北の国のコロプクル
「おい、誰か倒れているぞ!」
雪中を雪中装備を付けて走る3頭の騎馬。その背には防寒具を着込んだ兵士たちがたいまつを掲げて乗っている。そのうちの先頭を走っていた兵士が叫んだ。
そのたいまつの灯りに、雪に覆われた道の真ん中で反射する光を発見したからだ。
慌てながらも、十分な注意を払う兵士たち。彼らはこの近辺を警備巡回する『バトリスク王国』の兵士だ。たまにこうした遭難者を見かけることもあるが、中にはゴブリンが倒れたフリをしつつ、近づいた兵士を狙っている場合がある。
ちょうどいま倒れているのはゴブリンに近い背格好だったため、緊張が高まる。
10歩ほど離れた位置で馬から降り、剣に手を掛けながら進む。が、その顔が幼い子供だと判明した瞬間、後続へ緊急を要した。
「おい、子供だ!低体温症のようだ。」
そうして兵士たちはリオンの体を、救難用の毛皮でくるむ。
「近くに集落があったな。そこまで運ぼう。」
そう言って兵士はリオンを背負い、ロープでリオンが落ちないように縛って馬に乗る。
その間に2人はリオンの荷物を運ぼうとするが…、
「な、なんだこれ!重い…。」
リオンでなければ持てないほどの装備ゆえに、彼のかばんは持ち上がらなかった。
「一先ず彼を集落に運ぼう。荷物はここに目印を立てて放置しておくしかないな。」
そして3頭の騎馬は荷物の周辺にマーキングを施し、急いで集落へと向かったのだった。
こうしてリオンが目を覚ました時は温かな布団の中にいた。
幸いにも体温の低下以外の症状はなく、逆に集落のヒト達はリオンの顔の傷に青ざめたほどだった。
そこでようやく病気について知ったリオンは、人々の看護によって次第に回復していった。
この集落は僅か50人ほどの小さな集落だが、心優しいヒト達ばかりだった。
ここでリオンは数日を過ごし、荷物を取りに行くのと一緒に、近くの凶暴な動物やゴブリンなどの討伐も行いながら集落の人々との仲を深めたのだった。
やがて、しっかり身体の治療を終えたリオンは再び旅に出ることにした。
「本当にお世話になりました。」
すっかり元気になったリオン。そんな彼を見送りに、集落のヒト達が入口まで見送りに来てくれた。
「本当に来た時はビックリだったわよ。もう冬の時期に旅をしちゃダメよ。」
女性がリオンのおでこを指で突いた。丁度お腹が膨らみかけた若いお母さん。身重ながらにリオンの面倒を見てくれた女性だ。
「うん。お姉さんも元気な赤ちゃんを産んでね。」
笑顔で答えたリオン。そんな彼の下に年下の男の子と女の子2人が寄ってきた。
「ねぇ、リオン兄ちゃん行っちゃうの?」
何かとまとわりつくお下げの女の子『ミキ』だ。いつも小さなお人形を抱いていて、大人しいけど、リオンに一番懐いた女の子だ。
その横にいるショートカットの女の子は『マキ』。ミキの姉で、活発な少女。顔に傷を持つリオンを最初は悪人だと決めつけてきた彼女も、今は友達である。
そんな二人と一緒に来たのが男の子の『ボーア』。体が大きくて力もあるが、至って大人しい性格だ。そんな3人は、年が近いために次第に仲良くなっていった。
「うん。色々ありがとうねミキ。きちんとお父さんたちのお手伝いするんだよ。」
小さな子の頭を撫でながらリオンは言った。その言葉に涙ぐみながらミキは頷く。
「マキもしっかりお姉ちゃんしてあげてね。直に仲間が出来るんだから。」
「分かってるよぉ。…それよりまた来なよ、リオン兄ィ。」
「うん。また来るよ。」
そして最後にボーアに目を向ける。
「ボーア。二人をちゃんと守って、立派な狩人になりなよ。」
「うん兄ちゃん。」
三人とそうやって挨拶を交わすと、最後に全体に向かって一礼した。
「それじゃあ、本当にありがとうございました。この恩、忘れません。」
「ああ、無事にお姉ちゃんと会えることを祈ってるよ。気を付けてな。」
長老の言葉を皮切りに、皆が思い思いの言葉を伝え、そして旅立つ。向かうは西のポトラマ。
