無知で無力な村娘の決意 4
生徒同士で自己紹介をすると聞いてやって来たのは学生寮の大広間。
当然、リオンを初めとした貴族サイドの者達はいなくなっているが、リアナと同じ境遇の子供達は全員集まっているようだった。
そしてその中には、二年目だと言われていた子供達も揃っている。その綺麗な子供達の中にソフィアを見つけて、リアナは軽く手を振ってみた。
ソフィアはびっくりするような顔をしたが……今度は逸らすことなくリアナの視線を受け止め、ちょっと恥ずかしそうに手を振り返してくれた。
大人しそうで儚げ。妹と似てて凄く可愛いなぁと、リアナは幸せな気分になる。
「さて、それじゃみんな、明日から学校に行く仲間達と言うことで、自己紹介をしよう」
垢抜けた美少女集団のうちの一人が声を上げた。さきほどの席でリオンに平気な顔で意見をしていた、黒髪に黒い瞳と、この地方ではちょっと珍しい容姿の女の子だ。
どこか育ちの良さげな女の子は注目を集めながら、みんなの正面へと立った。
「まずは私から始めるね。私はダンケ村出身のティナ。口減らしで奴隷商人に売られちゃったんだけど、リオン様が買い取ってくださったの」
育ちが良さそうに見えた女の子から、予想だにしない身の上を訊いてぎょっとする。しかし、重い内容の割りに、ティナと名乗った少女から悲壮な雰囲気は一切感じられない。
リアナは、どこまでが本当なのか分からなくて困惑した。
「去年から通ってるので、みんなよりは一年先輩になるけど、そう言うのは気にしなくて良いからね。私のことはティナって呼んでくれていいよ。……って、みんなどうしたの?」
「いや、その……過去が重くて、だけど悲痛な感じじゃなかったから、どんな反応をしたら良いか分からなくて」
リアナがみんなを代表して、その内心を打ち明ける。
「貴方は……たしかリアナだったよね」
「え? どうしてあたしの名前を?」
「リオン様に名前を聞かれてたでしょ? だから、覚えてるの。……って、別にライバルになりそうだとか、そんな心配をしてる訳じゃないよ?」
「……はい?」
意味が分からなくて首を傾げる。そんなリアナを前に、なぜかティナの顔が紅くなった。
「な、なんでもないよっ! それより、えっと……そうそう。私の過去を聞いて、どういう反応をしたら良いか、だったね」
「えっと……うん」
「最初は絶望したりもしたけど、いまでは笑い話だから気にしなくて良いよ」
ティナは穏やかに微笑んだ。そこに影があるとか強がっているとかではなく、心からそう思っているように聞こえた。だからこそリアナは混乱する。
「……笑い話、なんですか?」
「うん。もしくは、幸運なお話、かな」
「幸運……ですか。それは環境のこと、ですか?」
「環境だけじゃないよ。ミューレ学園は本当に凄いんだから」
ティナが微笑み、居残り組の女の子達が一斉に頷いた。まだいまいちミューレ学園のことが分かっていないリアナだが、そんなティナ達の反応を目の当たりに期待する。
「そんな訳で、いまの私の夢は、リオン様の元でたくさん学んで、ダンケ村や他の村。みんなを幸せにすることなの。みんな、よろしくね」
ティナはそう締めくくって、とびっきりの微笑みを浮かべた。その可愛さたるや、同性でも惹きつけられるほどで、子供達からため息が洩れる。
「それじゃ、これから順番に自己紹介してもらうんだけど……その前に聞いておきたいことってあるかな? あれば、聞いてくれて良いよ?」
ティナがみんなに問いかける。
けれど、他のみんなは少し戸惑った様子で、視線を逸らしてしまう。だから、ティナの視線を受けたリアナは、勇気を出して手を上げた。
「あの、質問、良いですか?」
「良いよ、リアナ。それと、私に敬語を使わなくて良いよ」
「え、でも……」
「言ったでしょ、ティナで良いって。同じクラスメイトだから、普通にしてくれた方が嬉しいな。……それで、聞きたいことってなにかな?」
「えっと、はい……じゃなかった。うん。いくつかあるんだけど、全部聞いても良いかな?」
「良いよ。きっと、他のみんなも同じことを聞きたがっていると思うから」
「なら……ティナは一年前からここにいるんだよね?」
「うん。この学生寮はまだ出来ていなかったから、別のところに住んでいたけど、ミューレ学園に通っていたのかという意味なら、その通りだよ」
「そっか……それじゃ、その……本当に……えっと」
慰み者にされないのかと、いざ口にしようと思うとなかなか言葉にならない。だけど、そんなリアナの態度から察したのか、ティナは苦笑いを浮かべた。
「うん。リオン様はそういうことはしないよ」
「でも、エルフの奴隷を、夜な夜な閨に引き込んでるって」
「あぁ……アリス先生ね」
「本当にあのエルフのお姉さんが奴隷なの? とてもそんな風に見えなかったけど……」
超絶美少女なのはおいておくとしても、明るくて優しそうな女性。とても奴隷には見えないと、そこまで考えたところで、ティナももと奴隷を名乗っていることを思いだした。
「……もしかして、奴隷から解放されてる、とか?」
「正解。もともとは、勉強を禁じられて離れに幽閉されていたリオン様が、様々な知識を身に付けるために、クレア様にお願いしたらしいよ」
「……幽閉?」
なんだか、聞けば聞くほど分からなくなるとリアナは思った。
「リオン様はお手つきになったメイドの子供だからって理由で、色々制限されてたんだって。だから、閨でそういうコトをしている体で、お勉強をしてたそうだよ」
