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無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がる  作者: 緋色の雨
第一章

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無知で無力な生徒は、授業で苦戦する 7

「どうしたんだ、リアナ。最近急に物覚えが良くなってきたな」

 ある日の個人授業。

 小テストの結果を見たライリーが偉い偉いとリアナの肩を撫でてくる。

「ライリー先生、恥ずかしいですよ~」

「おぉ、すまんすまん。だが、本当に良く覚えているぞ」

 豪快に笑うライリーは父と同じくらいの歳。

 なのでリアナは最近、ライリーをもう一人の父親のように慕っていた。そんなこともあって、褒めてくれるライリーに「ありがとうございます」ととびっきりの笑顔を向ける。


「リアナが頑張ってくれて俺も嬉しいぞ。……しかし、あれだけ授業中に邪魔をされて、良くこれだけ覚えることが出来るな」

「えへへ~、実はリオン様にコツを教えてもらったんです!」

「……リオン様に?」

「そうなんです。リオン様、凄いんですよ!」

 リアナは満面の笑みを浮かべ、リオンから関連付けて覚えるというコツを教えてもらったことをライリーに向かって語って聞かせた。


「……なるほど」

 話を聞き終えたライリーが思案顔になる。

「ライリー先生?」

「あぁ、いや。そういう覚え方があるのかと感心してな。ともあれ、これだけしっかりと覚えることが出来ていたら、成績優秀者にも選ばれるのも夢じゃなさそうだな」

「はい、実は狙ってるんですっ」

 成績優秀者とは、各科目すべてで優秀な成績を収めた生徒に送られる称号。その称号を手に入れられなかった者は一年目で卒業して、各村などで学んだ知識を伝えていく。

 称号を持つ者だけが二年目に突入、より高度な知識を学ぶことが可能なのだ。


「そうかそうか。リアナは成績優秀者になりたいのか」

「はい。より多くの知識を学んで、レジック村を豊かにしたいんです。それに、あたしに機会をくれた、リオン様にも恩返しをしたいですっ」

「なら、なにがなんでも成績優秀者にならなくてはな。今のままでは少し厳しいが、必死になればなんとかなるだろう。先生も応援してやるから死ぬ気で頑張れ!」

「はい、死ぬ気で頑張ります!」

 熱血なライリーに対して元気よく答える。

 リアナはあらたな目標。成績優秀者となって更なる知識を手に入れ、妹や両親、それに村のみんなや恩人であるリオンのために頑張ると気合いを入れた。



 その後のリアナの学園生活は順調だった。

 もちろん、パトリックがいなくなった訳でも、嫌がらせがなくなった訳でもない。けれど、先生達の監視の目もあり、授業中に堂々と話しかけられることはなくなった。

 更に、最初は怯えていたソフィアも、学校以外では以前と同じように甘えてくるようになったし、お勉強会もしてくれるようにもなった。

 そんな訳で、リアナは落ちかけていた成績を急速に取り戻しつつあった。



 ――そんなある日。リアナ達はミューレの街の外れにある農業地帯へと足を運んでいた。

 この時間はいわゆる課外授業。農地で実際に土いじりをしながら、農業の様々な授業を学ぶ、リアナが一番力を入れている、ミリィ先生の授業でもあった。


「さて、今日は土壌の酸性度(pH)の調整を実際におこなっていきましょう」

 いまはまだなにも植えられていない畑の前。ミリィが生徒達に向かって説明を始める。


「前回の授業で土壌には酸性度が存在すると説明しましたね。そして、小麦を始めとした多くの植物は、ほぼ中性であることが望ましいと説明しました」

 その説明を聞きながら、リアナは前回の授業内容を思い出して頷く。

 前回の授業で習ったのは、土には酸性度――酸性、中性、アルカリ性があって、作物の多くが中性くらいを好むが、この地域の土壌はほとんどが酸性に傾いているという事実。

 作物の育ちを良くするには土壌を中性に近づける必要がある――と言うことを習った。


 ちなみに、数字が小さいほど酸性度が高くて、7で中性。それ以上になるとアルカリ性になるらしいのだが……細かい数値を図る方法はないらしい。

 測る方法のない存在をどうやって数値化したのかは謎。ミリィにはそういうものだと思って覚えてくださいと言われてしまった。

 とはいえ、まったく測る方法がない訳ではない。

 なんでも、ほうれん草と呼ばれる野菜が、特に酸性に弱いらしい。なので、畑の一部を使ってほうれん草を育てて、その育ち具合で酸性度を測るようにと教えられた。

 そもそも数値が測れないのに、なぜ酸性に弱いと分かったのか……以下略。この学園でその手の話は日常茶飯事で、学園の畑という結果も見せられている。

 なので、そういう物だとして覚え込んだ。


 ――そんな訳で、目の前の畑はわりと酸性に傾いているらしい。そして、そんな土壌を改善する方法を、ミリィが説明をしていく。


「酸性の土壌を中性に近づけるのは、アルカリ性の物を土に混ぜるのが望ましいです。そして、土に混ぜるアルカリ性の物ですが……これらを用意しました」

 ミリィが足下に置かれていた二つのツボを指し示す。前に進んでそれぞれのツボを覗き込むと、灰色と白色の砂のような物が詰まっていた。


「草木を燃やして出来た灰と、貝殻を焼いて砕いた物です。ちなみに、草木を燃やした灰は酸性の土壌を改善するだけではなく、肥料としての効果も高いです」

 それを聞いたリアナは感心する。

 以前に学んだ肥料というのは、牛や鳥の糞を発酵させた物や、落ち葉を発酵させた腐葉土などなど、効果は高くとも入手に手間の掛かる物が多かったからだ。

 けれど草木を燃やした灰であれば、料理や暖を取るときに燃やした薪の灰がある。これはきっと、自分達の村でも使える方法だと記憶。その記憶を後で思い返せるように、リオンに貰った髪に付けるリボンを、いつもとは違う位置に結び直した。


