35 勇者の嫁の友人その2の暗躍
さかのぼること少し前―――。
私は傍観者だ。
魔法使いの元締め的存在を祖父に持ち、浄化魔法の大家を祖父に持つ。父母も優秀な魔法使いだ。
同じ年に『勇者を助ける者』と予言の出たリューファが誕生したため、自動的に側近に決まった。
同じく側近に決定したシューリと三人、幼馴染である。ただしシューリが護衛なのに対し、私はアドバイザーのような立場だ。幼いころから精神年齢の高かった私はやたら大人びていたから、当然だろう。
断っておくが、私に前世の記憶はない。
たぶん思い出そうと思えばできるのだろうが、そのつもりはなかった。
私は私だ。前世の人間とは別人。
せっかく転生したのだ、リセットして一から始めたい。
そんなわけで、私は「フォーラ」として生きている。
―――中立な第三者。それが私の立ち位置だ。だから今、主君に捕まった婚約者で友人を冷静に眺めている。
クラウス様の態度が誤解を招くというのは、もう何度も助言していた。実際、リューファは誤解していた。
「……クラウス様は私が嫌いなのかな」
ある日リューファがぽつりとつぶやいた。二人で共同研究したテーマを論文にまとめてる最中だった。
「どうして?」
「だって、最近まともにしゃべってももらえないじゃん。誰でも分かるよ。目も合わせてくれないし。兄様たちとは普通に会話してるのにね」
うん、そう思われても仕方ないわよね。
「周りが勝手に決めた婚約者だもんね。だからこそ拒否もできない。……私から婚約解消申し出るのが一番いいのかな」
「やめなさい」
はっきり止めた。
「あれ、思春期なだけよ。クラウス様があなたを好きなことは分かりきってる。本人も自覚ができたんでしょうね。好きすぎてどうしたらいいか分からなくなってるだけよ」
「違うよ」
リューファは笑った。悲しそうな笑みだった。
昔から思ってたけど、リューファは中身と実年齢が違う。確実に前世の記憶を持っているんだろう。
でも本人が秘密にしておきたいと思うものを暴く気にはならず、私も気付いてると言ったことはない。
リューファに前世何があったかは知らない。ただ、好きな人がいたのに悲劇的な結末を迎えたことだけは察しがついた。それがトラウマになってるのか、決して人に恋愛感情を抱くまいと決めてるようだ。それも、無意識に。
「婚約破棄とかやめときなさい。ショックのあまり、クラウス様どうなるか分かったもんじゃないわよ。おかしくなるのは勝手だけど、私に被害が及ぶのは勘弁だわ」
「まさか。喜ぶでしょ。不本意な婚約者から解放されるんだもん」
私はペンを置いてきいた。
「リューファ、あなたはクラウス様が嫌いなの? だから結婚したくないの?」
「―――……」
リューファは黙ってしまって答えなかった。
しばしお互い沈黙。
やおら、私は息を吐いた。
「本当に結婚するまではまだ時間があるわ。その間もう一度よく考えなさい」
「……うん」
友人には幸せになってもらいたい。
クラウス様にも忠告した。
「いつまでもそんな態度じゃ、リューファが誤解しますよ」
「そう言っても、どうすりゃいいんだよ。今日もかわいくて死ぬかと思った。抱きしめたい離したくないずっと傍に置いときたい」
「キモッ」
思わず言ってしまったのは仕方ないだろう。
「キモイとか言うな。男の純情だ」
「キモいです。最後のはともかく、かわいいくらいなら普通に言えばいいじゃないですか。妄想部分は隠したままにしましょうね。そのドレスもさっさと渡してきてください」
クラウス様はしょっちゅう私かランスにリューファの好きな物きいてくる。特に私は、女同士さりげなく聞き出せる情報源として重宝されている。そうやって今回もリューファ好みのドレス作らせたというのに、ヘタレな主君は渡せてない。
これまで山ほど作らせたり買ったりしてるくせに、何一つプレゼントできてなかった。プレゼントの意味知ってるか。
渡せたのは、公式行事や誕生祝の時に身に着けられるものだけだ。それなら理由もつくし、渡せるらしい。
「理由もなくあげたら、変に思われるかも」
「婚約者だという非常に正当で当然の理由があるでしょうが」
「それにもし好みじゃなかったら。嫌われたくない」
このヘタレが。
罵倒するのは思いとどまったが、目つきには十分表れてたと思う。
臣下にゴミを見る目を向けられても怒らないクラウス様は、公平な主君ではある。普通の上司なら「無礼だ」って怒るだろうが、「遠慮なく意見を言ってくれる人材は貴重だ」と言う。
よって、私も仕えている。そうでなければとっくに見限っているだろう。
何度も、時にはランスと一緒になって力説しても、クラウス様は変わらなかった。「リューファに嫌われたくない」の一点張り。
今の状況のほうが嫌われてるけど?