しかし、リオンは北へと向かった。世話になった長老から、お願いをされたからだ。
内容は今預かっている荷袋を北の町へ届けること。天候が良ければ3日で着く最北の町『ペルルーク』。そこへ毎年乾燥パンを届けているらしい。今回もそうしようとしたが、リオンが世話になった礼として行く事になった。元々見聞を広める目的もあるため、リオンは一路北へと向かった。
「そう言えば、小人の町って言ってたな。」
そう呟くリオン。すでに知識はレッドドラゴンから得ているが、向かう町にしかいない種族がいるらしい。草原に住む『ホビット族』と同じ小人系の人種『コロプクル』。寒い中で生活する彼らは霊的な力が強い。それは魔力と違う目に見えない力らしいが、彼らにしか使えない能力があるとのことだ。
「せっかくだから、見せてもらえたらいいけどな。」
そう無邪気に呟きながら、リオンは大きな荷物を背負いながら北へと向かって行った。
リオンが向かう間、天候はよく晴れ渡っていた。だが、まだ雪が残る北の地域は寒く、途中で焚き火を炊いては温まりながら進んだ。夜は一段と冷え込むため、事前に長老から教わっていた洞穴を使って夜を過ごす。
もう暖かい気候というのに道は未だに寒く、リオンは途中で会った狩人から毛皮を譲ってもらって、それを頭から羽織っている。なかなかの温さに満足しているが、やっぱり雪のある地面は底冷えしてきてしまう。そのせいで1日遅くなったが、ようやく海に挟まれた氷の道を通ってペルルークのある小島に着いた。
「寒いなぁ~。」
少し感覚がおかしくなってきたため、焚き火をしてブーツを乾かす。その間に足の指を火に当てた。
「ふわ~、気持ちいい~。」
思いの他心地よい感覚にずっとそうしていたくなるが、ブーツも乾いたところで出発する。
あまりに寒い場所だった。空気は冷たいがカラッとしており、辺りの木は針葉樹が多い。東西に大きな山があるため、日光が少ないのが原因だろう。そしてようやく人工的な丸い建造物を発見することができた。長老から聞いていた通りの形なので、ようやく着いたという安心感を得たリオンは、急ぎ足でその建造物へと駆けて行った。
「こんにちは~。」
建造物は白く、なんだか雪を固めたような造りだ。大きさもリオンとそれほど変わらない大きさで、一箇所だけ1メートルほどの小さな扉が付いていた。そこに向かってリオンが挨拶する。でも返答はない。
それで扉をノックする。冷たい扉は、一瞬で触れたグローブの部分を凍らせてしまった。これ以上は無理かと思い、もう一度声を大きく出した。
「こんにちは~。南の集落から荷物を持ってきました~。」
そう言うと、途端に周囲に人の気配が漂った。辺りを見回すと、雪をかき集めて山の様に盛っている物があちらこちらにあり、その後ろからこちらを伺う視線があった。
ようやくヒトに会えたと思い振り返ると、その目はスッと隠れてしまう。決して山は高い訳でないため、数歩進んで上から覗き込んだが、そこには誰もいないし、何も無かった。
「おっかしいなぁ~?」
辺りを見回す。するとまた後ろの樹木の陰から視線を感じた。そして振り返るとまた視線は隠れてしまう。そんなに太くないため隠れることなど無理だと思うが、念のために木の裏を確認する。案の定そこには誰もいなかった。
何かに化かされた様な思いの中、また後方から視線を感じる。そこでリオン閃くと、振り向かずに背中の荷物を下した。そしてそのまま荷物を覗き込んだ。
「あ~あ、せっかく持ってきたのに誰もいないのかぁ。だったら僕が食べちゃおう。」
そう言って携帯用の乾燥パンを齧りだした。例え何であろうと預かったモノを勝手に開ける訳にはいかない。だから代用として自分の乾燥パンを齧っているのだが、その行動は効果てきめんだった。
「だめだめだめ~。」
「それぼくらのぼくらのぼくらの~。」
