無知で無力な村娘は、最強の護りを手に入れる 3
この一ヶ月、ずっと一緒に旅をしたソフィアが、リアナに抱きついている。
その状況で、リアナは言い知れぬ違和感を覚えていた。
「……ソフィア、ちゃん?」
「うんうん、ソフィアだよ?」
おっきな紅い瞳でリアナを見上げる。その天使は紛れもなくソフィアだ。
だけど、だからこそ、
「なら、どうして久しぶりなんて……」
「うん? 一ヶ月ぶりだよね?」
「――っ」
リアナは違和感の正体に気付く。
でも、だからって、そんなことって……と、リアナは身を震わせた。
「ソフィアちゃん、あたしと旅をしていた、よね?」
「え、ソフィアが、リアナお姉ちゃんと?」
「う、うん、一緒だった……よね?」
「リアナ、なにを言っているの? ソフィアちゃんなら、あたし達と一緒に、グランプ公爵領に行っていたわよ?」
クレアリディルが淡々と言い放った。
「で、でも……ソフィアちゃん、あたしと一緒にいました」
「……そう言われても。実際、ソフィアちゃんは、さっきからここにいるわよ?」
「そんな……ほんとなの?」
リアナは信じられなくて、ソフィアに確認の視線を向けた。
「ソフィアは、リオンお兄ちゃん達と一緒だったよ。ほら、グランプ侯爵って、ロリ巨乳が好きだって言うから、ソフィアもついてきて欲しいってお願いされたんだよね」
「……そう、だよね」
同行する生徒も、リアナではなくティナが選ばれた。それは、ティナが大人しそうな顔をしている巨乳の女の子だったから。
そう考えれば、ソフィアがグランプ侯爵の元に同行するのは自然。
ソフィアの言うことに矛盾はない。
だけど、それなら、リアナが一緒にいた女の子は一体誰だったのか。
「そうだ、護衛の人! 護衛の騎士に聞いてみてください! ソフィアちゃんが同行していたのを、知っているはずです!」
「……よく分からないんだけど、リアナはソフィアと一緒だったって言いたいの?」
「えっと……そう、です」
クレアリディルはもちろん、ソフィア本人までもが否定している。
リアナは自信なさげに頷いた。
「……うぅん。リアナがどうしてそんなに必死になっているか分からないんだけど……まぁ良いわ。そういうことなら呼んであげる」
「良いんですか?」
「まぁ……あたしも気になるしね。別に、話を聞くくらいどうってことないし。ただ、待ってる間に、報告はしてもらうわよ」
「あ、はい。もちろんです!」
という訳で、使用人に頼んでネクトを呼んでもらう。
そのあいだに、リアナが制服略奪未遂事件について話すことになった。
「えっと……クレア様は、どこまで聞いていますか?」
「奴隷商に非合法な取り引きを持ちかけられた村人が、リアナを誘拐しようとした。それを阻止したリアナは、その罪の軽減と引き換えに、非合法の取り引きを持ちかけたのよね?」
「……あう。ダメ、でした?」
責められている気がして、リアナは恐る恐るクレアリディルを見上げる。
「ん~まぁ、ダメじゃないわよ。半分事後承諾みたいなモノだったけど、一応はあたしに許可を求めてきた訳だし。ただ、次からは事前に相談してくれなきゃダメよ」
「……ごめんなさい」
リアナは身を縮こめる。
「反省してるなら、今回だけは許してあげる。それで、相手の目的が貴方じゃなくて、制服だったというのは間違いないのね?」
「ナナと名乗る女性がそう言ってました。あたしを捕まえた後、服を脱がそうとしていましたし、間違いないと思います」
「それは……災難だったわね」
「いえ、まぁ……未遂だったので」
ソフィアちゃんが助けてくれたので――というセリフは寸前で飲み込んだ。
「……なんにしても、犯人を捕まえてくれて助かったわ」
「いえ、それは良いんですけど……」
「分かってる。同じことを考える人が他にも出てくるかも知れないから、こちらで対策を打っておくわ。同じような不届き者が出ないようにするから安心なさい」
「ありがとうございます」
クレアリディルに任せておけば安心だと、リアナは安堵する。
