無知で無力な村娘の決意 2
日刊総合25位、ジャンル別11位
ありがとうございます!
お風呂で身体を清めた後、用意されていた手触りの良い服を着る。
これでいよいよ、領主のご子息であるリオン様の慰み者に……なんてことをリアナは考えていたのだが、連れて行かれたのは食堂。
そこでなにやら、ごちそうを食べさせてもらった。
いままで食べたことがないほど美味しくて、思わずお腹いっぱいに食べてしまう。そうして、もうこれ以上は食べられないと思ったところに、プリンという至高の食べ物。
スプーンですくって口にしてみると、甘くてとろとろで……思わず三つも食べてしまった。
もうこれ以上は食べられない。というか、こんな状態でリオン様の夜伽をさせられたら大変なことになっちゃう! なんて心配したリアナだが、危惧していた事態にはならず……
「……朝を迎えちゃった」
リアナは窓から差し込む朝日を見つめながら、寝ぼけ眼を擦った。
割り当てられた部屋に放り込まれたときは、もしかしてリオン様が来るのかな? なんてビクビクしていたのだが……いつまで経っても来る気配はなく、気付けば朝になっていた。
自分がまだ手込めにされていない。その事実に安堵していると、不意に扉がノックされた。
「――ひゃいっ!?」
慌てて声が裏返ってしまう。そうして答えてから、自分がキャミソール姿でベッドにいることに気付くが、先ほどの声が返事と認識されてしまったようで、マリーが部屋に入ってきた。
「おはようござい……リアナさん。下着姿で眠るのはかまいませんが、その格好で誰ともしれぬ来客を招き入れるのは、少々はしたないと思いますよ?」
「はうぅ……すみません」
ちなみに、リオンがくる可能性を考慮していたリアナは、物凄く葛藤した末にその姿で眠っていたのだが……別に夜伽を考慮しての恰好ではない。
ただたんに、寝間着になるような服を持っていなかっただけである。
ただ、その辺りを誤解されているかもしれないと思ったリアナは真っ赤になりつつ、お風呂の後で着替えとして用意してもらったワンピースを頭から被る。
リアナが普段着ているようなシンプルなデザインだが、その着心地はかなり良い
「えっと……お待たせしました。それで、なにかご用でしょうか?」
「ええ。受け入れ先の準備が整いましたので、いまからミューレの街へ移動してもらいます」
「ミューレの街、ですか?」
聞いたことのない名前に首を傾げる。
「リオン様が新しく建設なさった街です」
「あ、新しく建設!? ……ですか?」
「このお屋敷や街はなにかと不便と言うことで、新しく建て直すことになったんです。いまはまだ村同然の規模ですが、その設備は最新のものばかりですよ」
「な、なによそれ! あたし達は貧困に喘いでいるのに、自分は新しい街を作って女遊び!?」
胸の内を吐き出してから、しまったと口を押さえる。平民が貴族を批判するなんて、首をはねられても文句は言えない。
「……リオン様の良くない噂が広まっていることは存じております。しかしそれらは、亡くなったキャロライン様の流した根も葉もないデマです」
「……キャロライン様、ですか?」
「クレアリディル様のお母様で、亡きご当主様の正妻です」
リオンはお手つきになったメイドの子供で、キャロラインに疎まれていた。ゆえに良くない噂を流されていたのだが、貴族社会の事情を良く知らないリアナには理解できなかった。
そして、説明を求めることも出来なかった。
なぜなら――
「ともかく、リオン様は貴方が思っているような、民の心が分からない方ではありません。根も葉もない噂を真に受けないように注意してください」
リアナが尋ねるよりも早く、そんな風に釘を刺されてしまったからだ。うっかり貴族を批判してしまった。そのことを再確認したリアナは慌てて頭を下げる。
けれど――
「ただ……リオン様は幼少の頃から、エルフの奴隷少女を夜な夜な閨に引き込んだりと、女好きなのは事実ですね。女の敵……死ねば良いのに」
「――えっ!?」
メイドの口からこぼれた毒舌に、リアナは思わず目を白黒させた。
聞き間違いかとも思ったのだが、メイドの口から続けてこぼれたのは、「リアナさんも気をつけてください」という言葉。どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「ええっと……幼少の頃から、女性を閨に引き込んでいたんですか?」
