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~矢に乗せる想い~

シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 冒険者ギルドの裏にある練兵場の隅に規則正しい音が響く。


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 練兵場の隅に設置された的に向かい、エリクは黙々と弓を引き、矢を放つ。

 見る者を魅了する美しさを放つその姿は、完成された芸術品の様でもあり、幼い頃より何千何万回と行ってきたであろう血の滲むような修練の果てに磨かれた宝玉の様でもあった。

 しかし、美しさの一方で、どこか鬼気迫るその姿に声をかける者はおろか、近寄る者すらいなかった。

 いったいどれだけ続けているのか、体からは大量の汗が吹き出し、弦を引く指は裂け血が流れている。

 的が見えなくなるほどの矢を放ち、手元の矢が尽きると、重たい足を引きずりながら矢を回収し、また再び矢を放つを繰り返していた。


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 規則正しい音が突如途切れる。流れた血で弦が滑り、矢を落としてしまった。

 しかし、エリクは血を拭うでもなく、無機質に自分の手を見つめると、腕を振るって血を飛ばし、再び弓を引き始める。


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 このまま進むのか、一度引くべきか……今日一日かけ冒険騎士養成学校入学するか否か、各々がもう一度自分で考えるということになり、エリクも街を彷徨い歩きながら自問自答していた。

 今後を左右する重要なことなので、姉と話し合って決めるべきだと思い、姉の元に向かうと


「私は私で考えるから、あなたもあなた自身で考えなさい。話し合うのはそれからにしましょう。」


 そう言って突き放された。半ば拗ねる様に宿屋を飛び出し今に至る。


 私は物事を深く考える事が、あまり得意ではないと自覚している。今回も自分なりに思案してみたものの、様々な事柄が頭の中で絡み合い、目的地など無く辿り着いた冒険者ギルド裏手にある練兵場で弓用の的を見つけ、気が付くと弓を引いていた。考え事をするよりも、体を動かしている方が性に合っている。

 矢を放っている内に自分自身の弱さに腹が立ってきた……悔しい。あの時の戦いが、敗北が忘れようとしても忘れられない。


 悲しい事辛い事があった時、私は昔から弓を引く癖があった。いつ頃からだったかはもう忘れてしまったが、不思議と矢を的に当てている内に気持ちがおさまり、悲しい事を忘れる事ができた。しかし、今は何度矢を放っても、何度弓を引き絞っても、気持ちがおさまることはなかった。むしろ矢を放てば放つほど、自分の弱さが浮き彫りになるような気さえしていた。

 

 私は「飛剣」に二人で挑んだあの時、アイツの立案した作戦に半信半疑だった……いや、半分以上疑ってさえいただろう。

 アイツは「飛剣」を一人で抑えると言い放ち。矢を当てる隙を作ると言ってきた……正直バカな奴だと思っていた。出来るわけがないと思っていた。直前まで四人でも圧倒されていたのだ、一人になってなにができるものか……と。そう思っていた……

 だが、あの男……ユートは宣言通り「飛剣」相手に対等に戦い、作戦通り勝ちへの道筋を作り上げた。


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ

 

 十数秒の短い時間ではあったが、彼の動きは引き込まれるように美しかった。剣技には余り詳しくない私でさえ、長い修練を感じることの出来た流れる様な剣舞……まさに舞を舞う如く次々と繰り出される太刀筋は、あの「飛剣」を押してすらいた。

 援護の矢を撃ってやろうと傲岸不遜に傲り高ぶっていた考えは、瞬く間に打ち砕かれた。まるで矢を撃つポイントを指し示されているかのような動きに、私は引き込まれるように矢を放っていた。

 そこまで細かい打ち合わせなどしていなかった……だが、最後彼の背中目がけて矢を放った時、絶妙なタイミングで避けてくれる事を確信すらしていた。私の意志で撃ったのではない……彼の動きに撃たされたのだ。


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 実際彼は私の矢を上手く使い、あと一歩まで「飛剣」を追い詰めた。それでも勝てなかったのは私のせい、私の力不足……

 ユートは策を練り、「飛剣」と対等以上に刃を交えた。ギルバートも「飛剣」の重い攻撃を幾度も受け止めていた。クレアは短い間とはいえ「飛剣」を抑え込み活路を開いた。私は…何もできなかった……

 あの時、あのメンバーの中でメインのアタッカーは私だったはずだ。なのに私はまともな一撃を入れる事ができなかった。

 勝負にはたらればが無い事は分かっている。しかし、私が最後の「飛剣」の一撃を避けていたら……気を失うのがもう少し遅ければ……


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 

 そんなイライラした気持ちの整理が出来ぬまま、また次の選択肢を突き付けられた。

 このまま養成学校に入学すれば、間違いなく危険に身を晒すことになるだろう。どの程度の危険なのかは分からないが、下手すると今度は本当にクレアの命を失ってしまうかもしれない。


