無知で無力な村娘は、最強の護りを手に入れる 1
「んんっ、ん――っ!」
手足を縛られて、更には猿ぐつわをされたらリアナは、納屋で必死に叫んでいた。
なお、迫真の演技――ではなく、本気で叫んでいた。
ソフィアちゃんの馬鹿――っ!
なにが特製の果汁ジュースだよ、眠り薬入りじゃない!
……という訳である。
もちろん――というとアレだが、おとりにされる分には文句なんてない。リアナが怒っているのは、自分が安全な納屋に転がされているからだった。
騙される方も騙される方だが、あの状況でさらっと騙す方も騙す方。さすがは、天使の顔をした小悪魔ソフィアである。
後で、絶対に文句を言ってやるぅ~と呻いていると、不意に納屋の扉がガタガタと開いた。
そして姿を現したのは、見知らぬ女性だった。
「え……そんなところでなにをしてるの?」
「――んんっ、んん――っ」
叫ぼうとするが声にならない。猿ぐつわだけでなく、口に布を突っ込まれて、舌の動きを封じされているのだ。
「よく分からないけど、ほどけば良いのよね?」
女性はリアナの身体を起こすと、拘束を解いてくれた。
「はぁ……助かったよぅ」
「というか、一体どうして拘束されていたの?」
「それは……というか、貴方は?」
「私はナナ。この村の住人よ。……そういう貴方は見ない顔よね」
「あぁ、そっか」
宴会に参加していたのは、なにも村人全員じゃない。ナナは参加していなかったので、一連の騒動も、リアナのことも知らないのだろう。
「一人で納得してないで、どうして拘束されていたか教えてくれない? 実は、悪い人とかじゃないわよね?」
「あぁ、ごめんなさい。あたしはリアナ。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。それで、なにがあったの?」
「この村を救うように言われて、グランシェス家から派遣されてきたの。ここに転がされてたのは……金色の獣の仕業かな」
「……金色の獣?」
「うん、優しくてイジワルな、金色の獣。後で文句言ってやるんだから。という訳で、ここが村のどの辺りか分かるかな? 村の外れにある、小屋のところに行きたいんだけど」
「あぁ……それなら、こっち。案内してあげるわ」
「ありがとう、助かるよ」
ナナに案内されて、月明かりの下を歩く。薄暗い夜道の一寸先は闇。リアナは方角すら分からないけれど、ナナは迷う素振りも見せずに歩いて行く。
「こっちよ」
「うん。って言うか、よくこんなに暗闇の中を、平気そうに歩けるね」
「あぁ……馴れているから」
「へぇ……」
リアナも農村出身だったけど、明かりのない夜は寝るのが普通。早起きは慣れているけど、夜道は慣れないなぁと、おっかなびっくり後に続く。
それからほどなく、リアナ達は村はずれに到着した――のだが、
「えっと……小屋がどこにもないんだけど?」
案内されたのは村の外れの――見知らぬ林の入り口だった。月明かりさえも遮られて、まったくといって良いほど周囲を見ることが出来ない。
小屋はどこにあるんだろうと周囲を見回す――と、歪な笑みを浮かべるナナが目に入った。
「あははっ、まだ気付いてなかったの?」
「え、気付くって……まさかっ」
慌てて踵を返す――が、逃げ出すことは出来なかった。
「くくっ、反応は悪くないが……気付くのが遅すぎたな」
いつの間にか、男が退路を断つように立ち塞がっていたのだ。
「ソ、ソフィアちゃ――んぐっ」
悲鳴を上げようとした瞬間、背後からナナに羽交い締めにされて口を塞がれてしまう。そして次の瞬間、頬に冷たい金属が触れる。
「ここで叫んでも、滅多なことじゃ聞こえないけど……大声を出そうとしたら、その綺麗な顔に一生消えない傷がつくわよ」
「……貴方、奴隷商の仲間ね」
リアナはさっと周囲を見回した。
見えるのは、ナナと目の前の男だけ。だけど、他にもいるかも知れない。
いや、ソフィアの計画が筒抜けだったのなら、この場に護衛の騎士と渡り合える程度の戦力が伏せられていると考えるべきだろう。
