第二章 Vinushka C
Flag A
俺は、魔王の亡骸を胸に、玉座の間から階下へと降りた。長い廊下を歩み、静謐に守られた霊廟の扉を開く。
ひやりとした感覚が、全身を覆った。部屋は全体に明るく、霊廟と言うには明るすぎる印象だった。まさか玉座の向こう側にこんなに広い部屋があるとは思わなかったが、魔王城なのだから何があってもおかしくは無いだろうと変な納得の仕方をする。
立体魔方陣の鎮座する奇妙な燭台の列を通り抜けると、その先の祭壇に奇妙なオブジェがあった。というよりは、酷く破損した遺骸と言った方が正確か。女性の腹から下だけが、膝を折って座している。断面からは背骨が突き出し、自らの墓標を表すかのようだった。
近づくと、その前に人影があることに気付く。俺の身長よりも一回り以上大きいその頭部には、後ろからでもはっきりと分かる雄々しい角が見て取れた。
その正体に、俺は何故かすぐ行き当たった。
「……先代の、魔王だな」
俺の問いに答えず、人影はほんの少しだけ振り返った。彫像のように整った顔立ちをしているのに、酷く冷たい瞳をした男だ。その視線が俺の抱く魔王の亡骸に向き、男は少しだけ目を伏せて呟いた。
「……また、自らを犠牲にしたのか」
その言葉に、俺はうつむいた。彼女は、二度も自分の身を犠牲にした。人間でありながら、魔王として人間の自分を犠牲にした。そして今、魔物と人間の未来のために、自分自身の命すら犠牲にした。
男は身を翻すと、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。よく見ると、男には左腕が無い。男は俺の右腕があったはずの部分を見ると、苦笑いのような、妙な表情をした。
俺の前に立つと、男は右手をさしのべた。俺は魔王の亡骸をゆっくりと彼の手に委ねる。男は、懐かしそうに魔王の顔を覗き込むと、彼女を抱えたまま祭壇の方へと向かった。
そして、跪く遺骸の前に魔王の亡骸をそっと横たえる。
男は彼女の頬を撫でると、そのまま立ち上がって再び俺の前にやってきた。巨大な男には威圧感があったが、それ以上に寂寞とした静けさを纏っていた。男は俺の瞳を覗き込み、何かを悟ったようにそのまま俺の横を通り過ぎようとする。
その足が、ふと止まった。
「……人間。お前の名は」
こちらを振り返らないまま、男が尋ねる。俺はしばらく沈黙した後、噛みしめるように名を告げた。
「……アレス。『魔王』アレスだ」
男は何も言わず、ゆっくりと歩み去った。取り残された俺は、もう一度祭壇の方を見た。魔王は、ただ安らかな顔でそこに横たわっている。跪く遺骸が、彼女を労っているように見えた。
そのまま、俺は踵を返した。振り返らず、霊廟を後にする。俺には、これからやることがある。魔物と人間が、真に共存できる世界を作るため、長い長い戦いが始まる。
人間を捨て、魔王として生まれ変わった、俺と彼女の戦いが。
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