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4 勇者の嫁と封印のアイテム

―――帰りたい。

 そんな言葉が浮かんでくる。

 ……ああ―――いつもの夢だ。

 真っ暗な空間に私が一人でいる。

 ただあるのは「帰りたい」という思いだけだ。

 どこへ?

 分からない。分からないけど、帰りたい場所がある。

 私はそこへ帰らなければならないのだと、強く思う。

 だからなのだろうか。クラウス様に婚約解消を申し出たのは。

 私はいつかどこかへ帰らなければならない。私の帰るべき場所はここではないから。

 物心つく頃から見ていた夢。昔からあった、消えない思い。

《……帰りたい。私を帰して》

 私の中のだれかが叫んでいる。

 ―――どこへ?

《それは―――……》

 翌朝私は泣きながら目が覚めた。

 ……あの夢を見る時はいつもこうだ。

 決して消えない強い思いが私の中にある。なぜなのかは分からない。

 顔を洗い、涙を消すと着替えようとした。

 そこで屋敷がやたら静かなのに気づいた。

 あれ? 

 いつもなら、兄様たちと早朝トレーニングなのに。

 確かめてみると、兄も父もすでに城へ出かけたとのこと。

 なにか重大事件でも起きたのだろうか。母いわく、朝一で招集がかかったらしい。

 はて、と首をかしげた。

 魔物関係ではない。それならば、『勇者』のパーティーの一員である魔法使いの私にも声がかかるはずだ。

 それに、緊急招集かかるほどヤバい魔物なら、私の水晶玉にもうつるはずだ。それがないってことは、魔物じゃないだろう。

 出動命令がかかってないなら、予定通り外出しよーっと。

 トランクに荷物をつめて出かけようとしたら、ドドドドドとものすごい足音がした。

「ん?」

 廊下をものすごい勢いでクラウス様・王・父・兄たち・王妃が走ってくる。

 城に出かけたはずなのに、なぜ建物内から走ってくるのか。その答えは簡単だ。『勇者の嫁』が暮らすこの屋敷には、非常時用に城直通の転移魔法陣がある。

 魔物が『勇者』を狙うのは当然のこと。でもクラウス様がむちゃくちゃ強いもんだから、そんなら弱そうな嫁のほうを殺してやれ、と私が狙われたことがあったのだ。

 小動物みたいな外見な上、周りにいるのは屈強な兄たち。余計弱そうに見えるのよね。

 だからうちの警備は王族並み。化け物かってくらい強い兄二人と父もいることだし、下手に攻めてきても返り討ちにされるのになぁ。だから「非常時」なんてなったことがない。

 今じゃ、父や兄たちがフツーに通勤に使ってるわ。

 ……まぁ、私も魔物くらい自力で倒せるしねぇ。

 容姿と『勇者の嫁』ってフレーズで弱者に思われがちだが、私は国内でも指折りの魔法使いだ。研究や防御魔法のほうが性格的にあってるだけで、やろうと思えばできる。

 十歳くらいだったかな、魔物討伐の時。クラウス様を倒せないからって、こっちに向かってきたヤツがいたんだよね。被害総額約八億円クラス。それを一撃で倒してのけたことがある。

 クラウス様も兄たちも目が点になってた。

「これでも手加減したのよ? この魔物の骨、貴重な魔術道具の材料なんだもん。粉砕したらもったいないじゃない」

 って解体してたら、周囲にいた兵士みんな後ずさってたっけ。

 意味が分からない。倒したモンスターを道具の材料にするのはRPGじゃ普通じゃん?

 大体、魔法使いはよくやってることだ。

 ただ私の容姿でびっくりされただけ。

 危険な植物や毒物だってよく使う。大なべに煮詰めて「イーヒヒヒ」とは言わないけど。

 マンドラゴラとか有名だよね。私は普通に引っこ抜き、叫ばれる前に地面にたたきつける。そうやって「黙れ」って踏みつけると大人しくなるよ。

 だってうるさいんだもん、あれ。何デシベルよ。計ってみたい。

 そんなことしてたら、

「『勇者の嫁』が弱そうな見かけなのは罠だ! マジやべぇ! 色んな意味でヤバさが半端ねぇ!」

 って魔物の間で口コミが広がったそうな。おかげで襲撃回数はめっきり減ってしまった。

「残念だなぁ。せっかく素材のほうから来てくれてたのに。狩りに行かなきゃならないじゃない」

 とぼやいてたら、ジーク兄様が口の端ひきつらせてた。

 だって、モンスター探しって面倒なのよ? ゲームと違って、決まったエリアにいるわけじゃないから。

 ……そういえば、そろそろ欲しい材料があるんだっけ。狩りに行かなきゃならないかもなぁ。後でひとっとびして獲ってくるか。

 そんなこと考えてたら、ズドドドドと走る一団は私の前で止まった。あっという間に取り囲まれる。

 なにごとですか。

「リューファっ、殿下に婚約解消を申し出たというのは本当か!」

 父が暑苦しい顔で迫ってくる。思わず後ずさった。

 あっついから離れてもらえないかな。

 って、ん? ああ、その件か。

 ていうか、あれ? そんなに必死こくこと?

