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働きたくないで魚ざる  作者: 水燈
王宮バイト編
8/17

8話 一方その頃

―――――


十数分前・会議室。アーガス、他


「失礼いたします」


 ノックと共に聞こえた声に、長テーブルに沿って座った六人が扉を見た。

 会議室の外で見張りをしていた兵士が中に入ったの見届けて閉じる。茶色い髪を覆う包帯に手を添え敬礼をしたリュートが全員に告げるように報告した。


「先ほど、不信生物と思わしき生き物を捕獲しました」


 侵入した生物が見つかったことと中級兵が負傷したことは、少し前に彼等の耳にも届いている。報告にアーガスがねぎらいの言葉をかけた。


「ご苦労。……それで、それは口が利けるのかい?」


 リュートの包帯から目を離して質問する。

 困ったような顔をしたことで瞬時に結果を理解したが、リュートの返事を待つ。


「残念ながら会話は不可能でした。言葉は理解しているようですが、暴れるばかりで」

「やはりそうか」

「まあ喋られちまったら困るもんなあ。口の利けねえ生きモン使うのが一番だな……なー、『(すえ)』っ子のゼロちゃんよお」


 黒い髪を一つに縛り、二人の会話に口を出した男の人魚、『(あし)』の上級兵、シグルスが楽しそうに正面に座る男を見た。金色の目が彼の虚ろな黒い目を捉える。

 この世の終わりのような顔で会議に参加していた『末』の上級兵、ゼロは途端別人のように怒りを滲ませテーブルを叩き付けた。二人は陸で言う犬と猿の関係であった。


「だから私の隊は潔白だと言っているだろうっ! これは外部の者の犯行だ。それを言い続けるつもりなら、私は貴様を許さないぞシグルス!!」

「おー怖い怖い。俺と二つ違いとは思えん迫力だ。頼むからそれ以上偉くなって俺の上司にならないでくれよ。…まあ、その前に首が吹っ飛ぶか」

「馬鹿をいうな!! この国に血を流す刑がないのを忘れたか!! 肉食生物が来たらどうするつもりだ!? あと、末っ子というなら上級兵の最年少は貴様だろうが!!」

「……あー……本当、お前のそういうとこ大好きだわ俺」

「ふざけるな!!」


 アーガスが咳払いをひとつする。

 ゼロは自分の失態に焦り、シグルスはおどけた顔をした。静かになったのを確認したのち、アーガスが再び顔をリュートに向けて尋ねた。


「その生物は何だった」

「フラッシュオクトパスという蛸でした。腕が長いため目撃者には大きく感じられたのでしょう」

「……腕?」

「おいっ!」


 そう短く聞いたのはシグルスだった。それにゼロが噛みつく。


「あれは足じゃないのか? 人魚なら足にあたるぞ」

「魚と人魚を一緒にするんじゃない! 何より今それを気にする必要などどこにもないだろ!?」


 先ほどより小声なのは、咳払いが頭に残っているからなのか、早口にまくしたてるが『足』上級兵は不満そうに眉間にシワを寄せて何かを考えている。

 それを喧嘩の途中から目を閉じて再開を待っていた『()』の上級兵、シシィが冷たく言う。


「部下に仕事を押し付けてるとは思いませんが、貴方はイルカばかりに目がいって、いささか偏りが見られますよ」


 長い茶髪を海水に漂わせないよう一つに纏めて腰掛ける彼女は、管轄である自然管理兼保護を務める。シグルスの管轄である生態管理兼保護は必然的に関わることが多く、彼の扱いも、この中では上位に入った。


「俺のこと知ってくれてるなあ。シシィちゃんは」

「城の生態管理の責任者がそんなことを聞くのはどうかと思いまして」

「分からないことはすぐに聞かなきゃあ、何が分からないのか分からなくなっちまうよ」

「くだらんことを言うな大馬鹿者が!!」


「そろそろ良いかね」


 副隊長の一言で、会話は終わった。一人に至ってはまたもとんでもない失態をしたと絶望に苛まれる。

 シシィはアーガスをまっすぐ見据えた。


「私語を慎めず申し訳ありません。この生物に関しては、シグルス上級兵が適任かと思われます」

「俺がぁー……あー、はい、はい、頑張ります。そういやあ、リュート中級兵」

「はっ!!」


 シシィの冷え切った目にとりあえず素直に従ったシグルスがリュートを呼んだ。全くと言っていいほど接点のない上級兵の問いかけに、返事をしつつ身を固くする。

 まるで自分の話を聞かないシグルスにアーガスがうんざりした顔を見みせた。


「さっき聞いたんだが、君の友達が来てるんだって」

「はい」

「彼に『お兄さん』のこと聞いてきてくれないか?蛸の足の事」


 あまりに急な話題にリュートが戸惑いを隠せない。彼が返答に困るなか、不可解な質問に四人の上級兵も彼を見やる。

 

「突然そう仰られても……自分には」

「ニコラス、君だったか? 彼に会わせてくれるだけでいい。今どこに――」


 その時、扉から再びノックがした。


「失礼するよアーガス」


 還暦間近の男の人魚が、穏やかな口調でそう言いながら部屋を覗いた。生まれつきの銀髪を一つに縛った元『(だつ)』の上級兵、ペテルの姿に全員が驚く。

 

