雨の中の散策(初めての買い物)
光天歴981年ブルームの月48日目。雨の季節だ。
この地域の生活を潤すメリアニック川に多くの遺体が流れていく。その遺体の出どころは、ロブ平野東部において、モルタネント軍とベルグシュタッド軍の戦いが熾烈を極めたためである。
当初にお互いが8,000の軍勢を派遣し、膠着したまま戦いは続いた。
それから20日が過ぎ、互いに多くの戦死者を出しながら、戦地は移動を始めた。
最初は両城の中間あたりで行われていた戦闘も、次第にベルグシュタッド軍が押し始め、今はメリアニック川中流域北部にある『メニック湖』西部にまで北上している。
元々は均衡していた両軍であったが、半年前の戦闘で亜人の奇襲を受けたベルグシュタッドが流したデマを、多くのヒトがそれを信じて加勢。今回の戦闘も幾度となく情報操作を施したベルグシュタッド軍に隣国アルディエル王国が援軍を差し向けたのだった。
実際、両国では密約が交わされた。それは、モルタネント陥落時には、その東側の土地をアルディエルが支配すると言う話だったのだ。
どこもかしこもが覇権を欲しがる中、ベルグシュタッドの案をアルディエルは受け入れ、加勢を表明。
表向きは亜人の侵攻に乗って奇襲をかけたモルタネント軍を討伐するためと謳い、モルタネントがそれを虚偽と申し出ても、一向に取り合ってもらえなかった。
そして現在、モルタネント軍は3,500名。比べてベルグシュタッドは4,200の兵にアルディエルの兵3,000が加わった7,200の軍勢。倍以上の兵力差でもモルタネントは最後の一兵までも戦う意思を示した。
既にベルグシュタッドから降伏勧告はされている。その内容は、
1、全ての人民・資源はベルグシュタッドの物とすること
2、王家の廃止及び血縁者全員の死去
以上の内容を突き付けられた誇り高きモルタネントの人々は、アコースという誇り高き人種であり、己の尊厳を貫くために、命の限り戦う事を決めたのだった。
その戦場から僅か50キロ程北西をリオン達は進んでいた。
このロブ平野は大雨が降ると湖の様になる。大量の雨は洪水となり、やがてその水はメニック湖に流れ込むが、溢れる水はメリアニック川へと流されてしまう。
増水した川に流されてはとてもではないが無事には済まないだろう。
そうした情報をエフェメルから聞かされ、一行は急ぎ東へと向かったのだが、よもやその戦火がこんな近くまで来ていたとは思ってもいなかった。
「このまま行けば何とか平野を抜けられるだろうけど、大丈夫かな?」
リオンが手綱を持ちながら言う。ここまで何とか無事に来れたリオン達一行であったが、雨期が思ったより早く来そうな気配に不安がよぎる。これからメニック湖の近くを通らなければならないのだが、一度でも降り出せば止まないのがこの地域の雨なのである。
そして、リオンの目には進む先に軍隊がいることが確認されていた。
「何かいっぱい兵隊がいるよ。」
そう言うと、隣にいるエフェメルが精霊交信を行う。今回は風の精霊に確認しているが、その様子は良くなかった。
「あらぁ~、もうあと2・3日で雨は降ってきそうですねぇ。
そうなればちょうど湖の周囲を走ってる頃ですかぁ…。このまま進むのは止めた方がいいですね。」
そう聞いてリオンは馬車を一旦止めた。そして辺りを見回しながらエフェメルと相談する。
「この周囲は何もいないけど、まっすぐ走った向こうで大きな戦闘が行われます。
そこに行っちゃうと確実に巻き込まれますね。」
「そうですね。多分モルタネントとベルグシュタッドの戦争です。勢いはベルグシュタッドにありますから、このまま火の粉がこっちまで掛かってくる可能性は高いですね~。」
そう言いながら頭の中にある地図を確認するエフェメル。この近くにある町とすれば、モルタネント城しかなかった。
「ん~。仕方ありませんね。このままここに居る訳にもいきませんから、モルタネント城に向かいましょう。正直戦時中なのであまり良い状況とは思えませんが、このまま雨に降られるよりはマシでしょう。」
そうして一行は北へ向けて走り出したのだった。
それから二日後、リオン達は無事にモルタネント城内に入ることが出来た。
城と言っても、城壁に囲まれた城下町であり、エフェメルの通行証で何とか入城を許可された。
因みにエフェメルは仕事柄、どの町への通行も可能な羊皮紙を持っており、建前は『世界保全調査員』という名前だけのギルド所属員である。
これは主要ギルドによるギルド会議で認められた偽の通行証で、きちんとギルド協会の印が入っている。
「凄いですねエフェメルさん。問題なく入れちゃいましたね。」