 ……もしかして、婚約解消って「非常事態」?

「うん……本当だけど」

 事実なのでうなずいてみせる。

「なぜだっ。リューファ嬢、うちのバカ息子が何かしでかしたなら謝罪する。直せるところは、いや、直せなくても直させるから言ってくれ!」

「そうよっ、土下座でもなんでもさせるわ! このアホを見捨てないでちょうだい!」

 必死になって言いつのる王夫妻。

 けっこうひどいこと言ってる気がする。

「いえ別に……クラウス様は悪くないですよ」

 他に好きな人ができてしまったのは悪いことではない。婚約は周りが勝手に決めたことだから。

「私のことはいいんです。クラウス様を好きな人と結婚させてあげてください。嫌いな私なんかとむりやり結婚させても、みんな不幸になるだけです。お願いします」

 むしろ頭を下げた。

 そしたらみんなに頭を上げろと言われた。

「なんでお前が頭を下げる?!」と父。

「え? だって、クラウス様は私のことを考えて言えなかっただけだから。逆に申し訳ないじゃない」

「だからなんでそんな誤解してるんだっ」

 クラウス様が私の両肩をつかみ、なかばヤケクソで叫んだ。

「俺はリューファが好きなんだっ!」

 し――――――ん。

「よく言った!」と王。

「やっと言った!」と王妃。

「遅ぇよ!」とジーク兄様。

「よくがんばりましたね」とランス兄様。

「ようやくですな」と父。

 なんかてんでばらばらに似たようなこと言ってる。

 私は小首をかしげた。

「あのー、ですからそんな嘘はいいですよ」

「……は?」

 全員異口同音。見事にハモった。

「私が『勇者を助ける』と予言されてるから、クラウス様は婚約せざるをえなかった。分かってます。嫌でも拒否できない。婚約解消したいと言っても、周りがこうやって許してくれない」

「いや、あの……」

「ご安心ください。解消しても、私が『勇者』のパーティーの一員なのに変わりはありません。……あ、待てよ。私の顔なんかもう見たくもないですよね。元婚約者がチームにいれば、クラウス様の恋人も不快に思うでしょうし……。分かりました! 抜けます。メンバーでなくなっても、要請があれば協力しますよ。でももうクラウス様とはお話ししませんので大丈夫です」

 クラウス様は口を開けたまま固まってる。

 言いたかったけど言えなかったことを私が全部代弁してくれたから、うれしいのだろう。

「じょ、冗談じゃない! リューファ、抜けちゃだめだ!」

 ジーク兄様が血相変えてる。この世の終わりって表情だ。

「兄様、クラウス様は確かに『勇者』だけど、それ以前に一人の人間なのよ。『勇者』だって生まれた時から決められてるのも気の毒だと思うの。なら、せめて妻だけは自由に選ばせてあげて。本当に好きな人と幸せになってほしいの」

 私は改めて頭を下げた。

「―――どうかお願いします」

 私にできるのはこれしかない。

 長年縛りつけてしまった詫びになるかどうか分からないけど。

 呆然としてたクラウス様が、ふと私の持ってるトランクに目をとめた。

「……リューファ。まさか、好きな男がいるのか?」

「は?」

 今度は私が聞き返す番だった。

「何を言ってるんですか」

「だから! 好きな奴ができたのか? そいつと結婚したいから婚約破棄なんて言い出したのか?!」

 がしっと肩をつかまれる。

 痛い。

「いませんよ、そんな人」

 眉をしかめて答える。

 恋愛経験がない私への皮肉か。どうせ前世でも恋人なんていませんでしたよ!

「本当か? 本当だろうな」

「これは本当だと思います、殿下。リューファはそういう嘘をつく娘じゃありません」

 父が否定してくれる。

「そもそも、そんな輩がいたら私と息子たちが全力で潰してます」

 今の言葉は聞かなかったことにしとくよ、父様。

 クラウス様はちっとも信じてないみたいだ。腕の力がちっとも弱くならない。

「これからどこへ行こうとしていた? まさか、そいつに会いに行くつもりだったんじゃないだろうな」

 目がすわってる。こわ。

 魔物退治の時でも、こんな目してなかったよね。

 なんで怒ってるのー? 私はむしろ不本意な婚約から解放してあげたんじゃない。

 喜びこそすれ、怒るとこなんてあった?

