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2 勇者に婚約解消申し出ました

 今の私はリューファ。『勇者の嫁』。

 しつこいくらいこのフレーズが出て来るけど、私は下手したら名前よりこっちで呼ばれることのほうが多いんだ。仕方ない。もうあきらめてる。

 私には前世の記憶があって、そこでは地球の現代日本の普通のJKだった。

 でも、ある日ぽっくり死んじゃった。

 あ、終わったな―――。

 そう思った次の瞬間、別の世界にいた。

 生まれたばかりの赤ん坊として。

 意味が分かんなくて、きょどりまくったのは当然だよね。

 未来の地球に生まれ変わったんなら分かるよ。けど、そこはあきらかに違う世界だった。

 だって、人が普通に魔法使ってるんだもん。

 それに、ちょうどお伽話みたいな世界だったし。

「ちょっと、どういうことおおお?!」

 叫ぼうと思ったけど、出てきたのは赤ちゃんの泣き声。

 そうだよね。私、今、生まれたての赤ん坊でした。

 新生児はしゃべれません。

 泣くだけです。人間がしゃべれるようになるのは、一年くらいしてからです。

「おお、元気な娘だ!」

「おめでとうございます!」

 たくさんの人が祝福してくれる。みんな魔法使いみたいな恰好をしていた。黒じゃないけど、魔法使いっぽいローブをはおってる。

 へえ、ローブの色は個人の趣味か。魔法使いってみんな黒かと思ってた。色とりどりで、いいんじゃないかな。

 格好が全然違うのは父親らしい軍人風のおっさんと、母親らしい疲れ切ってる女性だけだ。

 一番年かさのおばあさん魔法使いが、私を抱えた父親……たぶん、の前にひざをつく。

「予言の『勇者の嫁』の誕生、おめでとうございます」

 なんのことよ。

 私は聞きたかったけど、また「ほぎゃほぎゃ」しか音が出ない。

「誕生を祝して、我々から贈り物を。美しくなりますように」

 おばあさんが私の手を両手でくるむ。数秒して放すと、別の魔法使いが近づいてきて同じようにした。

「賢い子になりますように」

 また別の魔法使いが。

「病気をしませんように」

「優しい心の持ち主になりますように」

 そうやって、次々「贈り物」をする。

 まるで『眠り姫』にしたみたいに。

 ただ、魔法使いがみんなおばあさんてわけじゃなかった。男性もいるし。年配の人もいれば、若い子もいた。あれは魔法使いというより、魔法少女の域だな。

 ―――これが長かった。やっと終わった時には、母親はさらにくたびれてた。

 こら。出産したばっかの女性に無理させてんじゃない。

 文句言おうとしたら、そこへ「陛下と殿下がいらした!」と知らせが届いた。

 陛下? 殿下? だれ?

 その方を見ようとしたけど、見えない。

 生まれたばかりの赤ん坊はあまり視力がよくないのだ。赤子の体は不便だな。

 あー、まどろっこしい。

 どうにかできないもんか!

 ……ふっと視界が変わった。

 目線が上になり、視界もクリアになる。

 見下ろせば、自分らしい赤ん坊が母親に抱かれていた。

 ええええええ、幽体離脱しちゃった?!

 え、ちょ、死んだばっかで転生して即、幽体離脱ってなに?!

 そんな例ある?!

 なにしろ体は半分透けていた。しかも、他の人には見えてないらしい。

 魔法使いって幽霊は見えないのか。

 妙なことを発見してしまった。

 しかし、どうしたらいいか今度は今度であわあわしてたら、人垣が割れていかにも王様と王子が近づいてきた。

 王子は五歳くらい? 黒髪で紫色の目。利発な子みたいだ。

 紫の目って時点で、やっぱりここは地球じゃないんだな。

 幼いながら軍服を着てて、キリッと整った顔立ち。端的に言うと美少年だ。しかもクール系。

 はっきり言おう。イイ。

 この子、大人になったら絶対モテるぞ! 超絶イケメンになることは間違いない。

 クール系美形軍人、いいじゃない? 私の中の萌えの血がたぎる。将来が楽しみだわー。

 いいなあ、こんな子ほしいなぁ。

 近所のおばちゃんみたいなこと考えてたら、視線を感じた。

 王子がこっちを見てる。

 ん? 私が見えるの?

