39 勇者の嫁は結婚式を楽しみにできない
Q:前世のトラウマが原因で独占欲が強い人ってどうすればいいですか?
A:お妃様、それをノロケと言います。
Q:違う! 真面目にきいてんの! 本気でどうすりゃいいか教えて!
A:お妃様が癒してさしあげるしかないんじゃないですかねぇ。とりあえずそうやって膝の上にいるのが正解かと……。←遠い目
「なんでどの医者もみんな同じこと言うの!」
怒ったらいいのか泣いたらいいのか分からない悲鳴をあげる。
夫は平然として答えた。
「それが正解だからだろ」
「誤診だっ! セカンドピニオン……ってもう次はイレブンスピニオンじゃないですか」
前世の悲しい経験は私にもある。今世もその想いに縛られてたって点では、あれもトラウマだろう。
「前世の記憶は私も持ってますよ。だからこそ言いますが、ちゃんと気持ち整理して決着つけてください。ひきずるんじゃなく、昇華する。今世をきちんと生きることが前世の供養だと思います」
「説得力あるな。結論は出てるぞ。だから嫁を溺愛してるんじゃないか」
どういう結論だ。もう一回最初からやり直せ。
「ところでクラウス。結局お前、怪盗が特別捜査官だってウワサ否定しなかったのいいのか?」
「あの状況で否定したら騒ぎになる。それに、そのほうが怪盗も油断するだろ」
「ああ、おびき出すためか」
バレてますけどね。
ここにいまーす。
ランス兄様が書類をトントンしてそろえながら、
「それにしても、怪盗はなぜここにきて魔物退治を始めたんでしょう? 魔物連合軍が攻めてきた時も現れましたが、あれはこちらに加勢するためでいいんですよね」
「『招かれざる魔女』が魔物を吸収するのを体を張って防いだしな。復活阻止が目的なのは間違いないだろう」
はい、嘘じゃないです。
「実力的には、確かに特別捜査官にしてもいいレベルなんだよな。……俺の嫁に目をつけなければ」
クラウス様の持ってたペンがバキッと割れた。
あ、純粋に握力だけで折った。
フォーラがあきれて言う。
「私情は捨てて雇ったらどうですか。優秀な人材なら使ったほうがいですよ」
「俺の嫁に近付けたくない」
「仕事って言って、遠くの任務させればいいでしょう」
クラウス様はちょっと真剣に考えた。
「いや、やっぱり駄目だ。個人的にぶちのめしたい」
「あのですねぇ、いいかげんにしてくださいよ。私がかっこいいって言った人はもれなく全員敵認識にするつもりですか」
「悪いか」
「悪いです。ものすごく頭の悪い発言です」
「妻は夫だけ褒めてればいいと思う」
「言い方かえてもアホ度は変わりません」
むしろ阿呆が悪化してる。
ねえ、マジで何でこの人こんなバカなの?
