7 勇者の嫁、ついに怪盗デビューしちゃいます!
クラウス様は本当にうちに泊まりこむことになった。
物の移動がスピーディーすぎる。
城の使用人も、こういうところで優秀さを発揮しないでいいよ。
もっとも、クラウス様の私物何もかもを持ってきたわけではない。当座必要なものだけだ。それでもけっこうな数だが。
緊急性の低いものは城に置いてきた。一瞬で取りに行ける転移魔法陣があるんだから、必要に応じてとりに行けばいい。
だからさ、そんならうちに来ることなくない?
王夫妻もまったく止めなかったそうだ。「非常事態」って。
いや、そこは止めてよ。
うちはこれでも名門公爵家。屋敷は広いし、使用人の質もいい。元々『勇者の嫁』の私がいるから色々レベルが高いのだ。王子がいきなり泊まりこんでも問題ないという笑えない現実。
今までのそっけない態度はどこへやら、クラウス様はやたらと私にかまい出した。
父も兄たちも止めない。「どうぞどうぞ」と顔に書いてある。ひどくないか。
特に兄ズ! 普段の溺愛ぶりはどこいった!
「妹は嫁にやらないとか言っていいよ! つか、言って!」
「え? クラウスには当てはまらないだろ、それ」
生まれた時から婚約決まってたクラウス様には適用されないとインプットされてるらしい。
上書きしてやる。データ貸せ。上書き保存に名前を付けて保存、もう一度上書き保存してやる!
『招かれざる魔女』対策が最優先ということで、クラウス様の公務は当面全部取り消しとなった。今なにをおいてもやるべきことは、封印のアイテムの情報収集。それはそうなんだけど。
王室や軍のスパイ網、うちの母の実家のネットワーク。占いが得意な魔法使い総動員。あらゆる手段を使って探索が行われた。
先生も各国の知り合いにあたってくれている。珍しいアイテムがあったら、とにかく回してくれと。
封印のアイテムの形状は分かってるけど、何らかの加工がされて形が変わってる恐れがある。長い年月経ってるから。やばそうな魔具だからと、他の形に偽装されてることもありそうだ。
先生が集めてきて、私はそれを片っ端からチェックする担当になった。
来る日も来る日もチェックしながら、私は一つのことを考え続けていた。
どうやったら、婚約解消できるだろうか?
☆
封印のアイテムらしいものの情報を真っ先に持ってきたのは兄様たちだった。ブラックマーケットの競売が近くあり、そこで出品されるという。
私達兄妹、クラウス様、先生は集まって会議した。
「情報屋から連絡がありました。黒い本に載っていたイラストと酷似したネックレスが出品されるそうです」
ランス兄様が報告する。
「出品者は?」とクラウス様。
「金稼ぎの冒険家集団です。ブラックマーケットではよく出品してますね。世界各地を旅して墓荒らしや遺跡の破壊を繰り返し、財宝を集めて売っぱらう。賞金首リストに載ってますよ」
「ついでにそいつらも器物損壊と略奪、不法売買の容疑で逮捕しておこう。……日時は?」
三日後の夜、場所は王都の繁華街だった。
堂々とおひざ元で開催するとは豪胆。わざとかな。人影の少ない郊外でやると、いきなり人が集まれば目を引く。ばれやすい。だからあえて人の多い場所でやるんだろう。
入口は普通の酒場だが、奥に隠し通路があり、通行証を持つ者のみを通すらしい。別の建物か地下室にでもつながってるんだろう。
繁華街の店なら出品物を運びこんでも、食材の搬入だと見せかけられる。
先生が口をはさんだ。
「その会場は前にも使われたことがありますね。知人にブラックマーケットに潜入している者がいますが、聞いたことがあります。今回も潜入できないか連絡を取ってみましょう」
魔具の中には裏に流れたらヤバいものもあり、先生は協力者に頼んで時折回収もやっている。私が浄化した後、店で売っている。
先生が会場の情報を話す。クラウス様は熟考すると、計画を立てた。
「俺とジークにランスは三方向から囲い込む。先生はその協力者に連絡を取り、問題の品が出てきたら合図するよう手配を。突入する。リューファは自宅待機だ。押収したらすぐ持って帰るから、鑑定を」
「分かりました」
めいめい準備を済ませ、三日後決行となった。
☆
当日、クラウス様たちは昼間から張り込みに出かけた。
「行ってらっしゃい」
私はお留守番として見送る。
みんなの姿が見えなくなると自室に引き取り、手を腰にあてた。
「さて、これで夜まで暇なわけで」
さあ、準備開始だ!