町中で馬車をゆっくり進めるリオン。その言葉にエフェメルが小さな声で注意した。
「ダメですよリオン君。貴方は私の義弟としてるんですから、私の事は『おね~ちゃん♡』と呼んでください。いいですね。」
「わ、分かりました。」
「ん?さっそく呼んでくれていいんですよ。『おね~ちゃん♡』て。」
嬉しそうに催促するエフェメル。期待を込めたその美しい顔に照れるリオン。恥ずかしくて言うのをためらっていたら、丁度雨が降ってきた。
「ああ、降って来ちゃいましたか。仕方ありません。一先ずこの先の宿屋に行きましょう。
あそこの倉庫なら馬車も預かって貰えますから。」
前の二人の会話はよそに、帆の中で隠れているコロプクル3人は、窓から見るヒトの町並みを興味深げに眺めながら宿屋へと向かうのだった。
リオンが馬車を倉庫に入れる間、エフェメルが先に宿に入って手続きをすることにした。
何でもこの宿屋は隠密ギルドの協力店であり、サブリーダーであるエフェメルだからこそ、色々と待遇して貰えるわけである。
倉庫に入ると、建物の中からギルド員であるメンバーが出てきて宿屋の裏口を開いてくれた。これによってコロプクルの3人の姿を多くの人に晒さずとも済んだ。
通された部屋は広く、4つのベッドがあった。
初めての大きなベッドにパァムとポォムが早速上に乗ってバウンドを楽しんでいる。
サーシェスに至っては内装もそうだが、3階から眺める窓の外は、雨が降っていようとも興味深い物であった。
「私、ヒトの町に入ったことが無かったもので、とても新鮮です。」
椅子の上に立って見える景色をリオンと眺めていたら、エフェメルが部屋へと入ってきた。受付で色々と情報を得ていたようだ。
「早速双子ちゃんは楽しんでますねぇ。あ、サーシェス姉もリオン君も楽にしてください。この部屋は完全に秘密厳守な造りになってますから少しの間ゆっくりしましょう。」
そう言って腰の剣や手甲などを外すエフェメル。そしてドカッとソファーに腰を下ろした。
座るや否や深くため息をつく。
「ハァ~、やっぱりたまにはこうして宿に泊まることも必要ですね~。」
そうと言うのも仕方がない。リオンと二人交代で見張りも兼ねて馬車に乗っているのだ。ここまで緊張の中で30日以上を過ごしている。
しかし、あのまま歩いていたら、今はまだロブ平野の半分位についた頃だったかもしれない。本当に、馬車があって大助かりな一行なのである。
キャラバン隊のように数頭の馬なら速度も上がるが、こちらは1馬力。それほど速くは走れない。
だけど、この馬のすごい所はペース配分を馬自身がして長い時間を移動できることにある。大体5時間から6時間を同じスピードで走るため、思いの他早くこちらに来ることができた。
「あの子(馬)もゆっくりできるようにお願いしてきました。雨が上がったら頑張ってもらわないといけませんからね。」
そう言ってぐ~っと体を伸ばす。そこにサーシェスが近づき礼を述べる。
「ありがとうエフィー。貴女がいてくれて本当に良かったわ。リオンもありがとう。私たち3人だけだったら、この平野を超えることもできなかったでしょう。それに私たちは何の役にも立てなくて…、ごめんなさい。」
旅に慣れない3人。本当なら何かすべきだと思うが勝手がわからず、二人はずっと休んでいてくれとしか言わない。見張りにしてもリオンの視力には適わず、例え休んでいる時でも、二人共敵の気配には敏感であった。ここまで来るのに数回はゴブリンたちと戦闘があったが、二人が瞬く間にやっつけた。
このように、かつて町の長だったくせに何もできないでいる事が悔しいサーシェスなのである。
「そんなことないですよ。色々食事の用意なんかしてくれたじゃないですか。」
「そうですよ姉さん。私は3人を連れて行くためにいるんですよぉ。もしも恩なんか感じてるんなら~、着いた時に美味しいシチューを食べさせてくださいね~。」
サーシェスの作るシチューは本当に美味しい。他の料理も様々な香辛料を上手く配合するので美味しい。しかも霊力に長けているため、相手の体調を感じられるサーシェスは、その時の相手に合わせた料理を食べさせてくれる。それもまた二人の体力維持に大きく貢献していた。
「そんなことでいいなら…。でも、本当に二人には感謝しています。ありがとう。」
改めて低頭されて、色の濃くなった頬を掻くエフェメル。そして勢いよく立ち上がると、バスユニットへと歩いていく。
「とりあえずお風呂でも入りましょう。あ、リオン君一緒に入りますかぁ?」
慌てて両手を降るリオン。そんな姿を見ながら、にまぁっと笑う。
「も~、恥ずかしがり屋さんなんだからァ~。それじゃあえ~っと、・・・?
