5 勇者の嫁の兄その1の心情
固まっている妹とその婚約者を残し、オレとランスは部屋を出た。主君が「早く行け」とオーラを飛ばしていたので。
このままだとオレたちの身も危ない。八つ当たりが飛んでくる。
勇気ある撤退も時には必要だ。
妹には悪いが、あきらめてもらうしかない。
オレはそう思った。頭をかきつつ、
「クラウスのやつ、リミッター外れるとああなるんだな。本性分かっちゃいたけどよ」
「会話と態度に改善が必要と悟ったとたん、つきぬけたね。よっぽどショックだったのかな。ふりきれたというか」
「オレたちも止めないの分かってるからな。止めたら元のもくあみだ。リューファが嫌われてると思い込む。かわいい妹にいちゃつかれると正直殴ってやりたいが、リューファのためだからなぁ」
複雑な兄心である。
ランスは肩をすくめて、
「リューファには幸せになってもらいたいからね」
「その通りだ。邪魔はするなよ」
背後から聞こえてきた声に、ジークもランスも飛び上がった。
「クラウス! 気配消すなよ!」
『勇者』の才能ムダに使ってんじゃねーよ。
慌てて振り向けば、『勇者』がとても勇者とは思えないどす黒い笑みを浮かべていた。
やっべ、マジだこいつ。
背中を滝のように汗が流れる。
オレは首振り世界記録←なんだそれ、に挑戦する勢いで首を振った。
「しないしない!」
ていうか、できるか!
クラウスはとんでもなく強い。『勇者』はダテではないのだ。
本気出されたら、オレでも危ない。
オレだってまだ死にたくはない。
「リューファだってお前のことが好きなんだ、両想いなのを邪魔はしねーよ!」
ふっと殺気が消える。
助かった。
「……そうか?」
ランスが勢いよくうなずく。
「そうですよ! パニックになった時、クラウス様が抱きしめたら落ち着いたっていうじゃないですか」
「そうそう。さっき気づいたも、俺たちだっていたのにお前の名前しか呼ばなかっただろ。抱き寄せても大人しくしてたし」
あれはハタから見ればカップルがいちゃついてる以外の何物でもない。
「……一度でも言ってくれたことはないが」
「それはそうですよ。リューファはクラウス様に嫌われてると思ってますから」
ズドンと周りの空気が重くなる。
うわぁ、すごいへこみっぷり。
「たぶん、リューファは自分がクラウス様を好きだと自覚していません。自覚するより早く、嫌われていると思ったからです。予言があるから仕方なく婚約してくれてる相手に好意を抱いても無意味。その時点で、その手の感情にフタをしてしまったんでしょう」
「…………」
自業自得さにクラウスの周りの空気が悪化する。
身から出たサビとはいえ、かわいそうだな。
「それが今も続いてるんです。いくら言っても信じないのはそのせい。長年にわたって自分に課してきた考えを変えるのは容易なことではありません」
「じゃあ、例の贈りそびれたプレゼント部屋に連れてっても無理ってことか?」
オレはたずねた。
「自分がいたせいで好きな女性に渡せなかったものがこんなにあると思うだろうね。リューファにとってクラウス様は、婚約者なのに恋してはいけない相手なんだよ。予言のせいでクラウス様が自分に縛られている。申し訳ない。クラウス様のために婚約を解消するのが一番いいと考えてるんだ」
婚約者なのに恋愛感情を抱いてはいけない相手。
なるほど、ランスの言うことは言いえて妙だ。
「……じゃあ、どうすればいいんだ」
クラウスが血を吐くような声できく。
「地道に分かってもらうしかないですよ。僕らも協力しますから、どうぞいちゃいちゃしててください」
オレもこぶしを握る。
「そうだ! ……百歩譲ってキスまでなら許す! リューファに自覚を持たせてやってくれ」
むろん、リューファを強制的に結婚させることは可能だ。しかしそうすればリューファは悲しむ。周囲もいくら予言があるとはいえ、一人の少女の気持ちを無視してまで結婚を強要しようとは思っていない。
「お前が泊まる部屋はすぐ用意させる。リューファのすぐ近くにな。ただ言っとくが、最大でもキスまでだからな! 結婚前に本当に手を出したら許さないぞ!」
くぎを刺すのは忘れないオレだった。
「……そうか。なら、ついでだ。リューファに出すから用意しろ」
クラウスが述べたのはリューファの好物ばかりだった。微妙な思いでうなずく。
クラウスはリューファの好きなものを熟知している。リューファが出席する王室主催の行事で好物ばかり並んでいるのも当然なのだ。そういう根回しをしているんだから信じてやれよと思う。
「分かった。すぐ用意させるから待ってろ」
気の毒になってきた主君のために走るオレだった。