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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
16/93

双子のチカラ

 朝。甘い香りの中で目を覚ましたリオン。目の前が暗い。

 そして何か重さと柔らかい感触が顔を包んでいる。

 次第に手足の感覚がはっきりし、何かに抱きついている事を知ると、顔をもぞもぞッと動かす。

 すると、

「ぁん!」

と、何やら甘えた声が聞こえた。不思議に思うリオン。

 そして上を向こうとするが、顔を覆う柔らかいモノがどいてくれない。それどころか、さっきの甘えたような可愛い声が、

「んん~❤」

と吐息と共に聞こえてくる。そこでリオンは顔を覆う柔らかいモノを除けようと、両手でそれを掴んだ。途端に、

「きゃん!んもぉ~、リオン君たら朝から大胆ですねぇ~。」

 声がした。そしてゴロンとその抱き締めたモノごと転がると、ベッドの下になったリオンから抱いていたモノが離れて行く。

 そして最後に目の前を覆っていた柔らかい物が離れた時、目の前に青い山が映り、その谷間の先にはいつものニコニコ顔のダークエルフがいた。

「お・は・よ・う、リオン君。良く眠れたかしら~?」

 笑顔で言うダークエルフのエフェメル。そしてその胸元は完全に服が肌蹴て露出している。

 そう、リオンはエフェメルの胸に顔を埋めて寝ていたのだ。それを知って顔を真っ赤にして硬直するリオン。

「お早うございますエフェメルさん。え~と、この状況は一体…?」

 艶やかな笑みを浮かべるエフェメル。パールサンド色の長い髪がスルリと肩から流れ落ちる中、少し寂しそうに眉を下げる。

「昨日はあんなに激しかったのに、忘れちゃったの~?」

「えっ?」

 意味不明のリオン。そして昨晩の事を思いだした時、ハッとした顔を見せた。

 それを見てエフェメルは艶美な笑みを見せる。

「思い出したようですねぇ。それじゃあ今朝はそのお返しに、おね~さん♡がリオン君を『好き好き』させてもらいますねぇ~。」

 そう言うと再び覆いかぶさってくるエフェメル。

 リオンは顔を真っ赤にさせたまま慌て始める。すると、

「何バカなことやっているんです?早くどいてあげないと、リオンが起きられないでしょ。」

 エフェメルのお尻が叩かれた。飛び退く様にエフェメルが体を起こすと、その際大きな胸がたゆんたゆんと弾んだのに目を奪われながら、ようやくリオンは体を起こした。

「も~姉さん、これから私はリオン君から昨日のお返しを貰う所だったんですよぉ。」

 拗ねたようなエフェメルがお尻を摩っている。

 その横で半目のサーシェスが両手を前で重ねて立っている。

「そのまま抱きしめて寝られたから良いでしょ。

 …お早うございますリオン。気分はよろしいのですか?」

 エフェメルに向けていた半目が優しい表情に変わると、リオンに挨拶するサーシェス。

 それに対してリオンはベッドの上で正座する。

「あ、はい。お早うございます。大丈夫です。」

「そうですか。それは良かったです。それでは食事に致しましょう。エフィー、早く服を着なさい。」

 そう言ってテーブルへ向かうサーシェス。そこでは双子がニコニコしながらチーズたっぷりのトーストを齧っていた。

「は~い。」

 渋々と言った様子で服を直し、ベッドを降りていくエフェメル。そこへ、

「あ、エフェメルさん。」

 リオンは慌てて呼び止め、エフェメルは顔だけで振り返る。その顔に思わず頬を染めながら、リオンは一度視線を逸らした後、一つ頷いてからまっすぐ向いた。

「え~と・・・、昨日はありがとうございました。おかげで気分よく眠れました。」

 するとエフェメルはにっこりして、

「いいですよ。気にしないで下さい。昨日も言いましたが、私たちは仲間なんですからね~。」

 そう言って席へ着く。

(仲間かぁ~)