私はさっそく準備にかかった。
なんのって?
決まってるじゃない、怪盗のだよ!
「動きやすい格好じゃないとね。トレーニングウェアに一度も使ってないのがあったっけ」
黒いスポーツウェアを出す。長袖長ズボン。普段着のひらひらフリフリドレスと違い、非常に動きやすい。一度も使ってないから、兄様たちも持ってることを知らないだろう。
え? なに言い出してんのかって?
簡単なことだよ。私は魔法使い、一応水晶玉による今日の運勢占いくらいはできる。予知能力者とは違うから詳細完璧な予知なんかできないけど、「まずいことが起こりそうだ」「今日はラッキー! ラッキーカラーは赤!」くらいは分かる。
魔物討伐出発前とか念のため占ってるんだけど、今夜はとんでもないことが起きそうだと出た。
こりゃまずい。
クラウス様たちがやられるなんて考えはカケラもなかった。あんな化け物並みに強い人間が三人も集まってやられるもんか。
むしろ交戦になって周囲を巻き込んでの戦闘になるとふんだ。周囲には一般人がいる。無関係な人たちを巻き込むわけにはいかない。
じゃあ、どうするか。
穏便にひっそり回収して終わらせるしかない。
そのためにはどうするか。
「私が先に忍び込んで、とっちゃえばいい」
それが私の結論だった。
「よし、怪盗デビューしよう!」
『勇者の嫁』、怪盗デビューしちゃいます!
え? 考え方が明後日の方向いっちゃってる?
そんなことないよー。
私だって色々考えたのだ。
婚約解消する方法を。私が辞退してもだめ。クラウス様からも解消するのは周囲の反対とかあってできない。なぜなら魔王が復活したら、私の力が必要になるから。
そう、魔王が復活したら……。
「―――そう、魔王が復活しなければいいんだよ!」
この考えは間違ってない。みんな望んでないはずだ。
私が必要なのは、クラウス様が魔王を倒す『勇者』だから。
逆を言えば、クラウス様が『勇者』でなくなれば、私の必要性はなくなる。普通の魔物退治なら、兄様たちやそこらの英雄でも充分。防御・回復系が得意な魔法使いは私のほかにもおり、代わりにパーティーに入れればいい。
「クラウス様が『勇者』でなくなればいい」
まさに逆転の発想!
気づいた時、歓声をあげそうになった。
そうだよ。クラウス様だって、自分から『勇者』になりたいと選んでジョブチェンジしたわけじゃない。生まれつき決まってたからやむをえずだ。苦労も多いし、平凡な人生がよかったと思ってるはず。
魔王さえ復活しなければ、クラウス様は『勇者』をやめられる。英雄ですむのだ。魔物討伐は他の人と分担すればいい。
ああ、ちなみにこの世界では勇者>英雄>冒険者だから。英雄は何人かいて、冒険者はゴロゴロいるけど、勇者は一人だけ。レベルが全然違う。
―――なんとしてでも、魔王復活阻止。これは世界を救うためでもある。
復活前に処理してしまえば、戦争にならない。被害も出ない。みんな助かる、喜ぶ。
だから必ず封印のアイテムは手に入れなきゃならないんだ。
そのためなら、怪盗くらいやってやる。
ん? 自分も怪盗なんてのを楽しみたいだけじゃないかって?