もっと強硬に説得すればよかったのかもしれない。でも私はしなかった。
なぜなら私はあくまで傍観者で、当事者ではない。
結局のところ、本人たちが解決せねばならないことであり、部外者が立ち入って言い境界を超えてはならないのだ。
―――予想通り、リューファは成人するという年に婚約破棄を申し出た。
ちっとも意外ではないのに、驚かなかったのは私だけだった。いっそいっぺん盛大にフラれて目を覚ませと思ってたから止めなかった。
「さて、私はどう動こうか」
ところが、私が動くよりクラウス様の行動のほうが早かった。
逃がさないとばかりに公爵邸へ押しかけ同居し、果ては結婚を前倒しした。
だまし討ち同然で結婚指輪はめられてしまった親友は、現在目の前で絶賛パニクり中である。クラウス様と指輪を交互に見て、とうとう悲鳴をあげた。
「もう無理いいいいいい!」
……まぁ、分からないでもない。
正直、クラウス様がここまで暴走するとは思ってなかった。真面目げ我慢強い人がキレるとヤバいっていうけど、想定以上。
前世でよっぽどつらい体験したのねぇ(他人事)。
クラウス様に前世の記憶が蘇ったのも驚かなかった。『勇者』に生まれるからには、前世で『魔王』と戦ったことがあるうだろうくらい想像がつく。
唯一外れたのは、ネオ・アローズの恋人が『最後の魔女』だったことだ。てっきりリューファの前世だろうと思ってた。でなければあそこまで溺愛しない。
『最後の魔女』は封印されており、転生不可能。リューファ=『最後の魔女』ではありえない。
ま、ネオとクラウス様は魂こそ同じであるものの、別人であることに変わりはない。転生すれば別の子を好きになっておかしくない。
が、ここで厄介なのは『最後の魔女』を復活させてその現状を知った場合、怒り狂うかもしれないこと。『魔王』の比じゃないかもしれない。封印されている間の唯一の希望が、解けてみたら他の子と結婚してたんだから、怒るのも当然だろう。
そうなったら、リューファは迷わず身を引くだろう。そういう子だ。でもクラウス様は逃がさないだろうし……確実にめんどくさいことになる。
「めんどくさっ」
失礼。正直な感想よ。
『魔王』を倒し、『最後の魔女』を助け出し、その『最後の魔女』が暴れないようどうにかする。まったく、どれだけ複雑なミッションよ。
リューファとクラウス様が別れ、『最後の魔女』とクラウス様が結ばれるのが一番単純。が、逃げようとしたリューファを捕まえて、退路断って、無理やり結婚させたくらいだ。別れるなんて選択肢はない。主君の気持ちが伴わないのに、そんなルートを提案する気はない。
「というわけでランス、協力してちょうだい」
話を持ち掛けたのは、言うまでもなくランスだった。彼以外共同戦線を張るのに適した人材はいない。
ランスもすでに同様の予測を立てており、二つ返事で了承した。
「人の恋路に関わる気はないんだけど、状況が状況だからね。『最後の魔女』が敵に回ったら危険すぎる」
「クラウス様も一応何か考えてるみたいよ。でもどこまでできるかしらね、あのヘタレ」
「はは」
以後、私達は色々裏で動いている。
たぶんジークは気づいてる。何も言わない。
リューファとシューリはまったく気づいてない。
クラウス様は……分かってるんでしょう。それでも何も言ってこないのは、一体を何を考えてるのか?
分からない。
☆
さて、ともあれ親友と主君には幸せになってもらいたい。
もはやただの新婚バカップルと化している。どうぞそのまま好きにしろ。
「リューファ、改めて結婚おめでとう」
「お願いだからやめて……」
リューファがテーブルにつっぷした。
問答無用で結婚祝いを置く。いまだに何をごねてるのか。
そもそも、婚約破棄できるわけがないじゃない。周りだって逃がさない。
りゅーファはお家芸でもある、動植物の品種改良を多く手掛けている。本人は第二の人生設計というか、婚約解消後の転職先のつもりらしいが。浄化魔法の使い手と魔具研究家のままじゃ、クラウス様との接点が切れない。まったく関係のない分野なら顔を合わせることもなくなるだろうという考えだ。
甘い。「国を豊かにするため、未来の皇太子妃ががんばってくださってる」としか周囲には見えないわ。むしろ尊敬が増してる。反対に豊穣の女神に祭り上げられそうな勢いよ?