『最後の魔女』、はっきり言う。こんな人とは別れたほうがいい。
「ふふ、リューファはほんとにクラウス様が好きねえ」
一部始終を見てた母様がにこにこして言った。実家の情報網の報告がてらお茶飲んでたんだ。
「母様、よくこの状況でそうコメントできるね」
さすが肝の座り方が違うというか。娘が夫にベタベタされても顔色一つ変えない。
「あれ、父様は?」
「暑苦しいから、そこらへん走って落ち着きなさいって追い出したわ」
追い出したって……。
窓の外を見れば、半裸の父が走りこみしてた。
服を着ろ。
母に命じられて、大喜びで走ってんだろうなぁ、あれ。
父は母にベタ惚れだ。代々うちの男は妻大好きで、一途。遺伝っぽい。
基であるクラウス様を何ともいえない気分で見る。
なお、私の見た目詐欺は母譲りだ。母はおしとやかで上品な貴婦人に見えて、一撃で魔物ぶちのめせる実力がある。「リューファ、あんまり母さんに似るな……」といつだかランス兄様が嘆いてたっけ。
実家が裕福な貿易商なんで、若い頃、金目当ての男がよく寄ってきて苦労したらしい。が、それをうっとうしいと一本背負い決めたことあるそうな。
「あの瞬間惚れた! 素敵すぎる!」
と父がよくノロケている。強い人好きな父らしい思考だ。
そしてうちではだれも母には逆らわない。父はほいほい言うこと聞いちゃうんで論外。私やジーク兄様も睨まれると大人しくするし、ランス兄様すら服従する。母は強し。
てわけで忠犬のごとく言うこときいて走ってた父が戻ってきた。
「走ってきた! うん、体動かすとさっぱりするな!」
「父様。服着て」
「母さんに汗臭いって言われないよう、ちゃんとシャワー浴びて着替えてきたぞ」
「じゃあ上着なよ」
なんで脳筋ってやたら脱ぐんだ。
ていうか、母様に嫌われないようシャワー浴びてくるって配慮が泣けてくる。
私ら子供たちはそっと涙をぬぐった。
「しょうがないわね。ほら、あなた」
見越してた母が用意しといた上着を父の肩にかける。
うわ、父、目じり下がりすぎ。
「親父、母さんにかまってほしくてわざと着なかったな」
「ついでに筋肉見せてかっこいいって言ってほしかったんじゃない?」
「母様絶対言わないのに……」
いたたまれない気分になる私達。
両親の仲がいいのはいいことなんだけど、子供の立場からすると色々厳しいものがね?
しかし、ジーク兄様が年々父に似まくってきてる。やだもうこの遺伝子。
ああ、シューリが死んだ魚の目を。
クラウス様もかつての弟の子孫につっこむことはできず、話題を変えた。
「そろったところでちょうどいい。結婚式の話をするか」
「ぐはっ」
喉の奥から変な音漏れた。
「どうした、リューファ」
「……なんでもないです。不意打ちで謎のダメージ来ただけで」
そういやまだ式やってなかったわ。色々ありすぎて完全に忘れてた。
お色直しさせられるの嫌で、忘れたかったのかも。
「やりたくないのか?」
「そういうわけじゃないです。ただお色直しは勘弁してください」
「魔法で着替えれば一瞬だろ。手間はない。俺が見たい」
「だからですよ! 毎回狂喜して手が付けられなくなるって簡単に予想できるんです!」
しかも公衆の面前だ。死ねる。
「かわいい嫁を見せびらかしたい」
「別日に! 衆人環視じゃない状況でなら着てあげますからっ。せめて一回で納得してください。私も妥協しますから」
「せめて三回」
「多い!」
決死の攻防戦を繰り広げた。どんな魔物退治よりきつい戦いだった。
見かねたジーク兄様が止めに入る。
「まぁまぁ、クラウス。妥協してやれよ。そんなに着てほしけりゃ、別の機会に着てもらって、プロに撮影してもらえ。そして額に飾る」
「援護射撃になってない!」
「私にもやれって言ったら斬るぞ!」
シューリも悲鳴あげる。
「オレはやらねーよ。隠しとく派だって言っただろ。二人きりの時に着てもらって堪能して、自分で撮影して宝物の部屋に大事に保管する」
「宝物の部屋って何」
「それ聞かないほうがいいと思うよ」
ラインナップは、例えば怪我の手当てしてくれたお礼にって、幼少時のシューリがあげた花。これはほほえましいエピソードとしてよしとしよう。
涙ふいてやってぐしょぐしょになっちゃったハンカチの代わりにもらった新しいのとかも、「ええ話や」レベルだろう。面倒見のいいお兄ちゃん代わりよくやってたよねぇ。
初めてシューリも参加した魔物退治の時の戦利品も理解できる。
下手すぎて原型留めてない刺繍の練習とかも、まぁ、分かる。捨てたのをシューリのお母さんが回収して横流ししたんだよね。
しかし、ヘマして割った岩……なんで岩?とか、つまずいてコケた階段の一部とか、建物壊す際にもらったらしい、危険度マックス失敗料理の写真←現物はさすがに腐るから捨てさせたというか食べてたピンピンしてた、に至ってはどうなんだ。
あきらかにヤバい領域に入り始めた兄をどうにかしようと、ランス兄様・フォーラと結託して写真コレクションのみで抑えさせたのはいい思い出だ。いや、よくはない。
こんな兄、頼むから嫁になってくれって私らが必死になるのも当然でしょ?! 他に誰が引き取ってくれんのよ!