「どこって……魔法道具屋ですよ。行きつけの。納品です」

 トランクを指す。

「納品?」

「はい。私は呪われた道具とかの浄化が得意じゃないですか。綺麗にすれば、そういうのってけっこう高値で貴重な魔具だから、店に卸してるでしょ」

 魔法使いの中でも私は特殊な部類に入る。魔具を作るんじゃなく、「呪われた○○」「悪い魔女が使ってた道具」とかの浄化が得意なのだ。

 これができる魔法使いはとても少ない。

 そういう危ない魔具はたいてい、何か事件の押収品として国や軍が回収する。でもその後が困るわけ。封印するなり、きちんと処分するなりしないと、またどうなることやら。

 そんな時は浄化できる魔法使いが招集される。ぶっちゃけ、あったって面倒だからとタダ同然で払い下げられる。むしろ金払うから浄化してくれって頼まれる。

 上手く浄化できれば、役立つアイテムに早変わり。元々そういう呪いがかけられるってことは、キャパシティが大きい魔具ってことだからね。

 もちろん売る際には、二度と悪いことには使えないよう改良が義務付けられている。

 これがいい仕事になるんだな。

 実のところ、私はこれだけで銀行残高がとんでもない数値になっている。ゲーム内のコインみたいなケタ数だ。

「もうかるならやりたい!」って?

 やめたほうがいい。下手に手を出すもんじゃない。危険な魔具を使うのは相応の知識と経験が必要。失敗すると逆にとりこまれる。

 事実、過去安易にやろうとして失敗、取り込まれてしまい、命を落とした例がある。

 もうかるけど危険性も高いのが、浄化を請け負う魔法使いが少ない理由だろう。普通に病気の薬を地道に売ったほうが安全で堅実に稼げる。

 中でもトップクラスの浄化魔法が使える私は魔具研究が好きで、どんな払い下げ品も断らない。むしろ「研究材料タダでくれたぜ、ラッキー」くらいにしか思ってない。

 『勇者の嫁』なら色んな意味で安全だというわけで、しょっちゅう頼まれていた。近隣諸国から依頼されることも多い。

 ……というか、私が『勇者を助ける』と予言されたのはこの力ゆえだろう。悪い魔法を浄化する力は貴重な戦力だ。

「今回はけっこうステキなのができたんですよ! 見ます?」

 ぱかっと開けると、中から出したのは五人くらい座れそうなサイズの絨毯だった。

「ラプンツェルの髪で作った空飛ぶ絨毯です! どう? 模様とか、凝ってみたんですよ。キレイでしょ」

「……ラプンツェルの髪?」

「ほら、この前ランス兄様が持ってきたじゃない。隣の国で女の子を監禁してた魔女が使ってたって。当局が証拠品として押収したはいいものの、処分に困ってるからもらってきたやつ」

「ああ、隣の国の軍部の知り合いからね。あっちには優秀な浄化魔法の使い手がいないそうだ。けっこうな値段で依頼されたよ」

「そうそう。で、元々体が浮くって魔法がかかってたから、それを生かして空飛ぶアイテム作ってみたの。どう?」

 髪の毛を刺繍糸に加工して縫ってみたのだ。せっかくだから模様はラプンツェルの物語をモチーフにしてみた。

「……それ使って好きな奴と逃げようと思ってたんじゃないだろうな」

 クラウス様の声が低い。

 はあ?

 だから違うって言ってるじゃないか。

 いいかげん嫌になってきた私はにらんだ。

「私も恋人がいてお互い別の相手と結婚するから婚約破棄、なら外聞がいいのは分かりますが、いいかげんにしてくれません? とにかく私は納品に行きますので」

 やってられなくて、絨毯をしまうと出て行こうとした。

 すると、クラウス様がトランクをひったくり、私を引っ張っていく。

「俺も一緒に行こう」

「はあ? ……別に構いませんが、予定がおありでは?」

 皇太子はそれなりに忙しいはずだ。

 王が後ろから叫ぶ。

「お前の予定は当面全部キャンセルだ! リューファ嬢と一緒に行けっ!」

「言われなくてもそうしますよ! 行くぞ、リューファ」

 はいー?

 私はトランクと共にペガサス馬車につっこまれた。


   ☆


 車中のクラウス様は超絶不機嫌だった。

 逃がすかと言わんばかりに、腕はつかまれたままだ。

 意味不明にもほどがある。マジイミフ。

「あのー……クラウス様、放してもらえませんか」

「断る。逃げるつもりだろう」

「逃げませんよ。逃げるってどこへです? そうでなくて、痛いです」

 痛みを訴えれば、クラウス様は放してくれた。

「す、すまん。痕がついてないか? リューファのきれいな肌に痕でも残ったら」

 慌てて袖をめくり上げ、痕になってないのを確認すると、安心したように息を吐く。

 それにしても、さっきからよくしゃべるな。

 正直に言ってみた。

「珍しくよく私としゃべってますね。無理しなくていいんですよ。会話するのも嫌なんでしょう?」

「違う! リューファが好きすぎて、緊張してまともに話せなかっただけだ」

「まーたまた、ご冗談を」

 パタパタ手を振る。

「ここには私達しかいないんですよ。嘘つく必要ありません」

 元婚約者の機嫌をとる必要はない。

「嘘じゃない。俺は昔からリューファが好きだった。好きな女が婚約者なんてうれしくて、嫌われたくないし、どうしたらいいか分からなかった。婚約なんてすっ飛ばして、法改正していますぐ結婚したい。いつも傍にいてほしい。一日中リューファを眺めることしかしたくない」

 ひょいと持ち上げられ、膝の上にのっけられて抱きしめられた。

 ぎゃあああああああああっ?!

