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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
15/93

モルタネント城門前の戦い

 それから数日が経ち、雨も収まりかけてきた頃、モルタネントに警鐘が鳴り響いた。この城に向かって敵が押し寄せてきたのである。

 すでに戦争は終わったというこの状況で、攻め入るのは亜人たち。

 戦争が終わって間もない城は、緊急警戒を発令し、傷癒えぬ戦士たちは城壁を盾に防御を固める。

 街中も住民が雨の中を駆け巡る。そしてリオン達もまた、その報に装備を用意していた。


「リオン君、大丈夫なんですか?」

 『月瑛石』で作られたクリーム色の鎧に身を包むエフェメル。すでに装備を整えた彼女がランスの状態をチェックする少年に尋ねた。

「はい。心配は全くありません。」

 リオンは何の憂いも無くそう答える。

 今回現れた亜人は1,000匹のゴブリン。ただし、それに加えておぞましい存在が押し寄せていた。

 その正体は戦争で亡くなった者たち。俗に言う『グール』と言う存在である。

「師匠からは聞いています。実物は見た事ないですけど。」

「ん~、正直私は苦手ですね。死んだ者が動く様はとても悍ましいモノです。感情的に言えば気持ち悪いです~。」

 そう聞いてパァムとポォムがフルフルと震えながら怖がった。サーシェスもそんな双子を抱きかかえながら表情を固めていた。

「そんな事があるのですか?命亡きヒトが歩き出すなんて。」

「はい~。今回考えられるのは、ゴブリンの中で高位のシャーマンがいるという事ですねぇ。その者がデュリュヴの力を借りてぇ、この世への未練が残る遺体をその術式によって動かしていると思われます~。

 そうやって動き出した死体『グール』は意思なくぅ、生者に対して襲い掛かってきます~。しかも自分の体が壊れるのを厭わずにぃ。」

「自分の体を厭わないって?」

「えぇ、ヒトは自分の体を無意識にセーブしているんですよ~。それは力いっぱい何かをしようとすると、その衝撃や反動で必ず体を痛めてしまう構造になっているからです~。だからそれをトレーニングなどで少しずつ強くさせていってるわけですがぁ、意思の無いグールは例えその体が壊れようとも、痛みを知らないために全力で行動するんです~。」

 エフェメルはそう説明すると、再度リオンに忠告する。

「リオン君、グールはその体がどうなろうと襲い続けますぅ。つまり~、体に欠損があってもお構いなしです~。だからぁそれを倒すためには木端微塵にするかぁ、その体を動かす『コア』という存在を破壊するしかありません。

 でもそのコアは死体によって場所が違いますからぁ、心臓や頭を破壊しても安心しないで下さいね~。」

「ハイ。分かりました。」

 そして準備が終わったリオンが立ち上がる。

「じゃあ、僕は城の志願兵に加わって壁の向こうで戦って来ます。エフェメルさんはここでサーシェスさんたちを守ってあげて下さい。」

「ええ。おねぃさんに任せて~。」

 するとサーシェスが双子を抱きながら寄ってきた。

「リオン。無理をしないで。無事に帰ってきてください。」

「兄ちゃ、がんばれがんばれがんばれ。」

「兄ちゃ強い。だから負けるな負けるな負けるな。」

 サーシェスに続いてバァムとポォムが応援してくれた。そんな双子にリオンは笑顔で応える。

「うん。すぐに帰ってくるから心配しないで。それじゃ、行ってきます。」

「はい。リオン君、ご武運を~。」

「無事をお祈りしています。」

 そうエフェメルとサーシェスに送り出されて、リオンは微笑んでから部屋を出て行った。


 宿屋を出て、町の入口へと急ぐリオン。

 1時間ほど前に宿屋へ連絡があり、終戦直後のために戦力が心許ないとのことから、戦いに参加できる者は『傭兵』として城が雇うと伝達が来た。

 敵について分かっていることと報酬・集合場所を冒険者や旅人に伝え、参加者には戦闘終了後に報酬を払うのがこの世界の傭兵制度であるが、こうした緊急事態は特に報酬の量が高い。ここぞとばかりに参加するかと思われたが、もともと配線色が強かったモルタネントはヒトが遠のいており、さらに今回は戦争後で間もない為か、集まってきたのは100名ほどしかいなかった。そのうち30名は街の教会に勤める僧侶たちだった。


 世界中には神を崇める『教団』が存在するが、その教団もいくつかに分けられる。その理由は、この世界の神が複数いることである。

 かつてこの世界は神と悪魔が戦って出来た世界。その戦いによって壊れた世界を、勝利した神たちが己の肉体を持って再生させたと伝えられている。

 故に世界中で神を祀る祠が点在しており、そこに各教団の教会が建てられた。その支部が各地に点在しているが、ここモルタネントは『力と規律の神 ザウス』を崇める『ザウス教団』を信仰している。

 教団のパーソナルカラーである赤の胸当てを修道士服の上に着込み、同じく赤い鋼鉄製の盾と、鋼鉄製のメイス(打撃武器)を装備していた。その腰には赤い鞘の剣を帯刀している。

 基本、教会は刃物を持たない。それは刃がヒトを殺めるための物と考えているため、ヒトを救済する教会には似つかわしくないと考えているからだ。

 しかし、このザウスは神の中で剣を持って悪魔と戦ったとされる。それに倣い、ザウス教団では剣の使用を許可している。


 そんな彼らの中で一人、大きな剣を背中に背負った男がいた。赤い礼拝服を着た男で、教会のヒトにしては勇ましい表情をしている。どちらかと言えば冒険者か戦士と思える風貌だが、武装した僧侶たちを指揮する姿は教会での地位が高く見えた。

