4話 主人公
廊下まで戻ってきたあと、副隊長殿はこちらに向き直った。
「では、私は行くとしよう。何かあったら会議室に来てくれ」
「お手洗いはどこをお借りしてよろしいですか?」
「おい!」
「構わんよ、宿舎を使いなさい。では後ほど」
昔とはかなり見違えた男は、廊下に待たせていた兵と共にいなくなった。
敬礼を解いたリューが俺を睨む。
「なに副隊長にトイレの場所聞いてんだよ」
「特に理由はないんだが。てかおまえ上司どうしたんだ?ハルさんだっけ?俺が来るの知らされてるならアーガス殿と来そうなもんなのに」
「あー……それは多分、行方知れずになってんだと思う」
「行方知れず……」
「方向音痴なんだ。たまに近衛兵も見失うから、恐らく今回もだろう」
そんな奴でも出世できるとは、本当にこの国大丈夫か?
国王が即位なされて二十年以上経つし、評判はかなりのものだったはずだが。
まあ、とりあえずは便所だ。
俺達は宿舎へと向かった。
―――――
扉を開けると、まず訓練場が目に入る。次に石で造られた大きな宿舎は、外の光を多く取り込むためか窓が多い。横着者が誰も見てないと思ったのか、窓を開けて外に出ようとしていた。
警戒態勢に入った兵士たちの中、和服の俺はなかなかに目立ってしまっていた。だが怒鳴り散らされて体罰を受けることになった横着兵士の方が更に目立ったので、今のうちに二階のドアから中に入ってしまう。
人間の建物と違うのは、二階三階にも出入り用のドアが造られている所だろうか?人間との交流は成されていない為、本でしか違いが分からない。
「部屋からナイフ取ってくる。出たらそこで待ってろ」
「あー……ちょっと待て」
そう提案してきたリューに賛成しようとしたが、待ったをかける。
今、なんか見えた。
俺の異変に気を引き締めたリューが、視線を同じ方へと向ける。
宿舎裏の離れた岩陰。そこに何だか妙にデカくて黒っぽいのが動いている。目を凝らそうとしたが見えなくなった。
「……行くぞ」
「ん」
コイツにも見えたらしく、指示された言葉に従う。
両開きの窓を開けてくぐると、先ほどの横着野郎のこともあって数人の人魚が俺達の行いに目を吊り上げた。声を出される前にリューが二本指で自分の目を指し、それを岩に向けて指すと直ぐ様理解して警戒態勢に入った。
さすが訓練を積んでいるだけある。一人が腕一本で周りに指示を送る。結果、俺達含む六人が海底に体を這わせ岩を囲んだ。残りの数人は援護に回った。
目で周りに合図しながら、一人が剣を抜きつつ岩を覗き込もうとした。
その時。
「ガッ!?」
覗き込もうとした兵士の頭に黒い塊が叩き付けられた。
ぎょっとした俺達をよそに、塊は止まることはおろか、そのまま猛スピードで泳ぎ去ろうとする。
あれは……え?
「……蛸?」
真っ黒い蛸だった。長い足を真っすぐにしている為細長く見える。
何だ……てっきりもっとデカいヤバい生物だと思ったのに……。話では人魚サイズの生物と聞いていたので、足を除けば大人の頭ほどの大きさの蛸に、落胆の海気と声があがった。
気を失った兵士が漂っているなか。
…………
いやいやいや!!
あの蛸、中級兵をノックアウトしてったぞ!? しかも兜をつけた人魚を!! 挙句の果てにスピード衰えずに逃げ続けていく。城に侵入しているが、宝物庫に入ったのがあの蛸かはまだ分からない。しかし危険すぎる。
皆全く同じタイミングで思ったのだろう。一瞬で捕獲体制に入った。
「追え!! 追うんだ!!」
「ニコ!」
「んあ!?」
「ソイツを頼む!!」
リューとその場にいたほとんどの兵士が追いかける。ヤバそうな蛸。大事件として扱われなきゃ良いが、とにかく殺すのはやめて欲しいと思った。蛸は結構好きなのだ。
頼まれた通り、俺はフヨフヨと漂う兵士を捕まえる。海底に落ちた兜を見ると、右側が軽くひしゃげており、同じように彼の右頭部を見れば軽く血が出ていた。
……兜を凹ます蛸……捕獲は諦めたほうがいいかもしれない。とりあえず、空気のある部屋まで連れて行かねば塗り薬も使えない。
「医療室は何処に?」
「あの……貴方は一体」
「失礼、『剣』が隊のリュート中級兵の知人で、ニコラスと申します」
簡単に身を明かすと、その場にいた兵すべてが驚く。
「じゃあ、貴方が、あの」
「『あの』か『その』かは分からんですけど、とにかく彼を連れて行きましょう」
「は、はいっ!」
大方、貴方があのニートのって思いやがったな。別に良いし。好きでニートやってんだし。しかも今はフリーターだこんちきしょうめっ!!