 ふと嬉しそうに呟くと、サーシェスに呼ばれ、慌ててテーブルに向かうリオンだった。


 その日の朝はやっと雨が上がっていた。思いのほか短い雨期だったので、この日は食料などを調達して旅の支度をし、翌朝には東へ向かって走り出した。

 道は若干ぬかるんでいるが、馬車の走行には問題なかった。城門を出た所でリオンは亡くなったヒト達に祈りを捧げた。

「アヴァンのおじさん、どうぞ安らかにお眠りください。」

 教会によって既に鎮魂の祈りが捧げられた後だったが、その祈りが届けと思うリオンだった。


 そして二日を走り、メニック湖の近くへと差し掛かる。

 そこでエフェメルがリオンに尋ねる。雨によって死体はすっかり流された平野の上。その彼方に魔物がいないかどうかである。

 確認の間は低速で走り、周辺を見回してもその姿は確認されなかった。

「はぁ~、よかったですぅ~。誰かが退治してくれたのでしょうかね。」

 ホッとした様子のエフェメル。よほどの敵なんだなと思いながら馬車のスピードを上げる。後ろの荷台では、少し風通しを良くしていた。窓を開け、空気を入れる。雨の中だったので少し湿った感じがするからだ。それによってパァムとポォムは外の景色を良く見ることが出来た。

「広い広い広いぃ~!」

 広大な平野を目の当たりにしてはしゃぐパァム。その横でポォムも興奮気味に遠くを見つめていた。時折遠くを指差し、

「あれあれ~、何何々~?」

と尋ねてくる。ある程度の知識についてはサーシェスが答えるが、分からない場合はエフェメルがそれに応えた。鳥や草花、只広い平野でよくそれだけ見つけられるなと思った。そんな双子が突然空を見上げた。

「なんかいるよ~。」

「うん、何かくるクル来る~!」

 二人が大声を上げる。その言葉に3人は空を見上げた。が、女性二人には特に変わったモのノなど見えなかった。だが、リオンは違う。

 その望遠出来る眼が異質を捉えた。落下するように飛来する巨大な眼球。大きな蝙蝠の羽を持ち、その目は真っ赤に染まっている。

「あれがオディオグレイザー?」

 次第に目視できるようになり、エフェメルの目にもその姿が映った。

「リオン君っ、このまま突っ走って下さい!逃げ切りましょう。」

 落下スピードと馬車のスピードを即座に比較し、エフェメルは逃げ切ることを決断する。それを聞いてリオンは馬を掛けさせた。迫る恐怖。エフェメルはじっと空を見上げながら様子を伺う。計算の誤差は僅かだが、ぎりぎり回避可能と悟る。だから、何とかやり過ごす事は出来そうだった。

 その時だった。

「ダメダメダメ~。」

 突然パァムが叫ぶ。するとポォムも、

「赤いのが来ちゃうよ~。右右右ぃ~。」

 その言葉にリオンは右へと馬を操作する。そしてそちらへ動いた途端、今いた場所から一直線上に赤い光線が走った。そして僅かな時間の後で地面が爆発を起こす。揺れる大地。それによって馬はスピードを落とし、遂に前方へ目玉が落ちて来た。

「どぅどぅ・・・。こうなったら仕方ないね。」

 馬を停めて荷台から盾とランスを取り出すリオン。そしてそのまま降車する。エフェメルも降りようとしたが、リオンが止める。

「エフェメルさんは馬車にいて下さい。そして隙があったらそのまま東に向かって下さい。僕一人だったら逃げ切って後を追います。」

「でもリオン君。」

「大丈夫です。何となくですけど、こいつはサーシェスさんたちを狙っている気がします。強力な霊力を欲してる。だから僕がこいつを引き付けてる間に三人を連れて逃げて下さい。」

