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無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がる  作者: 緋色の雨
第一章

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無知で無力な生徒は、授業で苦戦する 6

「ミ、ミリィ先生!? ~~~っ」

 学生寮の足湯。お湯を蹴立てて立ち上がったリアナは、テーブルに太ももをぶつけて涙目になった。けれど、泣くよりも弁解が先だとミリィの方を見る。


「い、いまのは違うんです! 迷惑と言ったのは、そのっ、えっと」

 普段は優しいけれど、怒らせてはいけない先生筆頭。ミリィをそう評価するリアナは、青い髪を振り乱し、さっきの愚痴は誤解なのだと弁解する。


「落ち着きなさい、別に貴方を咎めるつもりはありません。むしろ、安心しました」

「あ、安心……ですか?」

「ええ。パトリックさんはリオン様にとって邪魔な存在。貴方が彼に籠絡されるようなら、それなりの対処をする必要がありましたから」

「……た、対処、ですか?」

 それは一体、どういった内容なのか。微笑みを浮かべるミリィに、リアナは言いようのない恐怖を抱いて青くなる。


「大丈夫。貴方が非道なことをしなければ、なにも心配する必要はありませんよ」

「えっと、それは……いえ、はい」

 非道なことをすれば、心配するような展開になると言うことで、それがどういうことなのか気になったのだけれど、その気がないのなら心配ないという言葉を受け入れることにした。

 なぜなら、そうしないと恐そうだったから――とは、口が裂けても言わないが。


「それで、大丈夫なのですか?」

「……え?」

「パトリックさんの件です。迷惑しているのでしょう?」

「あぁ……それは、その……はい。授業中とかも話しかけられるので」

 リアナは決して優秀ではない。ただひたすらに、真面目に頑張っているだけ。だから、パトリックに勉強の邪魔をされ、授業についていけなくなり始めている。

 それを言外に伝えると、ミリィはそうでしたかと思案顔になった。


「……たしかに問題ですね。もうすぐテストもありますし」

「テスト……って、なんですか?」

「あぁ、まだ説明してませんでしたね」

 ミリィは前置きを一つ。ミューレ学園では一年のあいだに何度かテストがあり、その成績に応じて、今後の教える内容を調整していくのだと教えられた。


「えっと……それって、農業の成績が悪いと……?」

「欠点を補うのではなく、長所を伸ばすのがいまの方針なので、他の成績の良い科目を伸ばすことになりますね」

「うぐっ」

 それは困る、凄く困る。あたしは、農業の知識を身に付けて村を救うんだからとリアナは焦る。そして、農業以外の成績を意図的に落とせば……と、ちょっぴり悪いことを考えた。


「一応言っておきますが……」

「わ、分かってます。他の授業も重要ですよね!」

「ええ。それに、全体の成績によって、いつまで学校に通えるかも変わってきます」

「……え、それは、どういう?」

「ティナ達は去年の成績が優秀だったので、知識を深めるために、もう一年学校に通ってもらっているんです」

「あぁ……それで」


 ティナ達は居残り組と呼ばれている。

 そしてそれは同時に、去年で卒業した生徒達もいると言うこと。居残り組がここまで優秀なら、卒業した者達はどれだけ……と戦々恐々だったのだが、残っていた方が優秀ということ。

