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無知で無力な生徒は、授業で苦戦する 2

 初日の授業はつつがなく進み、そして放課後になった。クラスメイト達がおしゃべりをしながら帰り支度を始める。そんな中、リアナは授業で習った内容を思い返していた。

 本音を言えば、つつがなく――とは言いがたい。読み書きに算数。それに歴史の勉強など、リアナは授業に付いていくのが精一杯だった。

 ただ、リアナが思い返しているのは、それらの科目ではない。

 一番必死に聞いた、農業に関する授業だ。初日なので、授業で習った内容は触りだけだったが――連作障害に、肥料の作り方や必要性。酸性度の概念や、治水のあれこれなどなど。

 リアナにとっては、何物にも代えがたいほど貴重な内容だった。


 中でも連作障害の対策は、リアナにとって重要度の高い話だ。

 なぜなら、連作障害で発生する症状に心当たりがあり、なおかつ対策が比較的容易。つまり、いまのリアナが村に帰るだけでも、村の食糧事情を改善出来る可能性がある。

 いますぐ村に帰り、習った知識をお父さんに伝えたい――と、リアナはそんな風に考える。


 だけど、リアナはリオンの要請でここに来て、衣食住の面倒を見てもらっている。なので、自分の都合で帰りたいと言っても、許してもらえるはずがないことも理解している。

 なんとかして、お父さんにこのことを伝えられないかな――と、リアナは考えていた。そんなリアナの背中に、急に誰かが飛び乗ってくる。


「リアナお姉ちゃん、お疲れだよ~」

「うぐぅ……ソフィアちゃん、重い……」

 まだ色々と発展途上のリアナは、机に押しつけられて胸が苦しいとうめく。ちなみにソフィアは五つも年下なのに、背中から伝わる感触はふよんとしている。

 お勉強だけじゃなくて、もしかしたら胸の大きさまで負けて……とリアナは戦慄した。


「大丈夫だよ、リアナお姉ちゃんもきっとこれから成長するよ~」

「……え?」

 まただ。また、考えてることを読まれた。もしかして、ソフィアちゃんは本当に、人の心が読めるのかな? なんて、ちょっとありえないことを考えてしまう。


「お勉強、大変そうだね」

「……え?」

「さっきから唸ってるの、お勉強のことであれこれ考えてたからでしょ?」

「あ、あぁ、うん。そうなの」

 なんだ、あたしがバテてるのを見て心配してくれたのか――と、リアナは納得した。

 そもそも、人の心を読むなんて……と考えたリアナは、それがありえない話ではないことを思い出した。この世界には魔術が存在するし、恩恵と呼ばれる特殊な能力も存在するからだ。

 とはいえ、その中には、人の嘘を見抜くなんて能力もあるが……それらは非常に希有な能力だ。もしそんな能力を持っていれば、それだけでお城仕えだって夢じゃない。

 学校の生徒に、そんな特殊な力を持った子供がいるはずがない。だから、ソフィアはただたんに勘が凄く良い子なんだろうと結論づけた。


「ねぇねぇ、リアナお姉ちゃん。良かったら教えてあげようか?」

「え、なにを?」

「お勉強だよぉ。今日の授業はもう終わりだから、分からなかったところを教えてあげるよ」

「う、うぅん……」

 ありがたい。ありがたくて、いますぐにお願いと飛びつきたくなる。

 自分なりに考えたことのある農業はともかく、いままでは考えもしなかった歴史などなど。リアナはお手上げ状態。それを教えてもらえるのは非常にありがたいのだが、ソフィアはリアナより五つも年下。アリアと同い年の女の子だ。

