無知で無力な村娘は、最強の護りを手に入れる 2
非合法な奴隷商を捕まえてからは、怒濤のように忙しかった。
まずは奴隷商の共犯である村人の調査。
事情を知っていたのはククルだけで、一件に加担しているのは二人だけだった。その二人は犯罪奴隷として契約させ、この村で死ぬまで働いてもらうこととなっている。
ちなみに、奴隷の契約は、捕まえた奴隷商を脅迫――もとい、お願いしておこなった。
続いて、非合法な奴隷商とその一味の取り扱いについて。
グランシェス家に救援を要請し、彼らの身柄は引き取ってもらった。一足先に、グランシェス家――というか、クレアリディルの元に運ばれていることだろう。
でもって、村の農業改革について。
リアナの対応が信頼を得る切っ掛けになったのか、村人達は素直にリアナの話を聞いてくれた。おかげで、わずかな期間で、最低限の技術指導を終えることが出来た。
次の収穫には、一定の成果を出せることだろう。
そして最後、リーズ商会はいまだに村に滞在している。リアナ達の農業改革について興味があったようで、ずっとついて回っていたのだ。
だけど、そんな忙しい日々も今日で終わる。一通りの技術指導を終え、リアナ達はグランシェス領に戻ることとなったからだ。
そんな訳で、村の外れには多くの村人が集まっていた。
「リアナさん、ソフィアさん、本当にありがとうございます」
犯罪奴隷へと堕とされた村長に代わり、村長代理となったククルが頭を下げる。その直後、集まっている村人達から感謝の言葉が次々に発せられた。
「気にしなくて良いよ。あたし達がここに来たのは、グランシェス家のためでもあるから。だから、また困ったことがあったら、いつでも相談してね」
「はい、そのときはお世話になります」
「それと、食糧支援も要請してあるから、あたし達と入れ替わりで届くと思うよ」
「……なにからなにまで、本当にありがとうございます」
ククルが深々と頭を下げる。ここ数日で信頼は得たのだけれど、対応には距離を感じるようにもなった。ちょっと残念だなぁと、リアナはため息をつく。
「……私達に、なにか恩返しが出来れば良いんですけど」
「それなら、次にグランシェス家が子供を募集したときは誰か来させてよ。絶対、この村のためになるから」
「それはまったく問題ないですよ。むしろ、多すぎて困るかも知れません」
「……そう? なら良いんだけど」
村の子供達が、いつかリアナお姉ちゃんを迎えに行くんだ! と息巻いているなんて、まるで気付いていないリアナは首を傾げる。
「それじゃ……名残は尽きないけど、またね」
「またね、ククルさんっ!」
リアナに続いて、ソフィアが元気よくお別れを言う。そうしてククルとの別れを済ませて、今度はクラリーチェの前に移動した。
「クラリーチェさん、色々と助かりました」
「こっちこそ、貴重な体験をさせてもらったわ」
「楽しんでくれたのなら良かったです」
クラリーチェとの挨拶を終わらせてから、隣にいるリズに視線を向ける。リアナはこの数日で、リズがクラリーチェの妹的な存在であることに気がついていた。
「リズさん。これからグランシェス領は産業が活発になるので、色々な物が必要になります。リーズ商会の名前は伝えておくので、よかったら来てくださいね」
「はい、ありがとうございます。そうさせていただきますね。また会いましょう、リアナさん。それに、ソフィアちゃんも、また会いましょうね」
リズの視線がソフィアに向いた。
その瞬間――
「ええ、わたくしもまた逢える日を楽しみにしています。そのときは偽りの身分ではなく、本当の身分でお会いいたしましょう」
ソフィアが優雅にカーテシーをしてみせた。
それを見た、リズとクラリーチェが息を呑む。
その洗練された仕草からソフィアの身分を予感し、目上の者に対しておこなう所作から、自分達の身分がバレていることを察したのだ。