 王子はすぐに見間違いかと目をこすり、赤ん坊に目を向けた。

 父親が赤ん坊を引き取って、王と王子に掲げる。

「予言の娘です」

 父親はむさくて暑苦しい外見の持ち主だが、感動したのか涙をぼろぼろこぼしてる。ふけよ。私にかかる。

 見かねたのか、王子とは別の少年がハンカチを差し出した。この場には王子のほかに二人少年がいた。たぶん私の兄だろう。

 王はうなずいて言った。

「そうか。この子が我が息子の婚約者……」

 婚約者?!

 私は叫びたくなった。

 もう一度言いたい! どういうことだ!

「はい、魔王を倒す勇者となられる運命のクラウス殿下を助ける者、と予言の娘です」

 とっても説明的なセリフありがとう、お父さん。←たぶん

 ナイスタイミングで、しかも一文で解説してくれたね。

 でも、ちょっと待って。ツッコミどころ多すぎて、頭がついていかない。

 どこからつっこんだらいい?

「名はリューファ。古い言葉で福音をもたらす者。『勇者の嫁』にぴったりでございましょう」

「そうだな」

 少年―――クラウス様?はおそるおそる私の頬に触れた。

 ………………。

 私は意識を体に戻し、手をのばして彼の指をつかんでみた。

 彼はちょっとびっくりしていたが、不快ではなかったらしい。そのままでいた。

 王や王子はしばらくあれこれ話していたが、やがて出産直後に迷惑をかけたと去っていった。

 私も肉体は赤子だ。疲れていたんだろう。

 しばらくして、うとうとと眠りについてしまった。


   ☆


 さて。

 現代日本の普通のJKが、死んだら『眠り姫』みたいな異世界に転生してしまった。私に分かったのはとりあえずそんなところだった。

 意味不明にもほどがあるんで、地道に情報を集めた。

 ―――幽体離脱して。

 まず、この世界は中世ヨーロッパ風のお伽話のような世界であること。

 魔法使いが当たり前にいて、共存してる。魔法の力はだれにでも使えるわけじゃなく、生まれつきらしい。

 今生の私の名はリューファ。公爵家の娘だった。

 父親は予想通り、あの暑苦しいおっさん。中身はそのまま熱血バカだ。代々優秀な軍人を多く輩出してる家系らしく、その典型的なパターンだという。

 えー、こんなのがいっぱいいるの? そういう部分は受け継がなくていいよ。不要なDNA。

 母親は対しておっとりした婦人。大商人の娘で、ひとめぼれした父が求婚しまくってゴールインしたそうな。あまりの暑苦しさに根負けして承諾したんじゃないだろうかという気がしないでもない。