まあ……露骨に顔に出さなかっただけ良い奴だよな。俺より少し若そうだが、人魚としては出来てそうだ。
「……ヤベェ、どうしよ。サイン欲しい」
「馬鹿! 聞こえるだろ。握手にしろ、てか後にしろ」
二人がかりで何やら掛け声を合わせて怪我人の肩を掴み、一人が周りを警戒する。俺は何となく蛸の隠れていた岩を見た。
……そしてやはり、何となく引っかかった。
「ニコラス殿?」
「先に行っててもらえますか?」
「え? 何かありましたか?」
「いや、少し」
「………………」
俺の歯切れの悪い返事に困った様子を見せながら、三人は何度も振り返りながら患者を城へと運んで行った。悪い事はしねぇから安心してくれ。
で、何が気になったかというと、色々だ。
まず、どうしてこの城に入ったのか。
城下町の防御壁は、数十メートルの高さで囲まれているだけだが、城は、言ってしまえば檻のような、獲物を捕まえる湾曲したカゴのような覆われ方をしている城柵と言うやつだ。人魚の子供だって入れやしない。
蛸なら隙間から入れるかもしれないが、何より、街にいる大勢の人魚に見つからずにやって来たのだ。普通なら捕まって喰われるのがオチだ。だからこの国で、愛玩用と生活用に生かされた魚以外は殆ど見当たらない。
城でこっそり飼われていたとも思ったが、あんな凶暴性のある蛸が人魚に慣れるとは思えなかった。
もう一つ気になる。なぜあの蛸はこんな所にいたのか。
兵の宿舎の傍で、見つけて下さいと言わんばかりではないか。あの蛸が不信生物と決まったわけではないが、目撃者は黒い生き物と言っていた。これは共通している。黒は収縮色だが、奴の足がまっすぐ伸びて大きく見えたとも考えられる。本当は大きさはいい加減で、一瞬だった事と恐怖心による妄想が、実際より大きくさせた原因なんじゃないか。じゃあやはり…。
そう推理してみるが、如何せん情報が足りない。これから調査と聞き込みをするはずだったんだから当然だが。
「……」
再び、蛸のいた岩を見たあと、ゆっくり岩の辺りを旋廻してみた。
深海とまでいかない為、少し薄暗くとも日のは一応差し込んでいる。
だから、かすかに輝く何かが、岩の根元の砂の中に隠されているのを見つけられた。
「……これ、だよな」
宝物庫から盗まれた、俺達が献上した純金の王冠。見覚えがある。
海の中をイルカで泳ぐ船も好きだが、人間の造った船は、海の上を泳ごうが、沈没してどれ程時が経とうが素晴らしかった。
とある沈没船で、朽ち果ててはいたが、それでも見たことが無いほど豪勢な部屋があった。ボロボロの棺の中には、小さく繊細に作られた冠をした人間と、その傍でこの王冠をつけていた人間が二人眠っていた。
棺の方は辛うじて人の形になっていたが、王冠をかぶった方は体のパーツが明らかに足りなかった。部屋には大きな穴があったから、時と共にそこから流れ出たのかもしれない。
それぞれの冠を取った後、棺桶で眠る小さな冠をしていた頭の隣に王冠を付けていた頭を置き、ズレていた棺の蓋を閉めたのを今でもよく覚えている。なるほど、国に納めたのか、これは。宝物庫の中を確認した訳ではないから、もう一つの小さな冠がどうなったか知らないが……城で対になってくれていたら嬉しいと思う。
とにかく、これで謎の生物が何かと宝の発見が済んだ。
つまり。
報酬が出る!!
自分のカン推理に、自分で自分を褒めた過ぎて顔がとんでもないことになってる自覚がある。まだ問題はいくつかあるが、とにかくリューと合流すべきだろう。会議室分からんし。
「ニコラスさん」