そう言えば…姉さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
椅子に飛び乗って座るサーシェス。やはりヒトのサイズは大きすぎるらしい。
「姉さん達って、お風呂に入ったりするのですかぁ?」
すると首をかしげながらサーシェスは尋ね返した。
「お風呂って何?」
その言葉に驚くリオンと何だか納得してしまったエフェメルだった。
そもそもコロプクルは雪の精霊とも言われる存在で、あの凍土は汚れや病気を浄化させる特別な地域だった。そのためコロプクルは清潔な状態でいつもいられたのだ。
ましてや体を温める必要もないのである。一応、水浴びやシャワーと言う行動は、エフェメルから聞いて知っているが、『お風呂』という単語や習慣は持ち合わせていない。
しかし、他の地に来た以上は汚れたりもする。実際着ている民族衣装は少し黒ずんでいた。
「え、裸になるの?」
エフェメルに誘われてバスルームに来たサーシェスは、裸になることに拒否感を示した。
生まれてこのかた全裸などなったことのないサーシェス。
故にエフェメルのイケナイ回路が暴走する…。
「そうですよ姉さん。ここで水や湯を浴びて汚れを落とし、体を清めるんです。姉さんもあの町から出てきて、ちょっと汚れたりしているでしょ?綺麗にしていないとすぐに臭くなっちゃいますよ。」
「!そんなっ、臭いの私?」
実際雪のようなサーシェスは無臭である。だけど風呂を体験させたいエフェメルは勢いで告げる。
「今は大丈夫です。でもこれからいろんな場所に行って臭くなることもあるかもしれません。というか確実にあります。
そんな時でもお風呂に入ったら綺麗になるのですから、今から慣れておきましょう。ほら、私も脱ぎますから。」
そう言いながら既に全裸状態のエフェメル。その姿にサーシェスは愚痴りながら服を脱ぎ始める。
「貴女はいつでもすぐに脱ぐじゃないの。…でも仕方ないわね。」
そう言って紐の結び目を解いていく。絹のような衣服がスルりとはだけ、その雪のように真っ白な肌が露わになった。細身でスラリとした体型。女性特有の柔らかな曲線に、同性のエフェメルもドキドキしながら魅入ってしまう。
「うわぁあ~、姉さんすっごく綺麗ですねぇ。神々しいと言うか何と言うか。」
「見ないでエフィー。それより早く済ませましょう。」
「あ、そうですね~。それじゃあ湯船にって、…姉さん、熱い湯に入って溶けちゃうなんてことはないですよね?」
それから念のため、風呂をぬるめにしてから二人は浴槽に入る。溶ける心配はなかったが、それでも熱には弱いらしく、早々に昇せてしまうサーシェスであった。
その後、双子を冷たい風呂(一応水よりは高温)に入れてから最後にリオンが入浴した。
覗きを試みるエフェメルだが、のぼせたサーシェスを放っておく訳にいかず、「今度は一緒に!」と心に誓うのであった。
そしてリオンが出た頃には体調を取り戻したサーシェス。双子は気持ちよさに眠らせておいて、3人で色々と今後について話した。
「先に状況を説明しておきますね。もう気付いていると思いますがぁ、戦争によって街の人は少なくなっています。この宿の客も戦争が始まってから、日に日に減っているらしいですよ~。」
そう言いながらバスローブだけを羽織り、足を組んで座るエフェメル。
パールサンド色の長い髪は、タオルで巻き上げられている。その横には子供用のバスローブを着て、恥ずかしそうにするサーシェス。着慣れない服に恥ずかしいようだ。
「それでは、ここに攻め込んでくると考えられているのですか?」
「ええ。そう考えるのが一般的でしょうねぇ。
戦線は少しずつ北へ移動し、一昨日引き返した場所が既に戦場となっています。リオン君が見てくれなかったら、そのまま突っ込んでた所でした。」
ニコニコ顔がリオンに向けられる。リオンはいつもの服を既に着ている。そんなリオンが照れながら言う。
「そうなると、後1日2日したら攻め込んで来るってことですか?」
「普通ならそうですねぇ。」
リオンの言葉に、エフェメルは意味ありげに答える。それは二人にも感じられた。
「普通ではないというのはどういう事?」
「この雨ですよ姉さん。」
窓の外を見る二人。先ほどより強く降って来ていた。
「リオン君には言いましたよねぇ。このあたりの雨は凄いってことを。覚えていますかぁ?」
そう言ってテーブルにある柑橘水を口に含む。