 そんなのは嫌だ!!クレアを失うなんて考える事などできない……考えたくもない。


 集落を出れば危険なことぐらい分かっていた。冒険者というものも危険と隣り合わせな仕事であることは理解していた。そのすべての危険から私がクレアを守る。そう心に決めていたし、本気でできると自分を信じ疑わなかった……

 実際私には弓の腕があり、集落では大人以上に上手く扱うことができた。狩りでも一番の獲物を狩り、ここまでの旅路で何度もクレアに近づく害悪を打ち払って来た。

 しかし、上には上がいる事を思い知った……得意としていた弓が、必中と信じていた矢が悉く躱された。

 その上、守るべき存在だと思っていたクレアに守られてしまった。私は、無様に逃げ出す事しかできなかった……クレアを残して私だけ、逃げた……


シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ

シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ  シュッ


 私はどうするべきなのだろう……幾ら撃っても答えが出ない……


「改めて見ると恐ろしい精度だな。お前の弓は……」

「!!あっ!」


シュッ


 背後から突然声を掛けられ、


「すまん、驚かせちまったな……」

「別に……どんな状況でも外したのはわた……ボクの責任。」


 振り向かずにそう告げると、次の矢を番えようとして矢筒が空なことに気づく。

 矢を回収する為に的に向かって歩き出すと、後ろからユートがついてくる。


「………何?」


 立ち止まり、振り返りながら睨みつけ尋ねる。


「手伝う。」

「いらない。」

「そう言うなよ。さっき邪魔しちまった詫びだ。」

「…………」


 私の拒否を無視してユートが矢を集め出す。黙々と的から矢を抜くユートの背をジッと見つめる。


「これ、結構しんどいな。くそっ!抜けねー。」


 鏃を傷めないように、的は藁を束ねた柔らかいものだ。その分矢は深く刺さるので、抜くのに意外と手間がかかる。


「今のうちにその手……手当しとけ。」

「…………!!」


 的の方を向き、矢を抜きながらそう言ったユートの言葉で、初めて自分の惨状に思い至る。

 酷い有様だ……手の指は皮が裂け、流れだした血が肘まで滴っている。埃まみれの顔は、汗と涙でぐしゃぐしゃだった。まったく酷い有様だった……

 慌てて袖で顔をごしごし擦る。手の方はどうしたものか暫く悩んだ挙句、勢いよく手を振り血を払う。


「うぉ!!」

「あっ!………」


 血を飛ばした先には、いつの間にか矢を抜き終えたユートが立っており、私の血が彼の顔と服を赤く染める。


「……ごめ……」

「ったく、お前は色々と雑だな。」

「…………」

「そんなんじゃダメだ。ほら、見せてみろ。」

「あっ!!………」


 持っていた矢を地面に置いたユートに、強引に手を捕まれる。


「少ししみるぞ……」

「痛っ……」


 ユートは腰に下げた水筒の水で、埃と混じり黒ずんだ血を洗い流していく。


「本当はアルコールが良いんだけどな。取り敢えず応急処置だ。」

「…………」

「これで良し。次は………」


 そう言いながら腰のポーチを漁り、白い布切れを取り出すと私の手に巻き始めた。


「刀の手入れ用の布しかないが我慢してくれ。安心しろ、洗ってあるし今日はまだ使ってない。」

「別に!!……」

「動くな。ほら手を伸ばしてジッとしてろ……」

「……………」


 有無を言わせず布を巻きだすユート。


「…………なんで……」

「…………お前に、一言謝ろうと思ってな……」

「謝る?何を?」

「………………」


 ユートは問には答えず、無言で布を巻いていく。


「こっちはこれで良し。ほれ、そっちの手を見せてみろ。」

「……………」

「……「飛剣」との戦いの事だ……」

「!!」


 布を巻きながら、呟く様に話し始める。


「俺は最後の最後まで有効打を当てる事が……できなかった……」

「あれは……」


 違う!!私こそ当てなきゃならなかったのに!!


「俺が「飛剣」を抑えると豪語しときながら、抑えきることができなかった。」


 違う違う!!十二分に抑えていた。それでも当てられなかったのは私の力不足!!


「最後……一瞬でも俺の能力発動が早かったら、お前に「飛剣」の攻撃はいかなかったはずなんだ……俺がもう少し早く動けていれば……」


 違う違う違う!!あれだって私が気を抜かなければ、最後までしっかりと見ていれば避けられた!!