……ま、そういう面もないとは言い切れないけどー。
いや、怪盗ってロマンだよね。
黒のトレーニングウェアを着て、黒のローブをはおる。いつも使ってるのは白で、これは今回このためにこっそり用意しといたものだ。魔具とか仕込んである。
手袋もはめて、準備完了。
シルクハットとモノクルはいらないな。激しい戦闘になった場合、落とす。
「さて、これでこっそり出かけるわけだけど」
このまま出かけたら、確実にセンサーに引っかかる。うちの屋敷には出かけても帰ってきても分かるよう、周囲に結界が張られているのだ。現在王子が逗留中ということもあり、さらに厳重になってる。
転移魔法を使ってもこれは反応する。だいいち、転移魔法はどこでも飛べるわけじゃない。あらかじめ到着地点に魔法陣をしき、そことつなぐ魔法を設定しなければならず、そうやってルートを作ってあるところにしか飛べない。会場付近に飛ぶことはできないのだ。
かといって、普通に歩いて出かけてもセンサーに引っかかる。警備チームがすっ飛んでくるだろう。
だれにも気づかれずに私が出かけることはできない。
「……と思ったら大間違いよ」
念じた瞬間、私はテレポートしていた。
ある星の強敵を倒した後、とある星で修行して手に入れた瞬間移動の能力が……なんちゃって。
嘘だよ。魔法だ。
私が現れたのは、ブラックマーケット会場近くの建物屋上。
すでに隠身の術は作動させている。気づかれる心配はなかった。
周囲を見回せば、クラウス様たちが予定通りのポイントに潜んでいるのが分かる。
ふふん、普通の魔法を使えば、今もクラウス様の警戒に引っかかったでしょうね。でも私が使ってるのは特殊な魔法だ。
今では失われた古代魔術。
だれも存在自体知らない魔法だ。そんなの探知できるわけがない。
なぜ私がそんなもん知ってるかっていうと、魔具の浄化が仕事だから。依頼される品は千差万別、年代も新しいものから古いものまで様々だ。それを浄化するために研究を重ねていくうちに、古代魔術の存在を知った。
古代といっても、『最後の魔女』の時代にはまだ使われていたらしい。
それらの魔法が失われたには理由がある。「あまりにも強力すぎた」「使うには多大な代償が必要」「悪用されたら危険」と禁術指定されたためだ。
特に「代償として人の命が必要」とかは第一級の禁術である。意図的に抹消された。
ところが私が浄化しなきゃならないやつは、そういうのがバンバン使われてる。代償として殺された人の魂の解放なんかもやったことがある。古代魔術に詳しくなったのも当然じゃないか。
禁術指定された理由をかんがみ、私はこれらを口外していない。記録にも残さず、全て頭の中にしまっている。うっかり記録したものが流出したらヤバいのはバカでも分かる。
おそらく古代魔術の知識を持っているのは国内では私だけだろう。国外ではどうだか知らない。同じような浄化魔法使いなら知っている可能性はあるが、同様の理由で口外も使用もしないはずだ。
私が黙ってる理由はそれだけじゃない。もしバレたら、なおさら婚約解消できなくなるじゃないか。こんな貴重な知識を持ってる人間、国が囲い込むに決まってる。沈黙を選んだのは間違ってないと思う。
今テレポートに使ったのは空間移動の古代魔術だ。これは到着地点の事前設置不要、どこにでも飛んでいけるすぐれもの。悪用されたら危険ということで禁術指定されたとみえる。
私は隠身の術に加え、念には念を入れて変化の術をかけた。
どんな姿にするかは、かなり迷ったんだよねー。
あれこれ考えた挙句、前世で好きだった某マンガのキャラっぽくした。白い長髪がトレードマーク、格闘技のスペシャリストにして魔法使い、正統派イケメン義賊。
悪人からしか盗まない、悪事を暴くために盗みをする正義のヒーロー。世のため人のために尽くす男。
普通なら怪盗と言えば正装ってイメージだけど、このキャラは和装だった。
和服の怪盗だよ! アリだよ! おおいにアリ!
羽織袴の正装とか鼻血出るかと思った。
笑いあり涙あり、シリアスあり。魅力的なキャラクターと深い話で超人気だったマンガだ。アニメ化もされた。特にイケメンが大量に登場したことから、世の腐女子が歓喜し、すごい数の同人誌が作られたという。
OVAつきコミックス特装版は私も買った。あれはよかった。
完結した時は泣いたわー。女性ファンはみんな号泣して、ネット上で「〇〇様は不滅!」ってマンガ内のセリフをもじった言葉がつぶやかれまくってた。私もつぶやいた。
しかーし、いくらなんでもあの方そのままに変化するのは畏れ多い。ファンとしてそこは考える。私ごときがやってはいけないのだ。折衷案として、十六話で登場した変装姿にしてみた。黒&金の和装バージョン。