この地で栽培される柑橘果汁を冷水で割ったサッパリした味の水で、風呂上がりには好まれるものだ。
柑橘水の入ったグラス容器がテーブルに置かれた所で、リオンが頷き答えた。
「はい。ロブ平野は雨期に入ると湖の様な洪水になり、やがてその水はメニック湖に流れ、そのままメリアニック川へと流されてしまうんでしたよね。…と言う事は!」
そう言ってリオンは気づく。サーシェスもまた答えを導き出していた。
そんな二人のハッとした顔を見て、置いたグラスの淵を指で撫でながらエフェメルは笑顔で頷く。
「そ~です~。良く覚えていましたねぇ、リオン君。
あそこで戦っていたモルタネント軍はそれを分かっているため足止めしていたのです。
そして雨が降ってきたのを見計らって後退。数の多いベルグシュタッド軍とアルディエル軍は追撃及び進軍して雨に飲み込まれるという結果になるでしょ~。」
そう言うと、窓の方を向く。どうやら精霊に確認しているようだ。
「はいはい。大雨で少し風の精霊もご機嫌斜めですね~。今確認できました。
予想通りに相手側は雨水の洪水に呑まれたみたいですね。後続も同じく水に溺れています。
重い鎧を着たままですから泳ぐこともできず、このまま川へと流されますね~。これで戦争は終わるでしょ~。」
何だか呆気ない幕切れのような気もする。でも、それだけに地の利を生かした策略が有効だったということだろう。そんな事を思うリオンにエフェメルが強い視線を向けた。
「リオン君、このように自然という情報を持つことで、劣勢が一気に逆転することもあるのですよ。
この世界において情報が如何に重要なものであるか覚えておいて下さいね~。」
それは長く戦いなどに身を置くエフェメルからの教訓であった。
ただランスを振り回すだけが戦いではなく、情報を集めてそれを活用するのも戦いであり、それは戦況をひっくり返すほどの大きな力となる。実に有用な手段なのだと少年は肝に銘じた。
「さて、雨が上がるまでしばらくはゆっくり出来るでしょう。…!えっ?」
立ち上がったエフェメル。しかし、顔を窓に向けて、次の瞬間には驚きを表した。
二人が不安に見上げる中、エフェメルの表情が曇る。
「いけません…。あまりに多くの命が失われたために、大量の瘴気が発生してますね。
そのせいで『オディオグレイザー』が出現したようです。」
「オディオグレイザー?」
「はい。おっきな目玉の魔物です。戦場で未練を残して死んだヒトの『憎しみ』が集まって出来た塊とでも申しましょうか。正直厄介な存在ですね。」
エフェネルが言葉を濁す。
リオンからすれば、彼女は一流と言える戦士だ。先日ゴブリン小数を相手にした事があったが、その剣技は見事で美しい。しかも『精霊魔法』と『破壊魔法』を使える。戦闘スタイルとすれば『魔法剣士』である。しかもかなり上級だ。
そんな彼女が厄介と言う事は、その魔物がかなり強いという事だと直感した。
「そんなに強いんですか?」
少年の問いかけにエフェメルは即答できない。少し考えて、
「強い…と言えば強いですねぇ。でも、その強さは異様な強さです~。」
「異様?」
サーシェスが問う。『異常な強さ』と言えば、純粋に戦闘力が高いことを示す。
だが、ここで聞いたのは『異様』と言う言葉。
長年の経験からそれが特殊な能力を持っていると聞こえる。その説明をエフェメルが告げる。
「そ~です。相手は目玉の気持ち悪い化物なんですぅ。
言っておきますが、姉さんはこれまた相性最悪ですね~。この目玉ちゃんは魔法が効きません。
全くとは言いませんが、『魔法障壁』が強力で、効いてる感じがしないんですぅ。
そして物理攻撃ですが、厄介なことにとても素早いんですぅ。短い距離ですが瞬間移動していますぅ。とにかくこちらの攻撃が当て辛いのですよ~。」
非常に厄介そうな感じがエフェメル独特の口調によって、更に面倒くさそうに聞える。
ちなみにエフェメルのすばやさは流石ダークエルフと言えるほど速い。その彼女にここまで言わせるので、瞬間移動とは相当素早さがあると思えた。
そして言葉は続く。
「それと、生者への憎しみから、近くに行くと生命力を吸収されます。『ドレイン』と言う効果ですが、これを常に発生させていますぅ。
そしてその大きな目玉から放つ赤い光線。一直線に飛んでいきますがぁ、あらゆる防御も不可能な熱線なんです~。
魔法障壁を破られた魔術師や、盾は勿論、私が見た時は厚い城壁を一気に溶解させてちゃってました。あんなのかすっただけでも溶かされちゃいますよ~。」
