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21 勇者は嫁を溺愛する

 俺は丘の上でぼんやり追憶にふけっていた。

 ここはかつてあいつの屋敷があった場所だ。

 今ではアローズ公爵領の一部。色々あって前世の俺の名義になり、死ぬ前にテオに譲っておいたもの。以降代々受け継がれてきたのだろう。

 ……あいつとはよく遊んだっけ。危ないから屋敷の周辺で遊べと言われてたのに、おてんばだから結構遠くまで連れ出されたな……。

 懐かしさに口がほころぶ。

 ―――ふと指輪が熱くなった。

 言ってなかったが、この指輪はお互いリンクしている。一方の身に危険が迫ったり、何か異変が起きると反応するようになっていた。王族独自の護身用システムが組み込まれているのだ。

 ―――リューファに何かあった。

 考えるより早く瞬間移動していた。

「リューファ!」

 指輪があるから居場所も分かる。彼女は俺の部屋で泣いていた。飛びついてくる。

「クラウス様っ!」

 自分でも間抜けなくらい動揺する。

「ど、どうした? 何があった? 誰に泣かされたんだ、そいつ斬りに行く」

 ほんの少し留守にしてた間になにがあった。

「クラウス様が帰って来ないから……っ。いくら呼び出しても出ないし、な、何かあったんじゃないかって心配で……っ」

「え」

 アホとしか言いようのない音が出た。

 ちょっと待て。泣かせたの俺か。俺が原因か。

「俺のせい?」

「そうですよっ!」

 うろたえて時計を見れば、けっこうな時間が経っていた。ぼんやりしてたからかなり時間がかかっていたのに気付かなかった。

 ……ああ、うん、これは怒るな。

「あ……ごめん。気づかなかった。うわ、すごい着信の数」

「気づかないほど何してたんですか! ま、また『魔王』でも現れて、ケガでもしたんじゃないかって……っ」

また泣きだすから、さらに慌てた。

前世関係のある場所を回っていたと言えば、体を強張らせる。

まさか。

「……それが、恐かったんです。前世の記憶が戻ると、元いたところに帰りたくなるから。……もう戻ってこないんじゃないかって、恐くて……っ」

 ……ああ、そうか。

 俺は優しく頭をなでた。。

「大丈夫。俺は必ず帰ってくるよ。リューファがいるから」

 そうだったろう?

