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8 勇者の嫁の兄その2の憐憫

 王子はうちの妹が大好きである。

 僕も兄もこれは疑ったことがない。

 というか、疑いを差しはさむ隙もない。

 一目惚れで、小さい頃から好意を隠さなかったクラウス様。本人は年頃まで自覚がなかったらしいが、あれでなんで気づかなかったのか、はなはだ疑問に思う。

 もしクラウス様が義務で妹と結婚するのなら、僕も兄も父もそろって妨害していただろう。当然だ。かわいいたった一人の妹を義務感のみの奴に嫁がせるか。

 クラウス様が本当に妹を好きだから許したのだ。

 クラウス様の態度が180度転換したのは、十五歳ごろだったろうか。急に「恥ずかしくてしゃべれない」と言い出した。

 今さらなにを言ってるのか。

 めんどくさい思春期である。

 僕は自他ともに認めるプレイボーイなので、クラウス様はリューファについての相談をたいてい僕にしてくる。脳みそ筋肉の兄より、女心の分かる僕にきくのは順当だろう。

「なんとかがんばってください」とアドバイスしたものの、クラウス様はダメ人間だった。

 あろうことか、「お前たちみたいに暑苦しく愛情表現してると同じようにウザいって言われる」として、正反対の無口クール系キャラを正当化した。

 ……分からないでもないが、戦法としてはおおいに誤りだった。戦闘では常に判断を誤らない『勇者』にあるまじき失敗である。

 それでもリューファが特に文句を言うでもなく黙っていたから、考えすぎかと思った。

 ―――最悪の想定が当たる。

 リューファはクラウス様に嫌われていると思い込み、恋愛感情を抱くことすら禁じていた。考え抜いた結論だろう。何年も熟考したに違いない。

 ついに成人するという年、婚約解消を申し出た。

 やっと結婚できるとうかれまくってたクラウス様はまさに地獄へ叩き落された気分だったろう。落ち込みようは見てられなかった。

 それにしても、リューファもなにもクラウス様の誕生日プレゼントを婚約解消にすることはないじゃないか。手ぶらだったのはそのせいか。

「こうなったら、なんとしてでも誤解を解き、クラウス様にリューファを落としてもらうしかない」

 実の妹を婚約者に落としてもらうって、どういう状況だ。ツッコミが追いつかない。

 クラウス様をたきつけたら、自らうちに泊まりこむと言い出した。全員大賛成である。

 逆にリューファをさらって城に閉じ込めなかったのは、そんなことしたら嫌われるからだと思う。というか、そんなことしたらリューファがなにしでかすか分からない。普段は攻撃が得意でなさそうに見える小動物だが、中身は城ぶっ壊してでも脱出するくらい余裕でやるだろうとんでもない性格だ。

 前に魔物の出没するダンジョンに入った時のこと。内部は迷路のようになっていて、どうしたものか困っていた。そこでダンジョン自体が大きな魔物だと気づいた我が妹は、ダンジョンごと全部ふっとばした。

 あれはすごいと思った。

 その後、残骸を仕分けして素材収集もしてた。なんか喜んでた。

 あれはヤバいと思った。

 うちに滞在するようになってから、クラウス様はがんばっている。会話もスキンシップも当社比1000%くらい増えた。

 さすがのリューファも真っ赤になってる。ただし拒絶はしていない。いい傾向。

 これは自覚できたか?ときいてみた。

「なに言ってるの、ランス兄様。私はクラウス様に恋愛感情なんて抱いてないわよ」

「ひざ上で抱っこされても逃げないのに?」

 今日はその上、クラウス様が権力と意地で取り寄せた希少な果物を「はい、あーん」されてた。赤面しながら食べてて、王子はいたくご機嫌であらせられた。

 が、ここで自覚のカケラもないのが我が妹である。

「だって男は相手が逃げると追いかけたくなる生き物でしょ」

「……は?」

 僕でも理解するのにしばらくかかった。

 ……えーと、それはつまりだ。

 眉間を押さえながら、

「……リューファから婚約解消申し出たから、クラウス様は好きじゃなかったけど自分のものがとられたように感じてる。それで取り返そうと思ってるって?」

「そう。ジーク兄様見ててもよく分かるでしょ。獲物が逃げると追う」

 兄さんの想い人は「暑苦しい」と求婚をつっぱね続けている。そうすると単細胞な兄は逆に燃えて、より熱くアグレッシブなプロポーズを繰り返している。

 それがまた「キモイ」とバッサリ切られ、さらに狩猟本能に火が……。

 ……うん、我が兄ながら他人のふりしたい。

「いやー、兄さんとクラウス様は違うよ」

 あそこまでつきぬけてるバカと主君を一緒にしてはいけない。

「嘘。私がまた婚約解消してくださいって言ったら、闘争心あふれてたもの。じゃあ、反対に大人しくしてれば気が済んでほっとくはずでしょ? 現に従順にしてたら機嫌いいじゃない」

 僕は嘆きたくなった。

 クラウス様、すみません。妹はこういう意味で大人しかったそうです。

 これは言うべきか、黙っくべきか?

