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~運命街道~

ゴン!


「痛っ!」


 跳ねるように馬車が揺れ、幌の支柱にももたれ掛かる様に座っていた俺は、頭をぶつけてしまう。受け身も取れない自分の体が情けなくて泣けてくる……


 『飛剣』との戦闘訓練は、俺達の敗北という形で幕を閉じた。攻撃を避けきれなかったエリクは、『流星』という技を発動させた時点で、気を失っていたらしい。

 本来は発動後に繊細な着弾地点の修正を行うらしいが、気を失ったエリクにその術は無く、矢は軌道修正が行われぬまま、目標である『飛剣』から離れた地点に着弾。限界以上の能力発動を続けていた俺もそのまま気を失い、目が覚めた時には既に馬車の上で揺られていた。

 当然の結果と言われれば、そうなのかもしれない。むしろ傍目から見れば、四人がかりとはいえ、遥か格上の存在である『飛剣』相手に善戦をした様に見えたらしい……実際、何人かの人からは、激励や称賛の声をもらった。


 シルバーはどこから情報を仕入れたのか、俺達に対して過剰ともいえる称賛を述べていた。

「惜しかったらしいですね。訓練とはいえ、あの「飛剣」をギリギリまで追い込むなんてそうそうできる事ではないですよ。」

 とのことだったが、「飛剣」が大剣を鞘から抜き放った状態であったら、追い込む前に細切れにされていただろうし、全然惜しくなんてない。むしろ上位者との力の差を見せつけられて自信喪失気味だ。


 オルガさんに至っては、

「あの時は横槍を入れてしまって申し訳ありませんでした。」

 と、全く心当たりのない謝罪をしてきた。何のことを言っているのか頭を捻って考えていると、

「その気持ちをいつまでも忘れずに精進してくださいね。」

 と、意味不明な言葉を残し笑いながら去っていった。


 「飛剣」は俺達の前に姿を現すことは無かったが、矢の補充をするという約束を守ったらしく。目が覚めると馬車に大量の矢が積まれていた。エリクは歓喜していたが、俺的には馬車が狭くなって辟易している。ただ、俺達の装備の補修まで金を出してくれるらしく、イングリッドで落ち着いたら「飛剣」行きつけの鍛冶屋に行くようにと、シルバー経由で伝えてきたことに関しては感謝している。


 斯くいう俺はというと、能力の使い過ぎによる反動と戦っていた。泥の中を泳いでいるような粘ついた倦怠感、全身を包み込むような鈍い痛み。

 倦怠感が正常な思考を奪い、必要以上に卑屈になってしまう。敗北の二文字が頭の中をグルグルと回り、あの時にこう立ち回っていたら……あの瞬間にこう動いていたら……そんな事ばかり考えてしまう。


 しかし、そんな停滞した俺の思考を余所に、俺達の周囲は目まぐるしい勢いで変化していく。

 まず商隊全体が移動速度を速めることになったらしい。俺達の乗っている馬車も、時折跳ねるように車輪が浮くほどのスピードで疾走している。おかげで今まで以上にこのボロ馬車の乗り心地は悪くなった。倦怠感と全身の痛みで、咄嗟の反応が遅れる俺にとっては最悪の環境と言っていい。馬車がこのスピードで走り出して以来、先ほどの様に体をぶつける事が多々ある。

 乗り心地以上にこのボロ馬車が壊れてしまいそうで心配なんだが……まぁ、そのおかげで商隊はあと少しでイングリッドの街に到着するところまで来ている。

 

 二つ目は護衛体制の変化だ。現在俺達の馬車は、正式に商隊左側面の護衛として隊列に加わっている。オルガさんを通し、商隊からの正式な依頼という形で護衛に着くこととなった。

 なぜそうなったのかまでは教えてくれなかったが、恐らく何らかの緊急事態なのだろう。でなければ、俺達の様な新人にもなっていない奴等に護衛を任せるということはありえない。

 事情がよく分からない上での護衛なんて本当は断りたかったのだが、商隊に既に同行させてもらっている身の上から断ることはできなかった。それに正式な護衛依頼ということで、イングリッドに到着した際に多少ではあるが報酬も出るらしい。正直長旅で疲弊しきっていた我が財布事情には、多少であっても報酬が出るのはありがたかった。他の皆も懐事情は似たようなものなのだろう。報酬の話が出た時に浮かべた顔色で、互いの苦労を分かち合ってしまった……少し絆が深まった気がした。