「ペテル、来たのか」

「事件があったと聞いてね」

「なぜ制服を?」

「もうこれを着ることもないだろうからと思ったら、つい、ね」

「退役した奴がそれを着るのは立派な違法行為だと思うんだが」

「やあ。久しぶりだなドナ上級兵。何、国王もいないし、皆が黙っていてくれれば問題ないさ」


 茶目っ気たっぷりにウィンクをしたペテルを、リュートが部屋に入ってから初めて口を開いた『(くすり)』の上級兵、ドナは白けた目で見つめた。

 彼等は同期にあたるが、どうにもドナはペテルが嫌いだ。研究室に籠るドナを職務乱用の如くちょっかいをかけるペテルにキレたのが一番の要因で、最後まで親しくなることは無かった。が、あくまでそれはドナの認識である。


「……それで? いつまでそこにいる気なんだい」

「ああ、実は」


 ドナはいくら経っても会議室に入らないペテルを怪訝そうに見ながら尋ねた。困った顔をしたペテルが廊下に目を向けたが、部屋からそれは見えなかった。

 片側しか開かれていなかった扉のもう一方が開く。そこには人魚が二人いて、会議室にいた全員がペテルの登場よりも驚いた。

 一人は、会議室の扉を見張っていた中級兵の人魚で、扉を開きながら緊張で顔をこわばらせていた。

 もう一人は、先ほどまで部屋に缶詰にされていた九才のキアラ王女であった。肩までの金髪を好きにさせ、海よりも青い目は何処までも澄んでいる。


「さっきそこでお会いしてね。危ないからお部屋に行こうとしたんだけど」

「つまらない!」

「……と、いう訳なんだ。彼女の護衛は撒かれていたから」

「……そうか」


 こめかみに手をあてたい衝動に駆られたアーガスが何とかそう言った。

 二人が部屋に入り両扉が閉じるなか、全員が椅子から降りて頭を垂れた。

 そのあとキアラはアーガスとリュートを見て敬礼をした。リュートは慌てて同じくする。アーガスは本当ならば部屋から出たことを注意すべきなのに、その姿を見た途端どこかに吹っ飛んでしまっていた。彼も敬礼を送った。

 

「シーちゃんお疲れ様」

「有難いお言葉、まことに感謝いたします」


 シーちゃんと呼ばれたシシィが慈愛に満ちた顔で微笑む。初めて見た『美』の上級兵の笑みにリュートが固まった。


「シグちゃん、シャーちゃんいる?」

「残念ながら、アヤツは歳で前線から身を引かせました。周りの反対もあり、もうシャチに乗ることは出来ませんが、今度は貴女様ほどの小さな子イルカを育てております。よろしければ近いうちに会ってやっては頂けないでしょうか?」

「うん!!」


 シグちゃんと呼ばれた、シグルスは丁寧な口調と笑顔を向けた。イルカを連想させるためか自分の灰色の尾を軽く揺らす。


「ドナさん、具合わるい?」

「とんでもございません。必要最低限の健康は保っておりますとも。ご安心ください」


 そういって、二日ほど眠っていないドナはゆっくりした口調で感謝した。短めに切りそろえられた紫の髪はその僅かな睡眠時間に充てて染められ、最中新たな研究を閃かせたなどと知る者は殆どいない。


「……」

「……」

「……ごくろうさまです!!」

「あ、ありがとうございます!」


 名前を忘れられた、殆ど会話に参加出来ずにいる『(あらし)』の上級兵、チャールズが焦りながら答えた。人魚には珍しく三つ揃った、茶髪で茶色い困った目をした茶色い尾の男だ。


「ゼロくん」

「……はい」


 最後に、まるで死刑宣告を告げられる覚悟が出来たような顔のゼロは、この国の王女を見た。

 彼の部下の怠慢がこの小さな王女の耳にも入ったのだろう。二人とも目をそらさない。

 キアラはゼロに近づき、言った。


「大丈夫だよ」

「!?」


 手を添えてもう一度言う。


「大丈夫だよ。後でみんなにちがうって言っとくね?」

「……勿体無いお言葉を……ありがとうございます」


 彼女の簡単すぎる言葉にゼロは眉間にシワを寄せ、海に溶けて見えるはずのない涙を堪えさせた。


「(噂には聞いていたが……流石は王の子。あのちゃらんぽらんに爪のアカ食せてやりたい)」

「(まだまだ甘ちゃんなとこはあるがあ、ホント将来が楽しみな嬢ちゃんだ。……俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない)」

「(名前……いつか覚えて頂けるかな……)」


 そんなことを考えている輩がいるとは知らず、ゼロから少し距離を取ったキアラが体をクルリと回転させた。

 そしてこう言った。


「ハルさんは?」


 ………


「あ」


 沢山の声が重なりあった。

 未だ行方不明の『(つるぎ)』の上級兵、別名『方向音痴』のハロルドは、小さなお姫様以外、誰からも忘れ去られていた。

 自分の上司の欠席に、血の気が引きそうになったリュートが、何か言わなければと口を開いた時だった。


 窓の外から、鮮烈な赤い光が差し込んだのは。


 異常事態に、瞬時にアーガスがキアラの盾となる。他の上級兵達も、漂わないよう重く作られた椅子を尾にぶつけて倒す勢いでキアラを囲み身構えた。

 視界を遮られた王女はピクリとも動かなかった。彼女の青い目は、その赤に魅せられたように紫に染まっていた。


「夕日……? まさか……」


 シシィの呟きにリュートは一瞬、地平線に消えゆく夕日を思い出した。が、次に思い浮かんだ記憶によって瞬く間に打ち消された。

 親友が手に入れた、赤い赤い炎の記憶によって。


「――!!」


 彼の名前を呼ぶのを何とか堪える。リュートは会議室の窓を開けるのを考慮し、廊下を出て隣の資料室の窓から飛び出した。

 水は、海底火山地帯のような温かさだった。

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