「ええ。クレアリディル様にエルフの奴隷をねだったらしいです」
「へ、へぇ……」
今回とまるで同じ状況。リオンはリアナより年下と聞いているのだが、今回が初めてじゃなかったんだ……とリアナは驚くと同時に、リオンに対して嫌悪感を抱いた。
だが、気をつけろと言われても、村の食糧支援と引き換えにやって来たリアナにはどうすることも出来ない。リアナはマリーに案内され……馬車で一時間ほどの距離にある、ミューレの街へと連れて行かれた。
ミューレの街は規模こそ小さいが、その全てが規格外だった。
小さなブロックを積み上げた建物は、二階建てが当たり前。中には三階建ての建物まで存在している。隙間風が吹き込むような、村にあった木造の建物とは大違いだ。
そして、それらの建物の大半の窓には、透き通るなにかがはめ込まれている。
日の光を浴びて輝くそれがなにかとマリーに尋ねると、最近開発された純度の高いガラスという答えが返ってきた。なんでも、グランシェス領では最近、ガラスや鉄器と呼ばれる画期的な道具の開発がおこなわれているらしい。
そして極めつけ、案内されたお屋敷が凄まじかった。リアナが一日滞在した、グランシェスの旧お屋敷が霞んで見えるほどに美しい建物。
なにもかもが凄まじい。領民が明日のご飯にも困っているのに、自分達はこんなにも贅沢をするなんて……と、怒りを通り越して、リアナは泣きたくなってしまった。
「……どうかいたしましたか?」
「い、いえ、なんでもありません」
「そうですか。では案内するのでついてきてください」
「わ、分かりました」
リアナは目元に浮かんだ涙を指で拭い、慌ててマリーの後を追いかけた。そうして連れて行かれたのは、絨毯が敷かれた、なにもない大広間。
一体なにをするところなのか、リアナには想像もつかない。
「ここでお待ちください。皆が集まったら、説明がありますから」
「えっと……はい」
これまでの経験で、聞いても無駄だろうと悟ったリアナは諦めて頷く。そうして、マリーが立ち去るのを見送り、部屋で待ちぼうけていると、続々と女の子が連れられてきた。
その数、およそ三十人くらい。
全員が女の子で、その大半が悲痛に満ちた表情を浮かべている。だけど……と、リアナはそのうちの数名だけ、妙に希望に満ちた表情を浮かべていることに気がついた。
リアナも、村では男の子達から可愛いともてはやされていた部類だが、その子達は文字通り桁が違う。サラサラの髪に、つやつやの肌。垢抜けした、とんでもなく綺麗な女の子達だ。
そんな女の子達が、どうしてそんな顔をしているのか。もしかしたら、リオン様の愛人の座でも狙っているのかな? などとリアナは思った。
とはいえ、本人達に確認するような真似はしない。取り敢えずは様子見かな……なんて、別の方に視線を移すと、部屋の隅っこにソフィアがいることに気がついた。
不安な状況で、唯一知り合いといえる女の子。話しかけようと思ったのだけれど、それよりも早く、部屋に数名のメイド達が入ってくる。
まれに見る整った容姿のメイド達が部屋の正面まで歩いてくると、入り口に向かって頭を下げた。その直後、入り口から黒髪の少年が姿を現す。リアナより少し年下だろうか? 聡明そうな顔立ちの少年を目の当たりに、リアナの胸がトクンと鳴った。
だけど――その少年の後ろには、二人の少女が付き従っていた。
一人はウェーブの掛かったプラチナブロンドの少女で、リアナと同じか少し下くらい。ドレスの裾を揺らしながら歩く少女は、神秘的な碧眼で目の前の少年の背中を見つめている。
そしてもう一人。腰まであるピンク色の髪に縁取られた小顔にはに整ったパーツが収められている。スタイルも良く、非常に美しいお姉さん。耳の長い彼女は――エルフだろう。
クレアリディルに溺愛されるリオンは、エルフの少女を奴隷として連れているという。
つまりは、この少年がリオンだろう。
あんなにも綺麗で胸の大きなエルフのお姉さんを連れているのに、他の女の子を慰み者にしようなんて、最低よ――と、リアナは少年に敵意を向けた。
「さて、あたしはクレアリディル。グランシェス家の当主と兄が亡くなった後、弟くんと一緒に、グランシェス伯爵領の管理をしているわ」
