無知で無力な生徒は、授業で苦戦する 4
ソフィアに誘われたお茶会。ソフィアとティナの他に、リオンまでいて緊張していたリアナだが、ようやく会話が弾んできた。そんなときにいきなり貴族風の男が乱入してきた。
その男は部屋を見回すと、ソフィアに視線を定め――
「ソフィア、キミを迎えに来たぞ!」
両手を広げ、ソフィアの元へと歩み寄っていく。もしかして、ソフィアちゃんの家族なのかな? なんて、リアナが思ったのは一瞬だけだった。
怯えた様子のソフィアが、リアナの元へ逃げてきたからだ。
「……ソフィアちゃん?」
良く分からないが、ソフィアはリアナの背中にしがみついて怯えている。それを見たリアナは、間に割って入った方が良いのかなと考える。
だけどそれよりも早く、リオンが男の前へと立ちはだかった。
「なんだ、お前は」
「俺はリオンだよ」
「……なるほど、お前がグランシェス家の当主代理か。俺はパトリック。パトリック・ロードウェルだ、良く覚えておけ」
伯爵家の息子であるリオンに、物凄く高圧的な態度で接している。こんな偉そうな相手、貴族以外にはありえないと、リアナは確信する。
「それで、パトリックさんがなんのようだ?」
「ふんっ、お前になんぞ用はない。俺はソフィアを迎えに来ただけだ」
パトリックはリオンを避け、リアナの後ろにいるソフィアに視線を向ける。だけど、パトリックがソフィアに近づくより前に、リオンが再びあいだに割って入った。
「……貴様、なんのつもりだ?」
「それはこっちのセリフだ。俺の義妹を連れて行かせるはずがないだろ」
「義妹だと? ふざけるな。俺は知っているんだぞ。お前がいかがわしいことをするのが目的で、村娘を集めていることをな。そんなやつのところに、ソフィアを預けておけるか!」
「――ぶっ。い、いや、それは誤解だから」
リオンは思わず咳き込んだ。それから誤解だと必死に否定。ミューレ学園は農業などの知識を教えるところだと説明する。
しかし、パトリックはまるで信じない。どうやら、リアナ達が誤解していた内容が、そのまま噂になってしまっているらしい。
「あの……リオン様がおっしゃっていることは事実ですよ」
見かねたリアナが口を挟んだ。その瞬間、パトリックが不満そうな視線を向けてくる。
「お前は……どこの貴族だ?」
「あ、あたしは、ただの平民ですけど……」
「平民だと? ただの平民が俺に意見をするのか!?」
「――っ」
一瞬で怒り狂ったパトリックは右手を振り上げた。
殴られる――そう思ったリアナは、思わず目をつむったのだが……予想した衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。恐る恐る目を開くと、リオンがあいだに入ってくれていた。
た、助かったぁ……と、リアナは安堵の息を吐いた。けれどリアナが殴られる危機は去ったが、パトリックが引き下がった訳ではない。
リオンとパトリックの睨み合いが始まる。
「貴様、さっきからなんだ。俺の邪魔立てをするのか?」
「悪いが、ここにいる娘達は俺の客人なんだ。あまり脅さないでくれ。それと、リアナ、それにティナも。大丈夫だから大人しくしててくれ」
「……はい、すみません」
自分が出しゃばったせいで、リオン様に謝らせてしまった。そう思ったリアナは、素直に謝罪をして、大人しくしていようと決めた。
「客人だと……? は、なるほどな。やはり、村娘を集めて、いかがわしいことをさせているというのは事実のようだな」
「いやいや、勉強をさせるためだって言ってるだろ」
「はっ、語るに落ちたな。勉強を教えるだけなら、そのように美しく着飾らせる必要はあるまい。その姿こそ、勉強以外に目的がある証拠ではないか!」
「いや、まぁ……そうなんだけど」
なにやら、リオンの方が圧されている。
と言うか、パトリックの言い分の方が正しいような気がしてくる。ホントに、あたし達は慰み者にされる訳じゃないのよね……? と、リアナはあらためて不安になった。
「――コホン。制服が俺やアリスの趣味であるのは事実だが、誓って生徒達にいかがわしいことをするのが目的じゃない」
「はっ、どうだか。怪しいものだが……まあ良い。とにかく、ソフィアを渡してもらおうか」
「悪いが、それは出来ない」
「なぜだ、ソフィアは俺の婚約者だぞ!」
――え、そうなの!? とリアナは驚いたのだが、背後に隠れているソフィアが、ぶんぶんと首を横に振っているのを気配で感じる。
ソフィアは否定しているが、パトリックは婚約者だと言っている。
ソフィアちゃんが言い寄られている感じなのかな? リオン様の義妹になってるだけで、もとは平民の女の子だと思ったんだけど……もしかしてお金持ちのお嬢様だったり?