状況がハッキリするまで、下手なことは出来ない。
「まさか、他にも奴隷商の仲間がいたなんてね」
「あら、その程度、予想するべきだと思うわよ。むしろ、予想しなかった貴方達が間抜けなんじゃないかしら。……な~んて、あたしは村人じゃないけどね」
「村人じゃない?」
「ええ。他の村人に顔を見られたらバレちゃうからどうしようかと思っていたんだけど、貴方が一人になってくれて助かったわ」
みんなと大人しく待機していれば、こんな目には遭わなかったと言うこと。リアナは自分のふがいなさを責める。
「あたしを……どうするつもり?」
「……あなた? そうねぇ……見た目は良いから惜しいとは思うけど、貴方を売ったら足がつくから、適当に殺してあげるわ」
「……どういうこと? あたしが目当てなんじゃないの?」
「ぷっ、なにを言うかと思えば、そんなはずないじゃない。いくら顔が良いからって、大して胸もない娘に、金貨数百枚の価値なんてあるはずないじゃない」
「うぐぅ……」
気にしていることを指摘され、リアナは今日一番のダメージを負った。
だけど、それよりも、だ。
リアナが狙われたのは、様々な知識を身に付けているからだと思っていた。だけど、ナナはリアナ自体には興味がないという。
「……あたしが目的じゃないなら、一体なにが目的なのよ?」
「そんなの、これに決まっているじゃない」
「ひゃうっ!?」
ナナに胸をまさぐられて、リアナは悲鳴を上げる。
「さ、さっき、貧乳扱いしたくせに!」
「はぁ? なにを勘違いしているの。私達が目的なのはこれ、貴方が着ているドレスよ」
「……制服のこと?」
「そうそう、制服とか言うんだったわね。その服には、金貨数百枚の値がつくわ」
ナナはそう言って、手探りでブラウスのボタンを外しに掛かってくる。
「おい、無駄話をしてないで、早くしろ」
「貴方に言われなくても分かってるわ。でも、脱がし方がいまいち分からないのよ」
「ひゃっ……ちょっと、変なところ、触らないで」
リアナはくすぐったさに身を震わせる。
そうして抵抗しつつ、この状況を打開するために頭を働かせる。
「……以前、三百枚くらいの値がついたって聞いたことがあるけど、金貨三百枚を村人に支払ったら、採算が取れないんじゃないの?」
「はぁ? ホントに度しがたい愚かさね。金貨三百枚なんて、ホントに払う訳ないじゃない。貴方達を受け取ったが最後、このことを知らせれば貴方達も破滅よって言って終わり」
「……ホントに最低だよ」
村長の選択は許されないことだが、その気持ちは理解できなくもない。妹のために、リアナは自分を犠牲にした。
だけど、自分を犠牲にすることすら出来なかったら、リアナは罰を受けることを覚悟の上で、他人を犠牲にしていただろう。
ナナは、そんな風に追い詰められた人間の気持ちを利用した。
「……ねぇ。制服を脱がしたら、あたしのことを殺すのよね?」
「ええ、そうね。一応、あんまり痛くはないようにしてあげるけど」
「だったら、冥土の土産に聞かせて欲しいのだけど、貴方達って何人いるの?」
「はぁ? なんでそんなことを教えなきゃいけないのよ」
ナナが怪訝な声を上げるが、リアナはここは押しどころだと話し続ける。
「一人……はないわよね。ここにもう一人いるんだから」
「だから、なんでそんなことを聞くのよ?」
「そのほかに、一人、二人、三人」
「ちょっと、いいかげんに……」
「四人、五人……いま、四人って言ったら、ぴくってならなかった?」
問い返すと、ナナは再びその身を揺らした。
「やっぱり。ここにいる二人の他に、四人仲間がいるんだね」
「だったら、なんだって言うのよ!」
「別に、たんなる確認、だよ。まだ見つけてない仲間に逃げられたら困るからね」
リアナが笑った瞬間、林の奥からガサガサッと音が響いた。
「――なんだっ!?」
男がとっさに剣を抜いて、物音がした方を向く。
「誰かいるなら出てきなさい! じゃないと、この子の顔を切り刻むわよ!」
