最終章 hand in hand
「アハト公国? 例の王がいない国か。何でそんな新興国が獣王と交戦してるんだ?」
俺の問いかけに返ってくる答えは、どうにも要領を得ないものばかりだった。メダイヲンと呼ばれる遠距離通信に長けた魔物を介して偵察に行かせた魔物と通信しているのだが、言葉だけで映像は送受信できないため、得られる情報に限界がある。
「どうしたのじゃ、アレス。獣王がまた暴れておるのか?」
「どうもそうらしいんだが、相手がセカンダじゃなくて、あのアハト公国らしい」
「この前アレスが話しておった、選挙で選ばれた代表が政治を行う国かの? 何か接点があるのかのぅ」
フレイアも状況がよく分からないらしく、首を傾げている。
俺とフレイアが協力態勢を敷いて世界に存在する七大国を懐柔してきた結果、世界は人間と魔物の相互不可侵をそれなりに遵守するようになってきた。だが、そんな中でも未だに魔物達を敵視し、ことあるごとにもめ事を起こす国が残っている。それが、セカンダ王国だ。
山岳地域に住む狼蒼族や森林地帯の複数の魔物を治安維持のためと称して狩っているらしいセカンダ王国。これに怒り心頭の魔獣種の王、獣王ズーディアが、セカンダに対して戦争を仕掛けようとしているという報告は、これまでにも受けていた。何とか戦争を回避しようと説得していた俺たちにも矛先が向きつつあったが、ここ数ヶ月はかなり遠方にある新興国、アハト公国と交戦状態にあるらしい。
しかし、アハト公国は去年旗揚げしたばかりという非常に小さな国だ。一人の王では無く、国民が決めた数人の代表が国をとりまとめるという統治形態を取るこの国の情報はまだ少なく、扱いに慎重になっているのが現状だった。
「もしかすると、領内に魔物がいることと関係があるのかのぅ」
「うーん、だとしても、特にアハト領内で魔物が虐待されているという情報は無いぞ? 獣王がセカンダを執拗に敵視するのは、同胞が狩られ続けてるからであって、意味なく国を襲ってるわけじゃないし」
「そうじゃのぅ」
アハト国の領内に人間と魔物が入り交じった場所が複数あるという情報も、今までに複数受けていた。ジーヴァの南にる未統治領に興った小国がアハトだが、元々は魔物が多く住んでいた場所でもあり、それ故未統治領となっていたという問題の多い場所だ。そこへいかにして人間が入り込み、国を興すに至ったのか。
噂では、代表のうちの一人は何処かの王家の血筋を引いており、その人物が先頭となって国を興したとも言われているが、その人物についてはそれ以上の情報が全くない。
「でも、静観できる状態じゃないな。獣王の軍勢は少ないけど、個別の戦闘力が高い。出来たばかりの新興国に対抗できるほどの体力があるとはとても思えない」
「そうじゃな。あんまり干渉しすぎるのも良くないかも知れぬが、折角出来た国が滅ぶのを見るのは忍びないことじゃし」
そういう問題でも無い気がするが、あまり突っ込まないことにする。だが、言っては悪いが今回の騒動は情報の少ない新興国を実際に見て回るチャンスでもある。当然戦闘になる可能性もあるから、入念に準備をして出発せねばならないが。
しかし、こういうときに限って邪魔が入るのが常でもある。
【城門前に来客一名。通しますか、通しませんか】
「うへ、これから遠征って時に厄介ごとか……」
門番の役割も果たすメダイヲンの報告に、俺はげんなりとした顔をする。
かつては難攻不落と呼ばれたエンドリオンの地理的条件はかつてと大して変わってはいない。それでも中にはこうしてふらりとここまで辿り着いてしまう人間もいる。とは言え、大抵の人間は魔物狩りをしているうちに迷い込んだり、腕試しにやって来たりと、厄介ごとの塊みたいな連中なのだが。
「来客とは珍しいのぅ。通して良いぞ」
【かしこまり】
「またそうやって簡単に通す……」
メダイヲンが扉を開けさせる指令を発したのを見て、俺はため息をついた。フレイアはこうして簡単に珍客を通してしまう。いそいそとお茶の準備を側近に指示するなど、実に楽しそうにしている。多分、俺がかつてここを最初に訪れた時もこんな感じだったのだろう。例え敵対する人間だろうと、彼女はまず対話から始めようとする。彼女の目指すべきものがそこだったからと言えばそれまでだが、なかなか出来ることでは無い。
そうこうするうちに、メダイヲンが来客の到来を告げた。重々しく門扉が開き、玉座の間を改装した俺と魔王の執務室に外気が入り込む。そこに現れた人影を見て、フレイアが息を呑む音が聞こえた。