私は断固として話題を戻すことにした。
「で、クラウス様。式がなんですか」
「日取り。当初の予定通り、リューファの誕生日にやるぞ」
…………。
ん?
思わずカレンダー確認した。
「え?! もう来月じゃないですか!」
「何を今さら驚いてるの、この子は。昔から決まってたでしょ」
「そ、そりゃそうだけど母様、心の準備とか」
「だから今さらでしょ」
婚約破棄するつもりだったから、私の中ではやらない予定だったんだよ。
その後も強制的に結婚させられ、この生活が当たり前になってて、これから式って言われても正直違和感。
しかも『最後の魔女』の救出とか封印のアイテム探しとか『招かれざる魔女』倒さなきゃなんないとか、やること他にもいっぱいあるのに。
クラウス様も元ご先祖なわけで、この屋敷で暮らすのが自然すぎる。ていうか建てた本人だし。あまりにナチュラルすぎて普通にずっとこのままみたいに思ってた。
そうだよ、この人皇太子だったよ。次の王様なんだから城に戻らなきゃならないじゃん。
これが次期国王なのは不安でしかないという恐れは封じ込めておこう。
「日程は動かせない。各国王族を招待してるからな」
「ああ……そうでしたね……」
つまり諸国賓客の前でこの人にいちゃつかれるのを見られるってことか。
何の拷問?
私だけものすごいHP削られるんですけど?
「式終わったら、その日からリューファも城で暮らそうな」
「あれ、リフォーム終わったのか?」
「とっくに終わってる。職人急がせた」
最悪城に監禁するつもりで急がせたんじゃなかろうな。
「リューファ、あなたの荷物は運んでおくから」
売られっぷりがひどい。
「ちゃんと城にもリューファの仕事部屋作ってあるぞ」
「うちの宝物庫にあるものでほしいのあったら、好きなだけ持ってきなさい」
娘が城へ嫁入りするってのに軽すぎないか両親。いくら生まれた時に決まってたっていってもさぁ。
母はともかく、父は号泣するかと思……。
つーっと父の両目から滂沱。
んあ?
そのまま母に抱きついた。
「うわああああん、かわいい娘が嫁に行っちゃうのは悲しいようー!」
「子供か」×3
兄妹三人ハモってしまった。
「ほんとに子供みたいな人ねぇ」
母がやれやれとため息つきながら、腰にまとわりついてる父の頭を撫でる。
「あなたは毎日出勤すれば会えるでしょ」
「そうだけど、帰ってきて娘が『お帰りなさい』って言ってくれないのは寂しいいいいいいい」
いい年したムキムキなおっさんが、細身の妻に泣きつくのはどうかと。うちじゃ日常風景とはいえ。
「娘がお嫁に行くのは分かってたでしょ。それに、あなたには私がいるんだからいいじゃないの」
父ががばっと顔を上げた。めちゃくちゃ喜びに輝いてる。
「女神様……!」
感極まって崇める父。
確かに後光さしてるわー。
母は穏やかな外見に反し、中身は商才のある女傑だ。いまだに実家の経営に噛んでるもんね。父を手の中で転がすなぞ簡単なものである。
「確かに母さん、実家じゃ女神って呼ばれてるけどさ。商売の天才って意味と、恐いって意味で」
「どっちかっていうと、菩薩って表現のほうが正しそう」
「何の話?」
「『西遊記』。猿の妖怪孫悟空が悪ガキで調子こきまくってたんで、お釈迦様……ええと、神様みたいな人が勝負するの。私の手のひらから出られるか、って。悟空は雲の乗り物に乗って飛び、遠くまで来ると、雲の上に飛び出してた山のてっぺんにサインして帰ってくる。ところが戻ってきた悟空にお釈迦様が見せた手にはサインがしてあった……って話」
悟空もお釈迦様には敵わなかった、っていう有名なエピソードだ。
「ああ……そんな感じだね。違うとこは本人喜んで転がされてるってことかな。兄さんのM気質って父さん譲りだよね」
「オレはマゾじゃねーっての。親父だって、母さん以外にはやられたがってねーだろ」
弟妹は黙って兄と父を白い目で見つめた。
母は父の頭をなでながら、
「そうねえ。それに、そのうちもう一人娘ができるでしょ」
全員の視線がシューリに集まる。
あ、全力で首振ってる。
顔色赤いの、青いの?