「それにしてもクラウス様、とうとう爆発したわね。早晩こうなるんじゃないかと思ってたけど」
「予想してたんなら言ってよ……」
「こんな形とは思わなかったもの」
さすがにあそこまではねぇ。
「でもリューファ、あそこまで好意をあらわにされてうれしくないわけじゃないんでしょ?」
「う……」
リューファが言葉に詰まった。
「ほらみなさい」
「嫌だって! 人前はやめてほしい!」
「二人きりならいいって言ってるように聞こえるわよ」
あの阿呆ならそう考えるな。
「言ってない、言ってない!」
「そういうことクラウス様に言うからまずいんじゃない? そりゃー男は喜ぶわよ。大好きな嫁に二人っきりならイチャイチャしていいって言われればね」
リューファが必死で首を振ってるけど無視。
「ただまぁ、クラウス様も度は越してるね。あそこまでぶっとんでる人が将来の主君かと思うと、時々不安にならなくもない」
「まぁね。正直、あそこまでヤバいとは思わなかったわ。阿呆で不器用なヘタレなのは知ってたけど」
「無口クール系装ってた時も、心の中じゃ今みたいなこと考えてたんだろうな。うん、引く。ドン引く」
「自覚があったから黙ってたんでしょ、口を開かなければ分からないから。実態はとんでもなく嫁を溺愛してる手がつけられないバカ……うわぁ、私は無理だわ」
寒気がする。
リューファがむっとして口をとがらせた。
「そりゃ、クラウス様はバカで阿呆で不器用でヘタレで予測不能、ベタ甘のスケベの変人で手がつけられなくて感覚おかしくて、ドン引きする言動ばっかで、人前でも平気でのろけて、リミッター外れたら強引で迷惑極まりなくて、プレゼントのケタがおかしくて、人を好みの服に着飾らせて楽しんでて、人を抱き枕がわりにしてて、もう完全にイカレてるとしか思えない人で、これが『勇者』とか世界滅ぶわって思うけど!」
あ、けっこうひどいこと言いまくった。
「でも、いい人なんだから」
「…………」
私はあきれて親友を見やった。
これだけ口に出してて、どうして認めないのか。
前世何があったか知らないけど、今のあなたはもう違う人間でしょう? 別の人生でしょう? その時の生はもう終わったのよ。―――私と同じように。
戻ることはできない。すでに終わってしまったこと。まぁ、私は戻りたいとはさほど思わないけど。
ここまで前世に縛られてるの見ると、やはり記憶は持ち越さないほうがいいと思う。別の時代、別の場所、新しい人生。だからこそ私は前世の記憶を取り戻さないことを選んだ。
ただ、たった一つ、『彼女』を助けなきゃならないという思いはあるけれど―――。
私には、いつごろからかそんな思いがあった。おそらく前世に起因するものだろう。
「あの気の毒すぎる子を助けてあげなくちゃ……」
きっと前世で誰か深く関わった相手に違いない。「子」という表現ということは、当時私は大人で、相手は子供。けれど私の子じゃなかったことは何となく分かった。
彼女が誰かは分からない。また出会えるのかどうかも。でもその時になったら必ず手を貸そうと決めていた。
「はいはい。あんたも大概クラウス様が好きなんだね」
「新妻ののろけってやつね」
リューファの目が点になった。
「ち、違、私はっ」
「クラウス様好きなんでしょ」
否定できずに真っ赤になってる。十分答えだっての。
「世のため人のため、この世の平和のためよ。『勇者の嫁』がんばって」
すぱっと引導渡しておいた。
☆
私もアローズ公爵邸に当分泊まりこむことになった。陛下からも「バカ息子がリューファ嬢に好きになってもらえるよう協力してくれ」と懇願された。
息子が婚約者に惚れてもらえるよう、国王が友人に頼むってどういう構図よ。
まぁ、ランスと裏工作しやすいし、承諾した。
さて次はどうしたもんかと作戦立ててたら、シューリが飛び込んできた。
「フォーラあああああ、どうしよう――?!」
シューリは普段凛々しい男装の麗人キャラだが、根はドジな普通の子だ。
「どうしたの」
「リューファが頭冷やすって水かぶってて。すごく泣きそうな悲しそうな顔してたの。どうにか着替えさせて落ち着かせてたら、クラウス様が扉ブチ破って連れてった!」