なんてことをリアナは考える。
それはともかく、リオンは落ち着いて対応しているが、パトリックはずいぶんと感情的で、声を荒げてリオンに食って掛かっている。
「さっきから言っているが、ソフィアが婚約者って、それはお前がそう言っているだけだろう。そういう話があったと言うだけで、実際には婚約は成立していないはずだ」
「……では、あくまでもソフィアを引き渡さないと?」
「渡すつもりはない。ソフィア自身が望むのなら話は別だが、な」
リオンがソフィアに視線を向ける。その視線を感じ取ったのか、はたまた声が聞こえたからなのか、リアナの背中でソフィアはぶんぶんと首を横に振った。
だから――
「あの、ソフィアちゃん、嫌がってるみたいですよ」
リアナは思わず口に出してしまった。口を出さない方が良いと思いつつも、いま背中で震えているソフィアのことが心配だったからだ。
そんなリアナに対して、パトリックが憎悪の籠もった視線を向けてくる。隣にいるティナがダメだよと袖を引っ張ってくるが、リアナは視線を逸らさなかった。
「……お前、名をなんと言う?」
「あたしは、リアナです」
「そうか。ではリアナ。お前は平民で、ミューレ学園とやらに通っているのだな? 学校で習うのがいかがわしいことではなく、勉強だというのは事実か?」
「事実です。リオン様の学校は、農業を始めとした、色々な知識を教えてくれるんです。だから、いかがわしいことなんて、絶対にありません」
「……ふん、そうか」
パトリックはなぜかにやりと笑って、リオンに視線を向けた。
「リオンよ。そこの娘が言っているのは事実なのだな?」
「ああ、その通りだけど?」
「では、俺もそのミューレ学園とやらに入学しても問題はないな?」
「――はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げる。それはリオンだけではなく、リアナやティナも同じような声を漏らした。そして、ソフィアに至ってはびくりと身を震わせる。
「なに、簡単な話だ。俺も、お前の教える学問とやらに興味があるだけの話だ」
「冗談はよせ」
「冗談なものか。……しかし、そうだな。もし、ミューレ学園でいかがわしいことをしているのが事実だと分かれば、ソフィアは連れて帰らせてもらうがな」
「……そういうことか」
リアナとしては、横暴貴族と一緒に勉強をするなんて考えられない。そう思ったのだけれど、リオンは黙りこくってしまう。どうやら、迷っているようだ。
リオンに止めて欲しいとお願いしたい。けれど、さっきから口を挟むたびに状況が悪化している。その自覚があるから、リアナは歯を食いしばって沈黙を守る。
そして――
「……断ると言ったら?」
「ふむ。断ると言うことは、やましいことがあると言うことだろう。その場合は、おもしろおかしく、グランプ侯爵に話して差し上げよう」
「……まったく、嫌なところをついてきやがる」
「なんのことだ? やましいことがなければ、断る必要などないだろう?」
そんなことないわよ! やましくなくても、貴方みたいなのに来て欲しくないから! と、喉元までこみ上げたセリフは、必死に飲み下した。そうして、リアナが唸っているあいだに、パトリックがミューレ学園に通うことが決定してしまった。
「――すまない」
パトリックの編入が決定し、いつからどうやって通うかという話し合いが終了。パトリックが帰っていった直後、リオンがリアナ達に向かって頭を下げた。
「……あ、頭を上げてください!」
「そうです、リオン様が謝ることなんてありません!」
どうして謝られたのか分からないリアナとティナが慌てて捲し立てる。たっぷり数秒ほど数えて、リオンはゆっくりと頭を上げた。