「ふふ、孫が楽しみねー」
「なっ、何で私なんですか! 孫っていうなら、既婚者のリューファのほうが早いんじゃ?!」
「ぐふっ」
メンタルに多大なダメージ。
「シューリ、流れ弾撃たないで……」
「もちろんリューファのほうも楽しみよ。シューリのほうも楽しみなのよ~」
「ないです! 絶対ない!」
必死に否定してますがね、そこのお方。あなた今、ジーク兄様監修のドレス着て、こっそりネックレスもつけてるんで説得力ないですわ。
この場にいる全員が知ってるよ。知らぬは本人ばかりなり。
「うーん、子供はなるべくたくさんほしいなぁ。リューファに似た娘は絶対」
「やめてくれます?!」
追随する背後の夫を睨む。
「何度でも言いますが人前ですよ! ひ・と・ま・え!」
「身内しかいないじゃないか。とにかく娘は絶対必要」
「溺愛しまくってえらいことになる未来が容易に想像できる! ほら、うちの父という実例がそこに」
「それはあなたが上手く転がすのよ」
私は母様みたいにできないってば菩薩様。
「リューファに似た娘ならめちゃくちゃかわいいから、守るのに戦力が必要だな。俺に似た息子の2,3人でもいれば」
「無理無理無理無理!」
今度は私が光速首振りする番だ。
「そんな何人もいたら無理! 手に負えない!」
夫一人でも大変なのに、複数いたらヤバいとかいうレベルじゃない。死ぬ。楽に『魔王』倒せちゃいそうだなアハハ~ってくらいしか利点ない!
ジーク兄様が真面目に、
「じゃ、うちから何人か提供」
「ムリムリムリムリ!」
シューリが異口同音に拒否ってる。
ランス兄様とフォーラは巻き込まれたくないと気配消して、窓際でお茶しばいてる。
母様もランス兄様には結婚とか孫とか言わないの、よく分かってるね!
「孫娘……」
父はつぶやいて、あらぬ方向見てた。キラキラしてる。
駄目だ、これはもう使い物にならん。
「俺の娘と付き合いたければ、まず俺を倒してみろ」
「分かる。その時はオレも手伝うぜ。代わりにオレの娘の時頼む」
ガッと固い握手交わしてるバカ二人に頭痛がする。
「私も手伝うぞ!」
父までかい!
「この三人倒せる人がどこの世界にいんのよ……。ていうか、想像上の娘を好きな人に殺意って、阿呆以外の何物でもない……」
げんなりする。
「リューファも大事だし、子供も大事だ。大好きな奥さんとの子なんだから当たり前だろ。きっとかわいいだろうなぁ。なにしろ妻がかわいくて照れ屋で、すぐ赤くなって、ちょうど腕の中に納まるサイズだし、無意識に上目遣いしてくるしそれから」
「いやあああああやめてえええええ! もう、封印のアイテム出してください! 仕事します!」
滔々と語ろうとする夫の口を塞ぎ、どうにか封印のアイテム出させた。
ぷりぷりしながら触れる。すかさずクラウス様の手が重ねられた。
☆
どこかの部屋の中。見たことあるような景色。
大量の本や魔具、メモが乱雑に散らばっている。
『最後の魔女』はその中で机に向かい、休むことなくペンを動かしていた。
『至高の魔法使い』死後のことだと分かったのはなぜだろう。
散らかりようは尋常ではなかった。まるで、没頭しなければならないとでもいうように、ただひたすら必死に作業を続けている。
……ドアをノックする音がした。
ためらいがちに。
『最後の魔女』は振り返ろうともしない。
しばらく経ってから、意を決したように声がした。『最後の魔女』の母親の声だ。
「……あの、ね。食事の時間よ」
か細くて、頼りない。こんな声してる人だった?
