表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/44

無知で無力な村娘の決意 5

 なにやら凄いモノを見せてもらえるとのことで、外出することになった。ただ、なぜだか制服を着てくるようにと言われたので、リアナは着替えるために自室に戻ってきた。

 そうして、リアナは制服に着替えるためにストンとワンピースを脱ぎ捨てた。

 ちなみに、この世界では下着がほとんど発展しておらず、穿いていないと言うことも珍しくはないのだが、リアナは黒くて魅惑的なブラとショーツを身に着けている。


 リアナの趣味という訳ではなく、ワンピース同様に支給された、この街で作られた最新の下着である。そのため、リアナは自分が身に着けている黒くて魅惑的な下着を、ごくごく普通のデザインだと思い込んでいるのだが……それはともかく。

 リアナは制服を掴んで身体の前で広げてみた。

 コルセット風のブラウスに、チェックのミニスカート。そして、ガーター&ニーハイソックスと、どこのお金持ちのお嬢様が着るのかというようなデザイン。


 どう考えても、農作業をするような姿じゃない。

 もちろん、畑仕事ばっかりという訳ではないのだろうけれど、勉強をするための服が、どうしてこんなに可愛らしい服なんだろうとリアナは小首をかしげた。


 なお、魅惑的な下着と可愛らしい制服。

 ギャップ萌な組み合わせから制服のデザインに至るまで、リオンの趣味を予測したアリスティアがデザインしたのだが……リアナがそれを知るのはもう少し先の話である。


 それはともかく、いまのリアナは制服に袖を通すのを躊躇っていた。リオンは普通の洋服とあまり変わらないなんて言っていたけれど、どう考えても高価にしか見えないからだ。

 とはいえ、ティナ達を待たせる訳にはいかないと、リアナは覚悟を決めて制服に袖を通した。更にはスカートを穿いて、ガーター&ニーハイソックスも身に着ける。

 そうしてくるっと回って自分の姿を確認したリアナは、急いで待ち合わせをしていたエントランスホールへと向かった。



 エントランスホールには、ティナとソフィアの二人が待っていた。リアナに気付いたティナが「待ってたよ」と上品に手を振ってくる。

 ソフィアはゴシックドレスのままだったが、ティナは制服に着替えている。


「遅くなってごめんね。ティナ、それにソフィアちゃんも。制服の着方があってるか自信がなくて、ちょっと迷ってたの」

「どれどれ……」

 ティナがリアナの姿を見回し――不意にミニスカートをぴらっと捲り上げた。


「ふえぇぇっ!? な、ななっ、なにするのよっ」

 スカートを押さえたリアナは真っ赤になって、ティナを上目遣いで睨みつけた。

「ごめんごめん。ガーターベルトの穿く順番があってるかなって思って」

「……ガーターベルトの穿く順番?」

「そうそう。順番があるんだよ。ということで見せて」

「えぇ……」

「着方があってるか、確認して欲しいんでしょ?」

「そうだけど……うぅ、分かったよ」

 村の子供は男女関係なく、裸になって川で水浴びをするのも珍しくはない。

 服の着方があってるか見てもらうだけなんだから恥ずかしいコトなんてないと、リアナは自分に言い聞かせながらスカートの裾を持ち上げた。


「……あぁ、そうだった。このスカートって紋様魔術で、中が見えないようになってたんだった。えっと、ちょっと触るよ?」

「紋様魔術? というか、触るって……ひゃうっ」

 太ももに触れられて思わず悲鳴を上げる。だけど止める暇もなく、ティナのしなやかな指が、ガーターベルトのヒモをなぞるように這い上がってきた。


「……あぁ、やっぱりガーターを後にしてるね。このヒモをショーツの下に通すんだよ。じゃないと、ガーターを外さないと、下着が脱げないからね」

「えと、う、ん……っ」

 フロアの真ん中でスカートをまくり上げ、秘密の花園をティナに覗き込まれている。一体なんなのこの状況と、リアナはテンパっていた。

 そうして茹で上がっているあいだに、ティナはリアナのガーターベルトを付け直した。


「これでよし……って、どうしたの?」

「どうしたって言うか、恥ずかしいよぉ……」

「え? あ、あぁっ。そっか、そうだよね。服飾のお勉強とかしてると、下着の付け方のレクチャーとかもさせられるから、えっと……その、ごめんね?」

 今更気がついたのか、ティナは少し恥ずかしそうな顔をした。

「えっと、その、悪気がなかったなら良いけど……」

 服飾のお勉強って、こんなことまでさせられるんだと、ちょっと愕然としたリアナだった。

 それはともかく、ティナに照れられると、リアナまでまた恥ずかしくなってくる。ソフィアが無言で見守っているのでなおさらだ。

「えっと……あ、そうだ。普段着をどうしようかなって思ってたんだ!」

 リアナは強引に話題を切り換えた。それに、同じく恥ずかしがっていたティナが「どうしようって、どういうこと?」と乗ってくる。


「お屋敷で過ごす普段着だよ」

 制服のときは問題ない。けれど、リアナの私服と言えば、お風呂に入った後にもらったワンピースの他には、村から着てきたボロボロのワンピースだけだ。ティナは質素ながらも上質そうな着ていたし、ソフィアにいたってはゴシックドレス。

 あまりみすぼらしい恰好だと、怒られるかもと心配しているのだ。


「それなら大丈夫だよ。私服とか、必要な品はちゃんと支給してもらえるから」

「そう、なの?」

「うん。それに、お小遣いももらえるからね」

「お、お小遣い!?」

 もはや意味が分からなかった。衣食住を提供してもらって、あげくはお小遣い。一体どういうことなのかと、リアナは目を丸くした。


「その代わり、学校の授業中に作ったあれこれは、学校のものになるんだよ」

「……授業中に作ったあれこれ?」

「作物とか、生地とかそういったもの、全部だね。それと、私達は将来、リオン様の元で働くことが決まってるから、そのお給金から、学生時代にかかった費用が引かれるの」

「ふえぇ……」

 リアナはまたしても驚いた。


 将来、お給金から費用を引かれると聞かされた――からではない。将来、リオンのもとで働かせてもらえて、更にお給金までもらえると知ったからだ。

 よくよく考えれば、最初からそう聞かされていたような気もするが、給金なんてあってないようなものだと思い込んでいた。だから、こんな贅沢な暮らしを、リオンのもとで働くだけで維持できると知って驚いたのだ。


