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無知で無力な生徒は、授業で苦戦する 1

 本日三度目の投稿です。

 小麦の実りを見て感動した翌日。朝の支度をすませたリアナが食堂に向かおうと部屋から出ると、ティナとソフィアに出くわした。

「おはよう~、リアナお姉ちゃん~」

「わわ、おはよう、ソフィアちゃん」

 腕の中に飛び込んできたソフィアを慌てて受け止めた。


「おはよう、リアナ。昨日はよく眠れた?」

「おはよう、ティナ。お布団がふかふかでぐっすりだよ。最初は……ちょっと興奮して眠れなかったけどね、えへっ」

 照れくさくてペロッと舌を出す。そんなリアナに、ティナは「無理もないよ。私は初めて見たときは、凄く興奮したから」と笑う。


「やっぱり、あの光景は衝撃だよね。……っと、あたしは食堂に行くところだったんだけど、二人はどうしてここに?」

「うん。ソフィアちゃんが、リアナと一緒にご飯を食べたいって言うから」

「ソフィアちゃんが?」

 視線を下ろすと、腕の中にいるソフィアはリアナの胸の辺りに頬ずりしている。本当に、最初の人見知りな感じはどこへ行ってしまったんだろうという感じだ。


「ソフィアちゃんが人見知りなのって最初だけなの?」

「うぅん、いまだにクラスでも親しいのは私くらいだし、いまくらい仲良くなるまで結構掛かった気がするよ。リアナが例外なんじゃないかなぁ」

「そうなんだ……」

 特に好かれるようなことをした記憶はないんだけどなぁとリアナは首を傾げる。


「あのね、ティナお姉ちゃんやリアナお姉ちゃんは、心がとっても綺麗なの。だから、ソフィアのお兄ちゃんやお姉ちゃん達と同じように、一緒にいると安心できるんだよぉ~」

 ソフィアがリアナを見上げながら微笑む。

 やっぱり、そんな風に言われるようなことをした覚えはないのだけれど、なんにしても、こんなに性格も外見も可愛い子に好かれて嬉しくないはずがない。リアナは「あたしもソフィアちゃんと居ると安心できるよ~」と、ソフィアをぎゅっと抱き返した。



 その後、食堂で朝食を食べた三人は、ミューレ学園へとやって来た。

 昨日は日が沈みかけていたうえに、畑まで一直線であまり見る余裕がなかったけれど、その校舎はまさに規格外だった。

 校舎は三階建てで、その壁は屋敷と同じようにレンガが積まれている。透明のガラスもふんだんに使われているし、これが王都にあるお城だと言われてもリアナは信じただろう。


「あらためてみても凄いねぇ」

「でしょ~、校舎はこのあいだ出来たばっかりなんだよ」

「そっか、それでこんなに綺麗なんだね」

 リアナにしがみついて離れないソフィアに引かれながら、おっかなびっくり校舎に足を踏み入れると、長い廊下にいくつもの部屋が並んでいた。そうして一つの部屋を覗くと、一定の方向にいくつもの机と椅子が並んでいる。