「さて、それでは皆さん、実際にこれらを畑に撒いてください」

「ミリィ先生、どれくらいの量を撒けば良いんですか?」

 リアナが手を上げて尋ねる。


「そうですね……実はまだ、最適な量がどのくらいかは分かっていません。なので今回はこの区画ごとに分かれている小さな畑に、端から順に量を増やしていきましょう」


 つまりは、収穫期に一番豊作な畑に撒いた量が適正ということ。

 そして、前回のほうれん草の育ち具合と照らし合わせ、リアナ達が適性量を経験で分かるようにならなくてはいけないと言うことでもある。

 リアナはこのあいだ見せられた、ほうれん草の育ち具合を思い返した。

 それからミリィに灰をもらい、割り当てられた部分全体にまんべんなく撒いていく。そうして作業を進めていると、不意に肩を叩かれた。

 振り返ると、すぐ側にパトリックがいた。


「……なんのようですか?」

「うむ、リアナ、お前に少し真面目な話があってな」

 本音を言えば、授業の邪魔をしないで欲しいと思っていた。けれど、今日はいつもの授業と違って実習の課外授業で、ちらほらおしゃべりをしながら作業している生徒もいる。

 ここで授業中なので話しかけないでくださいというのはさすがに角が立つ――と言うか、逆に面倒なことになるだろうと思って飲み込んだ。


「真面目な話……って、なんですか?」

「なぜそのようなリボンをつけているんだ?」

「……はい?」

 真面目な話とはなんだとのか、この時点で意味が分からない。この時点で聞くんじゃなかったと後悔するが、他に選択肢がなかったのも事実。

 リアナは畑に灰を撒きながら、パトリックの話を聞き流すことにした。


「いやなに、リアナになら、そんなリボンよりも似合うアクセサリーがあると思ってな」

「……あたしの勝手だと思うんですけど」

 リオンからもらった試作品のリボン。しかも、パトリックのせいで落ち込んでいた成績を取り戻す切っ掛けとなった思い出の品。

 それを『そんなリボン』呼ばわりされて、リアナは眉をひそめた。


「ふむ。では、まずはロードウェル子爵領について話そう」

「……はい?」

「ロードウェル子爵領には鉱山があるのだ」

「……はあ。鉱山、ですか?」

「うむ。青銅器を作るのに重要な鉱石が取れるのだ」

「……もしかして、(スズ)のことですか?」

「あーそんな名前だったな、たしか」

 それを聞いたリアナは、実家の領地のことなのに、どうしてあやふやなのよと内心で突っ込みつつ、どうりで大きな顔をしていると思ったと納得していた。

 リオンが鉄器の開発をおこなっているが、この世界は青銅器が主流となっている。そして青銅に必要なのは銅と錫。銅の鉱山は多くあるのだが、錫の鉱山は少ない。

 つまりは、青銅器を必要としている周辺の者達は、ロードウェル子爵家の顔色をうかがう必要がある。だから、その息子も増長しているのだと思い至ったのだ。


「それで、鉱山を持っているのがなんなんですか?」

「分からぬのか? ロードウェル子爵領は鉱山がある。だから、こんなつまらぬことをせずとも、収入は安定しているということだ」

「……あぁ、そうでしょうね」

 リアナは知らず知らずのうちに、壺の中の灰をぎゅっと握りしめた。

 パトリックが自慢しているのは、領主としての収入が安定して多いということ。別にそれは良い。勝手に、好きなだけ自慢すればいい。

 だけど、いまパトリックがつまらぬと表現したこれは、リアナ達農民を救ってくれる、とてもとても大切な技術。それを、まるで価値がないことのように言い捨てる。

 リアナの中で、パトリックの評価が最低ランクにまで落ち込んだ。


「ロードウェル子爵領ならば、このようなつまらん知識を学ぶ必要はない。どうだ、リアナ。俺のものになって、子爵領に来るつもりはないか?」

「……貴方は、なにを言っているんですか?」

