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9 勇者の嫁と魔法の鏡 ~キモい~

 封印のアイテムを二個入手してからはや幾日。

 二個ともいまだに私の手元にあった。

 なんとか術式を元通りにできないかと研究してるからだが、無理だった。

「これだけ破損してたら、元の術式がなんだったか分かりません。現在では入手不可能な素材ですし、再び組み立てることはできません」

「そうか……」

 てことで、強固な結界を張り、うちの地下室……もとい私のコレクションルームに紛れ込ませた。私は魔具研究者、古今東西から集めたコレクションが山とある。

 使い方によってはヤバいものがけっこうあり、秘密の部屋に保管しているのだ。

 木の葉を隠すなら森の中。盗んだ手紙を隠すなら手紙の山の中。

 元々私のコレクションルームの警備は厳重だ。私が古代魔術の知識まで総動員して結界張ってるからね。これを突破できる奴はまずいない。

 初めは「王室の秘密の保管庫に」って声もあったんだけど、私が研究するのと、『勇者』のパーティーがすぐそばにいる環境のほうが守れていいだろうということになった。

 残りのアイテム探しは依然として行われているも、あれから情報はない。

 なかなかはかどっていないのが現状だった。

「……『魔法の鏡』にきいてみますか」

 ランス兄様が言い出したのはある日のことだった。

「………………え」

 クラウス様の泊まりこんでる部屋で報告しあってた時だ。

 ついでに言っとくと、私はいつものごとくクラウス様の膝の上で村人Aを目指してるとこだ。

「……魔法の鏡ねえ……」

「アレか……」

「うーん……」

 私もクラウス様もジーク兄様もうなった。

 この世界で魔法の鏡といえば、白雪姫の継母の持ってた鏡のことだ。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれ?」

「それは白雪姫です」

って答えたあれ。有名だよね。

 継母が真っ赤に焼けた鉄の靴で処刑された後、国が回収したらしい。しかし例によって処分に困り、うちの国に依頼がきた。

 で、私が引き受け、浄化してお役立ちアイテムに改良。ランス兄様が買い上げて軍の備品になってるのだが。

 あ、鉄の靴も依頼されたよ。そっちの話はまた今度ね。

「みんなそういう反応するのは分かりますけど、きいてみましょう。他にアテはないし」

「まぁな……占い得意な魔法使いにきいても、水晶にうつらなかったしな」

 クラウス様は仕方なく了承した。

「今から行ってみるか」

 嫌なことは早く済ませてしまいたいと思ってるのがバレバレだ。

 同感である。

 私達は置いてある軍施設へ向かった。

 魔法の鏡は仕事中だった。現在では力を生かし、犯罪者の取り調べの際に使われている。

 部屋をのぞくと、ちょうど逮捕者の尋問で使用されているところだった。横領と贈賄の罪で逮捕された犯人が取り調べを受けていて、容疑を否認している。

「そんなことはしていない! 証拠はあるのか、証拠は!」

 ごねて逃れようとしてるらしい。こういう奴に証拠つきつける際に使われてる。

 どんな感じかっていうと……。

「あらー、あるわよォー♪」

 まぎれもないオッサンの声が聞こえた。

 犯人が虚を突かれて一瞬止まる。「???」と辺りを見回した。

 室内にいつのは係官数名と犯人のみである。係官はこんなしゃべり方するようには見えない。

「やあねェー、こっちヨ、こ・っ・ち♡」

 ……しゃべっているのは壁にかかった魔法の鏡である。

 ―――っはい! 魔法の鏡はオネエです!