「それから、あの……報告書を送ったと思うんですけど」
「あぁ、ダンケ村を温泉街にする件ね。いまはまだ話し合いの途中だけど、うちにはアリスもいるし、そう悪い話じゃないと思うわ。草案としては上出来ね」
「そうですか」
リアナは、自分の役目を果たせたことにホッと息をつく。
「それと、食糧支援の方も、さっそく手配したわ。近日中に到着すると思うわ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちよ。グランプ侯爵の遣いが近々視察に来る予定だから、貴方が受け持ってくれて本当に助かったわ」
「お役に立てたのなら嬉しいですけど、あたし以外にも何人か村を回ったんですよね?」
「そう、なんだけどね。わりと他の村は苦戦してるみたい。だから、貴方に行ってもらって正解だったわ。ありがとうね、リアナ」
各村の技術指導はリオンの要望で、クレアはリアナが学園で学び続けることを望んでいた。
だから、そんな風に言ってもらえるなんて思っていなかったと、リアナは身を震わせた。
「クレア様にそう言ってもらえるなんて、凄く嬉しいです。この調子で、試験の方もしっかり頑張りたいと思います」
「……そうだったわね。あまり無理をしちゃダメよ」
「はい、無理をせずに頑張ります!」
「だから……いえ、頑張りなさい」
ちょっぴり呆れ気味のクレアを前に、リアナは胸の前で両手の首を握りしめた。
その後、細々とした報告を続けていると、執務室にネクトがやって来た。
「お呼びとうかがいましたが?」
「ええ。まずは、護衛の任務お疲れ様」
「いえ、私は護衛の任務を全うしただけですので」
「その護衛だけど、対象はリアナだけだったわよね?」
「は? すみません、質問の意図がよく分かりません。我々が護衛をしたのはリアナ様のみですが……それがなにか問題だったのでしょうか?」
「そん、な……」
固唾を呑んでやりとりを聞いていたリアナが息を呑んだ。
もしかしたらとは思っていた。
だけど、実際にネクトの口から否定され、リアナは絶望に打ちひしがれる。
「話は、それだけでしょうか?」
「ええ、わざわざ呼び立てて悪かったわね。お疲れ様、ゆっくり休みなさい」
「はっ。ありがとうございます」
クレアリディルにねぎらいの言葉を掛けられ、騎士が立ち去ろうとする。
「……っ。待って」
リアナは寸前で、その騎士を呼び止めた。クレアリディルに影響を受けているリアナは、嘘はつかなくても本当のことも言わないというやり口があることを、身をもって体験している。
だから――
「ソフィアちゃん……馬車にあたし以外の誰かが同行していませんでしたか?」
「ソフィア様は同行しておりませんが……どうしてそのようなことを?」
「……そう、ですか。ごめんなさい、なんでもないです」
一瞬だけ抱いた希望は、見事に砕け散った。
「そう、ですか。では、失礼します。……リアナ様も長旅でお疲れでしょうし、今日はゆっくりお休みください」
ネクトはそう言い残して、今度こそ立ち去っていった。
「……リアナ、大丈夫なの?」
「クレア様、あたしは……えっと、大丈夫、です」
少しも大丈夫そうに見えない顔で答える。
それを見たクレアリディルが大きなため息をついた。
「そんな顔で言われても信じられないわよ。でも、どうしてそんなに落ち込んでいるの?」
「……え?」
「貴方がなにを勘違いしているのかは知らないけど、ソフィアちゃんはここにいるでしょ?」
「それは……」
たしかに、クレアリディルの言うとおりだ。それなのに、どうして自分はこんなに落ち込んでいるんだろうと考え……そして気付いた。
たしかに、ソフィアはここにいる。
目の前にいて、リアナのことを心配げに見上げている、大切な友人。
だけど――それは、リアナと旅をしたソフィアじゃない。ここにソフィアがいるからと納得してしまったら、リアナとずっと一緒にいたソフィアが消えてしまう。
