7話 怒らせるな危険
呆けた隙にクラベルト君をぶん殴り、気絶させてから王冠を取り上げた。それから白君を確認する。
白君は強かったが体はそんなに強くないようだ。よく見ると結構細身で華奢とまではいかないが、あまり戦闘向きな体つきではない。俺は和服の帯を解き白君を縛り上げた。おかげで前ははだけて丸見えになったが仕方ない。露出狂とか言ったらキレるぞ。男は裸でもギリいけるんだよ! ギリ!
クラベルト君も縛りたいが縛るものはもう海藻しかない。少し悩んで長い海藻をいくつか引っこ抜き、束にして何とか腕だけは縛れた。気休めだが、氷をぶっ放せないよう手を握りこぶしにしてワカメでグルグル巻きにしてやる。
一息ついた後、俺は一張羅を改めて見た。
「……うわぉ」
おお……一張羅よ……お前のせいで俺は浮浪者レベルにまで成り下がってしまったぞ。とりあえず使えるところはどんな形であれ、破いて使いまくるからな!
テンションが下がりつつ使ったナイフを懐に入れようとしたが、帯がないため入れても落ちる。袖はボロボロで入らない。仕方なく王冠同様手に持った。
「あ、俺の剣は」
どこに行った。最初のデカい氷攻撃を喰らってぶっ飛んでしまった剣を思い出して、そう呟こうとした途中。
「貴様か!!」
最悪だ。もうこの一声で自分がどうなるのか把握してしまった。
「……」
「貴様が侵入者を手引きした真犯人だな! 両手を上げてゆっくりこちらを向け!!」
振り向きたくないがそんなこと言ってられない。とりあえず手は上げずに振り向くと、四人の兵士がそれぞれ剣と槍を掴んで、俺を包囲したそうに距離を取っている。近寄れないのは人質となった“同士”のためだろう。
ヤバい、早く俺の身元を明らかにしなければ。副隊長かリューが証言してくれるのが一番だが、この際俺を知ってる奴なら誰でもいい。
このまま素直に応じて見ろ。せっかく捕まえたコイツ等の拘束を解いて、俺の苦労は水の泡となり、強盗計画を実行されてしまうかもしれない。この兵士達も、逃亡を選んだ際に斬られることだってあり得る。
必死で頭を回転させた。時間がないため、まとまらないまま叫ぶ。
「落ち着いて下さい。私は、アーガス副隊長殿に極秘に派遣されたニコラスと申します。貴方がたは、『剣』が隊の兵士とお見受けする。同じく『剣』にリュート中級兵がご在籍のはずです。彼は私の友人です。どうか私を犯人と決定づけられる前に、至急ご確認願えないでしょうか!」
敬語なんぞ使わないから、途中途中自分何言ってんだと冷静な自分が突っ込みを入れる。しかし本当になりふり構っていられない。これは久々なピンチだ。
「……」
「それまで私を拘束するのは構いません。しかし! この二人には決して触れずに、目覚めても耳を傾ける事お控え頂きたいのです! どうか!」
さあ、どう出る。もうこの先はコイツ等の判断にかかってる。正直、死人が出ている訳じゃあないのでここまで俺がやる必要もないのだが、終わり良ければ全て良し。良い方に終わらせたい。
一番前に出ていた、唯一の中級兵の男が口を開いた。
「……その話……
信じるとでも思ったか、下種な盗賊が」
最悪だっ!! コイツ等大外れな集団だった! 俺が犯人だと寸分も疑ってねえ。一人だけ何か言いたそうに見渡して奴がいるが、気が小さいようで何も口出ししてこない。
逃げたい。しかし逃げだせばコイツ等は自由の身同然だ。だからと言って何もしなければ俺はお縄行き。クソッ、こういった場面は苦手だ。
「良いからとっとと武器を捨てろ! その国宝を静かに置いて、手を挙げて動くな! 人質を取ろうなどとくだらん考えは捨てるんだな」
考えてねえよハゲ!
「……あの、ザラン中級兵」
「あ?」
「彼はあの、『海征』のニコラスで間違いないかと思われます」
「……何?」
「え、何?」
何その天気が良さそうな名前。俺帰ってきてからほとんど海面出てないんだけど。俺が海から顔出すとお天気が良くなるの? 快晴お兄さんなの?
俺の混乱をよそに、引っ込み思案だと思っていた初級兵士は俺の事を知っていたらしい。変な単語は聞こえたが本当に助かった。これでアーガス殿に確認を取ってもらえば、暑苦しいおっさんに囲まれることもない。一秒だって囲まれたくない。
だが、これで済むと思っていた事件は、終わらなかった。
むしろ、これが、この瞬間が、全ての始まりだったのかもしれない。いや。それよりもリューが俺の家に来た時点からだろう。
そう。俺の、長期バイトの始まりは。
気の弱そうな初級兵は、控えめな声で続けた。
「副隊長がお呼びしたかどうか分かりませんが、彼がニコラスであることは保証できます。すぐに副隊長をお呼びして……」
「『ダストタウン』のニコラス」
初級兵の声はいとも簡単に中級兵にかき消された。
俺は考えを止めた。中級兵殿は、笑っていた。
「覚えているよ。この国の『ゴミ捨て場』で育ったのだろう。それで兵士になれなかった可哀そうな男の事は」
「あ。あの話っすか?自分も聞きました。何でしたっけ。『ゴミ』を拾ってリサイクルしてる蛸の人魚の話」
俺は目の下が勝手に動いたのを感じた。
「ニコラスさんもなんでしょう?その蛸に拾われた……ゴ……いや、人魚って」
会話に乗じてきた軽い敬語の男が尋ねる。意図的に言葉を濁した。
「大方、ひもじさに耐えきれず、その宝を持ち逃げするつもりだったのだろう? せっかくの財宝も僅か化半年で底が尽きたか。哀れだな」
「道理でそんなみすぼらしい恰好を」
何故俺がこんな姿か予想はついているだろうに、今まで黙っていた兵士がそう口を開いた。
「ザラン中級兵……みんな……!」
俺を知っていた兵士が小さな声を出す。
「……まあ、とりあえずその者共は、こちらでしっかりと拘束しておこう。さっさとその《目障りな姿を何とかしろ》
突然、声が重なって聞こえた。何故だろう。
《この国のゴミが。こっちに来るんじゃない》
《図書館? 字が読めるのか? 信じられねえな!》
あの人魚達と暮らしてしばらくたった時の声だ。握ったナイフが熱くなる。鞘には入れたから手が切れた熱ではない。
《失せろ。ここはお前が住むべき場所じゃない》
胸糞悪いことは言われた。だが、それほど多くはなかった。
ただ覚えているというだけで、ここまで露骨な言葉はもう何年も聞いてないのに。
《――の蛸野郎にヤバい仕事で鍛えられたか? でなきゃガキが兵士に敵うわけがない》
おい、それは止めろ。
《あの足が一本ない? 蛸って足生えるよな? ……え。人魚だから生えないって?》
止めろ。
《人魚? あれが?》
止めろ。
《あれは人魚なんかじゃない。あれは「過剰病という哀れな、
本物のゴミだよ」
兵士のハッキリとした声に、俺の視界は真っ赤に染まった。
お願いだから、あの人魚を貶すのは止めてくれ。