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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
12/93

魔獣襲来 

 ペルル―クの町にリオンがやって来て3日が過ぎた。

 ようやく魔獣の気配が感じられなくなったので、予定通り吹雪が弱まってきたのだった。

「もうすぐ吹雪が収まることでしょう。リオン、気をつけて下さいね。」

 サーシェスが告げる。その言葉にリオンは礼を交えて答えた。

「はい。この3日間ありがとうございました。おかげで楽しい時間が過ごせました。」

 吹雪の中、リオンはペルルークの人たちに気に入られ、昼間は町の手伝いに勤しみ、夕方からは連日宴を催してくれた。コロプクルの食事は幼いリオンの口に合っており、パァムとポォムはずっとリオンに付きっきりだった。

 すっかり仲良くなった二人。だからこそ、別れの時は辛くなってしまうのである。

「行っちゃうの?ねぇねぇねぇ、行っちゃうの?」

「ヤダヤダヤダ、兄ちゃ、一緒一緒一緒~。」

 二人が円な瞳に涙を貯めていう。その姿が本当に堪らないが、そこは心を鬼にする必要があった。

「うん。でもまた来るから。それまで元気でいてよ。ね。」

 ようやく他の町人に抱かれてリオンから離れる双子。リオンは名残を感じながら身支度を整えた。

 そして数分後、吹雪が止んで階段への扉にみんなが見送りに来てくれた。

「それじゃ、お世話になりました。必ずまた来ますから、皆さんお元気で。」

 そう言うと、小さな友人たちは一斉に手を振ってくれた。

「どうかリオン。無難な旅路を。きっとお姉さんに会えるはずだから希望を持って。」

 サーシェスが言う。それから皆が別れを述べた。双子に至っては泣きながらも、

「「兄ちゃー、ばいばいば~い。」」

と揃って挨拶してくれた。そしてリオンは階段を上って再び南へと歩き出した。


「行ってしまいましたね。」

 リオンが海に挟まれた道まで行ってしまったのを見送った後、町守人であるイップスが言う。それに名残を感じながらも、サーシェスは笑顔を見せた。

「そうね。でも、また来てくれると行ってくれたんだから、今度はシーニャも一緒だといいわね。」

 そんなことを言っていたみんなに、上空から巨大な魔が迫っていた。


 それをリオンが感じた時には、既に事態が起こった後だった。去ったはずの魔獣。その確認もしていたはずだが、ペルルークの真上から降ってきたのは巨大な獅子の姿だった。

 高さ4メートルほどで大きな鷲の翼を持ち、尾は太くて無数の棘が付いている。鬣は赤く、その一本ずつが紅いヘビで大きな獅子の顔は醜くただれている。その姿にリオンはドゥルークから教えてもらった名を思い出す。

『モルティメント』…見ての通り巨大な獅子の姿で、大鷲の翼はその巨体を大空へ誘う。鋭い爪と、無数の棘が付いた尻尾による攻撃がメインだが、その最大の特徴は「生物」ではないと言う事。

 見ての通り、その醜くただれた獅子の顔は死んだことを意味している。元は別の生き物だったのだろう。それが無念の中で命を落とした生物。

 だが、生に対する執着と、自分を殺した者への憎しみがその姿を形作っており、その活動源は『魔力』である。そして奴は自分の口はおろか、鬣の赤いヘビたちによって生者の精気や霊力を奪い、自らを復活させようとしているのである。

 そう考えれば、霊力の強いコロプクルは恰好の獲物である。しかも、すでに死んだモルティメントに冷気は関係ない。

 リオンはその場で鎧を付け、直ちにペルルークへと走り出した。


「みんな逃げなさい!」

 突然天井が崩れ、巨大な足が町を踏み潰した。平穏な空気は一変し、守り人たちが武器を持ちだす。その一方でサーシェスが町の住人を避難させていく。

 だが、逃げ出そうとした通路に棘の付いた尻尾が振り下ろされ、そこにいた町人達が潰されてしまった。そして立ち止まった彼らが上を見上げた時、無数の赤い蛇が大きな口を開けて降ってきた。