 なにもかももが規格外で、リアナはさっきから感嘆のため息ばかりついていた。


「えっと……教室は、今年も同じ教室みたいだね」

 ティナが廊下に張り出されていた案内を見て廊下の端を指差す。いくつも並んでいる部屋の一番奥が、リアナ達が勉強を学ぶ教室となっているらしい。

 リアナは、ついにこれから勉強が始まるんだと期待を胸に歩き出した。



 ――そうして始まった授業中。リアナは「ぐぬぬ……」と唸っていた。

 一限目の授業は、メイドのミリィが先生で、授業の内容は文字の読み書き。あたしは農業のお勉強をしたいのに……と、唸っていたのだ。


「リアナさん、リアナさん?」

「――ひゃい!?」

 突然名前を呼ばれて立ち上がる。そんなリアナを見て、ミリィは苦笑いを浮かべた。


「リアナさん、先生の話を聞いていませんでしたね?」

「……すみません」

 申し訳なくて項垂れる。だけど――


「――あたしは、村を豊かにするためのお勉強がしたいのに」

 リアナはハッと顔を上げた。いまのセリフはリアナの内心を言い表していたが、リアナが口にした言葉ではなかったからだ。

 そして、驚いたリアナを、ミリィがイタズラっぽい顔で見つめていた。


「ふふっ、図星でした、か?」

「え、その……はい、すみません」

「素直でよろしい。……そうですね。農業に文字の読み書きは必要ない。そんな風に思っている人は多いでしょう。だけど……違います。それを教えましょう。そうですね……」

 ミリィは頬に人差し指を添え、考えるような素振りを見せた。リアナよりは確実に年上のはずだが、ともすれば年下にも見えるような仕草。

 ほどなく、ミリィはちょうどいい話がありましたと微笑んだ。


「リアナさんの村では、以前はどうにかしていたはずだけど、久しぶりのことでどうすれば良いか分からない。そんな状況になったら、どうしていましたか?」

「え? えっと……そうですね。お年寄りなどに、対処法を知らないか聞いていました」

「そうですね。どこの村でも、お年寄りの知恵に頼ることは多いと思います。だけど、お年寄りが亡くなったりして、知識が失われてしまうこともありますよね?」

「はい。うちの村でも、おばあちゃんが生きていてくれたら……なんてことがありました」

「そうでしょう? でもそれ、文字で記録しておけば、文字を読める人を連れてくるだけで、ある程度は解決できると思いませんか?」

「……あ」

 たしかにその通りだと思った。


 リアナ自身、レジック村を豊かにするために、色々なことを試したが……その結果は、リアナの頭の中にしかない。だけど、もし文字に残していれば、いつか誰かがそれを読んで、研究を進めてくれる可能性もあったかもしれない。


