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The / Last / Command  作者: Clown
18/22

最終章 struggle for future

【敵襲。敵襲。獣王ズーディア以下総数五百】

「うへ、とうとう王将のお出ましかよ」

「かなわんのぅ……」

 メダイヲンと呼ばれる遠距離通信に長けた魔物の報告を受け、俺と魔王フレイアはげんなりとした顔をした。

 世界に存在する七大国を相当懐柔してきた今でも、山岳地域に住む狼蒼(ろうそう)族や森林地帯の複数の魔物を治安維持のためと称して狩っているらしいセカンダ王国。これに怒り心頭の魔獣種の王、獣王ズーディアが、セカンダに対して戦争を仕掛けようとしていた。これを受けた俺たちは獣王に対してなるべく戦わないように説得したが、いつの間にか矛先がこちらに向いてしまい、ここ数ヶ月にわたってエンドリオンは獣王率いる魔獣軍の攻撃を受けていた。

 何とか融和を図りたい俺たちは、差し向けられる軍隊をできる限り損耗無く送り返す方向でやってきたのだが、とうとう我慢できなくなったのか、獣王自らこちらに乗り込んできたらしい。これは厄介だ。

「力で従わせるとか、あんまり好きじゃ無いんだけど……」

「いやいや、獣王の力は侮らん方が良いぞ? 妾と互角か、それ以上の力の持ち主じゃからな」

「うわぁ……互いに無傷とは行かない感じか……」

 獣王は気性が荒く、過去の説得でも何度いきなり襲われるか分からないような状態だった。ここまで来たら、もう話し合いが通用するとはとうてい思えない。

 俺はメダイヲンを通じて、王城の魔物達になるべく戦わずに敵を引きつけ、獣王だけを執務室に誘導するように命じた。エンドリオンの魔物は初代魔王の力に惹きつけられてやってきただけあって、非常に強力な力の持ち主が多い。そのため滅多なことでやられることは無いだろうが、やはり被害は少ないに越したことはない。この城にはフレイアが趣味で作ったトラップの類いが多数あり、そこへ追い込むだけでもかなり数を減らすことが出来るはずだ。

 かくして、各所の魔物から入ってくる報告が次第に減り始め、ついにメダイヲンが獣王の到来を告げた。重厚な門扉が開くと、玉座の間を改装した俺と魔王の執務室に外気が入り込み、今にも飛びかからんばかりの勢いで獣王が飛び込んできた。

「魔王フレイアおよび副王アレス! 貴様らよくも我が輩の部下を弄んでくれたなッ!!」

 牙を剥き、こちらに向けて吠えかかる獣王。人型の魔物だが、獅子の頭を持ち、二メートルを超える体長と丸太かと思うほどの太い手足を大仰に振るう姿は、それだけで十分すぎるほど威圧的だ。全身は黄金の毛に覆われており、まさに威風堂々と言った佇まいだ。

「やっぱり顔が怖いのじゃ」

「俺、その副王っていうの好きじゃないな」

「話聞けよッ!!」

 別々の感想を述べる俺たちに、獣王は地団駄を踏むように足を床に叩きつける。それだけで大理石の床が割れ、辺りに破片が飛び散る。

「あー、折角張り替えた大理石の床が……」

「アレ結構高いんじゃがのぅ……」

「床かよッ! 自分たちの心配しろよッ!!」

 キレの良いツッコミを披露する獣王だが、表情は猛烈に怒っている。一応最低限こちらに敬意を払っているのか、ギリギリのところで飛びかかってこないが、これはそろそろ真面目に話を聞いた方が良さそうだ。横で渋い顔をしているフレイアを小突くと、我に返ったフレイアが咳払いなどしながら表情をただして獣王に向き合う。

「さて、獣王ズーディア陛下よ。こんな辺境まで来て、妾達に何を望むのかのぅ」

「知れた事よ! 我が輩達のセカンダ進軍の邪魔をするなと言いに来たのだ!」

「じゃが、お主らがセカンダへ進軍すれば、友好国であるサーディアも黙ってはいまい。泥沼の戦争に突入するのは目に見えておるのじゃぞ? それでもお主は戦争を始めるのかの?」

 フレイアの言葉に、獣王は鼻を鳴らした。当然、といいたいのだろう。確かに、彼らにとってセカンダは盟友である狼蒼族などを攻撃する敵でしかないし、戦争を仕掛ける理由は十分にあると思う。

 だけど、一度戦争を始めてしまったら、もう後には引けなくなる。多大な犠牲を出し、仮にそれで勝利したとしても、復興にはその何倍もの労力と時間がかかる。中には存続不可能なほど損耗を受ける種族も出てくるだろう。それは果たして、彼らの望むところなのだろうか。

「獣王。俺たちは何も黙って犠牲になってくれって言ってるわけじゃないんだ。ただ、もう少し待って欲しいんだ。セカンダも、今のクランバッハ遊撃王の政策に疑問を持っている人たちが出始めてる。状況が変われば、戦争以外の道もあるはずだ」