 それなら納得だ――と、リアナは思った。

 そしてそれと同時、自分もティナ達と同じように成績優秀者となって、村を救うためのより多くの知識を学びたいと考える。

 そしてそれには、パトリックの存在が非常にネックだ。


「ミリィ先生、パトリックさんのこと、なんとかなりませんか……?」

「そう、ですね……なんとかしたいのはやまやまですが、現状では、彼を追い出すのは難しいんです。初日に、私が殴られていれば良かったんですが……」

「いや、それは……」

 さすがに同意できるはずがなくて、リアナは言葉を濁した。すると、考え込んでいたミリィが、おもむろにぽんと手を打った。


「……そうですね。授業中には話しかけないように伝えましょう。それに、貴方が望むのなら、今後一切話しかけないように伝えてもかまいません」

「それは……可能なんですか?」

「貴方はグランシェス家に雇われている使用人の扱いですからね。勉学――つまりは仕事に支障を来すのを理由にすれば、なんとかなると思います」

「そう、ですか……」

 パトリックは確実に不機嫌になるだろうが、今後一切関わる必要がなくなるのなら関係ない。気兼ねなく勉強できるというのは理想的な形だと言える。

 だけど――


「えっと……申し出はありがたいんですが、その必要はありません」

 リアナはきっぱりと断言した。なぜなら、リアナが被害を逃れたら、次はソフィアが被害者になる。そう思ったからだ。

 そして、そんなリアナの思いが伝わったのかどうか、ミリィが微笑みを零す。

「……そうですか。では、授業中は話しかけないようにと伝えて起きましょう」

「え、でも」

「大丈夫です。授業中の私語は、誰に対しても禁止いたしますから」

 つまりは、ソフィアに被害は及ばないと言うこと。


「あ、ありがとうございます、ミリィ先生」

「お礼を言うのはこちらです。貴方のおかげで、思ったほどに学園が混乱せずにすんで助かっています。お詫びと言ってはなんですが、貴方には遅れた分を補う個人授業をしましょう」