 そんな男を見ながらリオンは入り口近くにいる羊皮紙を持った男を見つける。モルタネント軍の紋章が入った鎧を着る大柄な騎士。どうやらその男が傭兵部隊の部隊長らしかった。それでリオンは近くに行って声をかけた。

「え~と、ねぇおじさん、傭兵の集まる所ってここでいいの?」

 その声に辺りを見回す騎士風の男。そして足下にいるリオンに気付いて少し驚く。

「何だ少年。言っている通り、ここは傭兵集合地だが、もしや少年も戦いに出るのか?」

「うん。戦争終わったばっかりなのに、あんなの攻めてきたら困るよね。だから僕も戦いに出るよ。」

 その騎士からすれば、小さく、そしていかにも幼い少年を疑う。

「おいおい、少年の様な子供が戦うと言うのか?親はそれを納得しているのか?」

 その問いにリオンは首を振る。

「う~ん、僕には親がいないんだよ。でも、一緒にいるヒトが一人で行かず、こっちで一緒に戦うようにって言ってたんだ。」

 本来なら一人出て行って倒してしまえる力はある。だけど、この城には正規の軍があり、彼らは守るために戦う義務がある。だから勝手にリオンが一人で戦うと、邪魔をしてしまう事になりかねないし、すごく目立ってしまうのは確かだ。

 そして何より、こんな時に少年が壁の向こうへ行かせてもらえる訳がなかった。

「う~む、少年を戦場へ向かわせると言うのは…、はっきり言って危険な事なのだぞ。死んでしまうかもしれないのだぞ。その覚悟があるのか?」

 リオンを年端もいかない子供であるため、その将来を案じて思いとどまらせようとする騎士。

「うん、それくらい分かってるよ。でも、一緒にいる仲間や町のヒト達を助けたいんだよ。」

 敢えて子ども扱いされることに反論しないリオン。それより、自分の心意気を伝えることが有効であることを習っているため、それを実践した。

 その結果…、

「ぅおおぉぅ、よくぞ言った少年。子供と思い侮った言葉を許してくれ。その熱い思い。共にこの国のために戦おう。」

 やたらと熱い人情家だったらしく、思わず涙ぐみながら言う騎士。そして騎士はリオンに名前を尋ねた。

「僕はリオン。でもおじさん、ヒトに名前を聞くときは、自分から名乗るのが先だと思うな。」

 リオンがそう返すと、騎士は一瞬驚いた顔を見せ、次には笑って見せた。

「はっはっは。これは失礼したな。申し遅れた。

 私はモルタネント王国上級騎士『アーヴァンクル・シュタット子爵』。仲間たちからは『アヴァン』て呼ばれている。今回はこの傭兵部隊の指揮官として参上している。よろしくなリオン。」

 そう言って握手を求めるアヴァン。普通騎士は誇りを重んじ、傭兵などに対しては冷遇するモノだが、この大柄な騎士は違うようだ。

「うん、よろしくです。」

 リオンが微笑みながら握手する。その時、アヴァンはリオンの顔を確認するが、その裂傷痕にそれなりの戦場を歩いて来たのだと思った。

「よし、ではリオン。これから我々は門外に打って出る。敵はゴブリンとグールだが、この悪天候だ。足場も悪いからくれぐれも気を付けて戦ってくれ。」

「うん。任せて!」

「はっはっは。良い返事だ。期待してるぞ。」

 アヴァンの言葉に頷くリオン。そしてリオンは門の前へと移動し、アヴァンはまた来る傭兵たちを記録していった。

「気の良いおじさんだな。」

 リオンはアヴァンの人柄に好感を抱きながら、門が開くのを待った。


「そこの少年。」

 大きな門を眺めていたリオンは、突然声をかけられた。その声に顔を向けると、先ほど見た大きな剣を背負ったヒトが近くに寄ってきた。

 赤い礼拝服に勇ましい顔つきの男はリオンの目の前に来ると、その全身を目で確認し、それから口を開いた。

「少年、尋ねるが数か月前にウインダーマイルで亜人の軍団を殲滅したのは君か?」

 西へ向かっていた時、西風商団を逃がすために戦ったことを言っていると思った。あまり正体を晒すわけにはいかないのは分っているが、その男が言い触らすなどという事をしないと思ったリオンは頷いた。

「うん、多分そうだと思うよ。」

 するとその男は口元を緩めた。

「フッ、そのミスリル銀で出来た鎧を見てまさかと思ったが、本当に子どもだったのだな。これは興味深い。」

 そう呟いて含み笑いを始める。そして男は言う。

「我はザウス教団退魔師『シューカー』。退魔師と言っても死霊退治が専門でね。今回は我らザウス教団が出るから、君はゆっくりしていればいい。その目でしかと我らの強さをご覧入れよう。」

 そう言ってそのまま集団へと戻っていく。その背にある巨大な剣の鞘は赤く光っており、血のような、柄先に埋め込まれた水晶玉は赤く輝いていた。

「・・・、強そうだなぁあのヒト。でも、何しにここに来てたんだろ?」

 ヒトとの付き合いに関しては経験不足なリオンは、シューカーの意図を感じることなく、アヴァンの号令を聞くことになったのだった。


 アヴァンの指令はこうであった。もう、敵はこの門の向こうにまで来ている。そこで、もう少し引き付けてから矢を放ち、その後で傭兵100名がまず出陣。その後を兵士たちが攻めることになっているが、兵士の数は1,800名しかいない。

 多くが先の戦争で倒れ、戻った兵たちもそのほとんどが傷を負っている。その1,800の兵も、何とか戦えると言う状態の者がほとんどなのである。

「我が祖国を守る」という強い意思が彼らを動かしている訳であり、このような状況でなければ傭兵を雇う事も無かったほどである。それほどに誇り高い彼らアコースの兵士たちだが、今回の相手を思うと無理はさせられない。