 報酬話での絆は笑い話だが、あの訓練以来俺達の間にある『なにか』は確かに深まった。その『なにか』はまだ絆と言えるほど形のある代物ではないが、確かに感じる事ができた。

 特に最後にエリクの矢を背後で感じた時、アイツも俺と同じ様に笑っていた気がする。とても小さな『なにか』が『神器』の奥に込められた『神記』の中でカチリと音を立ててハマった……そんな気がしたんだ。

 そんな感情を俺に抱かせたエリクはというと……今まで以上にシスコンに磨きがかかり、訓練以降姉のクレアにべったりと張り付いている。現在もクレアの横で猫の様に丸くなり、頭を撫でられながら寝ている。

 

 やっぱり勘違いだな……ってか、羨ましいぞコノヤロー!!

 エリクに嫉妬の視線を向けていると髪をふわっと撫でられる。


「今、羨ましいなって思ってたでしょう?」


 鈴の音を転がした様な笑い声と共に降ってきた声の方を向くと。可愛らしい少女が俺の頭に手を伸ばしていた。


「だから私が撫でて差し上げようかと思いまして。」

「気持ちだけ受け取らせてもらうよ……」


 そう言いながら既に俺の頭に手を置き、撫で始めている少女の手をそっとどかして座りなおす。


「痛っ……」


 動くと体のあちこちがまだ痛む。


「ダメですよ、まだ安静にしていないと……」


 そう言いながら再度こちらに手を伸ばしたままの姿勢で動きを止める。視線はクレアに抱きつくようにうずくまるエリクに向けられている。暫く無言でエリクとクレアを見つめていたかとおもったら、突然何かを閃いたと云わんばかりの笑顔でこちらに向き直る。


「……!!今ならサービスで膝枕もお付けしますよ?」

「いや、気持ちだけで……」


 少女は微笑みと共に俺の返答を完全に無視すると、純白のスカートに包まれた自分の太ももをポンポンと叩く。


「ささ、遠慮なさらずに……」

「いや、だから結構………」

「あっ!照れてますね?照れてるんですね!?」


 三つ目の変化がこの少女だ。商隊の護衛編成が変わる際この馬車に乗り込んできた。シルバーの話では腕の良いヒーラーらしく、訓練で疲弊した俺達の為に他の馬車から回されてきたらしい。

 シルバーの話通りヒーラーとしての腕は確かなようで、何もしなければ痛みで動かないであろう俺の体を、毒かと思う程苦い丸薬と回復の魔法を使うことで、未だ痛みは残るものの動けるまでにしてみせた。


「私みたいな美少女に照れてしまうのは分かりますが……膝枕、するは一時の恥、しないは一生の後悔って言葉も有るじゃないですか……ね?」

「ね?じゃねーよ!しれっと嘘つくんじゃねー!そんな言葉聞いた事ねーよ!そもそも、本当の美少女は自分で自分の事美少女なんて言わねーよ!!」

「なに言ってるんですか。純然たる事実の確認ですよ?」


 溜息を吐きながら、わかってないな~。みたいなジェスチャーがイラッとくる。


「なにが純然たる事実だ!第一、美少女以前にお前 男 だろ!!アベル・マクミラン!!」

「!!!酷ーい!私はアベルなんて名前じゃありません!アビーって呼んでくださいねって言ったじゃないですか~!クレアさ~~ん、ユートさんが酷いんですよ~~、虐めてくるんです~~」


 アベルは完全なる噓泣きをしながらエリクに覆いかぶさるように飛び込みクレアに抱きつく。クレアはよしよしと頭を撫でながら酷いですねーと話を合わせている。


 見た目は完全に少女、しかも本人が言うのでムカつくが、10人の男とすれ違えば10人が振り返るであろう美少女だ……だが、男だ。目鼻立ちのハッキリしたまるで人形の様な顔立ち、旅の間どうやって手入れをしているのか不思議なほどサラサラな髪、小柄で華奢な体型、鈴の音の様な可愛らしい声、全てにおいて完全に美少女なのだが……男なのだ……