愛らしい二つの声が聞こえた。視線を向けると30センチほどの小さなヒトが二人、トテトテと駆けてきた。厚めの防寒着を来て、大きめの顔に小さな手足。何より円らな瞳が印象的な可愛らしい男女だった。ヒトと判断しているが、その姿は頭が大きく、胴や手足が小さい。まるでぬいぐるみのようである。
リオンは振り返るとにこっと笑った。
「見つけた。」
そう言うと二人は立ち止まり、男の子は苦そうな顔、女の子は両手を口に当てて驚いた顔をした。
「心配しないで。荷物はこっちだよ。」
そう言って預かってきた大きな荷袋を二人の前に置いた。二人とも荷物とリオンを交互に見ているだけだ。
「僕はリオン。南の集落の長老さんに助けて貰った恩返しで運んできたんだ。君たちはこの町の人かい?」
その問いかけに二人はお互いを見つめ合って首を捻る。どうやらあまり分かっていないようだ。さてどう説明したらと思っていると、さっきの建造物の方から声がした。
「パァム、ポォム、ちゃんと連絡しなきゃダメじゃないか。」
見れば、先ほどの建造物の扉が開いており、そこに数名の小人たちがこちらを見ていた。体長は1メートルほど。そこにいる二人と同じ防寒着を身に着けており、こちらは普通にヒトが小型化した姿だ。その先頭に立つ男性風の小人がリオンにお辞儀する。
「先ほどの声で確認しました。遠く寒い中をご苦労様です。さ、こちらへどうぞ。」
そう言って中に招こうとする。その内後ろにいた男風の小人たちがリオンが預かった荷物を皆で担ぎ上げる。
「にいちゃんありがとよぉ。」
そんなことを言いながら連中は建造物の中へと入って行った。呆気にとられながら建造物へと進む。だけど、建造物はリオンと同じ高さしかなく、扉はさらに低い。すると、
「少し待ってください。今、通れるようにしますから。」
そう言って男が扉に掌を向けた。そして何かを念じると建造物が大きくなった。高さで言うと180センチくらいで、扉は160センチくらいまで広がった。
「さぁどうぞ。中で少しお休みください。パァム、ポォム、お前たちも来なさい。」
そう言われてさっきの小さい男女がトテトテと中に入って行った。それを見送ってリオンも中へと入って行った。
建造物の中に入ると、そこからすぐ下へ向かう階段だった。たいまつの掲げられた階段を降りると、再び両開きの扉があり、開いているそこをくぐるとまるで地上のような明るさに目を奪われる。
そして目が慣れて見回すと、とても広い空間が広がっていた。天井までが3メートルくらい。幅に至っては1キロほどはあると思う。奥はよく分からないが、幾つもの建物が並んでいた。
「地下にこんな大きな空間が!」
ふと呟くリオン。それより驚きなのは天井だった。確か上は地面であり、その上を雪が覆っているはずなのである。でも、そこから見上げる先は青空なのだ。しかも地上は山の日陰になっていたのに、ここはその日影がない。気温も温かい位だ。そう思っていると、前を行く男が防寒具を脱いだ。その下には変わった服を来ていて、リオンに防寒具を脱ぐよう勧めてくれた。でも、大きな荷物を持つリオンは一先ずそのまま移動することにした。
やがて中央に大きな木の幹があった。針葉樹ではなく、ふさふさと緑の覆う大きな樹。それは天を貫き、晴天下に一本だけ存在感を示している。
その樹の下で先ほど持ってきた荷物が置かれており、その先に美しい女性の姿があった。サラッとした銀色の長い髪に色白な肌のスラッとした体型。その横にはそれぞれに若い少女の姿があった。何にせよ、皆小人なのでリオンより小さい。
そしてリオンがその荷物の前まで来ると、男は横へと下がって片膝をついた。
それと共に銀髪の女性が声をかけてきた。その透き通った声は聴き心地が良い。
「ようこそいらっしゃいました。長老さんから伺っております。寒い中をお届け下さってありがとうございました。」
そう言って頭を垂れた。その態度にリオンも倣う。
「いえ、長老には世話になりましたから。…?伺ったってお会いしたんですか?」
ふと疑問に思った。長老は確かあの村から出ていないはず…?
