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無知で無力な生徒は、授業で苦戦する 3

 おかげさまで夜の集計で、ジャンル別日刊9位、総合日刊16位になりました。

 ありがとうございます。

 とにもかくにも、ミューレ学園であれこれ学ぶ日々は始まった。

 初日はかなり慌てふためいていたリアナだが、ソフィアやティナのフォローもあって、なんとか落ちこぼれることなくついて行くことが出来ている。


 そして――一週間ほどが過ぎたある日。リアナがその日に学んだ内容を書き留めたノートに目を通していると、誰かが背中に抱きついてきた。

 ふよんと、柔らかな二つの膨らみが背中に押しつけられる。


「……ソフィアちゃん?」

「えへへ、良くソフィアだって分かったね?」

 リアナの背中に張り付いたソフィアが耳の側で話しかけてくる。

「こんなことするの、ソフィアちゃんしかいないじゃない」

 休み時間のたびに机に突っ伏していたのは最初の頃だけ。いまでは少し余裕が出てきたこともあり、ソフィアやティナ以外のクラスメイトともだいぶ仲良くなった。とはいえ、リアナに抱きついてくるようなクラスメイトは、今のところソフィアだけだ。

 ついでに言えば、背中に押しつけられる膨らみの大きさも、ソフィア以外にありえない。あたしより年下なのに……と、リアナは自分の胸を持ち上げてみる。

 明らかな質量の違いに、思わずため息がでた。


「……それで、今日はどうしたの?」

 肩越しに、ソフィアに向かって問いかける。するとソフィアはリアナの背中から離れ、正面へと回り込んできた。そうして天使の微笑みを向けてくる。


「あのね。お茶会をしたいの。それでそれで、ティナお姉ちゃんとリアナお姉ちゃんを招待したいなぁ……って思ったんだけど。これから、どうかなぁ~?」

「お茶会? もちろん歓迎だけど……?」

 リアナは青みがかった髪を揺らして首を傾げる。

 最近の日課は、足湯でお茶菓子を楽しみながらのお勉強会。お茶会という言い回しは初めてだけど、断るはずなんてないのにと思ったからだ。

 ――なお、なぜソフィアがそんな言い方をしたのか、ここでちゃんと確認しなかったことを後で悔やむことになるのだが……このときのリアナは知るよしもない。



 という訳で、ティナと合流。学生寮に向かうことになると思ったのだけれど……ソフィアが向かったのは、学生寮の向かいにある大きなお屋敷だった。

「えっと……あの、ここ、グランシェス家のお屋敷、だよね……?」

「うんうん、そうだよ~」

「えっとぉ……そうだよ~じゃなくて――って、ソフィアちゃん!?」

 迷わず、お屋敷の入り口へと歩き出してしまう。慌ててソフィアの後を追いながら、どうしたら良いのかとティナに視線を向けると……ティナは苦笑いを浮かべていた。


「えっと……ティナは事情を知ってるの?」

「……あはは。以前、ソフィアちゃんから聞かされたからね。だから、ソフィアちゃんがお茶会って言うから、たぶんそういうことじゃないかなぁとは思ってたよ」

「それって、どういう……」

「リアナも、もう気付いてるんじゃない?」

「それじゃ……ソフィアちゃんは、貴族、なの?」

「正確には、リオン様の義妹、なんだって」

「義妹……」

 どういうことだろうとしばらく考え、一つの結論に至った。

 貴族は才能ある子供に援助し、教育を施すことがある。そして、そのレアケースとして、養子にするという話を聞いたことがある。ソフィアは幼いながらも非常に優秀なので、それが理由で養子になっているのだろう。

