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The / Last / Command  作者: Clown
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第一章 The / Last / Command

「じゃじゃーん! お主が此処にたどり着いた百人目の勇者じゃー!」

「は?」


*****○*****


 思わぬ台詞に、俺は間の抜けた返事をした。

 王城・ファスタラントを出立して早五年。幾多の敵を切り伏せ、幾多の難関を乗り越え、幾多の出会いと別れを繰り返して此処までやってきた。王城からパーティーを組んできた仲間達も、一人減り、二人減り、先日最後の一人が道中の祠で魔物の毒に倒れ急逝した。

 悲嘆に暮れる間もなく、魔王城のある地・エンドリオンに単身乗り込んだ俺。魔王の軍勢の猛攻はこれまでの比では無かったが、全世界の希望を、そして何より仲間達の遺志を引き継いでやってきた俺に、敗北という予感は全くなかった。あるのはただ、魔王の首を討ち取って世界に平和をもたらすと言う未来の予見のみ。

 そうしてたどり着いた、巨大な鉄扉。これまでと風格の違う門構えは、これが終わりへの入り口であることを容易に想像させた。複雑な仕掛けも無く、俺を待っていたかのようにゆっくりと開く扉。その先に、魔王がいる。魔物どもを世に放ち、世界に混沌をもたらした者。神々に祝福された世界を、血と鉄の世界へと変貌させようとする者。

 五代前の王、勇者王ロマノフの、まさに命を賭した一撃によって滅ぼされた魔王。だが十年前、討伐百周年を前に全世界に向けて高らかに復活を宣言し、再び世界を恐怖に包み込んだ。それ以来、魔王を倒し、世界に再び平和を取り戻すべく、幾人もの勇者達が魔王城に送り込まれてきた。

 俺は、此処までたどり着いた幸運を噛みしめ、そして討伐を果たせなかった先の勇者達の無念を噛み潰しながら、扉の先を見つめた。全ての元凶、魔王。その最初の姿を、この目にしっかりと焼き付けるべく。怒りと、嫌悪と、そして曲がりなりにも魔物達を統べる王に対する僅かばかりの敬意をもって。

 なのに。

 なのにだ。

「お? ほれ、どうした勇者。記念すべき百人目じゃぞ? もっと喜ばんか」

「な……納得いかねぇぇぇぇッッッッ!!」

 何これ、何なの、このファンシーな飾り付けのお部屋は!? ひらひらフリルのピンクなカーテンに花柄模様のカーペット、部屋の四隅と中央に吊り下げられた照明はどれもチューリップ型で、おまけにほのかな橙色の光に調光されている。

 部屋の奥に備え付けられた玉座は巨大なビスケットを貼り合わせたように見え、あまつさえホイップクリームがトッピングされているように見えるのは気のせいじゃ無いよな!? そして、その甘い匂いすらしてきそうな玉座に足を組んでちょこんと座っているのは……

「何が納得いかんのじゃ。『魔王』である妾が直々に褒めてつかわしておると言うのに」

「それが一番納得いかねぇぇぇぇッッッッ!!」

 まさか、これが、これが魔王なのか!?

 ふりふりの真っ赤なドレスにリボン満載の、お団子頭に蝶々の飾りを乗っけた、どこからどう見ても趣味の悪い貴族の幼女にしか見えない、これが!?

 悪い夢なら醒めてくれ……いや、そもそも魔王がいること自体が悪い夢なのだが、まさかこんな、こんな緊張感の無い相手が、今まで俺がさんざん苦労して仲間の死を乗り越えてまで旅してきた目的だなんて、悪夢以外の何物でも無い。

 だが、それでもこの幼女が強力な魔物の軍勢の中にいて全くの無傷であることは、何よりも彼女が魔王であるという確固たる証明になり得る。ふざけた内装に目を瞑れば、ここは魔王城の中枢だ。そこにいるべき想像通りの主がいない以上、悲しいくらいに現実は斜め上を向いている。

 倒すのか。これを。今から。

「なんじゃ、目が泳いでおるぞ、勇者。……は!? まさか妾に劣情を!?」

「抱くかッッッッ!!」

「えー、つまらんのぅ……」

 駄目だ。やりとりの一つ一つが、著しくやる気を削ぎ落としていく。そもそも、相手にやる気が一つも感じられない。こちらに対する敵意も、殺意も、全くない。むしろ、喜んでお茶でも淹れようかという歓迎ムードすらある。と言うか、召使いっぽい魔物が今まさにお茶を運んできた。しかも、湯飲みで。