普段の和装も黒基調だけど、模様が違うのよ。色々あるんだから。ファンは細かいところまで見てる。龍や鷹が一番人気。刺繍細かすぎて、コスプレ衣装作るのがめちゃくちゃ大変だそうだ。
今回は金糸の縫い取りが美しい、天空を渡る龍と鳳凰。絢爛豪華で一番映える。作者はさぞ書くのがめんどかったろう。実際書いてたのはアシかもしれないけど。でも、それだけあってすばらしく美しい。
衣装マジックってすごいよね! 元々イケメンなのがさらに数百倍イケメンに見える。もうイケメンの最高値更新してます←なんのこっちゃ
大ファンのキャラのコスプレもどきして、うきうきしながら観察した。
ふむふむ、主催者側も周囲に探知結界しいてるけど、これくらいなら楽に侵入できるな。
気づかれないよう部分的に解除し、潜入する。今の私はだれにも見えないし、存在も気付かれない。
会場すみっこの壁際で、空中に浮かんで待った。
そのうちに競売が始まった。
出てくるのは、どれもいわくつきのものばかり。
どうして世の中からこのテのものはなくならないんだろうなー。なくなったら、私は仕事あがったりになるけど、そのほうが世の中平和だからいいと思う。
あ、あれ欲しい。どうせ全部押収するんだろうから、クラウス様に頼んで払い下げてもらおう。
次々けっこうな値段がついていく。みなさんお金ありますねぇ。余ってるなら、良いことに使ったらどうよ。
後で払い下げてもらおうとめぼしいものをチェックしてたら、お目当ての品が登場した。
黒い本のイラスト通りのネックレス。
私にはそれが一目で本物だと分かった。『勇者の嫁』のカンだろうか。
すかさず飛び出した。
隠身の術だけ解除して。
―――突然壇上に現れた男がネックレスを奪った。人々にはそう見えただろう。
「これは頂いていくよ」
魔法で男のものに変えた声で言った。
おお、あの方のボイスそのもの。素敵。
「な、なんだあいつは?!」
「だれだ、どこから出てきた?!」
みんなして私を指して叫ぶ。
警備が破られたことにも驚いてるんだろう。普通の魔法使いなら突破するの大変だったろうからねぇ。
しかし、小動物的容姿から甘く見てもらっては困る。これでも私は『勇者』のパーティーの一員。もっととんでもない状況はさんざん経験してる。こんなの児戯に等しい。
「それでは失礼」
優雅にお辞儀して立ち去ろうとしたら、駆けつけた警備員たちが一斉に攻撃してきた。
警備員とは名ばかりで、実態は荒くれものを雇ってるだけだ。
ほいほい。
あっさりバリアで防ぐ。
「なんだ、この程度か」
辺り一帯焼け野原になるくらいのモンスターの攻撃を受けるのが当たり前な私からしてみれば、正直な感想だった。
パチンと指を鳴らし、眠りの魔法を展開する。
ドサドサドサ。
あっという間に会場内の全員が羊を数えてぐーすかぴー。
なーんだ、ほんとにあっけない。
大変なことが起こるって水晶玉にうつったのはなんだったんだ?
これなら私が変装までしてくることなかったわ。
その瞬間、斬撃が襲ってきた。
剣に魔力をのせて放つ攻撃。そこそこの使い手とみた。
私は右手を突き出し、バリアを張った。
不意をついたつもりだろうけど、残念ながら毎朝のトレーニングで慣れてる。ぶっちゃけ兄様たちのおふざけトラップのほうがよっぽどヤバい。
いかつい男が剣を構えて立っていた。どうやらとっさに解除呪文を唱え、眠りを回避したらしい。ある程度の魔法が使えれば解けるからね。でもかかったフリして、群衆に紛れこんでたわけだ。
こいつが「大変なこと」かな?
男は立て続けに斬りかかってきた。私は風を起こして吹き飛ばす。
そいつは壁に着地し、床45度の姿勢でにらんでくる。
軍の賞金首リストで見たことがある顔だ。とある組織に雇われてる大量殺人犯。得物は剣だっけ。かなりの人の血を吸ったことで魔力を持ってしまった剣は浄化が必要だな。
私は空中に大量の氷の槍を出現させた。
「行くよ」
一気にたたみかける。
しかし敵もさるもの、はじきまくって斬りかかってきた。
が、そこに私はいない。
「残念」
幻術だ。私はとっくに別の場所に移動してる。
上方へ空間移動し、重力五十倍の魔法かけた足で踏みつけた。
防御魔法つき破り、床にたたきつけられる男。派手に床が割れてめりこんでしまった。
あら、やりすぎた。
いつも退治してる魔物だと頑丈だから重力百倍でも気絶するかどうかのやつもいる。一応人間相手と思って手加減したのに。
「もう終わりか。あっけない」
ほんとに私が来ることなかったわ。
魔物討伐ばっかりで、どうも感覚狂ってたっぽい。そうか、魔物退治と犯罪者逮捕ってレベル全然違かったのか。
うーん、感覚マヒしてたな。
しかし、やってしまったものはどうしようもない。
「さてと」