「……もうなんか、今日は驚きっぱなしだよ」

「分かるよ、その気持ち。でも、本当に驚くのはこれからだから。ね、ソフィアちゃん」

「うんうん、すっごく驚くと思うよ」

 ティナに続けて、引っ込み思案なソフィアまでもがこんな風に言う。一体なにを見せてくれるのだろうかと、リアナはだんだん気になってきた。


「凄いモノを見せてくれるんだよね?」

 ティナに向かって確認する。

「うん、そろそろ行こうか」

「え、他のみんなは?」

 この場にいるとのはティナとソフィアとリアナだけ。他の子は誰も来ていない。


「他の施設を見たいっていう子達がいたから、そっちは私の友達が案内していったよ。あとは、今日は疲れちゃったから、部屋で休みたいって」

「あぁ……そっか」

 リアナは自己紹介をする前に少し眠っていたが、そうじゃなかった子達は、いまになって限界が来たのだろうと納得する。


「という訳で、出発しよう」

「え、え、ちょっと待ってよ」

 玄関から出かけようとするティナを見て、リアナが慌てて引き留める。


「どうかしたの? なにか忘れ物?」

「うぅん、そうじゃなくて。勝手に外出したら不味くない? メイドさんについてきてもらうとかした方が良いんじゃ……」

 リアナ自身は逃げる気なんてないけれど、そんな風に誤解されるのは困ると慌てる。


「あぁ、それは平気だよ。お姉ちゃんには一応声を掛けておいたけど、出かけたりするのは、特に許可とか取らなくて平気だから」

「許可……いらないんだ」

 奴隷的な扱いでないことはもう分かっていたけれど、それでも好きに外出して良いと言うのは驚きだった。なんだか色々規格外だなぁと呆れてしまう。


「……というか、お姉ちゃん?」

 遅ればせながら、どういうことだろうと首を傾げる。

「あぁ……うん、私のお姉ちゃん、ここのメイドをしているの。今度紹介するね。ということで、そろそろ出発しよう」

 言うが早いか、玄関を開け放ったティナが、リアナの手を引っ張ってくる。やっぱり勢いに圧されてる気がするよ――なんて考えつつ、リアナは慌てて歩き出した。


 そうして学生寮の外に出たのだが、太陽は街並みに沈みかけている。もう半刻と経たず、世界は暗闇に包まれるだろう。そんな風に心配する。

「ねぇ、ティナ。いまから出かけたら、帰って来られなくならない?」

「平気だよ。街の表通りにはランプの明かりが灯るし、魔導具も借りてきたから」

 魔導具という言葉はリアナも知っている。紋様魔術を刻んだ道具で、人が体内に宿す魔力を消費して、魔法を発動させることが出来る。

 非常に便利な道具ではあるが、とても稀少で、平民には触れることすら許されないほどの代物を借りてきたってどういうことだろうとリアナは混乱する。


「さっきも紋様魔術がどうとか言ってたけど……」

「あぁうん、アリス先生が紋様魔術が得意で、この街には魔道具がたくさんあるんだよ。それに制服にも、温度調整やレーザー級って紋様魔術が刻まれているんだって」

 なお、レーザー級とは下着が見えそうになると、謎の光が発生する効果である。もちろん、リアナはなんのことか分かっていないのだけれど。

 ひとまず、この街は色々とおかしいと言うことだけは理解した。



 そんなこんなで連れてこられたのはミューレ学園だった。一体どんなモノを見せてもらえるのだろうと思っていたリアナは、その学園そのものに驚いた。

 まず、敷地がとんでもなく大きい。学生寮がいくつも入りそうな敷地に、これまた学生寮よりもずっと大きな校舎が建てられている。

 小さな村で育ったリアナにとっては、街の存在自体が別世界だったのだが……この校舎は、リアナがここ最近見た中でも飛び抜けていた。