すると、銀髪の女性が優しく微笑んで見せた。
「ええ。私が精霊に聞いて来て貰ったのです。」
「精霊?」
そう不思議そうに見ていると、銀髪の女性は何かに気付いた。
「申し遅れました。私はこの町の長をしております『サーシェス』と申します。ご覧のとおり私たちは小人族。さぞ驚かれたことでしょう。」
そう言ってくれた。するとリオンは自分も名乗ろうとしたが、その前に座ってもいいかと尋ねた。サーシェスは快く頷いてくれたので、リオンはその場にしゃがみ込んだ。
「うん、やっぱりこっちが良いや。僕はリオンて言います。えっと、お会いできて光栄です。」
偉い人にあった場合の慣れない言葉だが、何とか噛まずに言えた。そんな様子にサーシェスは微笑む。
「ふふふっ。リオンですか。ご丁寧な挨拶をありがとうございます。ところで伺いますが、先ほどのこっちが良いとはどういう事なのですか?」
不思議がる長の問いかけに、リオンはにっこり笑顔で答えた。
「え~と、僕ってヒトではちっさいから、いつも見上げてばかりなんです。だから高い位置からヒトと話するのは変な感じなんです。こうして同じ顔の高さで話す方が話し易くて好きなんです。」
その言葉に周囲の小人たちがひそひそと話し始めた。サーシェス自身も少し驚いた顔を見せたが、直ぐに笑顔となった。
「まぁ。リオンは気さくな方ですね。でも、どうぞ気にせず上から話しかけて下さって構いませんからね。」
この言葉は他の小人たちも同じ意見だった。
彼女たちは生まれながらに小さく、幼少期はさっきの二人の子供のような姿で過ごす。それから数十年をかけて段々身長が伸び、大きな顔は形を整え、体は大きくなる。そして大体1メートルくらいの身長になると成長を止め、数百年の時を過ごして自然に帰るのだ。
故に多種族から『見下される』ようになるのだが、それは仕方ない事だと気にもしていなかった。それが、このようにして言って貰えたことで、リオンという少年に好感を持った。
「さて、先ほどの話に戻りますが、私たちは『コロプクル』という種族です。リオンはご存知でしたか?」
「えっと、師匠からはその存在を聞いてましたが、こうして会うのは初めてです。」
「あら、随分聡明な方がいらっしゃるのですね。私たちは小人族でも寒い地方に住んでいます。それは私たちが水の精霊、中でも氷の精霊と話が出来るのです。」
そう言ってサーシェスは天井を見上げる。
「ご覧のように、本来であれば地下であるここは太陽を受け付けない場所。ですが、あの天井は氷によって覆われています。その氷を透明にすることで、空を見ることが出来るのです。因みに、これも氷の精霊が透明になるようにしてくれているのですよ。」
そう言いながらリオンに向いて微笑む。その儚げな美しさにリオンは思わず頬を染める。
「来られるときに見た山も雪が積もって氷山となったモノです。ですからあれも見ての通り透明にすることが出来るのです。」
「じゃあ、僕が歩いて来ていたのも?」
「ええ。見ておりました。それが見た事も無い方だったので、私が精霊にお願いして長老と交信したのです。おかげで貴方の事が分かりました。」
「そうだったのかぁ。」
納得のリオン。そこにサーシェスは続ける。
「リオン、長老の代役、本当にありがとうございました。この乾燥パンは、私たちにとって貴重な食事なのです。このような凍土では作物は実らず、木の実を採ったり狩りをするしかないのです。ですが獲れない時も多く、その時は南の集落で食料を分けて頂いているのです。その代り、集落の雪の精霊を止める事をしているのですよ。」
言われてみればあの集落はそれほど寒くなかったし、雪も積もっていなかった。
「よろしければリオン、今夜はお泊り下さいな。この後少し吹雪が起こります。それが納まるまで滞在していただいて結構ですよ。」
「えっ!あ~それは困ったな~。急いでポトラマまで行きたいんだけど…・。」