 悲鳴をあげなかったことはほめてもらいたい。

 絶叫してたら、ペガサスが驚いて暴走してた。

 私は真っ赤になって固まるしかなかった。

「く、クラウス様?!」

「ああ、リューファは柔らかいな。抱きしめたら壊れそうだったから躊躇してたけど、もっと早くこうすればよかった。いい匂いもする」

 鼻をくんくんさせて私の髪にかおをうずめるクラウス様。

 に、においフェチ?! 特殊な性癖はかんべんしてください!

 いや、それ好きな人にはやらないほうがいいと思いますよ?! ドン引きされます!

 逃げようともがいた。

「は、はなしてー! やだっ、においとかかがないで!」

 仮にも乙女として断固拒否する!

 そりゃ公爵令嬢として身だしなみは完璧だけど、そういう問題じゃないっ!

「甘くていい香りなのに」

「たぶんシャンプーの香りです! ただそれだけです! フェチの内容暴露されても困りますー!」

 クラウス様はむっとして、

「そういう性癖はない」

「思いっきり誤解招く態度ですよ?!」

「リューファが好きなだけだ。それにしてもいい抱き心地だな。すっぽり腕に収まる。常に携帯していいか? リューファが不足して死にそうなんだ。常時抱きしめてれば落ち着くかもしれない」

 なんかどんどんヤバいこと言い出してる気がする。

 一周して冷静になってきた。

「クラウス様、私を抱き枕かなにかと間違えてませんか」

「ああ、それはいいな。リューファがいるならよく眠れると思う。結婚したら抱きしめ放題か。よし、今すぐ結婚しよう」

「クラウス様が結婚するのは好きな人とでしょう。私じゃありません。もう二人きりになるのはやめたほうがいいですよ、その人に勘違いされます」

「勘違いしてるのはリューファだろう。俺が好きなのはリューファ、結婚するのもリューファだ。婚約者同士なんだ、二人きりになって何が悪い。ジークもランスも目をつぶってるじゃないか。むしろ周囲には何かあったと勘違いしてくれたほうが好都合だな。リューファは俺のものなんだから」

 額にキスされる。

 私達は婚約者同士だ、これくらいは挨拶の範囲内で時々やってる。

 が、今回はあきらかに違った。

 顎をつかんで上向きにされたかと思うと、唇をふさがれた。

「ん――――――っ!」

 ななななな!

 渾身の力でクラウス様を突き飛ばそうとした。びくともしない。

 攻撃魔法を使わなかったのは、主君だからだ。

 暴れて逃げ出そうにも、がっちりつかまれていて動けない。

 さすがは『勇者』、魔物退治で相手を押さえ込む術を知っている。

 前世でも私に恋人はいなかった。キスの経験なんかない。

 呼吸の仕方も分からず、酸欠になりかけた。

 ちょ、死ぬ。マジで息できなくて死ぬ。

 酸欠という意味で真っ赤になって腕をバンバンたたけば気づいて放してくれたが、私が真っ先にしたのは怒鳴ることではなく酸素を取り込むことだった。

 ぜーはー。

 死ぬかと思った。またこの年で、今度はこんな死因はかんべんしてくれ。

 羞恥と酸欠で真っ赤になった顔でにらみつける。

「なにするんですか!」

「リューファがかわいいから我慢できなかった」

 再びぎゅっと抱きしめられる。

「何言っても信じてくれないなら、行動で示すしかないだろう。もう何年も我慢してたんだ。婚約者同士で、だれにも咎められることはないのに」

「……軽蔑します」

 ぽつりとつぶやいた。

「えっ?」

 クラウス様がやばいと腕を緩める。

 私は思いっきりにらみつけた。

「陛下に言われたからでしょう。予言の娘はなにがなんでも手放すなって。ちゃんとお手伝いはしますって言ったじゃないですか。もう演技はけっこうです!」

 唇をぬぐう。

 泣きたくなる。ファーストキスがこれなんてあんまりだ。

 ……でもクラウス様は婚約者だった人。なにもなければ結婚していた人だ。キスしてもおかしくなかった相手。あきらめもつく。

 クラウス様はしばらく青ざめていたが、やおら手を握り締めてきた。

「―――分かった。信じてくれないのには、俺の過去の行いに原因がある。非は素直に認めよう。無口クール系キャラはもうやめだ。なんとしてでもリューファに俺を好きになってもらうよう努力する」

 なにやら宣言された。

 え? なんでそうなった?