「謝ったのは、パトリックを生徒として受け入れたからだ。みんなに迷惑を掛けると思うから、それが申し訳なくてな」
「それは……その、そうしなきゃいけない理由があるんですよね?」
リアナはさきほどの二人のやりとりを思い返しながら尋ねた。
「……まぁな。パトリックのやつが言ってただろ。グランプ侯爵がどうのって」
「それは聞きましたけど……」
グランプ侯爵と言われても分からない。そんなリアナに対してリオンが、ロードウェル家の後ろ盾になっている、大きな力を持つ貴族だと教えてくれた。
「うちはいま、当主の座が空席でゴタゴタしているんだ。中には、俺が父や兄を暗殺したと勘ぐるやつもいる。だからたとえ根も葉もないデマだとしても、侯爵家に介入させる口実を与えたくなかったんだ」
貴族同士での駆け引き。本音を言えば、リアナには良く分からない。けれど、リオンがどうしようもなくて、そうしたことだけは理解した。
だから、リアナは精一杯の笑顔を浮かべる。
「不安がないって言えば嘘になりますけど……あたしは大丈夫です。それに、ソフィアちゃんも、あたしが護ります」
リアナは力強く宣言して、背後に隠れているソフィアを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
「リアナ、分かっているのか? 相手は貴族なんだぞ?」
「分かっては……いないかもしれません。でも相手の目的は、ミューレ学園がやましい場所であると証明すること、なんですよね?」
「あぁ、たぶんな。俺の弱みを握って、ソフィアを連れて行くつもりだろう」
「だったら大丈夫です。ミューレ学園にやましいところなんてないんですから」
そうですよね? と、視線で問いかける。口ではやましいところなんてないと肯定しながらも、心の中ではパトリックの言っていた制服の件が気になるリアナであった。
しかし、リオンは「そうだな」と頷く。
「ミューレ学園にやましいことはない。でも、みんなに迷惑を掛けるかもしれない」
「それだったら気にしないでください」
「いや、だけど……」
「リオン様は、平民が平和に暮らせる世界を作るとおっしゃいました。あたしは、そんなリオン様について行くと決めたんです。ですから、リオン様は謝らないでください」
リオンのすべてを信じた訳ではないけれど、村娘でしかない自分達に、リオンが頭を下げたのは事実。村人の平和を願ってくれていることは疑いようがない。
「リオン様が必要だと判断したのなら、あたしはどんなことだって従います」
「……リアナ、ありがとう。俺も約束するよ。できるだけ早くなんとかする。それに、リアナがピンチになったら、絶対に俺が助けてみせる。だから、少しだけ我慢してくれ」
リオンの黒い瞳が、まっすぐにリアナを捕らえる。
「――わ、私も同じ気持ちです! ソフィアちゃんは私達が護ります!」
ティナが同意してくれる。そしてソフィアも「ソ、ソフィアも、リオンお兄ちゃんのこと、信じてるよ」とリアナの腕の中で呟いた。
「……ありがとう、みんな。迷惑を掛けると思うけど、よろしく頼む。もし困ったことがあれば、遠慮なく俺に相談してくれて良いからな」
「はい、ありがとうございます」
リアナは力強く頷いた。パトリックと一緒に学園に通うのは嫌だったけれど、リオンを信じて付いていくことが、妹を幸せにする近道だと思ったからだ。
リアナの判断は間違っていない。
けれど、そうして選んだ未来は決して平穏ではない。リアナはこの日を境に、様々なトラブルに巻き込まれていくこととなる。
――ただし、主にパトリック以外が原因で。





