最終章 struggle for ideal
【敵襲。敵襲。獣王ズーディア以下総数五百】
「うへ、とうとう王将のお出ましかよ」
「かなわんのぅ……」
メダイヲンと呼ばれる遠距離通信に長けた魔物の報告を受け、俺と魔王フレイアはげんなりとした顔をした。
世界に存在する七大国を相当懐柔してきた今でも、山岳地域に住む狼蒼族や森林地帯の複数の魔物を治安維持のためと称して狩っているらしいセカンダ王国。これに怒り心頭の魔獣種の王、獣王ズーディアが、セカンダに対して戦争を仕掛けようとしていた。これを受けた俺たちは獣王に対してなるべく戦わないように説得したが、いつの間にか矛先がこちらに向いてしまい、ここ数ヶ月にわたってエンドリオンは獣王率いる魔獣軍の攻撃を受けていた。
何とか融和を図りたい俺たちは、差し向けられる軍隊をできる限り損耗無く送り返す方向でやってきたのだが、とうとう我慢できなくなったのか、獣王自らこちらに乗り込んできたらしい。これは厄介だ。
「力で従わせるとか、あんまり好きじゃ無いんだけど……」
「いやいや、獣王の力は侮らん方が良いぞ? 妾と互角か、それ以上の力の持ち主じゃからな」
「うわぁ……互いに無傷とは行かない感じか……」
獣王は気性が荒く、過去の説得でも何度いきなり襲われるか分からないような状態だった。ここまで来たら、もう話し合いが通用するとは到底思えない。
俺はメダイヲンを通じて、王城の魔物達になるべく戦わずに敵を引きつけ、獣王だけを執務室に誘導するように命じた。エンドリオンの魔物は初代魔王の力に惹きつけられてやってきただけあって、非常に強力な力の持ち主が多い。そのため滅多なことでやられることは無いだろうが、やはり被害は少ないに越したことはない。この城にはフレイアが趣味で作ったトラップの類いが多数あり、そこへ追い込むだけでもかなり数を減らすことが出来るはずだ。
かくして、各所の魔物から入ってくる報告が次第に減り始め、ついにメダイヲンが獣王の到来を告げた。重厚な門扉が開くと、玉座の間を改装した俺と魔王の執務室に外気が入り込み、今にも飛びかからんばかりの勢いで獣王が飛び込んできた。
「魔王フレイアおよび副王アレス! 貴様らよくも我が輩の部下を弄んでくれたなッ!!」
牙を剥き、こちらに向けて吠えかかる獣王。人型の魔物だが、獅子の頭を持ち、二メートルを超える体長と丸太かと思うほどの太い手足を大仰に振るう姿は、それだけで十分すぎるほど威圧的だ。全身は黄金の毛に覆われており、まさに威風堂々と言った佇まいだ。
「やっぱり顔が怖いのじゃ」
「俺、その副王っていうの好きじゃないな」
「話聞けよッ!!」
別々の感想を述べる俺たちに、獣王は地団駄を踏むように足を床に叩きつける。それだけで大理石の床が割れ、辺りに破片が飛び散る。
「あー、折角張り替えた大理石の床が……」
「アレ結構高いんじゃがのぅ……」
「床かよッ! 自分たちの心配しろよッ!!」
キレの良いツッコミを披露する獣王だが、表情は猛烈に怒っている。一応最低限こちらに敬意を払っているのか、ギリギリのところで飛びかかってこないが、これはそろそろ真面目に話を聞いた方が良さそうだ。横で渋い顔をしているフレイアを小突くと、我に返ったフレイアが咳払いなどしながら表情をただして獣王に向き合う。
「さて、獣王ズーディア陛下よ。こんな辺境まで来て、妾達に何を望むのかのぅ」
「知れた事よ! 我が輩達のセカンダ進軍の邪魔をするなと言いに来たのだ!」
「じゃが、お主らがセカンダへ進軍すれば、友好国であるサーディアも黙ってはいまい。泥沼の戦争に突入するのは目に見えておるのじゃぞ? それでもお主は戦争を始めるのかの?」
フレイアの言葉に、獣王は鼻を鳴らした。当然、といいたいのだろう。確かに、彼らにとってセカンダは盟友である狼蒼族などを攻撃する敵でしかないし、戦争を仕掛ける理由は十分にあると思う。
