲間を優先して気を付けて来なさいって。私はずっと待ってるから、無理せず元気に会いましょうって言って下さい。」

 その言葉をそっくり語るエフェメル。その後で慌て始める様子に、シーニャはリオンがせがんでいるのだと察する。段々と薬の効果が薄くなる。だから、

「リオンをお願いします。エフィーさん、ここで待ってるから、我慢しましょうと言ってく・・・・」

 そこまでで精霊の声は聞こえなくなった。薬の効果が消えたのだ。

 先日知り合った旅の商人から教わった薬。それに自分の知識を併せて作り上げた物だから、残りはまた時間をかけて作り直す必要がある。

 途切れたと同時に本当に生きてたと言う嬉しさが生まれ、それは直に寂しさへと変わって心を襲う。微笑は悲哀の表情へと移り、只涙だけが変わらず溢れていた。

「ううっ、・・・会いたい…会いたいよぉ。リオン~ああぅぅぅ・・・・。」

 シーニャは悲しみの中で夜を明かすのだった。


 一方、リーブルサイドでは…、

「リオン君、待ってるから我慢しましょうって最後に言ってましたよぉ。」

 エフェメルが言う。彼女の目の前にはリオンがいる。暗い星空の下、少年はただ立っていた。座っていたが、居ても立ってもいられずといった感じで両手を握りしめ、空を見上げている。

 全身が緊張し、フルフル震えているのが分かる。座って見上げるエフェメルには、その表情は見えないが、泣いているのが分かった。証拠に彼の頬を伝う滴が、月明かりによって光り輝いている。

 その姿にエフェメルの心は締め付けられた。


 正直後悔していた。思いついての事だが、まさかシーニャが精霊通信を行えるとは思っていなかった。そのせいで二人の気持ちに挟まれてしまった。

 互いを感じながらも、直接話せないもどかしさ。

 会いたいのに会えない寂しさ。

 そう言った気持ちがエフェメルの心を襲う。そして今目の前にいる少年は、普段頼れる姿をしていてもやはり子供なのだ。大好きな姉と話させてあげたいと言う願望があっても、その手段は無い。

 シーニャもそうだ。ずっと涙に濡れた声だった。少女の優しさを知っているし、最初に会った時の彼女は見るに堪えぬ程悲しみに暮れていた。それがあれほど嬉しそうな声を発しているのだ。

 両者を良く知るだけに、エフェメルも目に涙を浮かべて、立ち尽くす少年を見るしか出来なかった。

 声を出せば泣いてしまう。だからと黙ってその場を立ち去る事は出来ない。せめてこの少年の涙が引くまでは傍にいてあげようと思った。

(・・・良い事しようとした筈なのにぃ、どうしてこんなに悲しいのでしょぅ?)

 涙を流さぬように空を見上げて思う。理由は分かっている。さっきからその事は嫌と言うほど感じてしまう。でも、感情は理由など関係なく働いてしまうモノだ。そして動き始めた感情はどう頑張っても抑え込みにくい。このような悲しみの感情は特にだ。

 そしてリオンに悟られぬようにふっと息を吐く。

 暖かい季節とはいえ、夜は冷えるからそろそろ戻るべきだと思い立ち上がった。そして、少年に声をかけようとした時だった。

「リオン君、そろそろ・・・?!」

 突然リオンが抱きついて来たのだ。

 彼との身長差はほんの数センチ程度。だけどリオンはエフェメルの胸に顔を埋めて来た。そして胸とは対照的にほっそりしたウエストに腕を回し、強く抱きしめられた。

 思わず頬に熱を感じるが、少年は泣き続けていた。小さな声でしきりに「おねーちゃん」と呟いている。人恋しさに堪らず甘えて来たと悟ったエフェメルはその頭を両手で抱き締める。

「良いですよリオン君。前にも言いましたが、私が貴方の悲しみを受けてあげます。

 だからもう少し我慢してください。

 もう少しです…。

 …もうちょっとでシーニャちゃんに会えますからぁ…。」

 そう言う自分の言葉が涙で濡れた。そしてもう限界だった。

 堪えていた涙が溢れだし、嗚咽を漏らす。

 二人の想いに挟まれたため、エフェメルの心は悲しみに濡れてしまっていたのだ。そしてリオンの悲しみを直接触れてしまったため、悲しみの堰は崩壊した。

 抱きしめていた腕に力を込め、更にはその頭に己の顔を被せる。彼のふわりとした髪に涙を落しながら、やがてエフェメルは声を上げ泣きだした。

 その声につられてリオンもまた声を上げた。

 星空の下で抱き合う二人の泣き声が、その気持ちを癒し合うように重なり合っていた。


ご覧下さり、ありがとうございます。

16話お送りしました。


かつてこの物語を書いている時、ここの部分をどのように表現しようかと悩んだことを思い出しました。

そして今回、その部分は全く変えずにそのままお送りしました。

エフェメルの口調が普段と違っていますが、己の感情をコントロールできなくなっている状態で、

このようにしたほうが良いと判断してこうしました。


さて、いよいよ後半に入っていきますが、実はこの先の部分が数話分しかできていませんので、

今、改めて書き上げているところです。

ここからは少し掲載が遅くなると思いますが、どうかお待ちくださるようお願い申し上げます。


では、また次回です。

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