 心配するエフェメル。後ろを振り向き、双子を抱き締めるサーシェスを確認してから頷いた。

「分かりました。ここから3キロ先辺りにいます。どうか気を付けて。」

 そして走り出そうとするエフェメルだが、それをパァムとポォムが止める。

「「行っちゃダメ~。」」

 その声にエフェメルは動きを止めて振り向く。

「どうしたんですか?二人とも。」

 そんな中、サーシェスがハッとした。

「二人とも分かるの?」

 すると双子は見上げながらにっこり頷いた。

「うん。向こうもいるよ~。」

「うん。いるいるいる~。一緒のがいるよ~。」

 それぞれの言葉にエフェメルは言葉が出ない。それで抱き上げるサーシェスに説明を求めると、女性は困った顔をしながら言った。

「説明は後。でも、この子たちの言う事は間違いない筈よ。今はまず目の前の敵をどうにかしないと。」

 それを聞いてエフェメルはリオンに振り向き叫ぶ。

「リオン君っ、向こうもいるらしいので作戦変更です。」

 リオンは相手の出方を窺うように盾を構えており、その声にチラッと視線を彼方へ向けた。確かに同じような姿が確認できた。

「確かにいます。だったら一先ずこいつを倒します!」

 そう言った瞬間、目の前に浮かぶオディオグレイザーが姿を消した。と同時に馬の前に姿を表す。

 それによって馬が嘶き、前足を持ち上げる。そして逃げようと体を捻らせて駆けだした。

 突然の動きに馬車内も激しい振動が起こる。その反動で降り落とされそうになったエフェメルだが、何とか踏みとどまり手綱を引く。だが、恐怖に囚われた馬は聞こうとせずに走る。

「止まりなさい。止まって!もう、いう事聞きなさい。」

 エフェメルの叫びは届かず、馬は駆ける。そこでエフェメルは魔法を唱えた。

「クーダウ!!」

 左手のひらを馬に付きだす。すると蒼い光が馬の頭部に漂い、馬は段々速度を落としていく。やがて完全に馬車は止まると、馬はボォーッとした様子で立ち止まった。

「仕方ないので沈静の魔法で落ち着かせましたぁ。大丈夫ですかぁ?」

 そう言って振り返る。馬車の中はごろごろと荷物が零れ、サーシェスは目を回していたが、パァムとポォムは後方を見ていた。その視線を辿ってみると、馬車の向こうで真っ赤な眼球が迫ってくる。

「うわぁっ!何て速さですかぁ!」

 瞬間移動の連続。瞬く間に馬車の後方まで来たオディオグレイザーはその赤く染まった焦点をサーシェス達に向けた。明らかにその霊力を狙っている。

 そう感じてエフェメルは馬を走らせようとしたが、沈静魔法をかけている以上、一定の時間が過ぎないと馬は走らない。

 その間に眼球から赤い無数の光が三人に向けて漂うようにゆっくり放出する。咄嗟にサーシェスが双子の前に出て体で壁を作った。その光が身体に振れた途端、サーシェスは苦悶の表情に変わる。だが、双子に害を与えまいと姿勢を坐さず耐える。

「「サーシェス様~!」」

 苦しそうなサーシェスに声をかける二人。その間にエフェメルは三人を操舵席の方へと引っ張った。同時に入れ違いになり、その目に腰にあったレイピアを抜いて突き出す。僅かにヒットするものの、瞬間移動で後方へと下がる魔物。

「姉さん大丈夫ですか?」

 視線を変えずに問う。

「え、ええ。少し霊力を吸われましたが何とか大丈夫よ。」

 先ほどの赤い光が霊力を吸い取る能力らしい。息苦しそうな声だが、はっきりと聞こえたのを確認し、エフェメルは後部から降り立つ。

「姉さんたちはそのままいて下さい。リオン君来るまで何とか持ち堪えます。」

 多分リオンは後方から追ってきているだろうとエフェメルは確信している。今彼は鎧を着ていないため、飛んでくる事は出来ない。だから数秒間は持ち堪える必要があった。

「魔法は効きませんからね。だったら!」

 エフェメルは連続してレイピアを突き出す。鋭い突きでオディオグレイザーを捉えようとするが、それより速く魔物は移動する。突き出しては姿を眩まし、そのすぐ後ろか真横に現れる。それに気づいて素早く突き出しても当たらず、薙いでもみたが下がられてしまう。しかし、こちらの動きによって馬車へは近づけないでいる。

(何とか引き付けてますが、どうして当たらないんですか?!)