だけど、一度戦争を始めてしまったら、もう後には引けなくなる。多大な犠牲を出し、仮にそれで勝利したとしても、復興にはその何倍もの労力と時間がかかる。中には存続不可能なほど損耗を受ける種族も出てくるだろう。それは果たして、彼らの望むところなのだろうか。
「獣王。俺たちは何も黙って犠牲になってくれって言ってるわけじゃないんだ。ただ、もう少し待って欲しいんだ。セカンダも、今のクランバッハ遊撃王の政策に疑問を持っている人たちが出始めてる。状況が変われば、戦争以外の道もあるはずだ」
「その間、我が輩達の同胞が殺されていくのを、見て見ぬふりしろと言うのか!?」
「……結果的にはそうかもしれない。けど、戦争を始めたらもっと多くの同胞が犠牲になるぞ? それを、獣王は望むのか?」
「望むかどうかじゃねぇ!! もう我慢ならねぇって言ってるんだッ!!」
どうやら、もう冷静な決断を迫れる段階では無いらしい。次々殺されてく同胞を目の前にして、恐らく獣王を含め魔獣種はもう決意を固めてしまったのだ。例えどれほど過酷な運命を背負おうとも、目の前の全ての敵を叩き潰すまで歩み続けると。
かつての自分を思い出し、俺は苦笑いした。家族を魔物に殺され、勇者としてその根源たる魔王を討ち果たさんと旅立ったあの日。魔王フレイアに説得されるまで、俺はただ魔物の根絶のみを願った。
次々と死んでいく仲間を、十分に弔ってやることも出来ないまま。
そんな思いを、彼らには背負って欲しくなかった。立場は違えど、今の獣王はまさに以前の俺と同じだ。何とかして、思いとどまらせたい。
だが、最早獣王にそれを説くには時間が無いらしい。
「我が輩は獣王ズーディア!! あまねく魔獣を統べる王!! 人間どもに負けはせぬわァッ!!」
「……!!」
轟く咆吼とともに、獣王の体が膨れあがる。全身の筋肉を最大限に隆起させているのだろう。全身を覆う黄金の毛が波打ち、発汗による蒸気を放出する。それによる視界の揺らぎが、彼の体をさらに大きく見せる。
緊張した表情になるフレイアを見て、俺も傍らの剣を取った。彼が戦う姿を俺は見たことが無いが、フレイアは知っている。相当な実力者であることはさっきフレイアが言ったとおりなのだろう。
もう一度魔獣の咆吼が響き、獣王の足下の大理石が陥没した。それとほとんど同時に、獣王の体が落下する巨大な岩石のごとき勢いで突進してくる!
「うぉッ!!」
「ひゃー!!」
慌てて横に飛ぶ俺たちの前で、執務机が木っ端微塵になった。かなりの頑強さを誇る特殊な木材で作られた机だったのだが、紙細工のように粉々になってしまっている。
獣王の強さを思い知った俺は、手にしたミスリルの剣を抜いた。反対方向に飛んだフレイアは、既に剣を抜いている。以前の模擬戦で二人とも剣を折ってしまったため、今は改めて鍛え上げた魔力を込めた双子の剣を使っている。
獣王は構えた俺たちを見ても何ら意に介した様子は無い。絶対の自信があるのだろう。確かに彼にはそれに見合う実力がある。正直、互いに無傷とは行かないどころか、双方共倒れになる可能性もある。それだけはなんとしても避けたい。
「さぁ、どうした魔王ども!! 力尽くで止めて見せろォッ!!」
だが、そこへ思わぬところから援軍がやってきた。
「ほぅ……ならば力尽くで止めてやろう」
「なにィ……ぐふぉッ!!」
突如降って湧いた重苦しい声が、獣王を床にたたきつけた。何が起こったか分からない獣王はそこから逃れようと藻掻くが、暴れるほど体は床に沈み込み、蜘蛛の巣のようなひび割れを広げてめり込んでいく。
「グォォォォォォ!? な、なんだこれはッ!?」
「重力魔法『冥王の深淵』。足掻くほどお前を深みへと誘う」
まるで蜃気楼のように揺らめきながら、次第に形を成していく声の主。流れるような銀の髪を広げ、額に雄々しき角を有するその姿。久々に見た彼は、以前見たときと何ら変わらない姿で獣王の前に降り立った。