 最初シルバーから男性であると紹介があった時は面白い冗談かと思ったが、

「え~~シルバーさん、それ言わない約束だったじゃないですか~~。バラすにしてもタイミング早すぎですよ~~。」

 と、可愛らしく頬を膨らませながら言ってはいたが、アベル……本人曰くアビー自身からも男性であることの否定はなかった。

 全員が衝撃的な出来事に固まっている中、アビーは何故か俺の所にやってくると俺の周りを観察するように何周かグルグル回り、

「私アビー・マクミランと申します。どく……薬事とヒーリングを得意としております。不束者ですがよろしくお願いしますね。」

 目の前でピタリと止まると、天使も嫉妬するであろう上目遣いをしつつそう言った。正直、ドキッとしました……そして神を恨みました……


「アイツ……ウザ…い……どうにか…して。」


 巻き込まれたエリクが、アビーの下からもぞもぞと這い出すと俺を睨む。俺に言うなそして睨むな。


「ウザなんて酷いですよ~~……私達同好の士じゃないですかエリクさ~~ん。」


 アビーの発言にエリクとクレアの動きが固まる。同好の士?この二人何か共通点などあっただろうか?おしゃべりと無口どちらかといえば両極端に位置している気がするが……強いて言うなら背丈ぐらいか…


「な、なんの……こと?意味が……」

「え~~。その恰好は私と同じですよね?だってエリクさんおん……モゴモゴ!」

「ワーーー!!!」


 頭を撫でていたクレアが突然叫んでアビーの口を塞ぐ。アビーはもがくが、相当強い力で抑え込んでいるのかクレアの手を振りほどくことができない。


「姦しいですね、何かあったんですか?」


 馬車の後ろに設置された追加の荷台の上で周囲の警戒にあたっていたギルバートが、騒ぎを聞きつけて幌の中を覗き込んでくる。


「いや、何が何やらさっぱりわからん。突然叫ぶなよクレア。ビックリすんだろ!」

「ご、ごめんなさい。」

「それはいいんですが…クレアさん、そろそろ手を放してあげないと…アビーさんぐったりしてますよ。」


 先程までもがいていたアビーが、今はぐったりとしている。


「ごごごごめんなさい!!アビーさんしっかりしてください!!」


 クレアが慌ててアビーの体を揺するが、今度は揺らし過ぎて首がカクカクと人形の様に揺れている。


「はぅ!!し、死ぬかと思いました……」

「よ、よかった~~。」

「く、苦しい……また死ぬ……」

「あっ!ごめんなさい。」


 クレアが息を吹き返したアビーを抱きしめる。再度、首を絞められたアビーがクレアに謝られている。


「騒々しい奴らだな……」

「そうだね。彼女……アビーさんがこの馬車に乗ってから退屈しないね。」


 ギルバートはそんな騒がしいやりとりを微笑ましく見ながら俺に向かってそう言った。


「彼女って……お前は随分受け入れるの早いな……」

「彼女自身がそれを望んでるんだから、それでいいんじゃないかな?容姿は完全に女の子な訳だし。」

「………それはそうなんだけどよ……」

「それに、彼女の明るさに僕らは随分助けられているよ。」

「………まあな。」


 敗北により落ち込んでいた俺達、特に俺とエリクは酷い落ち込みっぷりだったが、落ち込む暇を与えてくれぬ程纏わりついてくるアビーに大分引っ張られたのは確かだ。エリクも鬱陶しそうな雰囲気を見せつつ、邪険に仕切れずにいる。

 

「えっ?じゃあ……なのは内緒……か?」

「色々……ミングが………って…アビーさんはよく………だって分かり……ね。」

「で……仲間……し事はよく………ですよ。」

「………かっては……だけど……」


 今も三人で顔を突き合わせて何やら内緒話をしている様だ。声を潜めているので、何を言っているのかは分からないが、こうやって見ていると………


「まるで三姉妹のようですね。」

「三人中二人は男だけどな……」


「分かりました!!私に任せてください!!」

「あ、アビーさん?」


 俺とギルバートがほのぼの三人を見守っていると、アビーが大声を上げて立ち上がる。突然の行動に皆が驚きの顔で立ち上がったアビーを見上げている。


「いきなし大声出すなって!」

「アビーさん馬車の中で立ち上がると危ないです。」

「すみません、私としたことがはしたない真似をしてしまいました。」


 そう言って腰を下ろすアビー、座り方が女性座りなのは……もう突っ込まないでおこう。


「で?何が私に任せろなんだ?」

「流石はユートさん。よくぞ聞いてくれました。」

「何が流石なのかさっぱり……」

「ユートさんはエリクさんの格好をどう思いますか?」


 コイツ人の話にさらっと被せて喋りやがった……まあいい、いちいち突っ込んでいたら話が進まない。

 エリクの格好というと……そう思いながらエリクを見ると、エリクが俺の視線にビクッとなる。……この路地裏であったら逃げたくなるような暗殺者の様な姿の事か?