 悲鳴が上がる。

 そして蛇は彼らを丸呑みして戻っていく。


 その様子にサーシェスは固まってしまった。同族を殺され、怒りが湧いてくる。そして憎しみを抱いて頭上を見上げた。そこには幾つもの赤い蛇を纏うただれた獅子の顔があった。巨大で、自分たち全員を簡単に丸呑みするほどの巨体。サーシェスは額に汗を滲ませる。

 そんな彼女の目に、丸呑みした蛇たちの体が次第に光るのを目撃した。そして光は母体である獅子へと流れて行く。その輝きが霊力であり、仲間の生命力であることを察したサーシェスは目を見開き、己の持つ最大攻撃呪文を唱えた。

「ダイアモンドダスト」

 サーシェスが両手を広げて突き出すと、無数の氷の粒がモルティメントを襲う。その氷の粒は次第にその巨体を覆い、彫像のように白く固まらせた。

 それを見てサーシェスは仲間の安否を確認する。もうすでに半分以上の者がいなくなっており、皆が悲しみに暮れていた。

「クッ、こんな事って…。」

 ふと涙が浮かぶ。だが、そのまま耽る事は出来なかった。

 突如凍らせたはずのモルティメントの表面にひびが入り、そこから氷が弾け飛んだ。

「そんな!どうして?」

 サーシェスは知らない。この魔獣に冷気が効かない事を。

 そして動き出すモルティメントは、再び蛇を地面へ降らす。それによってまた10人の仲間が喰われた。

「いやっ、やめなさい!」

 叫び声の中、サーシェスは『アイスボール』の呪文を蛇に当てる。が表面に氷が付いただけで効果は見られない。それどころか蛇の目がサーシェスを捕えた。

 危険を察し逃げ出すが、巨大なヘビは大口を向けて飲み込もうとした。

「危ないっ!」

 そこをイップスが蛇の横から槍で突進した。その槍によって蛇は痛みを覚えて甲高い悲鳴をあげると身を反らす。

「イップス!」

「早くお逃げください長。」

 守り人の隊長である彼はまた来る蛇を槍で牽制する。

 だが、自分の体ほどもある無数のヘビを前にして、イップスの奮闘は空しいモノとなる。正面のヘビに集中してしまった彼は真上から来た蛇に飲み込まれてしまった。

「イップスーッ!」

 サーシェスが叫ぶ。だが、すでに蛇は次の獲物を見ていた。

 視線の先、そこには泣き叫ぶ幼い二つの姿があった。パァムとポォムの二人だ。

 お互い抱き合い、「ワンワン」と泣き叫んでいる。サーシェスは咄嗟にその二人を庇おうとした。でも、蛇の動きはそれより速い。

「嫌ぁっ、パァム、ポォームッ!」

 助けたいと思うその手の先を蛇が突っ込んだ。その勢いで衝撃が起こりサーシェスは地面に倒れてしまう。その衝撃で氷の地から煙が巻き起こり、煙る視界の中で蛇の巨体が地面に刺さっていた。

「あぁ…そんな…」

 助けなければならなかった幼い子供たち。それが出来なかった自分の非力さ。なぜこんなことに…。

 悲しみと憎しみが綯い交ぜになって、美しき町の長は動けなくなった。

(もう、ダメだ)

 そう諦めが生まれる。せっかく守り続けてきたコロプクルの仲間。今までは魔獣を遠ざけることが出来たのに、見た事も無い巨大な魔獣がどうして来たのか?

 咄嗟に招いたリオンを疑う。でも、彼は好意に値する立派な少年だ。そう、これは彼を招き入れた自分の過ちだと反省する。

「ごめんなさいリオン。皆もごめんなさい。非力な私を許して…。」

 そう涙声で呟いた時だ。耳に鳴き声が聞こえた。さっき助けようとした双子の泣き声。

 まさかと思い頭を上げる。

 すると、目の前に二人を抱きかかえる人影があった。光沢のあるクリーム色のレッグアーマー。そして細く長い脚にクリーム色のライトアーマーが続く。その肌の色は濃い青だ。二人を左手で抱え、右手は天に向けている。それはダークエルフだった。