 魔物は魔王の前に湯飲みを差し出すと、受け取ったのを確認してもう一方の湯飲みをこちらに持ってきた。警戒心剥き出しで血塗れの剣を構える俺を一向に気にするそぶりも見せず、魔物は俺の前にも湯飲みを差し出す。

 よく見ると、ちょっと前に苦戦した上級魔法使い系のやつと同じ種族の魔物だった。ただし、服装だけはまるで酒場のホストみたいな格好をしている。いや、させられている、が正解なのだろう。どう見ても服が浮いている。魔物の表情も、どことなしか虚ろで疲れを感じさせた。アレだ。王城で言えば大臣のような中間管理職の顔だ。

 俺は何となく哀れに思いながら、黙って差し出された湯飲みを受け取った。魔物は役目を果たしてほっとしたような顔で去って行く。なんだか妙な気分だった。つい数時間前に殺すか殺されるかの戦いを繰り広げた相手が、幼女に顎で使われてお茶くみをさせられている。シュールすぎて言葉にならない。

「……ところで、魔王」

「ん? なんじゃ?」

 湯飲みの茶をすすりながらすっかりくつろぎムードの魔王にため息をつくと、俺は左手に湯飲みを持ったまま右手の剣を魔王に向けた。

「俺が百人目……と言うことは、その前に九十九人の勇者がいたということだな? 彼らはどうした」

「あぁ、なんじゃそんなことか」

 魔王は何の興味もなさそうに返すと、湯飲みを持たない方の手でパチンと指を鳴らした。すると、魔王の数歩手前にある床が左右に割れて、ぽっかりと穴が姿を現す。遠目では深さまでは窺い知れないが、何となくかなりの深さがあるように見える。

「妾と戦って負けた勇者は、ここから城の外へ放り出すことになっておる。この場で死なれても面倒じゃからな」

「ダストシュートかよ……」

 酷い扱われ方だった。と言うより、一応過去の勇者達はこの魔王と戦おうと言う気になったのだな……。しかも、今のところ魔王の全戦全勝であるらしい。そうなると実力は認めざるを得ないが、未だにこの幼女が戦う姿を想像できない。

 そもそも、歴代勇者達は彼女からどういう応対を受けたのだろうか? 毎度こんなノリで迎え入れられたら、一人くらい馬鹿馬鹿しくなって回れ右しそうなものだが。と言うか、絶対いただろ、十人単位で。

「そう言えば、戦わずしてそこから飛び降りていった者達もいたのぅ。なにやら一様に疲れた顔をしておったが」

「お前の所為だ、お前の」

 いたらしい。と言うか、いっそ俺も今から飛び降りたい。そして何もかも忘れて南の島あたりでロハスに暮らしたい。こんな残念な現実から、早くさよならしたい。

 その辺諸々の残念さ加減を、これまで繰り広げてきた壮絶な冒険の数々が何とか押しとどめていた。ここで逃げては、全てが無駄になる。何とか正気を保って、魔王の討伐を成し遂げねば。

 俺は咳払い一つして何とか平静を装うと、湯飲みの中身を飲み干した。一瞬毒でも入っているのではと思ったが、今までのやりとりから察するにいきなり相手を毒殺するような感性は持ち合わせていなさそうだ。

 不思議な香のする液体の後味を感じる間もなく、俺は湯飲みを床に置いて再び剣を魔王に向けた。魔王はまだずるずると茶を啜っていたが、こちらの気配に気付くと、何となく気怠そうに湯飲みを傍らのテーブルに置く。

「まぁ待て、せっかちな奴じゃのぅ」

「悪いが、茶番につきあってる暇は無いんだ」

「茶番……お主、上手いこと言う」

「掛けてねぇよッッッッ!!」

 ツッコミを動力源に、俺は魔王に向けて踏み込んだ。一気に間合いを詰め、未だ玉座から動かない魔王に向けて渾身の力を込めて剣を振り下ろす。これで決まるとは到底思わないが、相手の挙動や対処から次手を予想し、今後の攻め方を考えるにはまずこちらから攻める方が手っ取り早い。

 避けるか、受けるか、それとも不可視の障壁を有するか。だが、答えはそのどれでも無かった。神に祝福された金属、ミスリルの切っ先が魔王に届こうとした瞬間、魔王の姿があっという間に遠くへ移動したのだ。

 距離感がつかめなくなった所為で思わず崩れそうになる体勢を、何とか立て直す。改めて前を見据えると、魔王は再び湯飲みを持って茶を啜っていた。混乱の色を何とか押しとどめ、俺は周囲を油断無く見渡す。確かに、一瞬のうちに魔王との距離が開いた。だが、それは魔王が移動したのでは無い。