 ゴブリンだけなら心配ないが、グールという存在は楽観視できないのである。生きるものを襲い、下手をすれば襲われた者がグールとなる。これは奴らの纏う瘴気が襲われた者を魔物に変化させると考えられており、実際にそう言った報告例はある。万全でない状態では、グールの仲間入りの可能性があるわけだ。

 そうした話を聞いて、リオンは自分が全てをやっつけてしまおうと思った。

 だけど、ここへ来る前にエフェメルから一つ注意を受けていたのを思い出す。

「リオン君、あの光輝く状態は絶対になってはだめですよ~。」

 ドラゴニクスの力を解放した状態を言っているのである。

 理由は簡単、それによって街に居られなくなるからである。

 それは師からも散々言われている事。だからウインダーマイルへは近づけなくなったのだ。

 皆がエフェメルやサーシェスの様に物わかりが良い訳ではない。

 ヒトは己の知識や能力を凌駕する存在に対し、危機的状況の時は崇め、そうでなければ畏怖し遠ざけようとする。中には研究材料や自らに取り込もうとする者もいる。それは相手をヒトとは見ていないことになる。

 そんな悲しい思いをしたくないので、目立たないようにしようと思う。

 それともう一つ理由がある。リオンは今回が初めての集団戦になる。そうなれば敵味方入り混じった状態になり、圧倒的な力で攻撃した場合、味方を巻き込む恐れがあるのだ。

 これはエフェメルに言われたことで気付いた事だ。それは確かに注意が必要だと、リオンは肝に銘じていた。

「よし、開いたら一気に突撃しよう。」

 そう思ったリオンは集団の最前列へと向かう。さっき肝に銘じた訳であるが、まだ子供だけに、エフェメルの言う言葉を十分理解できていないのであった…。

 そこに運よく、彼を呼び止める声がした。

「お~いリオン。」

 振り返ると、指揮官であるアヴァンが手招きしていた。何だろうと思って寄って行くリオン。

「君は近くでいなさい。今回の敵はアンデットだ。教団に任せ、その後のゴブリンを共に倒そう。」

「僕も倒せるよ。」

 アヴァンはその気軽な言葉に笑う。

「はっはっは。それは失礼したリオン。でも、君は集団戦に慣れていないのではないか?」

 その言葉にリオンは目を開く。

「よく分かったね。どうして?」

「そりゃあそうだ。見てごらん。」

 アヴァンの指差す先。そこでは数名が寄りあい何かを話していた。またそうして集まった者たちが、ザウス教団の僧侶に話しかけると、僧侶が魔法を唱える。その魔法によって掛かった者たちの武器が赤く輝く。

「集団戦では、敵が全方位から攻めてくる。そうなると必ず死角が生まれてしまう。その為にああやってお互いをカバーしたり、戦うための布陣を確かめ合ったりしてるんだ。また武器に不安がある者は、僧侶に頼んで補助魔法をかけて貰っているんだ。あの赤い光はアンデットに対して有効な炎を付与させている。

 あのように助け合う事で、戦闘で生き残る確率を上げているんだ。でもリオンはそうした行動をせずに一人で進もうとしている。だから集団戦の経験がないと判断したんだよ。」

 その話に、この騎士は良く見ているなと感心した。流石傭兵部隊の指揮を任されるだけはある。でも、

「でも、あのおじさんは話ししてないよね。どうして?」

 リオンが指差す先には、巨大な剣を背負ったシューカーがいた。彼は腕を組み、周囲を見回すだけであった。

 するとアヴァンは笑い声をあげて言った。

「はっはっは、何だ?リオンはシューカーを知らないのか?」

「うん。さっき名前は聞いたけど知らないよ。」

「彼はザウス教団退魔師の中で最も強い三人のうちの一人だ。あの大きな剣で単身攻め込んでいくんだが、その剣の大きさやスピードが抜きん出ていて、他の者が足手まといになってしまうくらいなんだ。だから彼は僧侶たちを指揮する傍ら、状況によって単身で攻めたりするんだよ。」

「へぇ~。すごいね。」

 リオンの呟きにシューカーが気付いた。顔をリオンの方に向けるとニヤッと笑い、再び周囲に視線を送った。

「ありゃあ意識されてるな。何かあったのか?リオン。」

「ん~、さっき初めて会ったから知らないなぁ。」

「そうか・・・。ところでリオン、組む相手がいないなら、私たちのチームに入らないか?」

 そう言われてその顔を覗き見るリオン。すると、

「リオンは気を悪くするだろうが、やはり私としては幼い君を戦場に行かせたくはないんだ。だったらせめて近くで守ってやりたいと思うんだが…。」

 それがリオンを侮っていないことは分かる。心配してくれているのだ。このまま一気に行くのは簡単だが、折角の好意だ。リオンは考えた末に頷いた。

「わかったよ。一緒に行かせてもらうね。」

 すると嬉しそうに微笑むアヴァン。

「おお、そうか。良し、それじゃあリオンは私の横でいたまえ。その大きな盾で左側を守ってくれるとありがたい。」

「うん。了解だよ。」

 そう答えた時、城門が開き始めた。それを見てアヴァンが叫んだ。

「傭兵部隊、この町を救うために力を貸してくれっ!さぁ、いくぞぉぉー!!」

 その掛け声を聞いて、一斉に傭兵たちは駆け出したのだった。


 雨雲に覆われた暗い大地。時刻もすでに夕刻となっており、段々夕闇に染まりつつあるモルタネント城南の草原。

 雨によって火が灯せず、魔法使いたちが『ライトアップ』の呪文を唱えることで、辺りを煌々と照らす。それによってすぐ目の前に迫っているモノを見つけることが出来た。

 ヒトの形を残した者や、既に欠損の激しいヒトであった肉塊が、重く憎々しげな唸り声をあげて押し寄せてくる。その歩く速さは非常にゆっくりした物であるが、夥しい数のリビングデッド(動く死体)が迫っていた。