 いままでの違和感はそれが理由だったのかと、リアナは納得した。

 納得したのだが……


「……え? それじゃいまから、このお屋敷で、お茶会を、する……の?」

「うん。それに、たぶんだけど、リオン様も顔を出してくださるんじゃないかな……?」

「え、ええええええぇぇぇぇぇっ!?」

 リアナの悲鳴がお屋敷の入り口に響き渡った。


 ちなみに、悲鳴を聞きつけたお屋敷の警備らしき者達が様子をうかがいに来たのだが、ソフィアを見ると、挨拶をして立ち去っていった。

 どうやら、ソフィアが貴族の養子だというのは本当らしい。


「あ、あたし、リオン様の前でお茶を飲むなんて出来ないよ!?」

 授業で少しだけ、ほんの少しだけ礼儀作法について習っている。だけど、だからこそ、自分がどれだけ礼儀を理解していないかを知っている。

 なんとかして辞退しようと思ったのだけれど――


「リアナお姉ちゃん、お茶会……嫌なの?」

 足を止めて振り返ったソフィアが悲しげで、思わず言葉に詰まってしまった。

 しかも――


「ソフィア、リアナお姉ちゃんが嫌なら、無理にとは言わないよ。残念だけど、リアナお姉ちゃんの分のお菓子は、後で部屋に届けてもらうね」

「ちょ、ちょっと待って。あたしの分って……なに?」

「え? さっき、リアナお姉ちゃんとティナお姉ちゃんを連れて行くから、お菓子をたくさん準備しておいてねってお願いしちゃったんだけど……?」

「あうぅ……」

 既に、リアナが出席することを連絡済み。こうなっては逃げることは出来ない。と言うか、逃げる方が失礼になってしまう。そう思ったリアナは、観念することにした。



 ただ、出来れば、リオン様が同席なんてことだけにはなりませんように――と、リアナの願いもむなしく……案内されたお屋敷のサロン。

 ソフィアとティナとリアナ。その向かいの席にはリオンの姿があった。


「二人とも、今日は良く来てくれたな。アリスが腕によりを掛けて、お茶菓子を用意してくれたから、思う存分楽しんで言ってくれ」

「ほ、本日はお招きいただき、あり、ありがとうございます」

 つっかえながらもなんとか挨拶するが、緊張でなにを言っているか分からない。

 目の前には見たこともないお菓子がたくさん並んでいるが、それが食べ物であると理解する余裕すらのない。

 そもそも、リアナは先日までただの村娘でしかなく、目上の元の接する機会がなかった。だから、グランシェス伯爵に仕えるメイドや騎士が相手でも緊張していた。

 ましてや、リオンは更に上の存在。普通に話すだけでも緊張するのに、部屋で向き合って座っているなんて……と、リアナはテンパっていた。

 だが、とうのリオンは気にした風もなく、ソフィアとおしゃべりをしている。


「しかし、ソフィアが友達を連れてくるなんてなぁ……」

「えっと……ダメだった?」

「ダメなはずないだろ。ソフィアに友達が出来るか心配していたんだ。だから、俺もアリスも、ソフィアから友達を連れて来ても良いかって聞かれて、凄く喜んでるんだ」

「……ほんと?」

「ああ、このたくさんのお茶菓子も、お祝いだって、アリスが用意してくれたんだぞ」

「そっかぁ……えへへ」

 ソフィアに優しい眼差しを向けるリオンに、リオンに信頼の眼差しを向けるソフィア。そのやりとりは、仲の良い兄妹そのものだ。


 お父さんからは、リオン様は良くない噂ばかりあるって聞いてたけど、噂って当てにならないんだなぁ……と、そこまで考えたところで、リアナはふと思い出してしまう。

 ソフィアが、将来はお兄ちゃんのお嫁さんになりたいと言っていたことを。


 あれって……もしかして? でもでも、リオン様にはアリス先生が。うぅん、それだけじゃなくて、クレアリディル様もなんか言ってたし――とリアナは混乱した。