 今の流れでどうしてそこに着地するよ。

 キスの衝撃がぶっとび、おそるおそる言う。

「私、婚約破棄したはずですが……」

「絶対破棄しない。大好きだ、リューファ」

 何年ぶりかというくらい久しぶりにまっすぐ目を見て明言された。

 いやだから、結婚やめましょうよ……。

 『勇者』は攻略しがいのある獲物を見つけた時みたいに闘志満々だ。

 しかもあろうことか、甘い言葉たれ流して過剰なスキンシップしてくる。

 無口で朴訥、真面目な『勇者』どこ行った?!

 脳みそフル回転しても、こんなクエストをクリアする方法は思いつかなかった。


    ☆


 私が品物を卸してる魔法道具屋は魔法使いの間で有名な店だ。

 城下のど真ん中にある、おばあさんが一人でやってる小さな店だけど。

「こんにちはー」

「おや、いらっしゃい」

 私が生まれた時、祝福を授けに来てくれたおばあさん魔女がカウンターのところに座っている。一番年長で、代表格だった魔法使いだ。

 現在いる魔法使いの中でも最年長。年は「レディーの年は秘密だよっ☆」とかいって教えてくれない。

 一般的に「先生」と呼ばれてる。魔法使いの元締め的存在で、年だから一線は退いてるものの、いまだその名は各国にとどろいている。

 この店の品ぞろえは豊富で、質もいい。ここにくれば魔法関係に必要なものはなんでもそろうと言われている。

 魔法使いのネットワーク中継地点でもあり、情報拠点でもある。

 先生は私の隣にいるクラウス様を見て、ほほえましげに言った。

「殿下が一緒とは珍しいね」

「デートだ」

 クラウス様が断言する。

「違います」

 私が即座に否定したのに、先生は信じてない。

「婚約者なんだ、今さら恥ずかしがることないだろうに。で、納品かい?」

「はい。空飛ぶ絨毯です」

 私達はスツールに座ると中身を出してみせた。先生は大喜び。

「おお、これはすごい。性能もさることながら、芸術品としての価値もあるね。高く売れるよ。この前のもすごい値がついたけど」

「前は何を作ったんだ?」とクラウス様。

「えーと、北の方の国で意地悪な小人のおじいさんがためこんでた宝石を使ったアクセサリーです。白薔薇と紅薔薇って姉妹を困らせてたみたいですよ。クマにされちゃった人もいるって。質がよかったから、浄化した後、ネックレスにしました」

「色々作ってるな……。昔、白雪姫の継母が使ってた魔法の鏡も加工してたな?」

「聞かれたことは秘密でも本当のことをしゃべってしまう機能は犯罪捜査に使えますからね。試しに作ってみたら、ランス兄様が速攻軍の公費で買い上げたんでしたっけ」

 腹黒でしたたかなランス兄様がどう使ってるのか、知りたくはない。

 防具や武器の類は、作る端から兄たちが買い取っていく。公費で。国で使ってるそうだ。

 実際魔物討伐の時に持っていき、役立ったことがある。

「今つけてるネックレスもその類のものか?」

 今は大ぶりのルビーがついたネックレスをつけている。

 ちなみにドレスは外出着なので比較的シンプルなワンピースタイプだ。やはり白ロリ系。

「はい。一応外出の際は魔具を携帯してますよ」

 護身用に防御魔法を仕込んだ魔具は必ず持っている。

 クラウス様が首筋に触れてきた。

「リューファより優秀な魔具の作り手はいないからな。似合うかと思っていくつも装身具を買ったが、リューファの作るもののほうが性能がいいから意味がなかった」

「はあ、そうですか」

 いやぁ、芸術的価値ならもっとすごいの作る人いっぱいいるよ。

「別に私はいりません。贈るべき相手に贈ってください」

「リューファ以外に贈っても意味がない」

 またそういうこと言う。

 先生は生暖かい目で見ていた。なぜだ。

「ところで、殿下が一緒なのはちょうどよかった。興味深いものが見つかりましてね、ご報告しようと思ってたところでしたよ」

 どこからか布に包まれたものを出す。結界が仕込んであるのが分かった。

「知り合いが偶然市で見つけたものです。売っていた奴も拾ったものらしい。中身は本ですよ。ただ古い言葉で書かれていて読めないから、私のところに持ち込まれました」

 先生は国一番の賢者だ。分からないことがあると聞きに行けば、たいていのことは教えてくれる。

 中には謎のアイテムを入手し、困って持ち込むケースも。ものによってはヤバいやつだったりするから、浄化が必要な時は私に声がかかる。

「かなり古い文字で、解読するのに苦労しましたよ。どうやら相当高度な封印のアイテムについて書かれてるようです」

 先生は布をめくった。そこにあったのは、古くて小さな黒い本。

 手帳といったほうが正しいかもしれない。

「――――――」

 私は黙り込んだ。

 妙な感じがする。

 邪気が少しあるから? いや、それほど強くはない。

 なぜだかは分からないけど、胸騒ぎがした。

 心臓の鼓動が早くなっていく。

「ふむ。少しだが邪気があるな」

 そう言いつつ、平然と触るクラウス様。『勇者』であるクラウス様に邪気は効かない。

「どれどれ」

 ぺらっとめくる。魔具の素描が描かれていた。

 ――それを見た瞬間、私は悲鳴をあげて飛び上がった。

「いやあああああ!」

「リューファ?!」

 クラウス様が驚いて腰を浮かす。先生も椅子から転げ落ちそうになった。

 何が起きてるのか、私にも分からない。ただただ恐ろしかった。

 嫌だ嫌だ嫌だ!