「何か急ぎの用事でも?」
「うん、急ぎって訳ではないけど…。吹雪は止められないの?」
リオンの問いかけにサーシェスの後ろの二人が怒った顔をした。それをサーシェスが手で制す。
「リオンは知らないのですよ。…リオン。吹雪は止められません。と言うよりも、止めてはならないのです。この町は吹雪によって守られているのですから。」
それを聞いてリオンは首を捻った。
「足止めをさせてしまいますからね、事情を説明しましょう。実はこの町は常に狙われた町なのです。」
「狙われてる?」
「はい。見てのとおり私たちはこのような体の為、魔獣たちが襲ってくるのです。魔獣たちは私たちが『霊力』に長けた種族だと知っています。リオンは霊力を知っていますか?」
その問いかけにリオンは頷いた。それはドゥルーク師匠から教えられている。
『霊力』―ヒトには内に魔力と霊力がある。魔力とは魔法を扱うための力。一方の霊力とは生命力に関連した力で、この力が強いと精霊たちと触れ合ったり、中では服従できるとされている。特に死んだ後、個の霊力が高ければその者は転生するとさえ言われている。だからこそ、霊力の強いサーシェスは氷や雪の精霊と会話し、使役することが出来るのである。
そんな霊力の強い種族を体内に入れることは、大量の霊力を体内に入れることとであり、自分の霊力を高められるのである。
「良くご存知ですね。そんな私たちを狙う魔獣。魔力によって生み出された彼らは私たちを得ることで霊力を我が物にしようとします。そんな彼らを遠ざけるため、定期的に吹雪を起こすのです。」
サーシェスが申し訳なさそうに言った。そのような理由であれば、リオンも無理は言えない。
「それじゃあ仕方ないなぁ。…何だったら魔獣っていうのを倒してこようか?」
この言葉にはみんなが驚いた。年端もいかないヒトの子が何を言っているのだろうかと言う視線の中、サーシェスは首を振った。
「いえ。そう言っていただくのはありがたいのですが、魔獣は何匹もいるのです。それに吹雪によって守っていれば、彼らは来ません。ですからそんな無茶をしていただかなくても大丈夫ですよ。」
リオンは少し考えたが、納得して頷いた。その後、さっきの男たちが荷袋を倉庫へ運んでいく。代わりにリオンの前にカップが置かれた。
「どうぞ。この辺りで取れる葉で淹れたお茶です。お口に合えばよいのですが。」
そう言われてカップを持つ。温かさが手に伝わって来て心地よかった。そしてそのまま白い液体を飲む。甘酸っぱい味がしてとてもおいしかった。
「おいしい!何だか甘酸っぱくて好きだなぁコレ。」
満面の笑みを浮かべて賞賛する。そんな少年の姿にサーシェスはにっこり笑い、腰を下ろした。もう謁見は終わっているので、今は普通に話す時間だった。
「ところでリオン。貴方の用事というモノを聞かせて頂いてもよろしいですか?」
サーシェスは興味深げに尋ねる。コロプクルは基本人見知りが激しい人種だ。なかなかリオンに姿を見せなかったのもそうであるが、逆に慣れてしまえばヒト懐っこいのも性分である。しかもこの女性は世話好きでもあった。
「ああ、え~と。実は僕、おねぇちゃんを探してるんです。」
「!詳しく聞かせていただいても?」
サーシェスの問いにリオンはいつもの様に話し始めた。幼い頃にシーニャと二人だけで暮らし、それから船で街に向かったこと。その途中で船から落ち、漂流して師匠と出会ったこと。幾分説明も簡潔に説明できるようになり、レッドドラゴンの事をドゥルーク師匠と呼ぶようになっていた。
「凄い方なのでしょうね、その師匠と言う方は。何より、よくぞあのサントゥアリアで生きていらっしゃるものです。」
感嘆するサーシェス。今の彼女はてっきりドゥルークをヒトと思っているから仕方ない。そしてそのまま、ここまでの旅路を聞き終えて、サーシェスは服の裾で涙を拭いていた。