 俺が、元の位置に戻されたのだ。

「だから、待てと言うに」

「く……奇妙な魔術を……」

 苦々しくうめく俺に、満面のドヤ顔を向ける魔王。早く殴りたい。世界とか置いといて、個人的に。

 ようやく飲み干したらしい湯飲みを、これまた調教されきったタイミングでやってきた魔物に渡すと、魔王は初めて玉座から立ち上がった。いや、立ち上がった……と言うよりも、降りた、と言う方が正確かも知れない。ぴょこんと音の鳴りそうな勢いで地面に足をつけた魔王だが、頭の高さが座っていたときと同じだ。

 大仰に胸を張って立つ魔王は、軽く腕組みなどしながら俺の方に向き直った。

「さて、記念すべき来城百人目のお主に、折り入って相談がある」

「相談……?」

 魔王にあるまじき言葉に、俺は思わずオウム返しに問う。世界を蹂躙せんとする者が、一体何を相談しようというのか。その胸中を知ってか知らずか、魔王は急に真剣な顔になってこちらを見据えた。

 そして、重苦しい声でゆっくりと語りかける。

「お主に世界の半分を」

「断る」

「まだ最後まで言っておらぬでは無いかー!」

「言わんでも分かるわッッッッ!!」

 五秒と持たなかったマジ顔を崩壊させて、魔王がダダをこねるように足を踏みならした。使い古されて古典の中でしか見ないような言葉を最後まで言わせるわけには行かない。むしろ、ここまで来た人間にそんな提案をする方がどうかしている。

 一通りジタバタと足を上下した後、魔王はようやく冷静になって息を整えた。何となく恨みがましい目でこちらを見ているが、見えないふりをする。ここへ来て扱いかたが分かった気がしてきた。全く嬉しくないことだが。

 しばらくよく分からない空気が漂ったが、魔王が咳払いをして無理矢理自分のペースに引き戻そうとした。一向に変わった気配は無いが、強引に台詞を続ける。

「……冗談は置いてじゃな。相談というのは、お主らの王についてじゃ」

「王? ファスタラント王ゼイラム陛下の事か」

「そうじゃ」

 世界を統治する七つの国。その中で、最も巨大で、最も影響力のある国、ファスタラント。勇者王ロマノフの治世から先は、それこそ世界を動かす国として強い存在感を放っている。魔王が復活を果たした十年前よりさらに以前から現在に至るまでは、獅子王の名を冠するゼイラム陛下が統治してきた。

 これまでも魔王亡き後の魔物の討伐に積極的であったゼイラム陛下だったが、魔王復活の報を聞いてよりは一層強化を図っていた。各国と連携し、時には自らも動く精力的な活動ぶりは、勇者王ロマノフの再来とも噂されている。

「ゼイラム陛下に、何の用だ」

「ふむ。言いにくいのじゃが……これ以上お主らのような勇者を送るのをやめるよう進言して欲しいのじゃ」

「……なに?」

 俺を含めた魔王城攻略の部隊編成も、彼が指揮していた。エンドリオンは険しい山脈に囲まれた半島の先に位置し、海からは絶壁と岩礁に阻まれ上陸不可能、陸路でも壮絶を極める山道と広大な地下洞窟を抜けなければたどり着けないため、大人数の軍を送ることが出来ない。そのため、希望した精鋭達によって時期を置いて攻略する施策がとられた。

 すなわち、勇者の公募制度。

 勇者王ロマノフは自ら死地に赴き、見事魔王を討伐したが、はっきり言えばそれは無謀とも言える。国を治めるべき王がもし仮に魔王に討ち取られてしまっては、国の存亡にすら関わる。一応当時彼の息子であった穏健王アルスラに全権委譲されてはいたものの、混乱は必至であっただろう。

 それを回避するがための措置であったが、今回で俺を含めた百人以上の勇者と、それに付き添う仲間達が送られている。実際は此処までたどり着けなかった者達もいるだろうから、合計数はさらに多い。

 諦めろ、と言う事だろうか。

「何故そんなことを言う。いつか敗北することが恐ろしいのか」

 わざと挑発的に問うてみる。だが、魔王は今度は顔色を変えず、努めて冷静な声で続けた。

「そうではない。これ以上無駄な血が流れぬようにしたいのじゃ」

「……?」

 今度こそ理解できなかった。何をさして無駄な血が流れているというのか。これまでに送り込まれた勇者達の血か、それともこれまでに俺たちが切り伏せてきた魔物達の血か。

 魔王はそれらの両方を肯定するようにゆっくりと首肯する。

「これまでに、お主達勇者を含め、五百人以上を妾の配下が下してきた。その間に、妾の同胞はその百倍を優に超える犠牲を払った。互いに血を流して既に十年が過ぎようとしている。もうそろそろ、終わりにしても良いのでは無いか?」

