3 勇者は嫁が好きで仕方がない
なんでこうなった。
翌朝、クラウスは執務室のデスクにつっぷしていた。
自分の誕生パーティーに婚約者が、プレゼントしたドレスを着て祝いに来てくれた。うれしかった。
予想通り、リューファによく似合っていた。かわいすぎて直視できず、言葉も出なかった。
……昔から、俺はリューファが好きだった。
一目惚れというんだろう。
初めて会ったのは、まだ生まれたばかりの頃。その時リューファの側に見えた綺麗な女性に一目ぼれした。
透けていて、他の人には見えていないらしい。最初は見間違いかと思った。
それがリューファの思念体だと分かったのはしばらく経ってから。
事実、成長したリューファは彼女そっくりになった。
生まれつき魔力の多いリューファは、赤ん坊で体が動けないからと意識だけ飛ばしていたに違いない。時折その姿を見ることがあった。
かわいくて綺麗で、小動物みたいな外見。実際に肉体は赤ん坊なんだから、そりゃ「この子を守りたい」と思うじゃないか。
子供のころは純粋にかわいい子だと思ってて、よく遊んだ。でも年頃になるとあの姿が浮かぶ。
ある程度の年齢になると、自分で動けるリューファはもう思念体を飛ばすことはなくなっていた。その代わり、現実の姿があの姿にどんどん近づいてくる。
もうどうしたらいいか分からなかった。
……自覚したらもう駄目だった。好きすぎて、まともにしゃべることもできなくなった。
なにしろ、「ああ、かわいい。膝に乗せて、至近距離で思う存分鑑賞したい。というかこんなかわいい生き物を保護しなくていいのか。一生傍から放したくない」とか思ってたから、これを口に出したらまずいと思った。
言ったら確実にドン引かれるような甘いセリフばかり浮かんできて、我ながらヤバいと判断。しゃべらないようにするしかなかった。
気を抜いたらだらしない顔になりそうだったから、なるべく無表情をこころがけた。
―――それが誤解を生んだ。
実はランスには注意されたことがあった。でも気にしなかった。
甘えがあったんだろう。リューファは婚約者。周りも認める、予言で決まった結婚。必ず結婚できる相手だからと、甘く見ていた。
まさか婚約解消したいなんて言われるとは。
「おーい、クラウス、入るぞ」
ジークがノックして、王・王妃と公爵の父に弟をともなって入ってきた。
「一体どうしたんだ? 朝一で全員来いって言うなんて」
王も心配そうに、
「お前がそんなことを言うのはよほどのことだな。具合も悪そうだ。今日はもういいから休みなさい。侍医を呼ぼう」
王妃も息子の顔色に慌てて、
「まあまあ、ひどい顔色。熱はない?」
「熱はないです。病気じゃない。それよりみんな、聞いてほしい。リューファに婚約解消を言い渡された」
全員停止した。
たっぷり十分沈黙する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
真っ先に我に返ったのはジークだった。文字通り炎を発して怒鳴る。
「おいっ! クラウス、お前まさか、かわいいオレの妹に無理やり手を出したんじゃないだろうな! 結婚するまでは手を握る程度しか許さんと言っただろーがっ!」
「出してない! というか、手もつないだことない!」
クラウスは情けない事実を怒鳴り返す。
好きすぎて触れたらどうなるか分からないから、必要に迫られたエスコ―ト以外で触れたことなんかない。
王夫妻と公爵はあわあわしている。
ランスが頭を抱え、冷静に状況分析した。
「えー……整理しますよ。昨日クラウスはリューファと結婚式の打ち合わせをするつもりだった。ところがいきなり婚約そのものをなしにしたいと言われて、パニクッてると」
「冷静な分析感謝するよ」
皮肉か。
「リューファがそう告げた理由は、さしずめクラウス様に嫌われていると思ったから、でしょうか?」
「なんで分かった?」
クラウスがすがるようにランスを見れば、ため息つかれる。
「前に言ったじゃないですか……。あんな態度じゃ、誤解を招きますよと。僕らとは普通に会話するのに、リューファとはほとんどしゃべらないんじゃ、そう思われますって」
「好きすぎて緊張して話せないんだよっ!」
「いくつだよお前……」
ジークがつぶやく。
「うるさい。みんながみんな、お前みたいに好意ダダもれ、好きだ好きだと言えまくるわけじゃないんだよ」
「はいはい、周りはみんなクラウス様がそうだと知ってますよ。だから僕らも黙って見てましたが、リューファに言っといたほうがよかったかもしれませんね」
「やめろ! かっこ悪い。バレたら死ねる」
クラウスのほうが頭を抱える番だった。
「この期に及んでかっこつけてる場合ですか。婚約者が好きなのは何も悪いことじゃないですよ。むしろそれでいいじゃないですか」
「そりゃそうだが……今さら何言っても信じてもらえないだろうな。リューファは俺が別の女性を好きだと勘違いしてる」
「なんだとおおおおおお!」
ジークが再び炎をまとった。
火系攻撃魔法最高レベル発動!
