~昔と今~
バチッと焚き木がはじける。炎を見つめながら男は酒を煽る。
「天下の「飛剣」様がこんな所で寂しく一人酒ですか?」
背後の暗闇から突然現れた狐目の男を一瞥すると再び酒を煽る。
「もう半歩黙ったまま近づいてくれれば首を叩き落してやったのによ。」
「はははは、我ながら絶妙なタイミングでしたね。」
「お前は普通に正面から来れないのか?」
「申し訳ございません。次からはそのように……」
笑顔でそう答えるこの男は、次もまた同じように登場するのだろう。コイツはそういう奴だ……
「だいぶ感傷的な飲み方をされていたご様子ですが……どうかされたのですか?」
「……お前本当に嫌な奴だな。」
「はて……何のことですか?」
白々しくとぼけているが、この男のことだ昼間の件は細部までキッチリ把握した上での発言だろう。
「新人達の若く無謀な熱意に当てられた……そんなところでしょう?」
「その登場の仕方流行ってんのか?人が落ち着いて飲んでるってのに小うるさく集まって来やがって……」
闇の中から現れたオルガに、アルトは酒を煽りながら悪態を吐く。
「若者の行動で感慨にふけるなんて……貴方もずいぶん歳をとりましたね。」
「俺よりもお前の方が……なんでもない……チッ、酒の減りがはえーな……」
凍り付くようなオルガの視線から逃げる様に酒を飲み、後ろで笑いをかみ殺しているシルバーを八つ当たり気味に睨む。
「失礼……で、どうでした?彼らは…」
「あん?んなことわざわざ聞かなくても、お前のことだどうせ全部知ってんだろ?」
「勿論情報として把握はしておりますが、やはり戦いの当事者からの意見は聞いておきたいものです。」
「………俺にあの戦いを語る資格はねーよ。」
「何故ですか?」
「何故って……俺は…勝っちゃいねーからな……」
苦虫を嚙み潰した様な顔でそう呟く。
「勝者のみが語ることを許される……と。おかしいですね……彼らの話では、彼らの方が惨敗だったと伺っていますが……だいぶ悔しがっていましたよ。」
「それがムカつくんだよ!」
「……というと?」
「負けて悔しがるってのは、ある程度対等な立場の時にするもんだ……違うか?圧倒的強者とやって追い詰めたんだぜ?悔しがる必要がどこにある?」
酔いが回ってきたのか必要以上に語気を荒げ、絡むように迫るアルトをシルバーが迷惑そうに押し戻す。
「顔が近い……まあ、そういう考え方もあるかもしれませんね。」
「生意気に奴ら最後まで勝つつもりでいやがった。圧倒的な実力差を分かったうえで、なお勝ちを狙いに来やがった……チッ!」
苛立ちを隠しもせずに酒を一気に煽る。そんなアルトを見てシルバーがクスリと笑う。
「あん?なに笑ってやがんだ?何か可笑しいことでもあったのか?」
「いえ、失礼……彼らが昔の誰かさんにそっくりだと思いましてね。おもわず可笑しくなってしまいました……ね、オルガさん?」
「ええ、実力差を考えず、毎日のように上位の者に喧嘩を売っては返り討ちにあっていたバカが、私達の同期にもいましたね。その度に私やシルバーはヤケ酒に付き合わされました……」
「そりゃバカな奴もいたもんだな……」
オルガは吐き捨てるようにそう呟きながら喉に酒を流し込む。
「しかし、私達はそのバカが放つ強烈な光に惹かれ、行動力に憧れたのも事実です。最近はCランク最強などと言われ調子に乗って立ち止まっていますがね。」
「……………」
「まぁまぁ、オルガさんその辺で……」
「はぁ……まったく……」
視線から逃れるように身を捩りながら飲んだくれるアルトに、オルガはまだまだ言い足りない言葉を飲み込み溜息に変えて吐き出す。
今回の事が良い起爆材料になればいいのですが……オルガは心の中でそう呟く。飲んだくれているのも、自分の現状に対する苛立ちからだろう。ただ上を目指し、突き進んでいた昔の自分を思い出してくれたはずだ。彼らには感謝しなければなりませんね……
「話を戻しますが、客観的に見ていた貴女的にはどうでした?」