 決してエフェメルの動きは遅くない。と言うよりも彼女のレイピア捌きは一流である。しかし当たらない。流石に焦りもするが、何故か疲労感を感じ始める。

(そんなに動いていないのに?)

 思うよりも体が重く、動きが鈍い。するとそこでパァムが叫んだ。

「姉ちゃ右右右ぃ~!」

 その声に正面を向いたままレイピアを右に突きだした。途端に手応えを感じた。レイピアの剣先が目玉を捉えていたのだ。そしてそこに走り込んできたリオンがランスを突き出した。

 一閃―そう捉えても良い程の鋭い突きがオディオグレイザーを襲うと、リオンはそのままの勢いでその眼球を貫き、馬車から離れた所まで駆けた。そして十分な距離を取ってエクスプロージョンを唱えた。


 黒い霧が晴れた所でリオンが馬車へ戻ってくる。操舵席ではサーシェスがようやく落ち着いたような呼吸をしていたが、馬車の後ろではエフェメルが座り込んでしまっていた。何とか両手で体を支えるが、苦しそうに呼吸を続けていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 普段の姿からは想像できない程弱った姿のエフェメル。サーシェスもリオンの視線に気づいて後方を見る。

「エフィー!大丈夫なの?」

 すると肩で息するエフェメルはようやく伏せていた頭を上げる。だが、その反動で後ろに倒れそうになり慌てて手を後ろに回すが、リオンがその背中に回って体を支えた。掴む肩がじっとりと汗で濡れている。