「……本当ですね……?」

「本当。何があっても俺は()()のところへ行く。俺たちはずっと一緒だ」

 それが俺の唯一で最期の望みだったのだから。

 もう二度と離さない。

 やっと手に入れた最愛の女性を抱きしめた。

 思いあまってキスしたが、抵抗されなかったから有頂天になってたと思う。

 ご機嫌でバレッタをやれば、俺が作った事実にはびっくりしたらしい。

 ああそうだよ、下手だよ。

 でも好きな女にプレゼントするからがんばったんだよ。

 前世なんか俺は貧乏で金もなかったし、ガキなりに考えて下手くそなりにがんばったんだ。

「どうです? 似合います?」

 さっそくつけたリューファがきいてくる。

 ()()()と重なり、懐かしさと同時に空しさが去来した。

「……クラウス様?」

「何でもない。それより、呼び出した用事って何なんだ?」

 軍本部が大騒ぎになっているという。

 おやおや。俺が留守でも機能するよう、ちゃんとなっているはずだが。

 それほど大事件かと飛んで行けば、怪盗のせいだと。

 機嫌が急降下したのは仕方ないだろう。

 足跡つかんでとっ捕まえてやる。

 そうしたらリューファがパニックを起こした。俺に置いていかれると思ったのが原因だ。

 なぜそこまで恐れているのか察しがついたから、全部後回しにしてリューファを落ち着かせることに全力を傾けた。

 さすがのジークもランスも容認してくれた。

 やっと落ち着いたリューファは寄りかかってうたた寝してしまった。

 無防備というか、何というか。

「かわいいなぁ」

「オレの妹がかわいいのは当然だろ。クラウス、兄としてはまったく面白くない状況なんだが?」

 ジークがいらだちを隠さず、背後に仁王みたいなのしょっている。そこらの魔物ならこれだけで逃げ出すな。

「俺の嫁なんだからいいだろ。いい加減妹離れしたらどうだ」

「うるさい」

「まぁ正直、そこまで安心しきってる姿見ると怒るに怒れませんが」

 ランスが微妙な顔をしている。リューファは俺の腕の中で心底安心したように寝息をたてている。

 シューリが肩をすくめ、

「よかったじゃないですか。そこまで信用されてるんだから」

「どこからどう見ても無邪気な嫁と、新妻がかわいくて仕方ない脳みそとけてるダンナの図ですけどね」

 フォーラは容赦ないな。

「仕方ないだろう。やっと嫁にできてうれしいんだから」

「別に非難はしてませんよ。よかったですねと言ってるんです」

 遠まわしに、そっけない態度とってた頃のことをチクチク刺してるな、これは。甘んじて受けることにした。

 俺は嫁を抱きかかえたまま立ち上がった。

「さて、現場回るか」

「は? クラウス、お前、そのまま行く気か?」

「そうだが?」

 嫁と離れる意味が分からない。

 ランスとフォーラがげんなりしている。

「私とシューリがついてますから、リューファは寝かせてあげておいたらどうですか」

「目を覚ました時に俺がいないとパニックになるぞ」

 俺もそうだったから分かる。

「寝てる間に抱っこされて連れまわされてたと知れば、嫌われると思います」

 ……ランスの言うことは一理ある。

「なら、見えなければいいんだろ」

 小さく呪文を唱えた。

「これでよし。リューファの姿を見えなくした」

「そんな魔法が?」

「まぁな。前世の知識を使えば造作もない。だって、かわいい嫁の寝顔を人に見せたくはないからな」

「……色々言いたいことはあるが、黙っとく」

 ジークが眉間を押さえた。

 本当にリューファを抱えたまま現場を回った。魔法がきちんと作動しているから、誰一人としてリューファには気づかなかった。

 どこを回っても得られたのは同じ。

「怪盗はどうやら古代魔法の使い手っぽいな」

 ジークが言った。

 リューファは仕事柄古代魔法に通じているが、ジークやランスは使えない。危険性を考えたリューファが教えないからだ。

「しかも禁術指定され、現存しないよね」

 そう。一度世界から抹消されたはずだ。

 フォーラが考えこみながら、

「公開されていた魔術を完全に消去するのは不可能よ。いくら本を焼いても取りこぼしがあるでしょうし、人の頭の中には残ってる。もしくは抹消される以前の時代に生きていた人間で、記憶を保持したまま転生したのかもしれないわ」

「それに、こっちに協力するそぶり見せてるのもおかしくない?」

 まあな。

 該当する人物として一番ありえそうなのはテオの転生者だが、これが違うことを俺は知っている。なぜならかつての弟が転生した人間が現在おり、俺の知っている人物で、しかも前世の記憶がないからだ。

「テオか……」

 あいつが同時代に転生し、今もなお、あいつを助けようとしているのは無意識に違いない。俺と同じようにあいつを助けられなかったことを悔やんでいた。まだ幼かったテオには無理ないことだが。

「……姉思いなやつだ」

 怪盗が襲撃先で発見した、被害に遭った一家を聴取したところ、一家は怪盗を軍人だと思っていたようだった。軍の中でも秘密裏に動く特殊部隊だと。

 そんなわけはない。だったらあんな派手な格好をするものか。

 一家にとっては自分たちを助けてくれたし、「いい人」という認識らしい。お菓子をもらった子供など、完全に惚れたようだ。

「いい人かなぁ?」

 ジークが首をかしげる。

「暴行されてた一家を救ったし、封印のアイテムをわざわざ届けてきたし。そこまで悪人じゃないんじゃない」

 シューリが言う。

 だから困る。怪盗と言いながら盗みはしていないから、今捕まえたとしてもせいぜい不法侵入くらいの罪しか問えないのだ。

 むしろ悪人を捕まえたり、犯罪の証拠を提供してくれたので、チャラにしておつりが出る。

 リューファが「かっこいい」などと言わなければスカウトしたいくらいだ。

「本当に何者なんでしょうね」

 ランスが考え込む。

「さあな。あの派手なナリもどうせ変装だろうし」

 少なくとも素顔ではあるまい。異国の服を着ているのもわざとだろう。ああいう派手で特殊な姿をしていれば、普段地味な姿なら同一人物と分からない。

 この辺りであんな遠方の国の服を手に入れるのは困難なはず。が、実際着ているという確証はない。幻術という方法がある。

 おそらくは幻術。念のため東のほうの国の服を扱う業者に聞いてみたが、あんな衣装は見たことがないという。だからやはり幻術の可能性が高い。

「そういえば、リューファはああいう服が好みなのかな。取り寄せてみるか」

「東の方の国の服ですね」

 祖母の店があるから一番詳しいフォーラが言う。

「確かキモノといったと思います。画像だけならあったような……」

 魔法によって膨大なデータを記録してある手帳をめくる。あったとかで、見せてくれた。

 後でリューファが言うには「着物ドレス」というやつらしい。

「よし。取り寄せよう」

 即決した。

「では祖母の店ならツテがありますから、頼んでおきますね」

「頼む。色はピンクな。差し色は赤か白。絶対似合うぞ」

 ジークもくいついていた。

「いいな。シューリもぜひ着てほしい。男物のやつ。かっこいいからな!」

「まぁ間違いなく女性たちが叫んで、喜びのあまり気絶するわね」

「うんうん。てわけでかっこよくて強いシューリ、俺と結婚してくれ」

 シューリが無言でジークを空に打ち上げた。

 キラン。

 今日もよく飛ぶなぁ。

「……あーあ。でも兄さん、今日はずいぶん我慢してたほうだと思うよ? いつもならもっとプロポーズしまくってる」

「今日は静かだから油断してた。あいつ、いつになったら学習するんだ」

「妹の様子がおかしかったから、ジークも我慢してたのね。プロポーズ病? 一生治らないんじゃない。ただ、簡単にどうにかする方法ならあるわよ」

「なに?」

 期待をこめてきくシューリに、フォーラはあでやかな笑みを浮かべた。

「結婚してあげればいいのよ」

 男装の麗人の顔がものすごく歪んだ。

「断る」

「あら、そう? あなたならジークのファンも怒らない、っていうか大喜びすると思うわよ。リューファも結婚したことだし、あなたもあきらめてお嫁に行ってあげればいいのに」

 嫁に行くのか婿に行くのか分からない絵面だな。

「私のことよりフォーラはどうなの。後を継がなきゃならないんだから、大事でしょ」

 フォーラは一人っ子なので婿をとる必要がある。

「私? 私なら心配ないわよ。ふふふ」

「……危ない気がするのは気のせいじゃないよね?」

 間違いなく危ないな。

 フォーラと同類のランスだけはけろりとしていた。

「ところで、払い下げ品と隣国から買い取ったもの、もう仕分け終わって運んでいいそうです。持って行きますか?」

「ああ、そうだな。俺がやろう」

 瞬間移動を使えば簡単だ。

 一瞬で全部公爵邸に運んでやった。

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