 兄弟はやはり二人。上は父そっくりの熱血バカ軍人。でも顔はいい。よかったね。そういうタイプが好きって女性はそれなりにいるし、まぁモテるとは思うよ。

 下はさわやかスポーツマン風軍人。外見は母似の細身だ。こっちもモテるだろうなぁ。

 まったく似ていない兄弟だが、共通点は妹―――つまり私を溺愛しているという点だろう。

 正直、重い。

 人は「イケメン兄ズにかわいがられるなんてうらやましいっ!」って言うが、限度があると思う。当事者にしてみればやってられない。

 もし生まれた時から婚約者が決まってなかったら、「妹と付き合いたければ、俺たちを倒して交換日記から始めてもらおう」ってガチでのたまってたに違いない。

 父も同調してるんだから始末が悪い。

 ……婚約者。

 うん、これが問題だ。


   ☆


 ―――うん、これが問題だ。

 私は空を見上げて考えた。地球と同じ青い空、一つの太陽が浮かんでいる。

 今日はドリミア王国皇太子の二十一歳を祝う会が行われる。

 皇太子……つまり私の婚約者クラウス様だ。

「はああ……気が重い……」

 侍女によってばっちり完了しているおめかしに似合わぬため息をもらす。

「おーい、何やってるんだ、リューファ。行くぞ」

「遅れるよ?」

「あ、はーい」

 兄たちに呼ばれ、私は観念して表面上にこやかに馬車へ乗り込んだ。

 国内でも一、二を争う名家の我が家の馬車は馬が特別製だ。馬っていうか、ペガサス車?

 馬車はふわりと空に舞い上がり、ゆるやかに走る。

 魔法とメルヘンが混在するこの世界では、ペガサスも実在する。そんなに数は多くないけどね。

 敷地内にはペガサス牧場もあって、繁殖を行ってる。これが家業の一つっていうのはツッコミどころだと思う。

 空から見下ろせば、緑の大地が地平線まで広がっていた。

 今日は農民も畑作業はお休み。あちこちで酒や料理の飲めや歌えやのお祝いしてる。

 国あげてのお祝い事だ。

「どうしたの、うかない顔だね」

 下の兄、ランスロット、通称ランスが声をかけてくる。

 げ。

 笑顔をとりつくろってたのに、兄にはばれてたらしい。さすが兄。

 でもすっとぼけてみせる。

「やーね、ランス兄様、なんのこと?」

「お兄ちゃんの目はごまかせないよ。なにかあったのか?」

「ドレスが気に入らなかった、とか? そんなことはない。リューファはいつでもかわいいぞ」

 上の兄、ジークフリート、通称ジークがあからさまに目じりをさげながら頭をなでてくる。

 私が着ているドレスは髪の色に合わせたうすピンクだ。レースやリボンがふんだんに使われ、歩くたびにひらひら揺れる。

 私の外見が外見だから、着るのはたいていこういうラブリー系だ。白ロリに近い。

 花びらみたいにピンク色の軽くウェーブした髪、葉っぱみたいな緑色の目。平均身長よりやや小さくて、フリフリひらひらのドレス。ようするに「かわいい小さな女の子」に見えるらしい。私は今年十六になるのだが。

 いつの間にか前世で死んだのと同じ年になってしまった。前世じゃ「小さな女の子」なんて言われてなかったぞ。

 今生じゃ見た目が人形みたいだから、「つい守ってあげたい小動物」←ジーク兄様談、なんだそうだ。中身は全然違うというのに、迷惑な見た目である。

「別にドレスに不満はないよ。ていうか、言える立場じゃないし。これ、クラウス様からの贈り物だもん」

 ピンクと白基調のラブリードレスを指す。凝った作りで、どう見ても金がかかっている。

 うちも公爵家だから金持ちだけど、王族はケタが違うわ。

 王子の婚約者が出席するんだから、と贈られたドレスだ。

「いいじゃないか。似合ってるし。クラウスも喜ぶぞ」

 ジーク兄様はクラウス様の親友だ。私が生まれる前からの「ご学友」。同い年だし、誰に対しても公平で熱血で単細胞な兄とは馬があったらしい。

 単純で裏表がないからね。

「かわいいかわいいリューファの姿を見せてやるのは惜しいけどな!」

「髪飾りが曲がってしまったね。直そうか」

 ランス兄様が手際よく直してくれる。さすが女ったらし、手つきが慣れてるな。

「ありがと、ランス兄様」

「それとも、誕生日プレゼントどうするか、迷いに迷ったから?」

 一応婚約者への誕生祝だ。これが非常にめんどくさいイベント。

 言っちゃ悪いが、うん、めんどくさいのだよ。

 これまでは手作り菓子で回避していた。値段がつけられないものだし、「真心こもってますよ」と主張できる。私は前世の知識があるし、違和感ないレベルで「ちょっとがんばって独自性のあるの作ってみました」を演出したのだ。