「ハァハァハァ、ご、ごめんリオン君。息上がっちゃってカッコ悪いなぁ。ハァハァハァ。」

 見たところ外傷はないようだった。しかし、その消耗度は激しい。でもそれは仕方ないことである。ポォムが馬車の後ろから覗き込みながら言った。

「さっきのお化け、赤いの出してたっ。」

 するとパァムが続く。

「サーシェ様と同じ同じ同じ。」

 それを聞いてサーシェスが呼吸を整えるための深呼吸をしてから語る。

「さっきの魔物が赤い光を出してたのですよ。貴女の霊力も高いのですから…。だからエフィーの近くでずっといたんです。…近すぎて気づかなかったのですか?」

 するとエフェメルが大きく呼吸しながら頷く。

「そうだったんですねぇ~。てっきりスタミナ不足かと思いました~。」

 笑ってみせるがまだ体に力が入っていない。証拠にリオンの手に体重が変わらず掛かっている。そうでなくても目に見えて消耗は激しい。

「何にしても、もう一体は向こうの方ですから少し休みましょう、エフェメルさん。」

 心配するリオンに視線を向けながらエフェメルは微笑む。

「・・・そうですね~。流石にちょっと厳しいですぅ。…さぁリオン君、今なら私の事をイタズラしちゃってもいいんですよぉ~。」

 不敵に笑むが、いつもの余裕がない。

「そんな冗談は後にしてください。」

 そう言うとリオンはエフェメルの体を抱き上げた。突然の事に驚くエフェメル。そしてリオンはそのまま馬車に飛び乗る。

「・・・、リオン君て凄い力持ちなんですねぇ・・・。」

 驚いたままのエフェメル。抱き上げられたことに驚いているが、それとは違う感情が頬を熱くする。

「力持ちも何も、エフェメルさんなら気にする必要も無いですよ。」

「・・・・・・・。」

 頬が熱くて言葉が出ないエフェメル。鼓動が僅かながらに早くなるが、何とか鎮めようと試みた。そしてリオンはサーシェスの用意したベッドの上にエフェメルを寝かせた。

「・・・ありがとう。リオン君。」

 いつになくしおらしくなってしまったエフェメル。そんな姿にサーシェスはこっそり微笑んだ。


 お礼の言葉にリオンは笑顔で応じると、パァムとポォムに声をかけた。

「それにしても二人ともよく分かったね。上から来てるって。」

 双子は両手を上げて愉快に笑う。

「うん。何か来てるって気がしたんだよぉ。」

「そうそうそう。嫌ぁ~な気がしたんだよぉ。」

 二人が言うと、サーシェスがエフェメルにシーツを掛けながら語りかける。

「二人とも、良く気付きました。お利口さんですね。」

「「わ~~~いっ!」」

 褒められてうれしそうな二人。そんな駆け寄る二人に、サーシェスはそれぞれの頭に手を置いて撫でた。そして二人を抱き上げるとエフェメルの横たわるベッドの足側で腰を下ろした。

「そうですね。少し休憩がてら二人の事をお話ししましょう。」

 するとリオンは周囲を見渡し、異常確認をしてから対面のベッドに腰を下ろした。

「以前話しましたが、私たちコロプクルは霊力の強い種族です。氷の精霊と心を通わせ、氷の魔法を使います。でも、私たちはそれだけが力ではないのです。」

 その話はエフェメルも知らなかった。体を横に向けてその顔を見つめる。

「私たちはそれぞれに力を持っています。例えば私でしたら吹雪を操ることが出来ます。これはリオンも知っていますね。」

 リオンはコクリと頷く。

「他にもいくつかできますが、この二人は私たちの中でも最も強力な力を持っています。先ほどの探知はその一つです。」

皆の視線が双子に集まる。だが、幼い二人は互いに睨めっこをして遊んでいる。

「強い霊力は相手に知られる一方で、その霊力に触れるモノを感じ取ります。特に霊力を狙う魔物に関しては敏感です。」

 思えば初めて会った時、二人だけ外にいた。あれは魔物を探知するためだったのだと理解できた。

「そして探知した対象が、次にどのような行動をするかという未来予知的な感覚については、大抵ならば第一次成長時までは分からないはずなのです。だけどリオン達と接しているうちに成長してしまったようですね。

 もう魔物を見つける事に関しては私以上に探知するはずです。」

 二人と目が合い、サーシェスは微笑む。それにつられて双子もにっこり笑った。

「それと、これは内緒の話なのですが、二人にだけは伝えておきます。」

 少しサーシェスの言葉に緊張が見られた。

「姉さん、一族の秘密なら無理に言わなくてもいいですよぉ?」

 ようやく落ち着いてきたエフェメルの言葉に、リオンも頷く。でも、サーシェスは首を振った。

「いいえ。もし突然起こったら、二人にも迷惑をかけてしまいます。だからこそ、ここでお話ししておきます。

 二人はそれぞれ一人でも強い力を持っています。それと同時に魔力も身につけています。だからこれから色々な魔法を使えるようになっていきますが、双子であるこの子達は力を併せることで絶大な力を呼び起こします。その力は私よりも強力です。そして、それによって―」