「ん~~、どうって言われてもな……正直もう慣れたな。」

「そうですよね!顔を隠したままなんて仲間として良くないですよね?」


 ………落ち着け。コイツの求めていた回答を出せなかった俺が悪いんだ……まあ、アビーの言うことも一理ある。流石に最初の頃の様にフードを被りっぱなしではないが、目から下は布が巻かれているのでエリクの素顔は未だ拝んだことが無い。


「ふっふっふ~~、気になりますよね?気になるって顔に書いてありますよ。」


 ドヤ顔がムカつく……が、確かに仲間云々は置いとくとしても、気にならないと言えば嘘になる。


「ギルさんも気になりますよね?」

「そうだね。食事の時とか食べずらそうだしね。」

「でしょ~~。という訳で……」

「……な、なに?……」

「あ、アビーさん何を……」


 笑顔でにじり寄るアビーに、エリクが後ずさるが広くない馬車の中ですぐ追い詰められてしまう。クレアはどうしたらいいのか分からないのか、心配そうな顔でオロオロとしている。


「……く、くる…な!」

「観念してください……痛くしませんからっ!」

「やめ……ろ……引っ張る…な!」


 アビーがエリクに襲い掛かり、エリクがジタバタと抵抗している。


「お前ら狭い馬車で暴れるなっ!」

「オロオロ……」


 オロオロって口で言う人初めて見た……じゃなくって!


「お前らいい加減にしろ!ギルお前も笑ってないで止めろよ!」

「すいません。成り行きが面白くてつい……」

「つい…じゃねーよ。ったく……お前ら本当に……」


「っせ~~~い!!」


 いい加減本気で止めようとしたところで、アビーが掛け声と共に布状の何かをエリクから引き抜く。

 あれは……エリクの覆面か?


「…くっ……返せ!」

「エリクさん、往生際が悪いですよ。」

「やめっ!」


 咄嗟にフードを被ったエリクが、顔を隠しながらアビーの持つ布に手を伸ばすが、逆にアビーによってフードを脱がされてしまう。


 !!!!!!!


「うわ~~。想像以上に綺麗な顔立ちしてますね……ちょっと嫉妬しちゃいそうです。」

「流石は美男美女で有名なエルフですね。」

「くっ……見るな!」

「確かに何も知らなければ、クレアさんと姉妹に見えちゃいそうですね。」


 顔を真っ赤にしたエリクを見ながらアビーやギルバートが色々話をしているが、正直俺の耳にはしっかりと入って来なかった。

 クレアの小麦色の肌とはまた違い、透き通るような肌と、同じく透き通るようなエメラルドグリーンの髪、切れ長の目に整った鼻筋、そして髪から少し顔を出している尖った耳、一見すると女性の様な顔立ち。クレアやアビーとはまた違った美しさを持つエリクから目が離せなかった。

 エルフ恐るべし……エリクに対し、なにも事前情報が無ければ、俺も完全に女性だと思ってしまっていただろう。

 しかも相当ハイレベルな美少女だ。成程、アビー言っていた同好の士という意味がやっと理解できた。まぁ、エリクは隠していたので同好ではないと思うがな……

 ずっと覆面をしていた理由もこの顔が原因なのだろう……エルフの姉弟だけの旅路、しかも。どちらも超が付くほどの美形ともなれば、道中の危険度は跳ね上がること間違いなしだ。そんな危険から少しでも自分達を、姉を守る為の覆面か……


「………さん。ユートさん!!」

「うぉ!!痛てっ!!」


 突然鼻先に現れたアビーの顔に驚いて仰け反った拍子で、馬車の縁に頭をぶつけてしまった。


「痛ってーー!ビックリさせんなよ!!」

「ビックリはこっちですよ。話しかけても無視して……さてはエリクさんの顔に見惚れてましたね~~?」

「なっ!ちげーよ!ほ、ほらあれだ……どっかの自称美少女の変態より、よっぽど美人なんで驚いてただけだよ!」

「…………!!!」


 俺の発言で赤かったエリクの顔が更に真っ赤に茹で上がる。横でアビーが「ムッカー!変態ってなんですか!謝罪を要求します!!」とか「自称ってなんですか!取り消してください!」とか喚いているのを無視して、慌てて弁明する。