 今悲鳴あげた人、正解。

 最初知った時の衝撃はすごかったわー。これ絶対、白雪姫の国もキモくて体よく追っ払ったんだと思う。

「……ていうか、え? まさかその口調でお妃と会話してたの?」

ってきいたら、そうだって。つまり、

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれ?」

「天然ものの女なら? それは白雪姫よォー。そうじゃないならア・タ・シ(^ε≦*))chu-☆」

 ……だったんだってさ。

 よくお妃、我慢してたな。私ならこんな呪いの鏡、バッキバキにして不燃ごみの日に出してたわ。

「えー? アタシがオネエだったからお妃とも上手くやってけたのよォ。ホラ、化粧品や服の販売でもオネエがやると角が立たないって言うデショ? それと同じよォ」

 同じか?

 私は首をかしげたくなった。

「女が世界一の美女のことを言ってもお妃は怒る。男ならもっと怒る。でもオネエなら怒りもわかなかったってことヨ」

 ……そうか。いや、お妃、なにかを大いに間違えてない?

 浄化したはいいものの、これどうしようかと悩んでたら、ランス兄様が危険な笑顔で持って行った。

 で、現在は備品……。

 その力で次々証拠を並べていってみせる。キモさとバレたという意識で犯人が逃げ出した。

 あ、バカ。

「お待ちなさい!」

 鏡からニュッと手足が生えた。

 白くてスベスベ、パーツモデルができそうなほどすらりとして美しい手足である。無駄に。

 ああそういえば、この前どっかの宝石店の新商品カタログのパーツモデルやったって言ってたな。

 全身写すんじゃなく、ブレスレットなら手首だけ、指輪なら指とパーツだけ写すモデルのことをパーツモデルと言う。

 売れ行き好調らしいけど、モデルの正体がこんなキモいオネエ鏡だと世間に知れたら、店潰れるだろうな。

「…………?!」

 ぴきっと固まる犯人。衝撃的すぎて脳の回線ショートしたらしい。

 慣れてる係官は視線そらしてた。

「悪いことするコはおしおきよォー!٩*(゜∀。)وヒャッハアアアァァァァァアア!!!!!」

 それはそれは綺麗なフォームで鏡が走り、犯人に抱きついた。オリンピック短距離走選手並みの完璧なフォームと速さ。

 ひげびっしりの顔が鏡表面に浮かび上がり、むっちゅううううううと犯人に迫る。

 絶叫が響きわたった。

 合掌。

 チーン。

 あまりのショックに気絶した犯人を、青ざめた係官が連行していった。「なんでこんな仕事してるんだろ……」って顔してる。再び合掌。

「………………」

 私は腕をさすった。鳥肌びっしり。

 あいからわずキモイ……。

「……これだから関わりあいたくなかったんだよ……」

 クラウス様がげっそりして私を後ろから抱きしめた。

 手離せ。

「あン、もォー。もっとやりたかったのにィ。ブサメンでもいいのヨ、アタシの守備範囲は広いものッ(*´ω`*)ウフ……あら、殿下たちじゃない」

 鏡が気づいた。

 気づかなくてもよかったよ。このまま帰りたかったから。

 手足を生やしたまま、鏡がにんまりする。

「あらァー、おあついことで。殿下ってばお嫁さん大好きねェ❤」

「嫁じゃないわよ。クラウス様、放してください」

「嫌だ。キモさに鳥肌たってて、リューファでダメージ回復しないと精神的にキツい」

 鳥肌たってるのは私も同じだ。ジーク兄様も腕さすってる。

 唯一平然としてるのはランス兄様だけだ。あの笑顔の下でどんな恐ろしいこと考えてるやら。

「ン、もォ、ひどいわねェヽ(`Д´)ノプンプン まァいいワ、ところでみなさんそろってどうしたのカシラ?」

 一番慣れてるランス兄様が事情を説明した。

「魔王封印のアイテム。なるほどね、分かったワ」

 鏡は手足をしまい、壁に戻った。このほうが集中できるらしい。

 手足が生えるようになったのは私が改造したからじゃなく、前からだった。お妃の用がない時は、勝手に出歩いてたらしい。絶対、城の七不思議に数えられてたと思う。

 こんなもんが出現してて、なんでお妃が危険な魔女だって分からなかったんだ!? ていうか、捨てなよ!