「…………」×3
うっわあー。関わりたくなぁーい。
ジークもランスも同じ思いで顔を見合わせた。
「ん、後は任せた。オレ逃げる☆」
「逃げるな。シューリ、ほっといていいわよ」
「え、でも」
「ほっときなさい。これは二人の問題よ。そろそろ決着つける頃合いでしょう」
「で、でも、クラウス様マジギレしてたよ」
「あの鈍感娘にはちょうどいい薬なんじゃないの。いい? いくら友達って言っても、私達はしょせん他人。あまり関わりすぎるべきじゃないのよ。当人たちでケリをつけなきゃならない部分まで手出ししちゃ駄目」
いっそ、いっぺんこっぴどくフラれればいい。あのヘタレ野郎。
と意地悪く考えてたら、どうにか上手くいったらしい。ご機嫌な主君が嫁を抱えて来た。
「ウザッ」
思わずつぶやいてしまった。
ランスが苦笑する。
「うーん、この重すぎる愛を受け止めるのは大変そうだね」
「人前でいちゃついてんじゃないわよ。塩持ってない? 投げつける」
もちろんクラウス様にだ。親友には当てない。そこの頭のイカレた馬鹿野郎にだけやる。
「……チッ。フラれればよかったのに」
聞こえたらしいシューリが冷や汗かいてたわね。
やぁね、本気じゃないわよ? 半分は。
アホ主君はどうでもいいとしても、友人の健康状態は大事。
「何はともあれ。リューファ、お腹すいたでしょ。食べる?」
「わーい! ありがとー」
「クラウス様も分もありますよ。ずっとリューファに付き添ってて、何も食べてないでしょう」
一応言うと、リューファが驚いてた。
「俺は後。数日食わなくても平気だし」
「ダメって言ったらダメです。はい、あーんして」
サンドイッチを口元に差し出されたクラウス様は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してた。
「おいしいですか?」
「ああ」
「よかった。もう一口どうぞ」
「うん」
夢みたいだとうっとりしてる。さては妄想したことあるな。キモイ。
新妻にデレッデレの、脳みそとけてるバカに、思いきり白い眼を向けておいた。
☆
まったく、自覚のない天然は始末に悪い。友人のことだ。
いい加減、自分が夫のイカレ具合を増長してることに気付くべきじゃないかしら。
魔物の軍団が大挙して押し寄せてきてるっていうのに、我らが主君は出る気がないらしい。「嫁の寝顔見る方が大事」とかマジで思ってやがるな。
リューファも戦闘能力は高く、経験上魔物が近づけば飛び起きる習慣が身についてる。それが起きないってことは、クラウス様が何か結界張ってるな。嫁の安眠を守るとか理由で。
才能の無駄遣いにもほどがある。
領地の周りには最愛の妻を守るために最凶の防犯システムがしかれてあり、出撃しなくても問題はない。とはいえ、さすがにそろそろ敵のレベルが上がってきたわよ?
と、ここでリューファが起きた。
しかも主君は嫁の夢の中に入ろうとしてたらしく、怒られてた。ブン殴っていいわよ。
「プライバシーは守りましょう。夫婦でも知られたくない部分ってあるんですよ! クラウス様だって夢に入られたら嫌でしょ」
「別に? 俺はたいていかわいい奥さんの夢見てるし。本物が出てきてくれるなら、むしろうれしいなぁ」
「絶対入りません!」
何が楽しくて、朝っぱらから友人新婚夫婦のいちゃいちゃを聞かにゃならんのか。
現れたクラウス様はやっぱり嫁にベタベタしてた。そろそろこいつの顔面に塩たたきつけてやりたい。
「行ってくるよ、奥さん」
主君は実にさりげなく「行ってきますのキス」なんてベタなものして走ってった。
ねえ、その背中蹴り飛ばしてもいいわよね?
リューファが赤面してパニクり、そうこうしてるうちになんと噂の怪盗が現れた。
「ふぅん、あれがそうなの」
なるほどリューファが好きそうな外見だわ。
クラウス様は敵意むき出し。
あー、これは関わりたくない。リューファをこの場に引き留めるって口実で私も避難してよっと。
……それにしても、この男の思惑は何?