「リアナお姉ちゃん」

 ツンツンと袖を引かれる。見ると、ソフィアがリアナの袖を引っ張っていた。

「ソフィアちゃん、どうかしたの?」

「えっと……ティナお姉ちゃんに置いて行かれちゃうよ?」

「――えっ」

 慌てて見回せば、ティナが一人で校舎の裏へと向かっていた。


「ちょ、ティナ。待ってよ!」

 呼びかけるが、ティナは上品に微笑みつつも「見せたいのはこっちだよ」と止まってくれない。立ち居振る舞いは上品だが、以外とおちゃめな性格な気がする。

「もぅ……仕方ないなぁ。行こっか」

 リアナはソフィアの手を掴んだ。その瞬間、ソフィアはびくりと身をすくめる。


「ごめん……もしかして、嫌だったかな?」

「えっと……その」

 ソフィアが困った顔で、リアナを見つめてきた。

 ティナの言っていた過去が原因で、ソフィアは人に触れられることを怖がっているのかもしれない。そんな風に心配したのだけれど――


「……リアナお姉ちゃんは優しいね」

 不意に、ソフィアがふわりと笑みを浮かべた。さっきまでの怯えた様子とはまるで違う。ずっと年上のような、達観した表情に驚きを覚える。

「ソフィア、ちゃん?」

「うぅん、なんでもないよ。ほら、ティナお姉ちゃんが待ってるよ!」

「え、え? ソ、ソフィアちゃん? えぇぇぇっ!?」

 ソフィアを連れて行くために掴んだ手が、逆に引っ張られる。

 それは別に良い。良いのだが……小さな身体のどこにそんな力があるのか、リアナは物凄い勢いで引きずられていった。


「とうちゃーく」

 ソフィアが可愛らしく告げて足を止めた。さっきまでのオドオドした女の子はどこへ行ったのかと言いたくなるほどの変わりようである。


「えへへ、ごめんね。ソフィア、知らない人と話すのが、凄く苦手で」

「そうなんだ?」

 ……って、あれ? いま、あたしが考えてたことを当てられた? ――って、いまの状況なら、みんな同じことを考えるよね。なんて、リアナは苦笑いを浮かべる。


「来たね、リアナ。ほら、見てこの畑を」

 リアナ達の到着を待っていたティナが、目の前の空間を指差した。校舎の裏手にある畑。その畑は、リアナの村にあったどの畑よりも小さい。

 いや、それどころか、想像よりもずっとずっと小さかった。

 だけど――


「う、そ……なに、これ……」

 リアナは雷に打たれたような衝撃を受けていた。なぜなら、小麦の実りが信じられないほどに良かったからだ。

 いまはまだ四月に入ったばかり。比較的温暖なこの地方でも、収穫までには一ヶ月以上もあるのだけれど、現時点でも明らかに豊作であることが分かる。

 新しく作った畑であることを差し引いて考えてもありえない。これが本当の豊作だというのなら、レジック村基準の豊作は、ここでは凶作に分類されるだろう。

 それほどまでに、ここの実りは異常だった。


「こんなに実るなんて信じられない――って考えてる?」

 内心を正しく言い当てられ、リアナはばっとティナの方へ振り向いた。ティナは……どこか得意そうな顔で笑っている。それを見て、リアナは一つの結論にいたった。


「まさか……これが、学校で習うこと、なの? 学校で農業の知識というのを習えば、レジック村でも、こんな風に豊作にすることが出来る……の?」

 信じられない。でもそうであって欲しい。そんな思いを抱きながら問いかける。果たして、ティナはこくりと頷いた。

「――と言っても、環境による差はあるけどね。農業の知識を身に付けて、それを実践すれば、この畑と同じくらい豊作にすることが出来るんだって」

「すご、い……」

 レジック村の収穫量は、税を納めたら食べていくのに届かないレベル。