 それ以前に手足生えるように作るな! どういう思考回路だ?!

「……ンー、だめねェ。見えないワ」

 しばらくして鏡が言う。

「なんでも見通せるんじゃなかったのか」

 クラウス様が戸口から入ろうとせず、遠巻きにきく。近寄りたくないらしい。

「アタシは全能じゃないわよォ。元々世界一美しい人はだれかってために作られたんだもの。未来やアタシの能力を超えたものはみえないワ」

 だろうと思った。

 私はため息をついた。

 魔具は万能ではない。この鏡も世界一美しい人の名や居場所を答えさせるために作られたもので、他の事は苦手なのだ。私が改良してなんとか犯罪捜査に使えるようになったにすぎない。

「そうか。無駄足だったな」

 来るんじゃなかったオーラが全開ですよ、クラウス様。

「アラひどい。アタシは眼福だからいいケドっ(⋈◍>◡<◍)。✧♡ 殿下にジークフリート様にランスロット様、美形三人そろってるんだものッ。ステキッ❤」

 鏡が投げキッスしてくる。

 うわっ。

 クラウス様は足でハートを蹴り飛ばし、さらに私を抱きしめた。

「キモい」

「同感ですが、放してください」

「やあねェ。そう言われるのは慣れてるからいいけどォ。それにしても二人ともラブラブねェ❤ ウフフ、あてられちゃう~( ´艸`)」

「ラブラブじゃないっ!」

 私はきっぱり否定した。

「なんで? 結婚するんデショ? いいことじゃない」

「しないわよ」

「アラ、どうかした? 女同士だもの、悩みがあるなら話してごらんなさいナ」

 女同士か?

 ひじょーに疑問に思ったが、隠すことでもないので話した。

「悩みもなにも、クラウス様は他に好きな人がいるから、お邪魔虫は退散しただけよ」

「えェ?!Σ(゜□゜(゜□゜*)ナニーッ!!」

 鏡がびっくりして、表面にキモ顔が出る。

 ひっこめろ!

 ハンマーでたたき割りたい。

「ちょっと、なんでそんなことになってるのヨ、殿下?!」

「誤解だ。ちょうどいい、俺は昔からリューファ一筋だって言ってやれ、鏡」

「そうよォー。殿下の好きな人は前からずっとアナタじゃないのッ」

「嘘つかなくていいってば」

 手をヒラヒラ振る。

 クラウス様も無理しなくていいですよ。

「アタシは魔法の鏡よッ、嘘はつかないワッ」

「はいはい」

 嘘くらいつけんでしょ。魔法のアイテムなんだから。

「殿下、なにやったのヨ。乙女心はフクザツなのヨ?」

「夫婦間のことに口を出すな」

 クラウス様がさも嫌そうに言う。

 ちょっと待て。聞き捨てならない単語が聞こえたぞ。

「だれが夫婦ですか」

「俺たち。もう同居してるんだし、事実婚だろ」

 私は思いっきりねめつけた。

 クラウス様が無理やり押しかけてきたんじゃないか。

 鏡がキラリーンと目を光らせる。

「キャ――ッ(≧∇≦) なになに、同居? 押しかけ? ステキなフレーズ満載じゃなーい❤ 乙女心にバキュンバキュンくるーウ❤ ああ、妄想がはかどるワ。なーんだ、それじゃあただの照れかくしなのネッ。お・ちゃ・め・さ・ん☆ヾ(*ゝω・*)ノ」

 バッチンとウインクされた。

 キモい。

 この三文字以外言いたくない。

「今すぐ粉々に粉砕して不燃ごみに出していい? いいよね、ランス兄様」

「うーん、まぁ、そうしても止めないかな」

「アラ、ひどい」

「あのね! クラウス様はただ緊急事態でうちに泊まりこんでるだけだから! 対策本部に寝泊まりしてるだけ! ていうか、父も兄たちもいるし!」

「でも同居に違いはないデショ。アナタたち両想いだし、周囲も認める婚約者。なにも問題はないじゃないのヨ」

 問題おおありだ。

「両想いじゃないっ!」

「殿下がぎゅーするまでずっと手つないでたじゃナイ? しかも恋人つなぎだったワー❤」

 言うなあああああ!