 帰りたい(・・・・)

 私を帰して(・・・・・)

 無意識に浄化魔法を展開する。

 空中に魔法陣が現れ、本を包みこんだ。一瞬で邪気が消滅する。

 全身の震えが止まらない。

 どうして。

 だれが私を。

 だれか助けて。私を一人にしないで。

 だれか――――――。

「リューファ、しっかりしろ!」

 クラウス様が私を強く抱きしめた。

 ……あたたかい。

 力強い腕。

「リューファ!」

 リューファ?

 ……ああ、私の名だ。

 私は―――リューファ=アローズ。

 目の焦点が合ってくる。

「リューファ、大丈夫だ。俺がいる」

 言い聞かせるように、クラウス様は何度も繰り返した。

 ……この人は大丈夫。

 ここなら安心できる。

「……クラウス、様?」

 ぼんやり問いかけた。

「大丈夫、大丈夫だ、リューファ」

「……はい」

 ああ、この場所なら私は安全だ。

 そんな確信があった。

 私はクラウス様にしがみついた。

「クラウス様、クラウス様……っ」

 力強い腕に包まれ、やっと震えがひいてくる。

 この人がいれば大丈夫。

「リューファ、大丈夫かい?」

 先生が心配そうにたずねる。

「これはそんなにヤバいものだったのかい?」

 私はクラウス様の腕を握りしめながら、首を振った。

「……それ自体は呪いのアイテムじゃありません。浄化したから、触っても平気です……」

「経験上、描かれてるのは封印系のアイテムに間違いないと思うが?」

「ええ、殿下。これは魔王を封じるためのアイテムだと書かれています」

「なんだって?!」

 クラウス様が目を見張る。

 『勇者』にとって魔王は宿敵。

「予言の魔王か?」

「はい。魔王はかつて封印されたと言い伝えがあります、おそらくこれらを使ったのでは?」

「複数必要だったのは、それほど強かったというわけだな。分散させて封じたか」

「魔王がどのような者だったか、伝説にも詳細はなく、ここにも記されてはいませんが……」

「―――あいつよ」

 気づけば私は口走っていた。

 クラウス様と先生の視線が集まる。

「リューファ?」

「あいつです、クラウス様」

 しがみついて言いつのる。

「絶対そうよ。あいつしかいない」

「どうした、リューファ。知ってるのか?」

「何か勘づいたのかい? だれのこと?」

「―――『招かれざる魔女』……」

 私はその名を告げた。

 クラウス様と先生の顔がとたんに強張る。

 この世界で『招かれざる魔女』といえば、一人しかいない。

 『眠り姫』またはいばら姫の誕生祝に呼ばれず、腹いせに死の呪いをかけた魔女のことだ。

 悪名高く、危険な魔女。

 呪いが発動する時に再訪し、眠り姫を誘導して糸巻きのつむが刺さるようにした。わざわざ十年以上待つあたり、執念深いと分かる。

 本名不明、もはや『招かれざる魔女』というあだ名のほうが有名すぎる魔女だ。

「『招かれざる魔女』だって?」

「そういえば、千年くらい前に行方不明になってるね。私も生まれる前のことだから、詳しくは知らないが」

「封印されたからだったってことか」

 先生はうなずく。

「かもしれません。悪名高いですからね、だれかが退治したんでしょう。聞いた話ですが、『眠り姫』の話には語られていない部分があるそうです。呪いが発動した時初めて、『招かれざる魔女』は自分の呪いが改変されているのを知った。なにしろ呪いをかけた直後さっさと帰ってましたからね。その後のことを知らなかったんですよ。改変した魔女をひどく恨み、必ず復讐してやると誓ったそうです」