 足りない食料を、狩りなどで補っているのが現状だった。だけど、村全体の畑がこれだけの豊作になるのなら、暮らしは桁違いに良くなるだろう。

 気がつけば、リアナはティナの両肩を掴んでいた。


「……リアナ、どうしたの? なんか、目が恐いんだけど」

「教えて」

「……え?」

「どうすれば、こんな風に豊作になるのか教えて!」

「え、え? えぇっと……それは」

「――それは!?」

 たった一言も聞き漏らさないと、リアナはティナに迫る。


「ちょ、リアナ。顔が近いよ」

 ティナがちょっと恥ずかしそうに顔を逸らす。それを見て、自分が興奮しすぎであることにようやく気がついた。だから、慌ててティナから顔を放す。


「ご、ごめんっ!」

「……うぅん。驚いたけど、許してあげる。気持ちは分かるからね」

「~~~っ」

 恥ずかしくて、消えてしまいたい。けど、消える前に、豊作にする方法を聞かなくっちゃと、リアナは視線を逸らしたい衝動に耐えた。


「ごめん。でも、どうしても教えて欲しいの。どうしたら、こんな風に豊作になるの?」

「んっとね。私が去年習ったのは、連作障害の対策に、肥料の作り方。それに、小麦を踏むことに、土壌の酸性土の調整。あとは治水工事、水はけを良くすることとか、かな」

「え、えっと……い、一から説明してくれる?」

 方法を聞けば、直ぐに再現できると思っていた。けれど、聞いた説明が良く分からない。リアナは少し恥ずかしくなって、ちょっと控えめに尋ねてみる。


「ふふっ、分からないよね。私も最初は意味が分からなかったもの」

「それは……つまり、ミューレ学園でお勉強を頑張れば、さっきティナが言ったような、小麦を豊作にする方法を詳しく教えてもらえるの?」

 期待を抱いて問いかける。それに対し、ティナはゆっくりと首を横に振った。だから、リアナはがっかりしそうになったのだが――


「小麦だけじゃないよ」

「……え?」

「小麦だけじゃなくて、色んな作物を豊作にする方法を教えてもらえるの。それどころか、農作業だけじゃないよ。料理、紡織、他にもたくさん、色々なことを教えてもらえるの」

「そうだよ、一杯一杯、教えてもらえるんだよ~」

 ティナと一緒に、ソフィアまでもが同調する。ここに来て、疑う理由はなにもなかった。


 リアナがここに来たのは妹の身代わり。そして自らをリオンに差し出し、レジック村に支援をしてもらうのが自分に出来る精一杯。

 自分の力では、もうなにも出来ないのだと思っていた。

 だけど……そうじゃない。ミューレ学園に通えば、自分の力でレジック村のみんなを幸せに出来るかもしれない。自分の力で、妹を救えるかもしれないと、そんな風に強く思った。

 だから――


「あたし、ミューレ学園で、必死にお勉強をするよ」

 夕焼けに染まる空の下。

 一度は諦めた夢を、この手で実現してみせる――と、リアナは強く強く決意した。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
klp6jzq5g74k5ceb3da3aycplvoe_14ct_15o_dw

2018年 7月、8月の緋色の雨の新刊三冊です。
画像をクリックで、緋色の雨のツイッター、該当のツイートに飛びます。
新着情報を呟いたりもします。よろしければ、リツイートやフォローをしていただけると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
クリックorタップで一日一回投票が可能です。良ければ応援お願いします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