言わば高火力型の瞬間移動砲台。確かに厄介だと思った。でも、倒せないはずはないと信じるリオン。早速防具を身に着けようとした所をエフェメルに止められた。
「どこ行くのです?リオン君。」
「どこって、そのオヂオグレイザーっていうのを倒しに行くんです。」
少し噛んだ少年に思わず頬が火照るエフェメルだが、慌てる必要はないと伝える。
「オディオグレイザーは出現した場所から1キロ以内しか移動しません。だからここまで攻めてくることはありませんですよ。
それより問題はその場所が私たちの通り道だという事です。どのようにして進むか考えないといけませんね~。」
早合点したリオンは少し顔を赤らめながら再び席に戻る。そんな少年を微笑ましく見ながら、サーシェスが問うた。
「遭わなくてすむ方法はあるの?」
「ええ。例えばここから北側を大きく迂回する方法です。アルディエル領ぎりぎりを南下する訳ですが、この道を進むとアルディエル軍と鉢合わせる可能性が高いです。
正直あの国とは関わらない方が良いと思います…。
もう一つはオディオグレイザーが出現するポイントを全速力で駆け抜ける方法ですね~。さっきも言いましたが1キロほどしか移動できないので、その間だけお馬さんに頑張ってもらう方法です。
だけど追いつかれる可能性と、あと一つは熱線を撃たれる可能性が十分にありますぅ。
最後に、誰かが退治してくれるのを待つって方法ですね~。」
一通りの説明の後、肩をすくめるエフェメル。
その様子と、さっきの説明を聞く限り、戦う必要が十分あると思えた。
「まぁ、今日から少なくても10日間は雨が止まないでしょ~。それが止んで1日は水が退くのを待ちましょ~。雨が止んで20日前後に後期の大雨が来るのがここの天候ですからぁ、もう少しここでゆっくり考えてからにしましょ~。」
そう言いながら立ち上がったエフェメルは、部屋を出ようとした。
「ちょっとエフィー、どこに行くの?」
「お腹が空いたので食事をお願いしてきますね~。食事を摂ったら少し眠りましょ~。
そうすればいい考えも浮かぶはずです~。」
そしてドアノブに手を掛ける。それをもう一度止めるサーシェス。
「エフィー、その格好のまま出るの?」
バスローブだけを纏った姿のエフィー。その格好で他人の前に行くのは裸で行くのと同じような気がするサーシェスだった。流石にエフィーも引き返す。そしてブーツを履くと、
「そうですね。裸足で行くのはイケませんね~。」
そう言って出て行きかけた。それを見てあわててサーシェスが叫んだ。
「服を着て行きなさい!服をっ。」
そう言われてリオンの上着を借りて出て行くエフェメルだった。
食事が部屋に届けられ、双子を起こして食事を摂る。それからそれぞれベッドに入る。
流石にエフェメルも疲れていたのか、素直に一人ベッドへ横になった。2つのベッドを引っ付けてサーシェスは双子と一緒に眠る。一つでも十分事足りる小柄な3人。二つだと流石に大きすぎるようだった。
そしてリオンも横になるのだが、いろいろ考えだしてなかなか眠れない。
今日、エフェメルに言われたことを思い出す。
『情報の持つ有用性』
今まではただおねぇちゃんに会いたい思いでドゥルークが言ってくれたポトラマの町を目指していた。
だけど、実際そこにはいなかった。
もしももっと早くそれを知っていたら今頃会えていたかもしれない。
それに、今回エフェメルがいたことでどれだけ旅が楽になった事か。
もし一人南へ向かっても、下手すれば巨人にやられていたかもしれない。
巨人は大きく、例えドラゴニクスと言う特別な存在の自分だったとしても、彼らの集団に出会えば死ぬこともある。それは師からも言われていた。
そして今回、自分だったらこの街に寄らずそのまま突っ切っていくはずだ。そしてたくさんの兵たちと同じく川に流されていた事だろう。
そうした情報を得ることがどれだけ大切な事かを感じさせられてしまった。
正直、自分は多少の無理を承知で行動する。それは自分がそれに耐えられると思っているからだ。
だけど、あの雪の中では凍死しかけていた。長老たちには感謝しきれないものである。
そう考えたら、自分はもっといっぱい勉強しなくてはいけないと反省した。
師が旅立つ時に言っていた『知識だけでなく、見聞を広めろ』と言う言葉。