周辺に張られてる結界を解除した。ダンジョン攻略に比べればこんなもの。
いきなりセンサーが解除されて一体何が起きたのかと、クラウス様たちが突入してきた。中の人間全員船漕いでるからびっくりしてる。
「なんだこれ?!」
「あっ、あそこでのびてるの賞金首じゃね?!」
私は壇上へ戻った。
クラウス様たちの視線が集まる。
「あいつがやったのか……?」
クラウス様が目を細め、警戒をあらわにした。
おお、魔物相手のような反応。
そりゃそうだ、今の私は見知らぬ男に見える。服装も珍しいだろう。地球でいう日本はこの世界でも遠い。魔法の絨毯やドラゴンに乗っても一週間以上かかかる。和服って知識自体ないかもしれないし、あったとしてもかなり珍しいはず。
やばいねー、クラウス様と相対した魔物は必ずやられてるからねー。連戦連勝の『勇者』様だからねー。
私だって正直敵に回したくはないわ。
だって本気でやったら、敵わないもん。『勇者』だけあって、私より強いから。
今回出し抜けたのは、クラウス様が知らない古代魔術を私が知っていたからに過ぎない。条件が同じなら、確実に負ける。
「きさま、競売にかけられた宝を狙った賊か」
スラリと剣を抜くクラウス様。
うわ、マジだ。
私はにっこり笑ってネックレスを出した。
「ご心配なく、殿下。私は殿下と目的を同じくする者です。これが間違いなく殿下の手に渡るようにしたかっただけ」
そう言って放り投げた。ネックレスがクラウス様の手の中に落ちる。
「それ、本物でしょうか? すりかえてるかもしれません」
疑い深いなぁ、ランス兄様は。
「それなら妹御に鑑定してもらったらいかがです? 言われなくてもするでしょうが」
「リューファのことを知ってるのか?!」
クラウス様の殺気が倍増した。
「署まで来てもらおうか」
え、なんで。
渡したじゃん?! むしろいいことしたよね?!
殺気向けられる意味が分からないんだけど!
……やばいわ。マジで斬られる五秒前。
だから本気でやったら私はクラウス様に敵わないんだってば!
―――ふとこれから出されるはずの出品物が目についた。
そのうちの一つから目が離せない。
「…………」
小ぶりの宝石がついた指輪。台座は新しいが、宝石はたぶん古いもの。カットし直したんだろう。
本には載ってなかったけど……。
私の視線をいぶかしみ、クラウス様たちもそっちを見る。
私はそれを取り、クラウス様に投げた。
「これもぜひ、鑑定を」
「……きさま、何者だ?」
クラウス様がたずねる。殺気は減ってない。
私は右手を顔の前に持ってきた。
「―――ただのしがない怪盗ですよ」
瞬間移動で姿を消した。
☆
や、やばかったあ!
自室で着替えた私はぐったりベッドに倒れこんだ。
体力的にはちっとも疲れてない。精神的に疲れた。
「……いやー、クラウス様に殺気向けられたことなんてなかったもんなー。当事者だとあそこまで恐いとは思わなかったー」
『勇者』の本気、マジやばい。
あれはたいていの魔物がビビって固まるはずだわー。
いやあ、『勇者』なんか敵に回すもんじゃないね。
「でも、怪盗やるのは楽しかった!」
グッとこぶしを突き上げる。
これは超楽しかったよ。
スリルがたまんないね、あれ。やみつきになりそうだ。
みんなが怪盗にあこがれるの分かる。
あの方のコスプレもどきできるし。ああ、まるで第三十四話みたい。オークション会場に乱入してバトルって話あったよね。立ち去る時もさ、ヒロインに向かって、右手を顔の前で広げてあのセリフ言うの! ときめくわー。
「うふふ」
一人にやけてたら、転移魔法が作動したのを感じた。
クラウス様たちが戻ってきた。
すぐに向かうと、まさにクラウス様が魔法陣から出てくるところだった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
クラウス様はうれしそうに、かつナチュラルに私を抱きしめた。
ぎゃあああああああ!
だからやめい!
「やーめーてー! なんで無駄に動きがナチュラルなんですかっ!」
人前でなにしやがる。見てるのが実の兄たちだから、気まずさ倍増だ。
「リューファのところに帰って来られるなんて、こんなうれしいことはないな。そうか、結婚すれば毎日そうできる。よし、今すぐ結婚しよう」
「まだ私誕生日きてません!」
もがいてもクラウス様はどこ吹く風だ。
「法改正すればいい」
「私情で法律をねじ曲げないでください! ちょ、兄様たちも何か言ってやって!」
ジーク兄様は見ざる聞かざる。
ランス兄様は合掌してる。
こらああああ! 妹が助け求めてるのに見捨てるなあああ!
「すでに事実婚状態では? 一緒に暮らしてますし」
むしろいらん知恵授けんな、ランス兄様!