「その間、我が輩達の同胞が殺されていくのを、見て見ぬふりしろと言うのか!?」

「……結果的にはそうかもしれない。けど、戦争を始めたらもっと多くの同胞が犠牲になるぞ? それを、獣王は望むのか?」

「望むかどうかじゃねぇ!! もう我慢ならねぇって言ってるんだッ!!」

 どうやら、もう冷静な決断を迫れる段階では無いらしい。次々殺されてく同胞を目の前にして、恐らく獣王を含め魔獣種はもう決意を固めてしまったのだ。例えどれほど過酷な運命を背負おうとも、目の前の全ての敵を叩き潰すまで歩み続けると。

 かつての自分を思い出し、俺は苦笑いした。家族を魔物に殺され、勇者としてその根源たる魔王を討ち果たさんと旅立ったあの日。魔王フレイアに説得されるまで、俺はただ魔物の根絶のみを願った。

 次々と死んでいく仲間を、十分に弔ってやることも出来ないまま。

 そんな思いを、彼らには背負って欲しくなかった。立場は違えど、今の獣王はまさに以前の俺と同じだ。何とかして、思いとどまらせたい。

 だが、最早獣王にそれを説くには時間が無いらしい。

「我が輩は獣王ズーディア!! あまねく魔獣を統べる王!! 人間どもに負けはせぬわァッ!!」

「……!!」

 轟く咆吼とともに、獣王の体が膨れあがる。全身の筋肉を最大限に隆起させているのだろう。全身を覆う黄金の毛が波打ち、発汗による蒸気を放出する。それによる視界の揺らぎが、彼の体をさらに大きく見せる。

 緊張した表情になるフレイアを見て、俺も傍らの剣を取った。彼が戦う姿を俺は見たことが無いが、フレイアは知っている。相当な実力者であることはさっきフレイアが言ったとおりなのだろう。

 もう一度魔獣の咆吼が響き、獣王の足下の大理石が陥没した。それとほとんど同時に、獣王の体が落下する巨大な岩石のごとき勢いで突進してくる!

「うぉッ!!」

「ひゃー!!」

 慌てて横に飛ぶ俺たちの前で、執務机が木っ端微塵になった。かなりの頑強さを誇る特殊な木材で作られた机だったのだが、紙細工のように粉々になってしまっている。

 獣王の強さを思い知った俺は、手にしたミスリルの剣を抜いた。反対方向に飛んだフレイアは、既に剣を抜いている。以前の模擬戦で二人とも剣を折ってしまったため、今は改めて鍛え上げた魔力を込めた双子の剣を使っている。

 獣王は構えた俺たちを見ても何ら意に介した様子は無い。絶対の自信があるのだろう。確かに彼にはそれに見合う実力がある。正直、互いに無傷とは行かないどころか、双方共倒れになる可能性もある。それだけはなんとしても避けたい。

「さぁ、どうした魔王ども!! 力尽くで止めて見せろォッ!!」

「こりゃマジで力尽くで止めるしかなさそうだな」

「やむを得ぬのぅ……一気に叩くのじゃ!!」

 俺とフレイアは目だけで合図し、俺は獣王の方へ、フレイアは遠ざかる方へ跳躍した。素早く獣王の左側面へ回り込むと、まずは左腕を無効化すべく剣を薙ぐ。しかし、切り落とすくらいの勢いをつけたはずの剣は、体毛を何本か切り落としたほかは皮膚にわずかな裂傷を残すにとどまった。

「うげッ! なんだこりゃ!」

「グフハハハハハハッ!! この程度か、副王アレス!!」

 その後も何度か切りつけたが、ほとんどダメージが通らない。そもそも、剣の当たる感触が既におかしい。肉を切る感覚では無く、何重にも層を成した金網を切りつけるような感覚。多分、全身に生えたあの体毛の所為だろう。一本一本が太く、びっしりと生えたそれを削ぐのも一苦労だ。

「今度はこっちから行くぞォォォォッ!!」

「……!!」

 獣王が突進してくるのを見て咄嗟に剣を構えたが、勢いに怯んでそのまま横転する。紙一重で接触を免れたが、勢いを殺せず柱に突っ込んだ獣王を見て本能の判断が正しかったと冷や汗をかいた。大理石の太い柱が、獣王の一撃で抉れている。まともに受けていたら、体の厚さが半分になっていたかも知れない。

 正面からやり合うのは不利と踏んだ俺は、できる限り獣王の側面に回り込む形で攻撃を再開した。力だけで無くスピードも兼ね備えた獣王の戦闘スタイルだが、動き自体は単調で御しやすい。とはいえ、一撃受けるだけでも重傷必至の攻撃を避け続けるのはストレスがたまる。隙を見てこちらも攻撃を繰り出すが、やはりかすり傷程度しかダメージを与えられない。