 意味が分からない。いや、分かりたくなかったのだろう。もしそれを理解してしまえば、決してパトリックを許せないと、そんな風に思ってしまった。

 だから、リアナは理解できないという顔をした。しかし、パトリックはリアナが断るなんて夢にも思っていないのだろう。得意げな口調で続ける。


「難しい話ではない。お前がリオンにどんなことを強要されたか証言して欲しいのだ」

「……前にも言いましたけど、リオン様はそんなこと一度だってしてません」

「お前自身がなくても、他に強要された者がいるのではないか? もしくはされそうになったという話でもいい。とにかく、ミューレ学園に通うお前の証言が重要なのだ」

「ですから……」

「――あぁ、そうだったな。後の生活を心配する必要はない。あの愚かな男が不利になることを証言してくれれば、俺の愛人として一生遊んで暮らせるようにしてやる」

「……ふざ、……いで」

 リアナの手の中で締め上げられた灰が悲鳴を上げる。ずっと怒りを抑えようと必死に我慢していたが、もはや限界だった。

 リアナは手の中にあった灰を、パトリックに投げつけた。


「……貴様、どういうつもりだ?」

「どういうつもり? それはこっちのセリフよ!」

 二人のやりとりに気付いた周囲がにわかに騒がしくなる。だけど、リアナは周囲の雑音にかまわず、パトリックを睨みつけた。

 リオンを不利な立場に立たすということは、リオンに村のみんなを危険にさらすということ。それを当然のようにリアナに提案してくる。

 そんな男を許せるはずがなかった。


「何度も言ってるでしょ。リオン様はあたし達、ただの平民にも手を差し伸べてくださった、優しい領主様なの。貴方みたいなのが馬鹿にして良い人じゃないんだからっ!」

「貴様……人が下手に出ればつけあがりやがって! ふざけるなっ!」

 パンッ――と、乾いた音が響き、リアナの頬に衝撃が走った。その強い衝撃に、リアナは吹き飛ばされそうになったが――足を踏ん張って止まり、パトリックを睨みつけた。


「なによ、口では勝てないからって暴力? しかも下手に出ていた、ですって? ふざけないで! 同じ貴族でもリオン様とは全然違う。貴方なんて最低よ!」

「俺が最低、だと? 貴様……どうやら死にたいらしいな。良いだろう、望み通りに、焼き殺してやろう」

 怒り心頭のパトリックが、なにやらブツブツと呟き始める。それが黒魔術であると知り得ないリアナは大ピンチだったのだが――


「二人とも落ち着け! 一体なにがあった!?」

 リアナとパトリックのあいだに人影が飛び込んでくる。リアナを背後に庇うように飛び込んできたのはリオンだった。


「……リオン様、どうしてここに?」

「その話は後回しだ。一体なにがあった」

 リオンはパトリックの動向に注目したまま問いかけてくる。

「どうしたもこうしたもあるか! その小娘が、俺に暴挙を働いたのだ!」

 リオンの問いに答えたのは、激昂したパトリックだった。


「……リアナが? パトリックはこう言っているけど、リアナの言い分は……」

 リアナを見たリオンがなぜか沈黙した。だけど、怒り狂ったリアナはそれに気付かない。


「リオン様の不利になるような証言を捏造しろ。そうしたら、一生遊んで暮らせるようにしてやるって言われたんです!」

「――なっ。勝手なことを言うな。俺はただ、リオンの悪事を教えろと言っただけだ!」

「でも、なにもないって言ってるのに、不利になる証言をしろって言いました! 自分がさっき口にしたことも覚えてないなんて、馬鹿なんじゃないですか!?」

「なっ! き、貴様ぁ……貴族である俺様に、そのような口の利き方……許さんぞ!」

「――黙れ」

 リアナとパトリックのあいだを、底冷えするような声が切り裂いた。その声がリオンの口から発せられたのだと気づき、リアナは息を呑む。