プラチナブロンドの少女が、しっかりとした口調で名乗りを上げた。見た目から年下かもと思っていたが、その口調はずっと年上のようにも思えた。
そんなクレアリディルは、名乗りを上げるとすぐに、もう一人の少女に視線を向けた。
「そして、こっちがアリスティア。みんなにはアリスと呼ばれているわね。貴方達の先生になるから、名前だけでも覚えておきなさい」
「みんな、よろしくね」
アリスティアがひらひらと手を振る。その気さくな様子にリアナは驚いた。立ち居振る舞いが、とても奴隷のようには思えなかったからだ。
別人なんだろうか? とリアナは小首をかしげる。
「そしてそして、こっちの男の子が私の弟くん。すっごく可愛いでしょ? でも、可愛いだけじゃない。とってもとっても頼りになるのよ?」
クレアリディルは正妻の娘で、リオンはお手つきになったメイドの子供との噂があるが、クレアリディルの向ける眼差しは愛情に満ちている。
どうやら、溺愛しているというのは事実のようだ。
「紹介にあずかったリオンだ。グランシェス伯爵領の当主代理をしている。クレアねぇに任せていることもあるが、キミ達のことは俺が管理することになっている」
リオンが管理する。つまりは、リオンが好きに出来ると言うこと。やはり、慰み者にされるのだと、リアナは唇を噛んだ。
「さて。今日、みんなに集まってもらったのは他でもない。みんなに、これからなにをしてもらうか説明するためだ」
その言葉に、リアナ達はゴクリと生唾を飲み込む。いままでは慰み者にされると言っても漠然とした感覚だったけれど、ここに来て一気に現実味を帯びてきた。
わざわざ説明が必要だなんて、どんな変態行為をさせられるのだろうと続けられる言葉に意識を向ける。だけど、そんなりアナ達を見て、リオンは苦笑いを浮かべた。
「……説明と言ったが、そんなに大した話じゃないから、気負わなくて良いぞ」
大した話じゃない、ですって? 食糧支援と引き換えに、村の娘達を集めておいて、それがたいしたものじゃない? ふざけないでよ! と、声を荒げたい。
だけど、貴族に対してそんなことをすれば、自分だけじゃなくて、村のみんなにも迷惑が掛かるかもしれない。そう思って、ぐっと我慢した。
だけど――
「いえ、あの……リオン様? いきなりこんな立派な建物に連れ来られたりしたら、緊張して当然だと思うんですけど……」
控えめにツッコミを入れたのは、リアナ達と同じサイドにいる女の子。希望に満ちた表情を浮かべているグループの一人で、その中でも特に可愛い女の子だった。
普通なら、貴族に反論するなんてありえない。だけど、その女の子の突っ込みを受けたリオン様は「そういうものか」と苦笑いを浮かべた。
意見をするならいましかない。そう思って、リアナは勇気を振り絞る。
「あ、あの、貴族様に、お聞きしたことがありましゅ!」
思ったよりも大きな声になってしまった。しかも噛んだ。そのうわずった声に、皆の視線が一気に集まった。その恥ずかしさと緊張に押しつぶされそうになる。
「聞きたいことってなにかな?」
「は、はい。貴族様は、あたし達を、な、慰み者になさるんですよね!?」
それは、逃れようのない未来。だけど、それならせめて、残してきた村のことを助けて欲しいとお願いしようとする。だけど、リオンは「はぁっ!?」と、素っ頓狂な声を上げた。
「おいおい、俺はそんなつもりで子供達を集めた訳じゃないぞ?」
この期に及んでなにをとも思ったが、同時にリオンが本気で驚いているようにも思えた。
「お父さんからは、そんな風に聞いたんですが……違うんですか?」
「なんて聞いたんだ?」
「村に食糧支援をしてもらえることになったが、同時に子供も求められた。詳しい説明はされなかったが、恐らくはそういうことだろう、と」
カイルから伝え聞いた話をすると、リオンは天を仰いだ。
「まいったな。まさか、そんな誤解をされているとは」
「……誤解、なんですか?」
おずおずと確認する。まだ少し恐いけれど、最初ほどの恐怖は感じなかった。リオンが噂に聞くような高圧的な貴族ではなく、本当に困っているように見えたからかもしれない。
「誤解も誤解だ。俺はたしかに支援を申し出たし、子供をよこしてくれとも伝えた。だが、それは言葉通りだ。子供をよこさなければ、支援を打ち切るなんて意図はなかった」