実際に見て、聞いて、触れることで得る情報は教えてもらうだけよりずっと役立つ。それが『知識』となるわけである。そしてもっといっぱい色んなことを体験したいと思った。
そしておねぇちゃんに会ったら、いっぱいそれをお話ししてあげよう。そしておねぇちゃんと一緒に旅をしたいと願いながら、ゆっくりと瞳を閉じて行ったのだった。
「リオンく~ん、起きてくださ~い。朝ですよぉ~。
起きないとその可愛いお口にキスしちゃいますよぉ~。良いんですかぁ~?いや、良いんですよね~。
待ってるんですよね~。
・・・でわっ! うっ!!何するんですか姉さん。」
「リオンを守ってあげないといけない気がしましたので。」
そんな賑やかな声を耳にしてようやく目を覚ますリオン。そして勢いよく上体を起こした。
「あ、兄ちゃ起きた起きた起きた。」
「ねぼーねぼーねぼー!」
隣のベッドの上でパァムとポォムが楽しげにはしゃいでいた。
「ああ、お早うございます。ごめんなさい。寝坊しちゃいましたね。」
リオンは後頭部を掻きながら言う。するとサーシェスが首を振った。
「いいえ。疲れているのですからそのまま寝ていても良いのですが、エフィーが食事だけは摂っておかないとと言うので。」
「そうですよ~。リオン君はまだまだ成長盛りなんですからぁ。
今まで無理しているのは分かっているのでぇ、この町にいる間はご飯をしっかり食べてきちんと体を休めて下さいね~。伸び盛りの時に無理をしては体が大きくなりませんからね~。」
そう言うと顔を近づけてくる。少し引きながらリオンが尋ねる。
「何ですか?エフェメルさん。」
「何ですかじゃありません!おはようのキスです。さァ、んっ!」
潤いある蒼い唇を突き出す。思わず照れるリオンの代わりに、サーシェスがその顔を手で覆ってしまった。
「も~、そうやって子供たちに悪影響を与えないでエフィー。」
見ればう~っと唇を寄せるパァムに対し、ポォムがサーシェスの真似をして、その顔を手で抑える。そして向かい合って笑いあうと、今度は役割を変えて同じことを繰り返していた。
流石にそれを見てエフェメルも苦笑いした。
「さて、それじゃあ食事にしましょ~。」
すでにテーブルに朝食が用意されていた。リオンがベッドを出ると、5人はテーブルを囲んで食事を始める。そしてパンを千切りながら、エフェメルが言った。
「食事が終わったらリオン君はゆっくり寝てて下さいね~。私は姉さんと少し出かけてきますぅ。」
「?どこに行くんですか?」
するとサーシェスが、パァムのパンを千切るのを手伝いながら応える。
「エフィーが少し日用品を見に行こうって誘ってくれたのです。本当はあまり出歩く訳にもいかないのですが、ヒトの少ない今なら、街に出てもばれないだろうって。正直興味もありますし、この子たちの着る物を用意してあげたいのです。」
言葉を引き継ぎエフェメルが言う。
「姉さんだって着替えは必要だと思うんです~。女性だったら色んな物が必要になってきますからぁ。
それらをできれば買っておきたいんですよぉ。」
そう言われて納得する。確かに服は必要になるだろう。
それにサーシェスは簡単な装備も必要になるかもしれない。幸い子供用の物であればサイズもある。そう考えた時、リオンは双子に目を向ける。
「パァムとポォムはどうするんですか?」
するとサーシェスが言う。
「二人はこの後おねむです。」
「「は~~~い。」」
二人が手をあげて返事する。
「この子たちはもうすぐ第一次成長期に入ります。そのため暫くは眠る時間が多くなってしまうのです。そして体内の霊力を安定させながら、第一次成長を終えて魔法を使えるようになるのです。」
「へぇ~!スゴイねパァム、ポォム。」
リオンの声に両手を上げる双子。そこでリオンはふと気づいた。
「ところで、2人ってずっとこの姿なんですか?」
正直可愛い姿だ。二頭身で円らな大きい瞳、ぷっくりしたほっぺた。それからどうすればサーシェスみたいな綺麗な姿になるのかと思う。
あの町のヒト達と比べても、この双子の頭は大き過ぎである。サーシェスと比べたら二回り大きい。
「それには長い年月がかかります。私たちコロプクルはエルフやダークエルフと同じくらい長い寿命があります。そして大体100歳くらいで体は大人の体に成長し、後は霊力の強さによって大きさが異なっていきます。」
それを聞いてリオンは気付いた。少なくともサーシェスは100歳を超えていると。
しかもエフェメルより年上という事は…。