「ぬるい緩いヌルイッ!! グハハハハハハッ!!」

 次第に自分に酔い始めてきた獣王。俺は攻撃をいなしながら、徐々に相手を誘導し始めた。なるべくこちらが防戦一方になっているように感じさせ、部屋の中央を目指して少しずつ後退していく。

 そして、視界の端にフレイアの姿を捉えた瞬間。

「天獄に堕とされし暗黒女神の抱擁!」

「なにィ……ぐふぉッ!!」

 後方に飛んで一気に距離を置いた俺の目の前で、獣王が床にたたきつけられた。何が起こったか分からない獣王はそこから逃れようと藻掻くが、暴れるほど体は床に沈み込み、蜘蛛の巣のようなひび割れを広げてめり込んでいく。

「グォォォォォォ!? な、なんだこれはッ!!」

「重力を操る闇魔法じゃ。藻掻けば藻掻くほど、お主を引きずり込むのじゃぞ?」

 いつの間にかこちらにやって来ていたフレイアは、獣王の前で得意げに無い胸を張った。俺はようやくほっとしてため息をつくと、剣を納めてフレイアの横に立った。

「もう少し発動までの時間が短縮できると言うこと無いんだけどなぁ」

「それは贅沢なのじゃ。妾じゃからこそ、十年足らずで習得できた闇魔法なのじゃぞ?」

「お……お前ら一気に緊張感抜けすギニャァァァッ!?」

 この期に及んでツッコミを入れようという獣王の気力も凄いが、どうやらこの魔法はそれすら感知して威力を上げるらしい。優秀な魔法だ。

「さて、獣王。まだ続けるか? それとも大人しく説得に応じるか?」

「だ、誰がそんな提案に乗るギヤァァァァァァッ!!」

 しかし、優秀すぎて逐一威力を増加させ続ける魔法の威力に、俺も、そして魔法を使ったフレイア自身も戦慄していた。じりじりと床にめり込み続ける獣王は、見ていて可哀相になるくらい悲鳴を上げて必死の抵抗をしている。とはいえ、最早腕も足も限界を迎えたのか、時折ぴくりと動く程度にしか動かない。これ以上やると死にかねないと思って流石にフレイアに止めるよう言おうと思ったが、それより先に獣王が音を上げた。

「わ、分かった!! 我が輩の負けだ!! お前達の言うことを聞くから解放してくれッ!!」

 これを受けて、フレイアは魔法を解除した。同時に、魔法から解き放たれた獣王が素早く床から抜けて俺たちと距離を取る。何度見ても、あの巨体でどうやったらあんな素早い動きが出来るのか不思議でならない。

 少しやりすぎた感があるが、取りあえず俺は汗だくの獣王の元へ向かう。

「大丈夫か、獣王。ここまでするつもりは全くなかったんだが」

「嘘つけこの野郎! 三途の(アケロン)がちらっと見えたぞ!!」

 半ば涙目で、獣王。同情はするが、戦争を始めていれば遅かれ早かれ命を賭した舞台に自ら躍り出ねばならないと考えれば、今死の際を経験しておく事は必ずしも悪いことでは無いようにも思う。

 後日改めてこれからのセカンダ対策について会談する約束を取り付け、獣王は城の外に送り届けた。彼の部下もほぼ無傷で撤収させたところは、城の部下達を褒めてやりたい。

 部屋に戻り、壊れた執務机や柱の破片を清掃係の魔物達と片付けていると、ふとフレイアの姿が目にとまった。今やただの飾りとなった玉座の下に伸びる霊廟への廊下を見つめ、ぼんやりとしている。

「どうした?」

「んう? あぁ、ちょっと、のぅ」

 俺の問いに、フレイアは曖昧に肯き、こちらを見上げた。

「こんなとき、アルディアスならどうしたかな、と思ってのぅ」

「……先代の魔王か」

「アルディアスは、他の魔物の王達とも均衡を保っておったのじゃ。後で聞いたのじゃがな。妾も、もう少し外交に力を入れておけば良かったのかのぅ」

 フレイアは少し悔しそうな顔をしたが、黙って彼女の頭を撫でてやると、次第に表情を和らげた。

 昔のことは分からないが、俺とフレイアが出会ってからの彼女の動きを見ていると、十分上手く立ち回れていると思う。確かに獣王は力で屈服させる感じになってしまったが、他の王達とは話し合いで基本的に問題を解決できている。俺は人間側との交渉が主で、魔物側の交渉はほとんどが彼女の仕事だ。今の世界の均衡は、やはり彼女の功績が大きい。

 そして、これからもやること、やるべきことは変わらない。人間と魔物が争わない世界。互いに存在を認め合える世界。いつの日か、俺たちを通してでは無く、世界全体が自主的に対話のテーブルに着ける。そんな世界が来ることを信じて。

「取り敢えず、片付けてからだな」

「うにゅ~、面倒くさいのじゃ……」

 俺たちは、世界に語りかけ続ける。 





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