「大変だったでしょうね。…分かりました。リオン、少し時間を下さい。ポトラマに知り合いがいますので、シーニャと言う女性を知らないか尋ねてみます。」
「ほんとぉ!」
「ええ。精霊を伝って彼女と話が出来ますので。それに彼女は調べるのが得意な方ですから、町中だけでも調べて貰いましょう。」
「ありがとうございます。」
にっこり笑顔で感謝するリオンだった。
そしてその晩から町の上は吹雪に見舞われた。激しい風に打ち付ける弾丸のような雪。誰も寄りつけない一帯のはるか上空で、魔獣が吼えながら飛び退って行く。暗い空の中、数十匹にも及ぶ群れが東へと飛び去って行った
そんな中、サーシェスは精霊を使って念じた。今は吹雪によって風の精霊もいる。風の精霊は言葉を運んでくれるため、『精霊使い』は風の精霊を通して遠方での会話を可能にしている。
「エフィー、エフィー。ちょっといいかしら?」
そんな声を脳内で感じ取ったのは、3,000キロ離れたポトラマの町。その一角に大きめの建物があり、中の一室にいる暗い青肌の女性だ。
「はいは~い。その声はサーシェス姉ですね。どうしたんですか~?」
その軽い感じの口調が彼女らしいと思いながら、サーシェスは伝える。
「実は、ちょっと人を探してほしいのだけど頼めるかしら?」
「ん~、どういう事ですか?」
「今、ここにヒトの客を招いてるの。」
「ええっ!どうしたんですか?あんな寒い所に来るなんて、よっぽど物好きですね~。」
悪気は無いのが分かるが、自分の住む場所を「あんな」扱いすることに少々苛立ちを感じる。だが、彼女の性格と頼みごとをする以上は我慢するしかない。
「あんな所って…。ま、まぁ良いわ。それでね、その子がポトラマに姉がいるかもしれないって言ってるの。探してあげてくれないかしら?」
その瞬間、エフィーは確認した。
「ちょっと待って姉さん。今、その子って言ったけど、子供ですか?」
極寒ともいえる地へ行く子供。彼女の常識から考えて信じられなかった。
「ええ。確か13歳って言ってたかしら。ヒトとしても小柄だけど、とっても笑顔が可愛い子よ。」
そうサーシェスが答えた瞬間、エフィーの様子が変わった。
「どうしたのエフィー?」
「13歳の少年…。可愛い笑顔の小柄ちゃん。それは是非とも会いたいですね~。」
さっきまでと違って厭らしさを纏った声。
「ちょっとエフィー?ちゃんと聞いてるの?あなた何してるの?」
「ちゃんと聞いてますって。今は体を洗ってますよ。最近また少し胸が大きくなっちゃって~、手入れも大変なんですから。」
肩を落してため息を吐くサーシェス。そして彼女が可愛いモノ好きの色情ダークエルフであることを思い出した。
「・・・で、お願いできるかしら?」
「ええ、この町の中だけでいいんでしょ?何だったら今分かるかもしれませんよ。名前言ってくれれば大抵は覚えてますから。」
場所は浴室。そこで自分の胸を捏ね回しながら洗うエフェメル。そして泡を集めて左腕を洗う。性格はこんな感じだが、「隠密ギルド」のサブリーダーという肩書は伊達ではないのだ。
「そう、じゃあ言うわね。『シーニャ』って名前に覚えがある?」
それを聞いてエフェメルは動きを止めた。その顔はさっきまでと違ってしかめている。
「姉さん、ちょっと事情を聞かせて下さい。そのシーニャって子、特定したいんで。」
その言葉にサーシェスは直感した。
(エフェメルは知っている)
「・・・何でもその弟君が言うには漁師の島で育って、ある日ゴブリンたちの襲撃で姉と二人だけになったと聞いたわ。それから数年後に船で街に向かう途中、海に投げ出されて生き別れになったって・・・。」
すかさずエフェメルが尋ねた。
「その弟の名は?」
「リオンよ。」
「やっぱり・・・。」
落胆するように肩の力を抜き、天井を仰ぐエフェメル。
「知ってるようね。ちゃんと説明をして頂戴。」
サーシェスは強く念じた。するとエフェメルは一度大きくため息を吐いた後、説明を始める。が、幾分涙声だった。