 自分でも顔が真っ赤になってるのが分かる。

「あれはっ! クラウス様が放してくれないから! 獲物が逃げなければ追ってこないし、それで耐えてるの!」

「なに言ってるんだか分からないワ。どう見てもラブラブカップルよ。あ、夫婦だったわネ❤」

 だからカップルでも夫婦でもないっての!

 クラウス様はなぜか機嫌が直ってる。

 渾身の力で腕をひきはがしにかかったけど、『勇者』の腕力ハンパなかった。

 ランス兄様もそろそろ辟易してきたのか、話題をふった。

「ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだ。先日現れた謎の怪盗について」

 ゲッ。

 声を出さなかった私をほめてもらいたい。

 クラウス様もジーク兄様も興味を引かれたらしい。

「ああ、話には聞いてるわヨ。イケメン怪盗が現れたんですって? アタシも会いたかったワー。ええと、確か姿かたちはこんな……」

 すばやくランス兄様が飛びついて鏡を裏返し、机上に倒した。

「映すな」

 声が低い。

「エッ? なに、なんで? どうしてダメなのヨー?」

「いいから映すな」

 うおお、声からにこやかさが消えてる。

 なんか知らんけど本気だ兄様。

 あれ? クラウス様の表情も強張ってる。

「お前に映してもらいたいのは、そいつの正体だ。どうせ変装してるだろうから」

「フゥン? まぁいいワ、やってみるわネ」

 うーにゅうにゅうにゅむにゅむにゅにゅという訳分からん擬音を発する鏡。

 ―――ヤバい、私だってバレる。

 って焦った。

 ……と思う?

 答えは逆。ちっとも焦らなかった。

 落ち着いて待ってると、鏡は音をあげた。

「ごめんなさーい、ダメだわァ。そいつ、かなり強い魔法使いなんじゃない? たぶん水晶玉使っても、はねかえす術使ってるワ」

 そ。その通り。

 あっさりバレるなら、初めから変装して怪盗なんかやらないよ。

 そもそも私が使った変化魔法は古代魔術だ。比較的新しい時代の魔法の鏡では探知できない。禁術指定されて世の中から消された後に鏡は作られてるからね。

 さらに魔法使いが水晶玉で占ってもはねかえす術を重ねてある。

 しかも、魔法の鏡は改良時にプロテクトをかけてある。「犯罪捜査にしか能力を発揮できない」ように。悪用防止策だ。

 『紅ばら白ばら』の小人の宝石や『ラプンツェル』の髪を使った絨毯くらいなら害はないが、悪用したらヤバいアイテムは改良しなければならないと決まっている。なんでもかんでも秘密を暴かれないよう、そういう処置を施しておいた。

 それに私が変装した怪盗の目的は魔王封印のアイテムを集めること。「犯罪」に該当するか微妙なところである。

「あれもこれも分からないんじゃ、ただのキモいオネエ鏡だな。ぶっ壊すか」

 あれ、クラウス様、機嫌悪い。さっきは機嫌よくなかった?

「ひっどおーい、アタシだってがんばってるのヨッ」

 ずっと目をそらして耳を塞いでたジーク兄様がとうとう我慢できなくなったのか、出て行った。

「ごめん。オレ、もうギブ」

「あっ、ジーク兄様ずるい! 私も行く!」

 ていうか逃げる! 精神的に長居は良くない!