 ……が、今年は手ぶら。

 兄たちが不思議がったのも当然だろう。

「うーん、まぁ、今年はちょっと特殊なのにしようかと……」

「持ち運べるものではないのかな。ま、なんでもいいんじゃない?」

うむ、持ち運べるものではないというのは当たっている。

「そうそう。リューファからもらったものなら、クラウスはたとえ消し炭でも喜んで家宝にするぞ」

 ……消し炭はどうだろうか。

 まぁ何であっても、婚約者からもらったものなら、外聞があるから捨てられないか。

「それとも、貴族連中が大勢来るから嫌なのかな? 中には嫌な奴も、下心のある奴もいるからねぇ。ま、お兄ちゃんたちが守ってあげるから心配ないよ」

 私が嫌なのはそこじゃない。そんな連中、笑って受け流せる。

 私だって伊達に十五年公爵令嬢をやってない。それくらいの処世術は身に着けてる。

「一応クラウスもいることだしな」

 うん、それ。

 困ってるのは、婚約者そのものなのよ……。

 でも口には出さなかった。

「違うの。また注目されるから面倒だなと思ってただけ。『勇者の嫁』として」

 肩をすくめてみせる。

 兄たちは「ああ」とうなずいた

「『勇者の嫁』としてしか見てもらえないのもなんだかねー。ま、仕方ないことだけどさ」

「そんなふうにしか見ない奴はほっとけ。嫌がらせされたら言うんだぞ、ぶちのめしてくれる」

「二度と馬鹿な考えが浮かばないよう教育しておくからね」

 二人とも、恐い。

 過去それを実行に移したことを私は知っている。

「うん、ありがと、兄様たち」

 なので笑っておいた。

 もしいても、言わないよ。これまでと同じくね。

 私が堂々とやり返すから、心配ナッシング。

 内心グッとこぶしを突き上げる。

 似た者兄妹を乗せたペガサス馬車は次第に硬度を落とし、城に着いた。

 馬車を下り、兄たちにはさまれて歩いていく。会場の中庭にはすでにたくさんの貴族が並んでいた。私達の姿を見ると、一斉に頭を下げる。

 というか、私に。

「『勇者の嫁』」「『勇者の嫁』だ」という声があちこちであがる。

 はいはい。

 それは私のキャラ属性であって、名前じゃないよ。

 兄たちには女性陣の視線が集中している。なにしろ二人とも美形軍人で公爵の息子、皇太子妃*予定の兄だ。

 これだけでもポイント高いのに、家柄よくて実力あって才能豊か、中身も良し←そうか?じゃ、めちゃくちゃ有望株。

 しかも赤髪で熱血タイプの兄と青い髪でさわやか系な弟、タイプの違うイケメンが並んでいる。これはいい絵面だ。実の妹でも写メとっときたいと思う。

 私の知人女性は軒並み兄たちのファンで、しょっちゅう「ラブレター渡して!」って預かっている。

 いやぁ、前世じゃなかった体験だね。

 ただ残念ながら、ジーク兄様には好きな人がいる。ベタ惚れだ。あの暑苦しい愛を受け止めるのはなかなか困難だろう。

 ランス兄様はさわやかな外見とは裏腹に、相手が途切れたことがない。けっこうな女ったらしだ。

 正直、どっちの兄もおすすめしない。

 屈強で長身の兄たちにはさまれると、私はさらに小さく見える。「小動物」っていうのは、比較対象が比較対象だと思う。

 まして私のキャッチコピーは『勇者の嫁』。魔王にさらわれて助けを待ってる囚われの姫みたいな単語だ。余計にか弱く見えてしまう。

 私達に頭を下げながら誰も寄ってこないのは、私が王子の婚約者だからだ。一般的に王族と同じ扱いをされる。王族は気安く声をかけていいものではない。

 気楽な友達とのおしゃべりも簡単にできない。やっぱり『勇者の嫁』なんてなるもんじゃないわ。

 いや、これが嫌な理由の最たるものじゃないけどね?