「クラウス、きさまああああ! 世界一かわいいオレの妹がいながら、浮気しやがったのかあああああ!」
たいていの魔物はこれ、気迫だけで逃げ出す。
過去、怒ったジークは町三つぶんくらいのエリアをぶっ壊したことがある。後にはぺんぺん草も生えない。
後ろでは父公爵も同じように燃えあがってる。大火事だ。消防を呼ぼう。
クラウスもとうとうキレた。
「勘違いだって言ってるだろうがっ! 俺はリューファ一筋だっ!」
ランスが冷静に聞く。
「で、もちろんそう言って否定したんですよね?」
……クラウスは視線をさ迷わせた。
「……それがその……呆然としてるうちにリューファは帰ってたから……」
「言ってないんですか」
ランスが長―いため息をつく。
王夫妻も情けない息子にあきれた。
「そもそも、なぜそんな誤解が生まれたんです? 別の女性なんてどこから出てきたんですか」
「俺が女物の宝飾品を買ったと偶然知ったらしい。自分はもらってないし、母上や親戚にも贈ってない。てことは別の女性にあげたと思ったんだなと思われた。で、好きな人がいるなら自分のことは気にしなくていいから一緒になってほしい、お幸せにと言われた」
追い打ちかけられた気がする。
「買ったのは事実なんですか?」
「……事実だ。リューファに似合うと思って買ったやつだ。でも特に理由もないのに贈るのもアレだし、恥ずかしいし、結局しまいこんだまま……」
「アレってなんだよ」
そうやって渡しそびれたものが山ほどある。小さい頃からたまりにたまって、一部屋うまってる。
ドレスなんか、今じゃサイズアウトで着られないのがいくつあることやら。
ジークが魔法を解除し、憐憫の情を浮かべた。
「あの部屋か。あれどうするんだよ」
「あのですね、王子が婚約者に物を贈るのに理由は必要ないでしょう。単に好きだから、でいいじゃないですか」
「いっそあの部屋見せてやれよ。これだけ想われてたって知れば、誤解も解けるんじゃないか?」
「……無理だ」
クラウスは再びデスクにつっぷした。
「リューファはお前らの重い愛情をうざいと思ってるのに、そんなことできるわけないだろ……」
無口キャラを貫いてたのはそのせいもある。反対に静かなタイプなら好かれると思った。
「ああ、うん……」
ジークとランスは顔を見合わせた。
気の毒そうな感情が黙ってても伝わってくる。
「そんなことを言ってる場合ではない!」
王が俄然やる気を出して、息子の首根っこをひっつかんだ。
「リューファ嬢には結婚してもらわねばならんのだ! お前が口下手でヘタレなのは分かってるが、しゃべれ! とにかくしゃべれ! 態度に出せ! 態度に表さなきゃ分からん! 今から皆でリューファ嬢のところへ行くぞ!」
王は息子をひったてて走り出した。
公爵親子に王妃まで慌てて後をおっかけた。
勇者のキーワードは「不憫」が定着。これからもっと加速します。