「『最後の魔女』か……」

 『最後の魔女』といえば、やはり一人しかいない。

 眠り姫が呪いをかけられた時、まだ一人だけ贈り物をしていない魔女がいたのは知っての通りだ。彼女は呪いを解くことはできなかったけど、百年の眠りに変えることはできた。

 百年間城ごと姫を守り、夢の中で全てを教えていたのも彼女。

 良い魔女の代名詞で、人々から慕われていたという。

「『最後の魔女』もある日突然消息を絶ったと聞いています」

「『最後の魔女』が『招かれざる魔女』を封印するためにそれらを作った。しかし相打ちになり、死んだということか」

「つじつまは合いますね。魔王が『招かれざる魔女』だというのも納得です。リューファは『勇者の嫁』、無意識レベルで感じ取ったのでしょう」

 私はしわになるくらい強くクラウス様の服を握りしめた。必死で懇願する。

「あれをそろえてください、クラウス様。敵より早く。あれは渡しちゃいけないものです。必ず全部そろえないと。そうじゃないと私、私は―――」

「リューファ? 分かった、探そう」

 クラウス様はうなずいた。

 必ず約束は守る人だ。口にした以上、きちんと実行してくれるだろう。

 ほっとして気が緩むのが分かった。

「よかった……」

 体の力が抜ける。意識が遠のくのを感じた。

「―――リューファ!?」

 崩れ落ちる私をクラウス様が抱きとめてくれたのを知る由もなく、私は意識を失った。



   ☆


 リューファが気絶した後、クラウスの行動は迅速だった。

「リューファ! リューファ!」

 いくら呼びかけても返事がないのを見てとると、すぐ先生に診察を命じる。

「これは魔力の使い過ぎではありません。てっきり浄化魔法で力を使いすぎたのかと思いましたが……。精神的な負荷がかかり、それから逃れるために自ら意識を飛ばしたというのが正解でしょう」

「そうか。分かった。すぐ公爵邸へ戻る。その本もこちらで押収する」

「承知しました。私めもお供します」

 先生は店を閉め、ペガサスに一人で帰るよう言う。

 リューファをかかえたクラウスとともに奥へ引っ込むと、転移魔法を起動した。

 国内何か所か、『勇者』関係者が有事の際に使えるよう直通の魔法陣が設置されている。魔法使いの元締めである先生の店と『勇者の嫁』がいる公爵邸との間に連絡ルートがあるのも当然だった。

 公爵邸に着いたクラウスは直ちにジークとランスを招集した。

 先生は侍女に指示を出すと、城へ飛んだ。王と公爵に判明した事実を報告するために。

 妹が倒れたと聞き、ジークとランスは真っ青になった。しかしクラウスのほうが蒼白なのを見て、冷静さを取り戻す。

 クラウスは簡潔に事情を説明した。

「『招かれざる魔女』を封印したアイテム探しか。難しいな」

 ジークがうなる。

「少なくとも形状は分かっているわけですよね。ただちに母の実家に連絡を取ります」

 ランスは本をコピーし、魔法でデータを送った。

 母親の実家は国内でも有数の商家だ。世界中に流通網をめぐらせている。そのネットワークを使おうというのだ。

「おそらく『最後の魔女』がどこかへ隠しただろう。復活阻止のためにな。簡単には見つからないかもしれない」

「ブラックマーケットに流れている可能性もありますしね。そちらも探りをいれてみましょう」

 貴重な魔具や怪しいアイテムは闇の市場で取引されることがある。

 ジークは顎をしごいて、

「しかし、さすがはリューファだな。残っていたわずかな痕跡から、無意識レベルで気づくとは」

「敵より先にそろえて……と言っていた。確かに、魔物がこの存在を知れば、『招かれざる魔女』を復活させようとするだろう。全て集めて壊せばいいのだと思う。『招かれざる魔女』がいれば、魔物が人間を滅ぼせると考えるに違いない」

「『招かれざる魔女』の伝説はだれでも知ってる。復活されたらヤバいなんてもんじゃないな。なるほど、魔王がそいつねぇ。リューファは封印のアイテム浄化の役目を持って生まれてきたってことか」

「リューファ……」

 リューファの手を握りしめたままだったクラウスは、その手を額につけた。

「リューファ、早く目を覚ましてくれ」


   ☆


 ―――帰りたい。

 またあの夢だ。

 いつもより強く感じる。

 泣いている? だれが?

 さっき感じた懐かしい空気。

 なぜ懐かしいと思ったの?

「―――あそこが私の帰る場所だから」

 そんな答えが浮かんできた。

 あそこってどこ? どこにあるの?

 答えはない。懐かしさだけが私を包む。

 あなたはだれなの?

