無知で無力な村娘の決意 3
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信じられないほどに大きくて綺麗なお屋敷のフロア。リアナ達集められた子供は、リオンを初めとした者達と向き合っていた。
子供を集めた理由が慰み者にする目的ではなかった。それは理解したのだが、領民達が貧困に喘いでいるのに、自分達が贅沢をしていることには変わりない。
そしてなにより、なんだか女の子にだらしないのは事実っぽい。
――という訳で、リオンに対する反感が完全に消えた訳ではないのだけれど、農作業の知識という言葉を、リアナは無視することが出来なかった。
「貴族様は、あたし達に農業に必要な知識を教えてくださるのですか?」
「ああ。他にも学んでもらうが、まずは農業のノウハウを学んでもらう」
「……分かりました。貴族様の言うとおりにします」
贅沢をしているのは許せないと思うけれど、それとこれとは話が別だ。妹の暮らすレジック村を豊かに出来るのなら自分はなんだってしてみせる――とリアナは考えた。
けれど、そんなリアナに対し、リオンは少し不満気な表情を浮かべた。
「……なにか、あたしがお気に障ることを言いましたでしょうか?」
「いや、そういう訳じゃないけど、貴族様は止めてくれ。ここでは貴族とか平民とかは考えず、出来るだけ対等に接するようにしてるんだ」
意味が分からなかった。
貴族は貴族で、平民は平民。文字通り住んでいる世界が違う。そう思ったのだけれど、貴族様と呼ぶなと言われた以上は従わなくてはいけない。
リアナは少し考え、リオン様と呼んだ。
「……様もいらないんだけどな」
呼び捨てにしろと言っているのだろうか? そんなのは出来るはずがないと頬を引きつらせる。それが伝わったのだろうか。リオンは苦笑いを浮かべた。
「そうは言っても無理な注文か。ひとまずはリオン様で良いや。そういう訳だから、他のみんなも気楽にな。なにか困ったことがあれば言ってくれ」
いままさに、どう反応して良いか困ってます――なんて言えるはずもなく、リアナは曖昧な笑みを浮かべてお茶を濁した。
「さて。学校のことは学校で説明してもらうとして、みんなが普段生活する学生寮についてだけど……みんなはいままで、旧お屋敷に預けられていたんだよな?」
「はい、とても立派なお屋敷で、凄く快適でした」
リアナは首肯すると同時に、素直な感想を口にした。リオンが噂のような悪人ではないと分かり、緊張が解けて余裕が出てきたのだ。
「そんなに快適だったのか?」
「はい。この新しいお屋敷には全然敵わないと思いますけど……あたしにとっては、夢のようなひとときでした」
リオンがくくくと喉の奥で笑った。平民には夢のような空間でも、貴族にとってはそうじゃないと笑われたのかなと、また少し嫌な気分になったのだが――
「あの屋敷から学校に通うには、馬車で片道一時間は掛かる。だから、学生寮に引っ越してもらう予定なんだ」
あ、もしかして、あのお屋敷に住みたいって言ってると勘違いされたのかなと、リアナは一転して顔を赤らめ、「雨風さえしのげるなら、どんなところでもかまいません」と付け足す。
けれど、それすらもリアナの勘違いだった。
「それは大丈夫だぞ。なにしろ、みんなが暮らす寮は、ここだからな」
リオンがこともなげに言い放つ。リアナには、その言葉の意味が理解できなかった。けれど、二度三度と反芻するうちに、その言葉がだんだんと理解できてくる。
そして――
「…………え? ここはリオン様のお屋敷、ですよね?」
――やっぱり、理解できなかった。
「いや、俺の屋敷は別にある。ここはみんなが生活する学生寮だよ」
「……冗談、ですよね?」
「いや、事実だよ。一階には食堂と温泉、それに足湯もあるから好きに使ってくれ。生徒は自由に使えるようになってるから」
「しょ、食堂に温泉? それに足湯? あの、何度も聞きますけど、冗談……ですよね?」
「そんな嘘は吐かないって」
こともなげに言い放つ。リオンの顔は嘘を言っているようには見えない。だけど、それでも、こんなにも立派な建物が、自分達の学生寮だなんて信じられるはずがない。
ましてや、温泉や足湯というのは良く分からないけれど、食堂を好きに使えるという時点で意味が分からない。次の瞬間、リオンが嘘だと笑い出すのだと思って待つが……いくら待っても、リオンが嘘だと口にすることはなかった。
「……え。あの、本当……に?」
「うん。今日から、ここがキミ達の家だ」
「ええっと……ええっと……」
どうやら事実のようだと頭では理解するが、感情がついてこない。リアナはたっぷり三十秒ほど考え――ここで暮らすのだと理解する。
そして――
「こ、こここっこんなに立派なお屋敷があたし達の家だなんて。お、おおっ恐れ多すぎて、とてもじゃないけど暮らせません――っ!」
うっかり家具でも傷つけてしまったらどうなってしまうのか、想像だけで気疲れで死んでしまうと、リアナはわりと本気で悲鳴を上げた。