「ああ、そうだったな。もう嫁と呼ぼう」
「嫁じゃありません!」
声を大にする。
結婚してないってば! それどころか婚約解消申し出た!
ジーク兄様が首をかしげる。
「お前は『勇者の嫁』だろ」
「それは俗称でしょ!? キャラ属性でしょ?!」
「キャラ属性ってなんだ」
「生まれた時から世間的には嫁扱いされてんのに、なにを今さら……」
「私は婚約解消してって頼んだの!」
クラウス様がいい笑顔で、
「俺は承諾していない。リューファは変わらず俺の嫁だ。さて、疲れて帰ってきた夫を癒してもらおうか」
だれが夫だ!
私は抗議するも、むりやりつれてかれた。
クラウス様の部屋で、ソファーに座ったクラウス様の膝の上にのっけられる。もうこの状態がデフォルトになりつつあって嫌だ。
……でも恥ずかしがってはいられない。
クラウス様は私が逃げるから追いかけてくるのだ。大人しく従ってれば、「なーんだ」と興味をなくすはず。だから興味を抱かせない対象になるんだ!
あらんかぎりの精神力をかき集め、羞恥に耐える。
顔が真っ赤でスカート握りしめてんのは見逃してくれ。
クラウス様が腰に手を回して髪の毛に顔をうずめてるけど、耐えろ私!
目指すは認識されない存在感の薄さ、そこらの村人A!
兄たちよ、生暖かい目を向けるのはやめて!
「し、首尾はどうだったんですか……っ」
なんとか水を向ければ、クラウス様はネックレスを出した。
直接持たず、魔術の施されたハンカチにくるんでいる。私が前にあげたものだ。魔物討伐の時もそうだが、手に入れたお宝ってのは触るとまずいものもある。呪いがかかってるとか、へんなもんに憑りつかれちゃうとかね。
ちなみにクラウス様や兄たちの手袋にも同じような魔術を施してある。
「これがそうだ。本に描かれていたのと同じものだと思うが」
私はハンカチにのせたままテーブルに置き、じっくり観察した。
「本物ですね。なんとなく分かります」
クラウス様も兄たちもほっと力を抜いた。
「よかった。妙な乱入者がいたから、すりかえられてたらと心配したよ」
「乱入者?」
素知らぬ顔できく。
「待機してたら、急に大きな音がして周囲の結界が消えたんだ。何事かと思って突入したら、城内の人間は全員眠らされてた。用心棒の賞金首も倒れてたよ」
「ふぅん」
ところで私はそいつの賞金はもらえないな。別にいいけど。それくらいの金額よりケタが大きい額を、一個魔具を浄化すればもらえるし。
「やったのは謎の男。怪盗だって名乗ってた。そいつの目当てもこのネックレスだったらしい」
クラウス様が眉をひそめる。
「どうやらそいつも封印のアイテムのことを知ってたみたいだが、どこで知ったんだ? しかも、おかしなことに、あっさり私に渡してきた」
知ったのはその場にいたからですけどね。
「そのまま盗んでいかなかったんですか?」
「この通りくれたよ。目的は同じと言っていた。つまり奴も魔王復活を阻止したいとみえる。確かに悪意は感じなかった」
「代わりに確保してくれたんなら、いいじゃないですか」
ねえ?
「だが、正体不明の輩が同じものを狙ってるのは見過ごせない。捕らえようとしたら逃げた」
「あらら」
「それさ、おかしいよな。オレたちにも連中にも気づかせず侵入し、同じように逃げた。調べてみたけど城内に転移魔法が仕掛けられてた形跡はなかったし。絶対跡が残るはずなのに。しかも、『勇者』のクラウスから逃げられるなんて」
ジーク兄様はくやしそうだ。
今まで取り逃がした獲物はいなかったもんね。
ジーク兄様が唯一取り逃がしたのはアレか……。……好きな人……。
追っかけ続けてるけど……。毎回こっぴどくフラれてるのにめげない。そのネバーギブアップ精神はすばらしいとは思うが、その暑苦しいところが駄目なんだと思う……。
と思ってたら、今もメラメラ燃えてた。
「うおおおおお、燃えてきたああああ! 倒しがいのある奴と会うと、闘争心に火がつくな!」
いや、物理的に燃えてるよ。
ランス兄様が冷静に周囲へバリア張った。
やっぱり男って、てごわい相手だとやる気出すよね。従順でおとなしいのを演じよう。私、見かけは小動物だし。
膝の上で大人しくしてることにした。
「えー、ジーク兄様はほっといて……と。まず浄化しますね」
呪文を唱えて手をかざす。ネックレスを光が包み、浄化完了。
「はい、終わりです。もう素手で触ってもいいですよ」
「いつもながら早いな」
「『招かれざる魔女』封印のアイテム浄化がそんなさくっと終わりでいいのか?」
「慣れてるから。固い封印で、全然外に漏れだしてないしね。さあ、詳しく調べ……」
パン。
触れた瞬間、なにかが割れた気がした。
映像が脳内で再生される。
―――これはだれの記憶?
