最終章 ask for tomorrow
「珍しいじゃないか、ここに帰ってくるなんて」
「……」
目の前に立つ男を、俺は軽い驚きの表情で見ていた。流れるような銀髪に、氷のように冷たい目、そして何より額から伸びる雄々しき角が、彼の存在を象徴している。
魔王アルディアス。俺から見て、先々代にあたる魔王がこの城に帰ってくるのは、俺が地下の霊廟で初めて出会ってからこれで二回目だ。それ以外は一体何処で何をしているのか見当も付かない。
アルディアスはゆっくりと辺りを見渡した後、赤く蠢動する左腕を天に翳した。以前会ったときは左腕の肘から先が無くなっていたが、どうやら魔力で再構成しているらしい。
左腕の先の空間がゆがみ、中から一本の剣が現れた。鞘の形状から見るにかなり細身の剣のようだが、柄の装飾など、全体的な意匠からはかなりの業物に見える。
それをつかむと、アルディアスは俺に向けて差し出した。玉座から立ち上がり、俺は慎重にそれを受け取る。手にとって詳細に見て、俺は驚嘆した。それは、ファスタラント王国で聖剣として登録されていながら行方不明になっている伝説の剣、エクリプスだった。実物を見たことが無い俺でも、これが本物だと分かる。内包されている強い魔力は、今も全く衰えることを知らない。
「……一体何処から持ってきたんだ、こんなもの」
「かつて母殺しという大罪を犯した、とある皇子の墓だ」
「母殺し……狂乱皇子アルシドか」
否定も肯定もしないアルディアスだが、恐らくはそうだろう。魔王として君臨し、魔物と人間の相互不可侵を構築するために世界中を駆け回った俺だったが、その道中に護衛としてつけていた魔物から色々と世界の歴史について聞かされていた。
その中に、ファスタラント王家の隠された裏の歴史も出てきていた。その一つが、狂乱皇子アルシド。実の母を殺し、国家の転覆を目論んだという罪状で廃嫡された彼は、そのまま処刑されたとも、何処かに放逐されたとも聞く。何故彼の墓にこの剣があったのかは不明だが、それ以上に彼がこれをここに持ってきた理由が分からない。
「何故、これを俺に?」
そう問うと、アルディアスは珍しく皮肉めいた笑みを浮かべた。
「これからのお前に、似合いの剣だからだ」
「?」
言葉の意味がよく分からなかったが、次のアルディアスの言葉は、俺に衝撃を与えるのに十分な言葉だった。
「セカンダが動いたぞ……第二次魔王討伐軍の予算が下りた」
「!!」
戦慄とともに、俺は悔しさに歯噛みした。とうとう、これまでの苦労は水泡に帰したというわけだ。
世界に存在する七大国。それらを懐柔するため、俺は世界をかけまわった。十年の間に各国と話し合いの場を何度も持ち、魔物の国にも遠征して相互不可侵の重要性を説き続けた。おかげで、一時に比べて魔物と人間の争いは激減していた。
だが、その中でもセカンダ王国だけは唯一懐柔に最後まで抵抗した。治安維持のためと称し、山岳地域に住む狼蒼族や森林地帯の複数の魔物を今でも定期的に狩っては近隣諸国にその成果を高々と披露している。これに怒り心頭の魔獣種の王、獣王ズーディアが常にセカンダへの侵攻の機を狙っており、この地域は常に一触即発の空気が流れている。
おまけに、セカンダは軍備増強のために必要な鉱物資源を狙って、資源の豊富なフォーゼス王国にも戦争を仕掛けようとしていた。フォーゼスの仮面王ラクシャインの激しい抵抗に遭い、結局は断念したようだが、恐らくこの魔王討伐軍編成という名目で無理矢理同盟を結ばせ、鉱物資源を徴収しようという腹なのだろう。
「またか。また、同じ事を繰り返すのか」
「……」
三百年前、ファスタラント王国の始祖ゼロスはアルディアス達魔人族を駆逐することで国家統一を果たしたという。二十数年前、当時のファスタラント王ゼイラムは復活した魔王の討伐という名目で他国との協力関係を築き、俺たちをエンドリオンに送り込んだ。どちらも表向きは脅威の排除を掲げているが、裏にはばらばらになりそうな人間社会の統一という思惑が隠されている。
手近な脅威をあげつらい、目を向けさせて、それ以外の問題から目を反らす。そして脅威が去れば、またばらばらになり、次の脅威を作り出す。何も変わっていない。何も。
「では、やめるか?」
「……!!」
「己は、今も人間は滅ぼすべきだと考えている。お前がその気なら、己はいくらでも協力してやろう」
アルディアスの提案は、今の俺にとって、とても魅力的に思えた。どれだけ努力しても報われず、挙げ句には悪の元凶として討伐の対象となる。これが結末だというのなら、ひっくり返してやりたい。何もかもぶち壊して、刃向かう敵は全部薙ぎ払って、ひっそりと静かに暮らしたい。
けれど。
「……痛むんだ」
「……?」
「彼女に切り落とされた右腕が、痛むんだよ」
剣を置き、俺は左手で、右の肩口を押さえた。
先代の魔王と戦ったとき、俺は右腕を失った。冗談のようなリボン満載の真っ赤なドレスに身を包んだ、まるで幼女のような外見の魔王だったが、その戦闘力は非常に高かった。アルディアスの血を飲んで自ら魔王となったと語った彼女は、百年かけて魔物と人間の争いを止めようとしていた。そんな彼女を、私怨によって勇者となった俺が殺した。悔恨にさいなまれた俺は、彼女の血を飲んで魔王を継いだ。彼女の遺志を継ぎ、世界に融和をもたらすために。
実際にやってみて、それがどれほど大変なことか、身にしみて分かった。魔物と人間の争いを止めるためには、どちらか一方を説得しても意味が無い。双方が納得できる形に持って行くのに、十年かかった。それも、先代の魔王が作った足場を借りて、十年だ。何度も途中で諦めようと思ったが、そのたびに彼女に切り落とされた右腕の断面が痛んだ。これくらいで諦めるのか、そう言われているようだった。
「だから、俺は諦めない。何度でもやり直すよ」
「……そうか。残念だ」
大して残念そうでも無い口調のアルディアスに、俺は苦笑した。多分、最初からそんな気など無かったのだろう。ただ単に俺を試しに来ただけな気がする。
「大丈夫。彼女の遺志は、ちゃんと継ぐさ」
俺の言葉に、アルディアスは振り返りもせずそのまま去って行った。それを見送って、俺は傍らに置いた聖剣エクリプスを再び手に取った。
今後どうなるかは、俺にも分からない。大群がこのエンドリオンに向けて押し寄せてくるのか、それとも俺みたいな雇われ勇者が次々に送られてくるのか。どちらでも良い。彼らが攻めてくるたびに、俺はこう問おう。
最後の一人になるまで戦うか?
それとも、手を取り合って共に生きるか?
さぁ、どっちを選ぶ?
了