 こっそりため息ついてたら、「殿下のご入場です」という声がしてドラゴンが降ってきた。

 ぶわっさあ。

 ドシーンとは下りなかったけど、翼から出る風圧がある。私のドレスがぶわっとなりそうになったので、裾を押さえた。

「いいかげん、この登場はどうにかなんないのかしらね」

 私が冷やかにつぶやくと、ジーク兄様が笑った。

「王族は竜に乗って登場ってしきたりのことか? 歩いてくるのは平凡、かといってホウキに乗ると見た目がな。派手さでドラゴンってことになったらしいぞ」

「それを知ってるから微妙だなぁと思うのよ」

 見栄っ張り。

 クラウス様がひらりとドラゴンから飛び降りた。

 ちなみに竜はレッドドラゴン。昔、魔物退治の時にクラウス様が偶然卵を見つけ、孵してヒナから育てたものだ。オス。

 全身真っ赤、高温の火を吐く。大きさはゾウ三頭ぶんくらい。

 主食は魔物←マジか、で狩ったけど処分に困ってた魔物をバリボリ食べてくれてる。いいのかなぁと思わなくもないが、これが食物連鎖ってものだろう。

「やぁ、リューファ」

 クラウス様はまっすぐ私のところへやって来た。

 一応婚約者だから、そりゃそうだろう。

 でも顔は笑ってなかった。

 幼き日の予想通り、クラウス様は超絶イケメンに成長していた。

 黒い軍服はさらに凝った作りになって、職人の本気が分かる。金の飾緒ってやっぱりいいなぁ。

 誕生会だというのに帯刀しているのは正装だから。甲冑こそつけていないが、長身痩躯、文武両道、非常に真面目な軍人。武装すると「どこからどう見ても勇者」になる。

 クールで口数が少なく、真面目な皇太子。

 魔物が現れれば『勇者』の名にかけて真っ先に退治に向かう正義漢。

 ……生まれる前に『勇者』になるって予言が出た人だもんね。

 私が『勇者を助ける存在』と言われたように、クラウス様も生まれる前にそういう予言が出ていた。

 正直、気の毒だと思う。同類として言わせてもらう。

 ―――この国には古くから伝わる言い伝えがある。かつて封じられた魔王が復活し、いつか世界を征服しようとすると。だが必ずや魔王を倒す勇者が現れ、平和が戻る。

 RPGでよくあるヤツだと言ってしまえば話は早い。

 が、その魔王はどんなので、いつだれにどうやって封印されて、どこに現れるのかってとこだけど、それが不明。

 おいおい、ちょっと待て。

 なんでも元ネタは大昔にどこぞの魔法使いが未来予知で知ったことらしいけど、もっと詳しく分からなかったのか。中途半端な予言は困るんだけどな。

 ゲームの世界なら謎解き感覚でよろしいが、現実ではごめんこうむりたい。

 詳細な情報どころか攻略本がほしいところだ。そんな危ない敵、さっさと弱点攻撃して終わりにしようよ。それまでにがんばってレベル上げとくから。回復系アイテムもしっかりそろえとくよ。

 その正体不明の魔王を倒すと予言されたのがクラウス様。生まれた時から王子なだけじゃなく、『勇者』ってジョブまで決定してた。

 選択肢なし、ジョブチェンジ不可能な決定。

 嫌でも魔物と戦わなきゃならない人生。

 大変だぁ。

 二次元だからこそ勇者なんていいけど、現実はきついのなんの。危険度マックスな職業だからね? コンティニューできないし。

 が、クラウス様本人は構わないらしい。根が真面目だから、魔物退治は苦じゃないそうだ。人のためになることだと、喜んでやってる。ええ人や。

 まぁ、世のため人のために尽くせる人じゃないと、『勇者』なんてやってられないと思うけどね。

 …………で、だ。

 その嫁が私……。

「こんにちは、クラウス様。お招きありがとうございます」

 私はにっこりしてドレスの裾をつまみ、お辞儀した。

 クラウス様は相変わらず無表情だ。

 うーん、いつもながら表情筋が死んでるな。

 職業柄、クラウス様はあまり感情を表に出さない。人当たりのいいロイヤルスマイルか無表情がデフォルトだ。下手に感情を出してしまうと戦闘時魔物につけこまれるからと、いつ頃からかそうなった。

