6 勇者の嫁は規格外
なんでこうなった。
この世界に転生してから、一体何回このセリフをつぶやいただろうか。
私はソファーに座って天を仰いだ。見えるのは天井だけど。
「おかしいなー。予想では今頃感謝されて円満に婚約破棄、クラウス様は好きな人と婚約できてるはずだったのに……」
ハッピーエンドにしようと思ったのになぜだ。辞退した意味がない。
そもそもクラウス様は別の女性が好きなはずだ。身を引いた、嫌いな女をなぜ追いかけるのか。
追いかけ……。
…………。
…………。
「あっ、そうか!」
ひらめいた。
ポンと手を打つ。
頭上に電球マーク。
古典的表現。
「生物は逃げるものを追う習性がある。それね!」
なるほどなるほど!
魔物討伐でも、敵が逃げるとやる気出して追っかけてた。ジーク兄様と競うように走ってたっけ。
「相手が逃げてしまえば追いかけたくなる。なーるほど、だからか。もしかしたら、自分がフラれたのが許せなかったのかも? 男のプライドってやつよね」
ふむふむ、そういうことかー。
……って待てよ。
じゃあ、私の辞退は逆効果ってこと?
頭を抱えた。
「うーん、どうすりゃよかったのー」
だれか攻略本をくれ。もしくはググらせて。正解ルートを教えてほしい。
それならクラウス様から言い出してくれりゃよかったじゃないか。
「私には適当な人と結婚させる手はず整えてから発表すればよかっただけで―――」
「リューファがだれと結婚するって?」
いつの間に戻って来てたのか、クラウス様が目の前にいた。
ひいいいいいいいい!
完っ全に逃げた獲物を追いかける猛獣の目してる!
聞かれてた?!
こっ、恐い! なんか怒ってる! 周りブリザード吹き荒れてる!
ひ、火系の呪文唱えたい。父様かジーク兄様いれば氷溶ける……だめだ、勝てなさそう。
クラウス様は笑顔でトレイを置くと、隣に座った。
私は顔が引きつってた自信はある。
「なんだか一人でぶつぶつ言ってたみたいだが……リューファは俺以外に結婚の約束をした男がいるのか?」
「いません!」
正直に答えた。本当だ。
世界を救う『勇者』の嫁に求婚する男なんていない。
「わ、私はクラウス様の婚約者だったんですよ」
クラウス様の目がふっと優しくなった。
あ、なんか知らんけど助かった。
返事間違ってなかったっぽい。
「そうだな。でも一つ間違えてるぞ。リューファは今も俺の婚約者だ」
持ってきたスイーツの中からマカロンを取り、私の口に持っていく。
…………?
「えーと……クラウス様?」
「はい、あーん」
言われるまま、口を開けた。
あむ。おいしい。
うちの料理人も公爵家お抱えだから腕はいい。
咀嚼してたら、クラウス様のひざにのっけられた。
なあああああああ?!
一瞬でゆでダコ状態になる。
だからどうしてナチュラルにこういうことしてんすか?!
クラウス様はご機嫌で、
「照れて恥じらう姿もかわいい。好きだよ」
「そういうことは好きな女性に言ってください! 私から婚約破棄言い出したのがまずかったんですよね、プライドの問題で?」
「何のことだ?」
「逃げた獲物を追いかけたくなるのと同じことです! 自分の所有物だと思ってたものが人にとられて不満なんですよね」
「リューファが俺のものなのは事実だな。手放すつもりはないし」
ほらみろ!
恋愛対象じゃなくて所有物カテゴリじゃないか。
「自覚がないだけなら、自覚が生まれるようにするまで。せっせと求愛に励むことにするよ」
なんでうれしそうなんだ。話の方向性がおかしい。
……っは! そうか!
『勇者』は難攻不落の目標こそ燃えるもの。
私はこぶしを握り締めた。
「分かりました。私が逃げるから追っかけてくる。じゃあ、逃げなきゃいいんですよね」
「ん? まぁそれは……」
「逃げないで大人しく言うこときいてれば興味も失せるはず。なら、我慢してみせます」
「……何を言ってるんだかさっぱり分からないんだが……」
クラウス様が変な顔してるけどほっとこう。
そうよね。逃げなきゃ追っかけてこないんなら、興味をなくすようふるまうまで!