「そうでした、その話でしたね……脇道に逸れすぎました。掻い摘んで話すと……」
四人での立ち回りから始まり、クレアの見事な意地、ユートとエリクになってからの戦闘とオルガは要所を纏めながら話していく。
「では彼らは最初の鏑矢を上空に放った瞬間には最後の一撃までの絵を描いていた……と?」
「彼らというか恐らく彼……ユート君ね。最初の魔法詠唱を準備と言い切ってしまう辺りとか、彼の作戦なかなか興味深いわ。」
結果的には作戦は失敗し、隊は全滅してしまったが、発想は面白く思い切りも良い。そもそも圧倒的実力差のある敵と遭遇した場合、格下の者がとれる行動は3つだけだ。逃げるか、救援が来るまでねばるか、一発逆転の賭けに打って出るかだ。
今回の場合、訓練という条件下である以上、逃げる事はできず救援の当てもない。救援の当てのない消耗戦など強者の思うつぼであり、格下のとる行動ではない。現にユート達以外の新人グループは、格上の「飛剣」相手に防御主体の戦いを選び、結果「飛剣」は危なげなく彼らを撃破している。
「ふん、ただ図太いだけだろ……」
アルトが酒を片手に茶々を入れる。
「確かにあまり格好の良い作戦ではないかもしれないけれど、上位者の…貴方の性格まで見越した上手い手だと思ったわ。」
「俺の性格だ?」
「アルト、貴方あの時詠唱を止めたら格好悪いって考えた……違う?」
「…………」
「結局最後の一撃は外れてしまったけれど……そうでした……私は彼らに謝らなければなりません。」
最後の一撃の際に咄嗟の事とはいえ、叫んで横槍を入れてしまったことを悔やんでいるようだ。
「気にすんな。アイツらはんなこと気にしちゃいねーさ。それに……癪だが二刀の小僧……ユートの能力発動が絶妙だった。恐らく電撃……だと思うが、奴の攻撃でダメージこそなかったが体が硬直しちまってた。回避行動はおろか防御姿勢すらとれなかった。」
結果的には最後の攻撃は外れ、ユートとエリクの気絶により訓練はそこで終わりになったが、一歩間違えれば負けていたのは自分だっただろう。
「……彼らの評価を上方修正する必要がありますね。」
「実際、個々の戦闘技能に関しちゃ新人を名乗らせるのは詐欺に近いぐらいだ。まぁ連携の方はまだまだなっちゃいねーがな。各々の戦闘スキルが高いから一見噛み合っている様に見えるが、お互いを生かしきれてねー。組んで間もない事を考えると上出来ではあるがな。」
「戦闘評価だけならAランク並の貴方を追い詰めるぐらいですからね。」
「うるせー。大きなお世話だ!」
「索敵警戒能力も悪くはないですね。専門家がいないので戦闘程上手ではないですが、及第点をあげられるくらいには。頭も悪くないですし。」
「ったく、お前らこんなつまらねー話をしにわざわざ来たのか?」
「はい、私はそうですが……オルガさんは?」
アルトの皮肉に飄々と真顔で返すシルバーからの問いに、オルガはここに来た目的を思い出す。
「!!私としたことが……本来の目的を忘れていました……」
「ならとっととそれを済ませてコイツを連れてどっか行ってくれ!酒ぐらい静かに飲ませろ!」
「お酒を飲める状況に戻れるかどうかは分かりませんが…」
「面倒ごとはもう明日にしようぜ。ほら消えないってんならお前らも飲め!」
含みの有るオルガの物言いに、アルトがげんなりとした顔になる。
「私はまだ業務が残っているので遠慮します。それよりも本題に入らせていただきます。」
「ケッ!堅物め……」
「堅物で結構。先行偵察部隊が戻りましたのでその報告を。」
「………面倒な魔獣でもいたか?」
イングリッドのこちら側は、あちら側より比較的安全ではあるが、あくまで比較的であり街を迂回した魔獣がこちら側に出る事もある。
大型の魔獣を討ち漏らすことは少ないが、小型の魔獣はイングリッドの警戒網をすり抜ける事がよくある。一体一体が強力でしかも数が多い魔狼の群などと遭遇してしまった場合、商隊を無傷で守るのは至難の業であり、その為に先行偵察を行っているのだが……厄介な魔獣が引っかかったか?