 クラウス様も出ていきたかったようで、私を小脇に抱えて踵を返した。

「ああ、そうだな。ところで鏡はしばらく女性犯罪者しか取り調べないよう罰を与えろ」

「エッ? (´・д・`)ヤダ アタシは男が好きなのヨッ。女ばっかはイヤァ! ぎゅーもむちゅーもできないじゃないッ!イヤ(≧ヘ≦ ))(( ≧ヘ≦)《《o(≧◇≦)o》》ヽ(`・Д(`・Д(`・Д(`・Д・´)Д・´)Д・´)Д・´)ノスペシャルヤダ!!!Σ(゜Д゜)ィ━(´A`)ャ━(≧◇≦)ダ━(Å ̄*)))━ァァッ!!!」

 最後のほう、めっちゃ男の野太い声になってる。

 叫んでる鏡をランス兄様は係官に引き渡し、全員退散した。

 ……すっごく疲れた。


   ☆


 精神的に疲れた私達は、城の中庭でしばし休憩することにした。

 私とクラウス様は芝生に腰かけ、ジーク兄様は寝ころび、ランス兄様は空を見上げる。

 中庭は巨大な花園となっていて、今はバラが見ごろだ。ハートの女王のバラ、ペンキ塗って赤くしようとしたバラを移植したのが始まりで、そのうち増えた。

「魔法の鏡でもだめかー。でも怪盗がかなりのレベルの魔法使いだって分かっただけでも収穫だな」

 ジーク兄様が言う。

「水晶玉もはねかえすことができる奴なんて、そういるわけじゃない。意外と絞られるんじゃないか?」

 兄もまさかそいつがここにいるとは思うまい。

 そういえば、男の怪盗の正体は男、女なら女だよね、普通。性別違うってあんまない。

 でもさ、男装の麗人ってかっこよくない?

 私の知ってる人でもいるんだけどさ、超綺麗! そこらの男よりよっぽど美しいし、行動も男前。この前は産気づいた妊婦さんを急いで病院に連れてってて、その前は迷子の子供を保護して、さらに前は重い荷物を持ったお年寄りの手伝いしてて、もっと前は川に落ちた子犬を川に飛び込んで助けてて。

 ベタに困ってる人に遭遇するのが当たり前で、それを必ずさっそうと助ける。

 いやー、ヒーローだね!

