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The / Last / Command  作者: Clown
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第二章 Vinushka A

→とびだす




「お父様、やめて!!」

「……!?」

 私は魔王の前に立ち塞がった。同時に、燃えるような痛みが左の脇腹に突き立つ。それが何を意味するのか、見るまでも無かった。

 黒い刃が、私の脇腹を食い破っていた。多分、直前でお父様が刃を引いたのだろう。体が分断されることは免れたけれど、傷はかなり深い。

 ぐらりと体が傾き、視界が天井を向いた。その間に、お父様の驚愕した表情が通過する。あんな顔、初めて見たな。そんなことをぼんやりと考えている間に、私の体は石畳に叩きつけられた。

「フレイア……!! 何故だ、何故こんな事を……!!」

 温かな腕で、すぐに私の体は抱き起こされた。打ち付けた頭がグラングランする。見上げたお父様の顔が歪んでいたが、頭をぶつけた所為なのか、それとも失血の所為なのか、それすらも分からない。

 何とか力を振り絞り、私は右手を挙げ、お父様の頬を撫でた。魔王城に入ってからここまで休み無く動いていたから、髭が長く伸びている。そっとそれに触れると、私は震える唇を動かした。

「……ごめんなさい、お父様。でも、私は……お父様に、『悪』になって欲しくなかったから……」

「……!? 何を言って……」

「ここでお父様が魔王を倒したら……私欲のために魔王の一族を滅ぼした……最初の王様と、同じになっちゃう……」

「……!!」

 大義は、大義。

 けれど、お父様の真の目的は、私欲。私の体を治すためという私欲で魔王を倒すのは、国の統一という私欲のために魔王の一族を殲滅したゼロス王と同じことになる。

 それはつまり、自ら悪に染まること。悪の定義を魔王に委ねた以上、彼がゼロス王の行為を悪とするなら、それはお父様にも当てはまる。

 私は、お父様を悪にしてまで、助かりたいとは思わない。私の命は、成人までも保たないと言われていた。短ければ、もう二~三年だろうとも。だったら、ここで朽ちても構わない。

「ごめんなさい、お父様……ごめんな、さ……」

「フレイアッッ!? フレイアッッッッ!!」

 目の前が、霞む。痛みも、感じなくなっていた。体が、少しずつ楽になっていく。死が近づいてきたようだった。最後にお父様に逆らってしまったことだけが心残りだけれど、それも仕方の無いことだと思う。

 頭の中を、お城の人達の顔が通り過ぎていき、近衛隊長、僧兵副長、そして、司祭様の顔が浮かんでは消えた。死後の世界で、彼らに再び出会うことは出来るのだろうか。そうしたら、ちゃんと謝ろう。足手まといの私に、ずっと良くしてくれた、彼らに。

 ふと、唇に温かさが感じられた。心地よい温かさだと思った。ついに叶うことは無かったけれど、誰かと口づけたなら、こんな温かさだったのだろうか。

 ……。

 …………。

 ………………。

 どれくらい時間が経っただろう。何も感じなかったはずの体が、徐々に重く、沈むような感覚を感じ取った。曖昧だった感覚は少しずつ形をなし、細分化されていく。

 左の脇腹が、痛い。体が冷たく、凍えるようだ。手足の先がしびれ、頭が重い。私は鉛のように重いまぶたを、ゆっくりと開いた。

 視界はぼやけていたが、そこが何処かははっきりと分かった。魔法で作られた光に彩られたそこは、さっきまでいた祭壇の部屋だ。死後の世界ではなさそうだった。少しずつ慣れてくると、お父様の顔が見えてくる。さっきは違って驚きの中に、安堵したような表情が垣間見える。