 小さい頃はもっと表に出してたように思う。今も素直に感情を見せているのは兄たちだけだ。

 私はそこに入っていない。

 うーんと考えてたら、レッドドラゴンが頬ずりしてきた。

 この子は私も一緒に育てたから慣れている。よしよしと頭をなでた。

「ドレス、ありがとうございました」

「……ああ」

 一言だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 婚約者に対してあまりにそっけなさすぎる態度だ。

 例年ならここで誕プレ渡すが、今年は手ぶらなのを見て、おや?とは思ったようだ。

「うんうん、かわいいだろー」

 ジーク兄様が私の肩に手を置く。

「リューファのかわいさは世界一だ。ありがたく脳内メモリに永久保存しておけよ!」

「お前のシスコンはたいがいにしておいたほうがいいぞ」

 あきれ声を出すクラウス様。

 ほら、兄とは普通に会話してる。表情筋もちゃんと動いてる。

「兄さん、またリューファの髪が崩れるよ。せっかくきれいなんだから。ほら、これでよし」

「そろいもそろってリューファに甘いな。お前たちもそろそろ恋人作って落ち着け」

「オレはいるぞ! まだ返事もらえてないがな!」

「胸を張るところじゃないぞ、ジーク。それって暗にふられてないか?」

「いや、脈はあると思う! なくても努力と根性で好きになってもらうまでだ!」

「脳みそまで最近筋肉化してないか」

 私にはそっけないのに、兄たちとはしゃべっている。

 私はそれを冷静に眺めていた。

 ……やっぱり、……だと思うのよ。

 静かに一人納得した。

 やがて王と王妃も到着し、パーティーは始まった。

 この国ではあまり格式ばったことはしない。王がざっくばらんにあいさつし、クラウス様も短く礼を述べる。

 『勇者の嫁』だけどまだ結婚はしてない私は、クラウス様の側にいても公式行事であいさつすることはない。黙って控えているのがお仕事だ。クラウス様がそれでいいと前に言った。

 始まってしばらくはみんながクラウス様にお祝いを述べに来る。その間も少し後ろでにこにこしていた。

 それが終わるとみんな自由にパーティーを楽しみ始める。

 食事は立食形式で、あちこちにテーブルがある。

 出し物はそこらへんで複数やってる。魔法のショーや地球上では想像上の生き物の芸。

 さて、私はどうするか。

 クラウス様が私を見た。

 何か言いたげだが、口は閉じている。

 長い付き合いで、私の希望を聞きたいのだと分かり、進んで言った。

「お腹すいちゃったんで、なにか食べたいです」

「分かった」

 クラウス様は左腕を少し曲げる。私はそこに手を添え、食べ物が並べられたテーブルに近づいた。

 兄たちは「ここからは二人にさせてやろう」とめいめい楽しみに行く。ジーク兄様は猛アタック中の意中の女性のところへ。ランス兄様は速攻女性陣に取り巻かれて愛想ふりまいてる。