リアナは、妹を護るため、そしてリオン達に恩を返すために、必死に頑張っている。
そして、今回は一人で頑張った訳じゃない。二人で頑張ったのだ。
それを、なかったことになんて出来ない。
それに――
『私のこと、忘れないでね』
世界樹の下で、あの子はたしかにそういった。
あたしが、あの子を探さなきゃ――と、リアナは密かに決意を抱いた。
「ありがとうございます。クレア様に言われて、あたしは自分がどうして落ち込んでいるか分かった気がします」
「そう……なんにしても、元気になったのなら良いわ。実際疲れていると思うし、今日はゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます!」
リアナは元気よく頷いて、執務室を後にした。
◇◇◇
執務室から退出するリアナを見送り、クレアリディルはソフィアに視線を向けた。
「それじゃ、ソフィアもそろそろ行くね」
「こーら、待ちなさい」
「ふぇ?」
「ふぇ? じゃないわよ。可愛らしく言ったら、誤魔化せるとか思ってないでしょうね?」
クレアリディルはソフィアをジトォと見る。
「そんなことは思ってないけど……」
「思ってないけど?」
「誤魔化されたフリはしてくれるかなぁと……ダメぇ?」
可愛らしく小首をかしげて上目遣いを向けてくる。その姿はたしかに可愛くて、クレアリディルは大抵のお願いなら聞いてあげたいと思う。
だけど――
「ダメよ。リアナが可哀想でしょ?」
落ち込むリアナも、力になってあげたいと思う程度には可愛がっているのだ。
「でも、ソフィアは、クレアお姉ちゃん達に同行してたよ?」
「それは分かってるわよ」
クレアリディルは、間違いなくソフィアと一緒にいた。
それは疑いようのない事実だ。
「だからこそ、リアナの側に誰がいたのかって話でしょ?」
「でもでも、ネクトは知らないって言ってたよ?」
「そうね。でも、妙な言い方はしていたわよね」
護衛対象はリアナだけ。
そして、ソフィアは同行していなかった。
そこに第三者がいなかったと入っていない。
「嘘を回避したがゆえに、あんな言い回しになったんでしょ?」
「たまたま、そんな言い回しになっただけかも知れないよ?」
「そうね。ネクトは、スフィール家の騎士だしね」
グランシェス家の騎士は、先の襲撃事件でその数を大きく減らしている。よって、スフィール家に所属する中から、信頼できる騎士を派遣してもらっている。
リアナに同行したのは、そんなスフィール家の騎士だった。
「そうだよ。だから、ソフィアを中心に話してもおかしくないよ?」
「ええ。その代わり、貴方を庇うような発言をしてもおかしくないわね。そう考えると、リアナの側にも、ソフィアちゃんらしき人物がいたことになるんだけど……」
持論を展開しながらソフィアの顔を観察していたクレアリディルは、不意に肩をすくめた。
「……ま、いっか」
「ふえ……? いっか……って、なにが?」
「ソフィアちゃんの秘密、別に聞かなくても良いかなぁって」
「えぇ? さっき、リアナお姉ちゃんが可哀想とか言ってなかった?」
「放置されたままになるなら可哀想だけど……なんか、そうじゃなさそうだし? と言うか、ソフィアちゃん、なんか拗ねてない?」
「ふえっ!? すっ、拗ねてなんてないよ!?」
あまりにもわかりやすすぎる反応。
自分でもそれに気付いたのだろう。ソフィアの顔が赤く染まる。
「す、拗ねてなんて、ないもん……」
どう見ても拗ねているようにしか見えない。
と言うか、その拗ねた様子はまるで……
「ふふっ。あたし、な~んとなく、分かっちゃった」
クレアリディルはイタズラぽい笑みを浮かべる。
リアナと一緒にいたのが誰か、なんとなく予想がついた。
そして、クレアリディル自身は黙っていた方が、今後の展開がきっと楽しいことになるに違いない。そう思って、胸の内にしまうことにする。
クレアリディルはちょっぴり優しくて……そして、わりとイジワルだった。