 体を動かそうとしたけれど、動くのはせいぜい指の先程度だった。何とか首を巡らせると、その先に思いがけないものが飛び込んできた。

 顔が半分焼け爛れた、魔王の姿。彼の肘から下が吹き飛んだ左腕から、ゆっくりと血が流れている。魔王は私の方を見て、少しだけ目を細めた。

「……運が良いな。いや、人間としては不運か」

「……え?」

 言葉の意味がよく分からない。でも、何が起こったかは何となく理解できた。

「私……生きてる?」

「あぁ、そうだよ、フレイア」

 お父様の優しい声が聞こえる。少しずつ動くようになった手足で体を支えると、私はゆっくりと起き上がった。

 体はまだ重く、痛みも酷かったけれど、何とか自分のことを把握しようと努める。特に痛む左の脇腹を恐る恐る触れると、そこに思い描いていた傷はなかった。かさぶたのような血液の塊が、指先に触れる程度。石畳の床を見ると、おびただしい量の乾燥した血液がへばりついているから、夢幻ではないようだった。

 お父様の方を見ると、複雑な表情をしていた。喜びと、悔恨めいた感情が織り交ざったような顔だった。何かを言おうとして、そこでとどまる。反対側にいる魔王の顔を見ると、こちらは冷たい表情のまま、だけど何処か険しさのとれた顔をしていた。

 もう一度お父様の方を見ると、お父様は意を決したような様子で口を開いた。

「血の聖杯は、あったよ。私たちの、目の前に」

「……え?」

 お父様の視線を追う。その先には、魔王の顔。混乱する私に、魔王がゆっくりと話し始める。

「己の血だ。己達の種族は、繁殖期間が短い。そのためか、己達の血肉には取り込んだものを同族に作り替える作用がある。それを、どういう解釈か人間達は聖杯と呼んでいたようだが」

「あなたの、血?」

「そうだ。肉体を作り替える過程で、多少の傷や病は治癒するが、ここまで適合した例は珍しい」

 言葉の意味が、そしてお父様の表情の理由が、ようやく理解出来た。魔王の血を飲み、私は作り替えられた。病も、傷も、作り替えられる過程で修復された。そして私は……人間ではなくなった。

 体は、すっかり軽くなっていた。痛みも、もうほとんど無い。私は立ち上がり、魔王の前に立った。膝をつき、ちぎれた左腕から血を流す魔王に、ゆっくりと頭を下げる。

「ありがとう。私のために、血を流してくれて」

「……礼など。己は、お前を魔物に作り替えたのだぞ」

「……それでも、ありがとう」

 魔王はそれ以上何も言わなかった。私は身を翻し、お父様の元へと向かう。目の前に立った私を、お父様は無言で抱きしめてくれた。人間では無くなったと知ってなお、お父様は私を愛してくれていた。それだけで、十分だった。

 だから。

「お父様。私の最後のわがまま、聴いてくれますか」

「……あぁ」

「私を、此処にいさせて下さい」

 私の、決意の言葉。お父様は、真っ直ぐ私の目を見た。いつも私のことを見守ってくれていた、その眼差し。自分を信じ、力強く前を見続ける目が、私をいつも勇気づけてくれた。私にも、信じられる自分が出来た。

 だからこそ、私は此処にいたい。此処で、成すべき事をしたい。

 じっと考えていたお父様が、ゆっくりと右手を伸ばした。そして、私の頭を、そっと撫でてくれる。優しく、大きい手。ずっと私を護ってくれた、力強い手。

 でも、ここでお別れだ。

「……好きにすると良い。此処まで来たお前は、もう立派な一人前だ」

「ありがとう、ございます」

 私はもう一度、魔王の方へと歩を進めた。立ち上がった魔王に、私は手を差し出す。

「魔王アルディアス。私に、あなたの後を継がせて下さい」

「……正気か」

「勿論です。私はあなたの血族になったのですから。あなたの後を継ぎ、あなたとは違うやり方で、私は魔物と人間の関係を変えようと思います」

 悪意に悪意をもって接するのでは無く、融和をもって接すること。それが出来たとき、彼の怒りや悲しみが、初めて癒えるのでは無いか。矛盾することかも知れない。綺麗事に過ぎないかも知れない。でも、私は試してみたい。折角与えられた新しい生を、決して無駄にしないために。

「そのために、私は──魔王フレイアを名乗ります」

 私は、魔王の手を、取った。




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