 そして一杯考えた末に……忘れることにした。それから、現実逃避するように視線を巡らし、涼しい顔で紅茶を飲んでいるティナに視線を向けた。


「ねぇねぇ、ティナはあんまり慌ててないよね。もしかして、前にもこんなことが?」

 リオン達には聞こえないように、コッソリと問いかける。

「え、私? うぅん、お茶会に呼ばれるのは今回が初めてだよ」

「そうなの? それにしては、あんまり緊張してないように見えるけど」

「あぁ……うん。色々あってね」

 なにやら苦笑いで遠い目をする。そんなティナの態度が気にならないはずがない。ということで、「なにがあったの?」とストレートに問いかけた。


「……あのね。去年はまだ先生が少なかったの。たとえば、ミリィ先生達が先生になったのは今年から。去年は先生じゃなくて補佐。半分は生徒みたいな立場だったんだよ」

「そう、なんだ……?」

 でも、それがどうしたんだろう……と思ったのは一瞬。ティナがリオンを見ていることに気付いて、まさかという推論に思い至った。


「去年は……先生だったの?」

 誰がとは聞くまでもない。視線の先にいるのは、ソフィアとおしゃべりに興じるリオン。そしてティナは、「うん。リオン先生と……もう一人、クレア先生」と呟いた。


 もう一年以上前になるが、グランシェス伯爵家の当主とその正妻、そして跡継ぎと目されていた長男は何者かに殺されたという。なので、いまのグランシェス伯爵家は当主が不在。

 お手つきになったメイドの子供であるリオンが当主代理の座につき、長女にして正妻の娘であるクレアリディルは補佐として働いている。

 そんな二人が先生。ティナ達が去年、どれだけプレッシャーを感じながら授業を受けていたのか……自分はまだマシかもと思った。


「ところで、リアナだったか?」

「――ひゃいっ!?」

 急に名前を呼ばれて飛び跳ねる。椅子に座っていたのに、数センチは身体が浮いた。そんなリアナを見て、リオンが「脅かしたか、すまん」とすべてを察したような顔をする。

 もういっそ笑って、笑ってよ――っ! くらいの勢いで泣きそうになるが、リアナは真っ赤な顔でぷるぷるしながらも「大丈夫です」と取り繕った。


「そ、そうか。……えっと、リアナに聞いて良いか?」

「な、なんでしょう?」

「学校生活はどうかなと思って。なにか不満とかはないか? いや、不満じゃなくても、なにか言いたいこととかあれば、遠慮なく言ってくれ」

「い、言いたいことだなんて、そんな……」

 貴族に意見するなんて恐れ多いと怯える。だけどそれと同時に、リアナの中で一つの思いが膨れあがった。そしてその思いは、貴族に対する恐怖心を凌駕する。


「あ、あの、リオン様、お願いです。あたしを村に帰らせてください!」

 リオンに向かって思いの丈をぶつけた。その言葉に、ティナやソフィアが息を呑むのを気配で感じる。だけど、それでも、リアナはリオンをまっすぐに見つめ続けた。


「……理由を、聞かせてくれ」

 長い沈黙の後、リオンが絞り出すような声でそういった。

 その表情からは、リオンが怒っているかどうかは分からない。けれど、快く思っているはずがない。リアナは申し訳ない気持ちになりながらも、実は……と口を開く。


 リアナは、このわずかな期間で学んだことですら、村の収穫に大きな影響を及ぼせるはずだと考えている。だから、次の種まきまでに、連作障害のことだけでも伝えたい――と。

 そんな思いをリオンに向かって捲し立てた。

 それを聞いたリオンは――脱力してしまった。


「……脅かすなよ。それならそうって、先に言ってくれ」

「え? あの、えっと……?」

 リアナは現在、グランシェス家に衣食住の面倒を見てもらった上で、学園で様々な知識を学んでいる。そんなリアナが村に帰らせて欲しいと言った。物凄く自分勝手なお願いで、罰を耐えられても仕方がないとリアナは思っていた。