「何を言って……」

「妾は、これ以上の争いを望まぬ」

 俺の中で、疑問符の嵐とともにふつふつと怒りにも似た感情がわき上がってきた。これ以上の戦いを望まない? なら、何故俺は此処にいるのだ。何故俺は、仲間達の死を乗り越えて此処まで来たのだ。

 俺の住んでいた町は、ファスタラントからやや遠い田舎町だった。かつては農業でそれなりに栄えていた町だが、今は地図にも辛うじて地名が残っているに過ぎない。北上してきた魔物の群れに襲われ、ほとんど壊滅したからだ。俺がまだほんの幼い頃の話だ。両親と逃げ延びた俺たちはファスタラントの王城近くの町に居を構えた。魔王復活の報を聞いてから先、俺は体を鍛えて今回の勇者制度に志願した。

 魔物がいる所為で、俺たちは元の生活を奪われた。その頂点に君臨する魔王。それを討ち滅ぼすのが、俺の生涯の目的。そう定めて此処までやってきた。

 望まぬ争いの種を蒔いたのは、他ならぬ魔王自身のはずだ。

「そんな理由が通じると思っているのか……!? 俺は……俺たちは、お前の率いる魔物の軍勢に元の生活を踏みにじられた! 世界中の人々が同じ思いを抱いている。だからこそ、俺は今も此処にいる!」

「いや、そう力説されてもじゃな……」

 煮えたぎるままに言葉をぶつける俺に、魔王が何故か困惑したような、いっそオロオロと表現しても良いような微妙な表情を浮かべた。あまり予想していなかった表情に、若干水を差された様な心持ちで魔王と対峙した俺だが、相手は先ほどまでとは打って変わって張りの無い情けない声で呟いた。

「お主達の言う魔物の九割以上は、妾の配下ではないし……」

「…………は」

 一瞬、室内の一切の音が綺麗に消え去った。外界の音も、自分の呼吸音すらも聞こえない静寂。

 そして、


「…………はぁぁぁぁぁぁッッッッ!?」


 思わず上げた奇声に、魔王の体が一瞬びくっと震えた。いや、俺で無くても奇声を上げたくなったはずだ。

「あの凶悪な魔物達を創り出したのはお前ではないのか!?」

「つ、創り出す? 神じゃあるまいに、そんなこと出来るわけが無かろう」

「いや、それは『進化の秘宝』とやらを使って……」

「『進化の秘宝』? 夢物語も良いところじゃ! そんなものがあったら、真っ先に妾の体をダイナマイトボディーに進化させとるわ! そもそも、お主達が魔物と呼んでおる者達の大半は、自然に進化した野生生物じゃぞ?」

「ば……」

 バカな。この世にはびこる魔物は全て、魔王が創り出し世に放ったものだと教わってきた。それが、実際は野生生物? 徒党を組み、無差別に人間を襲う彼らが、そこらにいる牛や馬などと同じだというのか。

「お主達は大きな誤解をしておる。妾は魔王と称してはおるが、実際は妾の配下およそ百万を養う小国の王に過ぎぬ。魔王という呼称も、先代が使用しておったから踏襲したまでで、それをもって『魔物の王』と誤解されているのじゃ」

「だ、だが実際に百万もの魔物を従えているのだろう?」

「お主達の王、ゼイラムも数百万の人間を従えておるはずじゃぞ? それに、人間の国はファスタラントだけではあるまい。セカンダ、サーディア、フォーゼス、フュンフェル、ゼクセン、ジーヴァ。全ての国を集めれば、数千万もの人間がおる。同様に、お主達が魔物と呼ぶ者達にも、それぞれに国があり、王がおる。獣王ズーディア、海王メイルシュトレム、樹王ウディスカ、竜王ドラグノフ……じゃが、彼らが統治する国は構成数が圧倒的に少ない。全てを足し合わせても、五百万もおるまい。勿論、国としてまとまっていない者達の方が圧倒的に多いのは確かじゃが」

 初耳だった。魔王以外に魔物達の王がいることも衝撃だったが、それぞれが人間同様国という概念を持ち、集団を形成していると言うこと。基本的に魔物は人間と異質の存在と思い込んでいた俺には、完全に想定の範囲外だった。