 まさか、あの優しいリオン様から、こんなに恐い声を聞くなんて――と驚いていると、リオンがリアナの顔を覗き込んできた。


「リ、リオン様、あたし……」

 リオンを怒らせてしまったのだと思い、びくりと身を震わせた。そんなリアナに対して、リオンは少しだけ表情を和らげる。


「脅かしてごめん、リアナには怒ってないからそんな顔をしなくて平気だ。それよりその頬、パトリックに叩かれたんだな」

「あ、そういえば――いっ、~~~っ」

 リオンに指摘され、叩かれた頬に触れると鈍い痛みが走った。


「あの、これは……ごめんなさい。騒ぎを起こしてしまって」

「……いや、謝るのは俺の方だ。俺が間違ってた」

「えっと……?」

 どうしてリオンが謝るのか、理解が出来なくて首を傾げる。


「俺は……編入を許可するのが正しいと思ってた。パトリックの要求を適度に呑んで、余計なことを言わせない。それがみんなを幸せにするための近道だと思ったんだ。だけど……」

 リオンの手が、そうっとリアナの顔に触れた。

「……リアナは、いま苦しんでいるんだよな。恐い思いをさせてごめん。だけど……もう大丈夫だから。俺が、リアナ達を護るから」

 リオンはゆっくりと立ち上がり「アリス」と呼びかける。その瞬間、リアナの側で「どっち?」という声が聞こえた。驚いて振り向くと、いつの間にかアリスティアが隣にいた。


「リアナの頬を見てやってくれ。俺はこっちを片付ける」

「……うん、分かった。やりすぎないようにね」

 アリスティアはリオンを送り出し、リアナの顔を覗き込んできた。

「リアナ、頬は大丈夫……じゃないね。歯が折れたりは……してなさそうだけど、凄く腫れてるみたい。今すぐ冷やさないと」

 冷やす。そうなると、井戸水かなと近くの井戸を思い浮かべる。だけどアリスティアはポケットからハンカチを取り出し、おもむろに視線を向けた。

 たったそれだけでハンカチが水に濡れる。


「……え、アリス先生、いまのは……?」

「精霊魔術だよ。それより、これで頬を冷やして」

「あ、ありがとうございま――冷たっ!?」

 まるで真冬の水に浸した布のように冷たい。それに驚きつつもハンカチを受け取って、腫れた頬に押し当てた。最初は冷たさに驚くが、腫れた頬には心地良かった。


「それじゃ医務室に連れていってあげる。ハンカチ程度じゃすぐに温くなっちゃうし、氷嚢を用意しないとね」

 アリスティアに空いている腕を掴まれる。どうやら医務室まで引っ張って言ってくれるつもりのようだが、リアナはそのエスコートに軽く抵抗を示した。

「待ってください。あたしより、リオン様が……」

「リオンなら平気だよ。ほら、見て」


 言われて視線を向ける。パトリックと言い争いをしていたリオンが、パンッと平手でパトリックの顔を張り飛ばすところだった。

「二度とミューレ学園……いや、グランシェス伯爵領に立ち入るな!」

「き、貴様、俺を殴ったなっ!?」

「お前もリアナを殴っただろ。自分がされて嫌なことを、他人にしてるんじゃねぇ!」

「抜かせっ! そこまで言うからには、貴様も覚悟は出来ているんだろうな!」

 怒り狂ったパトリックが、詠唱を開始する。その直後、彼の足下に魔法陣が発生。更に十数秒ほど過ぎ、彼の背後に火球が出現した。


「あれは……まさか黒魔術!? アリス先生、お願いですっ、リオン様を助けて下さいっ!」

 あんな火球をぶつけられたら大火傷を負ってしまう。だけど、精霊魔術を使えるアリスティアならなんとか出来るかもしれない。そんな風に思って縋り付く。

 ――だけど、


「大丈夫だよ」

 アリスティアの美しい唇からこぼれ落ちたのはシンプルな言葉。

 いま目の前で、リオンが炎に焼かれようとしているというのになにが大丈夫なのか。アリスティアがなにもしてくれないのなら、せめて自分が身代わりになろうと飛び出そうとする。