 続く言葉に息をのむ二人。そして語られた双子の秘密。それを聞いて二人は戦慄したのだった。


 そうこう話しているうちに、ふと後方から馬車が一台走ってくるのが見えた。

 リオンが確認すると、見た事のある赤い礼拝服を着た男が馬を操っていた。その後ろには数人の男がいるが、そのうちの一人にリオンは見覚えがあった。

「あ、シューカーって人だ。」

 先日、共に戦ったザウス教団の退魔士一行だ。

 やがてこちらの近くに来て馬車が停まる。同時に乗っていたヒト達が降りてくると、シューカーを先頭にこちらへ歩いてきた。

 それを見てリオンが馬車の後ろから顔を出す。

「こんにちは。シューカーさん。」

 挨拶すると、退魔士たちは驚く。その中でシューカーはピクリと一瞬眉を吊り上げてから普段通りの平静さを装った。

「なんだ。少年の馬車だったのか。なるほど。通りで魔物の姿が無くなった訳だな。」

 その言葉にリオンが尋ねた。

「シューカーさんもオディオグレイザーを倒しに来たんですか?」

「そうだ。旅人から連絡を受けてな。それで見に来たんだが…?何だその生き物は?」

 言われて見ると、リオンの頭の上にパァムとポォムが乗っかっていた。リオンは二人を抱き上げるとそのまま馬車から降りた。

「え~と、北の方にいた子供たちです。ほら二人とも挨拶しよう。」

 するとリオンに抱かれた二人はシューカーに向かって手を振って、

「「こんちわ~。」」

と笑顔を向けた。途端にシューカーの後ろにいた男たちがニヘラと笑った。強面だが、やはりパァムとポォムの可愛さには敵わないのだと思った。 

 それに引き換え、シューカーは不思議そうに二人を見ていた。

「コホン…、少年。君の正体も分からないが、その二人も初めて見る種族だ。一体君は何者なんだ?」

 そう言って圧力をかけてくる。それによって双子が悲しそうな顔をし始める。

「シューカーさん、やめてください。二人はまだ子供なんです。」

「…そう言う君も子供ではないか。子供の姿ゆえに怪しい。」

 シューカーは態度を変えようとはしなかった。そこにサーシェスが声をかけた。

「リオン、私たちの事は知られても構いませんよ。」

 馬車から身を乗り出す小柄な女性。頷くリオンと対照的に、男たちはその美しさに目を奪われた。

 銀色の長い髪がさらりと流れ、日の光を受けて白い肌が美しく際立つ。1メートルほどの身長だが、ヒトであれば20代の女性、否、美女である。その声も透き通るように美しく、動き一つとっても優雅だった。

 そんなサーシェスが馬車の上からお辞儀をする。それに伴って男たちも深々とお辞儀した。

「初めまして。私はサーシェスと申します。私たちはペルルークに住むコロプクルという種族です。あまりご存知いただけないと思いますが、どうぞよろしくお願いします。」

 そう言って再びお辞儀をすると、顔を赤くした男たちもまた、それにつられて礼をした。そんな男たちと違って、先頭のシューカーは驚きは見せたが態度は変わらない。

「なるほど。バトリスク北にある地の住人か。聞いたことはあるが初めて見るな。それが何故このような所に?」

「はい。実は私たちの町を魔物に襲われまして・・・。」

 そう語りだすが、サーシェスは言葉を詰まらせる。あの時のことを思い出し、胸を締め付けられたからだ。その表情に憂いが浮かぶ。それを見てシューカーは嘆息した。

「もういい。分かった。嫌なことを聞いたようだ。・・・で、少年はこのヒトたちをどこかに連れていってるところという訳か。」

「はい。」

 リオンはシューカーを見直した。相手の表情を見ながら言葉を止めて、きちんと想定で来ているからだ。わざわざ悲しむ姿をさせないようにしたその態度は、リオンに良い印象を与えた。

 先日の戦いで自分は化物扱いされたから、尚更そう思えたのかもしれないが・・・。

「としたら、もう我々は来た意味がないということか。」

 シューカーはそのまま町へ戻ろうとしたのだが、次の瞬間それまでの落ち着いた態度が嘘のように消える。

「あらあら、シュー君は相変わらず冷たい人ですねぇ~。」

 エフェメルの声だ。それを聞いて急に落ち着かない様子で周囲を見渡すシューカー。そして馬車の中を見た瞬間、凍りついたように動きを止め、顔は驚愕した。そして辛うじて呟かれる言葉。