そんなリオンの様子に、エフェメルがぴしゃりと叱る。
「リオン君!女性に年齢を聞くのはマナー違反だし、それを考えるのも失礼な事ですよぉ。」
エフェメルに言われて、慌てて顔を振るリオン。そんなリオンを笑顔で見るサーシェスは微笑みながら言う。
「この間がありましたからね。別にもぅ構いませんよ。私は643年を生きています。2人みたいに小さな体を経てこうなりました。ペルルークでは一番長く生きてましたたから。だから私が町の長をしていたのですよ。」
顔を背けるエフェメルを横目に、ごく普通に語ってくれた。しかし、その事実にリオンは驚きを隠せない。どう見てもヒトで言う20代後半の容姿をしたサーシェス。確かに小柄な体格はそうであるが、とても600年以上を生きているとは思えなかった。
「でも、リオンからすれば私はお婆ちゃんなんでしょうね。」
少し寂しげに笑って見せる。そんな笑顔にリオンは慌てて言葉を作った。
「えっ、え~と、サーシェスさんは綺麗なヒトだしお若いと思ってますから。」
「まぁ!ありがとうリオン。」
容姿を褒めて貰えて頬に手を当てて笑うサーシェス。そうした仕草もまた美しいと、頬を染めながらリオンは思った。そんな様子にむくれているのがエフェメルだ。
「む~。ズルいです~。カミングアウトしてもあんなこと言ってもらえるなんてぇ。私だってそれなりに生きてきましたけどぉ。」
その言葉にリオンはニコニコして言った。
「知ってます。エルフやダークエルフが長寿命だっていうのは師匠から聞いています。生まれて数年間は幼く、後はずっと姿を変えることなく生きるんですよね。」
それを聞いて項垂れるエフェメル。
「ううう~、確かに常識ですけど、歳の事を言われると凹んじゃいますぅ。私はリオン君が思っているほど年寄りじゃないですよ~。」
そう言って後ろに向き、背もたれに突っ伏したエフェメル。悲しげに泣いているようだ。そんな姿におろおろし出すリオン。サーシェスが言葉を繋ぐ。
「そうなんですよリオン。この子はエルフでは若い方ですよ。だって前世紀生まれなんですから。」
「前世紀って・・・。」
「うわぁあん。バレバレですよぉ~。」
少なくとも100歳以上という事になる。これはエルフ系としては非常に若い部類なのだが、ヒトの世界で長年いるエフェメルにとっては『年寄』と思ってしまうモノである。
「リオンが言ったとおりです。エルフは永遠と言う寿命を持っている。だからエフィーは…」
サーシェスの言葉をリオンが汲み取って言った。
「はい。エフェメルさんはとてもお若く、それでいてとても綺麗な方です。それに色々と頼れる素晴らしい方です。」
その言葉に騒いでいたエフェメルがぴたりと黙る。そしてゆっくりと体を戻すと、
「フッフッフ~。流石はリオン君ですね。ちゃんと私の事を分かってくれてます~。
これはもう、私への愛と思っていいですね♡」
そう言ってからリオンに抱きつこうとしたが、それより早くサーシェスがその腰ベルトを掴んだ。それによって動きは止められる。
「ほらエフィー。早く食べてしまって行きましょう。それにこの子たちの前では慎んでくださいね。」
円らな瞳が4つ、エフェメルを見つめていた。その様子を知って、エフェメルは居住まいを正して食事を再開したのだった。
街中を進むエフェメルとサーシェス。雨の中なので人通りは少なく、雨よけのコートがその姿を隠してくれる。普通なら出歩く事の無い時期だけに、水の精霊に頼んで薄い膜を張る二人は、雨に濡れることなく衣服店に訪れた。
この世界にも衣服文化はあり、基本は機能性を追求している。また、地域の気候に合わせたデザインが多い。ここモルタネントは寒い地域であり、今の様に雨期には雨による湿気が強い。そのため通気性の良いアンダーウェアと防寒性のあるアウターが多く見られる。サーシェス達は寒さは気にならないため、主に下着類と日常服を買いに来ていた。
レンガの建物が並ぶ中、扉の前に衣服を取り扱っていることを示す看板が付いた建物に入った。
中に入ってコートを脱ぐ。濡れてはいないが、店側にすれば品物が濡れる恐れを感じて良い顔をしないため、エフェメルの言葉に二人共がコートを脱いだ。
先にも述べたが、この町はアコースと言う人種が占めている。
寒さに強く、男性はどっしりした体格が多く、女性は基本白い肌が特徴だ。しかしコロプクルであるサーシェスの白さは更に白く、またこの地では珍しいダークエルフの存在に、年老いた女性店員は訝しげに見ていた。そんな視線を気にも留めず、エフェメルはサーシェスの手を引いて品定めを始める。