「おお! 久しいのぅ、アルディアス!」
フレイアの歓喜の声に、先代の魔王アルディアスは特に感慨を抱いた様子も無く、右腕を軽く挙げるにとどめる。失われたはずの左腕には、いつの間にか魔力で形成されたと思われる真っ赤な腕が移植されていて、異様な気配を漂わせている。どうやらその腕が強力な魔法で獣王を縛り付けているらしい。
「グ……アルディアス、貴様、今になって戻ってくるとはどういう了見だ!!」
「そうだぞ、アルディアス。今までどこ行ってたんだよ」
「ちが……そういうニュアンスじゃ……グォォウッ!!」
何となく緊張感が解けたので、剣を下ろして聞いてみる。アルディアスは獣王を縛り付けたままこちらを見ると、ぼそりとつぶやいた。
「姉様を、綺麗な地に預けてきた」
「なるほど」
どうやら、姉を弔う為に各地を放浪していたようだ。それだけにしては長すぎる旅のような気がしないでもないが、他にも色々とあったのだろう。
アルディアスはゆっくりと獣王の下へ向かうと、ギリギリと歯噛みをする彼を見下ろして厳かに告げた。
「さて、獣王よ。まだ戦い続けるか。それとも、大人しく彼らに従うか」
「貴様には無関けギヤァァァァァァッ!!」
あの巨体を押しとどめるどころか、さらに床にめり込ませる魔法の威力に、俺もフレイアも戦慄していた。今のアルディアスには、多分俺たち二人がかりでも勝てない。心底敵で無くて良かったと思う。
じりじりと床にめり込み続ける獣王は、見ていて可哀相になるくらい悲鳴を上げて必死の抵抗をしていた。とはいえ、最早腕も足も限界を迎えたのか、時折ぴくりと動く程度にしか動かない。これ以上やると死にかねないと思って流石に止めようと思ったが、それより先に獣王が音を上げた。
「わ、分かった!! 我が輩の負けだ!! お前達の言うことを聞くから解放してくれッ!!」
これを受けて、魔王の赤い左腕が輝きを失う。同時に、魔法から解き放たれた獣王が素早く床から抜けて俺たちと距離を取った。あの巨体でどうやったらあんな素早い動きが出来るのか。
アルディアスは俺たちを促すと、自分は後ろへ下がった。後はそっちで話し合えと言うことだろう。あれだけ叩きのめしておいてこれ以上話し合えもあったものではないが、取りあえず俺は獣王の元へ向かう。
「大丈夫か、獣王。俺たちにはここまでするつもりは全くなかったんだが」
「あってたまるかよ! 確実に殺しに来てたぞ、あの野郎!!」
半ば涙目で、獣王。同情はするが、戦争を始めていれば遅かれ早かれ命を賭した舞台に自ら躍り出ねばならないと考えれば、今死の際を経験しておく事は必ずしも悪いことでは無いようにも思う。
フレイアも交えて改めて会談する約束を取り付け、獣王は城の外に送り届けた。彼の部下もほぼ無傷で撤収させ、後には俺とフレイア、そしてアルディアスが残った。
俺たちが壊れた執務机を片付ける中、アルディアスは一人、今やただの飾りとなった玉座の下に伸びる霊廟への廊下を見つめていた。
「また、行くのか?」
俺の問いに、アルディアスは黙って頷いた。
「これから先は、お前達の時代だ。己はただ、その行く末を見守るのみ」
「そっか」
「折角の再会なのに……仕方ないのぅ」
フレイアも寂しそうに口を尖らせたが、彼の意志は固いようだった。赤い左腕を振るうと、アルディアスは現れたときと同じように、蜃気楼のように揺らいで消えてしまった。残された俺たちは、何となく互いに見つめ合い、そして同時に頷くと、片付けを再開した。
俺たちの時代、といわれてもピンとは来ないが、やること、やるべきことはこれからも変わらない。人間と魔物が争わない世界。互いに存在を認め合える世界。そのために、俺たちは動き続ける。
いつの日か、俺たちが行く末を見守る番になる、その日まで。
了