「作戦立案も含めて、俺の見込みが甘かった……」


 違う違う違う違う………


「ちが」

「って謝ろうと思ってたんだけどな………お前が弓を引いてる姿を見て考えが変わった。謝るのは……止めだ。」

「…………」

「ほら終わったぞ。」


 下を向くと、所々ズレてはいるものの、白い布で丁寧に巻かれた自分の手があった。


「なぁ、俺は……俺達は全然ダメだったな………」


 そう言って悔しそうに拳を握りしめるユートの手にも、自分と同じように赤黒い染みの付いた白い布が巻かれている。


「なぁ、エリク……」

「……なに?」

「次やる時は「飛剣」に圧勝してやる。「飛剣」だけじゃねー。上位の奴ら総なめにしてやる。」

「……………」

「上の奴ら全部蹴散らして、俺が冒険者の頂に立ってやる!!」

「……………」


 突拍子もない大言壮語を、真剣な顔で空に拳を突き上げそう宣言する。

 あの化け物の様な「飛剣」でも、その頂には立っていないのだ。私達はその「飛剣」にすら勝てていない。普通に考えたら冗談にもなっていない。それなのに何故そんな事が言えるのだろう……

 

 ………バカな奴……でも……なんだろうこの気持ち……イライラ?モヤモヤ?……でも、なんだか嫌な感じだけじゃ無い……

 ハッキリと言い表せない感情が私の胸の奥で渦巻いている。


「ユートさ~~ん、エリクさ~~~ん。」


 名状しがたい己の感情の答えを探していると、遠くから自分の名を呼ぶ声のする。声の方を振り返ると、練兵場の入り口からアビーとクレア、それにギルバートまで姿を現す。

 アビーがこちらの名を呼びながら駆け寄って来る。相も変わらず無駄に元気で少し鬱陶しい。


「こんな所で~何してたんですか~?」

「鬱陶しい!くっつくな!!」


 駆け寄ってきたアビーが、ユートに纏わりついている。

 私はコイツが苦手だ。誰彼構わず直ぐくっつくし、間延びした喋り方も好きになれない。


「結局皆集まってしまったね。」

「お前ら何でここに居るんだよ。」

「ギルド前でばったり会ってしまって……エリク!その手どうしたの?」


 私の腕に巻かれた布に気づいたクレアが、心配そうに駆け寄り手を掴んでくる。


「なんでもない……痛っ」

「なんでもないことないでしょう?血が出てるじゃない!!」


 手に巻かれた白い布を、赤く染める血を見たクレアが、怖い顔で詰め寄ってくる。

 どうしよう……理由を言ったらたぶんクレアに心配かけちゃう……


「クレアすまん。少し模擬戦してたら熱くなり過ぎた。二人してコケちまった。」

「!!」


 ユートが同じ様に布の巻かれた手を、ひらひらと振りながらそう言った。


「ユートさんも怪我してるじゃないですか!!二人共大丈夫なんですか?」

「すまん…一応応急処置したが、宿に戻ったらしっかり治療してやってくれ。」

「もう二人共心配させないでください!エリクは目を離すと直ぐ無茶をして……ユートさんも少し気を付けてください。まったく貴方達は……」


 クレアが腰に手を当てて怒っている。クレアは一度お説教モードに入ると長い……


「クレアさ~ん。日も暮れてきちゃいましたし、帰りましょ~。」

「……そうですね。取り敢えず帰りましょうか。」


 アビーの言葉でクレアの説教が止まる。

 コイツの事少し好きに……


「お説教は帰ってからゆ~~っくりとしてあげてください。」


 ………やっぱりなれそうもない。


「ちょっと待ってくれ……」


 宿に戻ろうとする面々を、ユートが呼び止める。


「………なんだい?」


 振り返るとそこにあったユートの真剣な顔に、代表してギルバートが答える。


「帰る前に一つ聞いておきたい……」

「うん。」

「………皆どうするか……道は決まったか?」


 ユートの問に各々が答えを返していく。


「はい。決めました。」


 クレアはにっこりと笑いながらそう答える。


「愚問ですね。私は最初っから決めてましたから~。」


 アビーは胸を張りながらそう答え、


「ここに来たのは決意を新たにする為だからね。皆、同じなんじゃないかな?」


 ギルバートがそう言って締めくくる。

 ユートは皆の答えを聞くと、フッと小さく笑い、頷き歩き出す。


「うっし!んじゃ帰るか!」

「お~~~!!」

「今日の晩御飯も多いんでしょうか?」

「だろうね。どこかにストマキ草売ってないかな…消化不良に効くらしいし……」

「ユートさんユートさん。私の分しょうがないからユートさんに半分あげます~。」

「いらねーよ!自分で食え!」

「わ、私の分も……」


 皆がワイワイと雑談しながら歩き出す中、私だけ立ち止まったまま動かない。


「エリク。どうした?帰るぞ。」

「…………」


 ユートが振り返り私を促す。そんなユートに向けて絞り出す様に声を出す。


「…………貴方には無理。」

「は?何がだ?」

「冒険者の頂点には……ボクが立つ。」

「ほぅ………」

「だからユート、貴方の番は回って来ない。」

「面白い冗談だ。」

「冗談じゃ……ない。」


 そう言ってユートの顔を真正面から見つめる。ユートも私の視線を真正面から受け止めていた。


「そうか……それじゃあ勝負だな……」


 ユートはニヤッと笑いながら、拳を私に向けて突き出す。


「言っとくが、負ける気は無いぞ。」

「ボクも……無い。」


 そう言って私も拳を前に突き出す。

 白い布と布が、私とユートの間でゴツンとぶつかる。

 皮の剥けた手が少し痛んだが、気分は良かった。

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