棚に並ぶ衣服の数々。全てが手作りでアコースの真面目な性格が現れた装飾が少なくも、実用性のある機能的な服が多い。エフェメルにすれば少々物足りなさを感じるが、初めて見る衣服の数々にサーシェスは目を白黒させていた。
「たくさんあるのね…。」
そう言うサーシェスの言葉に、エフェメルは店員の目を気にもせずに言う。
「そうでもないですよ~。やっぱり戦争中ですから品物は少ないですね~。他の町に行ったらまた違った衣装がありますしね。ん~、コレなんか姉さんに合いそうですよぉ。」
そう言って淡い水色のノースリーブワンピースをサーシェスに合わせる。清らかなイメージが白い肌とその性格にマッチしている。
「うん。やっぱりこれは似合うですよ~。
あっ、こっちのお揃いは双子ちゃんにぴったりですね~。
お、お、向こうは下着ですかぁ。う~ん、リオン君をドキドキさせるのがありますかねぇ~。」
戸惑うサーシェスをよそにはしゃぐエフェメル。
そして一時間ほどして服屋を出た二人。訝しげだった店員も、支払いが良かったために笑顔で送り出してくれた。
「さて、次は武具屋さんですね~。」
「ねぇエフィー、コイルは大丈夫なの?何だかいっぱい買ってるみたいだけど。」
一着でも5コイル位は掛かってしまう衣服をかなり購入した二人。支払いはエフェメルが済ませたが、そのためのコイルをサーシェスは心配した。
当然の事ながらサーシェスはこれまでコイルを使ったことも無く、勿論持っていない。以前ウインダ―マイルでのやり取りでコイルの存在に気付いたのだが、ここまでずっとエフェメルに支払いを任せているため、申し訳なく思った。
でも、エフェメルは笑顔で応える。
「心配いらないですよ~。それよりリオン君にお礼を言っておいて下さいね。この支払は全部リオン君が渡してくれたんですからぁ。」
「えっ?」
「いやぁ~、私も初めて見た時は流石に固まってしまいましたよ~。生まれて初めて白い金塊の詰まった袋なんか見ましたからぁ。」
ウインダーマイルを過ぎた後、リオンはかかった費用を払うと言った。別に構わないと言ったが、頑として言い切るリオンに根負けしたエフェメルが受け取ったのは、金塊で詰まった袋だった。それを目にして思考が止まったエフェメル。レッドドラゴンがくれたらしいが、その中で掛かった分だけを受け取って返した。
「これはきちんとリオン君が持ってて下さい。将来シーニャちゃんと暮らすことがあれば、二人で生活するために使って下さいね。」
そう言って返したが、この買い物に行く前にも1,000コイルを渡された。
サーシェス達の服を買ってあげる分と言ったので受け取ったが、一緒にエフェメルの分も構わないと言ったので、リオンからのプレゼントとして服を購入した。
「あんまり気にしちゃダメですよぉ。リオン君はペルルークの件を自分のせいだと思っています。
姉さんからすればそれこそ気にしないでほしいと思うでしょうがぁ、この支払もリオン君からしたら気にしないでほしいと言うでしょ~。
だから、これは彼の好意と思って素直に受け取ってあげてくださいね~。」
エフェメルの言うとおり、町の事は自分たちの存在故に起きた事件であり、逆に言えばリオンがいたからこそ助かったともいえる。それなのに、こんな買い物までさせてくれて、サーシェスは言葉を失う。
「こんな善意を受けると、何とも苦しい思いがあります。でも、それを貴女はいけないと言ってるんですね。」
「いけないと言いますか…ん~、難しいですね。でも、感謝は良いと思いますよ。やっぱり困ったときに助け合うのは、ヒトの世界では当たり前です。
今は姉さんたちが困っている時なんですから、いずれリオン君が困ったときは、姉さんたちが彼を助けてあげれば良いんです。だから今はありがとうって気持ちが大切なんじゃないですかぁ?」
ヒトの世界で過ごしてきたエフェメルだけに、人種間の違いやそれぞれの誇りというモノも分かっている。だけど、彼女は経験してきた中で何が大切なのかを理解している。だからサーシェスはその言葉に納得した。
「分かったわ。私たちコロプクルは未来永劫、リオンの良き友人として生きるようにします。」
その言葉にエフェメルはにっこりと笑い、再びサーシェスの手を取って、雨の中を歩き始めたのだった。