「なら、魔物達が徒党を組んで人間を襲うのは何故だ? お前達魔物の王が指揮していることでは無いのか?」

「このエンドリオン一帯に関して言えば確かにそうじゃが、それはお主達が攻め入ってくるから自衛のために戦っているに過ぎぬ。他の王達にはそれぞれ考えもあろうが、行動原理はほとんどお主達と変わらぬはずじゃ」

「行動原理?」

「捕食か、防衛じゃよ。魔物の中にはお主達が食用としておるものもおるじゃろう。同じように、人間を食用としている魔物も妾は数種族知っておる。それに、魔物と見るや相手が何もせぬうちから攻撃を開始する人間もおるし、そう言った経験を経た魔物は人間を見れば敵と思い込むであろう。逆もまた然りじゃ。今となっては、最早どちらが先に手を出したかは分からぬがな」

 反論できない。確かに、一部の魔物を俺たちは食用にしている。この旅の途中でも、食糧が尽きたときの非常食として良く狩っていた。魔物達も、同じ理由で人間を狩っているのだとしたら。

 魔物は敵。それも、俺たちが親の世代から、いや、何世代にもわたって刷り込まれてきた既成事実。同じように、人間は敵だと刷り込まれてきた魔物達は、何の疑問も持たずに人間を襲うだろう。

 つまりは。

 俺たちは、互いに鏡合わせの存在だと言うことか。

「結局は、妾達もお主達も同じ事をしておる。ならば、互いに共存とは行かなくとも、互いを『そういうもの』として生きていくことは可能では無いか?」

「…………」

「妾が魔王として正式に戴冠したとき、人間の王達にそう書面で告げたのじゃが、どうも挑発と受け取られたようじゃ。以来、妾はお主達の相手をしながら何度か説得を試みてきたが……此処にお主がいることが、その結果じゃよ」

 寂しそうに笑う魔王。その表情に、嘘は無い。恐らく、王城に足を踏み入れた勇者達に何度となく同じ呼びかけを行ってきたのだろう。そして、そのたびに断られてきた。断られ続けてきた。

「……お前、さっき俺が記念すべき百人目だから折り入ってと……」

「……なんの話かのぅ」

 どう見てもわざと目をそらした魔王を白い目で追いながらも、俺は内心穏やかでは無かった。初期衝動はとっくに萎えている。彼女の言葉を全面的に信用したわけでは無いが、筋は通っていた。確かに、エンドリオン一帯に潜む魔物を、他の地域で見た覚えが無い。いや、正確には見てはいるのだろうが、恐らく敵対したことが無いのだろう。

 それに、地域ごとに統制された同種族の魔物が目撃されているのも確かだ。ゼクセン王国の外れで飛龍の群れに遭遇して危うく全滅の危機に陥ったり、海の魔物が地域ごとにはっきりと種族分けされているのも、それぞれの王がいると仮定すれば納得が行く。

 彼らも、ある一定の秩序を持って行動している。決して無秩序に人間を襲っているわけでは無い。それが、真実。

 大義名分は、崩れ去る。いや、ある意味では正当化される。魔王を倒し、魔物達を駆逐し、魔物に脅かされる可能性を排除する。それは、究極の自己防衛だ。脅威があるなら、脅威そのものを取り除いてしまえば良い。例えそれが、見せかけの脅威だとしても。

 本当に、それで良いのか?

「いずれにせよ、後はお主が決める事じゃ。お主もおおかた魔物に不幸をもたらされた人間の一人なのじゃろう。その復讐心を理解できぬ妾でも無い。深淵に根付いたそれを撤回することは、その上に成り立つ全てを無にすることに等しい」

「…………」

 俺は、魔王を倒したかった。倒せば世界は平和になり、魔物に襲われて死ぬ人もいなくなる。俺たちのように、惨めな思いをする人間もいなくなる。だから、倒す。送り出してくれた王の期待に、応援してくれた人たちの熱望に、そしてかけがえのない仲間達の遺志に応えるため。

 違う。

 本当は、自分自身のためだ。魔王の言うとおり、自分の復讐心を満たすために、俺はこの旅を始めた。自分自身の怒り、憤り、恨み、呪い。それら全てを、鬱積した負の感情を、全て魔王という存在に背負わせるために。

 背負わせ、屠るために。

「じゃから、お主が妾と戦うというのなら、妾は全力で相手をしよう。それが、此処まで来たお主への最低限の礼節。そして、妾の国を護るためにも」

「……俺は……」

 俺は……どうすれば良い?




→たたかう(The / Last / Command Aへ)


→みおくる(The / Last / Command Bへ)

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