~出会い~
神は地上の生物を愛していた。
多種多様な生物全てを愛していた。
特に知性ある人型種への愛はとても深いものであった。
自身が創造した時より千差万別な文化を構築する生き方に強い興味を示された。
そこで神は全ての人を見守れるようにと
魂を焼き付ける記録帳「神記」を一人一人にお与えになり、
それに記される魂がより彩色豊かになるよう「神器」を祝福と共にお授けになった。
~神聖教団教典 第二節序文より~
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「んがっ!」
馬車が小石でも踏んだのか大きく跳ね、寄りかかって寝ていた荷台の角に頭をぶつけ目が覚める。どのぐらい寝ていたのだろうか……ホロの隙間から外を覗くと何もない草原が広がっていた。大分日は傾いてきたが、居眠りを始める前と殆ど変わらない風景だ……というより前の街を出てから全くと言っていいほど風景に変化がない。正直飽きた……
「イングリッドまでは、まだまだかかるみたいだよ。」
まどろみから抜けきらない頭で、しばらく外を眺めていると後ろから声を掛けられた。
「おはよう。」
振り返ってみると、年は同年代……15、6歳ぐらいだろうか、この小汚い馬車に似つかわしくない綺麗な服装と人の良さそうな顔立ち、なにより輝きの音が聞こえてきそうな笑顔が印象的な青年だった。
特に理由があるわけではないが、少々気に入らない……特に他意はない……
「こんなに揺れている馬車で、気持ち良さそうに寝ているもんだから感心して見ていたんだ……よく眠れるなって。」
「まぁな…寝起きは最悪だけどな……」
「?」
「目覚めのキスは荷台の角だぜ……麗しい女性に起こしてもらいたかったが、現実は男が覗き込んでやがった……」
「はははは、僕はギルバート・フィロン、ラドバの街から乗せてもらいました。暫くの間よろしくお願いするよ。」
今朝出発した街ラドバでこいつを含め三人乗ってきてたな。街道の交差点に位置する商業都市であるラバドでは幾つかの商隊が合流して結構な大所帯になっている。
この馬車も昨日までは俺と御者の二人きりの寂しくも快適な旅だったが、今じゃ五人と荷物で積載過多だ。ボロイ馬車が揺れに合わせてギシギシと悲鳴を上げている。
「ユートだ。よろしく。」
差し出された手を握り返しながら目の前の青年を再度確認する。氏名持ちってことは、貴族か騎士族か?服装や雰囲気からしてどこぞの貴族様だろうか?だとしたら何故この商隊の中でも一際小汚い乗合馬車なんぞに乗り合わせているのだろうか…
「ギルバートは何故この馬車に?」
「僕の事はギルでいいよ。この国の東端のイングリッドまで行こうと思ってね。」
イングリッド、現在地であるバーン王国東端の国境付近にある大きな街だ。大森林を挟んで隣国二国の国境に面した防衛の要である城塞都市である。
「そういう意味じゃなくてさ、見たところ良い所の出だろ?なんでこんな小汚い馬車に乗ってるんだ?」
小汚い発言が聞こえたのか、御者席から視線を感じたが無視する……今すぐ隙間風が入り込むホロを張り替えて、座り心地の良いクッションを取り付けてくれるなら、すぐにでも詫びを入れるさ。
「良い所なんてとんでもない。実家は小さな商会だよ。ユートさんは?」
「俺もユートでいいよ。俺はしがない農家の出だよ。目的地は同じ…というかこの商隊にいる時点で目的地はイングリッドだろ……」
ラドバからイングリッドまでの道のりには、ラドバ寄りに幾つか小さな農村があるだけだ。ラドバを出た時点で目的地は終点のイングリッドだろう。
「それもそうだね……という事はしばらくの間、この五人は運命共同体な訳だね?ここら辺で簡単な自己紹介でもしたいんだけど……どうだろう?」
「そうだな……他にする事もなさそうだしな……」
イングリッドまで単騎の早馬でも五日程、商隊のスピードから考えると七日から九日はかかるだろう。必要以上に仲良くなることも無いが、何日も同じ馬車の上で顔を突き合わせるのだから、話し相手になる程度には仲良くなっても損は無い。ある意味長旅に於いて、暇というものは魔獣や盗賊以上に手強い敵だ……