「エ、エフェメル殿…。」

シーツを羽織った姿で姿を見せるエフェメル。その顔はいつもの含み笑いをした顔だった。

「あらあらぁ~、何を他人行儀な!昔みたいに呼んでくれても良いんですよぉシュー君。」

「わああああーーーー!」

 シューカーの顔は真っ赤になり、大声を上げる。それによって最後の部分は男達に伝わらなかったみたいだが、明らかに狼狽する姿は部下らしき男たちの注目を受けている。

「な、何故あなたがここにいるのですか?!」

 バツの悪そうな顔で尋ねるシューカー。エフェメルは馬車の上から半目で見下ろす。

「フフフッ、私はこちらのサーシェス姉さんと仲良しなんですよ。そんな大事な姉さんの事が心配で付いてきてるんですよ~。」

 するとシューカーはリオンに向いた。さっきまでとは違う緊張を持った表情にリオンはビクッとする。

「少年っ!君はエフェメル殿と知り合いだったのか?」

 慌てた口調に対してリオンが少し間を置いた。その隙にエフェメルは追い討ちをかける。

「あらぁ~?サーシェス姉の時はサラっと流すのに、私のことは追求するんですかぁ?」

 途端にシューカーはビクッとした。そしてエフェメルに向いて何かを言ようとしたが、その美しい顔を前にして頬を染めて視線を反らしてしまった。

「エフェメル殿、変わりませんね。」

「フフフ、そうですねぇ。貴方はすっかり男になりましたね~。」

 照れた様子のシューカー。その背には赤い巨剣が背負われているが、とても先日凄まじい戦いをしていたヒトとは思えない様子だった。

「で、エフェメル殿は我々に何を言いたいのですか?」

 何とか出せた質問。その問いに笑顔を見せる美女。

「流石話が早いですねぇ。実はウチのリオン君が倒したオディオグレイザーなんですが、ここから南東3キロあたりにもう一体いるんですぅ。そちらをお願いしたいんですけど~?」

「だったらこの少年がもう一度倒してくれるでしょう。何も我々が行く必要はない。」

 言い切る悪魔祓いに対し、エフェメルが頬を膨らませた。

「むぅ!そーですかぁ。ザウス教団は旅人に対して冷たいんですねぇ。それにザウス教団の退魔師さんはぁ臆病者ですかぁ~。やっぱりリオン君が貴方よりも頼りになりますねぇ。」

 それを聞いてシューカーが更に顔を赤らめて叫ぶ。

「そんな事は言ってない!ましてや臆病者などと、いくら貴女でも許せない言葉だ。」

「だったら来た以上は倒せばいいのですよぉ。私たちも長旅で疲れてるんですから、魔物を倒す事が貴方のお仕事でしょ~?」

 冷めた視線を寄越すエフェメル。その青い双眸が赤い礼拝服の男を見据える。

 こうなればすでに決着は着いたようなものだった。シューカーもエフェメルの素性は知っている。言うとおりにしなければどのような噂が流されるか分かったモノではない。だから大きく息を吐くとくるりと反転した。

「お前たち、聞いた通りだ。退魔師が魔を残して去るわけにいかねぇから行くぞっ!」

 ぶっきら棒な言葉。だが、男たちは勢いよく呼応し、馬車へと乗っていく。

「待っているがいい。すぐに倒すからな。」

 乗り込んだシューカーの叫びに教団の馬車が走っていく。そしてその姿が小さくなった時、エフェメルは蹲った。慌てて駆け寄る二人だが、エフェメルは笑顔を見せる。しかし未だ体調は悪そうだった。

