気まぐれちゃんとオタクくん
よろしくお願いします
『ショウタおにーちゃん、まってたよ!あゆみとあそぼー?』
ケータイの小さな画面の中で、制服姿の女の子が手を振る。
「いやー、良いわぁーあゆみちゃん。」
ベッドに寝転がった男がうっとりと呟く。
伊草大河。ボサボサの黒髪に黒ぶちメガネ。ひょろりとした長身のやせ形。アニメ好き。いわゆるオタクである。
彼はもっぱら動画をながめては、あゆみちゃんまじ可愛い! まじ俺の癒しってニヤニヤしている。
「だよね、いつ見ても神だわ。」
ついでに私もあぁあゆみちゃんマジ天使最高! ってヘラヘラしている。同類だ。
「幸ちゃん、アイス買ってあるけどいる?」
伸びきった前髪の奥から穏やかな瞳が覗く。そっと気遣うような低い声は私のお気に入りである。これは内緒。
「ん、いる。」
そういって手元のマンガに再び目を落とす。
伊草くんはバイト先の友達だ。バイトを辞めてしまえばすぐに消えるつながり。だからこそネコを被らず気楽に話せる。心地のよい友人関係である。
"あのマンガ新作が出たから買ったんだよ。"
″え、気になる。それ読みにいきたい。″
そういって彼の家に行くのは何回目だろうか。動画を見て、マンガを読んで、ご飯を食べてまでが定番。
時刻は深夜23時。今日も時間が経つの早かったなぁ。ちょっとからかって帰るか。
「『ショウタおにーちゃん』」
「え、それ似てる。」
伊草くんがこっちを向いて目を見開いた。
「でしょ。『イグサおにーちゃん』」
「あー、……それ効くわ。」
どうやら声マネは好評らしい。口元が緩んでいる。
「『イグサおにいちゃん、あゆみとあそぼー?』」
「やめてやめてやめて、だいぶそれ効くから……。」
とうとうベッドに倒れこんで顔を覆ってしまった。
「お、言わない方がいいかい?」
「いやゴメンありがとうむしろもっと言って……。」
「ふはっ! どうした、顔ニヤけてるぞー?」
珍しい。いつも落ち着いて大人な伊草くんがデレデレだ。
だから、とことんまでやりたくなってしまった。人の性というものだ。これが間違いだった。
「『大河おにーちゃん、だーいすき! ずっとまってたよ?』」
ちょっと恥ずかしいが、しょうがない。あえて、下の名前で。伏せている彼の耳元でささやく。
瞬間、手首に衝撃が走り引っぱられる。そのままベッドに突っ込んで、気づいた時には彼の潤んだ瞳が目の前にあった。
「ね、それ以上言われたら俺もう我慢できない……。」
今度は私が目を見開く。
……意外とキレイな顔してるんだなあ。あ、手が大きい。体もゴツゴツしてるしやっぱ男の子なんだ……。手の温もりとちょっと荒い息づかいと赤くなった顔。全てが彼のことを伝えてくる。
「あんまり言ったら監禁しちゃうからね?」
大丈夫、私は今すごいことを聞いた気がするが聞いてないから大丈夫だ。たぶん。
「……じゃあもう言わない。」
辛うじて出たのはこれだけ。
気のせいだろうか。なんだか顔が熱いような……。目をそらしたいけど、そらしたくないような。
掴まれたこの手だって本当は離したくないような。
「えぇー、もっと言ってよーリアル3Dあゆみちゃんじゃん。いつでも聞けるとか俺しあわせ。」
「……百回くらい死んでこい。」
「なんで!?」
わかってるよ。いつでも声を聞けるように監禁したいくらい可愛いもんな。あゆみちゃん。私も彼女のことは好きだよ、うん。
でも何だろう、ちょっと残念な気がするのは気のせい……な、はず。
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