「うん。サーシェス姉ぇ、そのリオンて子に伝えてあげて。シーニャちゃんは今『イデアメルカートゥン』にいるって。」
「?!、どういう事?」
「うん、実はですね…、シーニャちゃんは暫く家で預かっていたのですよ。可愛い女の子で、街中で奴隷商に連れて行かれてたのを私が引き取ったの。弟と生き別れたと言ってすごく情緒不安定になってたんだけど、その子を探すから私たちのお手伝いをしてッて約束をしてね…。
そして暫くはここに居させて、私たちもそのリオンて子を探してたわ。でも見つけられなかった…。
やがて自暴自棄になったシーニャちゃんでしたが、医療学院の先生に説得してもらい、それをきっかけに医者を目指してその先生に引き取られて行ったわけです。・・・そっかぁ。生きてたんだね、弟君。」
やがて本格的にしゃくりあげる声が聞こえた。よっぽどそのシーニャを可愛がっていたんだと感じられた。
「そう・・・。そうだったの…。良かったわね。エフィー。」
涙声のサーシェス。ついつい貰い泣きしてしまうのは、彼女の世話好きな性格のせいかもしれない。でも、その涙が嬉しい涙という事は分かっていた。
ひとまず、目的の情報を得られたのでサーシェスが礼の言葉を言いかけた時、突然薄ら笑いが聞こえた。
「?どうしたのよエフィー?」
「うふふふふふ、ねぇ姉さん。私もそっちに向かうから、暫くそのリオン君を待たしといて下さいよ。」
「えっ?」
尋ね返すより早くエフェメルは言った。
「話しててシーニャちゃんに会いたくなったから、私がリオン君を連れて行ってあげます。」
それはいいアイディアだと思う。が、彼女の笑いが気になるサーシェスが尋ねる。
「それは良いアイディアでしょうけど、何だか嫌な予感がするのは何故かしら?」
「何言ってるんですか?私は決してリオン君を毎晩抱いて寝たり、ご飯を食べさせてあげたり、剰え襲おうなんてコレーッポッチも考えていませんよ~。」
素直に白状するダークエルフに、サーシェスは開いた口が塞がらなかった。
「今は吹雪の時期ですから、終わり次第リオンは出発させます。それじゃありがとうエフィー。」
素早く言い終ると、サーシェスは礼を伝えて話し終えた。
「あ~!姉さん!サーシェスね~さん!!も~、本当に切っちゃった。・・・冗談が通じないなぁ。」
そんな様子が面白かったのか、風の精霊が愉快そうに笑う。それに気付いて風の精霊に礼を言って通信を閉じたエフェメルは再び体を洗い流す。シャワーでパールサンド色の髪を梳かしながらさっきの話を思い出す。
(でも、正直リオンて少年は気になりますね~。今までウチの情報網に全くヒットしなかったんですから。)
隠密ギルドは世界中に支局を持つ巨大ギルド。特に人探しや情報においてはほぼ確実に探し当てる自信がある。それなのに生死すらはっきりした答えが得られなかった。あの時点でギルドは「海の底に眠っている」と結論付けていたが、到底シーニャに伝えることが出来ずに困っていた。
あれから3年が過ぎ、時折頑張っていると聞いているし、先日はその養母が訪れ、もうすぐ卒業するという情報を貰った所だ。
かつては死にそうな程に落ち込んでいたあの姿が、今ではすっかり元気になったシーニャの顔が見たいと思う。そして、何故今まで生死不明だったリオンが現れたかも知っておきたかった。
(これは本当に興味をそそられますねぇ)
そう思うと顔が高揚する。その感情のまま瞳を伏せ甘い吐息を吐きながら、左手で自分の胸を鷲掴み、右手は下腹部から下へと這わしていく。
「んっ、それに・・・、姉さんがあんなに言うってことは・・・はぁ、よっぽど可愛いんでしょうね・・・、んんっ!」
ふと妄想に更けてしまったため少しの間、風呂場に閉じこもったエフェメル。
暫くしてバスタオルだけを纏った姿でギルド長室に向かったエフェメルは、呆れ顔のギルマス『メリサ』に事情を説明し、そのまま長期出張の許可を得たのだった。