 やっぱ男装の麗人は正義……。

「あ」

 向こうを歩いてく人物に気づいた。

 すらっとして背の高い、長い銀髪をポニーテールにした中性的な人影。近衛隊の白い制服がよく似合ってる。

 噂をすれば影。

「シューリ!」

 私は親友に声をかけた。

 男装の麗人が私に気づいてこっちへ来る。

「おや、リューファ、ひさしぶり。こんなところに……」

 シューリはぎょっとして途中で立ち止まった。

 彼女に気づいたジーク兄様ががばっと立ち上がる。そのまま側転、空中前転かーらーのひざまずいて、どっから出したのかバラ百本を差し出す。

「今日もかっこいいな、シューリ! 結婚しよう!」

 ぞわわわわっとシューリが肩を震わせた。

「暑苦しいんだよ、お前はっ!」

 ドカ―――ン。

 強化魔法かけた拳で一発。ジーク兄様はお空へふっ飛んだ。

 私もクラウス様もランス兄様も黙って目で追った。

 キラーン。

 星になる。

 典型的手法。

「……お疲れ。毎度のことながら、兄がごめん」

 妹として謝っとく。

 シューリは手をはたいて、

「リューファのせいじゃないよ。あの脳筋野郎、なんで私に目つけやがったんだか」

「理由は明白だと思うけど……」

 私とシューリは同い年の幼馴染。彼女のことはよく知っている。

 別に心が男性というわけではない。代々近衛隊隊長クラスを務める家系で武術が重要視されているためと、外見が男装のほうが合っていたからだ。

 小さい頃はよく男の子に間違われていた。私と並ぶと余計そう見えるらしい。なんかごめん。

 性格も行動も男前で、そこにほれ込んだジーク兄様は昔から彼女を追いかけ続けている。で、毎回鉄拳くらって飛んでってる。

「強くて凛々しい。美人。ジーク兄様の好みどんぴしゃじゃない」

「私は熱血バカは嫌いだね」

 知ってる。

「真面目な話、家柄も釣り合うし、シューリには弟がいるから嫁にいってもいいわけじゃない?」

「私は仕事が一番大事だから。結婚は考えてない」

 うちの兄たちがクラウス様率いる軍に所属しているのに対し、シューリは近衛隊の一員である。軍は魔物討伐や有事の際の出動が仕事、近衛隊は王族の警護が仕事。

 イケメンなシューリは女性に絶大な人気があり、王族女性の警護を専門にしている。そりゃ、こんなかっこいい男装の麗人が守ってくれるんなら、だれでも大人しく言うこときくわな。

「えー、でも、シューリが兄嫁ならうれしいんだけどな」

「断る。あのバカもいい加減にあきらめろっての」

「オレの辞書にあきらめという文字はない!」

 ジーク兄様が某特撮超人ヒーローみたいなポーズで戻ってきた。特撮じゃなく、リアルに空飛んで。

 変身してられる時間は何分ですかね?

 シューリのきれいな顔がゆがむ。

「ないなら書きこんでやる。出してみろ。ていうか、どんどん求婚の仕方がおかしな方向に行ってるぞ?!」

「アクロバティックなのもだめか? じゃあ、きれいな星空の下でロマンティックな音楽流して、花火で結婚してくれって文字を……」

「お前を打ち上げ花火にしてやるわっ!」

 再びパンチでお星さまになった。

 たーまやー。

 我が兄ながら、あきらかにおかしい方向に爆走してるなぁ……。

 どうしたもんかと悩んでると、クラウス様が腰に回した手を組んで、

「リューファもそういうプロポーズの仕方が好きなら、喜んで今すぐやるが」

「やらなくていいです」

 本気で断った。

 そんなことされたらシューリ同様パンチが出るかもしれない。いくらなんでも主君相手にヤバいじゃないか。

「じゃあ、豪華客船貸し切りでのほうがいいか? 舞踏会の最中でもいい」

「絶対嫌です!」

 衆人環視の中で『勇者』が『勇者の嫁』にプロポーズなんかしたら、断れないじゃないか! 雰囲気的に!

 そもそもどういう発想だ。ベッタベタだな。

「クラウス様、だんだん思考が兄に似てきてる気がしますが、大丈夫じゃありませんよね」

「そこは普通大丈夫かときくとこじゃないか?」

「大丈夫じゃないから言ってるんです。ちょっと前までの無口でクールな性格どこ行ったんですか」

「そのほうが好かれるかと思って黙ってただけだ。中身は変わらん」

 ……てことは、これまでも内心ではそういうアホなことを考えてたってことか。完全にジーク兄様の類友じゃないか!

 真剣に説得を決めた。

「あのろくでもない兄に変な影響されないでください。今からでも間に合います、まっとうな思考回路に直しましょう」

「嫁と堂々といちゃつけるからこのままでいい」

 満足げに人を抱きしめて、頬にキスするクラウス様。

 はーなーれーろー!

 半泣きで抵抗してる妹をよそに、ランス兄様がのんびりきく。

「そういえばシューリ、この間のクラウス様の誕生パーティーの時はどこにいたの? 見当たらなかったけど」

 こら、そこの兄! 無視かい!

「あのバカに会いたくないから逃げてた。顔合わせたら絶対求婚されるから。人の目があるし」

 ああ、うん、周りも「そろそろあきらめて結婚してあげたら?」っていう目だしね。ジーク兄様のシューリへの求婚は有名だから。

「シューリなら兄さんとお似合いだと思うけどね」

「どこがっ?!」

 シューリがかみつく。

「私とあのバカ並べてみなさい」

「イケメン二人に見える」と私。

 いいじゃん。全国の腐女子が大喜びだよ。何人かは叫んで気絶するよ。

 むしろ豪華衣装着て羽しょって大階段下りてきて歌ってくれない?

