第二章 Vinushka E
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俺は、魔王の亡骸を胸に、玉座の間から階下へと降りた。長い廊下を歩み、静謐に守られた霊廟の扉を開く。
ひやりとした感覚が、全身を覆った。部屋は全体に明るく、霊廟と言うには明るすぎる印象だった。まさか玉座の向こう側にこんなに広い部屋があるとは思わなかったが、魔王城なのだから何があってもおかしくは無いだろうと変な納得の仕方をする。
立体魔方陣の鎮座する奇妙な燭台の列を通り抜けると、その先の祭壇に奇妙なオブジェがあった。というよりは、酷く破損した遺骸と言った方が正確か。女性の腹から下だけが、膝を折って座している。断面からは背骨が突き出し、自らの墓標を表すかのようだった。
そしてその傍らには、先代の魔王と思われる大柄な男の遺体が安置されている。何かしらの魔力的なもので保護されているのだろう。どちらの遺骸も、百年を軽く経過したとは思えないほど瑞々しく保たれている。
俺は腕に抱いた魔王の亡骸を、先代の魔王の横に並べて安置した。安らかに眠る彼女の血に濡れた頬を、そっと拭ってやる。物言わぬ体となってようやく魔王という呪縛から解き放たれた少女。何故魔王となったのか。いつから魔王として存在していたのか。今となっては、何も分からない。知る術もない。
ただ一つ、分かることがあるとすれば。
それは、彼女が魔物達と人間との関係を本気で憂いていたと言うこと。そしてその関係を改善することに全力を注したこと。
「ぐ……うぅ……」
俺だけが知る、真実の彼女の姿。
「ぅあ……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!!」
先程流した涙が、まだ堰を切って溢れ出した。跪き、残された左手を石の床にたたきつける。爪が手のひらに食い込むほど握りしめた左手は、しかし何の痛みも感じない。何も感じない。何も、何も。
俺は、全てを台無しにした。目先の私欲に駆られ、彼女を、そして彼女の積み上げてきたであろう全てを、無残に切り捨てた。
だから。
「……大丈夫……分かってる」
俺は、償わなければならない。
これまでの自分を捨て去り、これからの自分を全て捧げなければならない。
恐らくは、彼女がそうしてきたように。
そして、彼女がこれから描こうとしていた夢の続きを。
「……きっとうまく、やるよ」
次の『魔王』として。
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