「え゛っ!?」

「……どうしました? なにか問題がありますか?」

「い、いえ、その、ミリィ先生のそんな負担を掛ける訳にはいかないなぁ……と。あはは」

 だから、決して、ミリィ先生との二人っきりの授業が恐いとか、そういう訳ではないんですと、心の中で言い訳を始める。


「それなら心配ありません。リオン様は今回の一件で、生徒になにか困ったことが発生したら、全力で対処するように言われていますから」

「そ、そうですか……」

「それと、残念ながらあたしは忙しいので、主に他の方に頼むことになると思います」

「あ、そうなんですね」

 ホッと息を吐く。


「いま、少し安心しませんでしたか?」

「いいいいやいや、そんなことはありませんよ!?」

「あら、勉強に遅れそうになっている問題が解決しそうなのに、安心できないんですか?」

「えぇっ!? いや、えっと……いまのは、その……はうぅ」

 リアナは、ミリィを嫌っている訳じゃなく、むしろ憧れに近い感情を抱いている。だけどそれと、苦手意識は別問題。そんなリアナの内心を察しているのかどうか。

 ミリィはイタズラっぽい顔をして「冗談です」と笑った。


「とにかく、貴方には個人授業の場を設けます。パトリックさんの件、大変だとは思いますが、しばらくは我慢してください。どうか、お願いします」

 ミリィが深々と頭を下げた。それを見てリアナは慌てる。


「ちょ、顔を上げてください。あたしは平気ですから」

「……分かりました。では、またなにかあれば遠慮なく先生に言ってください。必ず対処するとお約束しますから」

 ミリィはそう告げると、踵を返して立ち去っていった。その後ろ姿が見えなくなるのを待って、リアナはへなへなと椅子の上に崩れ落ちた。

 そうして、

「ふえぇ……あたし、みんなのために勉強をしたいだけなのになぁ……」

 テーブルの上に倒れ込んだ。



 その翌日から、リアナの個人授業は開始された。と言っても、一日の授業をパトリックに邪魔され、その補習が一日一時間程度。

 授業がすべて潰れている訳ではないが、リアナの理解力では影響が大きい。遅れた分を、一日一時間で取り戻すのは大変だった。

 いや、それだけであれば、あるいはなんとかなったかもしれない。けれど、忙しいと言っていたはずのミリィに始まり、アリスティア、ライリーは分かるのだが――


「あっああっあの、ど、どどっどうして、リオン様がここここに!?」

 とある日の放課後。恒例となりつつある個人授業を受けるために、学生寮の一室で待っていたリアナの元に、まさかのリオンが現れたのだ。

 お茶会ではおしゃべりもしたリアナだが、個室での二人っきりは予想外である。


「おいおい、慌てすぎだ。まずは深呼吸をして落ち着け」

「しししっ深呼吸、ですか?」

「そうそう。まずは吸って、吐いて……」

「すぅ……はぁ……」

「そうそう。吸って、吐いて、吸って……」

 リオンの指示に従順に応え、深呼吸を繰り返していく。そうして両手を広げて大きく深呼吸を繰り返していると、少しずつ落ち着いてきたのだが――


「……リアナ。男と二人っきりで、あまり胸を強調するものじゃないぞ? でなければ、誘惑されてると勘違いされても文句は言えないぞ?」

「ぶっ!? こほっ、こほっ。リ、リリリ、リオン様!?」

 思わず両腕で胸もとを隠して俯き、リオンを上目遣いに見つめる。


「くくっ、冗談だ」

「ほ、ホントに冗談ですか?」

「ホントのホントに冗談だ」

「ホントのホントのホントに――」

「それだけ口が回るようになったら大丈夫だな」

 疑いの眼差しを向けるリアナに対し、リオンは平然と笑い飛ばす。どうやら、リアナの緊張をほぐすための冗談だったらしい。それを理解し、リアナはようやく落ち着きを取り戻した。


「……もぅ、心臓に悪いです」

「それは俺のセリフなんだがなぁ……」

「え?」

「リアナが無自覚な女の子だって話」

 どういうことだろうと首を傾げるが、リオンは応えてくれない。そうして、授業を始めるぞと、テーブルの上にミニサイズの黒板を置いた。


「さて、今日は分からないところを補っていくつもりだけど、リアナはなにが分からない?」

「……えっと、リオン様は、なんの科目を教えてくださるんですか?」

 それが分からなければ、分からない部分も答えられない。そう思っての質問だったのだけれど、リオンは「そういえば言ってなかったな。俺はどの科目でも大丈夫だ」と言ってのけた。


「どの科目でも……ですか?」

「この国の文字は子供の頃に覚えたし、他のほとんどの科目をいまの教師に教えたのは、俺とアリスだ。俺が苦手なのは歴史とか地理とか、かな」

「はぁ……」

 いまの言い回しだと、文字は子供の頃に覚え、そのほかの科目、歴史や地理以外は初めから知っていたかのようだ。一体どういうことなんだろうとリアナは首を傾げる。


「それで、リアナはなにが苦手なんだ?」

「えっと……そうですね。あたしはが苦手なのは歴史……ですね」

「リアナ、お前……」

 なにやら呆れた目で見られる。どうしてそんな目で見られているんだろうと考えたリアナは、リオンも歴史が苦手だと言っていたのを思いだした。


「ち、違いますよ!? 他意はなくて、単純にあたしも歴史とかを覚えるのが苦手なんです!」

「ふむ……他の暗記は大丈夫なのか?」

「えっと、大丈夫かって聞かれると不安になりますけど……農業は村であれこれ調べてましたし、文字も言葉をそのまま文字にするだけですから」

「あぁ……そういうことか」

 なにがそういう訳なのか、リオンは一人で納得している。


「あの、リオン様?」

「暗記は、基本的になにかと関連付けるんだ。リアナが歴史以外の暗記を出来てるのは、無意識で関連付けが出来てるから、だろうな」

「……関連付け、ですか?」

「うん。そうだな……リアナに兄弟はいるか?」

「えっと、妹がいます」

 どうしてそんなことを聞くのか疑問に思いながらも即答する。それに対して、リオンはなにやら感心するような表情を浮かべた。


「へぇ……リアナは、疑問を後回しにして答えるタイプなんだな」

「え、ダメ……でしたか?」

「いいや、ダメじゃないよ。続きを聞けば分かるかもしれないことで話の腰を折るのは、時間の無駄だからな。……なんて、相手にもよるけどな」

「はぁ……」

 良く分からないけど、それも話の続きを聞けば分かるのだろう。そう思ってリオンの言葉を待つ。それに対し、リオンは本当に満足そうな顔をしている。


「リアナの妹は、どんな女の子なんだ?」

「そう、ですね……身体が弱くて少し儚いんですけど、凄く優しくて可愛い妹です」

「なるほど。実はグランシェス伯爵領の西に、スフィール伯爵領があるんだ。その領主がエリック。最近当主になったんだけど、リアナより一つ年上、かな」

「あたしの一つ年上……」

 自分とほとんど年が変わらないのに、当主だなんて凄いと思う。だけど、直後に、リオンはリアナよりも年下であることを思い出した。


「でもって、エリックには妹がいるんだ。天使のように可愛くて、でも人見知りで儚い雰囲気の、護ってあげたくなるような女の子なんだよ。リアナの妹と似てると思わないか?」