「イケメンかどうかはともかく、そう、男二人に見える」

「平気。シューリはかっこよくて男前だから。女性ファンめちゃくちゃ多いし。シューリならジーク兄様と結婚しても、兄様のファンは黙ってる。ていうか、むしろ歓喜すると思う」

 そんな光景が見えるようだ。現に「二人を応援する会」がこっそりBL同人誌小説作ってるの知ってる。そこではシューリも男性になってる。そして密かに売られてて、信じられない部数売り上げてるのを私は知ってる。

 ピクッとクラウス様の手が震えた。

 ん?

「……かっこいい?」

「え? かっこいいじゃないですか。男装の麗人は女性の考える理想の男性像ですからね。シューリ、今日は何枚ファンレターもらった?」

「二十五。差し入れは十八」

「わお。さっすが、モっテモテー」

 あれ、なんかクラウス様が後ろ向いてランス兄様とヒソヒソ話してる。

「どうかしました?」

「……そうか、リューファはそういう男が好みか……」

「は? なに言ってるんですか? シューリは女性ですよ」

「……じゃあ、長髪が好みか。なら伸ばす」

 なんの話だ。

「別にそういうわけじゃありませんよ。ていうか、クラウス様、髪伸ばすってイメチェンするんですか? そのままでいいと思いますよ、じゅうぶんかっこいいんですから」

 クラウス様はまじまじと私を見た。

「……今何て言った?」

「え? 髪の長さは気にしませんが。って、私の好みなんかどうでもいいのでは?」

 クラウス様が気にすべきは、好きな人の好みでしょう。

「その後」

「クラウス様が髪伸ばしたらって? まぁそれもアリですが、別にいいんじゃないですか?」

「もっと後」

「クラウス様はそのままでじゅうぶんかっこいいんですから、特に手を加えなくても……」

 クラウス様が見たことないくらいうれしそうな顔してたから、言葉が尻すぼみになる。

 え? なに、この現象? 幻術?

 幻術解除呪文を……。

「リューファ! 大好きだ!」

 ぎゅーっと思いっきり抱きしめられた。

「ぎゃああああああ!」

 さすがに叫んだのを咎めないでほしい。

 だから人前でなにしやがるのか、この王子は!

「放してください!」

 警察呼ぶぞ!

 真っ赤になってさけぶ。

「通報しますよ?!」

「クラウスが軍のトップなんだから無理だろ」

 いつの間にか戻って来てたジーク兄様がコメントする。

 ああそうだよね、軍=警察だもんね! 最高責任者が血迷ってても、だれも止められませんか!

「てか、嫁とベタベタしてるだけだから、そこまで騒ぐほどのことでもないだろ」

「嫁じゃありません!」

 何度でも否定する。『勇者の嫁』はあくまでキャラ属性だ! そして私はそれをジョブチェンジしたい!

 シューリが生温かい目を向けている。

「はいはい、ごちそうさま、新婚さん。あ、言い忘れた。リューファ、結婚おめでとう」

「結婚してないっ!」

 近づいてくるクラウス様の顔を本気で押しのける。

「私は婚約解消申し出たの!」

 シューリがいぶかしげに、

「はあ? さっきからずっとそれだけベタベタしてて? 私に声かけた時にはもう殿下が肩抱いてたじゃない」

 そこは事実だが違う!