夫の死でやつれたんだろうか。
「いつも置いといてって言ってるでしょ。何しに来たのよ」
つっけんどんに答える。『最後の魔女』の声音はム敷津ですらあった。
母親に対する愛情も配慮も、そこには何も感じられない。
『至高の魔法使い』の死によって、一体何が……?
「……その、ちゃんと食べてる?と思って」
『最後の魔女』の体で見えるのは手だけだが、少し細くなっていると思った。ただし健康を損なうレベルではない。
「あいつを倒す前にあたしが自滅するほど馬鹿だとでも? ああ、そう思ってるわけね。なに、そのほうが都合がよかった?」
ドアの向こうで息をのむ音がする。
「……そうじゃ、なくて。いつも籠ってるんじゃなく、少しは外へ出たら……」
「そんな暇はない」
ぴしゃりと言い放つ。
放している間もずっとペンは動き続けている。
「あたしはやらなきゃならないことがあるの。―――気楽でいいわね、逃げた人は」
「…………」
嗚咽と共に足音が遠ざかっていく。
静寂に包まれた。
『最後の魔女』の手は止まることがなかった。
私はクラウス様にきいた。
「…………。『至高の魔法使い』が『招かれざる魔女』に吸収されてしまった時、何があったんですか……?」
背後にいたクラウス様は悲しそうな、それでいてどこか怒りをはらんだような目を向けていた。『最後の魔女』の母親に対して。
……それが答えだ。
「……ああ。色々、な……」
「もしかして……『最後の魔女』の母親もその場に居合わせたんですか? 『最後の魔女』が捕まって囮にされたとか。でも、母親は娘を放って自分だけ逃げた、とか……」
これまでの記憶を見る限り、そんな人じゃなさそうだったけど。
クラウス様は小さくうなずいた。
「奥様は逃げた。でもそれは助けを呼ぶためだ」
私は静かに首を振った。
「違う……。人を呼んだのは、自分が助かるため。自分を守ってもらうため。娘を助けるためなんかじゃなかった」
『最後の魔女』から感情が伝わってくる。
悲しみと絶望が。
「……どうして?」
私は静かに問う。もう今はいない人に、問うても無駄なのに。
ごく普通の、家族を愛する母親に見えた。決して娘を見殺しにする人には見えなかった。
《ママは、あたしを見殺しにした……》
―――私も? 似たようなことがあった?
クラウス様が言いにくそうにしながらも認めた。
「……ああ。奥様は……救援と一緒にとって返すのを拒否した。殺されたくないと主張して、事が落ち着くまでずっと城にいた」
やっぱり。
「あいつが入院してる間も、一度も見舞いに行かなかった。精神的におかしくなってて、治療を受けてたってのもあるんだが」
それはただの口実。夫の死のショックを理由に、娘を助けなかったことを正当化し、自分を守り続けただけ。
《あたしに親はいない》
あんなに仲のいい親子だったのに。
……ふと、思い出した。いつだか『至高の魔法使い』の目に浮かんでいた、怪しい光を。
人はだれしも心の中に闇を持っている。善の心しかない人間など存在しない。必ず欠点がある。
『至高の魔法使い』もそうだった。『招かれざる魔女』がそこにつけこんだとしたら?