「……と、とうさま……?」
「……え?」
そこに立っていたのは、一人の男だった。軽装の鎧に何処にでもありそうな剣を提げただけの、およそここまで辿り着くには心許ない装備しか身につけていない。しかも無傷で立っているだけでも信じられないことだが、フレイアから飛び出た言葉が更に謎を深める。
父様、とフレイアは言った。それはかつてファスタラント王として先代の魔王を下した勇者王ロマノフ・ディス・ファスタラントの事だが、当然故人だ。幽霊でも無ければこんなところに存在するわけがない。
男が近づくにつれて、容姿がはっきりとしてくる。大体ここまで来る人間は目つきの鋭い肉体派が多いのだが、彼はどちらかというと学者風の優しい目つきをしている。口髭を生やしてはいるが全体に若そうで、三十代くらいだろうか。多分俺とそう変わらないだろう。赤みがかった髪の感じは確かにフレイアに近い。何より、近くで見て俺も驚いたが、昔ちらっと見たことのあるロマノフ王の肖像に、確かに似ている。
「突然の訪問にも関わらず、迎え入れて頂き恐縮です。アハト公国代表、アーノルド・ブランシェと申します」
片膝をつき、頭を垂れる男。噂をすれば影というやつか、目の前の彼が新興国であるアハト公国の代表であるらしい。今まさに獣王一派と交戦中のはずの国家代表が、暢気にこんなところまでやって来て良いのだろうか? 色々疑問はあるが、まずは話してみないことには始まらない。
「ようこそ、アーノルド公。俺はエンドリオン副領主のアレス。こっちが領主のフレイアだ」
「よ、ようこそなのじゃ、アーノルド公。遠路はるばるご苦労である」
父の面影のある男を前に緊張しているのか、言葉の固いフレイア。それきり言葉が出てこないので、仕方なく俺が用件を聞くことにする。その前に例のお茶くみ魔物がお茶を持ってやってきたが、アーノルドは面食らうこと無く笑顔でそのお茶を受け取った。魔物に接することになれている。俺は何となく話の方向性を絞った。
「さっそく用件をお聞きしよう。ここまで来たと言うことは、それなりの覚悟があってのことだろうから」
「そうですね。では、単刀直入にお話しします」
アーノルドは真剣な顔でこちらを見た。見た目は優男に見えるのに、瞳には一切揺るぎの無い強い意思が感じられる。いっそ老成していると言っても良いかも知れない。どんな人生を歩めばこんな光を宿すのかと思えるほどに。
そして、彼は意外な言葉を紡いだ。
「私たちのアハト公国と、親善国家となっていただきたいのです」
「親善国家?」
「アハトは現在、獣王ズーディアの率いる獣王国と交戦状態にあります。後ろ盾とは言いませんが、エンドリオンとの友好がなれば、彼らとの停戦協定にこぎ着けられるのでは無いかと考えています」
しっかりとした口調で言うアーノルドだが、俺にとってその提案は今ひとつ理解できないものだった。人間の国家同士で連携して拮抗状態を作り出すというのなら分かるが、魔物に対抗するために、基本的に同じ魔物しかいないこのエンドリオンと友好関係を結ぶメリットが、アハトにあるのだろうか。
さりげなく話を誘導してみる。
「何故、魔物の国であるエンドリオンを選んだ? 隣には人間の国もあるだろうに」
「何故かと言われると、難しいですね。敢えて言うなら、その魔物の国の領主が人間だから、でしょうか」
そういう彼の目に挑発めいた色が浮かんだのは、恐らく勘違いでは無いだろう。彼はこちらの事情を知って、その上でここまで来た。それが意味するところは、多分それほど俺の予想と外れてはいないだろう。
「人間と魔物の共存する多種族国家同士の友好。望んでいるのは、これかな?」
「ご慧眼に感服します。私たちアハトは、人と魔物の共栄を目指す国家として成立しました。私も代表を名乗ってはいますが、数いる代表の一人です。十名いる代表のうち、人間は私も含めて三名のみ。後は叢精族、鬼人族、妖鳥族などの、所謂魔物の代表です」
「なるほど。現在国を形成していない種族が集まって、単一の国家を作っているのか」
彼が挙げた種族は、いずれも国を形成するほど数のいない魔物達だ。彼らが寄り集まって一つの国を形成する事で、他種族の国家と拮抗しようと言うことか。そして恐らく、それを成し遂げた立役者は、このアーノルドだ。
「それが何故、獣王との諍いを起こすことになった? 獣王は好戦的だが、自分たちを害する者にしか基本的には牙を剥かない。何か問題が?」
「恥ずかしながら、私たちの国に幻獣族を招いたのが問題になったようです。彼らは魔獣種と敵対関係にあるものですから」