「楽しみにして来てみれば、何ですかこれは姉さん!これがリオン君なんですか?全然可愛くなんかないですよーっ!!」

 そう叫びながらダークエルフは魔法を発動した。

「ランドゲイザー!」

 大地系の魔法で、大地を意図的に突き上げる魔法。それによって巨大なモルティメントの体が打ち上げられた。おかげで周囲にいた蛇たちも空へ巻き上げられる。だが、翼を持つモルティメントはそのまま空中で待機した。

「むぅー、落ちて来た所を切り刻んであげようと思ったのにぃ~。」

 次の魔法を用意していたダークエルフのエフェメル。そのまま再度魔力を込め、空へと発動させた。

「エアブレイド!」

 下から上へと右腕を振り上げる。そこから真空の刃が生まれ、一直線にモルティメントに向かう。それを躱す魔獣だが、真空の刃は翼に当たり、そこを真っ二つに斬り裂いた。そしてモルティメントは落下する。

「ほら姉さん、早く逃げましょう。」 

 右手でサーシェスの体を抱え上げ、エフェメルは大きく跳び上がった。そして割れた天井から地上へと脱出する。

 その合間にサーシェスは変わり果てた街の風貌を見てしまう。ずっと平和に過ごしてきた美しい町。すでに崩壊し、幾人もの仲間たちが倒れている。

 そんな様子に悲しみを覚える。が、エフェメルがそれを許さなかった。

「姉さん、この二人を頼みます。まさかこんなのがここに居るとは思っても見なかったですね~。」

 いつもの軽い口調も、何だか緊張を孕んでいた。それで双子を受け取りながら知っているのかを尋ねる。

「知ってるも何も、こいつは『モルティメント』って言って、私ら精霊系の天敵です。

 すでに死んだ存在で生命力を欲しているから、霊力の強いエルフや私たちダークエルフを狙ってくる災害級のモンスターですよ。もしかしたら、姉さんたちの霊力につられて来てしまったんじゃないですかね~?」

 それを聞いて唇を噛むサーシェス。今まで聞いた事も無いそんな魔物に改めて恐れと憎しみを抱いた。

「こんな事言うのもですけど、正直姉さんには相性最悪です。こいつは冷却系が全く効きませんから。」

 それでさっきのダイアモンドダストが効かなかったと理解できた。でも、どうするかはこれからだ。

 墜落してようやく体を起こした巨大なモルティメント。翼の辺りからは煙が上がっているが、既に死んでいるので血など出ない。痛みを感じない以上、攻撃が有効かどうかも分かったモノではなかった。

「私の術も基本は大地系。エアブレイドは単発なんで、正直厳しいですよ。」

 エフェメルの顔を見れば、余裕がないのは分かった。でも、彼女は私たちを逃そうとしてくれている。例えそれが犠牲になったとしても…。

「逃げましょうエフィー。何とか逃げられるだけみんなで逃げましょう。」

「無理です。全滅必然!だったら3人は先に逃げて下さい。上手いところで私も消えますから。」

 そう言う間にも、得物を見据えながら巨体が歩いてきた。

 胸にいるパァムとポォムは恐怖で震えながら、サーシェスにしがみつく。

 それを離すまいと震える手で抱きかかえるサーシェス。

 そんな3人を何とか助けたいエフェメルはあらゆる手段を考える。

「炎系なら簡単なのに。」

 すでに死んだモノであるだけに、その体を燃やしてしまうのが一番効果があり、手っ取り早い方法だ。

 だけどここは火とは無縁のコロポクルの町。無いものねだりが敵わぬ中で、どうすれば良いかと選択肢を探る。だが、すでに迫る魔物を前に時間はなかった。


 その時だった。

 激しいまでの咆哮が聞こえた。モルティメントはおろか、4人の瞳もその方向へ注がれた。

 その先に蒼銀の光が物凄いスピードで飛来してきた。


 ペルル―クに巨大な魔物が着地した時に、時間は戻る。

「ウォオオオオオオーっ!」

 リオンはすでに叫んでいた。鎧を纏い、駆けながら町の様子を探る。

 何とか無事でいてほしい。

 そう願っていた。だけどすでに氷の天井は破られていた。そして鬣が光を吸い込んでいく。そのまま何度も鬣が地面へ降り注ぐ。

 やがて巨体は空へと吹き飛ばされた。そして翼を斬られて墜落。

(まだ誰かいる)