「あのねっ、獲物が逃げると追うのは『勇者』習性なの! だから逃げなければ興味なくすでしょ?!」

「意味わかんないけど、言いたいことは分かった。……というか、まさかここまで鈍い子だったとは……」

 頭を振るシューリ。

 なんのことよ。

 あ、シューリと兄たちが内緒話し始めた。

「って、あ、ごめんね、シューリは仕事中だったでしょ」

「いやいいよ、どうせ殿下に知らせを持ってくんだったから」

「え?」

 本来近衛隊所属であるシューリがクラウス様に用があるというのは、魔物関係に限る。

『勇者』のパーティーは基本クラウス様・私・兄たちだが、状況に応じてあと二人一緒に行くこともある。そのうちの一人が王国随一の武闘家であるシューリだ。

「南の方に魔物が出現したらしい」

 とたんにクラウス様がしゃきっとした。

 おお、『勇者』の顔になった。

「どんな魔物だ?」

「黄金のリンゴの木保護区が国境に接してますよね。あそこからの救援要請です。守ってるドラゴンが信号を送ってきました」

 黄金のリンゴの木は、地球ではギリシャ神話に出てくる。英雄ヘラクレスが取りに行ったことで知られるものだ。不思議な力があるらしい。

 生命の木、知恵の木の類は世界中にある。これもその一つだ。

 トロヤ戦争が起きた大本の原因も、このリンゴに「一番美しい女神へ」なんて書いてよこした女神がいたからと言われる。

 こっちの世界でも戦争があって、その後周辺は保護区に指定され、どの国も簡単には立ち入れないようになった。

 木はドラゴンが守ってると言われ、今回それが救援要請をしてきたと。

「あれは魔法使いの世界のものじゃないだろう。あっちの神話のテリトリーだ。要請するならまずあっちに頼むべきじゃないか? よそ者の手だしは嫌がる奴もいるからな」

「要請したようですが、別件でヘラクレスもペルセウスもオデュッセウスもテセウスもイアソンもアキレスも出払ってるとか。つきましては『勇者』にお願いしたい、だそうです」

 おお、ギリシャ神話の有名どころ英雄全員きた。

 英雄も大変だよねぇ。魔物や怪物が出ると駆り出される。下手すると無償だよ。

「アキレスは黄金の鎧だけなら貸せると言ってますが」

「それ死亡フラグだよね。借りてアキレスの代役で戦場に出た友達が死んでなかった?」

 私は思わずつっこんだ。

「ペルセウスはメデューサの首が必要なら、現在の所有者の女神アテナに頼んで。イアソンは妻メディアと離婚調停中で忙しい、だそうです」

「メデューサの首は見たら石になる呪い、もう経年劣化してるし。イアソンはまぁがんばれ」

 離婚切り出されて子供たちを惨殺したメディアもメディアだけど、そもそも浮気したイアソンにも非はあるからね?

 クラウス様が真剣に言う。

「俺は絶対離婚なんてしないからな」

「それ以前に結婚してません」

 冷静に反論した。

「浮気も絶対しないし」

「それ以前にクラウス様が結婚するのは私ではなく好きな人でしょう」

「だから好きな女と結婚したい」

 意味が分からない。話が通じない。

 眉をひそめる私に、なぜかみんなは嘆息した。

 なんで? 

「まぁ、ジャンルは違えどだれかが困ってるなら放ってはおけない。行くか」

 クラウス様が私も一緒に立ち上がらせる。

「あの辺りには転移魔法を設置してない。一番近くまで転移魔法で飛んで、あとはルチルを使おう」

 ルチルっていうのはクラウス様のペット、レッドドラゴンの名前。私が名づけた。鉱物の一種からとったものだ。

「かしこまりました。直ちに準備致します」

 シューリが敬礼して走って行った。

 追っかけてプレポーズしようとしたジーク兄様はまたふっ飛ばされた。飛行距離計測不能。

 私達も装備を整え、向かうことになった。


『白雪姫』の魔法の鏡はとにかくキモイをキーワードに書きました。

キモく!もっとキモく!まだ足りない!と。

キモさにドン引きしてもらえるとうれしいです。

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