流石は腐っても一流の冒険騎士。アルトの顔が一瞬で酔っ払いから商隊の護衛隊長の顔に戻る。
「ゴブリンの小隊と遭遇したそうです。」
「…………はぁ?ゴブリン?」
「はい。先行偵察小隊がゴブリンの小隊を発見。そのまま戦闘に突入し殲滅したそうです。」
「……それわざわざ報告が必要か?たかがゴブリンで……」
ゴブリン…妖魔の一種で性格は残忍。辺境に限らずどこにでも出没する割とポピュラーな妖魔だ。オークなどと比べると非力だが、他の妖魔に比べ知能が高く群で狩りを行う。少しでも戦闘の経験が有るものなら一対一で負ける事は無いし、小規模な群であればさほど警戒する必要は無い。
折角身構えたというのに、蓋を開ければゴブリンの小隊殲滅の報告で肩透かしをくらう。
「どんな事案でも報告、連絡は重要です。」
「んな事いちいち報告しに来るなよ。」
「小隊のゴブリンがゴブリンライダーだったとしてもですか?」
「なに!?全部か?」
「はい。5匹中4匹がブラッドウルフに騎乗。1匹は魔狼を駆っていたそうです。」
「!!偵察隊は?」
ゴブリンライダーの小隊、しかも魔狼に騎乗するゴブリンライダーも居たとなると死人が出てもおかしくない。
「幸いジャンの部隊が遭遇しました。皆軽傷です。」
「そうか……報酬の査定に色でも付けてやれ。ジャンは……お前が褒めてやれば十分だろ。」
「了解しました。」
ゴブリンライダー…足の速い魔獣を使役し、さながら騎乗騎士の如き役割を担うゴブリンの呼称である。ゴブリンジェネラルやゴブリンウィザード等の希少種程ではないが、通常規模の群ではいない場合も多い。しかもブラッドウルフよりも上位の魔狼を使役する個体までいるというのは普通であれば考えられない。
「そういえば、今回はゴブリンとの遭遇率が異常に高いですね……」
「はい、前回の2倍、前々回からみるとおよそ3倍の遭遇率です。逆に他の魔物との遭遇率は半分以下ですね。」
「大規模な群………王国が築かれたのかもしれんな。」
「性急な判断はできませんが……可能性は有るかと。」
通常は取るに足らない妖魔であるゴブリンが、ドラゴンに匹敵する危険度に跳ね上がる時がある。それがゴブリンの王、ゴブリンキングが率いる王国を築いた場合だ。
ゴブリンの恐ろしさは残忍さでも知能の高さでもない……繁殖力の強さだ。他種族だろうがなんだろうが手当たり次第に女を攫い子を孕ませるその繁殖力の高さは、1匹見かけたら100匹いると思えという格言があるくらいだ。しかし、普段はその高い繁殖力も、冒険者による間引きや、他の魔獣によって一定数を超える事はほとんどない。しかし、それはゴブリンキングという変異種の出現で一変する。
ゴブリンキングはオーガ並みの巨体と膂力、人間並に高い知能で通常のゴブリンを纏め上げ王国を築く。すると食物連鎖は逆転し、今まで自分達を狩っていた魔獣を逆に喰らいながらゴブリン達は爆発的に数を増やしていく。過去ゴブリンの王国によって滅ぼされた街や国は数えきれない。
「群の中心は恐らくイングリッドの向こう側でしょう。にもかかわらず末端がここまで伸びているということは……」
「相当大きな群ってことか……オルガ、先行偵察隊をあと2部隊増やせ。数で囲まれると商隊を守るのが難しくなる。どうせ間引かなきゃならねーんだ。先行偵察隊による早期発見、殲滅でイングリッドまで乗り切る。」
「ですがそうなると護衛に回す部隊が足りなくなりますが?」
「明日から護衛も全員馬車か馬に乗って移動速度を上げ、先行偵察隊が切り開いた道を駆け抜ける。」
「しかし!もしもの時の為にも護衛の布陣は必要です。」
「護衛の穴は新人達に埋めてもらうってのはどうですか?」
今までアルトとオルガの会話を静かに聞いていたシルバーが口を開く。
「それは私も考えましたが……安心して護衛として組み込めるのは貴方の馬車にいる彼らぐらいでは?」
「そうだな。そもそも今回の新人共数は多いがレベルが低すぎる……能力査定が甘すぎだぜ。シルバーお前サボってんじゃねーか?足引っ張るぐらいならいない方がマシだぜ。」
この商隊にいる新人は総勢20名おり、4台の馬車に分けられて移動している。本来イングリッド行の商隊に乗り込める新人は4~8名、馬車1台ないし2台分の人数しかいない。最低限の力量の無い者は商隊に入る前にはじかれる。
しかし、今回はその能力査定が緩く人数が多い。通常の地域であれば問題無いレベルでも、今向かっているのは大陸で一二を争う危険地帯、大森林に面する最前線基地なのだ。これから伸びていく新人であることを差し引いたとしても、一定水準以上の才能が無ければ、芽が出る前に潰れてしまうだろう。
「サボってなどいませんよ。貴族のお坊ちゃんグループ。あれも使えるでしょう?」