「リューファ」

 クラウス様の声がした。ゆっくり意識が浮上してくる。

 目を開けると、真っ青な顔をしたクラウス様がいた。兄たちもいる。

「……クラウス様……」

「リューファ!」

 三人とも異口同音に叫ぶ。

 私……どうしたんだっけ。

 ああそうか、本を浄化した後、気絶したんだ。

 私の部屋……ということは、クラウス様が屋敷に運んでくれたんだな。

「ご迷惑おかけしてすみません」

 起き上がろうとしたら、三人そろって止められた。

「だめだ、まだ寝てなさい!」とランス兄様。

「痛いとこないか? 苦しくないか?」とジーク兄様。

「無理するんじゃない!」とクラウス様。

「いえ、もう平気です」

 それならばとクラウス様はベッドに腰かけ、私を引き寄せて寄りかからせた。肩に腕を回す。

「魔力の使い過ぎではないそうだが、無理はいけない」

「もう平気ですってば」

 でも不思議と安心した私は抵抗しなかった。

 ……ああ、この人の傍は落ち着くな。

 安心してもたれかかる。

「『招かれざる魔女』なんてとんでもないイメージが浮かんだから、びっくりしただけです。もうなんてことはありません。さっきの本、もう一度見せてもらえますか?」

 クラウス様は駄目だと言ったけど、私がどうしてもというので出してきた。

「また倒れるんじゃないか?」

 ジーク兄様が巨体に似合わずおろおろしてる。

「ヤバいアイテムの浄化をさんざんやってるのよ。ビビってたら逆に取り込まれる。それにもう浄化は終わってるから」

 さっきはパニックのほうが大きかったけど、今はそれより見なければならないという気持ちのほうが強い。

 私は恐れずページをめくった。

 いくつもの魔具が描かれている。メモはどれも古代語だ。

「書き込みは材料についてで、効果については書かれていませんね」

 依頼される浄化の魔具はかなり古いものもあるので、私は古代語も読める。昔のがひょっこり発見されましたってのが意外とあるんだよ。

 別に作るのはいいけどさ、後始末はちゃんとしといてもらいたいよね。後世の人が困るわ。

「入手困難度、レア度からいってもこれらの魔具は超一級品です。今では手に入らない材料もあり、もう一度作ることは不可能ですね」

「隠した場所の手がかりは書かれてないか?」

「いえ……どこにも。それにしても興味深いですね。一般的に封印系のアイテムはツボとか箱、入れ物なんですよ。これは装身具ばかり」

 三人は顔を見合わせた。

「言われてみればそうだ。不思議だな」

「複数のアイテムに分けて封印しなければならなかったからじゃないか?」

「入れ物系だと、どうしてもかさばる。戦ってる間、壊されないよう守るのも面倒だし、なにより持ち運びが厄介だね。装身具ならコンパクトで、身に着けていられるってことか」

 なるほどとうなずきあう。

「あと、もう一つ気になることがあるんです。『最後の魔女』が『招かれざる魔女』と相打ちになったんだとしたら、これらを隠す暇があったでしょうか?」

「相打ちになったというのはただの予想だ。実際はその後しばらく生きていて、時間があったかもしれない」

「だとしたら、そんな物騒なもの、国に保管を頼むと思いますよ。他の魔法使いに頼んでも、個人ではとても負いきれません。特にこの国の王室に何の連絡もなかったのは変でしょう。『眠り姫』の子孫なんですから」

 『眠り姫』が百年の眠りから覚めて結婚した、その子孫がドリミア王国王家。つまりクラウス様は眠り姫の遠い子孫にあたる。

「『眠り姫』にとって『招かれざる魔女』は宿敵。それを封じたのなら、少なくとも一報すべきです。魔法一つでメッセージ送れますから」

「……王室の記録には残っていないな。聞いたことがない。もっと詳しく調べてみたほうがよさそうだ」

 クラウス様が本を回収しようとする。

「あ、待って。コピーとらせてください」

 私は魔法でノートに複写した。

「原本は城へ送る。すでに先生が向かい、話は通しているはずだ。ジークとランスは情報収集にあたれ。俺はとうぶんここに泊まりこむ」

 え?

 今、さらっと聞き捨てならないこと言わなかった?

「え……クラウス様、泊まるってうちにですか?」

「もちろん」

 はっきり首を縦にする。

 いや……いやいやいや!

 ちょっとどころかすごく待って!

「人の話聞いてました? 私、婚約解消してくださいって言いましたよね。元婚約者の家に泊まりこむってどういうことですか」

「私は許可した覚えはない。リューファは俺と結婚するんだ」

 がしっと肩をつかまれて動けない。

 あ、なんか気迫がマジだ。

 何度も魔物討伐についてったから分かる。これ、本気の時のクラウス様だ。

 な、なんで?

 すがるように兄たちを見れば、うんうんとうなずいている。

「何も問題ないだろう」

「も、問題おおありでしょっ?! ジーク兄様!」

「結婚前の同居はどうかと思うが、まぁどうせ今年中に結婚するんだ。非難するやつはいないだろう」

 私が非難するけど!?

「警備面でもそのほうがいい。封印アイテムの浄化ができるリューファは狙われる恐れがある。クラウスが傍にいるなら安全だ。もしアイテムが見つかったら、すぐ全員出動できるし」

「だ、だけど……」

「リューファが城へ来てもいいぞ。一緒の部屋で暮らそうか」

「絶対嫌です!」

 断固拒否した。

 冗談ではない。私が城で暮らしたら、事実上結婚が成立してしまうじゃないか。

「実際問題、俺が移ってくるほうが早い。この屋敷にはリューファが仕事に使う道具や材料がそろってる。それを全部動かすよりは、身軽な俺が動いたほうがいい」

「え……いやあの、城とは直通ルートがあるじゃないですか。わざわざうちに泊まらなくても」

 一秒で来られるのに、なにを言うやら。

「だめ。これは決定事項だ」

 命令されれば、『勇者』に逆らえる者はいない。

 兄たちも「あきらめろ」と視線で訴えてくる。

 えええええ。

 婚約解消頼んだら、翌日『勇者』が押しかけ同居強制してきました。

 こんなストーリー展開あるかっ?!




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