 私を溺愛してる兄様たちだが、夫に決定してるクラウス様だけは二人きりでも文句を言わない。

 なんだかなぁ。

 テーブルに並んでるのはどれも私の好物ばかりだ。遠慮なく皿にとって食べる。

 普通の姫ならおしとやかーにしてほとんど食べないんだろうけど、私は違う。せっかくコックが作ってくれたのだ、その気持ちを無視するのはいかがなものか。

「んー、おいしい」

「……いつもおいしそうに食べるな」

「だっておいしいですから。城の料理人は腕が違いますよね。クラウス様は食べないんですか? しっかりバランスよく食べて適度な運動、健康の基本ですよ」

「……ああ」

 クラウス様も手には取るが、あまり口に入れていない。目もどこだか分からない方向を向いている。

 私はクラウス様をつついた。

「クラウス様が食べないと、お口に合わなかったといって料理人が叱責を受けるかもしれません。あまりお腹がすいていないなら、私の皿にのせてください。代わりに食べます」

 私だって、考えなしにぱくついてるわけじゃない。こういう席だとクラウス様はあまり食べ物を口にしないから、代わりに私が食べ、「ちゃんとおいしいですよ」と示さねばならないのだ。そうでないと、本当に料理人ががっかりする。

 食べても運動してカロリー消費すればいいだけ。

 クラウス様は黙って私のほうにいくつかのせた。すぐ食べる。

 私は一応婚約者。これならクラウス様は婚約者の世話が忙しくて自分は食べる暇がないと見せかけられる。端からは「婚約者にいそいそと食べさせてる微笑ましい光景」に見えることだろう。