ほかの子供も同意見だったようで、コクコクと頷いている。
「心配するな。規模が規模だったから、それなりにお金は掛かっているが、別に贅沢している訳じゃない。ここが立派に見えるのは、最新技術を使っているだけだ」
「……最新技術、ですか?」
「そうだ。レンガという土を焼いたモノで作ったお屋敷――に見せかけた鉄筋コンクリートなんだけど、素材を使用する競合相手が居ないから安くてな。他にも職人に技術提供と引き換えに色々と融通してもらったり……とにかくキミ達が気兼ねをする必要はない」
「で、でも、もし家具を傷つけたりしたら……」
「わざとならともかく、うっかりなら咎めたりしないから心配するな」
それなら安心ですね――なんて思えるはずがないのだけれど、咎めたりしないと言われているのに、信じられませんなんて言えるはずがない。
そしてそれは他の子供達も同じだったのだろう。反論の言葉は出てこない。だからリアナは、そういうことならと仕方なく頷いた。
「よし。それじゃ続いて……」
リオンが続けて片手を上げる。それによってメイドの一人が、リオンに服を手渡した。リオンはそうして受け取った服を、リアナの前に突きつけてくる。
「……これは?」
「これがキミ達の通う学校の制服だ」
「……あ、あの、この服、物凄く高価そうに思えるんですが?」
思わず受け取ってしまったリアナだが、手触りが信じられないくらい良くて、しかも色彩豊かで、見たこともないほど可愛らしいデザインだったので完全にうろたえてしまう。
「あぁ……どうだろう?」
リオンは少し困った顔で呟いて、アリスティアへと視線を向ける。視線を向けられたアリスティアは「そうだねぇ……」と小首をかしげる。
艶やかなピンク色の髪に、澄んだブルーの瞳。あらためてみても綺麗なお姉さんだな……なんて思っていると、その艶のある唇からとんでもないセリフが飛び出てきた。
「いまなら金貨数百枚の値が付くんじゃないかな」
リアナは最初、聞き間違いだと思った。平民の年収は、金貨に換算して数枚くらい。金貨数百枚なんて、リアナが一生掛かってようやく稼げるかどうかと言う金額だったからだ。
だけど――
「少なくとも、国王のお召し物なんて目じゃないくらい高価だよ」
続けられたアリスティアの言葉は聞き間違いようがなかった。
「そそっそんな高価な服、受け取れません――っ!」
リアナは服を反射的に突き返した。
お屋敷はまだ分かる。自分達が出て行ったあとも誰かが使うだろうし、床や壁を傷つけないように、そっと歩けばなんとかなるとは思う。
だけど、服は無理だ。どんなに気をつけたって、なんらかの弾みで汚したりほつれさせたりしてしまうのは避けられない。絶対に受け取る訳には行かない。
「いやいや、それは制服だから。ちゃんと学校に通うときに着てくれなきゃ」
「で、でででもっ!」
「大丈夫だ。さっき高価だって言ったけど、それは希少価値があるだけで、リアナが着ている服と、費用的にはそう違いはないさ。なあ、アリス?」
「ん~そうだね。私が前世の――じゃなかった、古代の知識を再現して作ったあれこれだから希少価値はあるけど、費用的には……金貨数枚くらいかな?」
「やっぱり受け取れませんんんんっ!」
「うわぁっ、待った待った。――って言うかアリス! それはどう考えても、初期の投資費用を含めてるだろ!」
「あはは、そうだね。実費で考えたら、平民が着ている服とあんまり変わらないよ」
「……そう、なのですか?」
リアナがいままで着ていた服とは手触りもデザインもなにもかもが違う。それとあまり手間が変わらないというのは……どう考えても信じられなかった。
「もちろん、まったく同じという訳でもないけどな。いままでの服とは材質が違ったり、生地の織り方が違ったり、製法が違ったりするだけなんだ」
「……製法が違うだけで、こんな服が……」
嘘を言っているようには見えないけれど、鵜呑みに出来るような内容でもない。呆然と呟くリアナに対して、リオンは力強く頷いた。
「出来る――と言いたいところだけど、いまはまだ高価だと言わざるを得ない。だから、製法を広めて、みんなの手に届くようにしたいんだ」
「こんなに綺麗なお洋服が、平民であるあたし達の手に届くようになるのですか……?」
呆然と呟く。そんなリアナに対して、リオンは力強く頷いた。
「なる。いや、してみせる。そして、それは洋服だけじゃない。美味しい料理のレシピや便利な道具。様々な知識を広めて、みんなが安心して暮らせる、そんな世界を作りたいんだ」
まるで夢のようなお話。だけど、だからこそ、現実味のないただの夢のように思えた。
「……本当に、そのようなことが出来るのですか?」
「いまはまだ無理だ。そして、俺やアリス達だけでも届かない。だけど……リアナ。キミ達が力を貸してくれるのなら、きっと為し遂げられる。だからどうか、俺に力を貸してくれ」