「チッ!アイツらか……確かに及第点はやれるが……」
「まあ、貴方は嫌いなタイプでしょうがね。」
4組の新人グループの中で、ユート達以外に使える新人グループと言われると、アリベルトという青年が率いているグループだろう。前後衛のバランスが良い6人の小隊で、攻守の役割も整っている。
新人は個別でイングリッドを目指す事が普通で、商隊加入時にバランスの良いグループ編成になるとは限らない。ユート達のグループも大分バランスはいい方だが、ヒーラー不在など隊としての穴は多い。
「アイツら別に冒険者がやりたいわけじゃねーだろ?そもそもアリベルト以外は金で雇われた騎士崩れだろ?貴族のボンボンの箔付けに冒険騎士の名を使おうってのはどうかと思うぜ?」
「金も力の一つですよ。」
アリベルトのグループは偶然乗り合わせたわけではない。バリアブル王国の貴族であるアリベルトが金で雇った騎士爵の次男三男で構成されたグループだ。貴族の子弟が将来爵位を継いだ時の為、箔付けで冒険騎士を目指すのは割とよくある話で、アリベルトも恐らくその口だろう。
「ケッ!「豪商」みたいな事言いやがって!俺は好きになれねー。」
「この際貴方の好みはどうでもいいでしょう。偵察隊を3隊編成して先行させます。同時に遊撃隊を2隊編成。偵察隊と連携、進行方向の敵を殲滅。商隊の護衛は正面をアルトと私、左をユート小隊、右はアリベルト小隊、殿を残りの新人で固めます。シルバー、貴方はそのままユート君達の馬車を担当。アリベルト小隊の方にもこちらから一名派遣します。いかがですか?」
出された条件で最善と思われる部隊編成を即座に組み立てる副官に、文句は無いとジェスチャーで返す。そもそも作戦立案という分野において、オルガに勝てたためしがないのだ。
「オルガさん、一つお願いがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
「殿に回す新人の中に、確かヒーラーがいましたよね?」
「ええ、いる事はいますが……」
「おお、いたな!なかなか面白い立ち回りしてたぜ。」
「そのヒーラーをこっちに回してもらえませんか?」
「訓練の時は他の奴らが酷過ぎてダメだったが、アイツは周りがクズじゃなけりゃ使えるな。」
「………確かに、優秀なヒーラーではありますが……その……色々と癖のある人物ですが……」
「はい、彼らなら多少癖のある人物の方が上手くいくでしょう。」
珍しく歯切れの悪いオルガに、シルバーが笑顔で答える。
「多少……いえ、分かりました。そのように手配しましょう。」
「ありがとうございます。」
「では私は部隊編成を行ってまいります。アルト、貴方も直ぐに来てください。」
「オルガ。」
そう言って踵を返し歩き始めるオルガを、アルトが呼び止める。
「まだなにか?」
「猶予はどのぐらいあると思う?」
「情報が少なすぎて何とも言えません……が、イングリッド上層部も無能ではありません。私達が気づいたことぐらい既に知り得ているでしょうし、対策も勿論立てているでしょう。」
「現状でのお前の推測……カンでいい。」
「憶測で戦況を語るのはどうかと思いますが……明日明後日にどうこうという事はないでしょう……ですが半年以内には恐らく……」
オルガは苦い顔をしながらそう答える。オルガ自身ゴブリン王国発生を体験したことが有るわけではない、情報として知っている過去の例に基づいての予測だった。
「一年以内に掃討作戦……イングリッド上層部はそう考えていると思いますよ。」
「シルバー、お前何か知ってんのか?」
「いえ、私も下っ端ですからね何も聞かされてません。ゴブリンの異変についても今知りました。ですが、これで得心が行きました。」
「得心?どういうことだ?」
「今回の新人は数が多くて質が悪い。貴方もさっき言ってましたよね?」
「言ったな。だからどうした?もっと分かりやすく話せ!」
「今回の新人発掘、いつもよりも数を多めに多少の力量不足は目を瞑る……が上からの意向です。」
アルトはシルバーの話を聞き、何か思い至ったのか、テーブル代わりに使っていた丸太を蹴飛ばし立ち上がる。
「!!くそったれ!ヒヨッコ共も戦力に数えてやがんのか!!」
丸太の上に置かれていた酒瓶が砕け、脚が酒で濡れるのも気にせず大声で怒鳴る。
「状況から推測すると、そういうことかと……」
「ケッ!冒険者の街イングリッドも地に落ちたもんだな!!」
「今年の新人達にはキツイ一年になりそうですね……」
現制度が施行され、新人の死亡率が限りなく減った今日、今年に限ってはその死亡率は施行前に戻るかもしれない……いや、施行前よりも酷いことになるだろう。
先達として私に何ができるのだろうか?オルガはそう考えながら歩き始める。