 もぐもぐやりながら、周囲のショーも鑑賞する。同様の理由で王子や婚約者がまったく見てもいないとまずい。

 こういう配慮は必要なのだ。厄介だけどね。もぐもぐ。

 おいしいのは本当なので、ちょこちょこつまみながら見ていた。

 ひとしきり堪能してから皿を置く。

 見計らっていたかのようにクラウス様が口を開いた。

「……少し抜けるか」

 おや。

 私は眉をあげた。

 クラウス様がこんなことを言うのは珍しい。

 疲れてるのだろうか。

「分かりました」

 私はまた腕につかまってついていった。

 主役が抜けても、一緒にいるのが婚約者だから誰も気にも留めない。

 どこへ行くのかと思いきや、クラウス様の執務室だった。

 調度品は少なく、実用的なものばかり。堅実なクラウス様の性格がよく表れている。

 それにしても、自分の誕生パーティー抜けて仕事って。ちょっとかわいそう。

 私をつれてきたのは、それなら仕事してると思われないからだろう。主役が仕事してましたじゃ、周りも気ィつかうもんね。

「お仕事しすぎですよ。こんな日くらい休まれたらどうですか。私ができるものは、お手伝いします」

 クラウス様は手を振った。

「そういうわけじゃない。君があまり乗り気でなさそうだったから抜けただけだ」

 ありゃ。

 クラウス様にもばれてたか。

 生まれた時から知ってるもんなぁ。

「そう見えました?」

 完全に隠していたはずだが。

「ジークとランス以外はだれも気づいてない」

 兄だからね。

 それにしても今はよくしゃべるな。

「具合でも悪いのか?」

 私は首を横に振った。

 ちょうどいい。そろそろ言うべき時だろう。

「いいえ。クラウス様に言わなければならないことがあって、切り出すのが、ちょっと気が重かっただけです」

 クラウス様は無表情で私を見た。意外だと思ってるのが私には分かったけど。

「ああ、ちょうどこちらも話がある。今年君は十六になるな」

 この国では十六で成人。結婚が可能になる。

 私はうなずいた。

「はい。私がお話ししたいのもその件です」

「前から取り決めてあったが、君の十六歳の誕生日に結婚式を行う。基本的にしきたり通りになるが、もしなにか希望があれば……」

「そこなんですけど、ちょっと待ってください」

 クラウス様の言葉を遮った。

「どうしてもお話ししなければならないことがあります」

 ……やっぱり、あまり気は進まない。

 でも言わなきゃなぁ。

 これは私から言わないといけないこと。

 ため息ついて、顔を上げた。

 正面からクラウス様の目を見て告げる。

「婚約を解消してください、クラウス様」


   ☆


「婚約を解消してください」

 そう言った時のクラウス様の顔は見物だった。

 唖然としてる。

 呆然。

 私には無表情がデフォルトのクラウス様にしては珍しい。こんな顔、初めて見た。

 目が点になってる。マンガみたいだな。

 ボーゼン。

 私はもう一度繰り返した。

「婚約を解消させていただきたいです。これが私の今年の誕生日プレゼントです」

 クラウス様はやっと正気を取り戻して叫んだ。

「な、何でだ!」

 クラウス様が叫ぶなんて、これまた珍しい。

 魔物を倒す時の掛け声なら聞いたことあるけど、平時では決して大声を出す人じゃない。

 ……まぁ、慌てるのも当然だろう。これは予言により決められた結婚だ。

「何かまずいことしたか?」

「いいえ。というか、昔から考えてはいたんです。私たちの結婚は予言によって決められました。でもこれはよくないと思うんですよ」

「よくない?」

「クラウス様が内心私との結婚を嫌がっておいでなのは知っています。ですから、やめたほうがいいと思うんです」

「は?」

 クラウス様はまたあっけにとられた。

 バレてないとでも思ってたんだろうか。

「いつ頃からか、私とはあまりしゃべらないようになりましたよね。兄たちとは普通に会話するのに。目も合わさないし、あまりこちらを見たがらない感じだし。私が嫌いなのは馬鹿でも分かりますよ」

「え?」

「『勇者を助ける』と予言の娘だから結婚しなければならないって我慢してるんでしょう? 本当なら私なんかより美人で性格も良くて、好みの女性がいいに決まってる。そりゃそうですよ」

 うんうん。私なんかより素敵な女性がこの国にはたくさんいる。

「いや、その……」

「無理して結婚しても、お互い不幸になります。クラウス様から婚約破棄できないのは、私に悪いと思ってるからでしょう? 気にしなくていいです、婚約解消しましょう」

 私ははっきり言い切った。

 ふう、やっと言えた。

 胸のつかえがとれたよ。

 クラウス様は何も言わない。頭の中を色んな考えが高速回転してるのが分かる。

 これで好きな人と結婚できる、ラッキー。嫌な女を我慢する必要もなくなる。ああでも、リューファのほうはどうなる? 言い出したのが向こうでも、周りからは婚約破棄されたかわいそうな娘になる。生まれた時から決まってたのに。

 ……とか、そんなとこだろう。

 だから遠慮しなくていいって言ってるのに。

 私は肩をそびやかした。

「簡単な解決法がありますよ。予言の解釈が間違ってたって発表すればいいんです。私が『勇者』を助ける運命にあるのは、あくまで仲間としてだったと。本当の伴侶は別にいたって言えばいいんです」

「本当の伴侶?」

「クラウス様が好きな方です。贈り物を買ってるじゃないですか」

 今度こそクラウス様は固まった。

 別に石化魔法は使ってないけど、完全に硬直してる。

 解除呪文唱えたほうがいいかな?

「な……なぜ……」

「なぜ知ってるか、ですか? 偶然知ってしまいました。母の実家の取引先の商人が、この前クラウス様が女性用宝飾品を求めたと。てっきり私へのプレゼントだと思って反応を聞いてきたわけですが、私は心当たりなどありません。王妃様や親族の女性へ贈られたのでないことも分かっています。ですから好きな女性がいて、その人にプレゼントしたのだと分かりました」

 淡々と話す。

 怒りはない。むしろあるのは申し訳なさだ。

「それは……」

 クラウス様が言いよどむ。

「もっと早く言ってくださればよかったのに。進んで婚約解消しましたよ。……心配はいりません、婚約解消しても魔王討伐のお手伝いはします。ただの幼馴染になるだけですよ。本当に好きな方と幸せになってください」

 あっけにとられているクラウス様にお辞儀すると、私は踵を返した。

 ああ、やっと言えた。

 私は実にすがすがしい気分で帰宅した。



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