気づかれずに、少しずつ侵食していった。そう、人魚族にしたように。
さらに『至高の魔法使い』の妻にもやってたとしたら。二人とも『招かれざる魔女』に操られてただけで、本当は……。
《………………》
『最後の魔女』から返答はない。
私は周りの景色に目を向けた。
魔術書、魔具、大量のメモ。研究ノートは『至高の魔法使い』のものだ。さほど数が多くないのは、屋敷の爆発と共に灰燼に帰したからだろう。
生家は戦闘で全壊しており、この時いるのは現在のアローズ公爵邸……。
「―――あ、そうか。この部屋、私の部屋だ」
どうりで見覚えがあると思った。
インテリアは違うが、間取りは間違いなく今私が使ってる自室だ。
「そうだな」
「クラウス様、気づいてたんですか」
「前世の記憶が戻った時から気づいてたぞ。そもそもあの屋敷建てたのも設計したのも俺だ」
そうでした。
って、夫の元カノの部屋を使ってたってことか。微妙な気分。
「何ていうか……うーん……」
「千年も経ってるんだ。あれから何人もの子孫が使ってるはずだぞ」
「まぁそうですね。この頃、お父さんは再婚してるんですか?」
「ああ。テオが生まれたのはこの少し後だな」
どっちかっていうと、今度は『最後の魔女』母子が住まわせてもらってる感じか。ネオの父親の再婚相手もよく納得してくれたな。夫と義理の息子の恩人遺族だから?
「『最後の魔女』が研究してるのは、吸収された父親を『招かれざる魔女』から分離する方法ですか」
「それと対抗手段だろう。奴は特殊な魔法を編み出し、使ってくる。普通の戦い方じゃ勝てない」
「『招かれざる魔女』も異世界からの転生者ですもんね」
まったく別世界の知識と技術。この世界の人では思いもよらないものもあるだろう。
『最後の魔女』は父親がそうで、それを教わっていたはずだ。事実上唯一の対抗できる存在。
……そして、今は私が。
いや―――封じられた記憶を取り戻さなければ、対抗できない……?
ふっと意識が現実に戻る。
「大丈夫か、リューファ?」
兄たちが心配そうにのぞきこんでた。いつも私が倒れるか寝ちゃうかだからか。
「……大丈夫よ」
ちょっと疲れただけ。
「今度は何が見えたんだ?」
「あいつが『招かれざる魔女』に対抗するためやってた研究だな」
クラウス様が答える。
「それは使えますね」
「いや、残念ながら全部俺が知ってる。あいつは対決前に悪用を恐れて関連するものを全部廃棄したんだが、その前に見ておいたんだ。覚えてる」
フォーラが首をかしげた。
「あれ? でも封印のアイテムについては知らなかったんですよね」
「隠してたのをこっそり見られる時に見たんで、全部じゃなかったんだよ」
「つまりのぞきですか」
シューリとフォーラがゴミを見る目つきした。
「それくらいやってそうですよね」
「今もやってるでしょうね。お嫁さんへの執着ハンパないから」
「人を犯罪者扱いすんな。部屋にいない間にノート見ただけだっ」
「それはよかったです。犯罪に手を染めてたら、友人に離婚勧めますよ」
「絶対離婚しない。リューファは俺のだ。やっと手に入れたんだからな」
ぎゅっと抱きしめられ、指輪のはまった手を握る力が強くなる。ほんの少し楽になった気がした。
「……私はどこにも行きませんよ」
ぼんやりつぶやく。
ここにいたい。
ああ、思考に霞がかかってきた。いつもの疲労感が襲ってくる。
「ん、少し眠るか? ずっと傍にいるから、安心しろ」
「……はい」
安心してまぶたを下ろす。
……どうすれば、封印を解けるかな。
うつらうつらしながら、記憶の封印を解く方法を考えた。
《―――思い出したい?》
遠くから声がする。
『最後の魔女』が呼んでる。
私の記憶を取り戻す方法を知ってるの?
《知ってる》
彼女ははっきり答えた。
どうすればいい?
《ここへ来て―――》
どこへ?
彼女の声に導かれるまま、私は深い眠りに落ちて行った。
これでほぼ全ての伏線を張り巡らせ終えました。後残り一個くらいかな。長かった。
もう少しで『最期の魔女』が復活します。