 だからいまのリオンの態度は、リアナにとって本当に驚きだった。


「あの……怒って、ないんですか?」

「ちょっと怒ってる。ミューレ学園にそこまで不満があるのかって驚いたからな」

「……え? あっ、ち、違います! あたしはただ、村のみんなにもこの知識を伝えたいって思っただけで、いまの環境に不満があるなんてありえません!」

 自分がどんな誤解を招いたのか理解して、あたふたと謝罪を始める。


「そうか。心臓には悪かったけど、リアナの言い分は分かった。ただ、その提案は却下だ」

「……そう、ですよね」

 普通の貴族が相手なら、無礼だと暴力を振るわれても仕方がない。普通に却下されただけ、良かったと思うところだろう。そんな風に自分に言い聞かせる。


「リアナ、勘違いしているだろ?」

「勘違い、ですか?」

「ああ。勘違いだ。俺が却下したのは、リアナを村に帰還させることだけ。リアナの要望を却下した訳じゃない――と言うか、その件なら既に対応済みだ」

 どういうことだろうと、リアナは紫の瞳でリオンを見つめた。


「各村に食糧支援をおこなっているのは知っているか?」

「はい、レジック村も、あたしがここに来る頃から、支援をしていただくことになってました。いまもしてもらっているんですよね?」

「ああ。それでその際に、直ぐに改善できるような問題は、伝えるように手配してあるんだ」

「え、それじゃ……?」

「リアナの故郷にも、連作障害の概念や、その対策くらいは伝えてあるってことだ」


 驚きの事実――ではなかった。リオンは村人達のことをちゃんと考えると言ってくれていた。であれば、リアナが思いつく程度のことはしてくれていて当然。

 リアナはすぐにそのことに思い至った。


「すみません、あたし、なにも知らなくて。リオン様を疑うような真似を……」

「いや、謝ることはないよ。それより、その考えは、自分で思いついたのか?」

「えっと……そうですけど?」

「そうか……」

 リオンがなにから考える素振りを見せた。やっぱり、怒らせてしまったのだろうかと、リアナは少しだけ不安に思ったのだが――


「ねぇねぇ、リオンお兄ちゃん、リアナお姉ちゃんって、凄いでしょ~?」

「たしかに、ソフィアの言うとおりだな。……うん、この時期でここまで考えるなんて、リアナが初めてなんじゃないか?」

「ソフィアもそう思う。ティナお姉ちゃんは、最初はお勉強してなかったしね」

「――ちょ、ソフィアちゃん!? その話、いまする必要ないよね!?」

 リオンとソフィアのやりとりに、いきなりティナが顔を真っ赤にして慌て始めた。それを聞いたリアナは「どういうことなの?」とティナに向かって首を傾げる。


「うぅ……あのね、私もリアナと同じなの。ここに連れてこられたときの私は奴隷で、貴族様の慰み者にされると思って……」

「あぁ……」

 なんとなく理解した。リアナもここに連れてこられてお風呂に放り込まれたとき、汚いままなら、夜伽の相手に選ばれないかもと考えた。

 もし、その後も誤解が解けていなかったら、勉強でも同じことを考えただろう。


「へぇ、ティナまでそんな誤解をしてたんだ。と言うか、慰み者になるのが嫌で勉強をしてなかったなんて、初耳だぞ」

 リオンが何気なくそういった瞬間、ティナは物凄い勢いで両手を振り始めた。

「ちちっ違います! そのころはリオン様のことを知らなかったから。だから、その……いまなら、えっと、な、なんでもないです!」

 態度だけでも丸わかり。そしていまにして思うと、ティナは普段おしとやかに振る舞っているが、ときどき元気な村娘といった本性が出る。

 そして、リオンのまわりにはおしとやかな女の子が多い。そこから導き出される答えは……と、リアナはすぐにティナの気持ちを察した。


 けれど、当の本人であるリオンは、「そんなに慌てなくても、いまのティナが勉強を頑張ってることはちゃんと知ってるぞ」なんて言っている。

 いくらなんでも鈍すぎじゃないかな? それとも、アリス先生と恋仲だから、他の人は眼中にないのかな? なんてことを考える。

 その直後――


「パトリック様、そちらに行かれては困ります。直ぐにお取り次ぎをいたしますので、待合室でお待ちください!」

 不意に、廊下からそんな声が聞こえてきた。それがなにを意味しているのか、リアナが理解するよりも速く、部屋の扉が開け放たれた。

 姿を現したのは、いかにも貴族といった金髪碧眼の男。その男はお茶会の席を見回すと、ソフィアのところで視線を定めた。

 

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