リアナを盾にするように、ナナが物音がした方を向く。
でも、それはきっと思うつぼだよ――と、リアナが予想するとほぼ同時、ナナがうめき声を上げてくずおれた。
「ソフィアちゃんっ!」
振り返ると、すぐ側に短剣二刀を携えた――下着姿のソフィアがたたずんでいた。
「リアナお姉ちゃん、怪我はない?」
「怪我はないけど……なんで下着姿?」
「ソフィアがおとりとして連れて行かれたと見せかけるために、丸めた布団にソフィアの制服を着せて、運んでもらったの」
「……そうなんだ」
真っ暗がりだから、効果があるのは分かるけど、ソフィアちゃん、下着姿で村の中を駈けてきたんだ……と、リアナは少し目眩を覚えた。
「とにかく、残りの一人も倒しちゃうから、少しだけ待っててね」
「……うん、頑張ってね」
言いたいことは色々とあるけど後回し。
リアナは一歩下がって、男と対峙するソフィアを見守った。
「さて……降伏してくれると、話は早いんだけど」
「はっ、誰がするか」
「そっか……なら、ここで死んじゃえっ」
刹那、暗闇の中に溶け込むようにソフィアが消失した。次の瞬間、キィンと甲高い音ともに、男が振り上げた剣から火花が上がる。
「――速いっ。だが、今度はこっちの――っ」
振り向いた男が動かした剣から、再び火花が上がる。それも一度ではなく、二度、三度と、立て続けに火花が上がる。
その瞬間だけ、男の側に下着姿のソフィアが浮かび上がる。なんかもう、色々突っ込みどころが多すぎて突っ込めないと思うリアナであった。
「このっ、ちょこまかと、いいかげんにしろ!」
「――っ」
男が振り下ろした剣を、ソフィアはとっさに短剣をクロスさせて受け止めた。
「ふっ、ようやく捕まえたぞ。このまま押しつぶしてくれるわ!」
男がギリギリと剣を押しつけていく。
もし、ソフィアにその圧力を片腕で受け止めるだけの力があれば、もう片方の短剣を使って、無防備な男を斬りつけることが出来るだろう。
――ということで、
「がああああっ!?」
右手に持つ短剣一本で男の全体重を受け止めると、左手に持つ短剣で男を斬りつけた。
「ば、馬鹿なっ! その身体のどこに、そんな力があるんだ! まさか、恩恵か!?」
「……さぁ、どうかな」
ソフィアが笑って身を翻した。
月明かりを受けて輝く刃が一筋、二筋と夜の帳を切り裂いていく。
ほどなく、男は膝からくずおれた。
二人が動けないことを確認したソフィアは、てくてくとリアナの元へとやって来る。
「おまたせ、リアナお姉ちゃん。大丈夫だったぁいたたたっ。なにひゅるの」
ほっぺたみょーんの刑に処されたソフィアが泣き言を口にする。
「なにするの、はこっちのセリフだよ。年頃の女の子が、そんな恰好で」
「ソフィア、まだ未成年だよ? 村のみんなは、男女一緒に水浴びしたりするんだよね?」
「そういう問題じゃないから。というか、胸があたしより大きいからギルティだよ」
「えぇ……」
不満気なソフィアのほっぺたをむにむにとしつつ、「それに――」とリアナは続ける。
「ソフィアちゃん、あたしのこと、おとりにしたでしょ?」
「リアナお姉ちゃん、自分でおとりになるって言ったじゃない」
「言う前から、おとりにするつもりだったよね?」
ソフィアの当初の計画は、護衛を引き連れて、ソフィアがおとりになって奴隷商人をおびき出すという計画で……やっぱりリアナが孤立する。
いまにして思えば、結果は同じだった気がするのだ。
「リアナお姉ちゃん……嫌だったの?」
「おとりにされるのは、自分で望んだことだけど、教えておいて欲しいよ」
途中でソフィアの作戦だと気付いてわりと安心したけど、最初は恐かったのだ。
「だってリアナお姉ちゃん、演技とか苦手そうだもん」
「うぐっ、それは、否定しないけど……」
「否定できないんだよね」
「否定は出来ないけど……」
「出来ないんだよね?」
「……うん」
最初から聞かされていたら、相手に見抜かれていたかもと納得してしまう。リアナは、やっぱり色々な人に毒され始めていた。