「文字の読み書きが出来た方が良い理由は、他にもいくらでもあります。でも、ひとまずは、文字の読み書きが出来た方が良いというのは分かりましたね?」

「はい、すみませんでした」

 リアナはぺこりと頭を下げる。ミューレ学園で学ぶと決めていたのに、自分はなにをやっているんだろうと反省する。


「よろしい。それでは、文字の読み書きに戻りますよ」

 ミリィは微笑みを一つ、緑色の板に文字を書き込んでいく。ちなみに、緑色の板は黒板で、文字を書くのはチョークと言うらしい。

 緑色の板なのに、なぜ黒い板と呼ばれているんだろう……? そんな疑問が湧かなかったと言えば嘘になるけれど、文字の勉強をすると決めたばかり。

 リアナは必死に、ミリィの書く文字を記憶していったが――



「あぁ~ダメだぁ~」

 一限目の授業が終わって休み時間。リアナは机にパタリと倒れ込んだ。

 そうして教卓の方を見ていると、教室にリオンがやって来た。黒い髪に黒い瞳。リアナより少し年下の男の子――だけど、その立ち居振る舞いはずっと年上のようにも見える。

 そんなリオンが、ミリィに声を掛けた。そうしてなにやら仲が良さげに会話を始める。

 それを見たリアナは、学校に来てまでミリィ先生を口説くなんて、リオン様って本当に女ったらしなんだなぁと呆れる。

 とはいえ、長いブラウンの髪に優しげな顔立ちや穏やかな物腰。なにより、胸が物凄く大きいから、リオン様が惚れちゃっても仕方ないよねなんてことも考えた。

 ――そうしてぼんやりと見ていると、二人は教室から出て行ってしまった。どこへ行くんだろうと目で追っていると、その視界をミューレ学園の制服が遮った。


「ふふっ、お疲れ様」

 穏やかなねぎらいの声が振って降りる。見上げれば、ティナが目の前に立っていた。慣れない授業やらなんやらで弱っていたリアナは、縋るように両手を伸ばした。


「ティナぁ……文字、覚えきれないよぅ」

「ふふっ、焦らなくても大丈夫だよ。私も最初は、全然分からなかったもん」

「そう、なの……?」

 にわかには信じられなかった。ティナやソフィア、去年からの居残り組はみんな、文字の読み書きを完璧にこなしていたからだ。

 だけど――


「ティナお姉ちゃん、最初は酷かったんだよ」

 ティナの背後から、ぴょこっとゆるふわの金髪が飛び出してきた。

「ソフィアちゃん、最初は酷かったって……?」

「あのね~。まだ答えが一桁の足し算引き算を習ってたときのことなんだけど……」

「ちょっ、ソフィアちゃんっ。まさか、あの話を言うつもり!?」

 普段はおしとやかなイメージのティナが珍しく慌てふためいていて、ソフィアを止めようとする。だけどソフィアはそんなティナの手をするりと躱してしまった。


「黒板に書かれている2+2に対して、答えは0か2か4か6か8って言ったんだよ」

「うわあああ、ソフィアちゃんのイジワルっ」

 ティナは真っ赤でソフィアに文句を言っているが、リアナはいまいちピンとこなかった。そうして指を折って「答えは……4、だよね?」と問いかけた。


「うんうん。そうなんだけど、ティナお姉ちゃん、その頃は文字や数字が読めなかったから」

「……???」

 やっぱり良く分からなくて首を傾げる。


「ん~っと、黒板の問題が読めなくて、だけど答えは一桁の足し算か引き算。さらに、式の右と左が同じだから。1+1か2+2か3+3か4+4。もしくは同じ数同士の引き算のどれかだと思って、そんな風に答えたんだよ~」

「やーめーてー、説明しないで~~~っ」


 なにやらティナが涙目になって悶絶をしている。そのやりとりを横目に、指を折って計算していたリアナは「あぁっ!」と声を上げた。

 1+1は2で、2+2は4。それ以降は、リアナには直ぐに答えが出せなかったけれど、さっきソフィアの口からこぼれた数列がそうなのだろうと理解したのだ。


 そして、ティナも一年前は文字の読み書きが出来ないと知って、自分も頑張れば一年でいまのティナのようになれるのかなと少しだけ希望を抱いた。

 ただ……やっぱりティナは頭が良いんだなぁとも思う。

 ティナやソフィアは笑い話として話しているが、もし黒板に同じ計算式が書いてあったとしても、自分は読むことが出来ないからと諦めていた――と、そう思ったからだ。


「ちなみに、ソフィアちゃんも、最初はそんな感じだったの?」

 リアナはふと疑問に思って尋ねる。だけど、それに対してティナが苦笑いを浮かべた。

「ソフィアちゃんは、なんて言うか……凄かったよ、別の意味で」

「……別の意味?」

「ソフィアちゃん、今以上に人見知りだったんだけど……お勉強は最初から凄く出来たんだよね。と言うか、先生が答えに窮したときに、ソフィアちゃんに聞いてたことがあるくらい」

「えぇ……」

 それはつまり、先生が頼るほどの知識をソフィアが持ち合わせていると言うこと。本当に、一体何者なんだろう……? と、リアナは首を傾げた。

 いまこのタイミングなら、聞けるかもしれない。そんな風にも思ったけれど、結局聞くことはなかった。扉が開いて、見たことのない中年男性が入ってきたからだ。



「次の授業を始めるぞ。そろそろ席に着け」

 誰だろうとぼんやり眺めているうちに、ソフィアやティナは自分の席へ。他の生徒達も、それぞれの席へと戻っていった。


「どうした、そこのお前。なにか言いたげだな?」

「す、すみません。知らない人だから、誰なんだろうと思いまして!」

 指摘されたリアナは慌てふためく。ちなみに、同じような反応をしていたのはリアナだけではないのだが、わりと前の方の席で目立ってしまったようだ。

 そして、そんな慌てふためくリアナを見て、男は苦笑いを浮かべる。


「そうか。まだ知らないのだな。この学校では、教える授業の内容によって、それぞれ先生が替わるシステムなんだ。そして俺はライリー。歴史の授業を担当するライリーだ」

「……先生だったんだ」

 リアナはぽつりと呟く。

「そうだ。だから俺は不審者じゃないぞ」

「ふえぇぇっ!? そ、そんなことは思ってませんよ!?」

「冗談だ」

「あうぅ……」

 すっかり弄られキャラになりつつあるリアナは、恥ずかしいと顔を赤らめた。



 ――と、そんな感じで初日は過ぎていった。

 初日の授業で習ったことは多くない。それぞれ、こんなことを勉強するという説明がほとんどで、内容に連れてはあまり触れなかったからだ。

 だけど、それでも、村を豊かにするのに役に立ちそうだと思う話がいくつもあった。それらを学習していけば、自分はきっと妹を幸せにすることが出来る。

 そんな風に思ったリアナは、思いっきりやる気を出して勉強を始めたのだが――


「うえぇ……むつかしいよぉ……」

 やる気だけでは、埋められないものがあったらしい。すべての授業が終わると同時、リアナはパタリと倒れ込んだ。

 

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