……だれかが笑ってる。
笑いかけている先は……だれ?
どちらも顔がぼやけてはっきりしない。
白いローブをまとった魔女。長い髪がひるがえる。
これは彼女の記憶?
「大丈夫。私が姫を助けます」
彼女は生まれたばかりの姫を抱く妃に告げた。
周りにはたくさんの魔法使い。しかしすでに「贈り物」を終えている。
救えるのは彼女しかいなかった。
「死の呪いは取り消すことができない。それでも変更はできます。微妙な修正なら可能。……姫は死ぬのでなく、百年の眠りにつくことにします。百年後、必ず目を覚ます」
この話は。
呪いが発動する年、現れた魔女。姫の誕生祝に唯一招かれなかった、招かれざる魔女。
糸巻きのつむに刺され、姫は倒れる。
呪いは発動した。そして『最後の魔女』のかけておいた魔法も。
姫を守るための魔法。
いばらが城を覆う。
彼女―――『最後の魔女』が悲痛な思いで手を伸ばす。でも彼女にできることは百年の間姫を守ることだけ。決して呪いを消すことはできないのだ。
強烈な無力感と悲しみ。
私のせいだ、と彼女は自分を責めている。
なぜ? 彼女はできる限りのことをしたのに。疑問が浮かんでくる。
いいえ、私のせいだと彼女は繰り返す。
《ごめんなさい、ごめんなさい。必ずや私が、あいつを―――》
「眠り姫……っ!」
とっさに宙へ伸ばした私の手をクラウス様がつかんだ。
「リューファ!」
耳元でする力強い声が、私を現実へ引き戻した。
「……あ……」
今のは……。
クラウス様が呼びかける。
「リューファ、大丈夫か?!」
「大丈夫……です。残留思念でしょうか……。それに共鳴しただけなので……」
浄化すれば残留思念も消えるはず。失敗したか?
いや、そんなはずはない。確かに浄化は成功してる。
「『最後の魔女』の思念ですね。わずかに記憶が見えました」
「『最後の魔女』の?!」
兄たちも驚く。
「作った本人、しかもかなり力の強い魔女だ。残留思念がついてても不思議じゃないな」
「なにか手がかりになる情報はなかったか?」
私は残念そうに首を振った。
「それが……『招かれざる魔女』が眠り姫に呪いをかけて立ち去った直後、呪いを修正した時のことで」
「うーん、それじゃ手がかりにはならないね」
ランス兄様がネックレスに触る。
「僕にも見せ……あれ? 反応しない」
おかしなことに、私が再度触っても記録は見えなかった。
「一回限りだったのかも。つけようと思ってつけた思念じゃないから。たまたま残ってただけで、弱かったのね」
「そうか、残念だな。……ああ、そういえば、もう一つある。こっちはなんなんだろう。例の怪盗がこれも渡してきたんだが」
クラウス様はもう一つの包みを出した。私が気になって預けた指輪だ。
あの時持ってってもよかったけど、後で気づかれたら「なんで怪盗が盗んでったものがここにあるんだ」って言われるからね。
私が怪盗だってバレたら怒られるのは分かってる。『勇者の嫁』が怪盗やったなんて、色々まずいからね。
勇者の嫁+怪盗=混ぜるな危険?