「そうですね。貴族令嬢と比べるのはおこがましいかもしれませんが、似てると思いました」

「だろ。でもって、そう考えたら、覚えていられそうな気がしないか?」

「……あ」


 なるほど――と思った。

 自分達がいる街の西にあるスフィール伯爵領。

 そこの領主が自分より一つ年上。そして、自分と同じように可愛い妹がいる。名前なんかは忘れるかもしれないけれど、いま反芻した内容は忘れにくいだろう。


「いまのが、関連付けて覚えるってことなんですね」

「そういうことだ。ちなみに、この方法、一時的になにかを覚えるときにも有効なんだ」

「一時的……ですか?」

「そうそう。たとえば……ちょっと動かないでくれよ」

 リオンが立ち上がり、リアナの背後へと回り込んだ。動くなと言われたので、律儀に動きを止めるが、真後ろにリオンが立っているのを気配で感じて少し緊張する。


「あの、リオン様?」

「ちょっと髪に触るぞ」

「え、はい……って、えっ!?」

 反射的に返事をしてから、どういうことと慌てる。そうして慌てふためいているあいだに、リオンがリアナの髪に触れた。


 ちなみに、リアナの青みがかった髪は、ショートヘアがベースで、左右の一房がロングというちょっと変わった髪型になっている。その長い房を、リオンがそっと掴んだ。

 後頭部の方から、リオンの吐息が聞こえてくる。密室で同じ年頃の男の子と二人……というよりは、貴族と二人っきりという事実をあらためて意識してしまう。


「あの……リオン様?」

「あぁ、悪かった。これで終わりだ」

 なにをされたんだろうと、長い房を前に持ってくると、毛先にリボンが結びつけてあった。


「えっと……これは?」

「実は最初に見たときに、リボンが似合いそうだなと思って、用意していたんだ」

「ふえぇっ!?」

 ダ、ダメですよ! リオン様にはアリス先生がいるじゃないですか! というか、クレアリディル様とも噂があるし、ミリィ先生とも仲が良いし……やっぱり女ったらし、女ったらしなんですね! あたしは愛人になんてなりませんからね!?

 ――なんて感じでパニックになる。


「なんて、冗談だけどな」

「……はい?」

「いや、さっきたまたまサンプルのリボンをもらってな。リアナに似合うと思ったのは本当だけど、用意してたというのは冗談だ」

「あ、う……」

「すまんすまん。そのリボンは上げるから許してくれ。ほら、もう片方のリボンだ」

 リアナが怒ったと思ったのだろう。リオンがお詫びとばかりにリボンを差し出してくる。けれど、リアナは怒っている訳ではなく、似合うと言われて赤くなっただけである。

 村ではわりとモテていたリアナだが、好きな子にちょっかいを掛けるタイプの子供に好かれていて、ストレートな褒め言葉には弱いリアナであった。


「話を戻すけど、関連付けて覚える話な。その話と、そのリボンを関連付けておくと良いよ」

「えっと……?」

「帰って、寝る前かなにかに、そのリボンに気付いて外すだろ? そのとき、どうしてリボンを付けていたんだっけ? って思考から、さっきの話を思い出すって訳だ」

「……あ」

 リアナはその有効性にすぐに気がついた。

 たとえば、扉の前に椅子を置いておく。たったそれだけで、部屋を出るときに、なぜそんなことをしたのか疑問に思い、そのときに関連付けたことを思い出す。

 つまりは、即席のメモ代わりになる。


「……ありがとうございます、リオン様。今日から色々と実践して覚えていきます」

 リオンはどうしようもない女ったらしだが、真面目に勉強を教えてくれている。信用できない部分もたくさんあるけど、導き手としては信用できる。

 リアナは、リオンの授業を真面目に聞こうと意識を入れ替えた。

 そうして、リアナは関連付けて覚えるという方法を初めとした様々な方法を学び、いままで手こずっていたあれこれを覚えていくことになる。そんなリアナの長い髪の房には、いつの間にかリボンが結ばれるようになったのだが……その理由を知る者は誰もいない。

 

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