 そんなソフィアにお勉強を教えてもらうのは、なんだかちょっとプライドが。

 そう思ったリアナは、ほぼ同い年のティナ。と言っても、一つ年下だが――を巻き込もうと、愛らしい黒髪を捜して周囲を見回した。


「ちなみに、ティナお姉ちゃんは、今日は用事があるって先に帰っちゃったよ?」

「あうぅ……」

 どうやら、一人で必死に復習をするか、もしくはソフィアに教えてもらって復習するか。選択は二つしかないらしい。

 悩んだのは一瞬、妹の村のみなのために、リアナは残っていたプライドを丸めてポイした。



 そんな訳で、ソフィアに連れてこられたのは、学生寮にある一室だった。膝くらいの高さのテーブルがいくつも並んでいるのだが、その足下が掘り下げられてお湯が張ってある。

「ソフィアちゃん、これは?」

「これは足湯って言うんだよ」

「……あ、これが足湯なんだ」

 足湯というのは、学生寮に入ってから何度か聞いた単語だった。足のお湯ってどういう意味だろうと不思議に思っていたのだが、目の前の光景を見てようやく理解する。


「あ、靴は板張りのところに上がる前に脱いでね~」

「あ、うん、分かった~」

 リアナは靴を脱いで、更にはガーターベルトの留め具を外してニーハイソックスを脱ぐ。そうして、ソフィアと向かい合って、おっかなびっくり足湯に足を付けた。


「ふわぁ……暖かい」

「えへへ、そうでしょ~」

 先ほどから、ソフィアは上機嫌だ。そんなに足湯が好きなのかな? とソフィアの顔を盗み見る。するとリアナの視線に気付いたソフィアがどうしたの? と言いたげに首を傾げた。