 だけど、その手をアリスティアに掴まれてつんのめった。


「大丈夫だって。裕弥兄さん――じゃなかった。リオンは私ことをアリスチートだのなんだの言うけど、自分だって十分に転生チートって言われてもおかしくないスペックなんだから」

 アリスティアの言葉の意味は理解できなかった。けれど――理解する必要もなかった。アリスティアの言葉の直後、パトリックの放った火球が、リオンに届く前に消滅したからだ。


「火球が……消えた?」

「無詠唱の精霊魔術で消し飛ばしたんだよ。私とのエンゲージで精霊魔術の腕を急速に伸ばして、科学の知識で思うままに現象を引き起こすことが出来る。リオンがその辺りの魔術師に負けるなんてありえないよ」

 それがどういう意味なのか理解することは出来なかった。そして、理解する必要すらなかった。リオンが右腕を振るう。たったそれだけで、数え切れないほどの火球が出現したからだ。


「馬鹿なっ、なんだその数は!? そんな数を制御できるはずがない!」

「安心しろ。この倍くらいまでなら制御できるから」

 その言葉を証明するかのように、火球のうちの一つだけが飛来し、パトリックの足下の畑に着弾。凄まじい爆風と共に、周囲の土を抉り取った。


「ま、まままっ、待て、話し合おう!」

「……話し合う?」

「そ、そうだ。俺の領地には鉱山がある。ソフィアやリアナと引き換えに、利権の一部をやる。それでどうだっ!?」

「……もう、黙れよ」

 リオンが右腕をゆっくりと振るう。それに従い、すべての火球が飛来し、パトリックの周辺に着弾して畑をクレーターに変えた。

 直撃は一つもなかったのだが……恐怖に耐えきれなかったのだろう。パトリックは情けない悲鳴を上げて倒れ込んだ。どうやら意識を失ってしまったらしい。


「あちゃあ……やりすぎないように言ったのに。リアナに手を上げたこと、よっぽど腹に据えかねてたんだね」

 アリスティアが呆れた声を上げ「面倒に巻き込まれる前に医務室に行こう」とリアナの手を引っ張った。

「え、あの、アリス先生?」

「良いから良いから、説明はあとあと」

 良く分からないけれど、当面の問題は解決したように見える。頬が痛いのも事実だしと、リアナはアリスティアに手を引かれて歩き始めたのだが――


「……リオン、ちょっと良いかしら?」

 静かな、だけど底冷えのする呟きがリアナのところまで届いた。

 それは、リアナにも覚えのある、ミリィの静かな怒りを秘めた声。リオンの背後に、天使のような微笑みを浮かべたミリィが立っていた。

 リオンがギクリと身をすくめる。


「なななっ、なにを怒っていらっしゃるんでしょうか?」

「……分からないんですか? この惨状を見ても……分からないんですか?」

 そう言ってミリィが指し示すのは、リオンの火球によってあちこちボコボコになった畑。ミリィがなにを怒っているのか、リオンだけではなく、この場にいるすべての者が理解した。


「あの、アリス先生」

「……うん?」

「あたし、頬が痛くなってきた気がするので、医務室に行きたいです」

「そうだね」

 アリスがクスクスと笑って歩き出す。そんなアリスの手に引かれ、リアナは地獄と化しそうな現場から離脱していく。

 そうして、謝り倒すリオンの声を聞きながら『ごめんなさい、リオン様。身代わりになって火球に焼かれてもかまわないって思ったけど、ミリィ先生に怒られるのだけは無理です』なんて心の中で謝罪した。



 なお、パトリックはその場で退学処分となった。

 理由は生徒として逸脱した暴力行為など、様々な問題を起こしたのが原因。これで横暴貴族に怯えなくて済むと生徒達は喜び合ったのだが――

 治療を受けていたリアナは、貴方の処分について話があると理事長室に呼び出された。

 

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