クラウス様は頭を振って、
「まぁいいか……。いちゃいちゃしても大人しくしててくれるなら……」
「何か言いました?」
「別に」
選択するルートを誤ったと気づいたのはかなり後のことである。
☆
クラウス様がうちに泊まることになった翌朝。
私はひじょーにゲンナリした気分で起きた。
ああ、夢だったらよかったのに……。
セーブポイントまで戻ってやり直したい。それってどこだよ。
コンティニュー機能がほしい。
「いかんいかん」
頬をパンパンたたき、気を引き締める。
朝から辛気臭い顔はだめだ。
トレーニングウェアに着がえて時計を見る。時計といっても機械じかけじゃなく、動力は魔法。外観はほぼ同じだけど。
朝五時。いつも通りの時間だ。
地球のスポーツウェアと同じような動きやすい格好で部屋を出る。
玄関にはすでに同じような格好の兄たちが待っていた。ちなみにジーク兄様は赤、ランス兄様は青、私はピンクだ。
「おはよう」
お互い声を掛け合って、屋敷を出ようとした。
―――ら、上からものすごい速度でクラウス様が駆け下りてきた。
「どこへ行くんだリューファっ?!」
クラウス様のこんな姿を見たのは初めてだ。寝起きに急いでワイシャツひっかけてきた感じ。
私は兄たちを指して、
「どこって……恒例の早朝トレーニングですけど」
「トレーニング?」
まだ頭が働いてないんだろうか。この格好見りゃ分かると思うけど。
「あれ、知りませんでしたっけ? 我が家は毎朝自主トレするのが日課なんです」
「……そういえばそうだったな。小さい頃一度見たことがあるが、まだやってたのか」
「父なんかとっくに起きてやってます。私達は大体兄妹一緒に」
「ちょっと待ってろ。着替えてくる。俺も行く!」
返事を待たずにクラウス様は飛んで行った。すぐ軍服姿で引っ返してくる。
魔物退治の時もクラウス様は基本この格好だ。あとは甲冑つける程度。これが一番動きやすいのだろう。
剣は置いてきたっぽい。まぁ魔法で簡単に出せるから。
「それはいいけど、無理するなよクラウス。じゃ、行くぜ」
しゅぱーんと兄たちが消えた。
転移魔法ではない。物理的に走り去ったのだ。
すでに点。
「え?」
クラウス様が目をしぱしぱさせた。
私はクラウス様をひっぱる。
「敷地内にトレーニング場所がありますが、そこまでウォーミングアップに走るんです」
「ウォーミングアップって速度じゃないぞ?! あれ、本気で走ってるじゃないか!」
「兄様たち、どっちもしょせんスポーツ万歳ですから。競争してます。私達も行きましょう」
小動物に見える私だが、仮にもアローズ公爵家の娘。身体機能は高い。
兄たちに勝るとも劣らぬスピードで走った。
それに余裕でついてこれるクラウス様もすごいと思う。
「あ、一応言っときますが、途中気を付けてくださいね。トラップがあります」
「トラップ?」
いきなり足元がパカッと割れて落とし穴ができた。
すばやく飛行魔法展開させて回避する。
空を飛ぶにはいくつか方法ある。ホウキなどアイテムを使う。足に飛行系の魔法をかけて飛ぶことも可能だ。
クラウス様も同様に回避。
「バンバンくるんで、油断しちゃだめですよ」
すかさず上空から火の玉がふってくる。
背後からは転がる巨岩。
いきなり濁流。
弓矢の集中砲火。
ここでなぜか早押しクイズ。
次から次へとトラップが襲ってくる。
まるでRPGのトラップ見本市だ。これだけあるとバーゲン大安売り。
ところで最後の早押しクイズはなに?
時にはかわし、時には防御、攻撃、解除して突き進む。
私もクラウス様も道具なし、ノータイムで魔法を発動できるから可能なことだ。
ものによっては必要になるけどね。
ありとあらゆる罠をくぐり抜け、トレーニング場へ到達。
あ、今日はフィールドが荒野になってる。魔法で模様替えできるのよ。
「なんであんなにトラップがあるんだ」
精神的に疲れたといったふうにクラウス様がぼやく。
「兄たちの悪ふざけです。ほら、魔物のいるダンジョンってトラップあるじゃないですか、それの訓練ってことで」
ギャグか!っていうトラップは完全にランス兄様の悪ふざけだ。
「普段からこんなことしてれば、平然としてられるのも分かる。……昔はなかったと思うが?」
「いつ頃からかやり始めて、年々エスカレートしてます」
そろそろ止めるべきかと思わなくもない。
「止めたほうがいいぞ。それはあれもか?」
フィールドのド真ん中で兄たちがガチバトルしてる。
流れ弾が飛んできたから、はじいておいた。
ていっ。
「あれ、特訓です」
「どう見てもガチでやってるぞ」
「訓練でもガチでやるのがうちの兄です」
「そういう性格なのは知ってる……知ってるが……」
トップクラスの攻撃魔法がフツーに連発されてる。一般人が見たらビビるだろうな。まるきり世紀末だ。
あ、雷落ちてきた。
えいっ、ぺしっ。
防御魔法かけた素手で追っ払う。
それにしても音うるさい。
防音障壁やってなければ、隣近所から苦情が来るぞ。
「じゃ、私も参戦してきまーす」
「待てええええ!」
後ろから羽交い絞めにされた。
「危ないだろ!」
「あー……まぁ、見た目はレベル99の人型モンスター頂上決戦みたいですが、いつものことなんで。ではっ!」
しゅたっ!と敬礼して、元気よく飛び込んでいった。
満足して戻ってきたら、クラウス様はなんか遠い目してた。