「なんでもないよ。それじゃ、さっそくお勉強を教えてもらっても良いかな?」

 最初は、五つも年下のソフィアに勉強を教わることを躊躇していたリアナだが、ここに来て開き直っていた。そうして、ソフィアに勉強を教えて欲しいと頭を下げる。


「うん。もちろんだよ~。それじゃ、最初は……やっぱり、読み書きのお勉強か、かな」

 ソフィアは前置きを一つ。どこからともなく、薄くて白い紙を取り出した。

 ちなみに、リアナはここに来るまで見たことは愚か、聞いたこともなかったのだけれど、最近グランシェス伯爵領で開発された、羊皮紙に変わる植物紙だそうだ。

 勉強をするためにと配られたのは少数だけ。まだ数が少ないから無駄遣いはしないようにと念を押されたのだが……ソフィアは、その紙の束をテーブルの上に置いた。


「……ソフィアちゃん、それ、どうしたの?」

「これは、ソフィアの私物だから、好きに使って良いよ~」

「へぇ……そうなんだ」

 学校で授業中に配るくらいだから、そこまで高いものではないはずだ。

 けれど、開発されたばかりの植物紙を持ってるなんて、ソフィアちゃん、やっぱりただ者じゃないよね……と、リアナは感心した。


 なお、いまはまだ希少価値が高く、貴族が金に糸目をつけずに欲しがるほど珍しい代物なのだが……リアナはそんなことは夢にも思わない。

 それじゃ、一枚使わせてもらうね――と、ソフィアから紙を受け取った。


 そうして、リアナはソフィアから読み書きを学ぶ。いままで文字という存在に触れたことがないリアナにとって、それはなかなかに大変な授業だった。

 けれど、リアナは持ち前の集中力で、頑張って文字を覚えていく。そうして半刻が過ぎた辺りで、ソフィアが休憩しようかと切り出した。


「あたし、まだまだ頑張れるよ?」

「やる気があるのは良いけど、ときどき休んだ方が効率は良いんだよ~」

「そう、なの?」

「うん、お兄ちゃんが言ってたの」

「へぇ~、そうなんだね」

 勉強を教えてもらっているあいだにも、お兄ちゃんという言葉は頻出している。どうやら、ソフィアが優秀なのは、そのお兄ちゃんとやらに勉強を教わったからのようだ。

 なので、リアナの中でも、その“お兄ちゃん”に対する信用は上がっている。ソフィアちゃんのお兄ちゃんがそう言ったのなら――と、リアナは休憩することにした。



「それにしても、ソフィアちゃんは先生達と仲が良いよね」

 リアナは今日の授業で抱いた感想を口にした。ひいきされているという訳ではないのだけれど、なんと言うか……先生は大抵、ソフィアを妹を見守るような目で見ているのだ。

 もっとも、リアナも同じような目で見ているので、ソフィアの人柄なのかもしれないが。


「うん、みんな優しいからね~。でも、ライリー先生はちょっと恐いかなぁ……」

 ソフィアは少しだけ困った顔で呟いた。

「あぁ……ライリー先生、声が大きいし熱血だもんね。あたしは良い先生だと思うけど……」

 歴史を担当する、ミューレ学園の中では数少ない男の先生。かなり熱血な先生で、授業について行けずに焦るリアナ達に対しても、ちゃんと丁寧に説明してくれた。

 リアナはわりと気に入っていたのだが、ぐいぐい来るライリーの性格を、人見知りの激しいソフィアが苦手とするのは必然といえるだろう。


 とはいえ、お世話になっている先生の悪口を言うのは気が引ける――という訳で、リアナは「じゃあ、ミリィ先生は?」と話の対象を変えた。

 ちなみに、ミリィはおそらくリアナより少し年上くらい。物凄く胸が大きくて包容力のあるお姉ちゃんというイメージ。

 間違いなく、ソフィアは慕っていると予想したのだが――


「ミリィ先生は、ソフィアのお母さん、かな」

「――ぶっ!?」

 斜め上の返事が返ってきて、リアナは思わず咳き込んでしまった。たしかにソフィアはリアナより五つ年下で、ミリィはリアナより少し年上くらい。

 十歳くらいは離れている可能性はあるけれど、いくらなんでもお母さんは怒られるんじゃないかなぁと、リアナは冷や汗を掻いた。


 それになんと言うか……ミリィは凄く優しそうなのだが、怒ると恐そうな雰囲気もある。朝の一件もあり、怒らせてはいけない先生としてリアナは認識していた。

 という訳で、ミリィの話も不味いと思ったリアナは、新たな話題を探す。そうして、ソフィアが、ちゃぷちゃぷと足湯に付けた足を揺らしていることに気がついた。


「足湯、気持ち良いよね。あたし、こんなのがあるって知らなくてびっくりしたよ」

「うんうん、ソフィアも最初は凄く驚いたよ。ソフィア、温泉だぁい好き」

 無邪気に笑うソフィアが可愛いと、釣られてリアナも微笑む。


「ソフィアちゃんは、他にどんなものが好きなの?」

「うぅん……そうだね。あっ、ソフィアはプリンも大好きだよ!」

「……プリン? あ、夕食の最後に出た、甘い食べ物だね」

 至高の味を思い出して、リアナは顔を蕩けさせる。


「うんうん、凄く美味しいよね。……あ、ちょうど良かった。アリスお姉ちゃ~ん」

 ソフィアが不意に、入り口の方に向かって声を掛けた。

「アリスお姉ちゃん……って、アリス先生!?」

 振り返ったリアナは、入り口を見てぎょっと目を見開く。


 ソフィアが気安く呼びかけたのは、桜色の髪をなびかせるエルフのお姉さん。