「なるほど」
幻獣族は希少種だが、古くは魔獣族と勢力を二分した魔物だったという。勢力争いに負けて数を減らしてしまったが、今でも彼らは天敵同士であるらしく、それが小国とは言え国の一部分として力を付けようとしているのが、獣王にとっては面白くないのだろう。
しかし、何故この男はそこまでして魔物を取り込み、人間と共生する国家を作ろうと考えたのだろう。俺は、その根源を問いただすことにした。
「何故、アハトを作ろうと思った?」
「それは、お二方の尽力を知って、少しでもあやかろうと」
「嘘だな。俺たちが活動を初めて十数年。特に成果が出たのはここ数年の話だ。その短期間で、それだけの他種族をまとめ上げることが出来るとはとうてい思えない。立ち上げは、少なくとももっと以前からだったはずだ。違うか?」
そう言うと、アーノルドはにやりと笑った。何処か悪戯っぽくもある表情は、今までの老成した顔と違い、まるで少年のそれだった。
その奇妙なギャップを、俺は経験したことがある。
「まさか……」
俺のつぶやきに呼応するように、彼は立ち上がってゆっくりとこちらにやってくる。俺では無く、フレイアの方に向かってやってきたので、彼女は座ったまま身を固くしてこっちにすり寄ってきた。魔王や領主の威厳も何もあったものじゃない。
アーノルドはフレイアの前に立つと、じっとその目を見ている。ほとんど怯えた猫みたいな顔になっているフレイアに、彼は優しく、本当に優しく笑いかけた。
「……目元は、母様にそっくりだね」
「……え?」
唐突な言葉に、フレイアは目を白黒させた。その言葉で、俺の中にも確信が生まれる。ロマノフ王に似た男。アハトの代表が何処かの王族だという噂。そして、フレイアを母にそっくりだと言える人物。
歴史から葬り去られた男が、実際にこの世から葬り去られた確証は無い。
「……アルシド・ディス・ファスタラント」
「それは、愚かな母殺しの名前です。どうかお捨て置きください」
そう言って、彼は寂しそうな顔をした。否定の言葉は無い。つまりは、そういうことなのだろう。フレイアと同じように、彼もまた何らかの理由で魔人族の血を取り入れた。そして、百年以上の時をかけて、人と魔物が共存できる国を作り上げるまでになった。
道を分けた兄妹が、それぞれの地で、それぞれの想いを胸に、同じ道を歩んでいたのだ。
狼狽えていたフレイアだったが、ここに来て冷静さを取り戻したようだ。言葉を選んでいるようだったが、口ごもっては黙り込み、ようやく一言だけ、彼に問うた。
「……母様は、優しかったかのぅ」
彼が初めて、困惑の表情を浮かべる。ややあって、彼は再び優しい笑顔で答えた。
「とても優しい方でしたよ、あなたのお母様は」
それは、せめてもの抵抗なのかも知れない。彼が直接彼らの母に手を下したかどうかは分からないが、多分彼に関わることで死なせてしまったのは間違いないのだろう。彼がフレイアに兄だと名乗らないのは、そしてわざわざ『あなたのお母様』などと回りくどい表現を使うのは、それに対して責任を感じているからだ。
俺は側近の魔物を呼びつけ、二つの書面を作らせると、それをアーノルドに手渡した。アハト公国との友好を受け入れる旨と、もう一つ。通商および越境に対する相互の許可証だ。
「人と魔物が、いや、全ての種族が、やがて手を取り合える日が来ると俺も思っている。俺たちも全面的に協力しよう」
「恩に着ます」
書面を受け取ると、アーノルドは一礼し、そのまま踵を返した。振り返らず、そのまま執務室を出て行こうとする。扉がゆっくりと閉じ、彼の姿が見えなくなりそうになったとき、フレイアは立ち上がって叫んだ。
「兄様!」
その声に、アーノルドは止まって少しだけ振り返る。表情は見えないが、フレイアは構わず続けた。
「……今度、妾とゆっくりお話しして欲しいのじゃ。今までのこと、これからのこと」
閉じゆく扉の向こう側で、彼がゆっくりと首肯するのが見えた。フレイアはそれを、笑顔で見送った。
これから先、どんな未来が待っているのかは、俺にも分からない。でも、この兄妹が成し遂げた事は、これからの世界の方向性を大きく変えていくだろう。人間と魔物、その融和に向けて、大きく。
「……じゃ、大急ぎで準備して、あいつを追いかけるか。どうせ行き先は一緒なんだから、道中どっかで合流できるだろ」
「……! そうじゃ、そうじゃな! 急いで支度なのじゃ!」
そのために、俺たちは、進み続ける。
例え、険しい道であっても。
了