 その希望を感じて走り続ける。もうかなり離れてしまっていたため、まだ直ぐには駆けつけられないと思った。そのうちに再び立ち上がった魔獣とその目の前にヒトの姿を捉えた。

 一人のダークエルフと、自分を慕ってくれた双子を抱き締める優しく美しい女性。その3人が汚れ、震えているのが分かった。後のヒトは見えない。あの女性が、町のヒトを見捨てるわけがない。という事は…。

 そう思った瞬間、自分の中の怒りが己の力を解放させた。

 蒼銀に輝く身体全体を覆う鎧。

 目は黄金に輝き、傷が紅く光る。

 そして背の翼がその体を浮かせ、突撃状態でリオンはモルティメントへ突っ込んだ。


 激しい激突音。同時にリオンの体が魔獣の体を押し退けると、その勢いのまま突き抜けた。身体に穴が開いたことで哭くモルティメント。

 そこに再びリオンは空中で翻って突貫する。3回、4回、5回と繰り返し、7回目で下から潜ったリオンは巨体をランスで突き刺したまま空に持ち上げた。

 すでになす術なく体中を穴だらけにしたモルティメントが断末魔の叫びをあげる。それと共にリオンが叫んだ。

「消え失せろっ!!」

 凄まじいまでの爆発が魔獣の体内から起こった。それは分子レベルでの破壊を行い、魔獣の体は霧となる間もなく、この世界から存在しなくなった。


 モルティメントが消え、リオンが地上に降りてきた。同時に身体の光は消え、リオンから発せられた威圧感は無くなっていた。そして彼はゆっくりと4人の方へと歩いてくる。

 その姿にエフェメルは震えていた。さっき感じた姿は正にレッドドラゴンだ。

 海を行く時、島の近くを通ると必ず感じる圧倒的な気配。さっきは彼からはっきりとその力を感じることが出来ていた。

(この子が…?!)

 もう気配が無くなっても、やはり体が震えを覚えている。どうすべきかと考えているうちに、サーシェスがその名を呼んだ。

「リオン。」

 その声に少年は立ち止まる。10メートルほど先で立ち止まった少年は、ランスと盾を地面に置き、頭を覆うヘルメットを外した。

 するとそこに涙を流す少年の顔が出てきた。似合わぬほどに残酷に刻まれた裂傷痕が目を惹く。そんな彼が膝をつき、頭を下げた。

「ごめんなさいサーシェスさん。僕のせいで・・・、僕がもっと早く来れてたらイップスさんたちを…ううっ。」

 そう言う彼の足下に滴が落ちる。するとサーシェスはゆっくりとリオンの所に歩いて行った。そして俯く彼の前に膝を折り、優しい口調で囁く。

「そんなことないわよ。ありがとうリオン。こうして助けに来てくれたおかげで、私もこの二人も助かることが出来ました。こうなってしまったのは、私の力が足りなかったことが原因なのです。決して貴方は悪くなどありません。」

「でも、僕みたいな変な奴を招き入れたから、解かなくていい吹雪を止めちゃったから…。」

「それこそ誤解ですよ。私の吹雪は、あの魔物には効きませんでした。イップスたちもそれは分かってくれています。逆に、私たちを救ってくれたことを喜んでくれているはずです。」

「でも、でも・・・。」

 ついさっきまで優しく接してくれた人たちを突然亡くし、リオンはそれが自分のせいだと思ってしまった。まだ幼く、経験の乏しいリオンだけに、特異な自分の事をそう感じずにはいられなかった。そんな彼に、小さな手が置かれた。

「兄ちゃ。来てくれた。ありがとありがとありがと。」

 リオンの頭を撫でながらパァムが言う。

「兄ちゃ強い強い強い。凄い凄い凄い。」

 興奮した様子のポォム。そんな二人の温かさがリオンを慰めた。

「…ありがとう。二人とも。ありがとうございます、サーシェスさん。」

「それはこっちのセリフよ。ありがとう。リオン。」

 感動に震えるヒトの子とコロプクルの3人。何とか危機が去ったことで、互いに哀しみを慰め合う。

 そんな雰囲気の後ろで、違う空気を醸し出す存在がいた。

 ツンツンとサーシェスの背中を人差し指で突く。それに気づいて振り返ると、高い位置からエフェメルが覗き込んでいた。その顔はニヘラと笑っているようで、視線は自分を通り越してリオンの方に向けられている。