 もと奴隷で、毎晩リオンの閨に呼ばれていた――のは、真面目な勉強が目的だったらしいけれど、リオンと恋仲とも噂の、農業を始めとした生産全般の先生だったからだ。


「だ、ダメだよ、ソフィアちゃん、先生をそんなに気安く呼んだら!」

「リアナの言うとおりだよ、ソフィアちゃん。学校では先生だって言ってるでしょ」

「だってぇ~、ここは学校じゃなくて学生寮だよ?」

 そういう問題じゃないよね!? なんて感じでリアナは真っ青になって取り乱す。

 そして――


「学生寮は学校に入るんじゃないかなぁ……別に良いけどさ」

「良いんだ!?」

 思わず思っていたことを口に出してしまい、慌てて口を自分の手で塞ぐ。リアナが恐る恐るに視線を向けると、アリスティアはクスクスと笑っていた。


「リアナは、ソフィアちゃんと仲良しなんだね」

「えっと……はい。なんだか、気に入ってもらえたみたいで」

「リアナお姉ちゃんは、とっても優しいんだよ!」

「ソ、ソフィアちゃん、そんな風に持ち上げられたら恥ずかしいよ」

 それに、自分は別に優しいと言われるようなことをしていない。リアナはそんな風に思ったのだけれど、アリスティアは「へぇ~そうなんだ~」となにやら感心を始めた。

 いや、それだけならばまだ分かる。だけど――


「本当に凄いね。もしかしたら、将来は私の妹になるかもしれないね」

「……妹、ですか?」

 どういうことだろうと首を傾げるが、アリスティアは微笑むだけで答えてくれなかった。

 アリスティアはもちろん、メイド達も良い人揃いなのだが……相変わらず、良く分からないことが多すぎる。なんか不思議なところだよね、ミューレ学園って――と、リアナは思った。


「ところでソフィアちゃん、ちょうど良かったって言ってたけど、私になにか用事?」

「うん、ソフィア、プリンが食べたいなぁって思って。そしたら、ちょうどアリスお姉ちゃんがいたから」

「ソッソソ、ソフィアちゃん!?」

 先生であり、貴族の関係者でもある。

 そんなアリス先生を使用人扱いだなんて、なんて失礼なことを――と思ったリアナは慌てて立ち上がった。弾みでふとももを机にぶつけて泣きそうになる。


「~~~っ」

「リ、リアナお姉ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫、だよっ」

 むしろ大丈夫じゃないのはソフィアちゃんの方だよ! と、内心でうめく。だけど、だからこそ、ソフィアが怒られる前にと、リアナは口を開いた。


「そ、それより、プリンが必要なら、あたしがもらってくる、よ! えっと、食堂に行ってお願いすれば良いんだよね!?」

 ソフィアがアリスティアに怒られないように、リアナは必死に捲し立た。そうして足湯から出ようとするけれど、そんなリアナの腕をアリスティアが掴んだ。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。いつものことだから」

「い、いつものこと、なんですか? ソ、ソフィアちゃ~ん……」

 ダメじゃないと咎めるように視線を向けるが、ソフィアは小首をかしげている。教室での鋭かったソフィアちゃんはどこに行ったのよと、リアナは心の中でうめいた。


「と、取り敢えず、今日はあたしが行きますね」

 せめて自分がいるときくらいはと思ったのだが、アリスティアは首を横に振った。

「ソフィアちゃんのこと、心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だよ。それに、ソフィアちゃんが欲しがってるのは、まだ食堂では手に入らないんだよね」

「……えっと、どういうことですか?」

 リアナが最初に思ったのは、どこかで作ったものが屋敷に運び込まれるというパターン。それなら、貴族関係者にしか取りに行けないのは分かるのだが――


「食堂にもプリンはあるんだけど、そっちは焼きプリンなの。で、ソフィアちゃんが欲しがってるのは、冷やして作るプリンなんだよね」

「冷やして作る? ……それが、どこかから届けられるんですか?」

「うぅん。このレシピを知っているのは、この世界で私達だけだから。作るのは私だよ」

「せ、世界で私達だけ? アリス先生が作るんですか?」

「うん。精霊魔法で冷やして、ちょいちょいっとね」

「ちょ、ちょいちょい……」

 もはや、どこから突っ込めば良いか分からない。そんな思いで呆気にとられていると、アリスティアは「それじゃ作ってくるね」と行ってしまった。


「ソ、ソフィアちゃん、本当に大丈夫なの?」

「うん、アリスお姉ちゃんは、お菓子作りも上手なんだよ」

「……いや、あたしはそういうことを言いたかった訳じゃないんだけど……」

 ソフィアが何者かのか、あらためて疑問に思う。

 ただ、ソフィアが幸せそうで、アリスティアも特に怒っているようには見えなかった。だったら、自分がとやかく言うことじゃないのかなぁ……とあれこれ考えた結果――


「なにこれ、なにこれ、なにこれ! 冷たいプリンってむちゃくちゃ美味しいんだけど!?」

 プリンがあまりに美味しすぎて、そのまま忘れてしまった。

 

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