それに……馬車の面子を見る限り、イングリッドでの目的においても知り合っておいて損は無いだろう……
「それではまず、言い出した僕から……それでは改めて始めまして、僕はギルバート・フィロンといいます。出身はトトス連合国です。どうぞ気軽にギルと呼んでください。」
ギルバートはそう言って座りながら器用に一礼し締めくくる。こいつ実家は商家じゃなくて劇団なんじゃないか?ボロいホロの切れ目から差し込む光が、演劇の照明のように見える……今ここでコイツを殴りつけても、世界の半分は味方になってくれるだろう……もう半分は敵になるだろうけど……
「それじゃあ次はユート。」
そう言って俺を指名するギルバート。
いつからお前が進行役になったんだよ!!こいつの直後はなんか嫌だな……俺が言い淀んでいるとギルバートがキラッと輝く笑顔をこちらに向け、親指を立ててみせる。
「俺かよ……名はユート……家名なんて大層なもんは無い……まぁ、よろしく!」
一瞬俺もキラッ!っとやってみようかと思ったが、俺の中にある大切な何かが壊れそうで思い止まる……やっても光らなさそうだしな……
「それだけかい?」
「それだけって……他に何言えばいいんだ?」
「趣味とか?」
「お前も言ってないだろ!だいたい会っていきなりの自己紹介で趣味とか語りだしたらキモイだろ!」
「そうか……残念だけど次の機会に……せめて出身地ぐらいは?見たところ僕よりも西方の出かな?」
なんでお前は本気で残念そうなんだ?コイツの立ち位置が掴めない……
「ああ、大分な。」
「やっぱり!黒髪黒目だしそうじゃないかと思ったんだ。」
「西の最果て……この辺りじゃ名前も知られてない程辺境の田舎出身だよ。」
黒髪黒目はこの辺りだと珍しいからな……まぁ、慣れたもんだ。
「ユートの趣味は追々語ってもらうとして、次は……」
そんなに俺の趣味聞きたいのか?コイツまさかそっち系か?ヤバイ……気を付けなきゃ……
「では私がご挨拶を…」
俺が戦慄する中、ギルバートが次の獲物を求め視線を彷徨わせていると、馬車前方から声が聞こえた。
「まず初めに皆様の安心安全の為、このままの姿勢でご挨拶させていただくことをご容赦ください。皆様初めまして、私がこの小汚い馬車の持ち主であり、ゴールドマン商会所属のしがない商人、シルバーと申します。イングリッドでは皆様のお力をお借りすることもあるかと思います。その時はどうぞよろしくお願い致します。」
流石は商人と言うべきか、スラスラと言葉を紡ぐシルバーさんの挨拶。俺の小汚い発言に対してサラリと返し、馬車に小さな笑いが起きる。聞き手を引き付ける話し方……馬車に似合わずヤリ手なのかもしれない。
彼は運賃交渉の時にそれぞれと挨拶は済ませているはずなので、正確には初めましてではないのだが、折角話にノッてきてくれているのにそんな事を言うのは野暮というものだろう。
「シルバーさん、素晴らしい自己紹介をありがとうございます。それではえーと……次はそこの彼?…お願いできますか?」
「………………」
今までの無駄な爽やかさとは違い、戸惑い気味なギルバートが次に話を振る。それもそのはず話を振った相手は一言で言えば怪しいの一語だった。
年齢性別共に不詳。頭の天辺から足元までをフード付きのローブで覆い、深く被ったフードから時折見える口元にもご丁寧に布が巻かれている。暗殺者か盗賊か……とにかく怪しいの一言だ。街中なら警邏兵に、問答無用で捕縛されても仕方がないような恰好だ。
自分の馬車に態々危ない人間を乗せる程、シルバーは間抜けなだとは思えないので、とりあえず危険なヤツではないと思うが……どちらにしろ同じ馬車に乗り合わせているという状況でなければ、率先して関わり合いたい類の人種ではない。
「………………エリっ……エリク……」
………終わった?短っ!!
エリクと名乗った人物が、長い沈黙の末に発したのはたった一言……己の名前のみだった。流石のギルバートも顔が引きつっている。
口元を布で覆っているので声がくぐもっていたが、恰好から想像していた声よりも高い声だった。見た目……からはさっぱり分からないが、意外と若いのかもしれない。背も小さいし、声変わりがまだってことは、俺よりも年下か?