「まだちょっときついですね~。」

「ゆっくり休んでいてください。」

 心配するリオンが再びベッドへ連れて行く。そして寝かされたエフェメルが安堵の吐息を吐く。そこにサーシェスが来てシーツをもう一枚かけた。

「エフィー、無理してはいけませんよ。霊力の低下はなかなか戻らないのですから。」

 心配した顔に告げられ、苦笑を返すエフェメル。

「そうですねぇ。今日はこのまま横にならせてもらいますので、リオン君。申し訳ないですがお任せしていいですかぁ?」

「はいっ。心配いりません。ゆっくり休んでください。」

 しっかりとした返事の胸元で、抱かれている小さな二人も片手をあげて言う。

「パァムも見る~。」

「ポォムだってするするする~。」

 そんな二人に笑顔を返す。

「ええ、二人にもお願いしますねぇ。…さて、ちょっと説明しておきますがぁ、シュー君とは以前一緒に旅をしていた時があるんですよ~。リオン君よりもう少し大きかったですかねぇ。

 で言っちゃいますが、私は彼に求愛されたんですよぉ。」

 それを聞いて驚く一同。サーシェスなどは両頬に手を添えて赤くなっている。リオンは単に驚いているが、双子にはよく分かっていないようだ。

「…ま、結果を言えばごめんなさいしちゃったんですがぁ、それでも仲良く旅を続けたりもしましたからね~。今でもたま~に私に気を使ってくれることもあるんですよ~。

 あ、心配しないで下さいねリオン君。今の私の心はリオン君一筋ですから~♡」

 それを聞いてリオンは苦笑を返すしかなかった。そんな中でサーシェスが問う。

「結構いい男なのに、どうしたの?可愛くなかったの?」

 年下趣味なのは知っている。(実際大概のヒトは年下なのだが)見た目可愛い少年好きな彼女が拒んだことに興味を持ったからだ。

「ん~、まぁ色々とありますが…そうですねぇ、一言で言えば私の居場所が無いってトコですね。」

「居場所…?」

 リオンの呟きにハッとするエフェメル。すると慌てた口調で、

「あっと、もうそれ以上はダメですよぉ。せっかく行ってくれてるシュー君に悪いですから~。

 えっとぉ~それじゃあ私は休ませてもらいますのでぇ、リオン君お願いしますね~。双子ちゃんたちもお手伝いお願いしますぅ~。」

 そう言われて喜ぶ双子。そんな声に押されてリオンは操舵席に戻り、魔法の解けた馬を走らせた。

 そして残ったサーシェスはその傍らに腰を下ろし、優しい微笑を浮かべながらパールサンド色の髪をスッと撫でた。

「?何ですかぁ姉さん。」

「ええ、貴女もきちんとヒトを見ているんだなって思ってね。さっきの話、貴女の為じゃなくあのシューカーって人の為でしょ。」

 そう言われて言葉を探す。だが、サーシェスの微笑の前では無駄な抵抗だった。

「フ~ッ、姉さんには敵いませんね~。私はギルドの幹部ですからねぇ。

 彼もそれなりの地位を目指すならぁ、私が一緒にいると変な誤解なんかを招いてしまいます。ザウス教団は神 ザウスを祀るがゆえに規律に厳しい場所。ダークエルフの私はあまり良い印象はありませんしぃ、実際私も居心地悪いと思ってましたからね~。…もぅ済んだ話ですよぉ。」

「そう。分かったわ。話してくれてありがとうエフィー。」

 優しく微笑むサーシェスにダークエルフの頬は熱くなる。

「・・・もぉ、何時まで経っても姉さんは私を子ども扱いですねぇ。…少し寝ちゃいますからその間お願いします~。」

 そう言ってシーツを頭からかぶるエフェメル。そんな妹分に優しい笑みを送るサーシェスはゆっくり進む馬車に揺られながら、暫くその姿を見つめていた。


 その後ゆっくり進んでいるうちにシューカー達はオディオグレイザーを倒してしまった。そしてこちらへ向かう事なく彼らは南の方へと進んでしまい、結局再会は出来なかった。

 次の日にはエフェメルも普段通りの力が戻った。

 それから5日後にログ平野を抜け、更に30日が経ってようやくリオン達はリーブルサイドに辿り着いたのだった。


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