リアナだけは「ソフィアちゃん、お嬢様っぽいことも出来るんだね!」と暢気に感心していたが、それはともかく――
「さぁ、グランシェス家へ戻ろう!」
リアナとソフィアはみんなにしばしの別れを告げて、仲良く馬車に乗り込んだ。
そして、見送ってくれるみんなに手を振っていると、見送りの中にジークを見つけた。そして、そんなジークの隣には、少し年上の女の子。
捕まえた奴隷商から、何人かの奴隷を押収したという話をリアナは思い出した。
それから数日。
リアナ達は無事にミューレの街へと戻ってきた。
「はぁ……一ヶ月ぶりに戻ってきたね」
「そうだね、凄く久しぶりな気がするよぅ~」
流れる街並みを眺めながら、ますます仲良くなったソフィアがすり寄ってくる。移動中はもちろん、寝るときも一緒なので、なんだか半身のように感じられる。
寮に戻っても、しばらくはソフィアちゃんと一緒に寝ようかな? と、そんな風に思っていると、ソフィアがじっと見上げてきた。
「……どうかしたの?」
「うん……その……えっと。あ、そうだ。学園によっても良いかなぁ」
「え? うん、良いけど」
「よかった。それじゃ、学園の前で止めてね」
ソフィアが御者に声を掛ける。
それからほどなく、馬車はミューレ学園の前で止まった。
「ソフィアちゃん、学園になんの用事があるの?」
「うん。ちょっと……こっちだよ」
理由を言わないソフィアに連れられて、リアナが連れてこられたのは学園の中庭だった。
アリスティアが植えたという伝説の木――というか世界樹。
その樹の前で、ソフィアがクルリと振り返る。
夕焼けに照らされるソフィアは、金色に煌めいていた。
「ねぇ……リアナお姉ちゃん、この樹のことを知ってる?」
「うん。アリス先生が持ち込んだ、世界樹なんでしょ?」
「そう、伝説の木。この樹の下で告白をして受け入れてもらったら、幸せになれるって」
「う、うん、聞いたこと、あるけど……」
あ、あれ? これ、どういう状況? まさか、告白!?
なんて、そんなはずないよね。女の子同士だし、ソフィアちゃんが好きなのは、リオン様だし、うん……あるはずない、よね?
「あのね、リアナお姉ちゃん」
「う、うん」
「私、リアナお姉ちゃんのことが大好きだよ」
本当に告白だった!? で、でも、ソフィアちゃんにはリオン様がいるのに――はっ! もしかして、リオン様と結婚して、あたしのことは妾にするとかそういうこと!?
リアナは錯乱した。
「ねぇ、リアナお姉ちゃんは、私のこと、どう思ってる?」
「あ、あたしも、ソフィアちゃんのことが好きだけど、でも、えっと、急に言われても困るし、二番って言うのは、その……」
パニックに陥った結果、一番なら良いのかとつっこまれそうなことを口走る。
「ありがとう、リアナお姉ちゃん」
ソフィアは静かに微笑んだ。その顔が酷く寂しげに見えて、リアナは息を呑む。
「ソフィア、ちゃん……?」
「この一ヶ月、リアナお姉ちゃんと一緒にいられてよかった」
「う、うん。それは、あたしも……というか、良かった……って、これからも一緒だよね?」
リアナの問いかけに、ソフィアは寂しげに微笑む。
「……私のこと、忘れないでね」
ソフィアが、リアナから一歩遠ざかった。
リアナがその一歩を詰めると、ソフィアは更に二歩遠ざかる。
「待って、ソフィアちゃん、どういうこと?」
「……また、会おうね」
ソフィアが身を翻して駈けだした。
「――っ、待って、ソフィアちゃん。ソフィアちゃんってばっ!」
とっさに追い掛けるけれど、ソフィアの動きはとんでもなく速くて、リアナはあっという間にソフィアを見失ってしまった。
「……どういう、ことなの?」
混乱したリアナがぽつりと呟くが、それに答える者はいない。夕焼けに照らされる学園には、人っ子一人残っていなかった。