 直ちに僧侶たちが呪文を唱える。

 魔法の中で、教会の選ばれた者しか使えない呪文。神の持つ聖なる力を授かるそれを『神聖魔法』という。

 その神聖魔法はそれぞれの神の力によって違うため、教会によって呪文や効果が異なる。だが、そんな中で唯一同じ効果を得られるものが、不浄なる物を祓う呪文。『浄化』である。

 僧侶たちが唱える事により、その詠唱をその身に受けた亡者は、次第に体を光の粒に変えて行く。高位の僧侶であればその効果範囲は広く、城門前で等間隔に広がった僧侶たちは、迫り来る亡者たちを光へと変えて行った。

 だが、この魔法にも弱点はある。術者が詠唱に集中するため、術者が無防備になってしまう事だ。次第に消える亡者と言っても、消え去るまでに術者へ辿り着いてしまうモノもいる。そうした亡者に対して、他の者が彼らの盾とならねばならなかった。

「よし、僧侶たちの魔法は上手く効いている。その間に我々は遊撃に移る。僧侶たちの防御は後続の兵に任せるぞ!」

 アヴァンの指示によって、傭兵たちがアンデットへと向かっていく。最初の魔法で波状的に襲い来るグールは、半分ほどを浄化できていた。残るは数百の死体と1000のゴブリン。炎の効果を纏った武器によって、傭兵たちは次々にグールを切り倒していく。

 それぞれがそれなりに手練れで、チームとしての動きも大したものである。しかし一方的に倒して行けるほど甘いものではない。次々に迫り来るグールに囲まれ、そのまま数に押されて倒れていく者もいる。そして叫び声と共にグールの餌食となる。グールは生に対する欲望から、生きている物を自らの糧とする。

「出過ぎるな!周囲と連携を強め、集中されないようにしろ。」

 アヴァンが叫ぶ。それに呼応して、複数のチームが寄りあい、『中隊』となってグール達を倒していく。

 こうなれば、魔法使いの出番は大きい。直接攻撃する戦士たちが魔法使いを守る中、強力な呪文を唱える時間が生まれる。そして準備が終わり、仲間を退かせて魔法が発動した。

「フレイムウォール!」

 その瞬間、魔法使いの狙った地面が赤く染まり、そのまま高々と炎が噴き上げた。その炎に巻かれて、グールはたちまち焼き消される。炎は幅5メートルを高さ3メートルにまで噴き上がり、後続をも巻き込んでいった。

 そしてまた新たな場所でも炎の壁が吹き上がる。やはり広範囲で複数に対する破壊力ならば、魔法の方が効果的である。僧侶たちの呪文と共に、グールは次第に姿を消していった。

「リオン大丈夫かって、心配する必要がないな。」

 アヴァンに余裕が出来て振り返る。そこでは蒼銀の鎧を纏ったリオンが、左手の大きな盾で敵を弾き飛ばしたり、右手のランスで数体のグールを薙ぎ払っていた。その体からは信じられないほどの膂力を目の当たりにして、アヴァンは少年を見直した。

「こっちは大丈夫だよ。ちょっと臭いだけっ。」

 リオンが叫ぶ。遺体なので凄まじい悪臭が漂っている。

「まだ雨でマシな方だ。よし、もう少しでグールは終わるぞ。」

 いくらかの犠牲は出たが、何とかグールを駆逐できそうだった。

 だがその時、雨に紛れて無数の矢が降ってきた。何とか鎧や盾で防ぐが、それを受けて倒れる者や、怯む者が出た。

 盾で頭上を防ぎながら前方を見る。すると離れた場所から、ゴブリンたちが弓矢を放っていた。ゴブリンにすればグールはヒトの死体。仲間でない以上、それを気遣う必要はない。グールで足止めされたリオン達に向かって一斉に矢を放っているのである。

 そこは魔法では届かない距離。故に弓矢は効果的なのである。しかもゴブリンが使うはモルタネントやベルグシュタッドが使っていた鉄の矢先が付いている物。革製の防具など簡単に貫いてしまう。

「くそっ、うわあぁっ!」

 アヴァンの前にいた騎士がグールに襲われた。グールとて矢を受けている。だが死体となった彼らに矢が突き刺さろうと関係ない。盾で防ぐ傭兵たちに未だ変わらず襲い掛かっていた。そして押し倒される騎士。

「バックワー!ええい、くそぉ!」

 部下を救おうとアヴァンが向かうが、横からグールが来て行けない。その間にバックワーは必死で噛みつこうとするグールを押し返す。迫り来るグールによって矢の直撃は避けているが、このままでは餌食になるしかない。そう観念した時だ。突然グール達が目の前から弾き飛ばされた。その代わりに現れたのは巨大な盾。その持ち主に目を向けると、少年が左手を付きだしていた。

「早く立って!」

 言われて急いで立ち上がるバックワー。それを確認して少年は襲い来るグールを薙ぎ払う。

「ありがとう、助かった!」

「感謝するぞリオン!」

 バックワーの礼と同時に、アヴァンの声も聞こえた。その間もリオンは更にグールを倒す。その姿にアヴァンは気付く。

 この矢の雨の中、リオンは頭上を気にもせずに戦っている。見ればその装備に矢が当たっても跳ね返しているのだ。矢に使われている鉄は鎧と同じ鋼鉄製。盾で防いでいるが、その威力で表面はすでに細かな凸凹になっている。それを受けた鎧も同じだ。でも、リオンの鎧は全く損傷を受けていない。そして今になって、その装備の凄さにアヴァンは気付いた。