「そう、だったんですね……」
衝撃の事実だった。断れば支援をしてもらえないと思っていたからこそ、リアナは涙を呑んで自らの身を捧げたのだ。それなのに、自分の犠牲が無意味だったなんて……と、絶望しそうになる。だけど、そこまで考えて気がついた。
リオンは先ほど、リアナ達を慰み者にするつもりがないと言った。
「あの……それじゃあ、あたし達はどうして集められたんですか?」
「教育を施して、働かせるためだ。子供の生活費はこちらで負担するし、将来は給金も支払うから、心配するなとも言ったはずなんだがな。どうりで女の子ばっかりなはずだ」
リオンがため息交じりに呟く。どうやら、女性限定の話ですらなかったらしい。
だけど、リアナは無理もないと思った。なぜなら、いまの話と支援などなどの話を合わせて考えると、やっぱりそういう目的で募集しているようにしか聞こえない。
ただ、それを指摘すると悪い気がしたので、気づかないフリをした。
「えっと……それで、キミの名前は?」
「あ、あたしは、リアナって言います」
「それじゃリアナ。それに、他の不安そうにしているみんなにも言っておく。どんな風に言われてここに来たかは知らないけど、みんなを傷つけるつもりは一切ないから心配するな」
真剣な口調。その言葉を信じて良いのかどうか……困ったリアナが周囲の様子をうかがっていると、リオンの隣にいるアリスティアと目が合った。
「心配しなくても、リオンが夜伽を必要としたらあたしが相手をするから大丈夫だよ」
「ふえぇ……」
超絶美少女なエルフの口から発せられたストレートなセリフに、リアナは驚きつつも顔を赤らめる。だけど、真に驚くべきなのは、これからだった。
「――おい、アリス、なにを言って……」
「そうそう。弟くんの性欲は、あたし達が面倒見るから心配ないわよ」
「クレアねぇ!?」
三人のやりとりに、リアナ達は「えっ!?」と言った顔をする。それもそのはず。アリスティアはともかく、クレアリディルはリオンの腹違いの姉。
いまのはどういう意味なんだろうと、呆気にとられたのだ。そして、リアナ達が呆気にとられているあいだも、慌てるリオンと、言い寄る美少女二人という構図が続いている。
女好き……なるほど。なんてことをリアナは思った。
それはともかく、ひとまずは心配しなくても大丈夫そうだと、リアナは少し安堵した。だけど、だからこそ、自分達がどうして呼ばれたのかを疑問に思う。
「では、その……あたし達は、なにをすれば良いんでしょうか?」
二人に迫られているリオンに向かって、控えめに尋ねる。リオンは渡りに船といった感じで、リアナへと視線を向けてきた。
「そうそう、その話だったな。ミューレ学園で農作業を初めとした、様々な知識を身に付けてもらうつもりだ」
「……農作業、ですか?」
そんなことは、村で暮らす子供なら誰だって知っている。それなのに、その知識を身に付けろというのはどういうことだろうと、リアナは小首を傾げた。
「この世界――いや、この国の農業は連作障害やら枯れた土地への対処がまるでなっていないからな。その辺りは徹底的に周知しようと思っている」
「……連作障害、ですか?」
良く分からないことばかりで、リアナはオウム返しに聞いてしまう。
「細かいことは授業で教えるから心配しなくて良い。それと、色々不安なことがあれば、あっちにいる娘達に聞くと良い。あの娘達は既に二年目だからな」
リオンがあの娘達と言って視線を向けたのは、やたらと可愛くて希望に満ちた女の子達。他の子達とは違うと思っていたけれど、それはどうやら二年目だから、らしい。
つまりは、ここでの生活は本当に悪くないと言うこと。だけど、それよりも――と、リアナはリオンの説明を思い返した。
連作障害がなんなのかはまるで分からないけれど、枯れた土地への対処という言葉。
畑の収穫量が年々下がっていくのは、土地が枯れるからだと言われている。もしかしたら、リオンはそれらへの対処法を知っているのかもしれない。
だとすれば、いままでのリアナには出来なかったこと。自分の手で村を豊かにして、妹やみんなを幸せにすることが出来るかもしれない。
リアナはそんな希望を抱き、リオンの話を詳しく聞きたいと願った。