「どうしたの?エフィー。」

 せっかくの感動を潰しそうな親友の姿に、サーシェスはわざとらしく聞く。

「姉さん、感動のシーンですけど~、私も駆けつけたんですから~。

 それに~、紹介もして欲しいですしぃ~ウフフ❤」

 そう言われてサーシェスは仕方なく立ち上がる。

 本当は嫌な予感がするのだが、助けに駆けつけてくれたのは事実。それを無碍にする訳にはいかなかった。

「ありがとうねエフィー。…リオン、紹介するわ。

 私の友達のエフェメル。私はエフィーって呼んでるわ。見ての通りダークエルフよ。」

 そう言われてようやく体を起こすリオン。自分より少し高い身長の女性を見上げ、一度顔を掌で拭いた。足元では双子がそれぞれリオンの足を掴んでいた。

「すみません、カッコ悪い姿見せて。それと初めまして。リオンと言います。」

 リオンの瞳はまだ少し涙を滲ませていたが、右手を差し出し握手を求めた。が、その女性は手を後ろに組んだままこっちをじっと見ているだけだ。

(どうしたのかな?)

 そう思うが、初めて見るダークエルフは何とも言い難かった。

 蒼い肌でパールホワイトの髪を後ろに流した姿は美しい。スタイルが良く、体を覆うクリーム色の鎧は何故か露出部分が多い。何より、その細い顔はまるで作り物の様に美しく思った。

「エフィー?何してるのよ。ちゃんとリオンに挨拶を返さないといけないでしょ。」

 流石にサーシェスが叱る。するとエフェメルはようやく手を差し出す。当然握手と思ったリオンだが、手でなく手首を握られ、次の瞬間には引き寄せられて抱きしめられた。

「きゃぁあーんもぅ。私の好みだわ。っていうか、もうど真ん中のストライク~。

 イやぁ~ん、私ったらもうアウトよア・ウ・ト。よろしくねリオン君❤」

 そう言って胸元でぎゅーと抱き締める。おかげで鎧の胸部がリオンの頬に当たって痛い。

「イタッ。痛いです痛いですよエフェメルさん?!」

「あ、鎧が当たって痛かったよね。ゴメンなさ~い。そ・れ・な・ら♪」

 そう言うとリオンを開放するや否や、自分の胸元の鎧だけをパカッと外し、豊満な胸を惜しげもなく晒したエフェメル。その行動にリオンは真っ赤な顔で体を硬直させ、サーシェスは唖然とした。

「これでもうだいじょうぶ~。でわっ!」

 勢いよくリオンを再び胸に沈めた。蒼い柔らかな胸がリオンの顔を埋めて行く。

「フガァー、ファフェベグガガビー!」(うわぁー、やめて下さい―!)

 肉圧に口が塞がれ、言葉にならないリオン。

 そんな少年を抱き締めご満悦のエフェメル。

 その目の前で、サーシェスは暫くの間、ポカンと口を開けたまま動けなくなっていた。


 暫くして復活したサーシェスによって引き剥がされたエフィー。

 サーシェスの後ろで子羊のように震えるリオンと、正座して(させられて)胸のアーマーを付け直すエフェメル。

 その中間で腕組みしたサーシェスが仁王立ちで親友を見据える。因みに正座したエフェメルと仁王立ちしたサーシェスは同じ目線なのは仕方ないし、そんなサーシェスに隠れるリオンもまた膝をついているのも滑稽ではあるのだが。

「ごめんなさい。も~、期待はしてたけど、まさかこんなに可愛いとは思ってなかったもので…。しかもさっきの泣いてるとこなんか見ちゃうと、思わずギュッとしたくなっちゃうじゃないですか~!」