「あのね、勘違いでも私はクラウス様に恋愛感情抱いちゃいけないの。……私だって何年も考えたのよ。少しでもクラウス様が私を嫌いにならないでくれたら、丸く収まるのにって。色々試したけどだめだった」

 いや、クラウス様はお前にベタ惚れだよ。あれは照れてただけ。

「他に好きな人がいるって知って、腑に落ちた。ああ、そうか、だからか。そこで気づいたの。嫌われてるって知ってながら婚約をそのままにしてたのは私の身勝手だったって」

 リューファはうつむいた。

「婚約解消されたら起きることが嫌で、しがみついてたのね。でもそれがクラウス様と恋人を不幸にしてる。……もう見て見ぬふりはできなかったのよ」

「リューファ……」

 妹は静かに首を振った。

「たぶん私はもう一生だれとも婚約も結婚もしない。……また婚約したとして、それも相手が不本意だったら? 元『勇者の嫁』だから、周りの圧力があったからだって我慢してるだけなら? 私は二度も相手を不幸にしたくない。……だから、もういいのよ。私は一人で生きていく」

 ああ、そうか―――。

 やっと僕にも分かった。

 妹はそこまで追い詰められていたのだ。

 クラウス様の態度と周囲の目は思ったよりリューファを傷つけていた。

 一生だれとも恋愛しなくていいよう、恋愛感情を封じた妹。そこまでしなければならなかったのか。

 優しいあまり、選択を間違ってしまった妹。

 ……僕らは一体どうすればいいのだろうか。

 僕は言葉をかけられなかった。

 これだけでも大変なのに、魔王もとい『招かれざる魔女』の封印のアイテム探しときた。まったく体がいくつあっても足りない。

 挙句の果てに、謎の怪盗まで登場した。

 その絵姿をリューファに見せたら、とんでもないコメントが飛び出した。

「かっこいい……」

 クラウス様が硬直したのが分かった。

 僕と兄も同様だったのは言うまでもない。

 しかしここ最近、こういう現象が頻発してる気がする。石化解除呪文をどっかに仕込んでおいたほうがいいだろうか。それとも氷を解凍するほうか。

 リューファがクラウス様を「かっこいい」と言ったことはない。

 イケメンだと思ってることは思ってる。しかし、クラウス様の膝の上って状態で、頬を染めながら他の男を「かっこいい」なんてつぶやくことはないだろう。さらにそういうのがタイプとか言うな。

 クラウス様の周りの空気がめちゃくちゃ重い。

 それに気づかない我が妹はどうなってるのか。危機管理能力大丈夫か。

 とばっちりは確実に僕と兄にくる。冗談ではない。

 必死にフォローした。

「だ、大丈夫です! クラウス様のほうが美形ですよ!」

「えー? そう?」

 おいいいいいい! そこ否定すんな!

 肩をつかんでブンブン揺するとこだった。

「こここ、こらあ。クラウス様は美形だろ、それは認めるよね?!」

「ああ、うん。昔から成長したらイケメンになるだろうなぁと思ってた。予想は外れなかったね」

 よかった、肯定してくれた。

 クラウス様の暗い空気に少し光が差す。

 が、ここで終わらないのがうちの妹だ。

「これは別物なのよねー」

 クラウス様の顔がロコツにひきつった。

 別物ってなんだ!

 兄同様叫びたくなった。

 追いうちかけるな! 傷口えぐるな!

 ひとまず口実作ってリューファを追い出す。

 クラウス様はものすごい雰囲気でうなだれてた。

 空気が重い。黒い。暗い。どんより。ずっしり。

 なんかもう気の毒すぎて見てられない。

 僕は目頭を押さえた。

「……く、クラウス、なんか妹がすまん……。気にするな!」

 兄さんが声かけても、暗い。

「そうか……。リューファはこういう男が好みなのか……」

 自分とは全然違う絵姿にぶつぶつ言ってる。

「お、落ち着け! お前がイケメンだって言ってたじゃないか!」

「……イメチェンしようかな……」

 だめだ、涙が出てくる。

「クラウス様、落ち着いてください。しなくていいです」

「……嫁に好かれるためならこれくらい……」

「やめろ、涙が出そうだ。頼むからやめてくれ」

「そうですよ。リューファは謎の怪盗っていうミステリアスさに目がいってるだけです。姿かたちじゃないですよ」

「ミステリアス……俺もキャラ変えた方がいいかな……」

「無口クール系で大失敗したんだからやめろ」

 兄さんが本気で止めた。

「捕まえちまえばチンケな泥棒だったってことが分かって、興味も失せるさ」

「……そうか」

 クラウス様がやっと顔を上げた。

「速攻捕まえるぞ。俺の嫁は渡さん」

 めちゃくちゃやる気だしてる。

 いや、殺る気?

 本気だ、この『勇者』。目が笑ってない。

「俺の嫁に手を出したことを後悔させてやる」

 手は出してないとは僕も兄さんも言えなかった。とてもじゃないが言える雰囲気じゃない。

 なんかもう気の毒としか言いようのない主君。

 妹よ、兄ちゃんからの一生のお願いだ。頼むからクラウス様と結婚してやってくれ。

 僕はこみあげる涙をこらえるかのように天を仰いだ。


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