「そう、なんだ……」
リアナに貴族のあれこれは分からないけれど、言っていることはなんとなく分かる。だけどそれより、同士ティナがそこまで詳しいんだろうと疑問を抱いた。
「ティナはその話、誰から聞いたの?」
「アリスさん、去年も先生だったんだよ。それで、授業の合間に色々と教えてくれるの」
「へぇ……そうなんだ」
エルフだから見た目通りの年齢とは限らない。そして、リオンにあれこれ教えた相手であれば、先生だというのは納得できる。
ただ、ずいぶんとあけすけな話をするんだなぁと、少し驚いてしまった。
それはともかく、重要なのは一年以上ここにいる女の子が、お手つきになっていないと言うこと。その事実が、リアナや他の子供達をホッとさせた。
「他に質問はあるかな?」
「えっと……それじゃもう一つだけ。勉強ってなにをするの? なんか、農業がどうとか言っていたけど」
「うん。農業に、文字の読み書き。それに算数。他の生産についても色々教えてくれるよ」
「読み書きや算数に……他の生産?」
「いまは紡織。それに畜産とかかな。将来的には、鉄鉱石を扱ったり、ガラス職人とかも育成していくって、リオン様はおっしゃっていたけど」
「ええっと……うん」
なんだか、訊けば訊くほど分からないことが増えていく。いま質問してもきりがなさそうなので、分からないことがあったら尋ねることにしようと、ひとまずは頷いた。
「それじゃ、他に質問は……なさそうだね。みんなの自己紹介を始めようか」
ティナが切り出すと、まずは垢抜けした二年目の女の子達が自己紹介を始めた。どうやら二年目の女の子達はみんな、口減らしに売られた元奴隷らしい。時期的に考えると、レジック村が辛うじて乗り越えた去年の不作を、乗り越えられなかった村の出身だろう。
そんなことを考えていると、流れるように進んでいた自己紹介が止まった。見れば、二年目の女の子達はソフィアに視線を向けている。
「次はソフィアちゃんの番だよ」
ティナが促すと、ソフィアは少し怖がるような素振りを見せた。だけど、大丈夫だからと、背後に回ったティナに両肩を支えられ、リアナ達に視線を向ける。
「ソフィアは……ソフィアだよ。ソフィアの夢は……その、お兄ちゃんの役にたって、お嫁さんにしてもらうこと、だよ」
ふわふわの金髪美少女は、消え入りそうな声で呟いた。それは良いのだが、お兄ちゃんのお嫁さんとはどういうことだろうとリアナ達は首を傾げる。
「ソフィアちゃんは過去に色々とあったみたいで、ちょっと人見知りが激しいんだけど、優しい子だから、みんな仲良くしてあげてね。ほら、ソフィアちゃん。よろしくって」
違う、聞きたいのはそうじゃない――なんて感じの微妙な空気が流れる。
だけど、リアナは別のことを考えた。
ソフィアも元奴隷の子供だと考えると、過去にあった色々と言うのは、想像を絶するような内容に違いない。きっとなにか事情があるのだろうと思ったのだ。
だから――
「よろしくね、ソフィアちゃん」
そんな不穏な空気を吹き飛ばすように、リアナは笑顔で話しかける。
ソフィアはビクンと身をすくめ、それから小さくはにかんだ。そのあまりの可愛さに、リアナは我を失いそうになったのだが……それはともかく。
自己紹介は続き、順番は先日連れてこられたばかりの女の子へと移っていった。そして最後に、リアナへと順番が回ってくる。
「あたしはリアナ。レジック村のリアナです」
リアナは反射的に名乗ってから、なにを話すべきなのだろうと考えた。そうして行き着いた答えは、ありのままを語ること。
リアナはいまの自分を知ってもらうために、みんなに向かってゆっくりと語り始めた。
「……あたしは正直、貴族の慰み者にされるんだと思ってここに来ました。だから、急に慰み者になんてしない。勉強をしてもらうって急に言われて、まだ良く分かっていません」
それがリアナの本音。そして、他の子供達も同じだったのだろう。リアナの話を聞いて、コクコクと頷いている子供達がちらほらといる。
リアナはそんなみんなを見ながら、「だけど――」と続けた。
「あたしがここに来たのは、大切な妹やお父さんお母さん、村のみんなを守りたかったから。だから、ここで学ぶことが村のみんなの助けになるのなら、精一杯頑張りたいです!」
リアナがここに来たのは、無知で無力な村娘でしかない自分には、貧困に喘ぐ村を救うことが出来なくて、妹を護るには自分の身を差し出すしかないと思ったからだ。
だから、自分の手でなんとかする方法があるのならそれを学びたい。
決して簡単なことではないだろうが、どれだけ苦労してもなんとかしてみせる――と、リアナはここに来て抱いた思いを、決意としてみんなの前で宣言した。
わずかな沈黙、ティナ達が拍手をしてくれる。
そして――
「――なら、見に行こうか」
ティナが唐突にそんなことを口にした。
「見に行くって……なにを?」
「ふふっ、そうだねぇ……リアナは村を豊かにしたいんだよね。だったら……あそこかな」
「……いまから? もう日が暮れるよ?」
この地方は、魔物のように危険な生き物はあまり生息していない。とはいえ、獣の類いがいない訳じゃない。日が暮れたら出歩かないというのが、村人にとっての常識だった。
「大丈夫大丈夫。行き先は街の中だから。絶対にびっくりするから、ね?」
「えっと……うん。そういうことなら」
なんとなく勢いに押し切られた気はするが、そこまで言われて気にならないはずがない。ということで、リアナはティナについていくことにした。