 余り反省しているように見えないダークエルフ。同じ精霊系の彼女とはそれなりの付き合いになるが、こういう時のエフェメルには未だ慣れないサーシェスだった。

「エフィ~ィ!」

「ハイごめんなさいです姉さん。」

 背筋を伸ばすエフェメル。

「もう・・・、でも本当に助かったのは事実ね。そのことには感謝してるわエフィー。貴女のおかげで双子も助かったんだし…って二人ともやめなさい。」

 さっきのリオンとエフェメルと見て、パァムがポォムの頭を持って胸元に擦り付ける遊びをする二人。終いにはその時のリオンの言葉が楽しかったのか、ポォムが

「フギャフギャフギャー。」

 と言って笑う始末。流石にそれを見てエフェメルもTPOに気を付けようと思った。


「それで、エフィーはどうしてここに来たの?」

 精霊での通信では依頼していなかったはずだ。それとも何か気になったからだろうかと案じる。

 それに対してエフェメルの答えは、

「そんなのモチロン、リオン君に会いたかったからですよ~。」 

 あっけらかんとそう言ってリオンにパチンと音が鳴りそうな勢いでウインクするエフェメル。

 それを見てパァムもウインクしようと、出来ないために右目辺りをヒクヒクさせた。

「だからやめなさいって言ってるでしょ。…ホントに、貴女も偉い立場なんだからそんな簡単に、」

「メリサには許可貰ってますよ~。何せあの子の弟なんですから~。」

 その言葉にリオンが食いついた。

「えっ?それってまさか!」

「そうですよリオン君。シーニャちゃんについては、私が情報をあげたんです。何より、貴方と別れた彼女を最初に引き取ったのは私なんですから~。」

 驚きのリオンが見つめる。そして真意を確かめようとサーシェスに向くと、美しい女性は仕方なさそうに答える。

「その通りみたいです。もう言ってしまいますが、彼女はこの世界の情報などを取り扱う隠密ギルドのサブリーダーなのです。」

 あんぐりとするリオン。するとエフェメルがにっこり笑った。

「ウフフ~。それじゃあ改めて自己紹介しますね。

 私はエフェメル・ノスティーヌ。見ての通りダークエルフで、隠密ギルドのサブリーダーです。

 数年前、貴方の大事なシーニャお姉ちゃんはポトラマっていう町で奴隷にされそうになってたの。それを私が見つけて救い出したのです。

 それから暫くはウチで働いてたんですけど、今は自分の道を見つけて、イデアメルカートゥンって街にいますよ。」

 得意げに胸を張って語るエフェメル。しかし、リオン自身は姉の事にしか興味を示さない。

「自分の道?」

「ええ、そう 。…それはまたお話ししてあげるとして、姉さん。」

 急に真剣な顔で呼ぶエフェメルに、サーシェスは応じる。

「どうしたの?」

「それよりこれからどうするの?もうここは住めないと思うんですけど。」

 エフェメルの言葉の通りだった。魔獣モルティメントの厄介な所はその存在自体にある。死した存在が触れたことで、街の各所が『瘴気』に充てられていた。


 瘴気とは邪なる気であり、具現化した悪しき存在で、それに侵された大地や水は腐り、そこから徐々に広まって行ってしまう。祓う事は可能だが、それでも元の形に戻るには長い年月が必要とされている。

