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The Lost Decade  作者: 染樹茜
プロローグ
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 2x17年。3月27日。水曜日。天気は晴れ、時々曇り。


 僕は5年近く勤務していた自宅警備の仕事を珍しくサボり、トウキョウ駅に降り立っていた。周りを囲む人の多さに、うっすらと吐き気を覚えながら。


 こんなところで絶賛ニートな僕が何をしているかと言うと、まあ、理由は言わなくてもわかるだろう。


 人を待っていた。


 集合時間の30分前から約1時間。ここでこうして突っ立っている。周りの目が痛いのは、きっと気のせいだろう。誰も僕なんか見ていないのだ。そう考えるのに夢中で、約束の相手が30分遅れていることに気づいたのも、ほんの数分前だ。そして普段人と待ち合わせることなんて無い僕からしたら、それが当たり前なんだろうとしか思えない。


 勇気を出してお洒落なカフェで買ってきた"カフェモカ"とかいう、よくわからない甘い液体が冷めていくのを手のひらで感じる。あの緑色の看板の店は女子で溢れていて、僕にとっては別世界だった。女の店員にメニューを渡されてしまい戻るに戻れず、下を向いて順番がくるのを待っていた。きっとニートにとってあそこは、登竜門の1つだと僕は思う。


 それにしても遅い。時計の針は半分以上予定時刻を上回っている。まあ、待ち合わせしている人も、かなり年期の入ったニートだから、致し方ないと言えばそうなる。奴も奴なりに現実社会の波に揉まれているに違いない。


 辺りを見回すとちらほらと誰かを待つ人の姿が見える。みんな着飾っているのを見て、なぜだか笑いたくなった。黒いコートの下はパーカーとヒートテック、という質素な組み合わせの自分が憎らしい。これは良い勉強になる、と1人1人をじっくりと見回した。そして、ふと、1人の女性に目がいく。


 町を歩く小洒落た雰囲気はないものの、モデルのように整った顔立ちとスタイルは否応なしに目を引く。それに加えて、分厚い前髪と丸眼鏡が特徴的過ぎた。さらに、全身真っ黒ときたら、もうなにも言えない。


 勿体ないの、なんて大人なことを考えていると、彼女と目があった。


 視線は混じりあったまま、数秒の時を刻む。逸らそうにも無理だった。少し離れているはずなのに、瞳の中に揺らぐ何かを見た気がした。


 唐突に彼女が歩き出す。


 こちらに向かって。


 そうか、これが恋愛のフラグか。なんて呑気なこと、ニート童貞な僕に言えるわけがない。心臓が早鐘のように鳴り始める。今までの記憶が走馬灯のように頭をぐるぐると旋回する。とはいっても、殆どゲームの記憶だが。


 折角ならミチに会ってから、人生を詰みたかった。彼とゲームの話題に花を咲かせ、親友になりたかった。


 そう考えるとなんだか悔しくて、迫りくる彼女をキッと睨んだ。たじろく様子もなく、そいつはづけづけと僕の前に立ち、そしてこう言った。


「テル、初めまして。ボクが、ミチだよ」


 固まった僕を見て、イライラした様子で彼女はもう一度言う。


「テルだよね? ボクは、ミチ。わかるだろ?」


 僕の頭の中はその時言い訳でいっぱいだった。それが彼女の言葉により停止して、更にその言葉の意味をきちんと理解しようともがく。脳みそが思考停止に陥る寸前だった。


 ミチが女? しかも、僕っ子?


 全ての理解が追い付かない為、糖分を補給する。ずぞぞぞぞ、と大音量で鳴り響く音からするに、カフェモカは僕を助けてくれないらしい。あの緑の看板に描かれていたのは、女神じゃなかったのか。


「……少々……お待ち……ください」


 絞り出すように僕は言って、天を仰いだ。


 まとめるとこうだ。


 僕が男だと思ってたミチは女で、僕っ子で、眼鏡で、綺麗だけど、地味だ。ミチは女だ。女がミチだ。わけがわからない。


「……どちら様でしょうか」


 もしかして聞き間違いか、と思い、僕は彼女をじっと見つめ、問う。


「あああああ! もう!」


 おもむろに彼女は僕の腕を掴み、連行し始めた。勿論、女というウイルスに免疫の無い僕には抗う術がない。ミチの手は冷たかった。それだけが僕の今の状況を現実だと知らしめる。


 これ以上、変なことに巻き込まれたくはないなあ、と心の底から思った。


 あの茶封筒を開けて、ここにいる時点で、そんなこと不可能なのだが。     

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