「あぁ~、もう鬱陶しい!」

 そんな蒼銀を纏う少年が憤慨する。その首がアヴァンに向けられるとリオンは言った。

「ちょっと先にゴブリンへ突っ込みます。」

 そう言うと盾と槍を正面に構える。そしてグッと重心を下げると、一気に駆けだした。

「ちょっと待てリオン!」

 アヴァンが声をかけたが、想像以上の速さで駆けて行くリオン。すでに置き去りにされたが、その勢いは滑り易い濡れた草原と言うのに速く、周囲のグールを次々に蹴散らしていく。そして数十秒の内にゴブリンの手前まで行きついてしまった。

 そんなリオンの背後に途中から追いかけてきた影があった。赤い色。教団の退魔師シューカーである。背からはすでに巨大な剣が抜かれていた。こちらもリオンと同じく足を滑らせる事無くそのスピードに付いて行き、ゴブリンの所でリオンと二手に分かれた。

 そして二人が辿り着いた事で、ほどなく矢の雨は止んだのだった。

「今だぁーッ!グールを殲滅。そのままリオンに続けぇーっ!!」

 アヴァンが叫び、モルタネント軍は攻勢へと転じて行った。


「さて、そろそろやらせてもらおう。」

 赤い礼拝服の男が呟く。その右手には背丈以上の巨大な剣を軽々と持ち、口元に微笑を浮かべながらゴブリンひしめく中へと飛び込んでいった。自分が飛び込むきっかけを作った『ミスリル銀』を纏った少年は、そのままゴブリンたちの奥へと突っ込んで行った。

(突っ込み過ぎだろ)

 そう思うが、彼は噂で2,000の亜人軍を一人で殲滅して見せた強者だ。それにあれだけの装備一式を使いこなす様は、噂されるだけあると見直していた。

 そして彼は剣を振る。数多の戦場を共に潜り抜けてきた戦友とも呼べるその巨剣は、主の叫びにその刀身を赤くさせた。

「さぁ、灼き尽せ『インフィニートゥラーヴァ』!」

 薙ぎ払うような横斬り。その攻撃を受けたゴブリンが真っ二つになるが、次の瞬間には炎に捲かれる。雨の中を激しく燃える炎の中、ゴブリンは壮絶な悲鳴をあげてやがて消え去る。しかし、その体に纏っていた鎧などは未だに炎を上げており、最後には跡形も無く溶けてしまった。

 そんな仲間の姿にゴブリンたちは逃げ出そうとした。ゴブリンは粗野で凶暴な半面、己の危機に関してはあっさりと退いてしまう。先ほど聞いた仲間の絶叫に恐怖を覚えたのだろう。だけどそれは無謀な事だ。

「遅いっ!」

 シューカーが呟くと同時に逃げ出すゴブリンを斬っていく。戦意無き者を斬ることは卑怯な行為とされる。だが、ゴブリンに至ってはその対象から除外される。それだけこの亜人たちは酷い生物だから。

 ここで逃がせば必ず被害が出て、より多くの仲間を連れてやってくる。ましてやこの生物は、一般のヒトを殺戮するのだ。どれほど助命を願っても、己の道楽でヒトを殺める。それを許せるわけがなかった。

 次々と灼き斬っていくシューカー。その武器を扱う彼もまた、もの凄い速さで動く。この武器は強力である半面、重さもある。そんな武器を軽々と扱い、そして目で追いつけないほどの素早い動きは、流石ザウス教団最強の一人と云われるだけの力だった。そんな彼が戦うと、近づくことが出来ない。 

 巨剣のリーチや灼熱の炎に捲かれてしまうため、ようやくグール達を倒したモルタネント軍はシューカーに注意しながら攻める。

「流石は噂に名高いシューカー殿。凄まじいですね。」

 ゴブリンへと向かう中、リオンに助けられたバックワーが言う。すると前を行くアヴァンが答えた。

「ああ。創世記から伝わる『神具インフィニートゥラーヴァ』。『無限の溶岩』と言う名を持つその刀身は溶岩石を魔法処理しているらしい。そして斬られたモノはその熱によって溶解、炎上する。

 だから見ろ。ゴブリンの着ている鎧など、まるでバターの様に斬って溶かしていく。防御不可能なあの巨大な剣を意のままに扱うシューカー殿の能力も相まって、うかつに近寄れば足手まといになるだけだ。」

 アヴァンはそう言うと目前に迫ったゴブリンを斬り倒す。そして倒れるゴブリンたちの向こう、暗闇の中で激しい激突音がする。吹き飛ぶゴブリンたち。その中心で巧みにランスと盾を操っている蒼銀の鎧を着た少年。彼もまた、シューカーに劣らぬ程の戦いぶりだった。

「一体リオンは何者なんだ?」

 自分の疑問を呟きながら近くのゴブリンと剣で打ち合う。そうなのだ。ゴブリンもまたそれなりの戦闘力を有しているのだ。こちらの攻撃を剣や盾で防いだり、先ほどの様に弓を使うことも出来る。そして何より素早い動きをする。 