封印のアイテムの存在をどこからか知り、手に入れても必ずクラウス様に渡している。『招かれざる魔女』を復活させようとはしてない。
古代魔法の使い手で、ネオ・アローズの知り合いではない。そのくせこちらの事情に通じている。
一体何者……?
怪盗は『招かれざる魔女』が周囲の魔物を吸収してパワーアップしようとすると、自らつっこんで防いだ。
あれはただの紙人形だから、本体にダメージはない。だからといって、安易にできる行動じゃない。
この傾向はリューファにもある。あの子ならやりかねない。
自分を犠牲にしても、人のことを考える。
もし『最後の魔女』が復活し、ネオと共に生きたいと望んだら。リューファは黙って身を引くのだろう。なぜなら自分の幸せよりも好きな人の幸せを願う子だから。
「駄目よ」
ランスとそのことについて話したことがある。
「確かに『最後の魔女』はネオの婚約者だったんでしょう。でも、それは師によって決められたもの。本当に好きだったのかしら?」
「恋愛感情だったかは分からないね。家族という意味の親愛の情だったのかも」
―――クラウス様は記憶を取り戻してもなお、リューファを選んだ。
それが答えじゃないの?
「もう一つ疑問があるの。『最後の魔女』は肉体ごと封印されてるのかどうか?」
「魂だけなら、解放されてもそのまま存在することはできない。転生するしかないね」
魂だけの状態で長時間存在することはできない。それがこの世界のルールだ。
『最後の魔女』には悪いけど、そうであってほしい。もめなくて済む。
「『最後の魔女』が肉体ごと封印されてて、解放後ネオとの結婚を望んだら。リューファと別れさせてでも自分と結ばれるよう求めたら、悪いけど私は抗議するわよ。好きな人を恋人と無理やり別れさせてまで自分のものにしても、愛されるとは思えないって。人魚族のようにね」
「まぁね。結局自分のことしか考えてないってことだもんね」
私は頬杖をついた。
「よく、フラれて逆恨みして呪いかける奴っているじゃない? 例えば『美女と野獣』や『カエルの王子様』の魔女。『招かれざる魔女』も似たようなものよね。腹いせにそういうことやるから好かれなかったんだって、どうして分かんないのかしら」
危険性を察知して、二つのどの話も男はフッたんでしょ。付き合ってもどんな危険なことやらかすか分からない、恐いって。ただ好かれてる間はよくても、何が原因で矛先が自分に向くか分かんないものね。正しく察したんじゃないの。
「それが分からないからこそ、逆恨みするんじゃないかな」
「自分を選ばなければ許さないって思ってる時点で傲慢よね。結局自分のことしか考えてない。自分の幸せが第一。相手のことを思いやる気持ちとかまるでない」
自分を選ぶことこそすばらしいと妄信しており、相手がそれに反した選択をすると激怒する。
本当に相手のことを思うなら、相手がどんな選択をしても尊重すべきじゃない?
「どうして自分が他の誰より優れてると断定できるのかしら?」
「さぁね。ま、どっちみち人に恋愛感情を抱かない僕らには無縁な話だよ」
常にドライな第三者。傍観者でアドバイザー。それが私の立ち位置だ。
だからこそ、今も昔も冷静に状況を俯瞰することができる―――。
「ところで、リューファの前世の肉体は生かされ続けてるのよね?」
「そうらしいね。クラウス様が確認したっていうから、間違いない」
「魂が離れてる以上、死亡と考えていいと思うけど」
「僕もそう思う。そこで、だよ。リューファの前世の肉体が空いてる。クラウス様はもしかしたら、『最後の魔女』の魂をそっちに入れるつもりなんじゃ?」
ランスも同じこと想定してたか。
「肉体を提供し、魔法のない世界で静かな暮らしをできるようにする代わりに、リューファへの手出しを禁じる。『最後の魔女』は世界を超える魔法は使えないから、むこうの世界に行かせれば安全だよね」
「ええ」
……魔法のない世界か。
魔法がなければ、父親が『招かれざる魔女』に吸収されることもなかった。『最後の魔女』がそう考えなかったわけはない。
彼女一家は異世界にいたほうが幸せだったのかもしれない。
……あら?
私、昔もこんなこと考えたような……?
「フォーラ?」
「何でもないわ」
私は頭を振り、思考を切り替えた。
私が司法長官としての記憶をやむなく取り戻し、相も変わらずバカな男に協力してやるようになるのはこのすぐ後のことである。