しばらく周囲を見回したリアナは、ひとまず学生寮へと戻ることにする。ソフィアも、寮に戻るはずだと思ったからだ。
戻ってきた学生寮のエントランスホールで、ティナと出くわした。
「リアナ、おかえり!」
「ただいまっ!」
駈け寄って飛びついてくる。そんなティナを抱き留めた。
「えへへ、一ヶ月ぶりだね、元気だった?」
「うんうん。あたしは元気だったよ。そういうティナの方はどう? グランプ侯爵との取り引きは上手くいった?」
「うん、リオン様達が頑張って、上手く交渉できたみたい。来年は、グランプ侯爵領の子供も入学してくるって」
「へぇ……それは、凄いね」
様々な技術をみんなに伝え、いつかこの国すべてを豊かにする。そんな、リオンの夢物語のような理想が、少しずつ現実になり始めている。
自分もお手伝いできるようにこれからも頑張ろうと、決意を新たにした。
「あ、そうだ。それから、ティナの両親に会ったよ」
「――っ。その……どんな感じだった?」
ティナの黒い瞳が不安げに揺れる。
だから、リアナは大丈夫だよと、ティナを軽く抱きしめた。
「わわっ、リアナ?」
「あはは、ごめんごめん。最近のクセで思わず」
てへっ、と舌を出す。
ソフィアと過ごした一ヶ月で、リアナはずいぶんとお姉ちゃん属性に磨きを掛けていた。
「……クセ? 村の子供でも可愛がってたの? いや、それより、お父さんとお母さんは、どんな感じだったの?」
「ん~、そうだね。二人とも、ティナが大好きなんだなって思ったよ」
「……私のこと、奴隷商に売り飛ばしたのに?」
「うん。それでも、だよ。ティナのこと、凄く凄く心配してた。そして、いまはミューレ学園に通っているって知ったら、凄く喜んでた」
「そう、なんだ……」
ティナは複雑そうな表情だけど、それは無理もない。両親に売り飛ばされたトラウマは、そう簡単には消えるはずがない。
だから、リアナはもう一度、今度はぎゅっとティナの身体を抱きしめた。
「二人からの伝言だよ。許してくれとは言わない。だけど、自分達にとってティナは、今も昔も、ずっと大切な娘だって、そう言ってたよ」
「お母さん達が、そんなことを……?」
「うん。だから……大丈夫。少しずつわだかまりをなくしていけば良いんじゃないかな」
「……ありがとう、リアナ」
ティナは微笑んで、そっと身を離す。そうして、リアナのことを見上げた。
「少し会わないうちに、頼もしくなったね」
「え? そう、かな……自分じゃあんまり自覚がないけど、あたし、成長できてる?」
「うん、胸以外は」
「胸以外は――は、余計だよ!?」
どうして、みんなそこに話を持っていくのかなと、リアナはふくれっ面になった。なお、理由はその反応が可愛いからなのだが……当のリアナは気付かない。
「そう言えば、ソフィアちゃんは寮にいる?」
「ソフィアちゃん? ん~っと、今はいないんじゃないかな」
「……そっか」
まだ戻っていないんだと、リアナはしょんぼりする。しょんぼりしたから……その会話に違和感があったことには気付かない。
「それよりリアナ。帰還したら、執務室に顔を出して欲しいって、クレア様が言ってたよ」
「あぁ……例の件かな。それじゃ、ちょっと行ってくるね」
「行ってらっしゃい。後で、色々お話を聞かせてね!」
「うん。また後で」
やって来た執務室の前。リアナはノックをして、名乗りを上げた。それからほどなく、入りなさいという声を聞いて、リアナは執務室の中へと入る。
そこには、システムデスクの向こう側に腰掛けるクレアリディルと――ソファに腰掛ける、ゴスロリを身に纏ったソフィア。
「なんだ、ソフィアちゃん。こっちに――」
リアナが言い終えるより早く、ソファから降り立ったソフィアが飛び掛かってくる。
「リアナお姉ちゃん、久しぶりだよ!」
「……………………え?」