同じように浄化してから調べた。
「こっちは残留思念はないですね。というか、これは本に載ってないですよね? あ、でも、もしかして……」
クラウス様の持ってるコピーを出してもらった。原本は城に保管されてるから。
ページをめくり、絵の一つを指す。
「この指輪。これについてる宝石じゃないですか? 絵のほうがおおぶりで、台座も違うけど」
絵では一回り宝石が大きく、台座もがっちりしてる。
「元々の宝石をカッティングして小さくして、別の台座に付け替えたって感じですね。加工の跡があります。もしかしたら、入手しただれかがリメイクしたんじゃないでしょうか?」
「封印のアイテムをリメイク?!」
全員どよめく。
「そんなことしたら、術式が崩れて無意味になるじゃないか!」
ランス兄様が慌てて確認する。
封印術式はカッとされた表面部分に施されてたとみえ、ほとんどが削り取られてしまっている。
魔法陣っていうのは繊細なものだ。一文字間違えただけで発動しなかったり、逆にヤバい結果になったりする。
特に封印術は細かい。大体アイテムを使うわけだが、なにかの拍子にそれが破損すると封印が解ける。「昔封印した魔物が復活した」ってのはまさにそのパターンだ。
封印は意外とそういうリスクが高い。
術が破られないよう、封印された物は安全な場所に保管しなければならない。よくあるのは地中、遺跡、秘密の保管庫とか。
「見たこともない術式だね」
「うん、私も知らない。調べてみるね」
ヤバい系のアイテムについては私は専門家だ。
ジーク兄様がきく。
「ちょっと待て。封印のアイテムが壊されたってことは、魔王はもう復活してるってことじゃないか?」
否定したのはクラウス様だった。
「いや、それはない。もしそうなら、俺には分かるはずだ」
『勇者』は魔物の感知に長けている。魔王レベルが現れたら、たとえ気配を隠していても、無意識に「あれ、どこか分からないけどいる」とカンが働くはずだ。
「それに、一つのアイテムでは封印できず、複数使った。一つ壊れたところで、封印が少し緩くなる程度だ。完全復活するためには、全部を壊す必要がある」
「あ、そうか」
たぶんわざと複数のアイテムを使ったんだろう。そうすれば、封印を破るにはいくつもアイテムを壊さなきゃならない。面倒だ。
「ただし、少しでも封印が緩めば、『招かれざる魔女』ならなにをするか分かりません。思念体くらいは飛ばせる恐れがある。魔族に呼びかけて、よからぬことをしでかすかもしれませんね」
ありそうだね。
私はノートに術式をメモした。後で詳しく調べてみよう。
「これで二個手に入ったわけだけど、一刻も早く残りを集めなきゃならないのは変わらないわね」
「にしても……なんであの怪盗は外観も変わってるのにこれが封印のアイテムの一つだと分かったんだ?」
う。
なんでと言われましても。カンなんだけどな。
『勇者の嫁』のカンだろうか。私にもそういう能力があるのかもしれない。
「ね、怪盗ってどんな奴だったんですか?」
私はきいた。
変化魔法はちゃんと効いていたはずだが、効果のほどを確かめておこう。
「ん? こんなのだ」
ジーク兄様が紙に魔法で念写した。
ふおおおおおおお!
私は叫びたくなった。
まさにあの方! かあっこいいい!
気分が一気にヒートアップする。
「かっこいい……」
思わずほうっと嘆息した。
ん?
今、クラウス様がピクッとしなかった?
気のせいか。
そんなことよりあの方の絵姿を堪能する。
そうかー、この世界にはマンガやアニメはないけど、念写すればいつでも見られるんじゃないか。気づかなかったとは、私のバカ。
好きな作品は一ページも漏らさず記憶してるんだから、再現できるじゃないか! よし、コミックスを再現しとこう!
「…………リューファはそういう男が好みなのか?」
「え? そうですよ」
何も考えず答える。
あれ、かすかに震えてるけど地震?
んー、ここらへんて地震が起きる地形だったっけ?
「り、リューファ……っ」
兄たちがなにやら信号を送ってくる。「危険、ただちに中止」ってなにを?
ランス兄様が拳を握って力説する。
「だ、大丈夫です! クラウス様のほうが美形ですよ!」
「えー? そう?」
二次元は別格よ?
「こここ、こらあ。クラウス様は美形だろ、それは認めるよね?!」
「ああ、うん。昔から成長したらイケメンになるだろうなぁと思ってた。予想は外れなかったね」
『勇者の嫁』という絶対的婚約者がいなければ、さぞかし逆プロポーズされまくってただろう。
「ほ、ほら、リューファもクラウス様がイケメンだって言ってますよ!」
「んー、それはそれとして、これは別物なのよねー。二次元最高、クールジャパン万歳っていうか」
ぶつぶつ。
「なにを言ってるんだ? とととにかくやめろ。そ、そうだ、この封印形式! 調べてきてくれ」
「ん? ああ、はーい」
半ば無理やり兄たちに追い出された。
廊下で首をかしげる。
いきなりどうしたんだろ?
……ま、いっか。
実はさっき『最後の魔女』の記憶をのぞけた時、死の呪いを変更した魔法陣が見えたのだ。
一度かけた呪い、しかも死ぬレベルのを変えるのは困難。研究者として非常に興味深い。
「これは貴重な記録ね。よし、論文にしておこう」
さっそく頭の中で文章を組み立てながら、自室へ向かった。