 決して強い訳ではないが、一般人は叶わない程は戦える生物。それを簡単にあしらう事は決して容易ではないのだ。

 なのに奴らとそれほど変わらぬ背丈の少年が、数匹をまとめて倒していく。常識を逸した戦闘能力であった。そんな疑問を背中を守るバックワーが言った。

「でも、おかげで私は助かりました。それに我が軍も圧しています。今は彼に感謝しましょう。」

 そう言ってゴブリンの棍棒を盾で防ぎながら剣でその脇を突き刺す。続けざまに怯んで出来た隙をついて頭に剣を叩きつけた。絶叫するゴブリン。だが、すぐその右側からゴブリンの斧が襲い掛かった。バックワーは避けられないと知って、体当たりをしてゴブリンを後方へと押しやる。何とか直撃は防がれ、構えを戻した。

「そうだな。とにかく今を乗り切ろう。」

 アヴァンはそう言いながら正面のゴブリンの右腕を断ち切る。銘は無いが街の鍛冶屋で鍛えに鍛えた鋼鉄製のロングソードだ。ゴブリンの骨をも断つ逸品だが、血糊や刃こぼれによって切れ味は落ちてきている。だが文句は言っていられない。攻めてくるゴブリンを蹴散らすこと。これが今の自分たちにとって大切な事だからだ。

 傭兵部隊の指揮官として、アヴァンは目の前に迫るゴブリンを倒しながら周囲を見る。指揮官として随時敵の様子や戦いの流れを注視しなければならない。本来なら後方から様子を見て号令を出すべきなのだが、城内は人手不足なので仕方がない。そのため、ある程度進んでは周囲に攻めさせ、その合間を確認する。

 シューカーやリオンのおかげで敵の中心部を深く攻め込めている。このままだとあと数時間もせずに敵を撃退できるだろう。一方で仲間の疲労も感じる。本来は休息に後続と交代させるのだが、その後続がいない。

 自分たちが突破されれば街の住人に被害が発生してしまう。だから我慢するしかないのだが、二人の戦士によってこちらの士気は高い。このまま押し切るべきだと判断できた。


 だが、戦場とは何が起こるか分からない物である。

 それにアヴァンは知らなかった。グールがどうして攻めて来たかの原因を。 

 何より、グールとはどうして出現するのかさえ分かっていない。

 指揮官としての情報不足。だがそれは無理も無い事だったのかもしれない。魔法に精通し、情報を扱うエフェメルだからこそ知り得た事。『魔法を使うゴブリンがいる』という現実を。


 突如大地がせり上がった。それによって複数の傭兵が空へと打ち上げられた。そして重力によって大地へと身を落す。数十キログラムの鎧を着たヒトが地面に叩きつけられ、その衝撃で呼吸が出来なくなる。更にその間にゴブリンが襲い掛かり、声も出せぬまま息絶えてしまった。また一方では仲間を巻き込んで落ちた者もいる。

 何より、ゴブリンが魔法を使ったことでヒト達は勢いを削がれた。逆にゴブリンたちは勢いを増す。それは自然と膠着状態を生み出す原因となって行った。

「何故魔法がッ?誰が唱えたぁっ!」

 アヴァンが叫ぶ。だが、仲間からは応答はない。やがて自ずとそれがゴブリン側からであると知らされる。またも突き上げる大地。今度はモルタネント正規兵に被害が出た。しかもその土柱は5か所に出現。被害はさらに拡大した。

 『ランドゲイザー』の魔法。

 依然エフェメルが唱えた大地系の中級魔法。モルティメントと言う巨体さえも打ち上げるその魔法は、ヒトであればそれなりの魔力を必要とする。それをゴブリンが唱えたという事実。予期せぬことにアヴァンは退くことを思案する。体制の立て直しが目的だが、後ろはもう籠城するしかない。かと言って、籠城しても味方の数が増える訳は無く、隊形は直せても状況は不利になるだけだ。とすれば方法は一つだ。

「敵の魔法使いを潰せ。」

 アヴァンは叫ぶ。しかしその声は魔法や雨によって遮断され、伝達が上手くいかない。そうするうちに、自分の足下が不意に浮かんだ。と同時に視界が段々高くなり、気付いた時には目の前に暗い空が広がっていた。


 指揮官のいなくなった部隊は退くしかない。命令系統が発揮できなければそれはもう集団戦闘ではないからだ。

 そして傭兵はその指揮者が監督をしており、指揮者の目に留まれば報酬も増える。だけどその指揮者がいなければ当然報酬は低く、場合によっては出ない時もある。そうなれば傭兵稼業で過ごす者は商売あがったりだ。当然戦闘意欲は無くなる。

 だが、彼らにもプライドはある。ヒト同士ならばいざ知らず、亜人相手であるならば人の存亡に関わってしまう。モルタネント傭兵隊は果敢に攻めた。そしてそれはリオンも同じであった。

 アヴァンが打ち上げられたのを知ったリオン。まだ知り合って間もないが、自分を大切にしてくれたおじさんが地面へ落ちていくのを知ったリオンは一瞬動きが止まった。

 そこにゴブリンが襲い掛かる。あっという間にゴブリンに多い被られたリオン。遠くで戦うシューカーの目にそれが映った時、思わず舌打ちしたほどだった。

 でも次の瞬間、凄まじい咆哮を耳にする。そしてゴブリンたちの合間から光が漏れた。蒼銀の輝きがやがてゴブリンを弾き飛ばす。と同時にシューカーは恐怖を感じた。彼だけでなく周囲のゴブリンが皆動きを止めた。同時にヒト達もその方向に目を向ける。

 仄暗い大地に蒼銀の光が灯る。そしてそれは背に竜のような蒼銀の翼を生やしている。その圧倒的存在感にゴブリンは一目散に逃げ始めた。リオンの近くにいるゴブリンに限らず、ヒトと交戦中だったゴブリンまでもがリオンから遠ざかろうとしているのだ。