リアナ――そして、この場に集められていた子供達は一斉に息を呑んだ。領主のお手つきになったメイドの子供とは言え、いまは当主代理の地位にある。
そんなリオンが、平民である自分達に対して頭を下げたからだ。
貴族は命令するだけで、平民に頼み事をするなんて普通はしない。それなのに、頼むだけではなく、頭まで下げる。リオンはなにもかもが規格外だった。
全てを理解できた訳じゃない。本当にそんなことが可能なのかも分からない。だけどリオンは、平民達の幸せをも願ってくれている。
だから、リアナは自らの意志で、リオンを信じてついて行ってみようと決意した。
それから、リアナ達はあれよあれよという間に寮の部屋へと案内された。
さすがに部屋の内装は、先日一泊した旧お屋敷よりは小さくてシンプルだったけれど、個室であり、ベッドはふかふか。他には机と椅子までもが備え付けてある。
平民であるリアナにとって、破格の環境であることは間違いなかった。
「……ほんと、なにがどうなっているんだろう」
ワンピースを脱ぎ捨てたリアナはベッドに倒れ込み、ぼんやりと天井を見上げた。
村が貧困で、妹の身代わりに慰み者として売られてきたつもりだった。それが暖かいベッドに、美味しい食事。あげくはお風呂にまで入れてもらって……
それでいて慰み者になるのではなく、様々な知識を学ばせてもらえるのだという。一体なにがどうなっているのか。まるで理解が追いつかない。
……夢だったりするのかな? ――と、そんなことを考えているうちに眠ってしまっていたのだろう。気がつけば、窓の外がずいぶんと暗くなっていた。
「リアナさん、いませんか?」
「――は、はい、います!」
リアナが飛び起きると、メイドが部屋に入ってきた。
そのメイドはベッドの上に座るリアナを見て一瞬だけなにか言いたげな顔をする。なんだろうと見下ろすと、自分があられもない恰好をしていることに気がついた。
「ご、ごめんなさい」
リアナは慌ててワンピースを引き寄せて身体を隠し、ペコペコと頭を下げた。けれど、そんなリアナに対して、メイドは「謝るのはこちらです」と穏やかに告げた。
「……ええっと?」
「貴方達はここに連れてこられた理由を誤解していたのでしょう? そんな緊張から解放されたのなら、疲れて眠ってしまっても仕方ありませんから」
「あ、あぁ……えっと、その。はい」
どうやら、自分が寸前までうたた寝をしていたことまで気付かれているらしい。それに思い至って、リアナは頬を赤らめた。
「マリーはとても優秀なメイドなんですけど、無口なのが玉に瑕でして。……心配を掛けてしまって、申し訳ありません。主人に代わり、心からお詫び申し上げます」
「い、いえ、そんなっ! 謝らないでください」
メイドとはいえ、村の小娘でしかなかったリアナにとっては雲の上の存在も同然で、しかもマリーより立場が上そうな雰囲気。リアナは慌てて首を横に振った。
「そ、それより、なにかご用ですか?」
「あっと……そうでしたね。まずは名乗るのが遅くなってしまいましたが、メイドのミリィと申します。あなた達の先生を務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「あ、そうなんですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
栗色の髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳。
一言で表現するなら綺麗なお姉さんといった容貌のメイドさん。自分とそんなに年が変わらなさそうなのに、この人が先生になるんだ……と、リアナは少し驚いた。
「それで、ミリィ先生は、あたしになにか用事ですか?」
「いえ。ソフィアちゃんが、『生徒同士で自己紹介をしたいの~』と、可愛らしく言っていたので、私が皆さんに声を掛けて回っているのです」
「はぁ……」
生徒同士で自己紹介をするというのは分かる。
リアナ自身も、自分と同じ境遇の人達と仲良くしたいと思っていたので、まさに渡りに船なのだが……それをミリィが呼びに来たというのが良く分からない。
ソフィアというと、あの金髪の女の子のことだけれど、あの子が凄いのか、もしくはミリィ先生が優しいのか、どっちなんだろうとリアナは首を傾げた。
「他にも、サプライズを用意しているようですが……リアナさん? お疲れなら、お断りしてもかまいませんよ?」
「あぁ、いえ。直ぐに向かいます」
リアナの願いは、レジック村で暮らす妹や両親、村のみんなが幸せになること。
そしてそのために、リオンはみんなの力が必要だと言った。であるのなら、仲間達との交流はきっと必要だ。そう思ったから、リアナはみんなの元へと向かうことにした――のだが、部屋を出ようとしたところで、ミリィに腕を掴まれた。
「リアナさん、その恰好で行くつもりですか?」
「…………あ」
リアナは慌ててワンピースを着て、みんなの元へと向かうことにした。