「・・・そうね。住民達は弔ってあげられるけど、町はもうどうにも戻せないわね。」

 しみじみと言う。それまで慣れ親しんだ土地。そこが汚されてしまった今、自分もそうだが、幼い双子をどう育てていくかも悩みどころだった。

 「どこかないんですか?コロプクルの町って。」

 リオンの問いにサーシェスは首を振る。

「ここだけなのよ。私たちはここだけを昔から守り続けてきた。でも、まさかこんなことになるなんてね・・・。」

 言葉は続かない。相当なショックがサーシェスを襲っていた。

 正直、これからどうするかなど分からない。このまま別の場所に行って生活できる自信も無かった。

 でもここに留まっても魔獣の餌食になるか、氷と化す以外に方法は無い。自分はともかく、まだ生まれて幼い双子は何とか生きてほしいと願っている。

 そんな定まらない頭の中に、親友の提案が響いた。

「それならぁ~、南に行くのはどうですか~?」

 エフェメルの声に二人が振り返る。

「南ってどこがあるの?こんなヒトばかりの大陸じゃ、奴隷にされるのがオチじゃない。」

 サーシェスの言うとおりである。ヒトの権力争いが酷いこの大陸では、希少価値のあるコロプクルなど、奴隷にされてしまうのが目に見えている。

「違います。南は南でも、南の大陸ですよぉ。あっちには色んな種族のヒトが仲良く平和に暮らしてる町があるんです。そこに行くのはどうかなぁ~って思うんですけど?」

 その話についてはリオンは全く知らなかった。


 南の大陸『ナハトイデアール大陸』はこのオルハノコス大陸の丁度南に位置する大陸。ドゥルークから聞いている話では、そのほとんどを『スターライト皇家』が支配しているヒトの大陸。西側にダークエルフなどが住んでいるとだけ聞いているが、混成種族の町は聞いたことが無かった。


「本当にあるの?そんな街が…。」

「本当です。こんな時に嘘なんかつけませんよ。私の郷の近くに、色んな人種が垣根無しに助け合って生きてる町があるんですよぉ。そこまでなら私もお供しますね。」

 正直かなり遠いし、受け入れてくれるかは謎である。しかし、このまま育ったこの地に執着しても、決して前途は明るくない。だったら、その希望に乗った方が良いと思ったサーシェスは双子たちに向いてしゃがんだ。

「パァム、ポォム、二人ともお話ししましょう。」

「「は~~~い。」」

 楽しそうに寄って行く二人。そんな二人の頭撫でながら、サーシェスは言う。

「これから、私たちは旅をします。もうこの町にいる事は出来なくなってしまいました。だから新しく住む所を探しに旅に行きます。良いですか?」

 「???もう帰ってこないの???」

 パァムの質問に頷く。

「ええ。何百年かすれば、戻ることもあるかもしれません。でも、今はもうここに居ると私たちは死んでしまいます。」

「死ぬのヤダヤダヤダ。」

 ポォムが怯えながら言う。

「そうですね。それでここからは私とずっと一緒に付いて来て貰います。エフィーも付いて来てくれるので、何とかなるでしょう。それまでは言う事を聞いて、お利口さんにしてて下さいね。」

 そう言うと頷く双子。そしてパァムがサーシェスの袖を摘まむ。どうしたのかと尋ねると、パァムがリオンを指差した。

「兄ちゃはいっしょ~?」

 そう言われてそちらに目を向ける。せっかく分かった姉の居場所。今すぐにでも走って行きたいでしょう。だからそれは叶わない事。確かにこの二人は彼に懐いているが、何時までも甘える訳にはいかないと思った。

 だが、そこにエフェメルが入る。

「もちろんよぉ~。リオン君はきちんと連れて行ってくれるわよ。」

「「やったぁやったぁやったったぁー。」」

 二人して万歳をする。

 そんな二人を見て喜ぶエフェメルにサーシェスが振り返って見上げる。

「な、何を勝手な事言ってるの?せっかくリオンはお姉さんの居場所が分かったんだから、行かせてあげなきゃ。」

 そう言った傍で、リオンが承諾した。

「良いですよ。一緒に行きますから。」

 視線を向ける。するとリオンは鎧を外して荷物袋に詰め込んでいた。」

「そんなっリオン、折角わかったのに…。」

「いえ。行き先が分かったなら後はそこに行けばいいだけ。それよりもサーシェスさんたちが無事に居場所を見つける事が大切でしょ。そうしないと僕も気になって仕方ないもん。」

 そう言ってのけると、双子をそれぞれ抱き上げた。二人はリオンの両肩に座り、楽しそうにしている。

「ほら、姉さん。気にしなくていいんです。何せ私たちはリオン君が目指すイデアメルカートゥンから船で行くんですから~。」

 そう言われてなるほどと思った。だったらもうお願いするしかない。何せこれだけ頼りになる戦士はいないのだから。

「それではリオン。お手間をかけてしまいますが、よろしくお願いします。」

 低頭するサーシェス。だからリオンはにっこり笑って返した。

「分かりました。それより長旅になるから頑張っていきましょう。」

 その言葉に笑顔で応えるサーシェス。それから一先ず町のヒト達を弔う準備に入った。

 そんな横で、ダークエルフは不敵に微笑んだ。

(ふふふ、計画通りです)


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