「いやいやいや、エリク違うぞ!変な意味じゃないからな!?別に俺は変な趣味は無いからな!!勘違いするなよ?」


 必死の弁解も虚しく。顔を真っ赤にしたエリクはクレアの胸に飛び込むと、顔を埋めたまま小動物の様に小刻みに震えている。


「あ~~!ユートさんがエリクさんを虐めた~~!」

「虐めてねーよ!どっちかって言うと俺がお前に虐められてんだよ!!」

「虐めっ子のユートさんは置いとくとして……これで全員が顔を見せあった仲間になれましたね。」

「置いとくなよっ!!……ったく、お前やることが無茶苦茶なんだよ。なっ、クレア?」


 エリクを慰めていたクレアに声をかけると、顔を上げたクレアが俺の予想に反して首を振る。


「いえ、確かに突然で驚きましたけど、私もいつまでも覆面はどうかと思ってましたから……」

「…………」

「そ、そうなのか?」

「ほら~!こういうのは当事者からはなかなか切り出し難いんですよ。エリクさんクレアさん 大丈夫 だったでしょ?」

「…………ん…」

「え?え、あ、はい。」


 アビーのドヤ顔と含みの感じられる発言が少し気になったが、当事者納得しているのなら深く突っ込むのはよしておこう。下手に立ち入ると身の危険を感じる。

 それに俺達には素顔を見せても大丈夫と判断したということは、仲間としての信用を得た証拠なのだろう。そこは純粋に嬉しく思う。


「皆さん、間もなくイングリッドが見えてきますよ。」


 一段落つくのを見計らっていたのか、シルバーが御者席からそう声をかけてきた。


「もう着いたんですか?早いですね……」

「いえ、まだ到着には少しかかりますが、この坂を登り切れば外壁が見えてくるはずですよ。」

「私も見たい、見たいですっ!ユートさんもう少し詰めてください。」

「危なっ!押すなっ!落ちるだろ!」


 俺とギルバートが荷台の後ろから身を乗り出して前方を見ていると、アビーが俺を押しのけて身を乗り出そうとしてきた。男二人で既に狭い場所に入ろうとするので、危うく馬車から落ちそうになる。


「なんでわざわざこっちから見るんだよ。お前もクレア達みたいに御者席側から見ればいいだろ?」

「こっちの方が見やすいじゃないですか。それにこっちから身を乗り出した方が絵になるんですよ。」

「絵になるってなんだよ……ったく。しっかりと捕まっておけよ。」

「フフフ、なんならユートさんが腰に優しく手を回して支えてくれていいんですよ?許可します。」

「許可しますってなんで上から目線なんだよ。嫌なこった。なんなら蹴り落してやろうか?」

「ぶーぶー!酷いです。意地悪です。」


 アビーがなにやら抗議の声を上げているが、無視して前方に目を凝らす。馬車は坂を登っており、周りに生い茂る木々も相まって視界はあまり良くない。


「ところで皆さん。今走っているこの街道の名をご存じですか?」

「この街道に名前なんて有るんですか?」

「モンスター街道?」

「森の道~~」

「残念ながら違います。この道は運命街道と呼ばれています。」

「運命街道?」

「え~~なんか全然イメージと違いますよ~。」

「はははは、そうですね。初めて聞く方はだいたい同じ様な反応をされます。」


 そりゃそうだろう。正直名前負け感がハンパない。この森の中を抜けるだけの周りに木しか無い道に、運命なんてロマンチックなものが存在するとはとても思えない。


「後に英雄と呼ばれる者達は、皆運命に導かれるようにこの街道を通ってイングリッドへ向かうのです。それ故にこの道は運命街道と呼ばれています。」

「成程……って、それ当たり前ですよね?イングリッドへ向かう道はこの道しかないんですから。」

「そうです。半分は冗談で付けられた名前です。」

「半分?残りの半分はなんですか?」

「希望……いえ、祝福ですかね。この道を通った者達が英雄となれるようにと……ほら、そろそろ坂の頂上ですイングリッドが見えますよ。」


 その言葉通り馬車が坂を登りきると、森が切れ一気に広くなった視界に巨大な壁が飛び込んでくる。まだ結構な距離があるというのに視界を埋め尽くすほどの壁の大きさに皆が息をのむ。

 辺境の城塞都市イングリッド。その堅牢さは大陸随一と云われ、強固な壁を有するその街は人とモンスター合わせて只の一度も外敵の侵入を許したことがないという。話では知っていたが、実際に目の前にある城壁に圧倒されてしまい言葉が出てこない。


「皆様、冒険者の街イングリッドへようこそ。未来の英雄に祝福を!」


 シルバーの声で我に返る。そうか……ここで俺は、俺達は冒険者になるんだ。ようやく立てたスタート地点に心の奥底が震えるのを感じた。

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