 その異様な光景にヒト達も動けない。そして次の瞬間、リオンがランスを真横に薙いだ。それによって衝撃波が広がり、彼の前を行くゴブリンたちが吹き飛ばされる。やがてその衝撃波は少し向こうの平野で地面を巻き上げる爆発をした。唖然と皆が魅入る中、リオンは次の動きに入っていた。瞬く間に次々とゴブリンを蹴散らせていく。その中にゴブリンシャーマンがいたのだろう。自分を守るためにリオンの前方に土柱を立てて壁にする。しかしリオンはその壁を簡単に貫くと、そのままシャーマンをも貫き裂いた。


 僅かの時間に戦闘は終結した。小雨の中、すでにリオンは輝きを失っている。そして周囲は黒い霧が立ち込め、次第に雨で打ち消されて行った。

 城壁の方では呆然と立ち尽くすヒトの群れ。その足元では多くの動かぬ兵士が倒れていた。

「終わったか…。」

 誰かが呟いた。そんな中、赤という色が動いた。ゆっくりではあるが、しっかりした足取りで歩いていく。その先にいるのは力なく項垂れたような背を向ける蒼銀の鎧。そして赤はその数歩先で止まると、手にする巨剣を突き出した。

「少年。見事な戦いだった。流石は噂に聞くウインダーマイルの救世主だ。だが、俺は分かるぞ。貴様っ、その力は一体どこで手に入れた?そして何を企んでいる?」

 先ほど目撃した尋常ならぬ戦闘力。何より翼を持つヒトなど聞いた事も無い。先ほど感じた力は、シューカーにとって初めて感じた脅威であり、かつて感じた恐れさえも思い出させるものだった。

 すると振り返るリオン。ビクッとするシューカーに向けられたその顔は、先ほど見た少年の悲しそうな顔だった。その瞳からは明らかに涙が溢れていた。

「・・・何を泣いている?」

 シューカーの言葉にリオンはふと後方に目を向ける。後ろにいるヒト達がビクッと身を震わせていた。だがリオンの目に映るのは、自分に優しかった指揮者アヴァンの変わり果てた姿だった。

 その姿を見てシューカーは一つ嘆息すると、手にある相棒を背中に戻した。そして、背を向ける。

「分かった。今は置いておく。だがもしもお前がヒトの仇となるならば、その時は容赦はしない・・・。」

 そう言って仲間の方へと歩いていく。その間、自らの想像以上の力を目の当たりにした屈辱感に、奥歯を噛み締めていたことは誰にも分からなかった。


 一方、リオンはランスを背に戻し、手のひらで涙を拭う。そしてゆっくりと城門の方へ歩いていく。その間、ヒトは恐れた様に身構えリオンを見ていた。その視線に、リオンは我知らず唇を噛む。そして自分を気遣ってくれたアヴァンの近くに寄った時だ。突然横から声が上がった。

「よるな化け物!」

 兵の一人が叫んだ。ビクッとするリオン。そしてそちらに目を向けると、兵たちは一斉に目を逸らした。周囲を見ても皆同じ反応。

(そっか、これが師匠の言ってたことか・・・)

 力ある者は疎まれる。そのためにエフェメルが注意してくれたのに、親切にしてくれたアヴァンがやられたことで怒り、力を解放してしまった。その果てに助けたヒトからも疎まれてしまう。

 まだ幼いリオンの心に深い傷を与える出来事だ。

 悲しくてまた泣きそうだった。でも、それは自分が招いた事だ。だからアヴァンに一礼すると、皆の待つ宿屋へと歩いていく。

 町へ侵入することで一斉に兵士たちは身構える。だが、一人の騎士が手を上げてそれらを制した。

 その騎士はバックワーだった。

 自分を助けてくれた少年。その少年の信じがたい力を見て恐怖を抱いてしまった。でも、彼は我々を救うために戦ってくれたのだ。そんな少年に今は何も掛けられる言葉が見つからない。

 だから騎士は胸に左拳を当て、頭を深く垂れた。

 それはモルタネント軍における相手への感謝の儀礼。それを見て兵たちは驚き、やがてそれに倣った。誇り高きアコースが救ってくれた恩人に対して礼も尽さぬなど、あってはならぬ末代までの恥だ。

 次第に儀礼の列が出来る。だが、俯いたリオンはそれに気づくことも無く、雨の中を項垂れながら歩いて行った。


 宿の戻ってきたリオンを見て、エフェメルは唇を噛んだ。疲れた様子はあるが、何より悲しそうな表情をしていた。こちらもいつもの様に元気づけようとしたが、彼は笑顔を見せて「大丈夫です」とだけ返すと風呂場へと入って行った。

 そのまま何となく夕食が終わり、早めに就寝する。だけどエフェメルはなかなか寝付けない。少年の周りで悲しみの精霊が佇んでいるからだ。

 ヒトの激しい感情に対して現れるそれらの精霊は、その感情を糧に姿を見せる。だから今、リオンが酷く悲しんでいるのが分かる。それが心配で眠れないのだ。

 やがて気付く。隣のベッドで眠るリオンが震えているのを。悲しみの精霊はより大きくなり、エフェメルは思わずベッドを降りて彼の近くに寄りそう。

 そして…、

「眠れませんか?リオン君。」

 ハッとしたように震えが止まるリオン。枕に顔を埋めてうつ伏せで寝ているが、やがて少しだけ顔を覗かせた。

「どうしたんですぅ?何があったかおね~さんに言って下さいな~。」

 優しく尋ねる。だが、リオンはそのまま枕に顔を埋めて突っ伏した。何も言わない態度。リオンにしては珍しい初めて見る対応にエフェメルは面食らうが、直ぐにそれが子供特有のものであると感じた。