まぁ、ギルバートの面白い顔を拝めたし、今度酒でも奢ってやろう。別に他意はない……
「すいません。弟は人見知りが激しくって。」
心の中でエリクに惜しみない拍手を送っていると、その隣から声が割り込んでくる。
「私はクレア、エリクとは姉弟です。」
エリクと名乗った彼が盗賊と間違われない最大の理由は彼女であろう。お揃いのローブに身を包み、寄り添うように座っている。エリクとは違いフードは被っておらず、温和な笑顔をこちらに向けている。
「南方より参りました。御覧の通りエルフです。」
そう言ってクレアは長い髪をかき上げてると、小麦色の長く尖った耳が姿を現す。ピコピコと可愛らしい耳が小刻みに動く。
やっぱりエルフか……結構長いこと旅をしてきたが、会うのは初めてなので色々聞いてみたくて実はウズウズしてたんだよな。そういう意味では切っ掛けを作ったギルバートに感謝してやろう。
「エルフは真白な肌に金髪、森の中に住み、外界には殆ど顔を出さないって聞いてたんだが……その肌の色からすると、君はダークエルフなのか?」
「ダークエルフですか?すみません初めて聞く名前です。あなた方ヒューマンも白い肌や黒い肌の方がいるのと同じです。髪の色も同じく人によって様々です……私の様な小麦色の肌に赤い髪もいますし、弟は色白で髪は緑色です。」
「そうなのか……不勉強で申し訳ない。気分を害したのなら謝る……すまなかった。」
頭を下げる俺に対してクレアが慌てて手を振る。
………実はそんな事よりもっと気になる事が有るのだが……
「そ、そんな、謝らなくても大丈夫ですよ!確かにエルフは森で暮らし、森の外に殆ど出ない者が多いですし、全く見たことが無いって方は結構多いんですよ。だから変わった伝聞が伝わっていても不思議じゃないです。」
「実は僕も、エルフの方とは初めてお会いしました。森の賢者と呼ばれ、思慮深く温和な方々だと聞いています。」
「え、え、え?そ、そんな賢者だなんて!確かに温和というかのんびりとした人が多いですが……ユートさん気にしてませんから、もう顔を上げてください。」
ギルバートの言葉に更に慌てたように手を振る。
う~ん、動くとより一層気になる……だが、こんな事を初対面の人に聞いてしまってもいいものだろうか?男は紳士たれと言うし……いや、男ならばこそここは聞くべきだ!俺の中に流れる、熱い漢の血潮が聞けと言っている!!
「……そう言ってくれると助かる。不勉強ついでに実はもう一つ伝聞があるんだが……」
「??え、はい、どうぞ。私で答えられることでしたらお答えしますよ。」
「……クレアのそのむ……」
「すみません皆さん。お話が盛り上がっている所、大変申し訳ないですが、本日はこの辺りで野営すると商隊本部から連絡が来ました。皆さんも準備をお願いします。」
心の中で勢いをつけて、さぁ!というところで御者席から横槍が入る。外はだいぶ夕暮れに染まっていた。夜間の移動は危険だし、暗くなる前に野営の準備をするようだ……チクショウ!!
「どなたか先行して野営地の確認をお願いできませんか?」
「それなら僕とユートで行って来ましょう。」
「は?お、おい、なんで俺が……」
心の中で地団太を踏んでいると、ギルバートがそう言って俺の返事も聞かずに馬車を飛び降りてしまう。
「このまま真っすぐ進むと小さな丘があります。その辺りでの野営になるでしょう。本部の先行隊がいるはずです、私の名前で野営場所の振り分けが聞けるので、そこへ誘導をお願いします。」
「了解した。ほらユート行くよ。」
「だからちょっと待てって……」
止める間もなく走り出すギルバートを渋々追いかけ、馬車を飛び降り走り出そうとしたところで、後ろからクレアに呼び止められる。
「ユートさん!」
「ん?」
足を止め振り返ると、御者席に座るシルバーの横から顔を出したクレアが、笑顔でこちらに手を振っていた。
「気を付けて行って来てくださいね。さっきの話の続きはまた後でしましょう。」
「え?あ、ああ……行ってきます。」
そう言って手を振り返し、今度こそギルバートを追って走り出す。
この馬車での旅が少し楽しくなりそうだ。