(優しいリオン君は心配させまいとしてるのでしょう。でも、気持ちの整理も付けられないからうまく言葉が出せない…、そんなとこでしょうね~)

 エフェメルは振り返る。アーシェスもまたそのことは気付いている。視線はこちらを見ているがパァムとポォムに挟まれているために出られないのだ。だからエフェメルは「任せて」と唇を動かすと、サーシェスは優しい瞳で頷いてくれた。


 エフェメルはそっと少年の頭に手を置く。驚いたリオンが体を強張らせたが、優しく撫でる手の温かさに自然と緊張がとかれていく。そしてエフェメルが優しい声で囁いた。

「今日はお疲れ様でした~。大変だったようですね~。」

 しかし返答は無かった。そうなることは分かっていたように蒼い肌の女性は続ける。

「正直、私たちはリオン君が無事に帰ってくるのは予想していましたぁ。…でも、心配していたことは的中したようですねぇ。」

 その言葉にまた震える。その間も手は優しく少年の頭を行き来する。

「ズバリ言っちゃいますがぁ、力を使っちゃったんですよね?」

 一層強張るリオン。するとエフェメルの両手がリオンの両肩に置かれた。

「落ち着いてください、リオン君。実は力を解放した後は精霊たちが怖がって、貴方に近寄ろうとしなくなるんですぅ。

 だから分かるんですよ、おね~さんはぁ。」

 そして肩から手は離れ、再び頭が撫でられる。さっきよりゆっくりした手つきで。

「リオン君が力を出してしまったのはぁ、よっぽどのことですよね~。

 ゴブリンが兵士たちに酷い事でもしたんですか?」

 そう言って少し時間を置いた。やがて返事は首を振ることで返された。エフェメルは続けた。

「ではたくさんの人が亡くなられたからですかぁ?」

 リオンは少しして僅かに頷く。でも、悲しみの精霊は首を振った。それでエフェメルは言葉を投げかけた。

「それだけじゃないですね~。悲しみの精霊が違うって言ってますよぉ。

 ・・・リオン君、思ったとおりに言って下さい。伝わりにくくてもぉ、言葉は気持ちを表してくれます~。それによって他人に自分を知ってもらえるのです~。

 きっと貴方は自分で何とかしようとするでしょうね~。今までそうするしかなかったからぁ。

 でも今のあなたには私や姉さん、パァムとポォムもいるんです。共に旅をしながら貴方の役に立ちたいと思っているんです。楽しい時は共に笑い、悲しい時は共に泣く。一緒に旅しながら、そうやって信頼は出来るんですよ~。

 だから私たちを信頼できるなら、一人で悩まず言って下さい。そうしてくれたら、きっとリオン君も、おね~さんたちも楽になれますからぁ。」

 そう言ったあと、少し動きを止めるリオン。そしてようやく顔をエフェメルの方に向けた。その顔はとても悲しそうで涙を流していた。思わず抱きしめたくなるエフェメルだが、「今は我慢」と自分に言い聞かせて優しく微笑む。

「さっき戦いに行った時、そこで隊長さんに会ったんです。アヴァンてヒトで、僕が子供だからってずっと気をかけてくれたんだ。

 一人で進まないように一緒にいて色々教えてくれて…。

 でも、ゴブリンが矢を放ったから僕が隊長さんから離れて…、その間に隊長さんが…。」

 鼻を啜るリオン。そんな彼の話を折らぬよう、エフェメルは頷きだけを返す。俯くリオンは涙交じりに話す。

「ゴブリンの魔法で死んじゃったんだ。初めて会ったのに、優しく親切にしてくれたおじさんだったんだ。なのに、なのに…。」

 だんだん声が大きくなり始めた。感情が爆発しそうだった。それでエフェメルは少年の頭を抱き締めた。力強く。それでリオンは泣き出すタイミングを失う。しかし、

「リオン君。構いません。私がきちんと抱き締めますから、思いっきり泣いてください。私に悲しみをぶつけて下さい。貴方は頑張ったんです。その隊長さんの事は残念ですが、まぎれも無く貴方はこの街を救ったんです。」

「でも、でも、みんな僕を化物って言ったよぉ~。」

 叫ぶような声。だが、それを制するかのように力強く抱きしめてエフェメルは言う。

「違います。貴方は強いけど化物なんかじゃありません。

 良いですかリオンっ、貴方は貴方なんです!ヒトがどう言っても、私たちは貴方を仲間と思っています。かけがえない大事な友人なんです。

 その隊長さんだって良くやってくれたって感謝しているはずです。

 だからそんな言葉に負けないで!

 助けられなかったヒトもいますが、助かったヒトもいます。死んでしまったヒトは、生き残ったヒトの無事を祈ります。その思いに貴方は応えたんです。

 きっと、貴方の大好きなシーニャちゃんだって、褒めてくれるはずですよ。」

 その途端、リオンはがばっとエフェメルに抱きつき、さらにその胸元へ顔を埋め込む。

 それから力いっぱい泣き始めた。それは子供らしく、悲しみを吐き出すように。

 そんな不意の動きに驚くエフェメルだったが、そっとその体を抱き締める。優しく、儚げで壊れそうな少年の心を包むようにその体を抱き、その頭に頬を寄せて呟いた。

「そうですよ、リオン君。いつかシーニャちゃんが聞いてくれる時まで、今は私が貴方の悲しみを聞いてあげますからね~。」

 静かで仄暗い部屋の中で少年の泣き声が木霊する。

 その声に、サーシェスは涙を零し、エフェメルは優しく悲しみを受け止める…。

 普段見せぬ少年の涙を、皆で分け合っているようだった。

 それからほどなくして、泣き疲れたリオンは眠りについたのだった。


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